己を月と卑下するな、太陽を超えよその明日
「分け御魂を作ろう」
「……なるほど?」
事の始まりは、火華が唐突に口にしたその言葉だった。
彼女が突拍子もない事を言うのはいつもの事なので問題ない。しかしその表情があまりにも真剣なものだったため、恋人である布団子はつい火華の両肩を強く掴むと、そのまま引き倒すように彼女の頭を自分の膝の上に乗せた。
「悩んでるのか怒ってるのかわからないけど、とりあえず話聞くよ?」
「最近また出てきたじゃんダークネス……今はオブリビオンだっけ?それでちょっと思ったんだよ、また戦わないといけないなって」
この世界において本当に無力な人間などいない、しかしそれは道行く誰もが戦えるという意味ではない。必要だから相手を殺せと言われて、はいわかりましたと実行できる精神性の持ち主がどれだけいるかという話だ。
再び世界に危機が迫っているというのなら戦いの経験がある自分達灼滅者が前に立ち人々を守らなければならない、それは当然の帰結と言えるだろう。
「でもさ、私にとっては今の生活も世界と同じくらい大切で……手放したくないんだよね」
「ふーん、甘えん坊だねぇ?」
姿勢を変え、恋人のお腹に顔を埋めるように抱きつく火華の髪を布団子が優しく撫でる。布団子の思いも火華と同じだ、世界と同じくらい彼女の事は大切で……なんならその『世界』だってなんか沢山あるらしいし、滅んだら滅んだで皆揃って別の所に移住すれば良いんじゃない?程度の心持ち。
とは言え明確に滅びの予兆がある中で自分達だけが幸せならそれで良いと思えるほど呑気でも冷酷でもない。多くの悲劇と犠牲を積み重ねてようやく勝ち取った平和なのだ、それが壊されるなどあってはならない。
「というわけでキミを作ったんだ、わかるね?」
「なぁんにもわからねぇですがぁ〜〜〜?」
火華の言葉に所城・スーパー火華(屋上の悪魔・f43902)は首どころか上半身を丸ごと傾け魔剣を放たんばかりの姿勢になりながら火華にメンチを切る。彼女からすれば自分と同じ顔をしたやつが自分の恋人とイチャついているのだ、NTRとかBSSとかそういうレベルではない。
そんな溢れんばかりの殺意を向けてくるスーパー火華を見て、本体の火華は鼻で大きく息を吐く。呆れているような、小馬鹿にしているような、とにかく自分よりも下と認識した人間に対応している時の態度であった。
「私があなたを送り出すことで世界は敵と戦う戦力が増える、私は布団子と一緒に居られる、一挙両得で皆ハッピー、オーケー?」
(殺すか……?)
あまりにもこちら側の事を考えていない火華の言動にスーパー火華の殺意がさらに鋭く研ぎ澄まされる。生まれたばかりとは言えこちらは
第六の猟兵の力を持っている、一瞬の隙を突けばあるいは……とスーパー火華が構えた時、布団子が静かに手を上げた。
「分身体のひばな、一人ぼっちだと可哀想じゃない?」
その一言で場の空気がひっくり返った。
火華の表情が驚愕の色に染まり、逆にスーパー火華は内心で勝利の笑みを浮かべる。スーパー火華とて世界を守るために戦う事にはそこまで不満はない、本体が布団子を独占することが許せないだけだ。
その布団子がこちらについてくれるのなら何の問題もない、哀れな本体の泣き顔を肴に悠々自適な猟兵ライフの始まり始まり。めくるめく二人の未来にスーパー火華が思いを馳せていると、彼女の袖が小さく引かれた。
「んー、ひひるかなぁ?待っててねー、今この邪悪な本体から借金以外の全てを毟り取って成り代わるからねー」
甘い声を出しながらスーパー火華は袖を引かれた方に顔を向ける、自分達が今居るのは火華と布団子が長年暮らしているマンションの自室。ついさっき生み出されたスーパー火華を除けば二人以外に住民は居らず、それも今自身の視界に映っているのだからスーパー火華からすれば自分にちょっかいを掛けてくるのは愛猫であるひひる以外に考えられない。
だからこそ、視界に飛び込んできた帽子を被った少女の姿にスーパー火華の思考は停止した。
「「……ん?」」
二人の火華の声が重なる。どうやら本体にとっても予想外の事態が起こっているようで、恋人の身体から離れた彼女は身を乗り出すようにして謎の少女の姿を見つめていた。
……いや、謎のという言い方は少々語弊があるかもしれない。何故なら少女は六歳ほどの幼い外見ではあるが、布団子と同じ姿をしているのだから。
「できちゃった」
「「いつ!?」」
「分け御魂」
「「あ、そっちかぁ~……」」
布団子の言葉に滝のように流れた汗を火華達は同時に拭う。別に覚悟ないわけではないが、相談なしである程度大きくなった子供を急に見せられると流石の火華でも信頼されてないのかと色々焦る。
「じゃ、こっちのひばなは私が面倒みるね」
「ん、よろしく頼むよ私」
接触早々殺し合いの雰囲気となった火華達とは対照的に、布団子達は穏やかに言葉を交わすと後はお互いお好きなようにと小さい布団子はスーパー火華の腕に組みつき、大きい布団子は火華の頭を自分の膝の上に戻す。とてもマイペースな二人であった。
「というわけで、所城・スーパー布団子(スーパーふとんこちゃん・f43851)だよ。改めてよろしくね」
「え、ああ、うん?よろしく……」
突然増殖した恋人に若干理解が追いつかず布団子とスーパー布団子を交互に見るスーパー火華だったが、その困惑の隙を突くように本体の火華がごほんと咳ばらいを一つするとやたらと豪華なご祝儀袋をスーパー火華に投げつける。
「これで不平不満はなくなったね!それじゃあ二人頑張って世界を救うんだよよろしくぅ
!!!!」
投げつけられたご祝儀袋をスーパー火華が咄嗟にキャッチした瞬間、ガードの緩んだ彼女に火華が放った木の棒によるフルスイングが突き刺さる。結果スーパー火華はそれ以上の不満を言う事が出来ず、窓ガラスを突き破る形で広い世界へと飛び立つ事となった。
そして、スーパー布団子は本体に二人に見送られる形で普通に玄関から外に出た。
「ああー!ムカムカするーー!!!」
頭に突き刺さったガラス片を力任せに引き抜きながら、スーパー火華は苛立たしく本体への憎悪を口にする。普通であれば通報なり救急車なり呼ばれそうな光景だがここは死を克服した世界サイキックハーツ、一瞬ぎょっとした様子で振り向く者は居てもそれ以上踏み込んでくる者は居ない。
「きっとアレだ、私という善良な部分を切り離したからあんなに性格が悪いんだ、そうに違いない……あんな奴を好きになったら駄目だからね布団子!ドロドロのデートDV喰らって伊藤〇チされるに決まってるんだから!」
「わかった……ふふ」
噴水の如く出血しながら特大のブーメランを投擲しているスーパー火華を見て、スーパー布団子は楽しそうに頬を緩める。その子供らしい笑顔にスーパー火華は咳込みながら顔を赤くすると、スーパー布団子から顔を反らした。
「とりあえずまずは生活拠点を見つけないとだけど……この無駄に豪華な袋、地図なり金なり入ってるのかな」
スーパー火華のガードを緩めるために投げ渡されたご祝儀袋。良い紙を使っているのか日に翳してみてもまるで中身が見えないので試しに開けて見ると、鞄の底で放置されていたプリントのようなクシャクシャの五千円札が一枚細かいゴミと共にスーパー火華の手の上に落ちた。
「……」
感情のままに五千円札の両端を握ったスーパー火華は、一度大きく深呼吸すると手にした紙幣をスーパー布団子に手渡し、代わりにご祝儀袋を怒りのままズタズタに引き裂く。すれ違う人々がひそひそと何かを話していたがそんな事を気にしている余裕はなかった。
「決めた、アイツにはもう頼らないし期待しない!次ぎ会ったら絶対殴る!行くよ布団子
!!!!」
スーパー布団子の手を取り、スーパー火華は怒りを発散するように大股で歩き始める。何はともかく住むところだ、自分一人ならまだしもまだ幼いスーパー布団子を路上生活者やネカフェ難民にするわけにはいかない。一先ず本体から受け継いだ灼滅者としての知識や伝手から即日入居可能なアパートを見つけた二人は早速手続きを行っていたのだが……。
「それで、二人はどういう関係なの?」
「えっ……」
書類の記入中、管理人の女性投げかられた言葉にスーパー火華の手が止まる。
別に困ることはない、自分達の関係をそのまま口にしてやればいいだけだ。しかし簡単に出せるはずのその言葉を口にしようとすると、妙な背中の暑さと共に息が吐きだせなくなる。
「……まあここ最近色々あったし、詳しくは聞かないけどさ?まだ小さい子なんだからあんまり寂しくさせちゃあ駄目だよ?」
何かとんでもない勘違いをされている気がする、このままでは最悪大きい方の布団子に自分の子供をほっぽり出して別の女と同居しているとかいう最悪の風評が付く危険性がある。どうにかして誤解を解かなければ、ここは本体に全ての罪を押し付けるかとスーパー火華が必死に頭を働かせていると、不意にスーパー布団子がスーパー火華の腕に抱き着いてきた。
「見てのとおり、こいびとです」
「ちょっ
……!?」
スーパー火華の脳裏に誘拐、ロリコン、逮捕の文字が浮かぶ。事実はともかくとして、傍から見たらこの状況はやべー女が小さい女の子を良いようにして連れ込んでいるようにしか見えない。ニュースで放映される自身の姿を想像したスーパー火華が人生の終了を感じて俯いていると、管理人の大きな笑い声が彼女の耳に飛び込んできた。
「なんだいそれなら正直に言いなよ、今時女同士なんか気にする奴なんかいないさ!」
「えっ
!!!????」
性別よりももっと大きな壁があると思うのですが!?というスーパー火華の内心をよそに、スーパー布団子が書類の残りの部分を書き上げて管理人に渡す。それを受け取った管理人は満足そうに何度か頷くと、二人の前に部屋の鍵を置いて椅子から立ち上がった。
「じゃ、後は好きにやんな……あ、周りの迷惑は考えてほしいけどね?」
そう言って管理人は適当な雰囲気で手を振りながら部屋を出ていくと、後には呆然としたスーパー火華と満足げなスーパー布団子だけが残された。
「……それじゃ、部屋いこう?」
「え?あ、うん」
スーパー布団子に袖を引かれてスーパー火華が立ち上がると、二人は自分達の部屋へと向かう。カンカンと音を鳴らして階段を上り、最近では珍しくなった両刻みタイプの鍵を回して部屋の扉を開けると、何も家具の置かれていないこざっぱりとした一室が広がっていた。
スーパー火華は靴を脱いで部屋に上がると、深く大きく息を吐き出し、倒れ込むように部屋の真ん中で大の字になる。
「……死んだと思った!社会的に死んだと思った!」
「んふふ、あっちの私が猟兵には外見の違和感を感じさせなくする能力があるって言ってたからさ。上手くいったね」
「外見の違和感ってそういうことかな……?」
釈然としないものを感じながら、スーパー火華は改めてスーパー布団子の姿を見る。幼い外見を除けば言動も雰囲気も本体と何も変わらない、自分の大好きな布団子そのものだ。
しかしその外見がスーパー火華の理性に強く働きかけてくる、管理人は問題なかったが他の人は?同じ猟兵同士であったならば?不安は尽きないどころか不安しかない。
かと言ってスーパー布団子と恋人らしい事をしたいというのも確かなのだ。許されるなら何でもしたいしされたい、だが彼女の幼い身体と法律がそれを許してくれるのか……。
理性と本能の狭間でスーパー火華が唸り声を上げながら悩んでいると、スーパー布団子が横になっているスーパー火華の頭を起こし、ギュッと後ろから抱きしめる。大きい布団子よりも暖かい暗闇に包まれたスーパー火華の思考は停止し、咆哮を上げる本能をどうにか抑え込むが、その結果として身体は硬直し動けなくなる。
「ひばなはちょっと難しく考えすぎかなー、いーんじゃないてきとーで」
そう言いながら、スーパー布団子はスーパー火華の頭に体重をかける。年齢特有の突き出たお腹の柔らかさに、スーパー火華は屋上の野郎どもの顔を思い出すことで抵抗していたが限界は近かった。
「私は、いつでもだいじょーぶだよ?」
「伊藤〇チにされる!」
声の大きさとは裏腹に優しくスーパー布団子の腕を解いたスーパー火華はそのまま転がるようにスーパー布団子から距離を取ると、手洗い場の水道から冷水を出して頭に被る。
「伊藤〇チにされるーーーー
!!!!!!」
周辺住民にとても迷惑をかける声量で叫ぶスーパー火華を見て、スーパー布団子はニコニコと笑みを浮かべる。この部屋における力関係が決定した瞬間であった。
艶やかな黒髪から水を滴らせるホラー映画の幽霊じみた姿となったスーパー火華が息を切らしながら床に座り込んでいると、唐突に二人のお腹からくぅと小さな音が鳴る。見れば窓の外には夕焼けの赤い空が広がっており、一日の終わりを告げようとしていた。
「……色々あって気にしてなかったけど、そう言えば朝から何も食べてないね私達」
「死なないから忘れちゃうねー」
「とりあえず、何か食べよっか」
髪をかき上げて最低限の身だしなみを整えたスーパー火華は何も言わずにスーパー布団子に手を差し出す、彼女もまた何も言わずにその手を取ると二人は歩幅を揃えて外に出た。
「……そうだ、せっかく世界を救うならついであの部屋もっと良くしちゃおうよ。あっちの私たちが暮らしてる部屋なんかより」
「だね、もうこうなったら全部が全部上回ってやろう!」
分身とか見た目とか関係ない、私達は私達。そう示すように二人は並んで同じ道を歩く。日の角度の問題だろうか、夕焼けに照らされ地面に伸びる二人の影は同じ大きさをしていた。
「ねえ、ひばな」
「なーに、布団子」
「さっきの、冗談じゃないからね」
「ん゛ん゛ー゛
!!!!」
とは言え、試練はまだまだ多そうな様子である。
成功
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