サイバー犯罪対策課
●バベルの鎖
嘗て在って、今は存在しないもの。
それが『バベルの鎖』である。
永続型結界膜とも呼ばれ、それをまとった存在や引き起こした怪奇現象の情報は過剰に伝播しなくなるものであった。
それ故にダークネスが過去起こした事件の多くは、目撃者と犠牲者がいるにも関わらずメディアを通して拡散していくことはなかった。
どれだけ訴える者がいたとしても、無駄であった。
それが『バベルの鎖』。
逆に『バベルの鎖』を纏うものは、未来の自分に降りかかるであろう災難や厄介事を、微かな前兆と共に察知することができる。
つまり、ダークネスも灼滅者も『バベルの鎖』まとわぬ者に対して、己の存在を確信させることはなかったのだ。
しかし、だからこそ見落とされてきたものがある。
サイキックハーツ大戦。
その後、『バベルの鎖』は消滅した。
情報を拡散させぬ力が失われた事により、急速に情報は人々の中にしていく。
「大きな混乱があった。当然のことよね」
誰だって全知全能ではいられない。
例え、あらゆる知を持ち得る者がいるのだとして、それを瞬時に正しく判断し決断を下すことなどできはしない。
例え、サイキックハーツの全人類が『エスパー』となり、暴力や災害、病気や飢餓といった要因で死ぬことがなくなったのだとしても、例外が存在するようにだ。
「そう、例え『エスパー』になったとしても復活ダークネス――オブリビオンが放つユーベルコードは防げない。そして、精神に対する攻撃も」
七草・聖理(光の弓矢は闇無き世界で始まる・f43834)はサイキックハーツ大戦を知らない灼滅者である。
偶然という名の運命によって彼女は猟兵に覚醒する。
故に知るのだ。
知ることからはじめなければならなかった。
嘗てのダークネスの脅威。
如何にして『ノーライフキング』――『屍王』と呼ばれる存在が『世界の支配者』であったのかを。
人類の文明を支えるもの全てが人類を苦しめるための要因になっていた。
石油も。コンクリートも。
それがあるがゆえに苦しまねばならぬ者たちがいたのだ。
だが、文明を人は手放せない。
どんなに人類が『エスパー』となってあらゆる苦しみから解き放たれて尚、解放されぬ苦しみがたった一つ残っていた。
「それが心の苦しみ。心の傷を癒やすのは時間だけ。特効薬があるわけじゃない。一度傷つけば、元には戻らない。肉体という器が無事でも心という液体がこぼれてしまえば、それはもう二度と戻らない」
サイバー犯罪対策課。
それが彼女の属する組織であった。
ソーシャル・ネットワーク・サービス。
それもまた人類が獲得してきた文明の一つである。
文明故に『ノーライフキング』が遺したものでもある。それなくば立ち行かぬ現在であるがゆえに『ノーライフキング』のやり方は狡猾にして光明であった。
「いくわ。総員ユーベルコード用意」
聖理は眼の前に並べられたいくつものモニターを見つめる。
手にはタブレット。
現状、SNSにおける誹謗中傷に対する厳罰化は進められているが、完全ではない。
この構造もまた遺物である。
「対策課エクソシストに厳命します。例え、この構造が仕組まれたものであったとしても、それでも誰かの心を傷つけるものあれば、これを罰する。我らは剣であってはならない。矢でなければならない」
故に、と彼女の瞳がユーベルコードに輝く。
光の速さで誰かを傷つける言葉が放たれるというのならば、己達は光の速さよりも早く誰かを守るために飛ぶ矢でなければならない。
言葉の刃を弾く盾では間に合わない。
だからこそ、矢。
この闇より生まれた構造を飛ぶ、一矢なのだ――。
成功
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