さくらいろなつやすみ
異世界から落ちてきた島を奪い合う海賊達と秘宝で満ちた、果てしなく広がる海。グリードオーシャンと名付けられた欲望の海は、どこの島でも汐の香りがふわりと漂う。
はらり、幼い少女の髪に季節外れの薄紅の花弁が落ちる。しろいゆびさきでそれを摘まんで、メルティメルト・ハニィバニーは瞳を瞬きさせた。
「この島は、本当に桜の花が満開なのね」
はじめは荒くれ者の海賊達が開拓したという島は、今では通年咲き誇る桜を名物としたリゾート地になっている。素敵な夏を過ごせるのだと聞き及んだ堕天使は、早速この島へと赴いた。
島民達は訪れた客人を快く迎えてくれる。おすすめは桜を見ながらの海遊び、そして涼やかなホテルでのリラックスタイムだとか。
「せっかくの夏休みだもの、たくさん楽しんじゃうわ」
おそらくこの島は、幻朧桜の咲くサクラミラージュから落ちてきたのだろう。夏の匂いに春の彩が重なる光景に、少女はくふんとうれしげに笑う。
パステルカラーの水玉とフリルが可愛らしい、ワンピーススタイルの水着に着替えたメルティメルトがやってきたのは、満開の桜が見下ろす砂浜。
島民や観光客もちらほら居るようで、ビーチチェアで寝転んだり、浅瀬で泳いだりとそれぞれの楽しみ方を見つけている。
穏やかな波を感じながら、そっと細い足を海水へと浸す。ひんやりとした水の感触が、少女の胸をくすぐった。
「えいっ」
思いきってざぶざぶと海へ入れば、ほどよい水温が身体の熱を冷ましてくれる。桜の花弁ははらはらと降り続いていて、海の彩もほんのりと薄紅に見えるようだった。
ふと、海原の底にきらりとひかるものに気がつく。砂のなかからそうっと拾いあげてみれば、桜色の宝石めいた石だった。
「これ、さっきホテルの人が言っていた石かしら」
――遠い昔、この島が空から墜ちて来た頃。うつくしい巨大な宝があったのだとか。宝の真上に島が墜ちてきたせいで、宝は粉々に砕け散り、周辺の海辺に薄紅の欠片が時々見つかるようになった……らしい。
昔話が本当かはわからないけれど、素敵な宝物を拾ったことは間違いない。なんだか得した気分になって、メルティメルトはふにゃりとした笑みをさらに緩ませた。
ひとしきり泳いだあとは、設置されたビーチチェアで身体を寛がせる。桜色のサイダーはしゅわしゅわと泡を弾けさせていて、口に含むとぱちぱち甘い。
「空も海も、とってもきれいな色ね」
澄んだ青の空と、わずかに薄紅に染まった海。そこに時折降り注ぐ桜の花弁は、なんだか眠たくなってしまうほどにやわらかい。
ぽーん。のんびりと過ごしていた彼女の足元に、ビーチボールが転がってくる。身体を起こしてボールを拾いあげると、すこし遠い距離から声がした。
「すいませーん、ボールそっちに行っちゃいました！」
おそらくは島民だろうか、日焼けした数人の少年少女が駆け寄ってきたのを見て、メルティメルトは彼らにボールを手渡す。
「ありがとう……わ、キミ、かわいい翼がついてるね」
「ほんとだ、天使様？ それともお姫様？」
目を輝かせる彼らに対して、堕天使はふふんと得意げにウィンクひとつ。
「半分合ってるわ。ねぇ、みんなで遊んでいたの？」
「うん。そうだ、キミも遊ぶ？ ずっとお昼寝するのもつまんないよ！」
「そうそう、あたし達と遊ぼーよ！」
実年齢よりも幼いちいさな姿は、彼らと同じ年頃に見えたのかもしれない。その提案に嫌な顔ひとつせず、少女は笑顔で頷く。
「ええ、よろこんで！ そろそろ身体を動かそうと思っていたところなの」
冷えたままのサイダーのグラスを空にして、堕天使はビーチバレーへと飛び込んだ。
まぶしい太陽が暮れてきて、青空はすっかり夕闇になっていた。
「メルトちゃん、すごかったね」
「うん、サーブする姿がかっこよかった！ 飛んでるみたいだったもん！」
ビーチバレーで大活躍だったメルティメルトを囲むように、少年少女は帰りの道を歩く。
「ふふ、みんなもとっても強かったわ。明日、また遊びましょう？」
幼い友人達に手を振って、少女はホテルへと向かう。はらりと降りつむ薄紅を見上げながら、掌のちいさな石の欠片を空に翳してみた。
夕焼けをきらきらと反射させたそれは、夏の思い出にぴったりで――だけど、まだまだ思い出に浸るのは早すぎる。
明日も遊ぶ約束をしたし、今からおいしい夕食の時間。夜の海を楽しむのもいいし、真夏の星空と桜のコラボレーションだって、とっておきの景色に違いない。
「こんなに素敵な場所なんだもの、いくらでも楽まないと損しちゃうわ」
ステップを踏むように軽やかな足取りで、桜と夏休みの約束をかわす。
成功
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