想いは巡り、そして実る
●
12月24日。
世界中の子ども達が赤い服を着た老人を待ちわびるこの日は、その赤を淡く微睡ませたような髪をもつ人の誕生日でもある。
「ミカとここ来るの夏ぶりやんなあ」
当のその人、知花・飛鳥の弾む足取りを、ミカと呼ばれた一ノ瀬・帝が半歩遅れてついていく。
夏休みにも訪れた遊園地。わくわくを表現したカラフルなゲートを、飛鳥はスキップ交じりにくぐるのだった。
「そうだな」
「どれ乗ろか? やっぱジェットコースターとゴーカートは外せんよなあ」
入り口からでもよく見える大きなジェットコースターを飛鳥が指差す。白い息が冬の朝の澄んだ空気に溶けて消えた。
はしゃぐその姿が、なんだか小さい頃の頃の飛鳥とダブって見えて、帝は目を細める。――親たちに連れられて一緒に来た事があるんだったか? 思い出せない。けれど子供みたいに楽しそうな飛鳥の姿は、出逢ってしばらくたった頃の彼を容易に思い起こさせた。大人しくて引っ込み思案だった飛鳥が帝と一緒に過ごすうち少しずつ積極的になって、帝の手を引いてあれで遊ぼうこれで遊びたいと云えるようになった頃の姿を。
「あと、ウォーターライドと……」
「お化け屋敷と?」
「えっ! まあミカが好きっちゅうんならそれもええけど
……。……」
そう言葉にした途端、飛鳥は押し黙ってしまう。おや、と帝は眉根を上げる。
「……冗談だ」
表情は変わらないまま、笑みを含んだ息を漏らす帝。しかし飛鳥の表情が曇ったままなので、揶揄いすぎたかなと反省した。
(「夏に来た時の反応が可愛かったからつい調子に乗ってしまったな」)
パンフレットをめくりながら話題を探し、帝は話を変える。
「そういえば、今の季節はイルミネーションがクリスマスの特別仕様になるらしいな」
「ホンマ? それええな! 夏に見た時もめっちゃ綺麗やったもんな」
飛鳥の表情がぱっと明るくなったので、帝は内心安堵した。
「良かったら今日も観覧車から観ないか」
「さんせーい! じゃあ夜になったら観覧車に乗るとして、まずはジェットコースターに……あれ、なんか皆ジェットコースターの方に向かってへん!?」
道行く客たちの流れに、飛鳥が目を丸くする。
「やっぱり人気みたいだな」
「大変や、急がな!」
いきなりダッシュしはじめる飛鳥。
「あっ、おい飛鳥」
続けて走り出したものの数秒遅れた分の距離が開いている帝の気配を後ろに感じつつ、飛鳥はスピードを緩めない。
その顔は、誰の目にも明らかなくらい真っ赤に染まっていた。
(「さっき、ミカがお化け屋敷を“好き”ならって云った瞬間、なんや胸が苦しゅうなって……俺、ほんまどないしてもうたんやろ」)
針で心臓をちくちく刺されるような痛みがいつまでも消えない。
(「ミカが、何かを……誰かを、好きなら」)
思い出すのは、あの日帝の隣を親しげに歩いていた、同い年かちょっと年上くらいの女性。あの光景を思い浮かべれば、痛みはますます強く鋭くなる。
(「俺、変や。いつからミカの幸せを喜べへんような嫌な奴になってもうたんやろ」)
せっかくの誕生日、楽しい遊園地で、一番の親友である帝と一日遊べるのに。
こんな素敵なクリスマスイブはサンタクロースだって叶えてくれないと思えるくらい、幸せな一日のはずなのに。
でも帝がこの日を開けてくれているという事は、もしかしたら「彼女」らしき人と何かあったのかもしれない。単に予定が合わなかっただけかもしれないが、もしかしたら二度と逢えないような出来事かもしれない。だとしたら帝はいつものクールな表情の奥でとても悲しんでいるはずだ。もし本当にそうなら、いつも帝が自分を助けてくれるように、帝を元気づけてあげなければと思う。
それなのに。
――そうだったら。本当に別れていたのならいいな、なんて思っている自分にも気づいて愕然とする。
そうしたら、もうちょっとだけミカを独占できるのに、なんて。
もし飛鳥の心が全世界に筒抜けになったとしたら、飛鳥が抱いている感情の名前がわからない者はきっと飛鳥本人ただ一人になってしまうに違いない。
それでも帝との距離が近すぎるゆえに、そして一番の親友がゆえに、飛鳥は未だその気持ちを理解することができないまま、ただ苦しさだけを抱え続けていた。
●
真冬だというのに一切遠慮もなく水を吹っかけてくるウォーターライドにぎょっとする飛鳥と、相も変わらず無表情で姿勢よく隣に座る帝の写真が、事前にしっかり打ち合わせたコントのワンシーンみたいで面白いと飛鳥は笑う。
売店でハンバーガーをぱくつきながら、そういえば駅前のハンバーガー屋にも新商品が出ていたから今度一緒に食べに行こうと楽しそうに話す。
いつもの飛鳥だ、と帝は思う。でも時折、不意に表情が曇る瞬間があった。
たとえばそれは、帝が飛鳥の話に「俺は夏に出たハンバーガーが好きだったな」と云った時だったり、移動中に前を歩いていたカップルが仲睦まじげに手を繋いだ瞬間だったりした。
何かあったのだろうか、と帝は思った。けれど飛鳥は困りごとや悩みがあれば、真っ先に自分に相談してくれる筈だという自負もあった。
(「……もしかして、単にあまり楽しめていないんだろうか」)
だとしたら申し訳ないと思いながらも、帝は聞き出せずにいた。折角の“クリスマスデート”を――たとえそう思っているのが帝だけだったとしても――台無しにするような事は云いたくなかったからだ。
●
それでもやっぱり、はしゃぐ姿はいつもの飛鳥そのもので。
子どもの時ぶりに乗ってみたら案外面白かったゴーカートも、本気でスコアアタックをした射的ゲームも、帝が避けようとしたら飛鳥が意地になって「行く」と云いだし、夏から脅かし方も仕掛けもなにも変わっていないのに結局律儀にビビっていたお化け屋敷も。
楽しかった時間はあっという間に過ぎ、遊園地にも夜が訪れる。
クリスマスイルミネーションを拝めるというだけあって、観覧車は夏の時以上に大行列で、待っている間飛鳥はしきりに寒い寒いと手に息を吹きかけていた。
こんな時、子どもの頃だったら「手を繋げば少しは冷たくなくなるだろ」とサラッと云えたんだろうなと帝は思った。
もっと近づきたいという思いが恋なのに、その恋が相手との距離を邪魔する。
それがもどかしくて視線を逸らしたのに、クリスマスの遊園地はどこもかしこもカップルやら家族連ればかりで、帝はひとりでやるせない気持ちになっていた。
「あーっ、やっと座れた!」
「すごい行列だったな。その価値があるのは確かだが」
夏に見た時も綺麗だったもんな、なんて。
実際は途中から飛鳥の事ばかり考えていてイルミネーションなんて全く意識に入ってきていなかったのに、そんな事を帝はのたまう。
ゴンドラの中には、スピーカーからアップテンポなクリスマス・ソングが流れている。向かい合って座った観覧車、今度は飛鳥が、前回帝が座った位置に座っていた。「こっちのほうがよく見えるって云ってたろ」と帝が率先して飛鳥をそちらに座らせたのだ。
「ミカも隣来る?」と聞かれたが、「行きたくなったら行く」とはぐらかし、帝は真正面に座った。
ゆるゆると登っていく観覧車、飛鳥はあの時のように窓にへばりつくようにして景色を楽しんでいる。
「やっぱすごいなぁ。来てよかったわ」
「飛鳥」
「ん?」
「誕生日おめでとう」
そう云って、帝は鞄から包みを取り出した。
「え、あ、……わー!」
飛鳥が目をまんまるにして驚いて、それから満面の笑みを浮かべる。何度誕生日プレゼントをしても、毎回本当に嬉しそうにしてくれるのが可愛い。
「ほんま!? めっちゃ嬉しい! なぁ、これ今開けちゃってええ?」
「いいぞ」
蝋燭を立てたケーキが描かれた包みを、はやる手つきで開ける。
中から現れたのは綺麗に畳まれたインディゴブルーのデニム生地だ。ワンポイントに白い燕のシルエットが描かれている。それを広げた飛鳥が更に目を輝かせた。
「エプロンや! クールでめっちゃイケてるやん!」
「よく料理を担当しているって話だからな、役に立つと思って」
「さっすがミカ、センスある~~」
ヘビロテする~っ、と心底嬉しそうに抱きしめる飛鳥が愛しくて、無表情の頬がこっそり緩む。
実のところ、お洒落で丈夫そうなエプロンも勿論嬉しかったけれど、それを渡してくれる時の帝の言葉が「誕生日おめでとう」だった事が飛鳥にはとても嬉しかったのだった。誰にとっても特別な日であろう「メリークリスマス」ではなくて、飛鳥個人の誕生日としてお祝いをしてくれたことが。
帝は満足そうに頷いて、それからほんの少しだけ表情を曇らせた。
「……飛鳥。今日、楽しめたか?」
「へ? 何で? 俺今めっちゃ幸せなんやけど」
「そうならいいんだが。なんだか元気がないように見えたから」
そう云った瞬間、飛鳥はプレゼントを貰った時以上に目を見開いて暫く絶句していた。やはり云うべきではなかったのかと帝が話題を逸らそうとした時、力のない笑みと共に飛鳥が云った。
「……ミカは本当に、なんでもお見通しやんなあ」
「何かあったのか?」
飛鳥はしばらくの間逡巡していた。
帝も催促するでもなく、ただ黙っていた。すみれ色の双眸が無理やり笑みを形作っていて、こんな飛鳥の表情は初めて見たと思った。
「なんかあったっちゅうか、俺の心の問題っちゅうか……」
エプロンを抱いたままの腕に無意識に力を込めながら、飛鳥は話し出した。
「ミカと今日一日過ごせてほんまに楽しかった。嘘ちゃうで。せやけど、最近楽しかったら楽しいほど不安な気持ちが大きなっていくんや」
「不安?」
「もしいつかミカに恋人やお嫁さんが出来たら、俺はただの友達の一人。今日のような特別な日に一緒に過ごすこと叶えへんくなるかもって」
「……」
帝は無言だった。いつものように急かしたり割り込んだりせず黙って聞いてくれているのだと飛鳥は思っただろうか。しかし本当のところ、驚きすぎて言葉を失っていたというのが正しかった。
(「——それは、俺の台詞だ」)
高校生のうちは無二の友人として、誰よりも飛鳥の傍にいられる今の状態でいたいという思いと。
社交的で誰からも好かれる飛鳥は、そのうちもっと大切な人を見つけて自分の傍から離れてしまうのではないか、そうなってしまったら手遅れなのではないかという思いと。
ふたつを天秤にかけて、悩み続けていた。
「それに俺らは来年三年生やんか。卒業してそれぞれ違う道に進んだら、物理的にも気持ち的にもミカが更に遠い存在になってまうんちゃうかって……」
もう二度と傍にいられないかもしれなくても、この想いを伝えるべきか。
それとも、少しでも長く飛鳥の傍で、この陽だまりみたいな笑顔を見続けるか。
悩みに悩み抜いて、高校生の間は今まで通り「親友」でい続けようと思った――思った、けれど。
でもそれは今まで通り、飛鳥が帝を親友としてしか見ていなかった場合の事だ。
(「飛鳥が、俺と同じ気持ちを持っていてくれたのなら?」)
何百回も、何千回もした都合のいい妄想だ。かわいい飛鳥の真っ直ぐな想いを勝手に捻じ曲げているようで、想像するたびに光悦と罪悪が自分を突き刺すようだった。
「……飛鳥」
「ごめん」
「何で謝るんだ」
帝の言葉に、飛鳥はもう一度、消え入りそうな声でごめんと呟いた。
「急にこんな事いわれても困るやんな」
殆ど泣き出しそうな顔で、飛鳥は笑う。
「黙っとこうって思うとったんや、ミカ迷惑やろうし、友達と離れたないなんてガキみたいって呆れられるかもって……せやけど俺、ミカが隣におれへん俺ってのがもう想像でけへんのや」
ずっとそばにいた、大切な“親友”。
何もかも受け止めてくれる、大切なひと。それに甘えて、どんどん傍にいたいという気持ちが膨らんでしまった。懐の広い彼ですら受け止めきれないだろうほどに。
ふと顔を上げると、飛鳥が見た事もないくらい驚いた表情の帝と目が遭った。
やっぱり呆れられてしまうと思った。
もしかしたら迷惑だったんじゃないか。こんな気持ちでいる事も、いいや――クリスマスイブなんかに、こうして誘ったことも。帝こそ、実は楽しくなかったんじゃないか。自分の気持ちでいっぱいいっぱいで、それに気が付けなかったんじゃないか。帝はいつでも気にかけてくれるのに。
観覧車の駆動音がいやに大きく聞こえて耳を塞ぎたくなる。
箱の中は相変わらず能天気なBGMで満たされている。
この狭い空間で、どうしてこんなことを云ってしまったのだろう。
黙っているのは帝も同じだった。飛鳥に返す言葉をずっと探していた。
(「……卒業の時まで黙っておこうと思っていた。そうすればどんな結果でも受け止められるだろうと」)
飛鳥が自分に向けてくれている友情を、踏み躙りたくないと思った。
だって自分が飛鳥に向けている気持ちは、彼のように綺麗ではないと思っていたから。
真っ直ぐに慕ってくれる彼に、自分の独占欲を知られて幻滅されるのが怖くて、帝はいつも彼の望む「頼りがいのある親友」であろうとした。
だけど――。
(「飛鳥の事なら、飛鳥の家族と同じくらいか、もしかしたらもっと分かっていると思っていたが……とんだ思い違いだったみたいだな」)
だって飛鳥がそんなふうに想ってくれているなんて、てんで気づかなかったのだから。
ふと、外の景色に目を移す。
気付かないうちにゴンドラは頂点を過ぎていて、ゆっくりと下降していた。
なんだって間が悪いなと帝は内心肩を竦めた。「こういうこと」は頂点の一番盛り上がるタイミングで云うべきなんじゃないか。全くもって格好がつかない。
飛鳥は帝の事を「何でもそつなくこなす優秀な人」と思ってくれているだろうが、実際はこんなことばかりだ、飛鳥が絡むと特に。
それこそ幻滅されそうだ。これからも傍にいるならますますそんな事も増えるだろう。飛鳥が好きでいてくれた「優しくて頼りがいのある幼馴染」のメッキはどんどん剥がれてしまうかもしれない。
これを伝えるなら、今まで押し込めていたみっともない部分も全て飛鳥に知られてしまうかもしれない。
それでも――それでも。
(「逃げてばかりだったら、いざ卒業の時になっても云えずじまいかもしれないな」)
ずっと俯いている飛鳥へと、帝は声をかける。
「……飛鳥」
「ひゃいっ」
上擦った声。びくりと跳ねた身体。そんな振る舞いひとつひとつが、やっぱりどうしようもなく愛おしくて。
「飛鳥。結婚しよう」
BGMが終わって次の曲に移り変わるまでの微かな静寂、帝のその言葉がはっきりと響いた。
「…………へ???」
(「間違えた。いや間違ってはないが」)
帝が視線を外して咳ばらいをする。
「……悪い、言い方が性急過ぎた。改めて言う」
それから視線を真っ直ぐ戻して。
「好きだ、飛鳥。ずっと前から」
しゃん、という鈴の音と共に、新たな音楽が始まりだした。
「さっきお前が言った言葉、全部そっくりそのまま返してやる。俺もお前が傍にいないなんて考えられない。だから、お前が俺の恋人になってほしい。家族のように、これからもずっと一緒にいてほしい」
「……ええと、それは」
呆気にとられたまんま、飛鳥がなんとか言葉を吐き出した。
「駄目か?」
「ミカ、それは、俺に話を合わせてくれとる、のとは違うん、よな?」
「ああ。嘘偽りない、俺自身の気持ちだ」
飛鳥はしばらく黙っていた。やがて大きな目が潤んで、ぽろぽろと大粒の涙を零し出した。
「……えっと、めっちゃ嬉しい。けど、めっちゃ混乱しとる。えっ、つまりミカは俺の事、恋愛感情として好いてくれとるって事やんな? で、それが嬉しいって事は、俺も、ミカと同じようにミカの事、恋愛として好きって事やんな?」
「――それを、俺に聞かれても」
「そうやんな……」
「でも、話を聞いていて、そうだったらいいなと思った」
帝の言葉を、飛鳥は小さく復唱した。それから自分の言葉で話し出した。
「……ミカの話聞いてて、すっごく嬉しかった」
「ああ」
「せやから多分、俺も同じ気持ち、なんやと、思う」
「つまり?」
「うー、云わなきゃあかん?」
唇をとがらせる飛鳥が可愛らしすぎて、やっぱりお化け屋敷の時のようにいじわるをしたくなる。
「聞きたい」
淡い桜色の髪よりも顔を真っ赤にして、飛鳥は云う。
「……俺も、おんなじ気持ちです。だから、付き合うて、ください……」
「ああ。いいぞ」
あえて、そんな素っ気ない返事を返す。
どんな飛鳥のお願い事も、そうやって受け止めて来たように。
そうして帝は席を立って、飛鳥の隣の席に移った。縮こまってしまった飛鳥の肩に、そっと腕を回す。
「こうやって同じ景色を二人で見て行こうな」
「ふは。折角の景色、涙でなーんも見えへん」
飛鳥は笑った、帝も楽しそうに息を吐いた。
「俺も眼鏡が曇ってよく見えない」
眼鏡を外して曇りを拭いた帝が目を細めた。
「残念ながら、もう殆ど地上で見るのと変わらない高さだ」
「間ァ悪! もう一周する?」
抱きしめた飛鳥がけらけらと身体を揺らすのがくすぐったくて、心地好かった。こんなふうにくっついてたのは、本当に子どもの時以来かも知れない。
飛鳥を全身でたっぷり堪能しつつ、帝が目線だけを外に向ける。視界の下の方に観覧車に並ぶ人たちの列が見えた。
「さっきよりも混んでるぞ。一時間……いや九十分は並びそうだな」
「どないしよ。覚悟して並ぶ? それとも諦めて徒歩で見る?」
「飛鳥の好きな方でいいぞ」
「まーたそうやって」
「いや。飛鳥の好きな方が、俺の好きな方だ」
ぼんっと爆発でもしたかのように真っ赤になる飛鳥を見て、帝が肩を揺らした。
●
結局、二人は観覧車にもう一度乗る事はせず、地上からゆっくりとイルミネーションを堪能することにした。
星が瞬くように色を変えていく大きなクリスマスツリー。雪景色のように白く輝く街路樹。立体的で本物そっくりな、トナカイの牽引するソリとサンタクロース。
どちらともなく手をつなぐと、飛鳥が「子供の頃に戻ったみたいやんな」と笑った。それでふと、以前に見た夢を思い出した。
小さい頃の自分がミカと離れたくないと駄々をこねて、子どもなりにずっと一緒にいる方法を一生懸命考えた結果、「ミカと結婚する」と口走ったというものだ。
あのおかしな夢は、自分の願望が知らんうちに現れていたのかも知れへんな。そう飛鳥は納得した。まさかあれが本当にあった出来事で、帝はその言葉をずっと大切に覚えていたからこそついああ云ってしまった、というのは、まだ気が付いていなかった。
そしてそんな事は、最早帝にとってもどうでもいいのだ。だって一番望んでいたものは、もう手に入ったのだから。
「ほんまにキレイやなあ」
「そうだな」
クリスマスツリーの光が、飛鳥の白い膚をさまざまな色に照らしていく。それがとても綺麗だと思ったから、帝はしみじみと頷くのだった。
楽しかった時は、やっぱりあっという間に過ぎて。
閉館のアナウンスぎりぎりまで遊園地を堪能した二人は、名残惜しそうな様子で遊園地を後にする。手は繋いだまま、飛鳥が何やら云いにくそうに切り出した。
「え~と、今だから言うんやけど……」
「? どうした?」
「前に、ミカが街で知らん女の人と二人で歩いとったの見たんや。あれ、誰なん?」
「女の人……?」
目をしばたかせ、帝は考え込んだ。男子校に通っている自分は女の人と話す機会などなかなかない。数少ない記憶を辿り寄せて、それで合点した。
「ああ。源のお姉さんのことか?」
「えっ、全の!?」
「たまたま源と一緒に会ってな。荷物が多くて大変そうだから手伝っていた時だと思う」
「なっ……なんやそれ~~!! はよ言うてや!!」
「いや、聞かれなかったし」
なんでまたそんな事を、なんて飛鳥を見やれば、ぷいっと全力で目を逸らされてしまった。
ここ最近、ずっと様子のおかしかった飛鳥。帝に恋人が出来たら一番傍にいられなくなると悩んでいた飛鳥。帝と歩いていた女性の存在を気にしていた飛鳥。はっはあ、と帝は肩を揺らした。
「……飛鳥、もしかして妬いたのか?」
「ハ!? そそそそんなこと…………あるけど」
最後の方は、ほとんど消え入りそうな小声だった。そんな微かなさざめきが、帝の心にはどこまでも大きな波となって届く。
――飛鳥は世界一かわいい。それは出逢って以来、片時も揺らぐ事のない、帝にとっての事実であり、この世の真理だ。
それにしたって、飛鳥がこの期に及んでまだ見た事もないくらい可愛い表情を見せてくれるなんて。
恋というのは恐ろしいものだ。これからは、心臓が何個あっても足りないかもしれない。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴