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【予選Cブロック:第七試合】猫は駆け抜け、機兵は舞う

#スペースシップワールド #ノベル

試作機・庚



霧枯・デスチーム




 ──シミュレーター起動
 ──システム:トーナメントモード
 ──接続猟兵:試作機・庚(神殺しケルベロス・f30104)
        霧枯・デスチーム(ラストブラッドショルダー・f13845)
 ──状況設定:列車の上
 ──開始位置:第三者によって決定
 ──戦闘を開始します

 ノイズ混ざりのアナウンスが途切れると同時に黒塗りにされていた視界が晴れ、広がるのは岩山ひしめく山岳地帯とその間を走る貨物列車。
 上空を飛行するキャバリア、K-7Lに搭乗した庚は眼下を走る列車にセンサーを集中させると敵の位置を探るようにソナーを放った。
 猟兵の技術を使わずとも容易に逆探知のできる原始的な音波感知、列車内でそれを受けたブラザーは主たる霧枯にやや呆れたように声をかける。
『ガージ、マナーの悪いゲストがやって来たようです』
「オーケー、ならこちらも手荒に歓迎してやらないとナ!」
 そう言って霧枯は手にしたガトリングを頭上に向けると、貨物列車のコンテナの内側から庚に向けて発砲した。
 金属が弾け飛ぶ音と共に自らに飛んできた火線を庚は側転するように機体をロールさせて回避する。
 霧枯としても今の一撃は挨拶代わりだ。彼は自らの開けた穴から硝煙と金属粉が混ざった煙を裂いて車両の上へと飛び移ると、庚を睨みつけるように愛機であるB29の頭部センサーを青く輝かせた。
「正面からとは良い度胸デス……が!陸戦型に航空型が負けるわけないだろ!いくぞおおおお!!」
 流線形の戦闘機を思わせる形状に変形したK-7Lは警告音を連想させる甲高い音を上げて一瞬上空で静止した後、ブースターの奔流を翼のように広げ霧枯へと吶喊する。
 レンズ状の雲を突き抜けて迫るK-7Lを前に言葉を交える猶予は無い。高速飛翔体の接近警報が鳴るよりも早く霧枯がユーベルコードを発動させると、列車の両脇を挟み込むように量産型ブラッドショルダー部隊が展開し上空に向け一斉に火器を放つ。
 空を埋め尽くさんばかりの火線の群れ、それに対し庚は一切の回避行動をせずに真っ直ぐ本体である霧枯へと進み続けた。
 理由は簡単、ユーベルコードの力も合わせて変形したK-7Lは絶大な移動力を持つが霧枯と違い火器の類を装備していないため接近しなければ攻撃することができない、故に下手に弾幕を避け速度を落とせば一方的に削り殺される、その前に多少の被弾を覚悟で突撃し自らの距離に持ち込まなければ勝ち目がないのだ。
 不退転の覚悟を決めた機体にユーベルコードの力が宿る、来る者を阻まんとする鋼鉄のカーテンの内側に潜り込んだK-7Lのコックピットに無数の警報と被弾の音が鳴り響き、機体各所に軽視できない損傷が発生するがその代価としてB29を一息もせず間に自らの攻撃範囲に捕らえる。
「さあ、楽しむデスよご友人!」
『ガージ!』
 ブラザーからの警告に霧枯は咄嗟に地面を蹴り横に跳躍するが、駆け抜ける光の風はB29の持つガトリングを握っていた腕ごと砕いていく。
 それだけではない、音速を超えた物体を掠めた衝撃はコックピットにも伝わり内装が爆発したかのように弾け飛ぶ。頭部に熱を感じると同時に視界の片側が赤く染まったのを見て霧枯は内心でしまったと叫んだ。
 列車の両脇を陣取る量産型ブラッドショルダー部隊の姿が霞のように消え、空を覆う弾幕が収まる。彼らは強力である一方、霧枯本人が傷を受けると容易く消滅してしまう弱点を抱えている。
 火力勝負を挑む以上部隊の消滅は避けたかったが、無傷の勝利を許すほど敵は弱くも甘くもなかった。
 B29を過ぎ去り、先頭車両を飛び越え、再び上空へと登っていくK-7Lの様子を霧枯が伺っているとコックピットの中にブラザーの声が響く。
『お怪我はありませんか?』
「皮肉かブラザー、ハロウィンのゾンビメイクにゃ半年以上早いぜ?」
『では、ここからは博打となりますね』
「……面倒なことになったデスね」
 部隊を失い、片腕を失い、圧倒的不利に陥ったにも関わらず戦意は失っていない事を示すように自らを睨むB29を見て、庚は独りごちる。
 有効打は取ったものの、K-7Lの受けたダメージも少なくはない。もう一度同じ戦法をとれば今度は庚が撃墜される恐れもあるだろう。
 しかし徒手空拳で戦うこの機体では攻撃をするために一度相手に接近しなければならない、やってはいけない行動をしなければ勝てないという矛盾に庚は長く息を吐くと、ユーベルコードの発動を意識する。
「面倒は……嫌いデスよ!」
 霧枯本人も彼の従える部隊もまとめて対処できる手札を庚は持っている。その切り札である重力の鎖を顕現させようと超常の領域に見えざる意識の手を伸ばした瞬間、彼女の思考に激しいノイズが走った。
「これはっ……!」
 瞬間、庚の中でユーベルコードが発動し思考に走るノイズを霧枯へと反射する。そのショックのせいかB29が僅かによろめくのが見えたが重要なのはそこではない。
 先程庚が発動したのは自身に起きた異常を相手へと返す自動発動型のユーベルコードだ、それは霧枯が庚に対して精神に干渉する妨害魔術を放ったことにより見事その役目を果たした……その前に発動しようとしていた別のユーベルコードを上書きする形で。
 つまりこの局面において、庚は確実に敵にトドメを刺す切り札ではなく別の手札を強制的に切らされたのだ。
 一方精神干渉を返された霧枯だが、彼の発動したユーベルコードの効果はそれだけではない。虚空から現れた新たなガトリングを残ったB29の腕で掴み取った彼は、思考をかき乱すノイズを振り払うように叫ぶ。
「ブラザアアァァァ!!!」
『魔導斥力場、銃口に集中』
 自身に代わり機体をコントロールする兄弟の声を聞き、霧枯は迷わずに引き金を引く。斥力によって加速した弾丸は先程とは比べ物にならない速度で空を駆け、K-7Lを貫いた。
「っ……!」
 コックピット内装が弾け、その破片が恐るべき速度で庚に降りかかる。体質とパイロットスーツ代わりに着ていた機械鎧、そしてコックピットの中にいる限り自身の能力を上げるユーベルコードの効果により怪我はないがどれか一つでも欠けていれば結果は違っていただろう。
 優位は消えた、加速した霧枯の弾丸は距離を離してもK-7Lに直撃を与えることができる、機体はダメージによりいつ機能停止してもおかしくない、先程と同じ加速突撃戦法をすれば空気抵抗で機体がバラバラになる恐れすらある。
「強敵か……久しくなかった感覚デス」
 追いつかれた、どころか逆転されたと言っても過言ではない状況に庚は楽しそうに呟く。
「ならばプライドは抜きデス、今この瞬間は……力こそ全て!」
 そう叫んだ庚は手放してしまった重力の鎖をもう一度掴み取り、共に地上に下ろすかのように機体を勢いよく降下させるとその動きに連動して空に無数の穴が開く。
 精神干渉により冷静さに欠く霧枯に代わり異変に気がついたブラザーが急ぎその場から離脱しようとローラーダッシュを回転させるが、穴から伸びた重力の鎖がB29に絡みつくと機能の大半が停止しコックピット内が暗闇に包まれる。
「なんだぁ!?ブラザーおいらの両目ちゃんとある!?」
『これから無くなるかもしれません』
 若干錯乱しているのか割れたモニターをポムポムと叩く霧枯の様子を見て、まだ使い物にならないと判断したブラザーが機体を復旧させようと試みるが演算装置は勿論単純な油圧機構すら止まっておりハッチを開くことすらままならない。
 辛うじて取り戻した光学センサーが外の景色を映し出した瞬間、菫色の機体がB29の前に降り立った。
『死にましたね』
 ブラザーの呟きの直後、K-7Lの放った掌底が胸部に突き刺さりB29が大きく後方に弾き飛ばされる。斥力による障壁は意味をなさず、破損したパーツをこぼしながらコンテナ上を転がるB29に這うような前傾姿勢で飛翔したK-7Lが追い付き地面スレスレから突き上げた拳が再び鈍色の装甲に突き刺さる。
 一方的な蹂躙、しかしその実B29の装甲に致命的な損傷は起きていない。
 理由としては単純、K-7L側の火力不足だ。動けぬ相手を一方的に攻撃する行為に不退転の意思が宿るはずがなく、二分以上継続して使えば自らが死亡する重力の鎖を放ち庚のコアが無傷であるはずがない。
 始めに発動した機体の強化も移動力は増しているものの攻撃力は平時のまま、いくら超常の力の宿るオブリビオンマシンと言えど単なる徒手空拳では同じく超常の力を宿すガジェットフレームに致命的な一撃を与えるのは難しい。列車から突き落とし場外判定を狙う手もあるが、もし列車の外が戦場の外と判定され場外に至る前にB29が再起動すれば今度こそ逆転は不可能になる。
 故に庚は相手が動けない今、ひたすら攻撃を与え続け戦闘不能にするしか勝ち筋がないのだ。
 幾度になるか分からない拳打によりB29の装甲がついに歪み、胸部から血のようにドス黒い油が噴出する。それを見た庚はK-7Lの五指を相手の胸部装甲に突き立てると、力の限りその腕を引いた。
 フレームが苦悶の声を上げ、噴き上がるオイルがK-7Lの装甲を汚していく。最後の一押しと言わんばかりにK-7LがB29を蹴りつけると、その胸部装甲が複数の駆動部位ごと引き剥がされた。
 ガジェットフレームに守られていた霧枯の姿が外に晒され、血と油で汚れた毛並みが風で揺れる。B29の急所を露出させた庚がトドメに踏み切ろうとした瞬間、彼女の背筋を猛烈な悪寒が襲った。
「っ!」
 ユーベルコードの限界時間、死へと踏み出す境界線を感じた庚が咄嗟に重力の鎖を解くと同時にB29が最後の力を振り絞るように悲鳴じみた駆動音を全身から響かせる。
『目は覚めましたかブラザー?』
「ああ!美女からのモーニングコールは最高だナ!」
 猛攻で歪み撃てなくなったガトリング砲を投げ捨て、残った拳に朱殷の力場を集中させたB29がローラーから火花を散らしながらK-7Lへ突貫する。それに応じるように自らも突撃したK-7LとB29の拳が交錯し、互いの胸部へと突き刺さった。
「ぐうっ!?」
 激しい振動と共にB29の拳がK-7Lの装甲を突き抜け、庚の眼の前で静止する。
「があっ!?」
 一方K-7Lの拳は剥き出しの霧枯の身体のすぐ横を掠めると、その勢いのままB29の背中から飛び出した。
 互いに密着した状態で動きを止めた両機だったが、やがてB29の頭部センサーから光が失われ、片腕が力なくK-7Lの胸部から引き抜ける。コックピット内に吹き込んでくる猛風に庚は目を細めるも、視界に映る機能停止したB29の姿を見て安堵したように息を吐く。
「危なかったデスね、これ以上はACごっこをする余裕もな──」
 気の緩んだ庚が額の汗を拭おうとした瞬間、コックピット内に警告音が鳴り響く。慌ててブースターを起動させ機体を下げるが、その動きに追従してくるようにB29との距離は変わらない。
「……あ、腕が抜けない!」
 最後の格闘戦が罠だと庚が気づいた瞬間、B29が爆発し閃光と熱波が庚を襲う。その身を犠牲にした大技だが庚は幾重にも重ねた防御札のおかげで即死はしない、この一撃は耐えきることが出来るだろう。
 爆発の衝撃すら利用し、コックピットに空いた穴から飛び込んできた霧枯のパイルバンカーさえなければ。
「マジデスか!?夢なら覚め──」
 最後の言葉は胸に杭が刺さった衝撃で中断され、コックピットシートに縫い付けられた庚はそのまま爆発の衝撃に飲み込まれる。
 一方霧枯は体重の軽さもあってか衝撃に流され、K-7Lに空いた銃創から勢いよく外に飛び出した。
 コンテナに落下し、立ち上がる気力もない霧枯が上下逆さの視界で燃え上がる二機をボンヤリと眺めていると、戦場にノイズ混じりのアナウンスが響き渡る。

 ──戦闘終了:勝者 霧枯・デスチーム

「おー……」
 その言葉を聞いて霧枯は疲れ切った勝鬨を上げる。シミュレーターから戻ればブラザーから皮肉たっぷりの反省会が待っているだろうが、まあそれは考えないようにしよう。
 とにかく今は疲れた、寝たい。そうして一戦を終えた霧枯は勝利の余韻に浸りながら、心地良い眠気に身を任せるのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年01月06日


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