ゆびさきに夏彩~シー・プリズム~
潮風が吹き抜ける入り江へ、歌獣・苺はつややかな毛並みの大狼と共に足を運ぶ。
「ここが爪の色が変わるって噂の入り江かぁ……」
小花の散りばめられた日傘をくるりと回す。プリズムめいた万華鏡のパレオが揺れて、大狼もぐるんと唸る。ひとりで水のなかに入るのはまだ苦手だけれど、去年の海ですこしだけ克服もした。
「今日はがみちゃんも一緒だもんね」
手や足を海水に浸す程度なら、きっとへっちゃら。ね~! と視線を向ければ、名前を呼ばれたがみは、夏仕様のピクニックバスケットの取っ手を咥えている。
「がふ!」
声をあげた彼女はにっこりと微笑んでいて、まさしく苺の心の安全地帯。
「うん! 風通しもいいし、試してみようかな……!」
砂浜に持ってきた荷物を置くと、大狼もそっとバスケットを寄り添わせた。
「がみちゃんもいこ~!」
浅瀬へと近づいていく苺を見守る眼差しは母のようで、大狼はその背を追う。ちょん、と海水に触れた苺のふわふわの手は、水気を飛ばすようにぴるるっと振ってしまう。大丈夫、と意気込んだとはいえ、やっぱりちょっぴりこわいのは仕方がない。
「う~ん」
唸る彼女を余所に、大狼がおおきな身体をざぶざぶと海のなかへ投げ出していく。その姿を微笑ましく見守っていた苺の脳内に響くのは、大狼の声。
『おいで!』
「うぅん、でも……」
どうしても躊躇してしまう苺の傍に大狼が戻ってくる。すり、と彼女の足元に寄り添えば、ぺろぺろと頬を舐める。
『ワタシが一緒だから大丈夫よ!』
そのまま、苺の身体の一部を優しく咥えた大狼は、自らの背中でぽすんとセット。ざぶざぶと浅瀬を泳ぎ始めた背中はおおきくあたたかくて、不安なんて一気に吹き飛ばしてくれた。
「わぁ、綺麗で気持ちいいね!」
がみの背中に乗っているからか、あれほど怖かった海の中がこんなにも楽しい。
「えへへ、ここまで連れ出してくれてありがとう!」
どういたしまして、と言いたげに、大狼はがふ、とひと鳴き。もうすこし遠くまで、と進んでいけば、見たことのないカラフルな魚の群れや、不思議な色の珊瑚礁が見えてくる。
「すごーい、海のなかってこんなに楽しいものがいっぱいあるんだ……!」
水飛沫がきらめくなか、歓声をあげながら覗き込めば、ふっとなにかと目が合った。
「ん?」
ぴょこんと現れたのは、全身があおじろい色をしたちいさな海亀。つぶらな瞳はきゅるんとこちらを見つめていて、とても長い毛のようなしっぽが生えている。
「わわ、こんにちは! こどものカメさんかな……?」
失礼な、と言わんばかりに泳ぎまわる海亀は、どうやら立派な大人らしい。特に苺の目を惹いたのは、その甲羅だった。
「とっても綺麗……私の水着とおそろいだね!」
万華鏡のようにきらきら輝く甲羅は、太陽の光を反射しては無数のプリズムを浴びせている。この入り江にやってきた苺と大狼が珍しいのか、ちいさな海亀は二人の傍で泳ぎをやめない。
「もしかして、新しいお友達ができちゃったかも
……!?」
はしゃぐ苺に、大狼も頷くように唸った。
「……あ、がみちゃん! みてみて!」
ふと視線を落とせば、ふわふわの毛並みに隠れた爪が万華鏡と同じ色をしている。海のきらめきと太陽のひかりが混じったそれは、海亀の甲羅にも似ていた。
「もしかして、がみちゃんの爪も?」
「がふ……?」
「あはは、かわいい!」
不思議そうに首をかしげる大狼の爪も、きらきら素敵なプリズムカラー。海から出たら写真を撮ってもらって、館のみんなにも自慢しに行かなくちゃ。
「私たち、おしゃれビーストだね♪」
それから、もうすこしだけ水の散歩を楽しんで。キマイラはこのプリズムの海を満喫する。
成功
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