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#サムライエンパイア #ノベル #猟兵達の秋祭り2023

ヴァシリッサ・フロレスク



クロム・エルフェルト



百海・胡麦




「ん、おじさん。久しいね、変わりは無い?」
「おや……あんたは、いつぞやの狐の嬢ちゃん!」

 積み重なった時間、己が遺した結果。そして、交わった縁。目まぐるしく変化していく中で、それらは決して消え去ることはない。
 
 未だ新酒の時候には未だ早いと風は告げているけれど。
 ――縁が出来た地で祭りが有る。そう聞いてしまえば、誰が無視していられよう。
 
 なら今一度、それらを振り返り、変わった者たちと共に味わい尽くすこともまた、愉しみだろう。
 
 
「嗚呼、この場所がいいんじゃないかい」
 所はサムライエンパイア。
 米と、水と、それらの恵みを受けた酒が有名な村である。
 時期となれば村総出で歳の酒の出来高を見定める祭りが催される。かつてはそれを狙った不届き者もいたものだが、猟兵達の活躍によって収められ、今は平和そのものだ。
 その一角、見晴らしの良い川辺を指差し、百海・胡麦(遺失物取扱・f31137)は連れ合いを呼び止めた。
「此処なら多少騒いでも誰にも迷惑をかけやしない。景色もきっと、ようく見えるだろう」
「あァ違いない。さっすがムギ姐。いつもながらよく気付きなさる!」
 ぐるりと付近を見回し、機嫌良く相槌を打つのはヴァシリッサ・フロレスク(浄火の血胤(自称)・f09894)だ。
 以前この村の大祭を巡ったことを思い出しながら、二人は宴の用意を始める。
 あの時は二人で語らいながら飲み、遊び。そして戦った。けれど同じ場には、他に多くの猟兵達がいたことも知っている。
「きっと、お師匠サマも気に入るだろうよ。今宵の宴は盛況サ♪」
 今宵はの一人、奇しくも縁結ぶことが叶った同胞を交えて。
 暫しの語らい。を廻ろうと謂う噺である。
 
 
「二人とも、こっち」
 宴の場所取りを終え、久方ぶりの村の中心へとやってきた二人の気配に気付き、クロム・エルフェルト(縮地灼閃の剣狐・f09031)の狐耳がぴこりと上がる。
「クロム殿、待たせてすまなかったね」
「大丈夫。軽く村の中を回っていたから」
 ついでに、とクロムは馴染みの店主から聞いた話と、自身が見てきた村内の様子を二人に話す。
「大祭はまだ少しだけれど、出店は多く出ているみたい」
「フフッ♪ 何時でも何処行ッても御祭禮ッてヤツはやッぱアガるねェ♪」
 どこの世界でも、如何なる時に置いても祭りというものはハレの日で、心を浮き立たせる。ましてや、とヴァシリッサは自身の両脇を見遣り、にやりと口の端を吊り上げた。
「ときに、こンなステキな別嬪サン達とご一緒デキると来りゃァ尚更、ネ?」
「別嬪?」
「確かに。愛い華やかな装い――着こなしも優雅ですね」
 先導して歩くクロムは白地に水紋の中を金魚が泳ぐ浴衣姿。質素ではあるが涼やかな色合いのそれは、雅やかさを醸し出している。
「ん……リサも百海殿も凛とした美しさ」
 なるほど、と後に続く胡麦の言葉にクロムは得心が言ったように頷いた。
 自分とは対照的に、二人は同じ和の風合いを持ちつつも力強い粋な装いである。まさに傾く、といった言葉ぴったりな豪奢な着物は、見るものの目を惹く艶やかさがある。
「華やか、という言葉が相応……見ているだけで胸が弾んでくる」
 合っているようで、微妙にずれたクロムの同意に、二人はは同時に顔を見合わせる。そしてすぐに、噴き出した。
「今の言葉は、クロム殿を指していたのだけれど。――清廉な出で立ち、蒼の瞳がよう映える」
「んっ? 私も? そう……かな?」
 真向から称賛を受け、クロムの顔が微かに熱を帯びる。目の前の美形二人に褒められて悪い気などしなかった。豊かな金色の尾が、上機嫌にふうわりと揺れる。
「ッと、モチロン美味い酒も忘れちゃイケないけどサ♪」
 せっかくの宴を前にして立ち話は野暮というもの。
 まずは今宵の主賓を求めるべく、三人は屋台へと繰り出していった。



 あの時には一人と、二人。けれど今は三人肩を並べて。
 それだけで、見える景色はうんと変わって、妖狐の尾は休む間もなく弾み揺れ動く。
 綿菓子、水飴と甘い菓子も良いけれど。矢張りまずは此処、とクロムが導くのは、目を付けていた馴染みの酒処であった。
「揃ってから買おうと思っていたんだ……折角の一品が溶けてしまっては勿体ないから」
 そう言って差し出された容器の中には、薄く削られた氷の山。
「これは、かき氷?」
「そう。……でもこれは、少し特別」
 上からかけられた蜜は無色透明。はて、何が特別なのだろうかと顔を近づければ、ふわりと心惹かれる酒精の香りが胡麦の鼻孔を擽った。
「嗚呼、これは……蜜の代わりに酒をかけた氷菓子だね」
「Hm? 酒onかき氷だッて? A-Ha♪ そりゃ間違いないねェ♪」
 道理で馴染みのある香りだとヴァシリッサが歓声を上げる。異色と言えば異色の組み合わせではあるが、これも返って趣深いと言うもの。ましてや、酒の風味と味をよく識る者が選ぶのであればその味もお墨付きというものだ。
「本当は、お土産にもしたかったのだけれど……流石にこれは無理だから」
 きっと見せれば物珍しさも相まって喜んでもらえただろうにとら思うも。出来ないことは致し方なし。
「じゃあ土産は別のものを選ぼうか。丁度アタシも、見繕いたいものがあったんだ」
 氷と酒を口に含みながら胡麦が提案すれば、そこからは暫し、品定めの一時が始まった。
 大切な同胞に、愛しいひとに。思い遣る先はいくらでも。
 彼の人が喜ぶ味はなにかしらと思考を巡らせ指を迷わせ、言葉を交わす時間も又、楽しいこと。
「これは……」
 クロムが吟味を重ねる横で胡麦が手に取ったものは、料理酒と、果実を漬ける為にと出された酒。聞けば、クセのない味が果実の旨味を引き立たせるのだという。
「よく聞くものは勿論、苔桃やガマズミもいいね。丁寧に仕込めばどれでも美味しく出来上がるよ」
 これなんかも、と魅せられた赤い実の彩に心が躍る。心向くままに誂えた、唯一無二の味。試してみたいと、いくつかの果実も一緒に見繕い、包んでもらった。
「随分沢山だねェ?」
「ふふ、左様。アタシはこの場ではひと足先に頂くけれど――欲張りなものでね」
 あの赤い実の名は、終ぞ教えて貰えなかったけれど。きっと、飲みくだす頃には知れているだろう、と。
 満足のいく買い物にそっと微笑んだ。
 

「っと、つまみを揃えるのをすっかり忘れちまったねェ」
「焼き鳥とか、焼きそばとか。味が濃いものがいいかな。それにあったお酒ももう少し――」
「お、だったらいいものがあるよ!」
 店主がどん、勢いよく出したのはひと抱え程もある甕。そこに貼られた札と、ここからでも香るかぐわしい酒の香りに三人の視線が集中する。
「――古酒。ふむ……!」

 店主の『とっておき』に舌鼓を打つのは、もう少し後の時間。


 ◆


「そォだ。この際、皆で愛称を決め合うのはどォだい♪」
 本格的な宴が始まって少し経った後。そんな提案を叩き出したのは、脂の乗った焼き鳥に齧りつくヴァシリッサからだった。
「愛称? どうして急に?」
「実はねェ――」
 訝し気なクロムに、ヴァシリッサはにやりと笑って以前の祭での思い出を語る。
 縁日を愉しむ中、浮かれた場に誘われるように、互いを愛称で呼び合うようになったのだと。
 あの頃はこの綽名も舌に馴染まずにいたけれど、今となってはもう。その音以外は浮かばぬ程となっていた。そんな大切な、思い出だ。
「特別な名で呼び合う。その分特別な縁ってェ奴だ。クロム様も是非、加わって頂きたく♪」
「ん、是非……!」
「アタシも乗った。クロム殿を特別と、呼んでみようじゃないか」
 斯くして酒の肴は暫し、互いの名付け合いとなる。
 ヴァシリッサと胡麦はクロムへ。返すクロムは胡麦へ。音を並べ、言葉を編み、相手にぴったりの言霊を探し当てる。
「クロム様は、そうだな。親しみを込めて、くぅチャン、なんてどうだい?」
「くぅちゃん? 随分かわいい音だ」
「フフッ♪ お師匠サマに失礼だッたかい? じゃ、おくぅサマ♪ なんて♪」
 どうだい? と問いかければ、クロムは耳をぴこぴこと動かしながら返事をする。
「……ん」
 気恥ずかしさはある。けれど、ほこりと温かく、耳になんとも心地良い。
「お気に召していただいたようで何ヨリ♪」
 感情豊かに揺れる耳と尻尾にヴァシリッサは思わず口元を綻ばせた。求道者として、剣鬼として。そして師としての彼女に、貌に確かに自分は惚れている。けれども、こうして時折見せる愛らしい一面もまた魅せられる。
「じゃあ胡麦は僭越ながら……」
 こほんと咳払いをして、今度はクロムから。居住まいを正し、唇を酒で湿らせて。その名を紡いだ。
「リサからの愛称がムギ姐と聞くから、私からはモモ姉と」
「モモ姉!?」
 予想外の響きに今度は胡麦が息詰めた。モモ姉、ももねぇ。ムギ姐と、モモ姉さん。
 二人から並べて呼ばれれば響きが揃う。なんだか二人が妹のように想えて――嬉しい。
「……駄目、かな?」
「ううん。好い……好いねっ」
 思いがけなくも好い巡り合わせに、喉の奥を震わせ、頷き答えた。
「ならばアタシは何が好いだろ」
 そして最後は胡麦から。くぅちゃんと来たのなら、くるるん、などは……いいや、思い切りが良すぎるだろうか。
 賢く懐が深く、相手を大切にする御仁。たとえ己がた変な時であっても、その優しさは決して消え去ることがない強さ。それを得る前に、きっと大変なことを幾度も越えて来たのだろう。
 けれど、年頃の女の子でもまた、在る。
 華やかで、愛らしい。どうせならそんな気持ちを全て込めてしまいたい。
 
 クロム。の音。九、玖――“久”。

「あ」
 と思わず声が漏れた。
「良いのが見つかったかィ?」
「ああ、リサちゃんのお陰で」
「な、何だィ急に!」
「いや? リサ殿だけ新しい名を貰えないし、折角、とね」
 
 囃そうとするヴァシリッサに戯れの呼び名を混じえる。強気な恰好いい人ではあるが、実は時々心配やさん。そんな自然な貴女で、また好い。
 そんな彼女が大切だと謂う人なのだから。
 胡麦はゆっくりと、こちらの呼びかけを待つクロムの眼を覗き込んだ。
 

「――久ノ嬢ひさのじょう

 くの、きゅうの、とも。
 音も綺麗で、クロムの“ク”にも少しだけ、形が似ていると思う。
 なんて語ってみせるのは恥ずかしいが、それでも伝えた。
「くのじょう――とても凛とした感じで好き。かも」
 久しい、の字。それ即ち『久遠』の久にも通じる。験担ぎにも良いだろう。
「ありがと、モモ姉。嬉しい」
 どういたしまして。お互い嬉しさやら気恥ずかしさやらではにかみあっていると。
 

 祝いだとでも謂うように、どん、と空に華が咲く。


「花火……!」
 そう言えば今夜はそんな趣向もあると聞いていた。
「Yeah!たーまやー!…ッてネ♪ ほら、おくぅサマ」
「か、かーぎやー」
束の間を経て上がる千紫万紅。火華が静寂を掻き消し、戸惑いながらも声を上げる師と仰ぐ狐の少女と、柔らかく見守る妖の友。
 “それ”が確かに在ることがどれだけ心安らぐことだろうか、
「さて――」
 そんな二人を見守り、胡麦はいつもの通りにゆるりと木椀に注いだ果実酒を味わう。うっすらと色付いた酒に花火が映り、きれいだ。
 それに――。
「花火を見れば、遊びとうなる」
 戯れを思いつき、すくりと立ち上がる。
「もう少し、華を添えようか。ええ、このように」
 いってふわりと。己の力から焔を生んで遊ばせた。
 湧いた光は虹の如く。空に浮かぶ大輪に負けじと色を次々と変えて、おまけに形までもを変えていく。くぐり、上り、まるで意思をもつ妖精のようだろう。
「……フフッ♪風流、だねェ♪ そーゆーの何処で覚えるンだい?」
「如何やって? 故郷じゃこんな悪戯ものが居ると伝えられてたの」
 UDCアースの西、小さな寒い泉と森の国。それが、彼女の識る光景で、“火遊び”である。
「おふたりは……花火に浮かぶのは何の風景ですか?」
「風景……」
 クロムの視界に、いつかの光景が重なる。
 遠い日、お師様――じいじの背に負われたみた見事な枝垂れ柳の花火。もう二度と逢うことはできないもの。
 なんて詳らかに語ってしまえば、見事な光景も湿気ってしまうだろうから。
「昔の、お師様との温かな思い出かな」
 それだけを答えた。
「お師匠と。忘れられませんね」
「うん……」
 微かに目を伏せて頷くクロムの顔を、炎の明りが照らす。
「アタシはね――」
 ヴァシリッサが口を開きかけ、そして止まる。
 天に咲く大輪。その明りに照らされる友の横顔。その光景が、如何に幸運であることを彼女達は知っている。
 間隙に、黙と暗幕に。脳裏にまた過る。戦火の残光、血で染まった自身の足跡。それは、終ぞ――。
 漏らしかけた言葉は形にならない。代わりに、心の裡に固く刻んだ。
(この焔の限り、もう、“アタシ”から光を奪わせやしない――)
 静かに想いを固めるヴァシリッサのかんばせは強い。
 隣にいたクロムはその覚悟に気付きそっと目を細めた。
 己が通づる、武士の其れと似通っているようで、異質な何か。彼女の過去はよく知らぬが、誰しも言えぬ古創が一つや二つは在るもの。
 クロムとて然り。何も口にはせぬが、屹度胡麦にも――。
 自分達は人よりは強い存在だろう。けれど、孤独は脆く、寂しいものだから。
(私の件が、彼女の救いになる日が来るのならば。疾く、馳せ参じよう――)
 彼女もまた言葉には出さないけれど、誓った。
「そう……」
 そんな想いを受け止めながら胡麦は微笑み頷いて、焔を躍らせる。
 決意も、思い出も、決して消えぬように。受け止めてやるように。
「ささ、お二人も如何?」
「えと……こう?」
 促されてれば見様見真似。クロムが掌を翳し炎を呼ぶが、出でたのはぽんと鈍い不発の音と煙だけ。元より、自身に妖狐として炎を操る力はないのだ。唯、刀に宿るモノから借り受けているだけで。故に彼女のそれは細かい調整には向かない――だけの筈。
「HAHA♪ くぅチャン、ダイジョーブかい? Ya、こーゆーのはサ。変に力んだりビビっちまうとダメなモンだろ? ほら、いっそこーやって景気よく!」
 掛け声とともに紅蓮の火は、天を衝かんばかりの勢いで上がる。
 この火は決して天から恵まれた物ではないけれど。いや無いからこそ、覚悟を決めた今宵に上げるこそ相応しい。
「わ、きれい……!」
「ふふ、リサ殿さっすが!」
 ああ、気持ちが好い。そんな言葉は、誰の口から先に出たのだろう。
 
 
 一つ。焔をいのちの源とする妖
 一つ。地獄の業火を、憤怒と絶望を燃やす血胤。
 一つ。己の性ではなく、刀から炎を借り受け振るう剣豪。

 
 三種三様、色彩いろ違いの炎が、天の大輪と合わせて舞う。
 
 祭りの夜。可憐に艶やかに、愛らしく咲く華々は、宴にいつまでも興じていたのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年11月04日


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