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強き人々を見つめて

#ケルベロスディバイド #ノベル

メリーナ・バクラヴァ




 トントン、カンカン……どこからか心地よいテンポのインダストリアルな音が響く。遠くに目を向ければ、作業機械が滞りなく建物の残骸を撤去していた。
 再び近くに目を向ける。すぐそこの瓦礫に塗れた広場では、元々そういった作業員と思しき男達が車座になり、今後の復興作業について話し合う。そこへ女性が1人……男達は差し入れに気持ちよく感謝を述べ、不満一つ言わず作業に励む。これは彼らの日常的業務などではない。日常になってしまっているかもしれないが、押し付けられた仕事なのだ。

 すなわち、デウスエクスという存在の破壊によって。
「皆さん、ほんっとーに逞しいですねぇ」
 メリーナ・バクラヴァは目をパチパチと意外そうに瞬かせ、ただただ感心した。
 ケルベロスディバイド。あの世界・・・・とよく似た、しかし違う場所。そこには当然、猟兵でもケルベロスでもない人々の営みがあり、そして踏み躙られる。当然のように。

 その上で彼らは、今こうして目の当たりにしているように、立ち上がる……立ち上がって、いる。作業を始めた男達と目が合った。
「おっ! お疲れ、お姉ちゃん!」
「はーい、お疲れ様ですよ♪」
 メリーナはにぱっと明るい笑みを浮かべ、手を振り返した。とても、つい最近大規模な戦闘によって街が破壊された人々とのやりとりとは思えない。
「もしかして、手伝いに来てくれたのかい? 悪いねぇ」
「いえいえっ! 私もちょっとぐらい、出来ることはあるでしょうし?」
 メリーナはごく自然に調子を合わせる。街の人々に悲壮感というものは、そんなものを感じる器官がそもそもないのではないかと錯覚させてしまうぐらい見受けられない。

 だがもちろん、そんなわけはない。彼らだって喜び、怒り、悲しみ、楽しむ。人間だからだ。メリーナにはそれがわかる……他者の感情をつぶさに観察し、分析し、推量して正解・・を違和感もタイムラグもなく導き出せる熟練の役者にとっては。
「そりゃ助かるなぁ!」
「俺らも頑張らないとなっ!」
「無理しすぎて腰とか壊さないように気をつけてくださいねー? ふふっ!」
 メリーナはにこにこと笑って冗談を言う。男達はどっと明るく盛り上がり、それを笑顔のまま見送った。
 ……彼女の笑顔は計算の上に成り立つが、しかし偽りではない。今しがた交わした言葉は、理想のために積み上げられたものでこそあるものの、パーツはメリーナ自身から生まれた。紛れもない彼女自身の、心の底からの思いである。
「さーって、どこからお手伝いしましょうかねー?」
 メリーナは観光地の市場でも見て回るように、きょろきょろとあたりを見渡し、歩く。あっけらかんとした八百屋の店主が、「どうせ余ってるんだから」と畑の野菜を使った炊き出しをしている。炊き出しを貰う側も感謝の言葉に申し訳無さを滲ませたりはせず、こう言葉を交わすのだ。

「こんな時だしな、お互い様だよ!」
「ありがとうねぇ、今度サービスするわ!」

 ……理想的ではあるが、なかなかに出来ることではない。好ましいことだ。メリーナはにこにこを見送り、心の中でもそう思った。表に出したものがまったく全て真実ではないが、完全に偽りでもない。メリーナは人が好きで……この世界の人達は、特に好きだ。
「ねーねーお姉ちゃん、こっちで遊んでよー!」
「おやおや! お手伝いはいいんですかー?」
 いつのまにか足元にやってきた子供に請われ、メリーナは首を傾げた。
「うん! 危ないしいたずらすっからあっちで遊んでろーって母ちゃんに言われた!」
 いかにもわんぱくそうな少年は、これまたからっと笑う。なるほど、ご両親はさぞかし苦労してるようだ。

「あはは! じゃあたっぷり遊ばないとですねー♪」
「そーそー、「コドモは遊ぶのがシゴト」って言われたんだぜ!」
「だから姉ちゃんに遊んでもらうのも、立派なしごとだよな」
「「なー!」」
「うーん、これは将来有望な弁舌の立ちっぷり……! 私も負けてられません」
 メリーナは謎の対抗心を剥き出しにした。子供達はそれを見て、きゃっきゃと楽しそうに笑う。メリーナも笑顔になる。すべて計算通りだ。
「じゃあ鬼ごっこでもしましょーか? それともかくれんぼ?」
「どっちも姉ちゃんが鬼な!」
「10000秒数えてね!」
「そんなに待ってたら私ぼっちじゃないですかー!?」
 子供達は周りを駆け回る。メリーナはおろおろしたふりをしつつ、自然な流れで始まった追いかけっこに付き合ってやる。途中、子供達のご両親と思しき男女が通りがかり、土嚢やらセメントやら、あるいはどこかに持っていくのだろう食材を抱えて「すみませんねぇ」「手間じゃないですか?」などと声をかけてくれた。
「全然ですよー! 私はいま、とっても楽しいです♪」
 言いつつ、視線をまたよそに――制服が少し緩んだ警察官が、帽子を手で押さえて駆けていく。トラブルだろうか?

「おばあちゃん! またですか? もういい年なんだから無理しないで」
「何言ってんだい、あたしゃね、まだ75だよ!」
 腕まくりをして復興作業に加わっていた老婆が、フガフガと言い返す。
「はいはい。その歳でサバ読んでもしょうがないからね。85でしょおばあちゃん」
「女はいつだって若く見せたいし見られたいもんなんだよ!」
 どうやら老婆が勝手に復興を手伝っていたらしい。お子さんか、さらにその下のお孫さんの通報だろう。見たところ、なるほどあの子供達のように元気一杯だ。
「ダメですよーおばあちゃん、心配かけちゃ!」
「心配なんてねぇ、若いのが余計なお世話なんだよっ」
 メリーナがそれとなく諭そうとすると、老婆は気後れしたふうもなくフガフガ答える。
「あたしだってまだまだピンピンしてんだよ! 仕事ぐらいさせなさいよ!」
「いやー、このおばあちゃんいっつもこうなんですよねぇ」
 警官はズレた帽子を直しつつ、笑った。こんな雑用じみた通報が積み重なって忙しいだろうに、けろっと笑う顔は活力に満ちている。強くて、信頼できる警官だ。
「大変じゃないです?」
「それが仕事ですから!」
 警察官は笑って答えた。
「あたしもするよ、まだ現役だからね!」
 老婆はまだ言っている。

 ……結局、メリーナも付き添い、老婆は別の炊き出しテントの手伝いをすることに。
「いい匂いですねー♪」
 次の通報現場に急いだ警察官と別れ、メリーナは周りを見渡す。老いも若いも、男も女も……決戦都市で暮らす人々は、異常でなく日常として集まり過ごす。
「今日はこれからどうする?」
「会社のビルの修繕作業を手伝おうかなって」
「じゃあ僕も一緒に行くよ」
 業務は滞り大変だろうに、杞憂や鬱屈など欠片もない。それに立ち向かうことも含めて、彼らの日常で……そして、英雄を信頼するからこそ、そうしているのだ。
「この人達って、ホント強いです♪」
「ちょっとお姉さん、お腹すいてない? 味見ついでに食べてってよ!」
「あ、はーい♪」
 ……なんて、目を細めて焦燥感を燻る暇さえないくらい。せわしなく活力に満ちている。
 メリーナは計算して笑い、分析して幸福と喜びを分配する。

 だが世界を歩く彼女もまた、心から慈しみ、少しだけ寂しく笑っていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年02月25日


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