「あら、あの娘。こんな朝早くからもう来ているのね」
「熱心だこと! 夕べも遅くまでやっていたのに……」
御簾越しにひそひそと、女房たちの囁く声がする。
日に日に春めく弥生の庭は明るく、満開の梅枝を照らして注ぐ朝の光に燦々と輝いていた――だが咲き零れる花の色も、名も知らぬ小鳥の歌も、『彼女』には視えず、聞こえない。長い睫毛に縁取られたその瞳に映るものは、ただ手元にわだかまる布たちの艶やかな色だけだ。
(「こっちの着物は、使えそうね……」)
菱紋の一着を膝の上へと手繰り寄せ、娘はふむと口許へ指を添えた。その傍らには、色も模様もさまざまの着物がこんもりと積まれている。
名は、華刺・珠世。年は今年で十五になった。ほどけば腰ほどまではあるだろう黒檀の結髪は艶やかで、涼やかな目鼻立ちはどことなく高貴な印象すら与えるが、こう見えてもれっきとした庶民だ。都の端に生まれ育った彼女がほとんど自由に貴族の屋敷へ出入りできるのには、勿論それなりの理由がある。
数着の着物を見比べ、その状態を確かめて、娘は桐の裁縫箱の蓋を開けた。持ち手に細かな彫刻が施された裁ち鋏は古びて見えるが、その刃には錆の一つもなく、握る掌によく馴染む。そして膝上の着物を今一度検めると、娘は迷いなくそこに鋏を入れた。
幼い頃に着ていた服や、親や祖父母から譲り受けた着物を自分用に直してほしい、というのはよくある依頼だ。真新しい反物を使って一から服を仕立てるよりも高度な技術が求められるため、嫌がる仕立屋も少なくないが、珠世にとっては然したる苦ではなかった。与えられた素材の色、模様を勘案しながら、まったく新しい一つの服に作り変えていく作業はやりがいもあったし、何より楽しい。
銀色の針に慣れた手つきで糸を通して、娘は花色の唇にほんのりと笑みを浮かべ、足下に横たわる二尾の猫へ呼び掛けた。
「さ、それじゃあ早速始めましょうか?」
特別な図案も、計画も必要はない。ただこの手と鋏と、針が一本あればいい。迷いなくただ上機嫌に、娘は次々と布を裁ち、つなぎ合わせていく。そうして作り上げた一枚の生地は単なる継ぎ接ぎではなく、継ぎ接ぎ
細工と呼ぶべきものだろう。
まるで妖術じみた稀有な仕立ての技を讃えて、都の貴族たちは彼女をこう呼ばわる。旧き彩を断ち、つないで、蘇らせては次の世代へ継いでいく――『
彩継姫』、と。
成功
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