「アルフレッド……貴様と私、どちらが上か白黒を付けるぞ」
女はその灼ける様な赤い瞳に対抗心を籠め男を睨む。
「姉御……俺に勝てるとでも……?」
男もまた、対照的に青い瞳に自信と自負を宿らせて見返す。
ならば最早言葉は不要、後はただ雌雄を決するのみ。二人を勝者と敗者に別つ、残酷で熱い一戦。
「はい、ポイ5枚ずつね。重ねるのは禁止だよ」
そして見届け人は屋台のオヤジ。
……つまりまあ、金魚すくいである。
「だから金魚すくいじゃ姉御に勝ち目はないって! だって俺、魚類だぜ?」
笑う偉丈夫、アルフレッド・モトロは海産系キマイラだ。その容姿は確かにエイを思わせるが、それ金魚すくいの腕前と関係あるかなあ……
「とは言え惨敗過ぎる。まあ、当初の目的である乱獲は果たされたのだが……」
袋の中には数匹の金魚。ちなみに10割アルフレッドの釣果である。
その言葉通り、自室に最近水槽を設置した女……桜田・鳥獣戯画が、水槽の中に一匹しかいない金魚の為に何匹か仲間を連れ帰ろうと考えたのが切っ掛けで。
「だが悔しいので勝ち逃げは許さんぞアルフレッド!」
なのに何でバトルに発展したのか。それは二人の関係性のせいだ。
「望む所だ姉御! じゃあ今度は射的で勝負しようぜ!」
見よこのテンション。そしてよっしゃあと屋台に突撃する息の合いっぷり。何だこいつら男子中学生か?
でも実際にはいい年した大人なのだ。関係は……腐れ縁? 盟友? いいや、それも勿論間違いではないが、しかし矢張り全然足りない。
「この線からはみ出さえしなければ良いのだな? よし少し待て関節を外しリーチを伸ばす!」
アルフレッドは姉御と慕う彼女を異性として意識し、その内に恋心を秘め。けれど猟兵として戦場で背中を預け合う今の仲を尊ぶが故、その絆に水を差すのではと言う後ろめたさから思いを打ち明けられずにいる。
「待って姉御それはちょっと待って!?」
一方の鳥獣戯画は年下のオトコノコである彼の、その面倒見の良さと自分を許容してくれる懐の大きさに安らぎを感じている。また、互いに旅団の団長同士、立場上の気兼ねが出てしまい得る団員の仲間とは出来ない話が出来る事もまた、二人の時間の気安さに繋がっているのだろう。
「そう言えば確か貴様の部屋にも金太郎という名の金魚が居るのだろう? 一匹位同居人として連れ帰ってやってはどうだ」
だから今回の秋祭りデートに限った話では無く、二人が連れ立って食事や遊びに行くのはしょっちゅうの事なのだ。例えば丁度今鳥獣戯画が振った話とて、以前のお出掛けで聞いた事である。
「次は輪投げ? ……ふふ、俺の無駄に培われた投擲技術の見せ所だな!」
けれど二人の調子はずっとこれだ。
いや、最初の内は祭特有のグルメを楽しんだり、仲睦まじく屋台遊びに興じていたりもしたのだけれど……気付けばやがてスコアを競いだし、まるで男児のように遊び倒しはじめ……
「馬鹿を言うなアルフレッド、貴様を形作る要素に無駄なものなど何一つない! その面白い眉毛とか! ……実は尻尾も気になっている。見て良い?」
今ではご覧の有様である。
そもそも二人の格好からしてラフなのだ。背中に大熊猫が荒ぶるスカジャンにデニムパンツを着こなす外出着の鳥獣戯画。それと合わせる様に無難なカジュアルスタイルのアルフレッド。……良く言えば気の置けない関係の表れだが、デートルックかと言うと微妙だろう。
「待って姉御近い顔近い! そんな近づけたら……」
いや、注視すれば男の方には気合が見えるかも知れない。フード付きトレーナーに黒の革ジャン姿は実際シックで様になっている。露出を避けているのは己が身の傷痕を衆目に晒さない為だが、それもある意味デート環境への配慮だ。
「ぬわーーっっ!! 火が燃え移った!」
「姉御ー!?」
気炎万丈に武張り脳筋と評されるアルフレッドだが、別に色恋に無関心な訳ではなく、寧ろ恋愛観は年相応か少し若い。毎度のデートに誘うのは彼の方で、その内には関係を進める事に前向きな感情も確かにある。
まあその癖、毎回しこたま楽しみつつも恋愛の進展はほぼ無く、帰ってから「また普通に遊んじまったな」と一人反省会でしんみりして居るのだけれど。
「ふははは掛かったな冗談だ!」
「姉御―!!」
しかし本当に仲良いな君ら。
いや、結局の所これが原因なのだ。組織の長として、率いる仲間達に気兼ねしている面もあるのだろうけれど。しかしそれは当の団員達に聞けば「そんな事を気にするな!?」「もう付き合っちゃえよ
!!!」「はよ引っ付け! ……いややっぱまだ引っ付くな」等の(生)温かいコメントが殺到する事は想像に難くない。それは二人だって薄々分かって居る筈。
だから本当の問題はきっと。
「お、はしまきの屋台があるぞ」
楽しすぎるからだ。
「ハシマキって何? 海苔巻の亜種?」
鳥獣戯画とアルフレッド、二人で祭で遊ぶ事が楽しすぎる。
他愛無いお喋りをして笑い合うこの時間が楽しすぎる。
このままで良いんじゃないかと思ってしまう位に。
異性として魅力は感じている。それはきっとお互いにそうで。なのに口には出す事はないのも、そう。
「だが、いつか」
その感情が手の届かぬまで所迄溢れることがあるならば……その時は。
女は男を見ていた。そもそも見ているからこそ、眉の形や蒼炎燃える尾に気が行く。
「……ん? あっ姉御ごめんボーっとしてた」
男も女を見ていた。そのさり気ない表情や仕草に思わずドキッとする。或いは初めてのはしまきに苦戦する自分を見る、その笑顔につい見惚れてしまう位には。
「あっ、ひょっとして顔にソースか青海苔ついてる!? どこ!?」
そっと自分の顔に伸ばされた鳥獣戯画の手に、早合点をしたアルフレッドが慌て出した。
己の顔を検める男を前に、女の顔は何故かより思案気で真剣な目になる。
「……姉……御?」
そこからはもう何も言えなくて。
手が、その頬に触れるか触れないかの距離まで近付いて。
「アルフレッド……そういやこれ耳? エラ?」
女は男の顔側面の黒い器官を見ていた。
……おい。おい!
「姉御……」
「ふはははまたも掛かったな! 射的と輪投げのリベンジだ!」
それも負けたんだと言うツッコミはさて置き、呵呵と笑う鳥獣戯画にアルフレッドはガックリ肩を落として……それからふと気付く。
あれ? じゃあ、今わざと?
慌てて顔を上げた目に映る笑顔。不敵で尊大で肉食で、何処か悪戯な輝きを見せるその顔。
「『姉御』か……なあ、アルフレッド。私は年齢差は実は、あまり気にしていない」
流れからすれば、それは敬称である姉御呼びの話だろう。
少なくともアルフレッドからすればそう解釈するのが自然だ。彼は鳥獣戯画の内心の『彼も成年男性。自分ほど年の離れた小姑がそばにいては彼女もできんだろうし、一定の距離は保っておこう』等と言う的外れ極まりない考え等知る由も無いのだ。
まして彼女はそう思いながら、思って居るだけで全然そうはしていない。今もまた、伸ばしたままの手の指先が男の顔に触れそうでギリギリ触れない所にある様に。
こんなにも近い距離、けれど触れはしない距離。
互いを隔てる僅かな空間を跨ぎ、その熱だけが伝わり合う。もどかしくも何より近しい。
「別に、名前で呼んでも構わんのだぞ?」
そんな距離の先で、女が笑う。
それで、男は……
成功
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