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君と飾るアレグリア

#ブルーアルカディア #ノベル #猟兵達のクリスマス2023

エアン・エルフォード



モモカ・エルフォード





 青き理想郷ブルーアルカディアに冬が来る。
 冬冴えの紺碧は高く澄み、空の海に浮かぶ大きな浮島のひとつにも冬の欠片が舞い降りようとしていた。どこか懐かしさを感じるような穏やかな街を、運び手が風と共に駆けていく。やがて白い木の柵で囲まれた白い家に辿り着いた運び手の手に、大きなお届け物がひとつ。

 白薔薇と冬の花が咲く庭に彩られた、こぢんまりとした白い家。それがエアン・エルフォードとモモカ・エルフォードの二人の家だ。
 今、二人の目の前にはモミの木がある。エアンの身長程の高さのそれは、フェイクではなく本物のモミの木だ。スッキリとした爽やかな香りは屋内でも森林浴さえ楽しませてくれそうだけれど、この木にはもっと重要な役割がある。
 そう、クリスマスツリーだ。
 今年のクリスマスは、二人である計画を立てた。ツリーが届いてからクリスマスに至るまでの間、毎日一人一つずつツリーを飾り付けていくのだ。まるでわくわくを積み重ねて宝物を作るみたいにして、一つずつ飾り付けていったら、きっとクリスマスには素敵なツリーが出来上がるんじゃいかって。そんなロマンチックな話をしたらいてもたってもいられなくなって、すぐにモミの木を手配したのがつい先日のこと。

●Days1.
「やっぱり、最初のオーナメントはこれだろうか」
 はじまりの一つを最初に選び取ったのはエアンだ。手にした銀色のボールには雪の結晶が描かれている。それを手近な場所に飾り付けると、エアンはモモカを振り返った。
「もも、どうかな?」
「うん、素敵!」
 満面の笑みの太鼓判。たったひとつ飾り付けただけなのに、なんだかもうクリスマスツリーに見えるのだから不思議なものだ。
「ピカピカまんまるのオーナメントってそれだけでクリスマスって雰囲気あるわよね。ももは何にしようかしら……」
 モモカも張り切って、オーナメントやボールがたくさん入った箱をがさごそと探る。はじまりを告げる一つを選ぶのは、なんだか重要任務みたいな気分!
「ん、ももも最初はボール!」
 手にしたのは真っ赤なボールのオーナメント。目一杯背伸びをして、モモカはシルバーのボールの反対側に飾った。二つのボールが一番乗りとばかりに誇らしげにツリーで輝く様子に、エアンとモモカは顔を見合わせて微笑んだ。

●Days5.
「今日はお休みだから、はりきって飾るの!」
 からりと晴れた日曜日。おやすみだから普段よりもゆっくりとした朝だ。二人で朝食を済ませて、食後の飲み物を楽しみながらモモカはオーナメントの箱を探る。
「ふさふさの金モール♪」
 今朝は良い事がいっぱいあった。チーズとベーコンのオムレツは大成功だったし、庭の花を摘んで食卓に飾ったらエアンが綺麗だと喜んでくれた。だから今日は金ぴかの日。嬉しいことが連なるようにと願いを込めて、モモカはモールをツリーに飾る。……バランスを見ながら飾ったつもりだけれど、高いところには届かないから少しばかり不格好だろうか?
「じゃあ、俺も飾ろう。今度はどれにするかな……」
 モールの位置を何度も微調整するモモカに思わず吹き出しながら、エアンも箱に手を伸ばす。手にしたのはトナカイの人形だ。
「赤ハナのトナカイは、赤いボールの側にしよう」
 赤繋がりで、なんて笑いながら下げるエアンの顔とトナカイを、モモカは交互に見て何かを考え込んでしまった。どうしたのだろうとその顔を間近に覗き込んだら、突然至近距離に映り込んだ愛しい旦那様の顔にモモカの頬が真っ赤に染まった。

 次の日。トナカイがひとりぼっちでは寂しいからと、モモカはエアンが飾ったトナカイの隣にもう一頭のトナカイを飾って、更にトナカイの首に二色の布をマフラーのように巻く。
 これで大丈夫と満足そうにするモモカを見かけて、エアンは少し照れ臭そうにはにかむ。マフラーの色は、二人の髪の色だった。

●Days10.
「少し飲み過ぎた……おはよう、もも」
「えあんさん、おはよです。……もしかして二日酔い?」
 常より少し低い声。眉根を寄せて寝室から現れたエアンに、朝食の支度をしていたモモカが心配そうに歩み寄る。
「しじみのお味噌汁作ったから、飲んでいってね?」
「飲み過ぎたが、二日酔いになるほど弱くもないよ。まあでも、もも特製の味噌汁は飲むけど」
 昨晩はお誘いがあってお酒を飲んできたと聞いている。もしもの為と作っておいたお味噌汁はどうやら功を奏したようだ。
 エアンも飲み過ぎたとは言っても多少胃の不快感があるだけ。愛妻の気遣いと優しさが詰まったお味噌汁があればすぐに吹き飛んでしまうと告げたらモモカは嬉しそうに頷いて、二人分の朝食をよそいはじめた。
「そっか、よかった。二日酔いはすごく辛いって聞いたから、そうならなくて良かったの。でも身体の為に飲み過ぎも気を付けてね?」
「ああ、気を付けるよ。ありがとう」
 12月ともなればお酒のお誘いもきっと多いだろう。それがちょっぴり心配だけれど、モモカの心配を拭うようにストロベリーブロンドの髪をエアンが撫でてくれるから、憂いはすぐに吹き飛んでしまった。
 朝食を終えて、早速二人はオーナメントを手にする。最近ではツリーの飾り付けが二人の日課になりつつあるのも何だかくすぐったい。
「少し高い所にも着けようか」
「ももは今日は金色のボール! ぴかぴか~♪」
 赤いボールを高いところ飾ったエアンの傍らで、モモカは全体のバランスを見ながら金のボールを飾る。
 ツリーが少しずつ賑わっていくたび、クリスマスを待ち遠しく思う心もどんどん逸っていくようだ。

●Days15.
「サンタさんはやっぱりトナカイさんの隣に」
 二頭並んだ仲良しのトナカイの隣に、モモカはサンタクロースを飾る。これでプレゼントを配る準備はばっちりねと頷くモモカに笑みを深めながら、エアンは手にした雪だるまを飾る場所を思案する。
「雪だるまもサンタの側に……いや、偏るから反対側かな」
 ここでもないそこでもないと悩み始めたら、うっかり迷宮にはまってしまった。雪だるまを手に悩むエアンの姿はなんだか可愛らしくて、うっかりそのまま口に出してしまいそうだったけれど。ギリギリで飲み込んで、モモカは赤と白のストライプの杖の隣を指差した。
「じゃあこのキャンディケインの隣はどうかしら」
「ああ、可愛いね。アドバイスありがとう、もも」
 妻が指差すままに飾ってみると、雪だるまがまるでキャンディケインを掲げているかのようだ。礼を述べれば「ドヤ!」とばかりに胸を張るモモカも、それを見て噴き出したエアンの少し幼い笑みも、互いにとても可愛らしいと思って。
 指摘したら照れてしまうかも。でも照れてはにかんだ顔も見たいから。
 可愛らしさを先に指摘するのは、どっち?

●Days18.
「今夜は何がいいかな~? ……そうだ、今日は金色のモールにしましょ!」
 淡く粉雪が舞う朝。モモカはモールを手にしながらも、窓の外をちらと見つめる。
 今朝は特に冷え込んでいる。ここ最近多忙で、先程も慌ただしく家を出たエアンは寒い思いをしてはいないだろうか。忙しさで体調を崩さなければいいなと心配は尽きない。
 ――いや、そんな彼を支えてこその妻というもの。
 今夜は温かくて元気が出るご飯を作ろうと心に決めて、モモカはモールをぐっと握る。まずはそう、彼の分までツリーを飾らねば!
「上の方にも巻き巻きしたいなぁ。んー……とうっ!」
 思い切りジャンプして、モールを上の方にかける。うまく引っかかってくれたので、あとは緩く巻くだけだ。
「ふふ、クリスマスまであとちょびっと。もっといっぱいキラキラにするの♪」

●Days22.
「キラキラ銀のモール巻き巻き~」
 もう何処から見ても飾りがいっぱいのクリスマスツリーの隙間を埋めるように、モモカはモールを巻き付けていく。このまま行けばクリスマスには世界で一番のツリーが出来上がるかも、なんて自画自賛も満更ではない。
 玄関のドアが開いたのは、そんなにんまり笑みを浮かべていた時だった。
「ただいま、もも」
「えあんさん、おかえりなの!」
 愛しい声にぱっと振り向けば、帰宅したばかりのエアンが柔く微笑んでいた。彼の目線はぴかぴかと輝くツリーとモモカを行き来して、やがて少しばかり申し訳なさそうに眉を下げる。
「最近手伝えていなかったね、ごめんよ」
「えあんさん最近ご多忙さんだもん。体調だけは気を付けてね?」
「ああ、もうちょっとでクリスマスだしな」
 風邪などひいていられない。二人で過ごそうと決めた素敵なクリスマスまでもう少しなのだから。
「さて、何を飾ろうかな」
 数日手伝えなかった分を取り戻すように、エアンは箱からオーナメントを幾つか取り出した。
 この赤いボールは銀モールの側に。二人目のサンタは雪だるまの隣に。ジンジャーブレッドマンはベルと一緒に。そうしたら、箱に残ったオーナメントもあと僅かだ。
 クリスマスはもう目の前。最後の仕上げはモモカにと、エアンは心に決めている。

●Christmas!
「メリー・クリスマス、もも!」
「えあんさん、めりー・くりすます!」
 いよいよ待ちに待ったクリスマス。すっかり華やいだクリスマスツリーにエアンが電飾を巻いて、モモカサンタがリボンを掛けたプレゼントをツリーの下に置いたなら、あとは最後の仕上げを待つばかり。
「ツリーの星は……もも、おいで」
「にゃ!」
 オーナメントの箱に残っていた最後の一つを手にしたエアンは、軽く両手を広げた。ただそれだけでエアンの言わんとすることを察したモモカは、嬉しそうに彼の腕の中へと飛び込む。
「察しが早いな」
「ふふー、いしんでんしんなのっ!」
「さすが、俺の奥さんだね。じゃあ、どうぞ」
「えへへ、えあんさんはさすがの旦那さまです」
 戯れのような軽いじゃれあいが楽しい。エアンはモモカを軽々と抱き上げると、ツリーを飾る最後の一つ、ベツレヘムの星を手渡す。モモカにはちょっぴり高くて届かない天辺も、エアンが抱き上げてくれるなら簡単で安心だ。
 エアンの肩に片腕を回して伸びあがり、天辺に星を飾ったなら。その瞬間、エアンがイルミネーションのスイッチを入れた。

「わ!」

 眩い程の色彩を纏った光が、飾りでいっぱいになったツリーに煌めきを灯す。光っては瞬いて、ボールやモールに反射して、エアンとモモカを照らし出す。
 暫し見惚れるように二人とも言葉を失っていたが、やがてモモカはへにゃりと相好を崩た。頬がほんのり赤く見えるのは、電飾のせいだけではないだろう。エアンの腕の中で、モモカは懐くように頭をすり寄せる。
「ろまんちっくツリーの完成ね?」
「あぁ」
 近づいた彼の前髪を撫ぜ、モモカは額にそっと唇で触れる。そうしたらお返しのようにエアンはモモカの頬へと口付けてくれて。目を合わせたら、どちらともなく微笑み合った。
「これで完璧だな、いいクリスマスの夜を過ごせそうだ」
「うん、ゆっくり過ごそうね」
 半月ほどをかけて二人で飾ったクリスマスツリーは、どんなツリーよりも美しく思える。世界中のどんなツリーにも引けを取らない、二人だけのわくわくと煌めきの結晶だ。
「えあんさん、ずっとずっとずーっと。変わらずにだいすきよ?」
「俺も、愛してるよ。ずっとね」
 甘えるように彼の首に抱き付けば、包み込むように抱き締めてくれるエアンが愛しい。温もりを伝えあうように抱き締め合えば、鼓動すら一つに溶け合うような気がして。
「……えあんさん」
「うん」
 燐灰石アパタイトの瞳にはモモカだけが、青緑ロンドンブルートパーズの瞳にエアンだけが映っている。イルミネーションが彩る甘やかな微笑みに誘われて、そっと二人の唇が重なった。
「……ろまんちっくなクリスマスなの」
 一瞬が永遠に感じられるような、幸福な微熱。モモカが満足そうに微笑めば、対するエアンは悪戯っぽく笑った。
「あれ、もっとロマンチックな夜になるんじゃないの?」
「えあんさんがろまんちっく大王なんだもん」
 クリスマスの夜ははじまったばかりなのにと。可笑しそうに笑いつつ、彼がもう一度モモカの頬に唇を押し当てるものだから、もう嬉しさと幸せと愛しさが混ざり合って蕩けてしまいそうだ。

 さあ、とびきりロマンチックで、笑顔咲くクリスマスをはじめよう。
 煌きを湛えたクリスマスツリーが、二人を祝うように照らしていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年03月10日


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