例えばこんな一日
きっかけは何気ない会話の中だった。食事をしている最中の雑談の中で「珈琲で布を染めると綺麗に染まる」という話が出てきた。
どちらかというとソシャゲやネットゲームなど最近の物を好むヒカルに、今度染物をやってみないか?と誘ったのはエルンストで、以前誘ったキャンプも、ヒカルはなんだかんだ生意気な口を聞きつつも楽しそうにしていたのを思い出してのことだった。染物の話も興味深そうに聞いていたし、芸術関連の才能がある彼なら楽しめるだろうと思ったのだ。
その誘いに対してヒカルも嫌な気はしなかったどころか、むしろ興味はあったのだろう、やってみる、と頷いたことで、二人はとある晴れた日に染物遊びをすることとなったのだった。
豊かな近未来都市、キマイラフューチャーのとある一角、周囲に近隣住人もいないので人に迷惑をかけることもないし、逆を言えばこちらも邪魔をされることは基本的にない、そんな住処で
「こんなもんかな」
一通り揃えた道具をみやってエルンストが頷く。エンドブレイカーであるエルンストにとって、こういうものを揃えたり準備することは手間では無い。やるキッカケの会話は珈琲だったが、今回染料として揃えたのは珈琲以外にも玉ねぎの皮や黒豆など、いわゆる草木染めに使われる染料も揃えている。
せっかくの染物遊びだ、色々やってみるのもいいだろうとこうして揃えたのだ。
「ふーん、これで模様とか付けれんの?」
その隣でヒカルがエルンストの腕を引きながら筆と蝋を指す。
「近いよ、君……そう、染めたく無いところに蝋を塗るとその部分が白抜きになって模様になるんだ」
今回染める物は麻のエプロンとTシャツだ。ヒカルに模様の付け方を説明しつつ、先に下準備を済ますことにする。今回用意した染物の素材は『麻』。麻のような植物繊維は比較的染めにくいものなので、綺麗に染めるためには布にタンパク質を染み込ませる下準備をすると良いのだ。
牛乳と水を1:1で大きめのボウルに入れると、そこにエプロンとTシャツを漬け込む。
「20〜30分もすれば良いはずだから、その間にデザインでも考えるかい?」
その様子をぴたりと横で引っ付いていたヒカルにやりづらいよと言いつつ、下書き用として用意した紙を指す。
「ま、一応やっとくか」
感心したようにエルンストの手際を見ていたが、確かに20〜30分もぼけっと布を見てるのもアレなので、下書きなんかはやった方がいいか、と今度は2人並んで木のテーブルに木の椅子をつけて絵を描き始める。
ヒカルは手の中の紙に泡のような模様とクラゲの絵を描いていく。
どこかご機嫌に下書きを描きながら、ちらりとエルンストの方を見やってみると、彼はなにやら線を描いていた。こう、辛うじて斧のように見えなくもないような……彼の視線が彼の武器であるハルバートを見てるのに気づいて、にぃと笑った。
「コジャッキー、相変わらずヘッタクソだなぁ」
「うるさいよ」
ニヤニヤ笑って揶揄えばエルンストが眉間に皺を寄せ苦笑する。それでも本気で機嫌を損ねたわけではないのぐらいは分かる。ヒカルはニヤニヤ笑ったまま、別の新しい紙を手に取った。
あまり複雑な模様はエルンストには難しい。こういうものはどうあっても得手不得手がある。
「コジャッキーならこれくらいだろ」
細かい模様ではなく白い線を何本か抜いた模様をデザインして見せてやる。これなら多少不器用でもそれなりのデザインに見えるはずだ。
「君、本当にこういうの上手だな」
確かにこれなら多少デザインらしく見える。それに自分でもなんとか出来そうだと感心してエルンストが頷いて呟けばヒカルが満足そうに笑って
「コジャッキーよりはな」
一々言い方は生意気だが悪い気はしてないようで、その顔は楽しげで、それならいい、とエルンストはそっと目を細めた。こういうことはやはり嫌いでは無いようで、機嫌もいいし、エルンストも気分は良かった。
さて、デザインを決めたところでそろそろ布も良さそうだ。
先程と同じように2人並んで今度は布へデザインを施していく。
ヒカルは筆先に蝋を着けて器用にクラゲの絵柄を描いていく。所々泡に見立てるための絞りもしたりして、完成系を脳裏に描きながらその通りに作っていく。
そうしながら横目でエルンストを見やれば、彼は彼で悪戦苦闘しつつもヒカルが描いた下絵を参考に線を引いている様子で、その顔が真剣で面白い。
料理はあんだけ器用にこなす癖に。
「何笑ってるんだい」
「べーつにー?」
はあとこぼされた溜息、下手なのは知ってるよと言いたげなそれに思わずさらに笑ってしまう。
染料自体は先程乾かしている間に作ったので、とうとう煮出しだ。
染料を入れた鍋を火の上に置く。ヒカルが選んだ黒豆は鍋の中で黒い液体となっていて、そこにエルンストがエプロンをゆっくりと入れて時折箸で混ぜるのを、ぴたり、くっついて見やる。
「だから、そうくっつくなよ君は。邪魔だって」
「いいじゃねぇか」
やりづらいとぼやくのに聞く耳持たず、染料の中でゆったりと泳ぐ布を見やる。ゆらゆら、まるで描いたクラゲのように。ゆっくりと染まっていく布の様子はなんだか楽しい。
対して、エルンストのTシャツは玉ねぎの皮で染められることとなった。こちらは黄色い染料だ。そこにゆっくりとTシャツを入れて箸で泳がせる。
「だから、邪魔だって」
「気にすんなよ」
ぴたり、邪険にされても引っ付いて鍋の様子を見る。ゆらゆらと黄色い染料で染められるTシャツ、こちらもいい色合いになりそうだった。
柔らかな風が吹く。日陰でひらひらと揺れる薄い藍色のエプロンにはクラゲと泡の模様、薄い黄色のTシャツには白い線の模様。どちらも優しい色合いで、それを見てにぃとヒカルは満足そうに笑う。
「準備できたよ」
「わかった」
先程まで染物作業をしていたテーブルには今度はお茶とクッキー、柔らかな日差しの中、染物が乾くまでのお茶会だ。
クッキーを齧って笑うヒカルにエルンストも目を細め微笑む。優しい染物の思い出に美味しいクッキーも添えて。
優しい一日は幕を閉じるのだった。
成功
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