お子様だって飲みたい時はある
「あぁ怖かった！へい店主！匿えです！」
人気のない喫茶店の扉を吹き飛ばす勢いで開けたメタトロニオスに、店主は毒物を噛み潰したような苦い顔で。
「厄介事をお持ちの方はお帰りやがってください」
「いいじゃないですか……ひっそりとストーカーする事くらい許してくれたって……あのクソ通り魔糸目女……」
「オイコラ帰れって言ってんのに、平然と席に座ってんじゃねぇよ」
店主に追い払われながらも、気にせずカウンター席に座ったメタトロニオスは席をバンバン。
「つべこべ言わずになんか出すです！傷心中のお子様にはジュースをサービスするのがマナーですよ！！そんなだから他のお客がいないのです！」
「何処のマナーだそれ？つぅかサービスをテメェから要求してんじゃねぇよ。店に入ってタダで飲み食いできると思うな」
ジュース寄こせって言ったら溶き卵作り始めた店主に、メタトロニオスは唇を尖らせながら。
「罪は認識されなければ罪にならないように、ストーカーだって認知されなければ誰もいないのと同じなのです……それをわざわざ接触してきて、僕を認識してしまった糸目女の方が悪いのです……」
「言ってることが犯罪者の理論じゃねぇか……サツの……あーいや、UDC職員の世話になるなよ？」
「ある意味、他所の店員のお世話にはなりましたね」
溶き卵にレモンジュースとシロップを加えてシェイク、よく混ぜたらジンジャーエールを注ぎ、軽く混ぜてむくれるメタトロニオスの前へ。
「なんですかこの奇妙な液体は？」
「『恋人たちの夢』って名前のジュース。ストーキングするのは勝手だが、変な夢見てんならどこまでも夢に留めておけ」
「……」
説教染みた事をいう店主に、メタトロニオスは頬を膨らませてプルプル。
「僕が追いかけてるのは父上なのですよ！！」
「傍から見たら質の悪いファンにしか見えねえんだよ！！」
出された飲料を飲み干すと、バァン！倒れ込むようにカウンター席に身を投げ出して。
「父上はね、カッコイイんです。天使を率いる神だったんですよ」
「いきなりなんだよ、まさかジュースで酔ったのか……？」
某ヤドリガミの血を吸った時のようなエグい顔になった店主は、長くなるであろうメタトロニオスを放置して作業し始めるが、お子様は空気との気温差で結露したグラスの水滴で指先を濡らし、カウンターにとある朴念仁の似顔絵を描き始めて。
「神なのに無能だとバカにされても折れずに、なんの力も持ち合わせぬ男などは到底打ち勝てない概念侵略に、その精神力だけで打ち勝って……敵は蹴散らし、いかな傷を負っても倒れることなく、戦場の天使達の希望の星なんです。それは、今尚伝説として語り継がれる程で……」
べちょお……席で溶けてんじゃねぇかってくらい脱力しながら、薄ら笑いしているメタトロニオスは感情の臨界点を越えて尊死したオタクの如し。新手の変態が店に来てしまった事を察した店主は塩と除菌アルコールをスタンバイ。自分がそんな扱いを受けているとは露知らず、メタトロニオスはグダグダうだうだ……。
「姉上だってね。四肢を失い、子どもを産むことすら叶わなくなったとしても、それでも父上が大好きでいられる程には……素敵な男なのです」
あれ、コイツ遠回しに父親のせいで姉貴は手足と臓腑を潰されたって言ってない？とか思った店主だが、変にツッコむと話が余計に長くなる気がして触れることをやめた。
「生活力皆無だし、料理は上手だけど、好きになる女は何故か尽くダークマター作成機だし、オシャレには興味無いからほっといたらジャージーで過ごすから、おじ上がコソコソコーディネート決めなきゃいけないし……」
でろっでろになりながらそこまで語ると、メタトロニオスはハッとして。
「あれ？ダメじゃん」
褒めているつもりが、いつの間にやら父上とやらの汚点を羅列して名誉に泥をヌリヌリしていた事に気づくと、首をぶんぶん、おでこゴリゴリ。
「でもでも、筋は通すし、一度守ると決めたら敵はぶっころころするし……物騒なだけじゃん」
名誉挽回を測ろうとして失敗したらしいお子様に、店主はげんなりしながら。
「現状出てきた言葉を全部まとめると、『僕のパパはサイコパスなのです！』って言ってるようにしか聞こえないんだが？」
「でもカッコイイんですよ
！！！！！」
やっべ余計な事言った、と思った時にはもう遅い。スイッチが入ったメタトロニオスはその父上とやらの武勇伝を次から次へと語り続けて。
「すぴー……すぴー……」
それから思考停止した店主が右から左へ、テノールには遥かに遠い囀りを聞き流してしばらく経った頃。力尽きたメタトロニオスはカウンターに突っ伏して眠っていた。
「一体全体、何しに来たんだこのガキは……？」
鼻提灯膨らませながら幸せそうな顔で眠るお子様に、店主はブランケットをかけると、その顔の前に一時間後にアラームをセットした目覚まし時計を置くのだった。
成功
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