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静寂に嗚咽

#キマイラフューチャー #ノベル

エルンスト・ノルテ



ヒカル・チャランコフ




 エルンスト・ノルテ(遊子・f42026)はゆるりと読書をしていた。本の内容はとりとめのない、様々な作家の詩集だ。言葉の羅列はリズムと音の構成を脳内で再生させれば心地よく、それが多様な作家によるものであるから、その分内容も充実していて、読書に耽るには充分なものであった。くつろぎながらこうして知の塊を得る、そうして過ごしている中、背後ではカチャカチャと音がしていた。
 のんびりとした昼下がりの読書の背後でやるには似つかわしくない、銃のメンテナンスの音であった。ヒカル・チャランコフ(巡ル光リ・f41938)は銃を解体して掃除し、組み直してカチャリと正常に動作するか構えてみる。うん、今回も問題はない。発砲してみたいところだが現在は室内、射撃訓練上に出たら動作確認をしよう――そして、唐突にこのように口を開いた。
「――あのさ、エンドブレイカーって、何する?」

 ●
 ――エンドブレイカー。そこは悪しき未来、バッドエンディングを破壊する者、『エンドブレイカー』達の故郷。
 そのエンドブレイカーとしての活躍をしていたエルンストのことを、ヒカルはそのことをあまり知らない。しかし、この質問は二度目だ。まだ聞くか、と呆れるエルンストに、だってオメー、でかい案件やったンしょ? レポで名前見たって。とぴょんとエルンストの背後に寄る。読んでいる本を難しそうだなと思う。自分がもっと大人になった時は、同じようなものを読むようになるのだろうか。答えを渋るエルンストに、ヒカルは首を傾げて、あっけらかんとして思いついた言葉を言った。
「あー……失敗した?」
 だから言いづらいのか? 失礼だな、オイ、と苦笑いする相手が、怒らないことに内心安心しながら。
「だって話さないじゃん、秘密にしてーの? ダセェとこ」
「……概ねのことをこなした自負はある。大魔女を打ち破るのが成すべき事でそれを為した、それだけだよ」
 エルンストは遥か過去のことのように思えることを目を細めて言う。たくさんの日々が過ぎ去っていっても尚、この記憶が褪せることはない。様々な人と出会い、様々な戦いがそこにあった――その思い出は、今のおのれに続いている。
 しかし、その返答はヒカルにとっては不服だった。結果的に成功、だとか、そういう一般論、誰が聞きたいんだっていうの。
 だとすると、問いかけたいのは――……。
「辛かった?」
 ぽつりと問われた言葉に、エルンストはいよいよ本から顔を上げた。
 しかし、ヒカルの目は見ない。見てくれない。
 ――コジャッキーって、目を見ない。コッチの目を。だから、オレに話してるんだか、わかんねーけど。邪魔しないで、良い子で聞く。
 そんなヒカルの思いと共に、いっそ失望してくれたら別離は辛くないかと考えるエルンストがいる。……彼は、随分とおのれを頼りにしているようだから。

 ●
「四十の時、道は二つあった。騎士団で拝命した指南役となるか、エンドブレイカーとして街を出るか」
 ぽつりぽつりと、言葉がこぼれ落ちていく。
 結局街を出たのは使命感などではなく、おのれの周りの『優しい人達』から逃れたかったから。若い頃に妻子を失ったおのれにあったのは仕事だけで、それは仕方なかった。誰もおのれを責めなかった。語らなかった。誰もが同情して、親切で、優しく。――だから、おのれは、日々それに応えなければならなかった。それがどうしようもなく重荷だった。優しいことは、罪でも、悪でもない。しかし、それは積み重なれば、逃げたくなるほどおのれの周りの空気を重たくさせた。身勝手だ、それでも――辛いものは辛かったのだ。
 だから、抜け出した。おのれの事情を知らぬ者と過ごす、浅くなだらかな非日常――。
「けど、誓って言う。……帰るつもりだった。日常へ。ただ……ほんの少し、息をつきたかっただけなんだ」
 重苦しく息を吐く。続く言葉を言うのは少しばかり心に苦であった。
 ヒカルの心配そうな目線の気配を感じる。それに目線は合わせない。合わせられるものか。言葉を続ける。
 ――そこに届いたのは、郷里の崩壊の報せ。
 その大崩落を前に、おのれが離れなければと傲慢になるつもりはない。
 ……仕方が、なかったのだ。
 周りのエンドブレーカーは皆誰もがそう言い、責めもせず『優しい人達』の目でおのれを見ていた。
 だから、大丈夫。
 戦える。大願が成されるまで、俺は、大丈夫、と、俺も笑って――。

 ●
「……辛い、というより、疲れた。怖くて逃げ回っているようなものだ」
 そう締めくくるコジャッキーの顔はとてもつらそうで。ヒカルは床に座り込んだまま見上げていた。
 皮肉が効いてんじゃん。終焉を砕くからテメェのループも終わりが来ない、と。
 ……なんて、口が裂けても言える空気じゃねーのよ。
 どうしたモンかな、そう考えて手にしている銃を見る。そうだ、こいつを使えば早いじゃんよ。
「つまり、だ。死ななくて崩壊しなきゃいいんだな?」
「……」
 無言のエルンストは、相変わらずこちらの目を見ない。どうして見ないもんかな、ヒカルは愛銃をおのれの胸に当てる。
「それじゃあ……こう!」
「え?」
 ――発砲音。
 あっけにとられているコジャッキーの顔、ようやく目線が合った目はまん丸。すっげーウケる。
 「しらねーの? 海月にハートはないんだぜ?」
 ニッと笑い、こういう風に死なねーから、『仕方ない』にならないし、おのれは『優しい人達』にもならない。それに、ループもしない。
 ――辛かったり、悲しませることはない。だから。
「だから……だから、いいコンビ、なれるっしょ? ……オレら」
 そう言って――ヒカルはばたんと大の字になって気絶する。清々しい笑顔で、かといって死んでいるわけではない。
 突拍子もないことをしてくる相手にエルンストは狼狽え、それから力なく笑い、そして、目にみるみる内に涙がたまっていって――やがて、嗚咽として漏れた。
 静かな嗚咽は室内に響き渡り、ぽたぽたと涙が落ちていく。
 自然と出た涙で、それは安堵だろうか、それとも感動なのか、それは今わからないけれども、尊ぶべきものであるということは確かで、流れるがままの涙を、止めることはなかった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年04月06日


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