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煌めく聖夜を、また二人で

#シルバーレイン #ノベル #猟兵達のクリスマス2023

高崎・カント




 玄関戸の前で、高崎・カントは人を待っていた。小さな身体をそわそわ揺らし、部屋のあちこちへつぶらな瞳を向ける。
 12月25日。壁にかかったカレンダーが日付を示す。
 今日はクリスマス。一年の中で最も、人々が幸せを分かち合う日。
「もきゅ……!」
 カレンダーの隣に視線をずらせば、時計が午後8時をカントに知らせる。
 クリスマスを祝う二人だけのパーティが終わり、少しした頃。デリバリーで七面鳥やピザ、ケーキなどなどごちそうをたくさん取り寄せて、お腹いっぱいになるまで堪能した。「仕事が休みだから手料理を!」と最愛の人が奮発して焼いたステーキは、真っ黒な炭になってしまったが……これはまぁ、いつものこと。
 パーティでの一幕を思い出していると、部屋の奥からドタドタと足音が聞こえた。
「ごめんカント君! 探し物に時間かかっちゃった!」
「きゅぴっ!」
 カントの愛する人——ゆーいっちゃんこと、高崎・優一。その声にカントはぴょんと跳び上がり、慌てて振り向いた。
 コートを羽織った優一の手には、ふわふわのマントとペアセットのマフラーがあった。カントの前に屈み、優一はマントでカントの身体を包んだ。
「外、いつもより冷えるらしいしさ……それにクリスマスだから、前に買っておいたこれがいいんじゃないかなって」
「もっきゅ……!」
 ——ふわふわであったかいのです……!
 普段着ている純白のマントとは違った、柔らかい赤のマント。クリスマスにぴったりなふわふわサンタさんのマントを纏い、カントの顔から笑みが零れた。
「それから仕上げに……はいっ!」
 そこからさらに、優一はカントにマフラーを巻き付けていく。きつくならないよう調整しつつ、温もりは逃さないように。器用かつ優しい手触りが、カントにも伝わる。
 あっという間に、防寒冬仕様の完成!
「もきゅ、もっきゅー!」
「へへ、どういたしまして。さて、これで準備はいいかな……あ」
 自分の首にも手早くマフラーを巻いてから、優一が声を零す。
「きゅ?」
「いや、カント君の指輪、隠れちゃってたから……これでよし!」
 マフラーに包まれてしまったカントのネックレス——チェーンに付いた指輪を、優一は左手で見えるように整えた。その左手の薬指で、同じ型の指輪が輝く。
「それじゃあカント君、行こうか!」
「もきゅ!」
 開かれた優一の腕の中へ、カントは飛び込んだ。カントをぎゅっと抱いてから立ち上がり、靴を履いた優一が玄関の扉を開く。
 夜の冷気が吹き込んでくる。外灯の小さな光を除いて、景色は黒に覆われていた。
 でも、寒くない。
 特製のマントにお揃いのマフラー、それに愛する人が隣にいれば。
 くっついていればぬくぬく、暖かい温度が幸せと一緒にカントを満たす。
「きゅっぴー……!」
 わくわく、心を躍らせる。
 花婿と花嫁のクリスマスデートは、まだ始まったばかり。

 シルバーレインでの戦いが終結して早数年。ゴーストと呼ばれた脅威は消え去り、平穏を保つための世界結界も薄れてきている。カントのようなモーラットも、世間に受け入れられるようになってきた。
 だが、能力者はむやみに力を示してはいけない。その決まりは変わらず、カントも人の多いところでは優一のイグニッションカードに封じられている。そのため、人気の多そうな場所に遊びに行くことはできないでいた。
 それでも今日は特別——だってクリスマスだから!

 優一の吐く白い息が、夜闇に溶けて消えていく。腕に抱えられ、カントはその息遣いを聞いていた。
 舗装路を歩く。天気は悪く、星は見えない。
 心もとない橙色の外灯に照らされて向かう先は、イルミネーションの会場。高層ビル群の狭間に造られた広場には、今年も大きなクリスマスツリーが飾られているらしい。新しいデートスポットとして、噂になっているのだとか。
 静まり返った夜の中で、優一の呑気な声が響いた。
「それにしても、今年もいろいろあったね~……番組で作った曲があそこまで流行るとは思わなかったな~」
「きゅぴ~……!」
 銀誓館学園を卒業した優一は、カントとともに芸能界入りを果たした。優一はうたのおにいさんとして、カントはダンスのおねえさんとして、子ども向け番組にて歌と踊りを全国に届けている。
 仕事が板についてから数年経つ。驚かされることはもうないと二人して思っていたが、今年披露した曲は想定範囲を超えてちょっとしたブームになった。大人も巻き込む流行だったが、熱が冷めるまで少し大変でもあった。
「もきゅ、もきゅもっきゅ!」
 ——でも、みんな楽しんでくれたからよかったのです!
 満面の笑みを浮かべるカントに、優一も頷く。
「そうだね~♪ だけど来年はもう少し控え目でもいいかな~。カント君と過ごす時間が少なくなっちゃうし」
「きゅい……!」
「それと、野良モーラットの出没も今年はかなり多かったね……」
 赤くなるカントに気付かないまま、優一は斜め上を眺めた。
 野生のモーラットが悪意なく暴れる騒動はときどき起こる。優一も学生時代からその手の事件に(能力者としての活動の3割ぐらい)関わってきたが、今年は野良モーラットにやたら巻き込まれる一年だった。
 そうした騒動に巻き込まれるのは、優一としては苦ではない。できれば人助けはしたいし、暴走するモーラットも止めてあげたいからだ。
 ただ、不用意にこういう話をすると——。
「もぎゅう……!」
 マフラーに顔を埋め、カントが頬を膨らませる。他のモーラットの話に、少しだけヤキモチを焼いてしまっていた。
「ああ、ごめんごめん! 一緒にいた時間の長さはカント君が一番だって! 今年もいろんな場所に旅行に行ったしさ!」
「もきゅっ!」
 優一の言葉に、カントは今年の思い出を振り返る。
 夏、海に行った日のこと。水をばしゃばしゃかけ合って、大人げなく騒ぎ合った。日焼け止めが十分ではなくて、お互い変な場所が焼けたのもいい思い出。
 秋、りんご狩りに行った日のこと。カントでは手が届かないので、優一がカントを抱えてようやくりんごを採れた。収穫したりんごやそれで作ったアップルパイを食べ過ぎて、ぷくっと丸くなったときの恥ずかしさを覚えている。
 バレンタインにお花見に、毎年楽しんでいるイベントもたくさんあった。その中でも印象に残っているのは——。
「きゅい、きゅっぴ!」
「あ~……そういや野球観戦は今年が初めてだっけ。テレビ局の人からチケット貰って行ったけど、すごい熱気だったよね!」
 観客席に座って眺めたドームの光景を、二人は談笑しながら共有する。
 マウンドには投手、バッターボックスには打者。睨み合い、投げられた白球がバットで打ち返される。落下地点を目指して野手が駆け、スーパープレイにみんなが熱狂する。
 野球には疎い二人だったが、思わず圧倒された時間だった。
「俺たち二人ともスポーツには縁がないけど……ああいうフィールドで活躍できたらかっこいいんだろうな~って思うよね」
「もきゅっ! もきゅもっきゅ!」
「あはは! カント君がフィールドに立つ日が来たら、俺は応援やろっかな~! カントくーん、頑張れ~♪ ……っていう感じで!」
「きゅい!」
 冗談を交わして笑い合う。積もり積もった思い出話は、一向に尽きそうになかった。

 話しながら歩くうちに、イルミネーション会場が近づいてきた。人影が増え、手を繋ぐカップルの姿も見える。
 建物の角を曲がり、広場へ出た。飛び込んできた光景に、カントは目を丸くした。
「もっきゅ! きゅぴー!」
 ——すごいのです! ピカピカなのです!
 カントの、そして優一の背丈をも遥かに凌駕する、大きな大きなクリスマスツリー。
 色に溢れた電飾が鮮やかな光を放つ。モミの木の緑を中心に、オーナメントを表す赤や青が灯る。この広場だけはやけに明るかった。ビルの白く弱々しい光を薙ぎ払って、弾けるような彩りが夜を飾っている。
「うん、本当に……想像してたより綺麗だね」
「きゅぴ……!」
 ひとしきりはしゃいで、息を呑んだ。重苦しさを感じさせない沈黙が二人を包み込む。
「カント君、もう少し近くに行ってみようか」
「もきゅ!」
 カントの返事を聞いて、優一は前へと進む。近くから見たい人は多いようで、ツリーの周りには人だかりができている。
 大切にカントを抱きかかえ、優一が人混みを突っ切る。人の身体にぶつけないような抱き方に、カントはマフラー以上の温もりを感じた。
 優一の顔を、カントは見上げる。いつもより真剣だった表情が、足を止めると同時に子どものような笑顔へ変わった。
「着いたよ、最前列に」
「きゅっ……!」
 カントも優一と同じ方を見た。
 ツリーの大きさを実感する。朧だった光の粒の一つ一つがはっきりわかる。細部まで緻密に組まれた輝きが、カントの瞳にも映っていた。
 まん丸お目々で見とれるカント。笑みが自然と零れ出る。その様子をひっそり眺め、優一も笑みを浮かべた。最愛の人が喜んでいることほど、嬉しいものはない。
 俯く優一の鼻先を、確かな冷気が刺す。空に視線を向ける。釣られてカントも上を見た。
「雪だ……!」
「もきゅ……!」
 雪と呼ぶにはささやかな、小さな氷の粒。はらはらと舞い散り、イルミネーションを受けて瞬く。幻想的な光の魔法が広場を覆い、集まった人を魅了する。
 優一と冒険をともにしたカントにも、まるで現実の景色でないように思えた。
 来年も、この景色を一緒に見られたら。
 浮かんだ想いは、どうやら同じだったようで。
「カント君」
「きゅ?」
「イルミネーション、来年も一緒に見ようね♪」
「もきゅーん!」
 来年もきっと、幸せいっぱいな一年に。
 互いに想い合い、二人は微笑む。

 祝福するような、煌めく聖夜の奇跡。
 二人で見るイルミネーションは、どんなパチパチ火花よりも眩い思い出の光として、二人の記憶に刻まれるのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年03月11日


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