レヴィア・イエローローズ
【鹿の盟約】
ガーター騎士団のイングランド……クロックワーク・ヴィクトリアの本土にて建造されている秘密基地にて、エドワルダと共にイエローローズ王国の代表として、ガーター騎士団とイエローローズ王国のシカ達の反クロックワーク・ヴィクトリア勢力同士の盟約を結ぶ式典よ
わたくしの副官にはイエローローズ王国の統合幕寮長のフランシス(階梯4 30代後半の若き軍令のエリート。イエローローズ王国の平民出身。イエローローズ王国陥落時にて最後まで戦い、撤退に成功した)を連れて会談につくわ
『ご機嫌よう。今日という日を待っていたわ』
シカにとってクロックワーク・ヴィクトリアは領土を奪った憎き敵
そしてイエローローズ王国とガーター騎士団は、シカの反抗勢力同士……
わたくし達の敵は同じ、そしてクロックワーク・ヴィクトリアと同じ超大国はわたくし達の敵
よって、イエローローズ王国とガーター騎士団はここにクロックワーク・ヴィクトリアを始めとした超大国に対抗するべく、盟約を結ぶわ
同じクロックワーク・ヴィクトリアに、超大国に抗うシカとして――『六番目の猟兵』として、遍く不条理を打ち砕くべく両組織の協力を以て、各超大国の策謀を打ち砕くべく連携を
『そして、シカ達を含めた獣人達の『叫び』を代行しましょう!』
そしてすべてが終わった後、違いの復興を支援し合う条約も結ぼうと思うわ
盟約が結ばれ、一旦イングランドからわたくし達が撤退して安全圏フランスやイタリアにてガーター騎士団とイエローローズ王国が盟約を結んだことを改めて正式に式典を披露する
百年にも渡る世界大戦が続く世界、獣人戦線。
グレートブリテン島の南部一帯であるイングランドは、巨大王国クロックワーク・ヴィクトリアの支配圏に置かれていた。民は圧政に喘ぎ、理不尽な武力と絶対的な権力に財産を、土地を、家族を奪われる。この世界中で百年の間ずっと繰り返されてきた光景だ。
だが人々の全てが支配を甘んじて受け入れた訳ではない。強大な抑圧に対してはいつも必ず抗力が生じるものだ。
ガーター騎士団――エドワルダ・ウッドストック(金雀枝の黒太子・f39970)が事実上の指導者を担う騎士団もまた、押し付けられた運命に反逆する刃のひとつである。
クロックワーク・ヴィクトリアを挫くべく建設されたガーター騎士団の秘密基地。大胆不敵にも敵の支配圏に居座り、巨大王国の動向をつぶさに観察し続けているこの基地には、今日に限って戦闘時と異なる緊迫した空気が降りていた。
「お待ちしておりましたわ」
基地の正面玄関口に立つエドワルダが口許を綻ばせる。吹き込む風に琥珀色の髪がなびいた。黒のマントに黒の戦闘装束を纏った出で立ちからして、この場に立つ理由が馴れ合いの社交辞令などでは無いという事を示している。
傍らに控えるガーター騎士団副団長補佐のジョアン・ケントも同様だった。携えた狙撃銃は撃鉄を起こす気配さえ伺えないものの、黙してデアボリカスナイパーだと語っているようでもあった。艷やかな金の髪をクラウンブレイドに纏めているからだろうか。21歳のエドワルダと見比べて2歳ほど年上に見えなくもない。
「ご機嫌よう、エドワルダ」
対面するレヴィア・イエローローズ(亡国の黄薔薇姫・f39891)もエドワルダと同じ笑みを口許に作った。双方の間の空気は慣れ親しんだ間柄のそれであったが、白亜の軍服の装いが醸し出す気配からは明確な来訪の意図が感じ取れる。統合幕寮長を連れているとなれば尚更だ。
レヴィアの副官を務めるフランシスは、まさしく腹心であった。30代後半にして若々しい精気が漲る顔立ちは、実に軍令のエリートらしい。元は平民出身だったなどとは言われでもしない限り気付かないだろう。
イエローローズ王国が陥落した際には最後まで戦い、レヴィアと共に撤退に成功。今日に至るまで片腕としてレヴィアを支え続けている。
フランシスのように、人には生きて成さねばならぬ事がある。生きている者にしか成せぬ事がある。
レヴィアにはイエローローズ王国に託された責務が。
エドワルダには父にして騎士団長であるエドワード・プランタジネット三世が遺した誇りが。
鹿の戦姫と騎士がこの場に居合わせたのは、生きてそれらを成す為だ。
「ではレヴィア、こちらへ。既に手筈は済ませてありますわ」
エドワルダとジョアンが玄関口から奥へと続く通路へレヴィアを誘う。
「ええ」
レヴィアが浅く頷いて歩き出す。エドワルダと肩を並べて進む二人の後にフランシスとジョアンが続いた。
エドワルダとレヴィアの足の運びに淀みは無く、目は向かう先だけを見ている。つまりはエドワルダが言う通り、既に段取りが完了しているのだ。
「……今日という日を待っていたわ」
レヴィアが顔の向きを変えずに言う。
「わたくしもです」
エドワルダも同様に応じた。
二人の思う先は同じ。討ち倒すべき巨悪も同じ。そしてイングランドの各地にもまた同じ志を持つ者達が少なからず存在する。その者達を束ねて巨大な矢と成し、自身が鏃となる――確たる目的意思を内に秘め、二人は同じ道を歩き続けた。
ガーター騎士団の秘密基地には相応の規模の会議室が存在する。
内装は豪華絢爛とまではいかないかも知れないが、飾り過ぎない西欧系文化の作りで、式典の類の場面にも十分耐え得る趣だ。
「――ここに、ガーター騎士団とイエローローズ王国は、クロックワーク・ヴィクトリアに対抗する為の軍事、経済、その他あらゆる分野における相互協力関係の条約締結に調印した事を表明致しますわ」
椅子に腰を据えたエドワルダが、大衆受けする微笑みを添えて膝の上に乗せた調印書を提示した。
「この調印はガーター騎士団エドワルダ・ウッドストック、並びにイエローローズ王国レヴィア・イエローローズの署名の元に即日施行され、効力を発揮します」
隣席に座るレヴィアも同じだった。取り囲む記者達が一斉にカメラのシャッターを落とす。中継映像も回っている事だろう。
「ガーター騎士団とイエローローズ王国がこうして対談できたこと、共に進む為の第一歩を踏み出せた事は、クロックワーク・ヴィクトリアに対抗する上で、大きな意味を持つ好機と言えるでしょう」
エドワルダはシャッター音が落ち着くのを待ってから口を開いた。語り口は説いて聞かせるように穏やかだった。
「シカにとってクロックワーク・ヴィクトリアは領土を奪った許し難き敵。そしてイエローローズ王国とガーター騎士団は、シカの反抗勢力同士……わたくし達の敵は同じ、そしてクロックワーク・ヴィクトリアと同じ超大国はわたくし達の敵……」
後を引き取るレヴィアの声音は力強い。
「よって、イエローローズ王国とガーター騎士団が討つべき巨悪はクロックワーク・ヴィクトリアのみにあらず。此度の調印は、理不尽を強いる全ての超大国へ対抗する事を目的とした盟約です」
言葉が帯びた熱に煽動されるかの如く、今一度シャッターを切る音が激しく瞬く。
「わたくしたちは、獣人戦線。シカを、そして獣人たちを殺戮する超大国群に抗い続けます。抗う意思がある限り、わたくしたちが屈することは決してありません」
エドワルダの発した声音は大きく張り上げたものではない。されども一節一節に籠められた言葉という力は強く、重く、決意に満ちていた。
エドワルダとレヴィアが共に席から立ち上がり、調印書を交換し合った。そして席の隣に立っていたジョアンとフランシスが一歩前に出て、それぞれに仕える騎士と戦姫から調印書を受け取る。
「かのオブリビオンたちの侵略に立ち向かうべく、国家と種族の垣根を越えて、共に戦うことを誓います」
エドワルダが右手を差し出す。
「同じクロックワーク・ヴィクトリアに、超大国に抗うシカとして――六番目の猟兵として、遍く不条理を打ち砕くべく、共に戦うことを誓います。そして、全ての獣人達の叫びを挙げましょう!」
レヴィアの右手がエドワルダの右手を取る。互いに視線を交わし合った後に浅く頷き、首を衆人の記者達へと向けた。
調印書を抱えるジョアンとフランシスが前に出る。固く手を握り合うエドワルダとレヴィアの横に並んだ。雌鹿の二人は自身に向かうカメラのレンズを介し、数多の民に眼差しで訴える。
巨大な悪意に抗う者達よ、理不尽に踏み潰される者達よ、力無き者達よ、あなたもわたしも独りではない。いまは個人が小さな火に過ぎずとも、やがて遍く邪悪を飲み込む炎となる。わたし達が始まりの火の薪となろう。そして暗い時代に光を灯し、冷たい大地に熱を吹き込む篝火となろう――。
レヴィアとエドワルダの嘶きは、あらゆる報道媒体で世界各地に伝播した。握手を交わすイエローローズ王国の戦姫とガーター騎士団の団長代行の姿は、市井の目にどう映ったのだろうか? 市井の心に何を残したのだろうか?
『――ですが、超大国を討って終わりではありません。わたくし達はその先を生きなければならないのです』
イングランドの何処かにある反クロックワーク・ヴィクトリア勢力の前哨基地。草臥れた兵士達が齧り付くテレビ画面の中では、エドワルダが記者達の一人一人に目を配りながら演説を続けている。
『その先の未来を生きること。これもわたくし達の戦いなのです。誰もが安心して眠りにつき、希望と共に朝を迎える……ありふれた日常を勝ち取るべく、戦後の復興という戦いにおいても、イエローローズ王国とガーター騎士団は共に手を携えて戦い抜く事を宣言します』
ありふれた日常を勝ち取る……レヴィアの言葉を兵士達は無意識に反芻していた。
「そういやそうだったな……」
誰かが呟きを溢す。
『今日を戦い、明日を生き抜くこと。それが幾多の死者の上に立ち、今を生きているわたくし達ひとりひとりの責務であると信じます』
兵士達がエドワルダの身上をどこまで知っていたかは定かではない。だが実父を亡くし、尚も戦い続ける彼女の言葉には確かな重みがあった。
国を失ったレヴィアにしてもそうだ。折れてしまいそうな――或いは既に折れてしまっているかも知れない心を軸に、傷だらけの身体を支えて戦い続けている。同じように戦い続ける兵士達にとって、二人の言葉のどれもが鳩尾に深く重くのしかかるようだった。
「もう戦後を見てるたぁな……」
微かな失笑が漏れる。
「いいんじゃない? 目標があって」
他人事めいた口振りに「違いねぇ」と誰かが返した。
目標……何のために戦うのか……永らく忘れていた気がする。或いは諦めていた気がする。
長過ぎる戦乱の時代は、人々の記憶から希望という光を消し去ってしまった。
人は希望無くして生きていけない。だがどんな希望もクロックワーク・ヴィクトリアに、超大国にすり潰されてしまう。
届かぬ希望など見えない方がいい。心をへし折られてより深く絶望するだけだから。
だが、二人の雌鹿は諦めなかった。
ガーター騎士団のエドワルダ・ウッドストック。
イエローローズ王国のレヴィア・イエローローズ。
今も流れ続けている中継映像で、彼女達は幾千幾万の市井に向かって雄弁に語っている。
身振り、声音、眼差し、それらには確固たる思惟と熱が在った。伝承の中のはじまりの猟兵も、彼女達のように超大国に敢然と立ち向かい、共に戦う者達にユーベルコードを……力を授けたのだろうか。
エドワルダとレヴィアの声に乗った熱が耳朶に吹き込まれ、血管を伝って身体中を巡る。やがて胸の真ん中に集束すると、煤けて冷えた炉の中に入り込んだ。
いつしか兵士達は拳を硬く握っていた。
「ま……騎士様と戦姫様がこう喧伝されてらっしゃるんだ。もう暫く踏ん張ってやるのも悪くないな」
「かもね」
炉に灯った小さな火が、心臓のように脈動する。脈動の度に火は強く大きく育ち、やがて炉が火の鱗片を噴き出し始める。
生きろ。戦え。抗え。
草臥れて動くのを止めようとしていた身体に熱が滾る。
レヴィアとエドワルダが灯した火は、各地の凍えた炉に火を付けた。
その火は希望であったかのも知れない。闘志であったのかも知れない。怒りであったのかも知れない。
だがいずれの火も、獣人達の生存本能を呼び醒まし、生きる為に抗う熱を吹き込んだ。百年の戦いの向こう岸に辿り着くべき場所を照らして。
イングランドの地に火が染み渡る。紙を焼き溶かすように少しずつゆっくりと。やがて火は凍て付いた土地を温め、邪悪を燃やし尽くす炎となるのだろう。
調印式を終えて数日後、エドワルダはレヴィアと共に海路でフランス圏内を訪れていた。甲板に立つ彼女達の後ろにはジョアンとフランシスの姿も見て取れる。ガーター騎士団とイエローローズ王国の間に結ばれた盟約を広める式典を行う為の来訪だった。
「これは……」
エドワルダが手摺りを掴んで身をのりだした。琥珀色の長髪が潮風に流れる。
「わたくし達の意志は、伝わってくれたようね」
レヴィアは乱れる金髪が打つ顔を手で庇う。二人の目の向かう先にはこれから船が横付けする為の埠頭があった。
埠頭を埋め尽くしているのは民衆。埠頭だけに留まらず港湾施設にまで溢れ出ている。前に出ようとする民衆を港の警護員達が身体を張って抑えていた。
波濤の音や海鳥の鳴き声を押し除けて民衆の叫びが聞こえる。イエローローズ王国とガーター騎士団、レヴィアとエドワルダの名を呼ぶ叫びだった。
「ですが、これからですわね」
自身に向けられたエドワルダの顔に気付き、レヴィアは眼差しを交わらせながら頷く。
「ええ、灯った火を……もう二度と絶やさないためにも」
二人が口許に慣れ親しんだ間柄の笑みを浮かべる。しかし瞳に湛えた思惟の色は固い決意に満ちていた。
生きて戦い抗い続けろ。それが幾多の死者を踏み越え、今を生きる自分達が成すべき事なのだと。
蒼天の空の下、イエローローズ王国とガーター騎士団の旗が潮風を受けて波打っていた。
成功
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