煌々と笑う月が闇を晴らすのはいつ頃になるのだろうか、絡み付くかのような奔走に何もかもが抜かれていく。駆け出したのは果たして獣だったのか天使だったのか、黙示録に連なる虚の衝動へと脳髄を叩きつけると良い。世界からの祝福だ、過去からの羨望だ、惰性で壁を殴った獣どもの喧しさもある意味ではスパイスの一部と考えられよう。酩酊したかのような感覚にカイム・クローバーは吹かして魅せた。この為に、この瞬間の為に、俺は生きてきたと口にしても過言じゃねぇぜ。胸を張り、意気揚々と、堂々と貸し切りナイト・プールへ語り掛ける。はん、俺は独り言をこぼす趣味なんざねぇんだ。今日は旅芸人の相棒らしく、番らしく、愉快に踊ってやろうじゃないの。のんびりとブラック・ジャックを楽しんでいる場合ではない、そんな暇を見つけてしまっては彼女に失礼だと良い男は知っていた。ああ、勿論、お偉いさんへの『貸し』があってこその舞台だ、話を『つける』のは簡単だったぜ。それこそ、21を一発で引くようなもんだ。ちらりと見えたのはプールの係員、そそくさと退散するサマは、成程、キマイラのクセに理解が早いか。野次馬も怪人もやってこないさ。此処には俺とリリーだけしか居ないんだからよ。ふわりと、擽ったい予感がしてきた。世界が複数あったとしても、そう、この世界は二人だけのひとつ。例によって豪気な事だ、まさか、アタシ一人の為に『こんなもの』まで用意するなんてね。カタリナ・エスペランサのプライドとやらがちょっとだけ顔を出した。まあ、キマイラフューチャーはアタシの第二の故郷だからね、賑やかに、はしゃいで楽しむ方法ってのを教えてあげるよ。思いの丈の表現としては、告白の続きとしては『こういう』大袈裟さも伝わり易くて嫌いじゃない。栄養満点な内臓を先に食べてくれ、そんなフウな在り方に好感とやらが膨れ上がっていく。勿論、必須とかそれが全てって訳でもないけどね！ やれやれ、リリーには敵わねぇな。俺はこういう場合の搦め手とかはあんまり得意じゃねぇんだ。何処ぞで見掛けた花火だって最後の最後は沈黙だったのだ。ありがとうの一言が病的なまでに脳髄へとこびりついている……。それにしてもお互い、眩暈がするかのような距離感を保っていた。
つかず離れず平和な喧騒を遊ばせながら過ごすプライベートな時間とやらが莫迦みたいに愛おしかった。なんだか、アタシ達の性に合っている気もするし、それに何より、じっと見つめ合うかのような心地が未熟な林檎のようでいて悪くないか。得意げに、自慢げに、アタシはクルクルと回ってみせる。ふふん、どうかな。キミの為に用意した水着姿、キミの為に飾ってみたアタシの身体。女子学生みたいに蹂躙してあげようかと思ってみたり、みなかったり……。リリー、今年もあんたは最高だ。巷ではコンテストがどうだ、票数がどうだという話があるのは知ってるが、そんなモン、俺からすれば只の光り物が好きな鴉の群れのような騒ぎ。俺にとっての水着ってのは今、この瞬間、俺の中の狂気を溶かしてくれる、楽しみの為にあるってもんさ。じっと、じっくりと、当たり前なように女神の隅々までもを漿液の代わりとする。徐々に徐々に熟していく林檎からのテッポウ水。冗談さ、冗談、文字通りに水に流してくれないか。……本気だって事はアタシが一番知ってるさ。逆さになったって変わらないこの気持ち。たとえ身体が散り散りになったとしても、九割ほどの沙汰だけは永遠よりも永遠で、永劫よりも永劫だ。
昨日の敵は今日の友が許されるのは猟兵の間で『だけ』か。オブリビオンその他を相手にした場合は完全な滅ぼし合いとなって終う。いや、そんな事を考えたって面白くもなんともない。今は二人だけの時間なのだから、正々堂々、この25ｍとやらを一往復して決めると宜しい。手加減はまったくしない。何故ならば、埒外同士の争いに接待など『無い』からだ。クロールだろうと平泳ぎだろうと犬かきだろうと、なんだって構わない。兎にも角にも勝敗の行方だが――ほぼ同着。判定は係員の『目』に委ねられた。あんたが決めてくれよ。アタシも、それなら文句ないかな。係員の顔色が宜しくないのは『目で追えなかった』からか。……引き分けって事に出来ないかな。それは出来ない。なら……身長差的にカイム・クローバーの勝ちとしておこう。判断基準は墓場に持って行こうと係員は逃げ出した。はは、今回は俺の勝ちだってよ。次は負けないから。サッパリとした精神状態で次のゲームに挑むと喜ばしい。そんじゃあリリー、こっからが本番だぜ。指差した先には名物ウォータースライダー、悉くを呑み込まんとする大渦モチーフでなんとも刺激的な姿形をしている。一般キマイラが滑ろうとしたら、おそらく、相当な勇気が要るだろう。では――猟兵の場合は如何に。この程度のスリルでは物足りないだろうか。故に追加されたアミューズメント風シューティング・ゲーム。予想している通り、的はこの世界特有の
怪人か。
次々と現れる怪人を水鉄砲で倒していく『ありがち』なゲーム性だが、しかし、猟兵用に難易度が『調整』されている。怪人の姿形は勿論、その特性まで付与しているという謎の技術だ。加えて、外したらスコアが『減っていく』仕様。これは中々に歯応えがありそうなゲームだ。……腕の見せどころだ。アタシは普段、あんまり使わないんだけど今回くらいは『二丁拳銃』に挑戦したって構わないよね。そう、同じスタイルだ。おんなじスタイルでおんなじ得点を狙う。これほどまでに滾るお遊びがある筈が無い。それに……純粋な早打ちと見切りの技術はカイムの方が得手だけど、先読みと合わせた誘導や迎撃、弾幕の生成などは……アタシの得手。ああ、何度も何度もやってきた二人で一人。この解放されたかのような心地の良さは何処ぞのゲームの黒教とやらにも匹敵するか。やれやれ、これじゃあ景品を用意してくれたキマイラが可哀想じゃないか。俺とリリーが本気を出したら、それこそ『無敵』になっちまう。元からそのつもりじゃないか、アタシ達は何をしても『無敵』、そうでしょう。そういえば景品はどんなのかな。……あのぬいぐるみじゃねぇか？ まあ、あれを用意させたのは「俺」なんだが……。
デフォルメされた怪人風。女神様の好みに合わせた代物だが、嗚呼、想定していた以上に不細工か。異彩を放つ『それ』は奇怪な造形をしており今にも飛びついてきそうな表情だ。ほとんど原形が残ってないけど……これは鮫……いやSAME……？ なんとも名状し難いセンスだ、ナンセンスだ。気に入ってくれたのかは微妙なところだが、如何やら、彼女曰くSAMEらしい。鮫とは違うのか？ 俺にはKUJIRAのようにも見えるが……。鮫鯨……ホエールシャークってやつかもしれないね。100ノットで潜水してダイオウイカとか貪るんだって。そっと触れてみる。触れた瞬間にやってくるヤケにリアルなしっとり＆ひんやり。普段お迎えするタイプの子じゃないけど。こんな子が居たっていいだろう。ぎゅっとするには向いていないが、眺めて、愛でるのには悪くない。さて、狙いは定まった。濡れ鼠にしてやるだけだ。決戦へと臨む狩人が如くに。
モフモフとした尻尾も、ひくひくと動く耳も、水にやられてしまえばへにょりと愛らしい。相棒の身体を包むように、相棒の身体を留めるように、ひっついてしまえば流されるだけだ。緩急ある水の内にてピンク色の双眸とやらをかっと開く。何処に
怪人が潜んでいるのか、そのひとつひとつを撃っていく。おっと、まさか奇襲をしてくるなんてリアルじゃないか。至近距離から飛び出してきた怪人には漏れなく零距離射撃をお見舞いだ。追加で行く手を阻む集団敵、的確に爆撃していくサマはいつも通りの神様らしさ。俺の分も残しておいてくれよ。ざわつく怪人とスライダーの最中、いや、一言が届いたのなら運命にだって良いところがある。なんだって？ 運命？ 違うさ。これでも感覚は鋭い方なんだ、アタシが彼の言葉を聞き逃すなんて天地がひっくり返ったってありえないね。依頼だろうと遊戯だろうと適材適所ってやつさ。格好良いBlack Jackにアタシは惚れたんだよ。なあ、魅せてくれるんだろう？ あんまりアタシに蕩けているようだと全部掻っ攫っちゃうけど！ リリーが撃ち漏らすなんて万に一つもない。だが、万にひとつはあるとも考えられた。おっと……これは……ワザと残しておいてくれた『おこぼれ』だ。照準を合わせたか合わせてないか尋常では解せない早撃ち。ははあ、さては難易度調整ミスったな？ これじゃあ、激ムズ仕様なんてのが大嘘になっちまう。愈々ラストだ。ひどく小さな的だがフリーダムらしい。Jack potね、カイム。それは俺の科白だろ、持ってくんじゃねぇよ。二人同時に中ててのパーフェクト・ゲーム、楽勝ってやつだ。
身体がふわりと笑う――宙の心地良さ――翼は何処までも往けるのか。
習慣を、癖を、意識的に止める事は難しい。天使は彼の腕を避ける事なく、まったく神秘的なお姫様だっこを受け入れた。飛べるだって？ 気にする必要なんざない？ 俺がこうしたいのさ、ダメなワケじゃないだろ。刹那の内の手慣れにやられてしまった。アタシが捕まえてあげても良かったんだけど。これじゃあ……。
一緒に地獄に堕ちようって告白しているようなものじゃないか。
軽口を叩き合う事だって情念の証明。何でだと思う？ キミの所為だよ。彼に会う前のアタシが知ればしかめっ面をするんだろうけど、案外こういうのも悪くない。今年の夏はずっと一緒に此処に来たいって思ってたからさ。脳内シミュレーションは完璧だぜ。決めようとしたウィンクは時間に殺される。
水の柱の妬みに応えよ、溺れたかのように。
成功
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