食物文化研究同好会~気づきは突然に
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某日、放課後。
食研恒例のおやつ買い出しじゃんけんは、生真面目な二年生と気弱な一年生が敗北した。
知花・飛鳥と水鳥川・大地のリクエストも聞きつつ部室を出ていく二人組の、背の高いほうの後ろ姿を飛鳥はじっと見つめていた。
ここ最近、彼の顔を飛鳥はまともに見れていない。
気が付くと眉間に皺が寄っていて、先日も腹が痛いのかなんて訊かれてしまったところだった。
何故だろう。理由は判らない。
でも何だか胸に何かがつっかえているかのような嫌な気持ちがいつまでも消えないのだ。しかもその嫌な気持ちは彼を視界に入れる度に強まっていく。
といっても彼と喧嘩をしたわけではないし、彼の事が嫌いになるような出来事があったわけでも無い。むしろここ最近様子のおかしい飛鳥を彼はいつも以上に気にかけてくれているし、飛鳥自身も彼のそんな優しさにやっぱり最高のダチやな、なんて思うのだ――
(「あれ?」)
最高のダチ、というフレーズを頭に思い描いた瞬間、またしても胸がもやもやした。もやもやする、としか言い表せない。何せ嫌な気持ちという事しかわからないのだ。でも、怒りでも悲しいでもない。こんな気持ちになるのは初めてだった。
その正体も理由もわからず、でもなんだか息苦しくて、飛鳥は机に突っ伏した。
「んぁ~~~……」
そんな飛鳥の様子に、隣でスマホをいじっていた大地が顔を上げる。
「……知花先輩。さっきからずっと奇声上げてるけど、どうかしたんスか?」
「えっ!?」
顔を上げれば、目を丸くした後輩が不思議そうにこちらを覗き込んでくるのだった。
「俺そんな変な声出とった!?」
「はい」
それはもう、と付け加えられた言葉に飛鳥は頭を抱える。
「うわーどうしよ、そないなつもり無かったんねんけど」
「……珍しいっスね」
大地から見た“知花先輩”は、いつも笑顔で明るくて、何かに悩んでいるという印象があまりなかった。大地ほどではないにせよ勉強が得意ではなさそうな先輩はテストが近づくたびに愚痴をこぼしたりはしているが、その程度だ。終わったらきれいさっぱりいつもの先輩に戻っている。そして少なくとも今は全学年共通のテスト期間ではないし、二年生だけテストがあるという話も聞いていない。
「いいアドバイスとかは出来ないッスけど、言ってすっきりする話なら聞きますよ」
飛鳥は少しの間逡巡するように視線をさまよわせていたが、やがて口を開いた。
「うぅっ……じゃあちぃと聞いてもらってええ?」
「勿論っス」
「ミk……めっちゃ仲良くて顔も良くて頭も良くて頼りがいのあるダチがおるんやけど」
それはつまりと大地は思案する。
(「一ノ瀬先輩か?」)
一瞬でバレていた。ですよね。いくら飛鳥の交友関係が広いといってもそんなパーフェクトヒューマンが二人も三人もいるわけがない。
「そいつがなぁ……こないだ街で知らん女の人と歩いとった」
「へー、彼女ッスかね」
「やっぱそう思う
!?!?」
がば、と身を起こす飛鳥。おやと大地は眉を上げた。少し予想外の反応だった。
「気になるなら本人に直接聞けって話なんやけど、聞いてみてもしも本当に彼女やったら俺どないなリアクションしてええか分からんくて……他のダチなら「おめでとう!」って言えるのに」
分かりやすっ、と思わず云いかけて大地は呑み込んだ。なんなら「わ」くらいは滑り出ていたかもしれないが、飛鳥がそれに気づく余裕はなさそうだった。
だってあまりにも――“お約束”じゃないか。
(「本人が自覚してないってとこまで含めて」)
さてどうしたものか、と大地は腕を組んで天を仰ぐ。
先輩が悩んでいるものの正体について、はっきりと指摘するのは簡単な気がする。けれどそれがいい結果を齎すのかは大地には判らなかった。
(「というか俺も経験豊富じゃねえっていうか……先輩にアドバイス出来るような立場じゃねえっていうか」)
何せ中学生時代にしてきた事といえば一に喧嘩二に喧嘩な大地である。別に喧嘩がしたくてたまらなかったというわけでもないのだが。どちらかというと「どういうわけだかやたらめったらガンをつけて拳を振り翳してくる連中に絡まれるので目には目をと拳で追い払っていたところ、噂がどこまでも独り歩きして新たに拳で絡んでくる連中を呼び寄せてくる悪循環のど真ん中に勝手に置かれていた」という方が近いのだが、とにかくおかげでティーンエイジらしい青春というものは皆無であった。
(「でも……そんな俺でも判るぞ、これは。なのに当の先輩は気づいてねぇんだよな」)
何とか先輩本人に気づいてもらうのが一番いいのではないかと、飛鳥は言葉を選びながらぽつりぽつりと話し出した。
「んー……つまり、知花先輩は――ヤキモチ焼いてるってことッスか」
「……やきもち??」
これには飛鳥が目をまん丸くしていた。おそらくそんな言葉が出てくるとはこれっぽっちも思ってもいなかったのだろう。
「好きな奴を誰にも取られたくないみたいな、漫画とかでよくある嫉妬とか独占欲かなって思ったんスけど」
「ど、どくせんよく……俺がミカに!?」
名前出てる出てる。不良上がりの見た目とは裏腹に心優しい大地は黙ってあげていた。
「や、俺がそう思ったってだけっスから。詳しく聞いたわけでもねぇし見当違いだったらすまねえっス」
「いやいや、そんなんあれへん、おおきにな」
礼を云いつつも、飛鳥は「彼」のみならず大地の顔も見れなくなっていた。
(「や、ヤキモチやなんて――でも大地の言う通りかもしれん。小さい頃からミカが隣にいるのが当たり前過ぎて今まで考えたことなかったんやけど。今の俺は、誰かにミカの隣を取られてしまうんが怖いんか」)
そうだ。“ミカ”もいつかは大人になる。というよりも高校生というのはまさにそういう時期ではないだろうか。男子校で女子に飢えた生徒が多いせいもあってか、彼女が欲しいなんて毎日のように嘆いているクラスメイトもいる。ミカはあまり自分の願望を口にしたり感情に任せて行動するわけではないから分かりにくいだけで、彼と同じくらい恋愛に興味津々でも何の不思議もない。
あの女の人が、本当に彼女だったら。
ゆくゆくはお嫁さんになるのかもしれない。そうしたらその人がミカの隣にいるのが当たり前になって、自分はただの「友達その1」だ。一番仲が良かったとしても、ずっと一緒にいられるわけではない。
恋人じゃないから。家族じゃないから。
(「そんなん絶対嫌や。俺の方が何年もミカと一緒におったのに」)
『
友達』にそういう感情を抱くのは普通なんだろうか。彼ほど長い付き合いで彼ほど慕っている相手がいないから分からなかった。
たとえばと、飛鳥の人生で両親の次に付き合いの長い弟の事を考えてみる。彼が恋人を連れて来て、結婚して離れて行っても――おめでとう、としか思わない、気がする。もっと下の兄弟たちについても同じだ。
何故だろう。弟と友人は違うのだろうか。それともやっぱり、普通はいくら親友だからって、友人にこんな気持ちは抱かないのだろうか。変な事なのだろうか。やっぱり何もわからなかった。でも唯一分かった事がある。
(「こないな子供みたいな独占欲、ミカに知られたら「うわこいつ面倒くさ」って思われるかもしれへん
……!」)
隠しておかなければ、と思った。彼にだけは嫌われたくない。
この気持ちの「分類」やら「落としどころ」やらはわからないが、それだけは確かだ。
「あ~~~、もう~~~」
また無意識のうちに頭を抱えて唸り出した飛鳥を見遣り、小さく肩を竦めて大地はスマホへと視線を戻す。
(「まさか自分が恋愛相談される日が来るとは思わなんだ……」)
そう。恋愛相談、である。
(「……あの人も、知花先輩の事すげえ大切にしてるとは思うけど。恋愛感情なのかは傍から見ててよくわかんねぇな……あの人ポーカーフェイスだしな」)
でも、いつも笑顔で朗らかな先輩がこんな風に思い悩んでいるのを見ると、応援せずにはいられないのだった。
(「うまくいくといいっスね」)
青春真っただ中の先輩を、こっそり温かい目で見守る大地だった。
成功
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