1
嗤笑するグリモア

#ダークセイヴァー #ノベル #グロテスク #魔王

ルキフェル・ドレンテ




 仮面舞踏会に招待された娘曰く、ねえ。今日は何して遊ぼうか。あの日の目玉の回し方を再現してみる。隠されてしまった目の玉の滑り具合は、回転の具合はきっと男の悪態とあまり変わらない。いいや、それ以上に、異常に、狂気とやらを飼い慣らしていた。■■■■が守ってくれるものね。ええ、ええ、わたしも、愛しているわ――!
 貴方を殺した世界など――わたしを殺してくれた世界に。
 滅ぼしてくれる――感謝しないとね。
 窮極的に言の葉を手繰って描写をして終えば、救いの手など『最早ない』か。仮に彼等を救おうとして、正気に戻そうと試みて、手を伸ばしたところで何もかもを掠奪される他になく。真にシャイターンを、サタンを、名乗ろうとする愚物に如何様な光が齎されようか。自業自得の四文字がお似合いなコキュートスの住民に、ジュデッカの王に、いったい如何様な結末が墜ちてくるのか。まるで背伸びがしたいお年頃な人類、言の葉の悉くを統べつつ塔へと押し寄せるソドムとゴモラか。噛み砕かれた火と硫黄は様々な色に変化し新たな深淵とやらを創造する。あらゆる紋章が絆の類だと見做されたならば、成程、その縁も健在と考えるべきか。塵の芥より生じた緋色の絨毯を視よ、この怨嗟の上に在る僥倖を知れ。盲目白痴こそが我が身我が心だと定められたのならば、それこそ唯一の、神からの贈り物と解せた。いいや、解せる術など毛頭なく、くすぶるバンダースナッチの顎のように頑固だ。かばんの中に乱雑に入れ込んだ、罵り尽くした物品は魂とも謂い換えられる。さて、この牢獄には未だ少年が混ざっているのだが彼にも一言吐き散らかしてもらおう。知ってるか? アンタみたいな悲劇のヒロインは誰にも理解されることなく女に食い殺されるのがお約束なんだぜ。全貌を、全容を把握する為には何度も何度も絶望しなければならない。
 世界を滅ぼす愛情が本当に存在するとして、果たして、それを許すほどに人は寛容だろうか。絡み付く蛇の甘言に耳を傾けるのは結構なのだが、その虚空具合を確かめる必要があった。誑かされた男の名を今更に『出す』所以は皆無なのだが、一応、ルキフェル・ドレンテとしておく。魔王サマは、騎士サマは何処ぞの異端の神、狂った神の如くに扱われ、現状、正義とやらに、英雄とやらに囲まれている事にようやく気が付いた。いったい如何様な馬の骨が馬の骨の群れをこの天文台に『くれて』やったのか。ああ、皆目見当もつかないが。きっと。グリモアか何かに『予知』されたのだと勝手に考えておくと宜しい。そう、俺は『俺』が何者なのかを未だに把握出来ていないが、俺自身が世界の敵である事だけは認知している。そんなにも賢いならば魔王よ、オマエはカタツムリの群れを認知しておくべきだ。いつの日か行ったお掃除も何かを誤魔化す為に帳とした科白も、嗚呼、結局のところはオマエ自身を保全する方法のひとつに過ぎない。で、貴様等、馬の骨どもが俺と彼女に泥を塗るつもりなのか……。まさか、自分がやってきた事柄を、悪辣外道な沙汰を忘れたとは謂わせない。粗暴を極め、女運が悪く、おまけに行動力が化け物なオマエに天罰とやらが降り注いだのだ。これで何度目の天罰だ? 健忘に陥ったオツムでは一切合切が邪悪な何者かによる『企て』だとしか思えなかった。聞いているのか? 聞いているのか、この気狂いめ。我々はある人物によって集められた討伐隊だ。何? ある人物とは誰か? オマエのような魔王に誰が教えてやるものか。我々はオマエを藁のように屠る為に得物を手にするのだ。そうか。馬の骨ども、人形遊びの時間はまったく不足しているが、貴様等如き、よく燃える種としての価値もないだろうよ……! 抑制されていた何かが、不満のような何かが、突如として爆発する。嗚呼、英雄曰く、本当に悪党になってくれたこと、感謝しているよ。
 女は――ファム・ファタールは現状を完璧に掌の上で転がしていた。あの時と同じような状況だ。いや、あの時とは確かに違う。あの時は、わたしは『魔女』としての役割だったけれど、今はきっと何処のお姫様よりもお姫様だ。何も見えていないけれども、怖いと口にすら出来ないけれど、わたしの前には■■■■が存在している。こんなにも幸せな事が、最悪がかつて有っただろうか。お父様のような獣が、ケダモノが、彼の内にも宿っているならばはやく貌を出してくれたら良かったのに。煮ても焼いても喰えない英雄志願者の群れが火と硫黄の如くに押し寄せてくるのがわかる。燃やされたり、串刺しにされたり、蒐集されたり『している』のがわかる。そして多勢に無勢だと謂う現実もひどくわかった。わたしは■■■■、あなたのことが大好きだから、あなたと一緒に滅びるのだって大歓迎よ。■■■■のことだから、そんなふうに思えてなんかいないだろうけど……。性根が腐っていると世界に罵られたなら唾を吐いてやると良い。沈黙しているのなら、黙殺されているのなら、何を言の葉にしても神だって文句を謂えないのだ。真実を暴く事はたとえ彼で在っても赦されない。みにくいものだ。みにくい、お話だ。溺死する事こそ安らぎだと嚥下した筈だが。
 グリモアの嘲笑が、魔の嗤笑が、罪の重さに応じて圧し掛かってきた。何故かは不明だが、悉くは不可解なのだが、殺しても殺しても、集めても蒐めても、馬の骨が減る気配もない。むしろ馬の骨が、騎士のようなフリをしている連中が、徐々に徐々に趨勢を支配しているのではないか。強烈な眩暈を覚えた所以は気狂いの遊戯の所為ではない。滂沱だ。己が何故か滂沱を喰らっていたのだ。知っている。この痛みをオマエは知っている。嗚呼、これが人形の味わい尽くしてきた苦しみだと、そういうワケか。そして、嗚呼、これは彼女の所為ではない。彼女を狙ってきた愚か者の仕業なのだ。何でもない、何でもないよ、M'lady……たかだが馬の骨にじゃれつかれているだけの沙汰、何も、そこまで心配する必要はない。くい、と杭を打たれたかのように彼女が、お姫様が『案じているような』素振りをみせた。何も起きていない、貴女が心配するような沙汰は何も……。この意地っ張りめ。ますます救いようがない男ではないか。お姫様も歓喜にわめこうとしており、この横たわりは獣に押し倒されたあの日の娘に等しい。待て……貴様ら! 彼女には触れるな……! そんな事を叫ばれても、口にしなくても、馬の骨の群れは知っていた。あの娘こそが唯一にして絶対的な『弱点』だと。殴ろうか、蹴ろうか、それとも、嬲ってやろうか……。おのれ……馬の骨どもが……! 殺す。貴様らも、貴様らに指示をしている馬の骨も、一人も残らず、塵も残さず、根絶やしに……! 素晴らしいほどに負け犬らしい遠吠えだオブリビオン、骸の海に還るのか、宿敵として滅ぼされるのかは不明だが神憑り的に狂っている様相では実に『映える』こと悦ばしい。
 貴様等――とある天文台をオブリビオンが、狂った神のような所業を反芻していると『予知』にでた。貴様等には『それ』の討伐を行ってもらう。が、そのオブリビオンは如何にも面倒な性質を有していてな。ひどく慎重なのだ。何処ぞの世界の怪異に似ているとも考えられる。故、貴様等には現地の民の『指揮』をしてほしい。嗚呼、兵力が不足している場合は『補充』するのもひとつの手段だ。それと、貴様等にひとつ情報を渡しておく。オブリビオンは『二体』だ、その内の一体、女の方を狙えば男の方も『釣れる』筈よ。何、いつもの『オブリビオン退治』と同じだ。物量で叩き潰すのも暗殺を試みるのも貴様等の自由、好き勝手に戯れると好い。……なんだか楽しそうだって? 愉しいものだ。特に、真実とやらを暴く瞬間は、既知を曝け出す刹那は、冒涜的な黄金色の蜂蜜に違いない……。
 お終いだ。あらゆる邪悪を、あらゆる所業を反芻してきたオマエは清算しなければならない。幾らオマエが猟兵でも、世界に選ばれた存在でも、過去として滅ぼされなければならない。迫りくる正義の刃、英雄の力、その物量に貪食され、肥溜めのような罪を灌がねばならない。その筈だ。その筈だったのだ。だが、如何だ。貫かれていると謂うのに魔王は『死ねていない』のだ。キャンディが、紅玉ピジョン・ブラッドが嵌め込まれている。其処に焼き付いたのは『肉』だ。柔らかそうな『肌』だ。これは……これは、もしや……。佛が蜘蛛の糸を垂らしたと考えるならば何もかも大間違いだ。佛は佛でも黒に塗れた、混沌のような貌の悦楽に違いない。その姿は……M'lady……瞳は……? 嗚呼、目は開けられるかい。真実とは即ち土壇場で、火事場で発揮される埒外性と思惟すべきだ。最悪の中の最悪、悪辣の中の悪辣、お姫様のような怪物は「これが、わたしの望んでいたものなのね」と心の底から叫びたくなった。だが、留める。この感情は、この邪悪よりも邪悪なものは「わたしの中に留まっているからこそ」価値がある。……いや。この世界はやはり穢い。貴女が見るに価しない、貴女は何も見るべきではない……。本性を隠しているのはお互い様だ。おお、魔王。オマエの本来の瞳の色は誠実アメジストではなかったか。呪詛だ。呪詛が人のカタチをしている。馬の骨どもが震え上がった。これが、このような化け物が、我々が討伐しようとしていた化け物だったのか……! ワイングラスは罅割れた!
 薔薇の美しさ、血のおぞましさ、そのコレクションの有り様は足掻いている魂の泥臭さによって成り立っている。そうだ、少なくとも、こんな馬の骨どもの最期など、絨毯としても下劣なものだ。思い出した。俺が何者なのかを、俺がどのような人生を送ってきたのかを、俺と呼ばれる人間の全てに等しい事柄を――懐かしき哉、父上の武勇、誇り高き彼に憧れて、俺は……俺は……父上の名前を勝手に借りていたのだ。そうとも俺は父上を英雄にしたかった。俺よりも英雄に相応しいあの豪傑を、あの勇敢な騎士を……。だが、現実は如何だ。英雄曰く、オマエの父親は永劫的に、永久的に悪魔として名を遺す破目になった。いや、何を莫迦なことを。俺の父上は依然、俺と彼女の英雄である……。
 兎も角、嗚呼、魔王とファム・ファタールは血肉の緋絨毯の上を歩む事となった。静寂に見える現状だが、魔王の耳朶には無数の魂の悲鳴が届いている。M'lady、どうか俺の名前を呼んでくれないか。俺には俺の名前があった筈だ。どうか、俺に、俺が何かを教えてはくれないだろうか……? 答えは無い。何も聞こえない。聞こえているのは煩わしいものだけか。どうした? まさか、声が……? 戻っていないのか、もしくは、ネクタイが結ばれた儘なのか。原因を突き止める事はいつでも出来る。きっと彼女は不安に苛まれているだろうから。大丈夫だよ、おいで、M'lady……愛している●●●●●。愛していると宣うならば、オマエ、目を逸らすのはやめたら如何だ。真実とは『何も変わらない』事を意味している。ドードー鳥を招き入れろ。コーカスレースの為ならば多少の事には目を瞑れ。乾け乾けと祈っても、廻っても、遅延性の眩暈は暫しの歓喜の糧――!
 貴様は『これ』を飾れと宣うのか。
 貴様は『これ』を手にする為に、態々、地獄絵図を描くと宣うのか。
 貴様の望むが儘に筆を執り、心臓とやらを掴むが良い。
 ――グリモアが輝いた。
 月に吼えること数分、月へと嗤うこと数分、魔王とファム・ファタールは踊っていた。正確には踊っているかのように狂っていたのだが、そんな正確性は瓶に詰めてしまえ。ええ、■■■■、わたしはぜんぶ、ぜんぶ理解できているの。何を望んで、何を欲して、何に縋っているのかの、何もかもを知っているの。だから、わたしはきっと『わかりやすい』行動をしていたのよ。わたしと■■■■が、どんなことをしていたのか、とっても『わかりやすかった』筈なのよ。あとはペットのように、小動物のように振る舞っていれば完全遊戯パーフェクトゲームだ。噛み合っていない事こそが真実なのだと世界にすり込んでやれ。そう、わたしは魔女よ。わたしだって、わたしみたいな女と関わり合いたくないもの。うまくやるわ。だってわたしが一番、悪辣で外道なんだもの……!
 愛しているわ●●●●●●

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年05月05日


タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#ダークセイヴァー
🔒
#ノベル
#グロテスク
#魔王


30




挿絵イラスト