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正気を失くした女の詩

#ダークセイヴァー #ノベル #魔王 #グロテスク

ルキフェル・ドレンテ




 女は狂っていた。突如として、腹を痛めて産んだ子を殺そうと宣ったのだ。目の玉をぐりんと回して、舌を垂らして、泡を吹く。こんな狂人はサッサと幽閉すべきだ。
 神――狂気に陥った神々――は異常で異様な状況に異形とやらを晒してしまった事を激しく後悔していた。ある種の公開処刑な現実に、真実に、只管と誘いめいた呼び声をこぼす。その結果がこの共鳴だ。地獄に棲み憑いた度し難い者どもの狂乱、悪夢よりも悪夢らしい喰い散らかし、カニバリズムの連鎖。おお、彼等は神に攫われたのだ。掻っ攫われて、己の仔を育んだ雰囲気に蠱惑されたのだ。困惑するのは親ではない、絶望するのは親ではない。何より、親は気に触れて幸福だったのだ。子供よ、子供達よ、如何様に恐怖するのだろうか。見えているのは人形か、或いは、焼けつくような棒状に貫かれた肉の臭いか。ああ、心配しなくても良い。馬の骨から生じたとしても、骨の髄までも使えるのだから。カラカラになった、渇いた、伽藍洞のカタツムリめいた精神に一滴のうるおい。これが、人間が人間らしく踊る為の最古だ。サイコからの贈り物だ、物々しく、猛々しく、魔王の大仰なセリフが脳味噌へと染み込んだ――そうとも、貴様等は感謝すべきだ。瑞々しいその身体は、感情は、きっと彼女の奈落を満たしてくれる筈だ。まったく、誰が狂っているのかも解せないのか。ガブリと噛み付いたパンダ―・スナッチは地獄の煙を吐き出した。
 真っ赤だ。真っ黒だった、闇だった世界がひどく赫々と染まっている。人形遊びに耽っていたが故とも解せるが、エクトプラズムにこびり憑いたのは臓腑ではない。あの目玉だ、巨大な虚空にでも嵌まっていたかのような、あの、胎児とやらが有していたキャンディだ。つまり、俺は前提から間違いを犯していたのだ。骨が不可欠なのは知っているし、血肉は謂わずもがな。なかなかに成功例が出なかったのは、現れなかったのは潤いが不足していた故で在る。そう、俺は莫迦みたいに無差別だったのだ。滅裂に、壺の中にキャンディやネクタイを詰め込んでいたのだ。とある怪物は己の仔と人間の仔を取り替えて嘲笑すると謂う。ならば、俺も彼等に倣って若い芽とやらを、馬の骨から生じた骨の髄を搾り取れば良かったのではないか。思い付いたならば、把握したならば、戴く為にも素早く行動せねば。粘つくような廊下をカツカツと往き、戸をひらく。此処からだ。初心に返って食まなければならない。たとえ我が身が、我が心が、骸の海の底へと沈もうと、この酸素だけは離してやるものか。突き進めば突き進むほどに進展していく忘失の病、過去だけが響いている。
 馬の骨が踊るよりも先に馬が駆けるとは、疾走するとは、如何様な皮と肉なのだろうか。四足歩行に身を委ねたオマエは、魔王は、パカラパカラと人形劇の隙間を縫っていく。魔王に従っているのは、勝手に付いてきたのは、まったく不明なカタツムリであった。何だ。貴様は死んでいる筈だ。死んでいる『もの』が何故に、俺との並走を望んでいるのだ。いいや、このカタツムリは何処かの胎児とは別の個体だ。怠惰にも魔王が創った、呪詛のプロトタイプの只のひとつだ。そうか、では、貴様は置いていくとしよう。しかし、放置するのは、それは『それ』で面倒だ。嗚呼、貴様は俺の事がそんなにも気に成ると謂う。宣うならば、頷くならば、せめて寂しくないよう、俺も怪物の真似事をするとしよう。酔っ払いの気紛れ、やはり魔王は円舞が得意ではないらしい。結局のところ、行き着く先はテキトウな村落。おお、母よ。やさしく、ぬくもりに溢れた、慈しみの母よ。こんな時に限って、如何して熟睡なんてしているのか。妖精が嗤う、怪物が哂う、このトロールめ……。
 ……貴方! 私達の赤ちゃんが! 起きたらいなくなっていたの! 何を謂っているんだ、其処にちゃんといるだろう。違うのよ! 私達の子供じゃないわ! こんな、カタツムリみたいな子、知らないの! お、おいおい、しっかりしてくれ。み、みんな、僕の妻が! ああ、家具を倒さないでくれ! いや、こんなの、こんなの私の子供じゃない! 私はこんなの産んだ覚えがない! なんでそんな事を謂うんだ! 気でも狂ったのか? ああ、ああ、神様……!
 どうかこの化け物を殺してください!
 誰か彼女を抑えてくれ、気絶させて、牢に閉じ込めて……!
 ――これは俺のものだ。俺のものは彼女の『もの』だから、新鮮な赤子は彼女の肉だ。やはり、可能性。可能性をたっぷりと汁気のように蓄えている、赫々とした『これ』こそが相応しい。オギャア、オギャア。ええい、喧しい。俺の機嫌を損ねたくなければおとなしく『ゆりかご』にでも収まっていろ。何だ? 餌が欲しいのか。生憎と、貴様はこれから馬の骨から生じた髄として舐り尽くされる運命なのだ。……M'lady、若ければ若いほど、柘榴の味は素晴らしいのだよ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年02月18日


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