性能試験Case.EX Ver.2.0
無辜の人々を救うべく、サマエル・マーシャー(
電脳異端天使・f40407)はその場所に立った。
ごくありふれたプロレスリング会場の、中央に据えられたリング。
会場には、サマエルによる救われるべき人々が詰めかける。
「今日はどんな試合が観られるんだ!?」
「とにかく魅せて頂戴!」
ダークリーガーの影響によってダーク化した彼らが望むのはサマエルの敗北。
一刻も早く彼らを救うべく、サマエルはリングに立ったのだ。
リングの四方を囲う柵は、薔薇の蔦で出来ていた。変則的な金網とも言えるそれにさほど気を払うこともなく、サマエルは
対戦相手の登場を待つ。
「待たせてしまったようだね、僕のカワイ子ちゃんたち」
気障ったらしい声が響いて、そのダークリーガーは姿を見せる。
名は『美しきナルキッソス』。
自己愛に満ちた素振りすら様になるほどの美貌に、客席からは割れんばかりの歓声が響く。
ナルキッソスが観客に手を振るたび、黄色い声が湧いて鼻血が吹き荒れる。
そんな人々には目もくれず、サマエルは呟いた。
「パッチを適用――祝福は私にあります」
声に、ホロドレスがモザイク状にサマエルを包む。
肌の上から煌めきがこぼれると、サマエルはプロレスラースタイルに変化。
「やる気満々のようだね。それならボクも、手加減はしない」
いつの間に手にしたものか、ナルキッソスはサマエルに薔薇を差し出してウインクをひとつ。
「……」
無感動に薔薇を受け取った時、ゴングが鳴る。
戦いは始まった。
「早速だけど、決めさせて貰うよ」
ナルキッソスはすぐさまサマエルとの距離を詰め、その体を持ち上げる。そうする間に首と腿を掴まれた。
「はぁッ!!」
ナルキッソスは叫んで、サマエルの身体を持ち上げる。
仰向けに天井を向いたサマエルの身体は、ナルキッソスの肩の上。位置がズレたお姫様抱っことも言えるが、ここがプロレスリングの上だと考えれば、
アルゼンチン式背骨折りと呼ぶことが適切だろう。
「プロレスは魅せ物。キミはその踏み台なのさ」
ナルキッソスは囁きかける。
肩の上、サマエルの頭と脚は支えを失ってぶらりと揺れる。サマエルの脚側に立っていた観客からすればいささか刺激的な構図なのか、口笛を吹く音も聞こえた。
負荷が集中し、背骨が軋む。
体内で骨が鳴った。サマエルの身体を掲げ持ちながら、ナルキッソスは観客へ向けて胸を張る。
「どうだい? 僕の美しい技!」
呼びかけに歓声が湧き起こる。
このダークリーガーは、超人プロレスの中でも『魅せる』ことに特化した能力を持つらしい。
サマエルを床に叩きつければ決着もすぐに着きそうなものだが、ナルキッソスはそうしない。バックブリーカーを決めた体勢のままゆっくりと回転し、四方の観客へのサービスに努めている。
「顔がいい!!」
「筋肉が麗しい!」
声がかかるたび、ナルキッソスはウィンクし、胸筋をこれ見よがしにピクピク動かしたりもする。
ダーク化した観客、そしてダークリーガーであるナルキッソスにとって、サマエルはナルキッソスの美しさを示す踏み台でしかないのだろう。技を食らったサマエルに声をかける者はおらず、誰もサマエルには注目していない。
――だからこそ。
「ンッ!?」
突如、肩を掴まれて、ナルキッソスは声を上げる。
掴まれた肩に異常な冷たさを感じて、ナルキッソスは思わず膝をつく――手の拘束が緩んだ隙をついて、サマエルはナルキッソスから距離を取る。
「こっ……これは
……!?」
サマエルに掴まれた部分を押さえながら、ナルキッソスはサマエルを睨みつける。
謎の冷たい感覚のせいか、サマエルに触れられた肩の感覚はぽっかりと喪失している。肩を押さえる手の感覚はあるのに、押さえられている肩の感覚はないことは不気味で仕方なく、ナルキッソスはサマエルに叫ぶ。
「僕に何をした!?」
「薬物を注入しました」
静かな答えに、会場がざわめく。
「薬物を、ね……僕の美しさに嫉妬してしまったのかな? まあいい、何であっても勝つのは僕、そう! この――」
冷たい怒りを押し殺して口上を述べようとするナルキッソスを、サマエルは待たない。
「持ち上げます」
宣言が間近で聞こえた瞬間、ナルキッソスの体はサマエルに持ち上げられていた。
「なっ!?」
サマエルの細腕からは想像もつかない膂力に、会場は驚愕に包まれる。
だが、ヤコブ・スタイルを発動したサマエルの今の腕力は、設定インフレが極まった格ゲーキャラのものと等しい。
表情一つ変えずにナルキッソスを持ち上げたサマエルはそのまま跳躍。
空中で回転をかければ、サマエルとナルキッソスの髪色が混ざった竜巻が発生。
「天国まで堕とします」
竜巻の中で生じた声は、ナルキッソスにだけ届く。
腰をガッチリとホールドされたナルキッソスは頭が下を向いている。ぐんぐん迫る地面に息を呑んだ直後、ナルキッソスは頭から床に叩きつけられた。
「げぇっ!?」
濁った声を上げて落下するナルキッソスと、涼しい顔でナルキッソスに
技を仕掛けたサマエル。
美を誇るナルキッソスにとって、顔面を傷付けられることはどれほどの屈辱か。
顔面を床につけたまま動けずにいるナルキッソスに、レフェリーが駆けつける。
「ワン!」
カウントを始めるレフェリーだが、
「3カウントも必要ありません」
言い捨てて、サマエルはナルキッソスの背中に馬乗りに。
いつの間に取り出したものか、サマエルの手には包帯が握られている。
包帯がナルキッソスの首に掛けられる――包帯の両端を引っ張れば、ダメージに赤らんだ顔が観客の目に晒される。
「う、美しくない!」
ナルキッソスの影響下でダーク化した観客にとって、超人プロレスの良し悪しは美しさにかかっているのだろう。
マウントを取ったサマエルが包帯を引けば引くほど、ナルキッソスの顔は歪んでいく……ナルキッソスはサマエルから逃げようともがくが、サマエルは同時に両足で関節をキメており、もがいたところで逃げ場はない。
「――――!」
完全に落ちたナルキッソスが、バタリとリング中央に突っ伏す。
ダーク化が解けた観客たちは、しかし、
勝者を讃えることも忘れて沈黙していた。
魅せるスタイルで戦うナルキッソスと、サマエルの戦い方は対極。
観客からの見え方、見せ場を作ることも考えず、ただ敵にダメージを与えることにのみ注力したサマエルの戦い方は、あまりにも武骨。
ここがアスリートアースでなかったら、きっとナルキッソスの命は亡かっただろう――サマエルのバトルスタイルからそう感じて、観客は物も言えない。
「性能試験、完了」
呟くサマエルは、観客たちの想いを読み取らない。
この勝利こそが彼らの
救済だと信じて、サマエルはその場を後にした。
成功
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