1
新米旅行者と先輩鞄の旅支度プロローグ

#エンドブレイカー! #ノベル #猟兵達の秋祭り2023 #企画:『トランクひとつにつめこんで』

ルテア・ステルンベルギア




 じ、と。静かな一室で、ルテア・ステルンベルギア(キバナの騎士・f39055)の琥珀色した瞳は、先程から一点を見つめている。静か伸ばした彼の指先が触れるのは、年季の入ったひとつの旅行鞄トランク。旅の友として使われていたのだろう、長くを経てきた旅程や年月を物語るよなどこか重みある風合いでいながらも、前の持ち主が大切にしてきたことが分かる程に、まだまだ現役の様相だ。
 そう、前の持ち主。このトランクは、ルテアが知人から譲り受けたものだ。四角く頑丈な革張りの縁を、触れた指先でなぞりながら、小さな音を立て蓋を開ける。ぱっくりと口を開けたトランクの大きさに、ふむ、と一声溢し、ちらり視線を移すのは、彼の友であり相棒の妖精の姿。
「いざとなったら、此処にキルシュも隠れられそうだな」
 なんて、真面目顔で呟いてみたならば、ぴっ、と長耳が強く引かれる痛み。いっ、たい、と言い切る前に、パッと離された耳の先には、むくれ顔のキルシュの姿。目が合えば、プイっと顔を逸らされてしまった。どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。そっぽを向く友の機嫌も気にはなるが、大きな口を開けた旅行鞄を見ていて、ルテアはふと気づく。
「そういえば、本格的な旅行をしたことはなかった気がするな」
 ほろりと零れた言葉のままに、今迄の日々を思い返せば、浮かんでくるのは妖精騎士としての修行の日々や、狩猟生活を学んだ辺境での日常。そのどれもが掛け替えのない時間ではあれど、娯楽のように楽しむものではなかったように思う。他者から堅物だと称される程に修行に明け暮れていたルテアには、それもまた悪くないものではあったけれど。あゝそして、傍らにいる友の妖精キルシュも、永く在るとはいえ旅行の楽しみというものは知っているのだろうか、という想いも同時に湧いてくる。

 ――それならば。

 そう、思い立ったなら行動に移すのが早いのもルテアという男である。
「キルシュ、出かけよう。旅の準備だ」
 そう傍らの妖精へと声を掛けトランクを掴めばすっくと立ちあがり、旅行に必要なものを揃えに街へと繰り出す。旅の荷を揃えると言っても、行先によってそれも変わってくるだろう。何処へ行くのと言いたげなキルシュへと、歩みを止めたルテアは暫し思案する。
「旅行……というのだから、いつもとは違ったところがいいんだろう」
 いつもの場所、と呼べるのは、此処エルフヘイムと辺境付近。初旅であるから世界は跨がず、このエンドブレイカーで、未だ馴染みの浅い都市国家がいいように思う。どこが良いだろうか、と、地図を広げ眺めるルテアの傍で、すっかり機嫌を直し興味津々に顔を覗き込ませたキルシュが、つん、と指をさしたのは、水神祭都アクエリオ。『アクエリオの水瓶』より溢れる恵みの水が、都市の隅々まで行き渡る運河の街だ。
「キルシュ、ここがいいのかい」
 彼の問いかけに、そうだと言わんばかりに軽やかに宙を舞ったキルシュが地図の端にそっと添う。頬杖をつくよなポーズでパタリと妖精の羽根を羽搏かせる友の様は楽し気で、見ている此方も旅先への期待を後押しされるかのようだ。
 かの都市国家では道の代わりに水路があるという、この足で街を歩く代わりゴンドラに運んでもらうことが多いという。話には聞いたことがあるけれど、実際に赴いて体験するのは初めてだ。そわりとする心を落ち着かせ、行き先が決まったならば次は旅支度。さて、と持ち上げたトランクの重みに視線を向ければ、外の光を受けた其れはいっそう重厚さが増して見え。

 ――此のトランクが、最も旅行の先輩というのも不思議な話ではあるけれども。

 あゝけれど、そんな旅の先輩が傍についていてくれるのだ。きっといい旅になる、そんな予感もひしひしと湧いてきて。握ったハンドルからあたたかな温もりが感じられるようで。それは、これから味わう初めてへのドキドキと、弾む心のワクワクと、そんな気持ちが湧き上がるルテアの背を押してくれているようにも思え、自然と歩みが軽やかになる。
 さて、先ずは何を詰めようか、着替えに携帯食、ランプにナイフも必要だろうか。旅慣れぬ身で思い浮かぶものは多くはないが、この旅路で必要なものも学び増えてゆくだろう。今は中身が少なく軽いトランクが、いつしかずっしりと、そうしてそんな重さにも慣れゆく日が来るのかもしれない。そう、今日はその一歩を踏み出す日。キルシュと共にエルフヘイムの街を巡り、程よく旅の伴トランクの重さが増したなら。
 さぁ、目指すは、水神祭都アクエリオ。水路の街、ゴンドラの街。旅行新米エルフと妖精の二人旅、はてさて、そこにどんな物語が待っているのか。それは、トランクと想い出を抱えた彼らが戻るその時に、きっと聞かせて貰えるでしょう。初めての旅を味わったルテアとキルシュ、そうして、そんなふたりを見守り共に旅をした先輩鞄の彩からも。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年10月10日


タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#エンドブレイカー!
🔒
#ノベル
🔒
#猟兵達の秋祭り2023
#企画:『トランクひとつにつめこんで』


30




挿絵イラスト