鬼河原探偵社狂騒曲
●其の名はエクストリーム借り物競争!
アスリートアースにおける秋の風物詩……それは運動会である。
今更言わなくたって、それは周知の事実であるし、アスリートたちにとっては春夏秋冬、毎月、毎日、一年間通してず~っとスポーツの季節なのである。
春はマラソン大会。夏は水泳大会。秋は運動会。冬はスキーにスノボ。
まあ、有り体に言ってしまえば、どんな言い訳だってつくのである。スポーツしない理由なんて何処にもない。
あるのはアスリートの魂と、其の魂の受け皿となる競技場だけなのである。
そして、今此処に開催されるはエクストリーム借り物競争である。
街一つを競技場として設定された徒競走! 今パルクールでよくね? と言った人は挙手しなさい。先生が根性注入してやるぁ!
……とまあ、そんな具合で街一つがレースコースとなった借り物競争。
それは毎月催される恒例行事であり、秋の風物詩であるが故に今回は優勝賞品として白米一年分が進呈されるのである。
そう、日々競技に専念するアスリートたちにとって、新米とはとってもありがたい賞品なのである。
新米のつるりとした舌触り!
芳しい香り!
炊き上げたお米の粒一つ一つが宝石のように輝いている姿なんて、それはもう垂涎の的でしかないのである。
それほどまでにアスリートアースにおけるアスリートたちにとって、白米一年分はとってもありがたいもなのであった。
だがしかし、これは借り物競争である。
ルールっちゃールールもあるのである。
「それがこの子! 我輩の愛猫にしてアスリート飼い猫である『ニャパン』! この子を捕まえてゴールに飛び込めば優勝なのであ~る!」
実行委員会の委員長らしき恰幅のよい男がマイクパフォーマンスをしているのを鬼河原・桔華(仏恥義理獄卒無頼・f29487)は見上げて不敵に笑う。
確かに彼女は、このエクストリーム借り物競争は初めて参加する。
だが、勝算は十分にあった。
いや、それどころか楽勝だろうとさえ思っていたのだ。
「なんだ、あの猫をとっ捕まえてゴールすりゃいいってことかい。楽勝じゃあないかい」
「確かに。これは俺たち猟兵同士のつぶしあいになるだろうな」
桔華の言葉にリコ・エンブラエル(鉄騎乗りの水先案内人・f23815)はパワードギアの上から見下ろして言う。
「高みの見物ってわけにはいかんだろうさ。ていうか、『それ』ありなのかい!?」
「実行委員会に問い合わせたが、装具の延長として認められたものだ。ルール違反じゃないのでな」
リコが駆るパワードギアは確かに凄まじい力を発揮する。
ロボットバトル競技『バトリング』の選手でもあった彼にとって、パワードギアは確かに手足の延長線であると言えただろう。
とは言え、少々ずっこいと感じる桔華を他所に飛・曉虎(大力無双の暴れん坊神将・f36077)はご機嫌そのものであった。
「ムハハ! 我輩と同じ一人称を使うとは生意気な! が、しかーし! 白米一年分とは剛毅にして太っ腹! その意気に免じて許してやろうではないか!」
そんな盛大な笑い声を挙げる彼女は、今回の優勝賞品をこそ望んでいる。
逆にリコが望んでいるのは優勝という名声のみだ。
こうも対象的な猟兵がいるというのもまた、このアスリートアースにおける超人競技の花であろう。
二人が静かな火花をちらしている最中、桔華はしかし気後れすることなどなかった。
彼女とて猟兵である。
そもそも彼女は大規模な昭和な暴走族チームを束ねていた
頭である。
「ハッ! そう意気込んでいられるのも今のうちだよ。賞品の米は私が貰うよ」
「余程自信があるように見受けられるが?」
「はん、私の事務所の名前を思い出すんだね。こちとらペット捜索経験たっぷりなんだよ」
「ムハハ! 今日は我輩が唯一恐れ、唯一重複せしめる兄者がいない! この我輩は本日、枷無き存在! そんな我輩に張り合おうなどと。怪我をするだけだぞ!」
そう言って笑う曉虎は、優勝賞品でもって普段から己を崇める悪童どもめらに腹一杯のメシを食らわしてやろうという甲斐性のみでやる気をみなぎらせているのだ。あれ? なんか良いやつっぽいぞ。
そんなスタート前から火花をちらしている三人を他所に八洲・百重(唸れ、ぽんぽこ殺法!・f39688)は一人意気込んでいた。
そう、彼女もまた白米一年分に釣られてエクストリーム借り物競争に参加を決めた猟兵の一人である。
曉虎がそうであったように、彼女もまた誰かのために戦うプロレスラーなのである。
プロレス団体『物怪プロレスリング』は地方巡業を生業としている未だメジャー団体ではないプロレスラー集団である。
だが、百重は地方から上京して門戸を叩いたあやかしの一人。確かに若輩者である。
「でも、おら、いっぺぇ、お世話になっている先輩方に腹いっぱいの銀シャリ食べてほしいんだべさ!」
気合十分である。
彼女はリング上では『ヤッシマー魔魅』のリングネームでパワーファイトを繰り広げる武闘派である。
彼女の強烈なパワーは、観客を魅了して止まないのだ。
ゆえに、彼女はこのエクストリーム借り物競争のスタート前から大変に注目株であったのだ。
そんな期待高まる中、伊武佐・秋水(Drifter of amnesia・f33176)はどうしたものかと思っていた。
いや、確かに彼女は鬼河原探偵社の居候である。
「恩義もある。仁義も心得ている。だが、これは……」
彼女は家主である桔華に無理矢理エントリーさせられた猟兵である。確かに猟兵であれば、アスリートアースの超人アスリートたちを相手取っても引けを取らぬ運動能力を発揮するだろう。
彼女たちが沿う感じたように、今回のエクストリーム借り物競争も楽勝であるとさえ思えっていた。
なのに、桔華はさらに確実性を高めるために秋水を巻き込んで優勝賞品ゲットのために借り出したのだ。
「いやはや、二手に分かれてエントリーとは」
桔華殿も本気だな、と秋水は半分呆れるままにスタートラインに立っている。
確かにアスリートたちも尋常ならざる鍛え方をしているのがわかるが、やはり猟兵の敵であるとは言えないだろう。
これは自分ががんばらなくても、桔華だけでどうにかなるのではないかと思うのだ。
そんなふうに思っているとスタートの空砲が鳴り響く。
オン・ユア・マークス、と掛け声が無かったことからもこれが緩い競技であると秋水は確信する。
「ならば、やることは一つでござるよ」
彼女は颯爽と借り物競争に飛び出す。
他のアスリートたちも駆け出し、『借り物』に指定されたアスリート猫『ニャパン』を追う。
しかし、秋水は颯爽と飛び出したはいいが、そのままアスリートたちの走りに紛れるようにして建物の影へと滑り込む。
そう、彼女サボるつもりである!
桔華が知れば、目の端釣り上げて怒るであろうが、そこはほら、日頃から探偵社の手伝いをしているように見せかけてサボり散らかしている彼女の技量である。
秋水はとってもサボり上手なのである。手伝っている振りが病的に上手いのである。
故に彼女は早々にコースを外れて、程よい場所にある公園へと向かい、休息という名のサボタージュに華を咲かせるのであった。
●ケルチューバー
ケルチューバー。
それは特務機関DIVIDEも認める動画配信サービスを行う者の総称である。
初めて聞いたんだけど!? という方もおられると思うので改めて説明させていただいている。
そのケルチューバーのプロデュースを担っているのが、ナノ・ナーノ(ナノナノなの・f41032)である。
彼がプロデュースするケルチューバー、ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・f40843)は、その見事に鍛えられた体躯でもって超人アスリート集団を切り裂くようにして駆け抜けていた。
「なるほどな。ナノの言っていた通り、この世界には凄まじい身体能力を持ったアスリートたちがごまんといる! これは期待できるな!」
ジークリットは結婚願望があるケルベロスである。
今回もナノのプロデュースに従って、このエクストリーム障害物競走に参加しているのだ。
けれど、彼女ほどの美女であれば引く手あまたであろうと思える。
実際、彼女の動画を見ている視聴者の中には、彼女に求婚する者だっている。だが、それでもジークリットは結婚していない。
いや、できていないのである。
何故か。
「いやー、理由は単純明快でしょ」
ライドキャリバー、真・シルバーブリット(真シルバーブリット・f41263)を駆りながらカメラをジークリットに向けるステラ・フォーサイス(帰ってきた嵐を呼ぶ風雲ガール・f40844)はしみじみとうなずく。
彼女とジークリットの付き合いは長い。
腐れ縁であると言ってもいいし、互いに悪友であると認めあっている幼馴染である。
そんなステラにとってジークリットが結婚できない理由は簡単なものであった。
そう、ジークリットは一族の掟に忠実だった。
無視してもいいのになってステラは思うのだが、ジークリットは実直に掟を守っているのである。
掟とは何か。
「馬鹿なことを。『最も強い男に嫁ぐ』! それが一族の掟であろう!」
ジークリットがステラに叫ぶ。
それ、とステラは半眼になる。結婚願望強いくせに、その掟のせいで誰もジークリットと結婚できあいのである。
悲劇である。
あまりにも強すぎるがゆえにジークリットは結婚できないのである。婚期を逃しまくっているしどうしようもないほどの女子力、かっこ物理な彼女は、今日も今日とて自分に勝利しうるお婿さんを探しているのだ。
「なの。でもそこがジークリットの良いところなの。結婚したいのになかなか結婚できない。それが一番よいところなの」
ナノの言い草もどうかなぁってシルバーブリットは思うのだが、しかし、これもお仕事である。
自分は走るジークリットを追いながら自分の背に乗るステラの補助をすること。
まあ、面白そうだからっていうのが一番の理由であるのだけれど。
「でも、あの猫スゴイね!」
「いや、ホント……アスリート猫って言ってたけど、限度あるでしょ!?」
ステラがカメラを向けた先にあったのは、並み居る超人アスリートたちの追撃をものともせず、それどころか飄々と躱して街中を駆け抜けるアスリート猫『ニャパン』の姿があったのだ。
「にゃんにゃーん」
あめぇぜ、とっつぁん! みたいなイントネーションで『ニャパン』が一鳴きして、超人アスリートたちを足蹴にして走り去っていくのだ。
「なるほど、やりますわね、あのお猫ちゃん! ですが、わたくしには及びませんことよ~!」
あ、パンしてドン。
カメラのフレームに突如として映り込んだのは、ヴィルトルート・ヘンシェル(機械兵お嬢様・f40812)であった。
彼女はケルチューバーとしてジークリットの先輩である。
「ヴィルトルート先輩か!」
「お嬢様と及びになって、ジークリット!」
「いや、どっちでもいいんじゃない? 先輩なのは間違いないんだし」
ステラの言葉にヴィルトルートはそういうもんじゃないと言わんばかりにぷんすこしている。
「いや、だがどうして先輩が此処にいる?」
「おコラボでしてよ~! さぷらーいずですわ~!」
「ナノ、これが君の仕込みか!」
「そうなの。折角だから盛り上げてしまおうってところなの。先輩ケルチューバーとの一騎打ち、楽しそうなの」
ナノはさらに仕込みをしているのだが、思った以上にアスリート猫『ニャパン』が手強い。
これはもしかして仕込みをしなくっても、投げ銭の収益は心配なかったかもしれない。
けれどもまあ、こういうレースでバラエティに富んだ展開になるのは歓迎すべきことだった。大盛りあがりすればいいし、ナノはジークリットの一生懸命頑張る彼女に無邪気に声援を送ることができる。
「この賞品のお米はリスナーの皆に配るんだ! いくら先輩と言えどもな!」
「あら、奇遇ですわね! わたくしもパンが変えなくてケーキすら食べられない庶民にお米を振る舞うのでしてよ?」
「ほう、ノブレスオブリージュというわけか! 見上げた矜持だな、先輩!」
「そちらもでしてよ~! ですが、レースの勝者は一人のみ。そう、勝者は私以外にありませんですわ。お嬢様たるもの常勝すべしでしてよ~!」
高笑いは一体全体どこにそんな自信がみなぎっているのかと思うほどであったが、逃げる『ニャパン』にとっては彼女の所在がまるわかりである。
そんな見え透いた高笑いに釣られる猫ではないのである。
颯爽と跳ねるように建物の隙間を走っていく『ニャパン』。
しかし、彼はゾワリと背筋が泡立つのを感じただろう。
「にゃ!?」
「ねこちゃ~ん、こっちだにゃん。ほら、怖くないにゃんにゃん」
にゃんにゃん、とジークリットが猫耳つけてにゃんやんしているのである。
怖くない。
可愛い猫ちゃんだにゃん。
確かに。見た目だけはとっても可愛い猫耳ジークリットである。ステラはカメラを構えながら笑いを堪えるのに必死だった。
「ステラ、カメラぶれてる」
「いや、だって……!」
シルバーブリットは背に乗せたステラが、幼馴染の猫コスがツボに入ったのか、笑いを堪えられない様子であった。
もうなんていうか、幼馴染でなければ教えぬツボというのがあるのだろう。
カメラ持つ手が笑いを堪えるのに必死でブレッブレである。
「なの! ジーク可愛いなの。もっと『ニャパン』にこびこびなの!」
プロデュースするナノの指示が飛ぶ。
その指示にジークリットは顔を赤らめながら……いや、ものすごい気迫、いや、殺気を迸らせている。
「にゃ!?」
「にゃ、にゃぜだ!? にゃぜ逃げた!?」
ジークリットは己の発する殺気に気がつけていない。あまりに必死。あまりに真剣。それ故に発せられた殺気に『ニャパン』はジークリットにだけは捕まりたくないと全力で逃げ込んでいくのである。
「にゃぜって! ひーっ!!」
ぶはっ、とステラが吹き出す。
コメント欄もにゃぜなんだぜ? とかいろんな猫コメントが殺到している様子である。それにナノは気を良くしたのか、さらにジークリットに無茶振りを強いる。
「ジーク、次は猫ちゃんポーズなの!」
「いいのかなぁ、これ」
「アハハハハッ!!!」
「にゃ、にゃ、こ、これでいいのかにゃん?」
「お~ほっほっほっほ! わたくしが一番お嬢様ですわ~!!」
もうケルチューバー勢はめちゃくちゃである――。
●追いかけ回す
「まつんだべさ~!」
凄まじい殺気に当てられて逃げ回るアスリート猫『ニャパン』を追うエクストリーム借り物競争参加者たち。
其の一人である『ヤッシマー魔魅』こと百重は、しかし非常に善戦していた猟兵の一人であった。
ケルチューバー勢が最早瓦解したかのようにジークリット猫耳バージョンの撮影に勤しむ中、彼女は最も『ニャパン』に肉薄した猟兵であったのだ。
「ふしゃー!!!」
だがしかし、『ニャパン』の気合一閃。
いや、威嚇一閃とでも言うべきか。毛を逆立てて威嚇する『ニャパン』に百重は思わず尻もちをついてしまってひっくり返ってしまった。
「ひゃ~!? だべさ~!?」
そう、百重は小心者のビビリである。それはもうびっくりするぐらいにビビリなのである。あれだけのパワーファイトを見せる彼女であっても、猫に威嚇されただけでビビりちらしてしまうのだ。
それを『ニャパン』は見透かしていたのだ。
面白いくらいにビビり散らす彼女に『ニャパン』はつい調子に乗ってしまっていた。
「ふっしゃー!」
雑魚にゃ、位の感じのオラ付き具合である。そんな『ニャパン』の背後に影が迫る。
「おうおう、よくもまあ、イキリ散らかしてくれたもんだ。手こずらせやがって!」
そう、背後に迫っていたのは桔華である。
彼女はこれまで散々に『ニャパン』に煙に巻かれていたのである。
これまで培ってきたというペット探索経験とは一体、という具合にするりと脱げだされ続けていたのだ。
「にゃにゃーん!」
だが、そんな彼女の手をするりとまた抜け出す。
なんたることだろうか。アスリート猫っていっても限度があるんじゃないかと思うほどの華麗な回避術。
あーばよ、探偵さーん!
と言わんばかりに『ニャパン』はまた駆け出して行く。
「逃さんよ。ここまで追い詰めたのだ」
さらに追撃のようにリコが迫る。その姿に『ニャパン』は目を見開き、毛を逆立てさえる。そう、リコはパワードギアを操縦し、追ってきていたのだ。
凄まじいスピード。
けれど、『ニャパン』もさるものである。敵がパワードギアという巨体を持って迫るのならば、こちらは見の俊敏性を頼みに、狭い路地裏を駆け抜けていくのみ。
「やるな……だが、速度ではこちらが勝っている!」
パワードギアが入り込めずとも、リコ事態はテレビウムである。
その小柄ゆえの身軽さでもって『ニャパン』を追い詰めていくのだ。
「にゃーん!」
だが、甘いにゃん! と言わんばかりに『ニャパン』は、さらに隙間に入り込んでいく。
「何ッ!?」
そう、猫とは液体である。
誰が言ったかしらんが、そういう諺があるのである。多分。
額さえ入り込むスペースがあれば、どるぅって入り込んでしまえるのが猫という生き物なのだ。その特性を失念していたリコは己の頭がテレビウムであったことを失念していた。
いや、頭のブラウン管はギリギリ入った。
だが!
「ぬぐっ!? は、腹が支えて
……!?」
「おっふっ! な、なんだいそれはっ! アハハハハッ! はさ、挟まってる! 腹が支えて!」
その様子を桔華に見られるという大失態をリコは犯してしまっていた。
じたじたと手足をフルが引っこ抜けることさえできない。
いやはや、これはなんとも。
「引っこ抜いて欲しいかい? ほしいよねぇ!? アハハハッ!!」
「いいから抜き給え! 余裕こいている暇などないはずだ。あのアスリート猫、どうにもおかしい! アスリート猫以上だぞ、あれは!」
「ムハハ! ならば我輩に任せるがよろしい! 『ニャパン』だかルパンだか知らぬが、我はいにひっ捕らえられぬ猫などおらぬわ! 覚悟せい!」
其処へ飛び込む曉虎。
そう、彼女は猫語を解する半獣半人である。
その身体能力は『ニャパン』を超えていた。
「にゃーん」
「ムハハハ! ……ハ? 今、なんと言った貴様」
ビキィ、と曉虎のこめかみがきしむ。そう、彼女は猫語を理解する。『ニャパン』の煽りに彼女はまんまと乗ってしまったのだ。
脳筋って悲しいね。
振るう曉虎の一撃。
それは大地を割り、岩をも砕く一撃であった。
だが、此処で明かすのだが『ニャパン』はただの猫ではない。いや、アスリート猫って言ったけど。違う違う。それ以上に『ニャパン』は太極猫拳使いのニャパンなのである。
全然わからん。
事実、『ニャパン』は太極猫拳で培った動きで持って曉虎の一撃を躱すだけでなく、他の猟兵たちも躱しているのだ。
このままでは誰も『ニャパン』を捕らえられなくなる。そうなれば、これはノーコンテストとなって実行委員会の一人勝ちなのである。
「ぬがー! あれは激流を制する柔の拳士! やりづらい!」
「なるほどな。白米一年分は端っから渡すつもりはねぇってことかい」
「そうだ! だから、っておい、待ち給え! 引っこ抜いてから!」
「ま、がんばんな!」
「ムハハハ!」
そんな薄情なことを言いながら桔華と曉虎は、リコを置いてすたこらと『ニャパン』を追いかけるのだった――。
●ゴール目前
『ニャパン』は勝利を確信していた。
自分の主人である実行委員会の男に言い含められていたように、全力を持ってアスリートたちを翻弄しまくっていた。
これでご褒美の『猫まっしぐらにゃ~る』は自分のもんである。
しかし、あの連中はとってもしつこかった。
特にあのたぬき。あ、いや、百重はあれだけ脅かしてビビらせてもなお、懸命に追い掛けてきていた。
案外あのような奴こそ最も警戒すべきだったと『ニャパン』はそれでも逃げおおせたことで、少しばかり息を整える。
ゴール目前の公園でちょっと身を潜めて休憩してから飛び込めば、それでミッションコンプリートである。
だが、『ニャパン』は知らなかったのである。
最後の刺客こそ、ゴール目前に潜んでいることを。
「は~染みるでござるなぁ~」
そう、鬼河原探偵社の猟兵、最後の一人であるサボタージュの秋水である。
彼女はゴール目前の公園のベンチで一休みしていた。いや、最初から休みっぱなしなので、一休みもクソもないのであるが、まあ、其処は見逃していただきたいものである。
ともかく、彼女は陽なたに当たって一服していた。
サボタージュこそ社員の特権である。
雇用主が聞いたら怒り狂いそうな言い草であるが、秋水は何事もこんな感じであった。
そもそもが無理な話なのである。
「猫を捕まえるなぞ、追いかけるだけ無駄でござるのになぁ……」
甘味と共に秋の風情を楽しむ。
これこそが最もハイソな労働体制であるのだ。
彼女は秋を謳歌していた。そんな秋水の目の前に一匹の猫が通りが掛かる。
言うまでもなく『ニャパン』である。
「おや」
「にゃ」
一人と一匹が出会う。
目と目が合う。
ばっちし在ってしまっていた。あ、と秋水は思い出していた。桔華から猫を懐柔させるための『猫まっしぐらにゃ~る』なるものを受け取っていたのを。
「ほら、食べるでござるか?」
ふりふりと『猫まっしぐらにゃ~る』を振る秋水。
それに超人アスリート、猟兵たちを相手取って疲弊した『ニャパン』が抗えるわけがなかったのである。
にゃ~んって甘えあ声を出して『ニャパン』は秋水にすり寄る。
ちょうだいちょうだい、にゃーるちょうだいにゃん。
まるでそんなふうに言っているような『ニャパン』に秋水はすっかり頬を緩める。
「おお、愛い奴め。そんなに欲しいでござるか」
そんなふうに言いながら秋水は、『猫まっしぐらにゃ~る』の封を切って、少し絞り出す。するとすぐさま『ニャパン』が食いつくのだ。
すっかり疲れ果てていたところにごちそうである。
それはそうなろうもんであろう。
気を許したように秋水の膝上で『ニャパン』はご満悦である。その様子に秋水も思わず微笑んでしまう。
「よしよし……おや?」
秋水は気がついた。
なんかこの公園に血相を変えた桔華が走り込んできていることに。
あ、やっべ、と秋水は思った。
サボってるのバレた。
だが、次の瞬間、桔華から告げられたのは思いがけない言葉であった。
「秋水! その猫捕まえてろよ! ふんじばってやっから!」
「いんや~! その猫はおらが捕まえるんだべさ~!」
「お~ほっほっほ! お嬢様たるわたくしに敗北という文字はないのでしてよ~!」
そう、彼女の背後から迫っているのは百重とヴィルトルートであった。
さらにその奥からライドキャリバーであるシルバーブリットにまたがったステラと、相乗りしているナノも迫って来ている。
そして、『ニャパン』は気がついた。
この殺気!
そう、ジークリットである。猟兵集団の最後尾であるが、しかし其処から凄まじい眼力と殺気と気迫を迸らせているのだ。
「にゃ~ん」
あ、今の『ニャパン』の鳴き声ではない。
凄まじい気迫放つジークリットの猫声である。すんごい。ここまで気迫の籠もった猫声初めて聞いた、とはケルチューブのコメント欄よりの抜粋である。
「にゃ~!?」
「おっと……」
「秋水! 逃がすなって言っただろう!」
「いやはや、あれが件の『ニャパン』でありましたか。失念しておりました」
「サボっていやがったな!」
「あ、いや。これは敵を欺くためには味方からという……?
「言い方変えてもだめだっつの!」
桔華が秋水に詰め寄る横をヴィルトルートが颯爽と抜き去っていく。
「お~ほっほっほ! やはり最後に勝利の女神はわたくし! このお嬢様に微笑むのですわ~!」
彼女の手が『ニャパン』に伸びる。
だが、それを抑えるの手があった。
え、とヴィルトルートは目を見開く。そこにあったのは、鬼気迫る追い上げを見せたジークリットであった。
「先輩であろうが、容赦はしない! 優勝は! 私のものだ!」
「良い覚悟でしてよ! ならば来なさいな、このお嬢様たるわたくしを打倒できるのならば!」
あちこちで猟兵同士の争いが勃発している。
その最中、百重は最後まで諦めずに『ニャパン』へと追いすがる。
「先輩たちのために、おらがんばるんだべさ~!」
誰かのためにと戦うものが最も強いものである。
それを示すようにゴール直前に『ニャパン』を捕えたのは、がんばりやさんの百重であった――。
成功
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