乙女×恋バナ×枕投げ!
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三千世界より群れ集う超常の猟師達——が今日訪れたのは、そう老舗旅館!
わいわい楽しい女子十人旅。豪華な自然の幸に舌鼓、美容にいいという天然温泉もばっちり堪能。
ぽかぽかのぬくもりやつるつるの美肌効能が逃げないように、皆揃ってザ・旅館な浴衣に袖を通す。
「本当はスシの柄があればよかったのですが」
と約一名、ほんのちょっぴりだけ残念がっているのは勿論チル・スケイルであった。外国人観光客にも人気が高そうな和風旅館だったから、受けの良さそうなスシ柄もあるかと思った。なかった。
それはさておき体の外からも中からも癒されて幸せ気分で畳敷きの部屋に戻った一行は、皆で枕が向き合うように布団を並べる。
「うぇいうぇいー! みんなでお泊りだ!!」
早速ぼふっと布団に寝ころぶ劉・涼鈴。ぽかぽかの体とふかふかの布団の相乗効果で幸せも倍々だ。
「今なら引きもいい気がするな!」
いつもやっているソシャゲを起動し、まずはデイリーミッションをぽちぽちして石を集める。気分やジンクスは大切だ。
「躯体番号L-95、パッシブ索敵センサー_及び_火器管制システムロック。非戦闘モード移行済です」
エル・クーゴーもゴーグルのバイザーを上げて金瞳をあらわにしている。
「エネルギー運用効率、平常時比50%向上」
いつものように淡々とシステムメッセージを口にしているが、旅館の浴衣をまとったその姿はなんだか満足げだ。エネルギー効率良好。つまり、のんびりゆっくりできて日頃の疲れもすっかり取れたようだ。
「ご飯美味しかったねギィちゃん♪」
にこにこ顔のアヴァロマリア・イーシュヴァリエはもちろん、ペット的
星銀竜のギィちゃんも満足そう。
「ええ。スシの美味しい旅館でした」
まずスシの感想が出てくるチル。
「本当。温泉は気持ち良かったし、料理とお酒も美味しかったし。これは気持ちよく眠れそうね」
ほろ酔い気分の荒谷・つかさも頷く。
「ですね。温泉で温まりましたし、スシのレビューも書きました(※習慣)し、今日はゆっくり寝ましょうか――」
「明日もお楽しみがいっぱいあるし……と思ったら大間違いよ」
ギンッと視線を鋭くするニコリネ・ユーリカ。
「ここからは夜のお楽しみ! 皆に恋バナを語って貰いまぁす」
ずびしっ! と仁王立ちで声高らかに宣言する。
「寝ないんですか? コイバナ?」
何かの準備だろうかと首を傾げるチル。
スシの事を考えていたので魚つながりで頭に浮かんだのは鯉。鯉の……何だろう?
「私達「嵐の狩猟団」のメンバーだけど年頃の女の子よ? 妙齢よ? 其々の恋愛事情を聞いて語って絆を深めていきましょ」
思いっきり夜更かししても大丈夫なようにと、ニコリネは夜用フェイスパック着用で準備万端。
「恋愛事情、ね。やっぱり髪飾りとしては女の子が恋の為に頑張る姿はとても好ましいわ」
興味深そうにするヴァーリ・マニャーキン。人間に寄り添い続けてきたヤドリガミ、それも女の子のとっておきのおめかしの為の髪飾りとしては、やっぱり気になるところ。
「恋愛事情。なるほど、いわゆるコイバナってヤツね」
「ああ、恋の話の事ですか」
頷くつかさに、チルもようやく理解がいった様子だ。
「みんなのコイバナ……! 教えて教えて!」
恋に恋するお年頃、でも実体験としては甘酸っぱい色恋よりも血腥いバイオレンスな青春真っただ中なアヴァロマリアが身を乗り出す。
「恋バナはリア充イベントでござるな!?」
こちらも修行に明け暮れていてリア充イベントにはとんと縁の無かった龍巳・咲花が目を輝かせる。楽しそうに枕をぎゅっと抱きしめて修学旅行の夜気分だ。
そんな皆の様子を、ソフィア・アンバーロンは腕の傷を隠すためのホワイトグローブをつけた浴衣姿で敷布団に大の字になりつつ見守っている。
(「やっぱりみんな、恋バナとなると楽しそうね」)
「恋バナかぁ……! じゃあ、ぼくも!」
国栖ヶ谷・鈴鹿は今まさに恋愛真っ最中。
といっても相手はとある皇族、帝都では文字通り雲の上のような人であり。
彼も鈴鹿によくしてくれているけれども、結ばれるかはわからない。それでもかの人のお役目、想いを遂げたいと願っている。
「……恋、ですか……色々あって年頃を通り過ぎてしまいましたが、まだやり直せるでしょうか……」
「あら。ふふ。通り過ぎてしまっただなんて。今から楽しくなってくるころよ」
チルの呟きに、長年女の子たちを彩り続けてきた髪飾りは微笑むのだった。
「おっ、みんな食いつきがいいわね? じゃあまずは定番、好みのタイプは??」
「そうだね、やっぱりこう……秘めたるもの、ミステリアスな雰囲気を感じる男性って惹かれちゃうよね!」
ニコリネの話題提供に、真っ先に即答したのは鈴鹿だった。
「それでいて、誠実で優しさがあって……一緒に話をしたり、何気なく過ごせる時間が、本当はとても貴重だと思えるような……。そんな人と本当に恋人同士になれたらいいなって思ってるよ」
「誠実な方、いいですねえ……カッコいい生き方ですよね……」
目を細めるチルの隣で、ヴァーリがくすりと笑みを零す。
「あら、鈴鹿、其の言い方……貴方好きな人がいるの?」
「……え?」
「妙に具体的よ?」
「なんだか思い描いている人がいるみたいでござるな?」
こっそり、咲花もヴァーリに耳を寄せる。
「内緒だよ、内緒!」
なんだか妙に顔が赤い。それに別に否定していない。あやしい。
「ふふ、詳しくは聞かないでおいてあげるわね?」
「こほん。そういう皆は?」
「拙者はそうでござるなあ、恋人どころか友達もそんなにいなかったでござるからなあ……」
憧れの猟兵になるために休日返上でむちゃくちゃ努力していた結果である。
「好みのタイプと言える程の具体的なお相手はないのでござるが、遊園地とか映画館とか出かけたり、一緒にランチをしたりとか日常を楽しめるお相手とかでござろうか」
うぬぬぬ唸りながら思い浮かべてみる咲花。デートどころか友人とのそれらのお出かけも、少し前までは縁遠かったから。
「日常を楽しむ、なるほど。ただ隣にいる時間、いいですねえ……」
「後はリア充イベントは色々不慣れでござる故、優しくリードしてくれるとかでござるなあ」
「次は私かしら。んー……好みのタイプとなると夫になるけど」
続くヴァーリ。少女のような風貌のヤドリガミは、実は立派な既婚者でもある。現在の持ち主である少年を夫と認め愛を育んでいるのだ。
「敢えて言うなら一緒に居て落ち着く、疲れない素のままでいられる相手かしら? 大事なのは最期まで共に笑って過ごせて死ぬ時に幸せだったと思える事だと思うし、ね?」
其の為にも一緒に居る為に無茶するのは禁物だもの、と。
「ふむふむ、素のままで……!」
こくこく頷く咲花に、目を細めて頷く。
「恋は、自分も相手も、より素敵にしてくれるものだもの」
長き時を生きるヤドリガミは常に人々に寄り添い、その年月だけ色々な恋を見て来た。
最初の主のずっと傍で支えてくれた兄の様な人への恋慕や、其の後に髪飾りを受け継いできた主達の燃え上がる様な激しい恋。
穏やかに共に時を過ごし育んだ恋、最初は友達だったのに何時の間にか好きになってしまって戸惑いながら育んだ恋——……。
中には辛い恋もあったけど、全ての主達が恋をし奇麗になっていったのを覚えてる。ずっと、忘れない。
「私もずっと夫の傍でずっと奇麗でいられるよう、ずっと好きでいて貰える様に頑張っているし、ね?」
それから、ふと想いを巡らせる。
「ふふ、あの人との間にできる子にもそう言う相手が出来たら、って言うのは流石に気が早すぎるかしら?」
一族を見守る立場だった自分が、今度は彼女たちのように幸せの血筋を繋いでいくのだと。
ヴァーリの話に、はわわー大人でござるなあ、と顔を赤らめる咲花。
「他の皆は?」
「当機は」
と話し始めたのはエルだ。
「改めて説明するまでもなく当猟団『ワイルドハント』の王の妃であり、内助の功を務め早五年が経過しました」
口調は相変わらずだが、これはどうやらヴァーリに続き惚気モード発動中?
「五年……すごい。とっても仲良しさんだね」目を丸くするアヴァロマリア。
「ねえねえ、秘訣は?」身を乗り出すニコリネ。
「当機の――私の恋愛観を強いて言語出力するならば、それは、ピンと来た相手を断固ロックオン圏内から離さないということです」
いつものシステムメッセージめいているけれども、かなり強火なラブの話だこれ。
「火力の運用方法は時に応じて、牽制射撃(遠回しアピール)、弾幕(言葉でガンガン伝える)、ピンポイント狙撃(好みに合わせる、むしろ自分を好みにさせる)、近距離制圧(ボディタッチ)……等が挙げられます」
恋愛テクニック披露に、ニコリネとアヴァロマリアが顔を見合わせてきゃあきゃあとはしゃいでいる。
「ここで『恋もまだ』ないし『想う相手が居るものの事情の為に煩悶している』といった各位へ向けメッセージを送信します。――良き出会い、良き未来があるよう、祈念しています。援護射撃が必要な際は適宜救援要請を発信して下さい」
クールでアツい激励と共に話を締めくくるエルだった。
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「エルやヴァーリのように、誰かを好きな気持ちがはっきりわかるとなんだか良いアドバイスもらえたなぁって気持ちになれるね」
そう微笑む鈴鹿に、つかさが目を瞬かせる。
「やっぱり狙っている人がいるんじゃないの?」
「秘密、秘密だってば。そういうつかさは?」
「私はそうね……今は特定のお相手が居る訳じゃないけれど。好みのタイプって話なら、やっぱりマッチョな大男ね」
「逞しい人が好みなんだね」
「つかささんは好みがハッキリしていらっしゃるんですね」
頼りがいがあっていいですねえ、とチルも相槌を打つ。
「渓谷のように割れた腹筋や大胸筋、山脈が如き大腿筋や上腕二頭筋とか……ああ、想像するだけでご飯三杯はイケるわ」
自身もストイックに己を鍛え続けてきたつかさにとっては、やはり筋肉は正義!
「あとは、可能であれば私と戦って打ち勝てるくらい強い男なら言う事無いわね」
「おお? なんかいきなり理想? が高い気がしてきたなー」
からからと笑いながら、日課を終えた涼鈴がガチャ画面を開く。
「まあ、この辺はあくまで好みや理想の話だから、実のところそこまで深く拘るつもりもないけれど」
「そうなんですね」
「お母様が言っていたのよね、「自分の好み」と「好きになった人」のタイプは同じとは限らないって」
つかさにはまだピンと来ないけれど、経験者がいうのだからきっとそうなのだろう。
「今のところ、そこまで惹かれた人はいないけれど……もしそういう相手に出逢えたら、私らしく仕掛けていくつもりよ」
で、である。
「そういうお二人はどうなの?」
チルと涼鈴に話を振るつかさ。
「うんうん、マリアも聞きたいなあ」
ぴょこん、とギィちゃんを抱いたアヴァロマリアも首を挟む。
「そうですねえ……私としては、頼れる人物であるのが大前提ですね」
と、まずはチルが話し始める。
「私にもすべき事がありますから、ちょっとやそっとの冷気や戦闘でダウンしてもらっては困ります、お互いに」
「それは確かにね」
「やっぱり戦う乙女としては肩を並べられる相手がいいわよね!」
ぐっ、とニコリネが胸の前で拳を握ってみせる。
「性別にはこだわらないです。それで欲を言えば〜、その〜、もふもふした心身共に暖かな方がいいですねえ……」
あたたかい心が、外見……もとい、毛並みに現れているような?
自身の鱗とは対照的なふかふかに惹かれてしまうのだろうか。日頃はクールな氷竜も、話しているうちにどんどん表情が緩んでいく。そして。
「実のところ気になる方は何人かいるのですが」
非日常の場というのもあってか、ついに打ち明けた。
「おお!」
「本当?」
「やはりダイレクトに手紙を手渡すのが一番でしょうか? 重い……でしょうか?」
「うーん、よく分かんないけど、好きっていわれて嫌な奴なんてあんまいないんじゃないかな? 相手がチルならなおさらね!」
「そうよ、まずは押して反応を見てから次の手を考えるのもアリよ!」
そういうものでしょうか、とチルは呟く。
「それにしてもみんな色々あるんだなー」
「涼鈴さんは?」
「ん-みゅ、コイバナ? はよく分かんねーや! たぶん私は、大人になったらおうちで決めた人とケッコンすんじゃねーかな?」
まだ少女の面影が残る十七歳の彼女はあっけらかんとしている。
「交流のある流派とか、うちの門下生とかかなー?」
天真爛漫な涼鈴は、実の所旧態依然とした武侠の家柄に生まれ、劉家拳の公主でもある。代々伝わる奥義を全て会得した彼女は今でこそ自由な一人暮らしだが、いずれ跡を継ぐ身だ。
「嫌だなとか、不安だなとか思うことはないの?」
「うんにゃ、パパとママもそんなだったらしーしね!」
自由恋愛出来る身の上ではないがその事に関して悲哀もないのは、他ならぬ両親のおかげだろうか。
「夫婦という枠を作ってから育まれる愛というのも、確かにアリね……」
つかさは自由恋愛こそ禁止されてはいないが、自身も武家の跡継ぎである。逞しい男性がいいというのは好みもあるが、そういった事情もあるのだ。新たな選択肢を頭に留めておいた。
「いいなぁ、恋。マリアもそういうのしてみたいな……」
皆の話をきいてうっとりする最年少のアヴァロマリアに、微笑ましそうに頬を緩ませてヴァーリが声をかける。
「いいな、と思うような相手がいるのかしら?」
「えっ、うーん……好きな人とか、まだよくわかんないけど……」
ヴァーリがいうような「いいな」と思う異性は何人か居ない事もないけれど、恋と呼べるかはわからない。
「好みのタイプは年上……かなぁ」
同じくらいの年の子をあんまり知らないからというのもある。
「身長とか気にする人も多いんだっけ? マリアは小さいから、おっきい人だとなんだか安心できそうかも……」
「おっきい人、いいですねえ……頼りたいですね……」
「やっぱり優しい人がいいけど……あ、でもちょっとくらい意地悪でも……?」
目をつぶって想いを巡らすアヴァロマリアがそこではっと見開く。それからあわあわと口元を震わせた。
「ど、どんな人がいいだろうね、ギィちゃん? なな悩んじゃうなー」
ギィちゃんのお腹に顔を埋めるアヴァロマリア。遊んで貰っていると思ったのか楽しそうにギィギィ鳴いているギィちゃんからチラ見えする頬が赤い。
きっと誰かの事を思い浮かべたのだろうと察し、また優しくヴァーリが微笑むのだった。
「そ、そういえばまだお話をしてない人がいるよ!」
とアヴァロマリアがニコリネを指す。
「え、私?」
「躯体番号L-95、エネルギーをイヤーデバイスに注力。学習モードへ移行します(意訳:興味深い話題だから是非聞かせてください)」
「うーん、ちょっと年齢的に焦ってるのよね」
ほら、ふた昔だったらクリスマスケーキとかいわれていたわけで。
「今日も館内でカップルを見かけたけど、「あーいいなー」って……でも花屋として繁盛するまで直走りたい気持ちもあるし、だから仕事を応援してくれる人がいいなーって思うんだけど」
でも、ニコリネには人生の大先輩からの助言がある。
「おばあ様がね、「女は愛された方が幸せ」って言ってたから。私を好きになってくれる人が居たら、その人を好きになろうって決めてる」
「それ、何だかお見合いの話にも似ているわね」
つかさの言葉に涼鈴が首を傾げる。
「そーか?」
「前提から入っても、互いが思いやりを持っていれば愛が生まれるという事でしょう?」
「ふーん」
よくわかんないや、とすぐに視線をスマホに戻した。どうやら先程のガチャが芳しくなかったのでもう一度回すべきか悩んでいるようだ。
「愛された方が幸せでござるかあ。拙者はまずは愛される為の修行が必要でござるな」
それがいわゆる花嫁修業というのでござろうか? と咲花。
(「なるほどなぁ……」)
大の字になって視線だけ向け、みんなの話を聞いていたソフィアは。
「ねえねえ、ソフィアはどうなの?」
「え、私?」
「うむ、気になるでござる!」
鈴鹿と咲花に話をふられ、うーんと視線を巡らせた。
「恋バナぁ……歳を取ると恋愛を愉しむ事ができなくなるんだよね」
若く見えるソフィアだが実年齢は38歳。恋だの愛だのを、ストレートに味わうには少し気が引ける頃であるらしい。
「時の王座が消える前にボクは歳の取り方が、途中からエルフだから身体年齢30歳まであと、9年あるけどさぁ……おおっとネガるのは禁止っと」
いつものように口元だけ笑むと、形の良い唇から八重歯がちらりと見えた。
「私と一緒に楽しんでくれて、シルヴィアを邪魔者扱いしない人かなぁ。それにもう、選ばれる年じゃないからね」
ね、と赤子の頃から一緒の星霊スピカ、シルヴィアに目を向ける。
「ソフィアさん綺麗だし、今でもモテそうだけど」
「当機も同意見です」
「うーん、でも私、体目当てが嫌だから」
何かと人目を惹くプロポーションのせいで、軽々しく寄って来る者は確かにいるのだが。
「その分相手の外見や体型にも文句は云わないけれど、ある程度は気を使って欲しいかなあ。でも女の子と『遊んだ』ことあるけど、結局続かなくて自然消滅したし……」
やっぱり恋愛にはあんまり向いてないのかもね、というソフィアに、アヴァロマリアが目をぱちくり。
「男の子と遊んだことはないの?」
「え?」
きっと“遊ぶ”を文字通りに解釈していそうな無邪気そのものの少女に訊ねられて、ソフィアは無意識に手をグローブに添える。癒えない傷が微かに疼いた気がした。
にこ、と目元だけを細めてシルヴィアをモフる。
「……秘密」
慰めるように頬をペロペロ舐めてくれるシルヴィアを撫で返す。最初で最後の恋だったのかもね、という呟きは、誰にも聞かせるつもりはなかったけれど。雰囲気で察したのかニコリネがうずうずと身体を震わせていた。じたばたと足をばたつかせる彼女の、フェイスパックから覗く目元は真っ赤だ。
「皆の話、どれも甘酸っぱくて、キュンとなって……きゃー!」
トキメキは最骨頂。たまらず枕を天井に投げ飛ばす。高く打ち上げられた枕はつかさの腕の中へすぽっと飛び込んだ。
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「コレは……アレね。枕投げを挑まれたってことで良いのよね?」
「えっ枕投げ? ますます青春真っただ中じゃない、最高!」
「枕投げ。当機データには多人数で宿泊した際の定番行事と記録されています。現在の状況と合致。意義はありません」
「枕投げもするんだね? それなら!」
鈴鹿が守護稲荷きこやんにお願いして、調度品や部屋に設えてあるものに結界を張ってもらう。これで歴戦の猟兵達が多少羽目を外してもへっちゃらだ!
「よーし! これで完璧!」
「遠慮は要らないってことね。それっ!」
甘酸っぱめな空気の入れ替えも兼ねて、早速つかさがスナップ利かせて投げ飛ばす。
「お!! まくら投げやる? やる? よっしゃー!!」
受け取った涼鈴は、自分の枕もプラスして。
「まくら二刀流! おりゃー!」
「枕投げでござるか!? これもリア充イベントでござるな!?」
「枕でアビリティはなかったから大丈夫だよね……」
がばりと身を起こした咲花がノリノリキャッチ&何だかんだ楽しそうなソフィアも続く。エンドブレイカーであるソフィア的には武器とはアビリティが伴うものなので、そこは慎重に。まずは軽く投げてみた。
「わっ! ……やったあ、取れたあ!」
きゃっきゃとはしゃぐアヴァロマリアが枕を投げ返す。足下では彼女のふとんにあった枕をギィちゃんが一生懸命抱えようとしているが、体が小さすぎて難しいようだ。
「ありがと、ギィちゃん」
一緒に投げようね、とパワーは足りないけどせいいっぱい頑張るふたり。
「大丈夫そうね、よっしっ、投げるぞぉ♪」
幸運を信じてソフィアも枕を投げに投げまくる。
「ぼくも射撃は得意分野だからね! 枕投げでも狙いは外さないよ!」
二挺機関銃を自在に操る天才鈴鹿は、枕投げの腕だって勿論天才なのです!
「幸運と天才、どっちが勝つか試してみる?」
「望むところ!」
鈴鹿の狙い澄ました一撃をソフィアがキャッチ!
「ほら、ほらがら空きだぞぉ――こんなァふうに!」
体を回転させて鋭い攻撃をお返しする。
「変化球!? どうしよう――なんてね!」
驚いてみせた直後ニコリ。お見通しだよ、と鈴鹿もそれを受け止めた。
アツい攻防戦に、シルヴィアも楽しそうに鳴いてぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「敵の飛び道具が接近中、回避を試みます」
すちゃっとバイザーを降ろしたエルが、畳んで積んである布団の影に身を滑りこませる。
「躯体番号L-95。当機は後方火力支援に高い適性を発揮します――射線演算完了。迫撃砲、発射します」
ぽぽぽいと放物線軌道で枕を投げまくった。
「わわっ、雨みたいに枕が降って来た!」
「なんか枕増えてない!?」
そう、使っていない予備の布団があったという事は――同じだけ予備の枕があったのである!
「でもこれで自分の持ち弾も増やせるね!」
「負けないわよ」
「……これは、一体どういうことなのでしょう」
すっかり乗り遅れたチルが飛び交う枕を追って視線を右へ左へ。
「枕を投げて……自分には当たらなければいいのでしょうか?」
一生懸命ルールを把握しようとしている。
「取り敢えず、防御魔ほ」
詠唱も間に合わず真横から強烈な枕を喰らって布団にぽふりと倒れ込んだ。
「???」
「あら、使わないのなら頂いていくわね?」
枕を持って行くヴァーリの声に、結局何が何だかよくわからないままこくりと頷く。でもなんだか皆が楽しそうなので、チルも自然に笑顔になった。
「枕がたくさんあるなら遠慮は要らないわね」
常に二つ枕を抱えたヴァーリは、自分に迫って来る枕を片方の枕で撃ち返し、もう片方を積極的に投げ返す。きゃっきゃとアヴァロマリアがちょこまか逃げまわった。
「なかなかやるじゃない?」
子どものようにはしゃぐ彼女の様子に、長い時を生きたヤドリガミらしい慈愛と、お祭り気分特有の遠慮の無さを込めて、ヴァーリが枕を投げる投げる。
「きゃっ!」
後頭部にキツい一撃を喰らったニコリネの顔からフェイスマスクがだらりと垂れ下がった。
「やるじゃない。そーれ!」
構わずフルスイングで投げ返すものだからフェイスパックは布団の上へ。気付かないままに枕投げに勤しんでいたら、回避しようと後ろに下がった足がそれを踏んづけてずるり。
「あっ」
すってんころりんしながらも楽しそうに笑うのだった。
「忍法、枕投げの術でござるー!」
手裏剣の如くしゅしゅしゅと枕を投げる咲花。
「そんならこっちは!」
飛んでくる枕を涼鈴が足の指でキャッチ! 彼女の所持枕はこれで四つ。
「四刀流だぞ!! 四方向同時攻撃だー!! おりゃー!!」
ひゃっほーう! とはしゃぐ彼女の足元で、何だか金色の光が。
「あっ、これはSSR演出……!」
どうやら結局追加で回していたらしいガチャが、大当たりの予感――!?
「隙ありでござる!」
「ぐわー!?」
気を取られているうちに枕がヒット!
「これも修行の成果でござる」
満足そうに頷く咲花。
「必殺! トルネード打法……きゃんっ」
またしても足を滑らせるニコリネ。
「そこ、隙だらけよ!」
容赦ないつかさの攻撃――いやいや容赦はちゃんとしてます、怪力自慢の羅刹的に本気はまずいです。枕が砕けるか相手が砕けるかの二択になりかねません。
でも力を抜くだけで手は抜かない、痛くはないけれど鋭い一撃が炸裂する。倒れ込むニコリネにエルの援護射撃やらその他誰のものかよくわからない枕も降り注いだ。
「ううん……なんか疲れてきちゃったね」
いっぱい遊んだアヴァロマリアが座り込む。ギィちゃんと一緒に誰のものかもわからなくなったお布団に転がった途端、すやすやと小さな寝息を立て始めた。
気付けばまた一人、また一人と、脱落者たちがお布団の上で動かなくなっていく。
半数ほど眠りについたところで、残った者もそろそろかしらと枕を定位置におさめ始めた。
「楽しいひと時でしたね」
寝落ち組に布団をかけてあげながら、その幸せそうな寝顔につられて笑顔になるチル。自分の布団も整え終わった頃、エルが照明の紐に手を伸ばしているのが視界に入った。
「就寝時間です。エネルギー回復効率化の為に照明を落とす事を推奨」
「はい。お願いします」
「当機もスリープモードへ移行します。行動再開は明日の朝食30分前です。よい夢を――自立行動を停止。充電を開始します」
「おやすみなさい」
楽しい夜を締めくくる挨拶と共に、彼女たちも幸せな眠りに落ちていった。
成功
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