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再び中庭へ連れ出された小夜子は、素早く周囲の様子に目を配る。
陽の差さないダークセイヴァーは時刻が分かりにくいが、涼やかに澄み渡った空気の感じからして、今は未明の頃だろう。
「また中庭なんて、芸がないのね」
久しぶりに口枷は解かれていた。口の中に玉を嵌める形の枷が長く続いたせいで顎は疲れきっていて、黙りこくっていた方が楽だとは分かっていたが、久しぶりに声が出せるのだからと小夜子はそう呟く。
「ごめんなさいね、退屈でしょうけど我慢して」
応じるソラは、小夜子の口を封じようとはしていないらしい。
移動する小夜子の左右はアメとハレ、背後にはユキがいる。先導して歩くソラも、口調こそ軽やかだが眼差しに油断はなく、小夜子が逃げ出さないよう目を配っている。
もっとも、今は逃げ出せる状況ではない。
腕は鎖で縛られていて、解くのは困難だ。足首に取り付けられた枷を繋ぐ鎖には余裕があるが、走って逃げるには不向きだろう。
隙があれば話は別だが――などと思っていると、不意にソラは小夜子に顔を近付ける。
「っ、」
「うふ、驚かせちゃったかしら?」
悪戯っぽい微笑を浮かべるソラの手が、小夜子の首に伸びる。
ついでのように手の甲で髪を撫でながら、ソラは小夜子の首輪を外す。カチャリと鍵を回す小さな音に続いて首が楽になって、小夜子は気取られないように息を吐く。
「首輪を外すだけでは物足りないのかい?」
片側に立つアメは囁いて、小夜子の纏う布をつまむ。
「そうね、鎖も外して貰えたら嬉しいのだけど」
「欲張りだね」
「え~? 欲張りさんならもっと増やしてほしいって言うんじゃないの?」
「そうとも限らないのさ。欲望にも色々あるってことだ」
「そうよ。例えば、あなた達の主様の首が欲しいとか」
勝手に喋り出すアメとハレの言葉に小夜子が憎まれ口を叩くと、後ろにいるユキが、胴を縛る鎖を一段きつく締めあげる。
「ぅっ……!」
「……」
振り向かずとも、ユキの恨めしそうな表情は頭に浮かぶ。
「……会話に交じりたいなら、好きにしたらどう?」
「……別に」
絞められた痛みで掠れた小夜子の声に、ユキは冷たく返すのみ。
「それでね」
放っておけばどこまでも散漫な会話を強引にまとめるように、ソラは声を張り上げた。
「今日は、しばらくここに立ってもらうわ」
「……ここに?」
「ええ」
うなずくソラを横目に、改めて小夜子は周囲を観察する。
以前、ここに来た時は逆さ吊りの目に遭った。あの時に使った道具は庭の中央に配されており、梁には縄が掛けられている。
足元に視線を移せば、そこには丁寧に揃えられた芝があるのみだ。
「ただ立つだけ、本当に何でもないのよ」
語りかけるソラは、至近から小夜子の瞳を覗き込む。
「簡単でしょう?」
覗き込んでいるのは瞳ではなく、内心か。
見開かれたソラの眼差しは、小夜子のあらゆる反応を見逃すまいとまばたきもしない。
「ええ」
短い返答は小夜子の心を映さず、どこまでも無機質。
「そうよね。逆さでも一晩持つんだから、立って過ごすだけなんて平気よね」
ソラの問いに、小夜子の脳裏をかつての夜がよぎる。
逆さ吊りにされたあの日、小夜子は梁に上って夜を明かした……彼女や主らが去ってから密かに為したことだが、彼女らはそれを知っているのか。
「貴女が見た通りよ。平気だったでしょう?」
「ええ見たわ。平気そうだったわね」
核心的な言葉は避けて、様子を伺うような言葉ばかりが連ねられる。
その間に、残る三人は小夜子の足元の鎖を替えていた。
両足首の枷を繋ぐ鎖は手の幅ほどしかない。歩くことも蹴ることも封じられた小夜子は「立つだけ」と言ったソラの言葉を思い返す。
「鎖なんて無い方が良いと思わない?」
「私はメイドよ? 御客様に
鎖をご用意するのは当然でしょう?」
探り合う二人をよそに、ユキは梁から垂らした縄を小夜子の首に巻く。
「客人にこれは、失礼に当たらないのかしら?」
「あら、おもてなしの一環よ」
見た限り、中庭に置かれた物に縄を巻き上げる設備はない。
台座もないのだから、首絞めを受けることはなさそうだ……髪の毛の一本も縄に巻き込まないようにするユキの手つきも丁寧で、少なくとも今はまだ、命を奪う気はないのだろう。
「喋りすぎると、口が渇くわ」
囁くソラが口枷を押し込んで、それで終わり。
口枷は細長く、口はほとんど閉じていられる。ゴムに近い材質のようで唇との密着感は強いから、お陰様で口が渇くことはなさそうだ。
首の縄、口枷、足首の鎖。
それらをたっぷり時間をかけて検分して、メイドたちは小夜子に背を向ける。
「そこに立っているのよ」
ソラの念押しを最後に、彼女たちは館の中へ戻っていった。
「――」
メイドらの気配が遠ざかり、小夜子はゆっくりと頭上に目をやった。
首を左右に曲げてみても、縄は頑強だ。縄を切ったり、首の縄を抜ける方法は今のところは見当たらない。
(跳ぶのは危険ね)
跳ねた拍子に首が絞まる可能性は高い。
前のように、梁に上ることは危険だろう。
足首の拘束は言うまでもない。今のところ、対処の手立てはなさそうだ。
(……仕方ないわね)
胸の内でだけ溜息をついて、小夜子はじっと立ち尽くす。
刺激や妨害がないのなら、このままでいても一晩くらいは問題ない。
興奮しすぎてはいけないが、油断しすぎても良くない。
何も出来ないまま、小夜子は時間が経つのを待ち続ける――。
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長く経ったような気はしたが、空気は朝の名残をまだ残している。
「ごっはん~♪」
中庭に姿を見せたのはハレ。アメとユキが後ろに続いて、最後に現れたソラが中庭に続く扉を閉めた。
ハレの手には巨大なバスケット。布が掛けられていて中身はまったく見えないが、アメが足元にシートを敷き始めたところで、小夜子には何があるのかはピンときた。
「さあ、頂きましょう」
言葉と共にソラがバスケットの上の布を払えば、果たしてそこにはサンドイッチが詰められている。
肉や野菜の彩りは目に眩しい。小夜子に与えられる食事と比べれば遥かに質は高いそれを囲んで、四人は食事を開始した。
「……、……」
立ち尽くす小夜子の足のそば、油断しきったユキの後頭部はすぐそこ。
蹴りつけられれば一撃でユキを無力化させられるが、足首を拘束された今はそれも叶わない。
「ハレ、また口についてるよ」
「え~?」
笑いさざめく彼女たちは、穏やかな空気を纏っている。
「これ、からい……」
「マスタードが多すぎたのかしら? 私のと交換する?」
「ん」
和やかに食事を進める四人の様子は、特段変わったものはないまま終わり。
「さて、それじゃあ……」
バスケットを片付けたソラは、満を持した様子で手荷物を広げ。
「お茶にしましょう」
「わーい!」
持ち込んだケーキが切り分けられ、ポットの中のお茶が湯気を立てる。
「あつっ!」
「大変!」
勢いよく飲もうとしたハレが指を引っ込め、ソラとアメが目を見開いて立ち上がる。
「大丈夫かい!? 何か冷やす物を――」
「へーきへーき! ここで冷やすから!」
言って、ハレは小夜子の足首の鎖を掴む。
「!」
完全に無視され続けていた小夜子は目を見開くが、そんな小夜子には誰も反応を示さない。
そこにあるだけのオブジェ――あるいは背景、インテリアやエクステリアも同然に、小夜子は佇むのみだった。
成功
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