~残骸戦機ダスティシンデレラ 第124話~
「サンタさんって知ってる?」
その言葉は誰が吐いた物だったろうか。
「良い子にしていると、赤い服を着た人が贈り物を届けてくれるんだって」
戯言にも程がある。自分が得た食料を腹を空かせた幼い弟妹に譲り、震える体に鞭打って資源を漁り、少しでも必死に生きようとする自分は悪い子だったのだろうか。違うなら……何故、私は絶望に見下ろされているのだろう?
資源の大半をプラントに依存するクロムキャバリアにおいて、工業国家を名乗るインダストラリア皇国の中心地。プラントからの生産物が工業資源に偏ったこの国は、生み出される資材を組み立てることで発展してきた。いわば、国そのものが一つの工場なのだ。
その反面、皆無ではないとはいえ自国生産量では圧倒的に不足している食料については近隣諸国とのやり取りで回っており、商業国家として発展した側面もある。
「そういうとこだけはいい国なんだけどな……」
『依代!お仕事取って来ましたよッ!!』
「帰れ」
無機質な店舗の数々の中に散りばめられた飲食店の一つ。オープンカフェのパラソルの下で、丸太ケーキを頬張っていた依代は依頼書片手に突っ込んで来た機体……ダスティシンデレラのマシンヘッドを前蹴りで止めた猟兵は半眼ジト目で(部位としては存在しないけど)鼻っ柱を踏み躙りながら。
「僕は今日、オフなんだよ。それをなんで勝手に仕事なんて持ってくるんだい?」
『世の中に困っている人がいるならば、救いの手を差し伸べるものでしょう!?』
「巻き込まれるこっちはいい迷惑なんだよ……」
勝手に熱血回路をOSに詰め込んだキャバリアに辟易している依代はカップを傾けて。
「ていうかなんだいコレ?」
キャバリアが指先でつまんだ依頼書を見るなり、依代は怪訝な顔に。
「正式な依頼じゃないの?」
『この国には報酬を提示できなくて、助けを求める事もできない人達もいてですね……』
「やかましいよ」
『すくらっぷ!?』
蹴り飛ばしてダスティシンデレラをスッ転ばせた依代は呆れ顔でケーキを一口。
「僕にだって生活があるんだ。毎回タダ働きじゃ生きていけないんだよ」
『ですが!世の中には!!そもそも生きていくのも大変な人もいてですねッ!!』
「君は一切エネルギーインゴットなしで戦えるのかい?」
『愛と正義と勇気があればいけます!!』
「じゃあ今日補給なしね」
『そんなッ!?』
ダスティシンデレラシリーズはそもそも、正規のキャバリアではない。インダストラリアは経済循環の為に富裕層は浪費生活が推奨され、貧困層は富裕層が廃棄した物を拾って使う事が黙認されている。
そのため工業廃棄物は他のゴミと異なり、特定の投棄場にまとめられていた。そして依代もそこで拾った物を組み合わせて作り上げたのが……。
『あの、依代、私達は有機生命体と異なってエネルギー枯渇後に消費される補助燃料を搭載していなくてですね
……!?』
この妙に人間臭いキャバリアである。
「いざという時に動けるって言うなら、日頃からそれで耐えてみなよ」
『燃え盛る正義の心がないとエンジンに火が入らないんですよ~……』
元は廃材の寄せ集めとは思えない機体が泣きつくも、依代はもう振り向きもせずに甘味の残りを口に押し込んで。
「でも、実際きな臭くなってきてるんだよね」
キャバリアが拾って来た依頼内容は護衛だった。それも、国土の片隅にひっそりと形成されたスラムから。
国の外には荒れ地が広がるクロムキャバリアにおいて、近隣国家からプラントを奪い合う小競り合いが絶えない。戦争の気配が近づけば、外部に依存している食品産業から影響を受ける。そして生活必需品の変動は全国民に影響する分、貧困層が最も痛手を受ける。
「……面倒だなぁ」
ちらと、前に来た時より数字が大きくなった伝票を見る依代は、目を細めた。その視線が、ゆっくりと落ちて来た白い物に引き寄せられる。
「雪か……そこの屑鉄、ご飯食べといて」
『急に!?あ、いえ、食べます、いただきます……』
しんしんと、町を白く染める物は周囲の騒音を吸い込んで、突き抜けてくる駆動音が国の外壁を揺らす。プラント、及び国家上層部が集う中心地から離れれば離れるほど、国家同士の衝突時には戦闘に巻き込まれるリスクが高まる地域であり、貧困層が追いやられる地域であった。
「お母さん……」
「大丈夫……だから静かに……ね?」
ガラクタを掻き集めて積み上げた、雨風を何とか凌げる程度の掘立小屋。その隅っこで小さな子どもを抱きしめて震える母に少女が寄り添う。視線を上げれば、不規則に震える家屋は近づいてくる何かの気配を伝えていて、伝令に走って父が出ていった扉を見つめた。
あの扉は、いつ開くだろう。怖い顔で走っていったお父さんはいつ帰ってくるだろう。まだかな……まだかな……ささやかな温もりを守ってくれた我が家は震えて、小さな胸の中の振動は収まるどころか少しずつ大きくなり。
「……あ」
全てが、吹き飛んだ。
「ッ!」
母が自分を守るように、体を被せて私の頭を抱き寄せて包み込む。その隙間から見えたのは、こちらに向けられた大きな銃口で……。
『そこまでです!!』
突如現れた別のキャバリアが、目の前の機体を蹴り飛ばしていった。
『国家間の争いならいざ知らず!戦うことすらできぬ市民を手にかけようなどと……』
「うるさい」ガンッ!
『痛いです!?』
セリフの途中でコックピット内を蹴っ飛ばされたダスティシンデレラが腹(コア)を押さえて悲鳴を上げ、中の依代はペダルを踏み込み機体を突っこませて、敵を打ち上げた。浮遊中に横ッ腹に蹴りを叩き込んで後続の襲撃者にぶち込むと、襲撃時に破壊された城壁の残骸から、柱状の塊を掴んで肩に乗せる。
「僕は寝てた所を叩き起こされて苛立ってるんだ……全員、覚悟はいいよね?」
『あれ、依代の事は二十四時間三百六十五日観測……もとい、見守っていますが、ついさっきまでそろそろドンパチし始めるかもしれないって……痛い痛い痛い!お腹の中蹴らないで……あ、むしろ蹴って依代の体を感じちゃうぅ!!』
ここまでくると、庇われたスラムの一家もポカン顔である。
「お母さん……」
「シッ!見ちゃいけません!!」
助けられた側のはずなのに、襲撃者よりもダスティシンデレラの方に危機感を覚える母親の図。その音声を拾ってしまった依代は頭を抱えて。
「よし、速攻で片付けよう、そしてさっさと二度寝しよう」
『私としてはこのまま夜明けまでランデブーしても構わないのですが?』
「ふざけんな。仮にも他所の国家の軍隊相手に単騎でやり切れるわけないでしょ」
初手から構えた建材をぶん投げて、敵陣のど真ん中を叩き潰したダスティシンデレラが身構えれば、その背後に続々と集結して来たのはインダストラリア皇国の正規軍……そして。
「お父さん!」
「お前達……!」
戻って来た父親に抱きしめられる少女とその家族を視界の端に、依代は操縦桿を握り込む。
「それじゃ、厄介者にはお帰り頂こうか……」
新鮮なジャンクパーツの山を分類整理する正規軍の傍ら、機体から降りた依代もそこに加わる。掻き集めて来た資材は自分の機体構成用のモノとは別に揃えた物で。
「ほらほら退いて、そんなゴミ溜めじゃこの寒さは乗り越えられないだろう」
『依代、素直にお家壊れちゃったから直してあげるねって言わないと、巻き込まれた人たちが困惑してぇああああ!関節に廃材捻じ込んじゃらめぇえええ!?』
依代を降ろすために跪いていたダスティシンデレラの脚部関節に金属棒を差し込んで、ぐるぐるねじねじ。回路にノイズが走って全身をビクンビクンさせながら嬌声を上げるキャバリアに、若干どころか数メートルレベルでガチ引きした一家。そんな彼らにため息交じりに金属棒を投げ捨てた依代は、どこからともなく工具を取り出して。
「後ろのガラクタの事は気にしないで」
『仮にも相棒の扱いが雑過ぎませんか!?でもそれも感じる湿潤するぅ!!』
フォンフォンフォン……ガァン!!
『じゃんくっ!?』
余計な事をほざいてしまったキャバリアのマシンヘッドに、高速回転をかけてぶん投げられたスパナが突き刺さると、ゆっくりと崩れ落ちていった……。
「と、に、か、く!」
これ以上長引かせるとキリがなくなることを悟った依代は手早く廃材を組み合わせて、元の掘立小屋よりも頑丈な家を建て直すと、途中で起き上がりそうになったキャバリアにもう一発レンチで追撃を叩き込んでから荷物をまとめる。
「これでもう大丈夫でしょ」
「ありがとうございます……」
「何と申したらいいか……!」
「何もいらないよ」
視線を逸らしながらお礼の言葉を口にする夫婦に、先回りするようにぶった切った依代はヒラヒラと手を振って。
「僕は静かに眠っていたのに、そこの馬鹿共が騒々しくて迷惑だから出て来たんだ。だからこれは依頼でもなければ仕事でもない」
それだけ言って大きく欠伸をした依代は、風に吹かれて白銀の髪と赤いドレスが揺れていた……。
「サンタさんって知ってる?」
その言葉は誰が吐いた物だったろうか。
「良い子にしていると、赤い服を着た人が贈り物を届けてくれるんだって」
その人は軍隊よりも早く駆けつけて、私も、家族も守ってくれました。壊れたお家も直してくれました。
「メリークリスマス」
ぼそり、小さく呟いたその人は、真っ赤なドレスで小さく笑って……。
『依代……あなたもついに愛と勇気と正義の心に目覚め……ッアァアアア!らめぇえええ!?スレッジハンマーは建築用でキャバリア用の工具じゃないんですよぉおおお!?』
喋るキャバリアさんが全てを台無しにしちゃったよ……!
『んほぅっ!あっ、あっ、依代の建築器具攻めで新たな境地に目覚め……』
「もう黙ってヒューズ飛ばしとけよガラクタッ!!」
成功
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