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貴女を許すよ

#スペースシップワールド #ノベル #オブリビオン_ソラウ・エクステリア消滅

ソラウ・エクステリア




『……あら、ソラウじゃない』

 とある世界の、とある惑星にある、小さな家にて。
 時空神エスパスはコンコンとドアをノックする音で振り返り、入ってきた少女の名前を呼んだ。

「エスパスさん、実はね……クリスマスライブするんだ。見に来てね」

 その少女、ソラウ・エクステリアはエスパスに一枚のチケットを差し出す。
 彼女は猟兵であり、騎士であり、全世界に自分の歌を伝えたいという夢を持った歌姫である。
 聖夜に開かれる自分の晴れ舞台を、友に見てもらいたいと誘ったのだ。

『無理よ、私は今この星の嫌われ者よ……』

 だが、エスパスは虚ろな目で膝を抱えてうずくまる。
 彼女は以前、とある依頼で契約者であるエスパスを死なせてしまったことがある。
 それも、無視されたのが気に食わないという下らない腹いせで。

 結局、時空神の力で時を戻したことで、ソラウの死はなかったことになったのだが。
 この一件はすぐに広まり、彼女は契約を打ち切られてしまったのだった。

 さらにエスパスは別の事件でエリクシルに敗北を喫し、身体をバラバラにされて力を失ってしまった。
 名誉も力も失墜した彼女は日頃パワハラしていたツケが回り、他の時空龍たちから嫌がらせを受けていた。

 エスパスと親しい時空龍――ライズサンとエミリアーノは彼女をいじめた者たちに罰を与えたが。
 彼女の負った心の傷は深く、ふさぎ込む日々が続いていた。

「ごめん、分かったよ。じゃあ行くね……」

 かつての元気さの見る陰もないエスパスを見ると、ソラウもかける言葉がなかったようで。
 残念そうにチケットを置いて、家を去っていった。

『……最低よ、私は何も知らなかった』

 ソラウの気配がしなくなった後、自分だけになった部屋でエスパスがぽつりと呟く。
 彼女は時空の神が、この世界や他の世界で嫌われていた事を知らなかったのだ。

 エスパスの一族はかつて神選階級ゴッドカーストという法を作り、世界中で横暴を繰り返していた。
 それは統制機構の遺伝子番号制度が可愛く見えるレベルの悪法であり、多くの神や定命の者たちが不当な圧政に苦しんでいたのだ。

 やがて、英雄と呼ばれたとある神とその仲間によって時空神の一族は倒され、力を剥奪されて殺されるという最期を迎えた。
 そんな罪深き一族の血を引いていた事を知った時は、依頼の最中でもかなり引きずったのを覚えている。

『でもソラウは私を誘ってくれたし……』

 エスパスがちょっとだけ顔を上げると、そこにはソラウが残していったライブチケットがあった。
 どうしてこんな自分にまだ誘いをかけてくれたのだろうか。そんなことを考える。

「ゆルサなイ、ユルサナイ、許さない……?」

 悶々とするエスパスの背後で、謎の影がささやき、何処かへ消えた。



『まあ、龍の姿に変装してもらったけど違和感とか無いかしら?』
『うん……無いよ。ありがとうエミリアーノ』

 ソラウのクリスマスライブ当日。
 結局気になってしまったエスパスは、エミリアーノとライズサンと一緒にライブ会場の中で開演を待っていた。
 時空龍たちが擬人化した姿でいる一方、彼女は他の観客から目をつけられないよう変装している。

『何か性格変わったなエスパス』

 以前までなら素直にお礼を言うなんて考えられなかっただろうと、ライズサンが思ったことを口にする。
 傲慢で自己中心的だったかつての彼女は、良くも悪くも、もういなかった。

「皆、こんばんわ! 今日は聖夜のライブ楽しんでいってね!」

 そんなことを言っているうちに、本日の主役――ソラウがステージに上がり、ライブが始まった。
 複数の世界でライブを敢行してきた彼女は、今や無名の歌い手ではなく、実力と人気を兼ね備えたシンガーだ。
 会場はファンで満員となり、ペンライトの光が星々のように輝き、パフォーマンスに合わせて歓声が湧く。

『あのライズサン……』
『何だよエスパス。今ライブ中だぞ? ……いや何だ?』

 そんなライブ中、ふいにエスパスが声をかける。
 歌に聴き入っていたライズサンは訝しげに首を傾げるが、彼女の真剣な様子を見て表情を変えた。

『今日ここに来たのはソラウのライブを見に来たのと、貴方達に最後のお別れを言いに来たの』
『……アルコイリスの所に行くのか?』

 あれから自分を見つめ直したエスパスは、他の神の元で一からやり直すことにしたらしい。

『……うん』
『……そうか、ならちゃんと言わないとな。ほらサビ入ったぞ』

 彼女の決心を感じ取った時空龍は、それ以上なにも言わなかった。
 クリスマスライブはいよいよクライマックスを迎えようとしている。

「じゃあラストは……」

 と、ソラウが最後の締めの曲を歌おうとした、その時。
 突然の停電によって、会場は暗闇に包まれる。

『……タイミング最悪じゃねえか』
『一体誰が……』

 異変を察したライズサンとエミリアーノは龍化しようとするが、そこに飛んできた音符が二人を拘束する。

『う……動けない?!』
『ライズサン! エミリアーノ! ……ぐっ!』

 遅れて状況に気付いたエスパスは、慌てて二人に駆け寄ろうとする。
 だが見えない何者かによって、ステージの方へ蹴り飛ばされてしまった。

『うう……』

 同時に電気が復旧する。
 再び明るくなったステージに観客達が見たのは、変装が解けたエスパスと、ソラウ――いや、様子が違う。
 顔半分は黒くなり、白い翼が生えて、下半身は巨大な馬の脚になった、ソラウのオブリビオンがそこに居た。

『あれって時空神エスパスじゃねえか……』
『まさかこれもアンタの仕業じゃないでしょうね!』
『どの面下げてここに来やがったこの外道女神が!』

 折角のライブを襲った突然の異変。
 その原因を観客達はあの時空神の仕業と決めつけ、ブーイングを飛ばす。
 だが、当のエスパスにそれを聞いている余裕はなかった。

「やァ、えスパすさン久しブりだネ……会イたかっタ」
『あっ……えっ? ソラウのオブリビオン?』

 エスパスはオブリビオンになったソラウの事を知らなかったのだ。
 今、目の前にいるのは彼女が知っているソラウではない。

『待って? ソラウは……?』
「あア? さっキ取リ込んだヨ? 並行世界の僕達モね!」

 さっきまでライブで歌っていたはずのソラウは、ステージにいなかった。
 オブリビオン・ソラウが邪悪そのものの形相で笑う。
 状況を呑み込めた訳ではないが、それだけで"彼女"は敵なのだと理解できた。

『ソ……ソラウを返しなさい!』

 衝動的に時空武神の姿になって斬りかかるが、オブリビオン・ソラウは動じない。

「どーンとネ!」
『あああぁぁぁぁ!』

 突然降ってきた雷が当たり、エスパスは悲鳴を上げて吹き飛んだ。

『エスパスちゃん?!』
『おいおい……これってまさか時空の歌唱世界じゃねえか?!』

 それが紛れもないソラウのユーベルコードであることに気付き、ライズサンとエミリアーノは驚く。
 容姿が似ているだけではなく、能力まで本物のソラウと同様だというのか。

「次ハこレだヨ? 轟ケ鳴り響ケ! 時空ノ歌ヨ!」
『?! 不味……ギャアァァァ!』

 今度は【轟雷時空歌・エクステリア・レイン】を発動し、会場全体に轟雷を降らせるオブリビオン・ソラウ。
 力を失った時空神と彼女とでは、実力の差は歴然だった。

『あ……あ……』

 為す術もなくステージの上に転がるエスパス。
 それを見ていた観客の間にも、徐々に動揺が広がる。

『お……おい幾らあの時空神でもやり過ぎじゃ……』
『まあ死んで当然の事したし?』
『いや、何でライブ中にリンチしてんの?』
『あれオブリビオンじゃね? 時空騎士団に連絡したけどまだか?』
『つーか今の内に避難しよっと……何だ?! 人が倒れてるぞ! あれ? 消えた?』

 その反応は様々だが、彼女を助けようとする者は一人もいない。
 時空神の一族と、彼女自身がしでかした行いの、これが報いなのか。

「無様ダねぇ……エスぱスさン」
『そう、ね……無様ね』

 オブリビオン・ソラウがエスパスの頭を掴みあげる。
 もう抵抗する気力もないのか、彼女はただ吊り下げられるだけだ。

『ああ……見てられない』
『……』

 エミリアーノが目を逸らす一方、ライズサンはその様子を黙って見ていた。

「エすパスさんっさア、ナンでここにニるの? 僕ヲ殺しテ自由ノミになっタんでしョ?」
『……違う、誰も私を受け入れてくれなかった』

 オブリビオン・ソラウの問いかけに、エスパスは力のない声で答える。
 自分のした事で、誰も自分を神として受け入れるどころか、クロノドラグマの後ろ盾を失ったエスパスを殺そうとしてくる者もいた。実際にソラウの仲間のシオンも怪我をした事を思い出す。

『自分勝手な都合で主を殺した神なんて誰も信仰してくれる訳なんて無い……貴女はもしかして私が殺して無かった事にした世界線のソラウなの?』
「……」

 時間を巻き戻しても、全てが無かったことになるわけではない。
 消えた未来が過去となり、オブリビオンとしてこの世界に舞い戻ったというのなら。その目的は復讐か。

『今の私なら簡単に殺せるわ……でも私を殺した後はどうするの?』
「こノ星を壊スと言っタら? 仲間を殺スと言ッたラ?」

 IFのソラウは無表情で言い放つ。
 それを聞いたエスパスは、涙を流しながら答えた。

『……何でもするわ、お願いだから止めてほしい……です』
「君ノ命や言葉ニは何も価値ハ無イよ! 鬱憤晴ラシで掲示板ニ書き込んデサボっていタ癖ニ……」

 神の威厳もないただの懇願に、返ってきたのは冷たい侮蔑だけだ。

『ごめんなざい……私馬鹿だがら……どうしたらいいのが分がりまぜん……』

 エスパスはもう、何を言っているのか自分でも分からなくなっていた。

「分カらなイ? 君ヲ匿っテいタせいで侵略する理由になっているんだよ?」
『……』

 オブリビオン・ソラウの言葉使いが突然変わった。

「僕がここに来たのはね……この星を守りに来たんだ。このライブ会場を警備している事でこの星全体の守りは薄くなっているんだ……今、観客に倒れている人達いるよね? それオブリビオンだよ?」
『え? やっぱりいたのね……』

 それを聞いたエスパスの目に、はっと光が戻る。
 この会場に潜む怪しい気配には、気づいてはいたらしい。

「君達、時空神を憎んでいる星にとってクロノドラグマは時空神を匿っていた星として攻撃対象になっているしこの街にスパイはごろごろいると思うよ?」
『私が居なくなっても……この星は攻撃され続けるの?』

 かつての時空神の所業に恨みを持つ者がオブリビオンとなり、復讐を企む。
 それは過去からの報復だ。

「うん……このままじゃね、現に今オブリビオンの軍団がここに迫って来てるよ? 相当恨みを買ったんだね昔の時空神は」
『わ……私が守らなきゃ!』

 立ち上がろうとするエスパスを「駄目だ」とオブリビオン・ソラウは制する。

「そういえばさっき何でもするって言ったよね?」
『……ええ、言ったわ』
「なら……」

 未熟な時空神の覚悟を見てとって、彼女は告げた。

「苦しくても辛くても生きろ、自分の罪と向き合え……僕は貴女は嫌いだがこの星は好きだ」
『ソラウ……』

 それがエスパスに殺された彼女なりの妥協点か。
 いや、最初からそうすると決めていたのだろう。

「この世界の僕は返す、そして僕自身の恨みと共に世界から消え去る。ここに来た本当の目的はエスパスさんの意思と侵略者達を消し去る事と、エスパスさんを殴っておきたかったんだ」

 全てはエスパスの覚悟を試すため、そして遺恨にケリをつけるため。
 やりたい事を終えた彼女の身体は徐々に透けていく。

『死ぬなら私の方がいい……』
「さっき何でもするって言ったよね? 最後くらい約束守ってよ」

 オブリビオン・ソラウは彼女の耳元で何かを囁いてから、吸収したソラウを分離した。

「じゃあね、エスパスさん」

 そして彼女は光を纏いながら飛び立ち――直後、はるか上空から爆発が起きる。
 クロノドラグマ星付近に居たオブリビオンの軍団を、彼女は自らの命をもって消滅させたのだ。

『ライズサン君は分かっていたの?』
『並行世界のオブリビオンソラウまで吸収する理由が無いし死ぬ気だったんだろな……て思ったから』

 拘束の解けたライズサンが、消えていった彼女の考えを代弁する。
 こうして、クリスマスライブに起きた事件は幕を閉じた。



 その後オブリビオン・ソラウの言う通り、クロノドラグマ星内のスパイは次々と摘発されていった。
 そしてエスパスを匿っていたのは、かつて時空神の一族を倒した英雄神の指示だったそうで、そのおかげで彼女は攻撃対象からは逃れたことが、文章として残されていたのも発見された。

『よぉエスパスどうした?』
『あの時私は殺させるつもりだった……でも憎い筈なのにソラウは私を殺さなかったの?』

 病院にて入院中のエスパスは、見舞いにきたライズサンに語りかける。
 彼は、まだ分かってないのかと言わんばかりに肩をすくめた。

『オブリビオンソラウの言っていた事忘れたのか?』
『…』
『お前の命や言葉に価値がねえなら行動で示すしかないだろ?』

 死をもっても償えない罪なら、苦しくても生きることが罰になる。
 少なくとも、あの"ソラウ"はそう考えたからこそ、エスパスは生かしたのだ。

『そうね、これからも償い続けるわ……絶対逃げないわ』

 誓いを立てるエスパスの脳内に、あの時オブリビオン・ソラウの囁いたが言葉が蘇る。

「エスパスさん……貴女を許すよ。だから僕をちゃんと守ってあげてね」

 同じ過ちは、もう二度と犯さない。
 時空神の償いは、これから始まるのだ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年01月14日


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