酔夢、燈游、花結
●封神武侠界、仙界にて
太陽が鮮やかに射していた金と橙を連れて、空から遠ざかり始める。代わりに射しゆく色は、静かな桃色と、そこに青や紫を重ねた夕と夜の彩。――そんな薄明のさなか。金の輝きがあちらこちらで動き出す。
頭を前後させ、トトトと歩く鳩が数羽。爪音立てて闊歩する雄鶏と雌鳥。欄干に止まって羽休め中の小鳥に、ゆらりと身をくねらせ空中を游ぐ龍。
空を行くものは他にもいた。
ゆるりと翼を広げ、屋根から屋根へ。猫ほどの大きさをした朱雀は気ままに移動した後、胴に宿る焔を低く鳴かせて輝きを強くする。そのまま堂々と佇む様は威厳があり――鳩や小鳥らと同様、木と紙で出来た燈籠だと解っていても、見惚れる美しさを放っていた。
あちこちに存在し、動き回りもする燈籠を順に眺めていた二人の仙人は、桃饅頭を頬張りながらゆるりと目を細める。精巧に作られ光を宿した燈籠は、大きさ形問わず、どれも芸術品といって差し支えないのだ。
「今年も見事よのう。あやつめ、また腕を上げたわ」
「全くだ。あれの弟子は、作り過ぎだと釘を差すのに忙しかったと思うが……」
「で、あろうな。さぁて、今年はどの燈籠を連れて帰ろうか。おお見ろ、丸こい犬だ」
「向こうの、雲がかる桃源郷を描いた灯篭もまた美しいぞ」
あの燈籠にしようか。いや、そちらの燈籠にしようか。
楽しげに語り合う仙人二人の近くを、年若い娘二人がそわそわと通り過ぎていく。
花で飾った半面で素顔を隠した娘達の足は、通りの頭上や壁など、様々な場所に置かれ、周囲を温かに照らす燈籠溢れる祭り――では、なく。その、向こうへ。
●酔夢、燈游、花結
「庭園だ。広大な池の上に建つ中国様式の庭園なのだが、池に少々変わった花が在る」
きりりと真顔だったが故に、戦いの報せかと思いきや仙界での祭りの話を持ってきた黎・万狼(花誓・f38005)曰く、その花は蓮と睡蓮を合わせたような見た目なのだという。
外側の花弁はふくらとやや丸みを帯びて蓮に似て、内側にあるものほど睡蓮のように細い。色は桃源郷に相応しい優雅な桃で、池の水面を豊かに彩るその花の香りもまた、心安らぐ上品なもの。
――そして。
「その花は、見た者の心を悟り、花の上に幻を現すのだ」
欲しいと思う何かの形をしている事もあれば、願う夢の姿で現れもする。
自身すら知らなかった恐れや、深い愛情が向く先である事も。
「心の如何なる部分を悟り、幻として現すかは、見る者の心次第と聞く。己を知るべく、敢えて庭園へ向かう者もいるようだ」
花浮かぶ池と庭園の風景は美しく、そちらを目当てとした者も多い。東屋や、腰を下ろして寛ぐのに適した椅子や、寝そべるのに良さそうな芝生も当然あり、祭りで買った料理を味わう事も出来るのだ。
秋野菜を贅沢に使った蒸しものや、栄養を蓄えた獣の肉を使った数多の中国料理。
花、人、獣、または神や瑞獣などなど。常とは違う自分になれる、華麗なお面。
とある仙人が技巧を凝らし、弟子の小言と戦いながら作った素晴らしい燈籠達。
滞在する者の霊力を高める桃源郷の力を絶やさぬよう、羽衣人や瑞獣の仙人や寵姫達によって催されるその祭り。辿り着いた者全てを誘ってくれるが、桃源郷へ通ずる道には障害が仕掛けられており――と言っても、猟兵ならば乗り越える事は容易いだろう。
「思い思いに過ごし、桃源郷の加護を得るのも良いだろう。どのように過ごすかは各々に任せる」
では。
生真面目一色の表情のまま、男は窓の形をしたグリモアを現した。青い花弁が舞い、窓が開き――今はまだ夕刻に染まる空の下、桃の花咲く美しき世界が広がった。
東間
仙界での秋祭り&不思議な花咲く庭園へご案内。
東間です。
●受付期間
タグ、個人ページ、X(https://twitter.com/azu_ma_tw)で告知。オーバーロードは受付前でもOKです。
●一章(導入場面無し)
祭りを楽しむべく、まずは幻覚で創られた偽りの桃源郷を超えなければいけませんが、一歩踏み入れた瞬間ふわふわんと霧が広がって、貴方が思う『美しくて幸せな空間』が広がります。
途中で偽物だと気付いたり、最初から解っていたけれど少しだけ浸ってみたり。
どのような空間が広がるのか。コメディなのかシリアスなのか含め、内容はご自由に!
●ニ章
灯籠溢れる祭りを楽しんだり、心を悟り咲かせる花浮かぶ池がある庭園を訪れてみたり。
両方楽しめますが、メインはどちらか一方に絞る事をオススメします。
>灯籠補足
円柱や四角柱、鳥や犬や猫や蝶、幻想の獣や四神を模ったものなど、様々な燈籠細工が桃源郷を彩っています。生き物系灯籠は、制作者である仙人の術で生きているかのように動き回ります。購入可能。
ニ章での、黎・万狼を始めとする当方のグリモア猟兵へのお声がけはお気軽にどうぞ。
●グループ参加:二人まで
プレイング冒頭に【グループ名】をお願いします(【】は不要)
送信タイミングは同日であれば別々で大丈夫です。
日付を跨ぎそうな場合は翌8:31以降だと失効日が延びてお得。
グループ内でオーバーロード使用が揃っていない場合、届いたプレイング総数によっては採用が難しい場合があります。ご注意下さい。
以上です。ご参加、お待ちしております。
第1章 冒険
『まやかしの桃源郷』
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POW : 強い意志をもって気合いで切り抜ける
SPD : 取り込まれる前に足早に切り抜ける
WIZ : 知恵を絞って切り抜ける
👑7
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ベゼリアイト・スナティ
ユナカイト(f41410)お兄様と
【兄妹】
・心情
あら、あら懐かしい花ね、懐かしい香りね
ここにお兄様は居るかしら、居ないかしら!
・行動
あら、あら、なんだか懐かしい木々や花々ね
ここはお兄様と離れ離れになる前に居た森かしら!
…あの長身は、…なんて懐かしいのかしら、なんて美しいのかしら
わたくしの半身、わたくしの欠片、わたくしのお兄様!
けれどふふ、貴方は違うわ、だって本当のお兄様は……わたくしをとても愛してくださいますもの!
わたくしの欠片がここで見付かるって思っているのよ、ほら、だって懐かしい気配がするの!
「お兄様!」
ああほらあの笑顔
わたくしと離れる前にもみていた笑顔
えぇもう離れないわ、お兄様!
ユナカイト・スナティ
兄妹 ベゼリアイト(f41218)と
心情他
大切な妹を探して放浪中。彼女が見つかればココがどこでも構わないが、この"美しい"世界の先にあるという祭りで妹の笑顔がみられるのではないかと
そんな天啓に導かれるように
行動
ここは懐かしくも忌まわしい景色。我らが祀られていたあの森?
見覚えのある景色に視線をめぐらせ、否と自問自答する
(いや、我らの欠片があった場所が美しいはずがない。デウスエクスの襲来で離れ離れになったのだからと苦々しい記憶に思わず舌打ち)
彼女のことを想いながら大切な欠片の気配を探れば、聞き違うはずのない愛しい呼び声がして妹専用の笑顔で
「わが妹よ、やっと逢えたな。もう離しはしない。ともに行こう」
封神武侠界。仙界。桃源郷。
ベゼリアイト・スナティ(ラ カージュ・f41218)にとって、それらの響きは訪れたこの瞬間に細い糸で結ばれたものばかりだ。けれどベゼリアイトは訪れたばかりのそこをたちまち覆っていく霧にも微笑を向け、長い髪をふわり靡かせ軽やかに歩き出す。
覆ったばかりなのにすぐ退散し始めた霧の先、見え始めたものに、鮮やかなルビーとエメラルドのオッドアイが楽しげに細められていく。
「あら、あら」
初めて訪れた世界だと思うのだけれど、何だか懐かしい木々や花々ばかりが目に入る。鼻腔をくすぐる香りだってそうだ。くるりくるりと気になる方へ視線を向ける度、そよかぜに踊るように長い髪が揺れた。
もしや、ここは――ううん、「もしや」などではない。
ベゼリアイトは浮かべていた微笑をより明るくさせ、期待に満ちた眼差しを周囲に向ける。
「ここはお兄様と離れ離れになる前に居た森かしら!」
だとしたら、茂る木々や咲く花々のように、きっと求める存在も此処にある筈。
ベゼリアイトの躍る心へ応じるように、懐かしき風景の中にその姿は現れた。
「……あの長身は、」
美しい自然の中に佇む姿を見た瞬間、胸の裡に想いが溢れ出す。
なんて懐かしいのかしら。
なんて美しいのかしら。
「わたくしの半身、わたくしの欠片、わたくしのお兄様!」
声も弾ませ駆け寄れば、懐かしい横顔が自分に気付いた瞬間美しい笑顔を浮かべた。ベゼリアイトもにこにこと笑みながら傍へ行き――そっと足を止め、くすくす笑う。
「どうした、わが妹よ」
『お兄様』が首を傾げるのを見て、ベゼリアイトは「あら、あら」とこぼしながら相手の頭の天辺からつまさきまでを眺めてから首を振った。
「けれどふふ、貴方は違うわ」
見た目は同じでも、決定的に違うものがある。
この『お兄様』には、兄が持つ絶対のものが無い。
「だって本当のお兄様は……わたくしをとても愛してくださいますもの!」
しかしベゼリアイトが憂う事はない。なぜなら、自分の欠片が此処で見付かるという絶対のものが――懐かしい気配が、此処には在る。
仙界に在る、美しく幻想的な世界――桃源郷。
ユナカイト・スナティ(神のゴッドハンド・f41410)が足を踏み入れた瞬間、霧が視界ごと周囲を覆った。
何よりも大切な妹が見付かるのではないか。この先にあるという祭りで、妹の笑顔が見られるのではないか。そんな天啓に導かれるようにして訪れたユナカイトは、風もないのに流れるようにして消えゆく霧の先を見ようとして――広がった風景に、不快の色を僅かに滲ませた。
「ここは……」
懐かしい。だが同時に、忌まわしい。
目に映るのは、自分“達”が祀られていたあの森ではないか?
記憶の中と重なる美しい景色には見覚えしか無く、ユナカイトは視線を巡らせ――短く息を吐いた。否。否だ。
(「いや、我らの欠片があった場所が美しいはずがない」)
あの場所はデウスエクスの襲来を受けた。忌々しい出来事によって自分達が離れ離れになった場所が、こうして美しく在る筈がない。
ユナカイトの持つ苦々しい記憶は、無意識のうちに舌打ちをさせていた。しかしそれで周囲の様子が変わる事もなく、広がる森は、襲来を受ける以前の様を鮮やかに浮かべるばかり。
(「わが妹は、今、どこに」)
心に浮かぶ唯一の存在を想いながら、大切な欠片の気配を探る。
妹が見付かるのならば、此処がどこでも構わない。そう思いやって来たユナカイトだが、降った天啓が大切な欠片と結びつく可能性があるのなら――その導きを探す事を厭うなど、ある筈もない。
四方に意識を向け、気配を探るその耳に、己のものではない声が届いた。
「お兄様!」
その声を聞き間違う筈がない。
何よりも愛しい呼び声に、浮かべていた表情は唯一にしか見せない笑顔で彩られる。
周囲に広がっていた風景が、懐かしいものから、可憐な花咲かせた木々と荘厳な岩山が聳え立つものへと変わっていく。けれど二人の神は、離れ離れとなる前にも見ていた懐かしい笑顔だけを双眸に映し、微笑み合う。
「わが妹よ、やっと逢えたな。もう離しはしない。ともに行こう」
「えぇもう離れないわ、お兄様!」
漸く再会した唯一の手を取り、二人は歩き出す。
偽りの先に待つ美しき世界――新たな幸せが芽吹くだろう、桃源郷の祭りへと。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
椚・一叶
友のトリス(f27131)と
なんだか美味そうな酒や食べ物の匂い
気分が高揚して駆け出せば
ご馳走だらけの世界…!
トリス、儂は今日から此処に住もうと思う
見ろ、立派な屋敷もある
あっちこっち駆け回って堪能すれば
ふと
勝手に食べ物が出てくるのであれば
働いたり、戦う必要なし?
満たされてるが何だか物足りないような
ごろごろ転がってから、むくり起き上がり
…やっぱり、要らん
刺激が足りない
友と探し歩いた先の、美味いものや良い景色
その方がずっと良い
これは幻覚だったか
トリスは何を見ただろうか
戻ってこれなさそうだったら、軽く殴…肩叩いてみよう
…何で貴様、殴る態勢?
半眼になりながら、お互いが見た桃源郷の話でもしつつ
先へ進もうか
鳥栖・エンデ
友人のイチカ君(f14515)と
其々が見える桃源郷ってどんなだろうねぇ
ふわんと広がった霧の先には…
ぱちぱちと暖炉の火が爆ぜる音、
薪ストーブも見えて温かな室内で
ついでにコタツに蜜柑も見えれば
あぁ〜…確かに此れは『美しくて幸せな空間』
寒い日に鍋パしたり、そのまま寝たりは至福の時間〜
とは言え、ひとりで過ごすのもつまらないモノだから
一緒に来た筈の友人を探しに行こうか
同じような立派なお屋敷…?で鉢合わせたなら
其れはそれで面白くもあるけども
イチカ君が見たのは酒池肉林とか、かなぁ
刺激が足りない?
それなら軽く一発殴っておこうか〜と
ジャブの構えで……いやぁ冗談、冗談だよ多分
満開の桃の花。聳え立つ岩山。空気は澄み、遠くの景色は雲が掛かって朧げで――という具合に見えていた桃源郷は、やって来て早々発生した霧に覆われ見えなくなった。
しかし椚・一叶(未熟者・f14515)も鳥栖・エンデ(悪喰・f27131)も、これがグリモアベースで聞いた障害かとのんびり笑い合う。
「其々が見える桃源郷ってどんなだろうねぇ」
「儂が見る桃源郷とトリスが見る桃源郷か。ふーむ……」
一叶の言葉はそこで途切れ、目は周囲を気にし始める。けれどもエンデから「どうしたの」といった言葉はない。
「これは……」
霧の先に、何か見える。音も、する。
エンデの足はそちらへ向き、一叶の足もまた、視線を注ぐ先へと引き寄せられていた。
(「なんだか美味そうな酒や食べ物の匂いがするんだが?」)
どうしたって気分が高揚するそれに誘われるように、一叶は駆け出した。その勢いに押された霧がぶわりと踊り――ふいに晴れたそこに、楽園が広がっていた。
「こ、これは! ご馳走だらけの世界……!」
ようこそ一叶様といわんばかりに並ぶ、米料理に肉料理に魚料理にパンに麺類にスイーツ達。酒樽、酒瓶、更にシャンパンタワーとアルコール類も豊富にあり――“何で霧が晴れた先にご馳走だらけの世界があるんだ”なんて疑問はご馳走の前では発生し得ない疑問だった。
「トリス、儂は今日から此処に住もうと思う。見ろ、立派な屋敷もある」
まだ見ぬご馳走が待つ予感がする!
凛々しい表情でしかし目を輝かす一叶がダッシュで屋敷の中へ吸い込まれる間、暖炉にくべられた薪がぱちぱちと音を立て、薪ストーブや蜜柑を乗せたコタツといったぽかぽか要員がエンデの表情をふにゃりと緩ませていた。
「あぁ~……確かに、此れは」
『美しくて幸せな空間』だ。
いそいそと入ったコタツはポカポカぬくぬくで、テーブルに置いてあった蜜柑は甘酸っぱくジューシーで文句なしの美味さ。エンデは蜜柑一つをあっという間に食べ、はふ、と息をつく。
「寒い日に鍋パしたり、そのまま寝たりは至福の時間~」
温かい場所で美味しく楽しく、ぐーたらする。うんうん、とっても美しくて幸せ。コタツでアイスもいいなぁ。――なんて思うのだけど。
「イチカく~ん?」
ごろごろしながら確認しても友人の姿は見当たらない。ひとりこのぬくぬく空間を堪能する事は可能か不可能かと言われれば、勿論可能だ。とはいえ、ひとりで過ごすのもつまらないモノで。
「探しに行こうっと」
アフタヌーンティーの部屋。出来立て揚げ物の部屋。他、色々。
屋敷の中を駆け回った一叶が堪能した美味は、どれも『ご馳走』の三文字に相応しいものばかり。種類も豊富な為、少し行くだけで味変が出来るから飽きが来ない――筈だった。
少しばかり休憩するかと寝転がったソファの上で、ううん、と小さく唸る。
「勝手に食べ物が出てくるのであれば、働いたり、戦う必要なし?」
食べたものは美味かった。腹も満たされている。なのに、何だか物足りない。全てが満ちる心地に至っていないのだ。
数回ごろごろ転がった一叶はむくりと起き上がる。
「……やっぱり、要らん」
これは、刺激が足りない。
(「友と探し歩いた先の、美味いものや良い景色。その方がずっと良い」)
今まで得てきたそれらの方が――いや待て。これは、各々の考える『美しくて幸せな空間』という幻覚ではなかったか?
(「トリスは何を見ただろうか」)
ソファからひょいっと下りてドアを開ける。
「あ、イチカ君だ」
部屋を出てすぐ見付かるとは、まさかこのトリスも幻覚か? そう思った一叶だが、こちらを見て面白そうに笑ったエンデがジャブの構えを取った。これは本物だ。しかし。
「……何で貴様、殴る態勢? そんな刺激は要らんのだが?」
「刺激?」
「ああ、それがだな……」
行く先々で食べたご馳走、一叶が見た桃源郷はエンデの予想通りの酒池肉林。ただし刺激抜き。成る程ね~それで退屈そうな顔してたんだ。納得の後、こてりと首を傾ぐ。
「何で半眼なの?」
「貴様が殴る態勢のままだからだが?」
「刺激が足りないって言うから。軽く一発殴っておこうか~と思って」
「軽く? 本当に軽くか?」
「……いやぁ冗談、冗談だよ多分」
多分、の言葉に一叶の半眼がより厳しいものになり――ニヤリと笑う。
「先へ進もうか」
「そうだね。今度は美味しいの食べられるといいよねぇ」
あれでは、お腹も心も膨れやしないもの。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
フリル・インレアン
ふわぁ、さすが桃源郷ですね。
すごく綺麗です。
ふえ?どこが綺麗なんだって、この桃源郷ですよ、アヒルさん。
ふえ?どこがどう綺麗なんだって、このたくさんの桃の花が幻想的じゃないですか?
ふえ?桃と桜は違うぞって、……そ、そんなのわかってますよ。
ここで咲いているのが桃でサクラミラージュで咲いているのが桜じゃないですか。
どこがどう違うのかって、それは
…………。
ふえ?本物の桃を見て勉強しろって、
それにここには何も咲いていないって、どういうことですか?
アヒルさーん、待ってくださーい!
近くで見る桃の花は花弁も色も柔らかく、遠くのものは桃色の雲海めいている。その先に見える岩山は遠いものほど霞んでいて、フリル・インレアン(大きな
帽子の物語はまだ終わらない・f19557)は桃源郷の絶景に見惚れながら歩いていた。
「ふわぁ、さすが桃源郷ですね。すごく綺麗です」
『グワワ?』
「ふえ? どこが綺麗なんだって、この桃源郷ですよ、アヒルさん」
両手で抱えているアヒルさんが首を傾げ、頭を横にぷるぷると振り、翼をクチバシに添えた。
「どこがどう綺麗なんだ、って……このたくさんの桃の花が幻想的じゃないですか?」
と思ったが、アヒルさんはそうではないらしい。また頭をぷるぷる振られグワグワと指摘も飛んできた。
「ふえ? 桃と桜は違うぞって……そ、そんなのわかってますよ」
春の花という点は同じでも見た目が違う。フリルは「さすがに間違えませんよ」と少しだけ口を尖らすが、アヒルさんは「ふーん?」と言いたげな目で見上げてきた。
「まだ私を疑ってるんですね、アヒルさん。本当ですよ。ここで咲いているのが桃でサクラミラージュで咲いているのが桜じゃないですか」
『グワワ』
「ふえ? どこがどう違うのかって、それは
…………」
えっと、確か。目の前にある桃の花と、サクラミラージュで見た桜。頭の中に二つを思い浮かべようとしたフリルだが、グワグワガアガア――アヒルさんのフフンな声で浮かびかけていた二つの花がぽんっと消えた。
「ふえ? 本物の桃を見て勉強しろって……本物ならここに、」
『グワワ、グワ』
「ふえ?」
それにここには何も咲いていない
両手からぴょんと飛び降りたアヒルさんがフリルをじっと見上げる。どういうことかと訊いてもアヒルさんは答えてくれない。そのままペタペタッと駆け出した。
「アヒルさーん、待ってくださーい!」
何が何だかわからない。
戸惑いながらも必死に追うフリルの後ろ。広がっていた桃源郷がぐにゃりと歪み――消えていく。
大成功
🔵🔵🔵
楊・暁
【朱雨】
見える幻影は“俺達の日常
おはようと共にとる朝食
藍夜に見送られ学園に通学
藍夜の迎えで帰宅、夙夜(喫茶店)営み
二人で夕飯作り食べて風呂
おやすみを言い寝る
大切な…けど永遠には続かない日常
失いたくないのに俺達はいつか老いて死んじまう
1日でも相手を残して…相手を悲しませるなんて俺は嫌だ
藍夜に出逢って愛を知って…欲深くなった
繋ぐこの手を離したくねぇ
藍夜を手放したくねぇ
…そうか、そうだ…!
藍夜の腕引き、顔近づけ名を呼び
仙人だよ、藍夜!
…俺が言った言葉、覚えてるか
“お前と永劫、離れねぇ”って
その手段があるって言ったら…どうする?
そうだ。仙人になりゃいい
恐らく俺達が選べる唯一の手段
…でも、同時に死ねなくなる
どんなに辛くても“死”って逃げ道はもう…選べねぇ
…どうする?藍夜
俺は…手段があるなら取りてぇ
どのみちお前なしの人生なんて考えられねぇんだ
それに…死ぬ気なんて更々ねぇしな
お前と生きる
それが俺にとって一番大事で、一番の幸せだ
畏れも後悔も絶対ねぇ…!
真っ直ぐな眼差しで
…俺も、藍夜が好きだ
笑い、抱きつく
御簾森・藍夜
【朱雨】
見えたのは
心音との日常
長らく一人ことを気づけば二人でしてる
おはようもおやすみも、何もかも
春から心音が復学したから朝は心音の弁当を作って送り出して、店は一人で
夕方に心音から連絡が来たら迎えに行く
夕飯は二人で作って食べて、風呂でするのは今日の話
髪と心音の耳と尻尾も乾かして、おやすみと伝えて
心音が寝たのを見てから寝る
ずっと続いてほしい
失ってばかりの人生で、手放せないと思う存在に出逢ってしまった後悔も不安も分かってる
勿論、全部いつか終ることも
先に死にたいと言ったら怒られたけど
心音は優しい
指きりをして俺に約束をくれた
だからこそ何より大切に、めいっぱい愛したいし守りたい
俺はもう、置いてきぼりも寂しいのも嫌だ
(手を引かれてきょとん
どうしたんだ、心音…せんにん?
約束、ちゃんと覚えてるぞ
そう、
永劫
あれを現実に?そんな、
(荒唐無稽に聞こえて一瞬瞠目
いや…でも、
俺、心音とならいい
何の心配もない
心音は強いな、そういうところが好きなんだ
(抱きとめて抱きしめ
ありがとう、心音
四方を満たした真っ白な霧が風もないのにふわりと舞って、消えていく。花の桃色と幹や枝の深い茶色、岩山の黒や灰も。代わりに現れたのは、見慣れた色と形ばかり。
「おはよう」
「おはよう」
同じ言葉を笑顔で交わして、テーブルの上に並ぶ朝食を取る。
楊・暁(うたかたの花・f36185)の手元にはランチバッグがひとつ。中に収まっているものは、春から復学した
暁の為にと御簾森・藍夜(雨の濫觴・f35359)が腕によりをかけた弁当で、中身は昼までのお楽しみだ。
「んじゃ行ってくる、藍夜」
「ああ。いってらっしゃい、心音」
朝食を終えれば、心音は藍夜に見送られながら学園へ。暁を見送った藍夜は『夙夜』を一人で切り盛りする。二人が合流するのは夕方以降。藍夜のスマホに、心音から連絡が届いてからだ。
藍夜の迎えで二人揃って帰宅した後は、迎えに行っていた間閉めていた店を再び営業状態にして――そして夜は勿論、朝していたように二人で食べる。ただし夕食作りは一人ではなく二人一緒に。
「ん、美味い」
「こっちもいい味だぞ」
腹を満たして食器を片付けて、入浴時には今日の事を語り合う。学園の事。店での事。
風呂上がりに心音の狐尾を乾かすのは藍夜の役目で、二人揃ってしっかり乾かした後は寝るだけだ。
「おやすみ、藍夜」
「おやすみ、心音」
心音の瞼が閉じられてから数分後。すうすうと寝息が聞こえてから、藍夜も瞼を閉じて眠りにつく。
それが、二人の日常。
ずっと続いてほしいと思う幸福。
大切な――けれど永遠には続かないと解ってもいる、当たり前となった日々。
(「俺は、心音を手放せない」)
失ってばかりの人生でそういう存在に出逢えたのだという幸福に、後悔と不安がぴたりとくっついている。
解っている。勿論、全部いつか終わる。
だから「心音より先に死にたい」と言ったら心音に怒られた。
(「心音は優しい。指きりをして俺に約束をくれた」)
だからこそ何より大切に想う。めいっぱい愛したい。めいっぱい守りたい。
(「俺はもう、置いてきぼりも寂しいのも嫌だ」)
(「俺は、藍夜まで失いたくないってのに」)
定命の種である自分も藍夜も、いつかは老いて死んでしまう。日々重ねていく幸せは、いつか来る終わりへと近づく日々でもある。だから一日でも相手を残して――そんな思いが芽吹くのも、わかるけれど。
(「……相手を悲しませるなんて俺は嫌だ」)
出逢い、愛を知り――欲深くなった。
奪われ続けて、失って、ようやく得たこの温もりを。繋ぐ手を、離したくない。
御簾森・藍夜という命を手放したくは――。
「……そうか、そうだ……! なあ藍夜、藍夜っ!!」
ぐいっと腕を引いて名前を呼ぶ。突然の事にきょとんとした顔は、引っ張られた事で普通に立っている時より近い。
「どうしたんだ、心音」
「仙人だよ、藍夜!」
「……せんにん?」
ぱちぱちと瞬きを繰り返す藍夜の中で、数秒遅れで『せんにん』と『仙人』が繋がる。
「その仙人がどうかしたのか?」
「……俺が言った言葉、覚えてるか」
「約束、ちゃんと覚えてるぞ」
“お前と永劫、離れねぇ”
心音が告げてくれた
永劫を、忘れるわけがない。そして人間と妖狐だからこそ、あの約束を叶えたくても叶えきれないのだと解っている。
藍夜の双眸に滲んだ寂しさに心音の狐耳がぴんっと揺れた。
「その手段があるって言ったら……どうする?」
「あれを現実に? そんな、」
夢みたいな事、あるわけが。
荒唐無稽に聞こえ瞠られた藍夜の目に一瞬で浮かんだ変化に、心音は何度も頷いた。
「そうだ。仙人になりゃいい」
定命種である自分達が永劫を共にしようとした場合、
それは恐らく、選べる唯一の手段だ。それは間違いなく自分達にとって希望であり――新たな後悔と不安になる可能性を宿している。
「……でも、同時に死ねなくなる。どんなに辛くても“死”って逃げ道はもう……選べねぇ。どうする?」
願いは叶うが、不死の存在に変われば終わりのない
永劫に生きる事になる。
それでも、暁は改めて自分の願いを口にした。
「藍夜。俺は……手段があるなら取りてぇ。どのみちお前なしの人生なんて考えられねぇんだ。それに……死ぬ気なんて更々ねぇしな。お前と生きる。それが俺にとって一番大事で、一番の幸せだ。畏れも後悔も絶対ねぇ……!」
欲を覚えた心は掴んだ今を離せない。どこまでも真っ直ぐな眼差しをひたすら注がれていた藍夜の目が、ぱち、と一度瞬いた。
「俺、心音とならいい。何の心配もない」
心音が見つけた道。ぶつけられた願いと欲。どちらも藍夜にとって、いきたいと思う未来を示してくれた道標で――だからこそ、想うのだ。
「心音は強いな、そういうところが好きなんだ」
「……俺も、藍夜が好きだ」
笑って抱きついた体を長身が受け止め、広い腕がそっと抱き締める。
「ありがとう、心音」
上から届いた言葉に、笑う声と揺れる狐尾が応え――偽りではなく、本当の桃源郷が花咲くような優しさで広がった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
琴平・琴子
真っ白なお部屋
私が大嫌いだった病院の一室
クレヨンで塗り潰したガーランド
縫い合わせたフェルト地の古びたぬいぐるみ
どんなに彩を与えても真っ白なお部屋が嫌だった
まるで何もないと言われている自分のようで
そこに咳をして一人で入院している自分も嫌だった
だけどそこには
こんにちは、と
王子様
その彼の肩から身を乗り出し微笑む何も言わない
お姫様がいた
貴方達が言葉を語るだけで、貴女達が微笑むだけで
私の真っ白な世界は彩がついて眩く見えた
いつかなれるかな
あなたたちみたいに
そう思っていたけど
いつかは其処から出て歩いていかなきゃいけなかった
硝子の靴も
何でも褒めてくれる鏡も
己の姿を元に戻す剣も無くとも
だから今、此処を飛び出て行くね
王子様にもお姫様にもなりたかった
だけど今は、私は、琴平・琴子だと胸を張って歩むの
裸足の足でも
可愛くて綺麗なドレスも
強さを誇る剣は無くても
真っ直ぐ前を向いて歩いていくの
ねえ、それでも良い?
貴方達はただ微笑むだけ
それでも私は美しい箱庭と虚像を胸に出して
今一歩を踏みしめて行くから
他の色も、汚れも、一切ない純粋な白。
霧が晴れて最初に見たものに、琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)の翠の双眸はぴくりともしなかった。見えているものを見えているままに、ただ、映すだけだった。
見えたものに感じたものは、ただひとつ。
(「大嫌い」)
真っ白な、病院の一室が大嫌いだ。
クレヨンで塗り潰して作ったガーランドを壁にかけた。
フェルト生地を縫い合わせた、古びたぬいぐるみだって飾った。
けれどこの部屋は、どんなに彩を与えても真っ白なまま。ガーランドも、ぬいぐるみも、どちらも確かに存在するのに、この部屋はどうしたって真っ白なままだった。変わらない。
(「大嫌い」)
まるで何もないと言われている自分のようで――、
けほっ
ごほ、こほっ
真っ白な部屋に自分が咳をする音だけが落ちる。
一人で入院している自分という現実。自分の事も嫌になる。――だけど。
こんにちは
王子様がいた。
彼の肩から身を乗り出し微笑む、何も言わない
お姫様がいた。
王子様が言葉を語る。お姫様が微笑む。それだけで、真っ白で静かな癖に煩いあの
部屋が、彩を宿して眩くなる。二人が来てくれる度に、琴子の中にあった“大嫌い”という気持ちは穏やかに晴れていた。
いつかなれるかな
あなたたちみたいに
そう思っていたけれど、いつかはそこから出て、歩いて行かなきゃいけなかった。
硝子の靴。何でも褒めてくれる鏡。自分の姿を元に戻す剣。御伽噺で物語を進めてくれる光が無くとも。――此処には、ずっとは居られない。
「だから今、此処を飛び出て行くね」
ベッドの上に縛られていた自分を眺めた後、微笑む王子様とお姫様に笑いかける。二人の眼差しが、ふんわりと琴子に向いた。二人が笑う。あの頃のままに。
この瞬間も世界を眩しくする二人になりたかった。
王子様にも、お姫様にもなりたかった。
「だけど今は、私は、琴平・琴子だと胸を張って歩むの」
裸足の足でも。
可愛くて綺麗なドレスも、強さを誇る剣は無くても。
真っ直ぐ前を向いて、歩いていく。
「ねえ、それでも良い?」
訊ねてみても、二人はただ微笑むだけだった。
それでもいい。
大嫌いだった真っ白な部屋。二人とのひとときで彩を宿す美しい箱庭。此処に在る筈の無い、虚像。全てを胸に出して、今一歩を踏みしめて行く。
立って前へ進む為の目と足。
進む事を諦めない心。
御伽噺の光が無くたって頁をめくる事は出来ると――琴平・琴子は知っている。
大成功
🔵🔵🔵
ルーシー・ブルーベル
【月光】
桃源郷でひらかれるお祭り、なんて
とっても気になるわ!
楽しみね、と繋いだ手を揺らしながら応えていると
これは、霧?
――ララ
わたしの本当の名を呼ぶ声がする
同じ金色と水色の瞳
ブルーベル家の、血の繋がったお父さま
赤ん坊のわたしを優しく抱くお母さまを愛しげに見つめて
肖像画のように幸せに満ちた光景
そう、何度も願った世界
けれど
……う?ゆぇパパ、どうしたの?
目の前のお顔はどこか不安そうに見えて
パパのお言葉を聞き
ご自身も幸せな家族の幻を見たのだと気づく
なのにルーシーのことを想って下さったのね
その頬に両手を伸ばして包むように
ゆぇパパ
確かにブルーベルのお父さまとお母さまの姿を見たわ
とても幸せそうで
本当にそうならって昔は何度も思った
でもね、今は思わない
以前パパが言って下さったでしょう
わたしは幻とは違う過去があってパパと出会ったけれど
その事に、ルーシーのお父さまに感謝してるって
わたしもそう
パパの所に来れてよかった
ゆぇパパと呼べる今が、最高に幸せなの
失格なんて言わないで
パパがパパでなきゃダメなの
ええ!ゆぇパパ
朧・ユェー
【月光】
彼女と手を繋ぎ
歩き出すと霧がかかる
少年と青年がいる
少年を抱き上げて優しく頭を撫でている
父親だろうか
その傍に微笑みながら見守る女性
その顔は自分の母親だ
少年は僕でそしてあの男は
普通の家族の光景
幸せな家族、これが俺が望んだ人生…
隣に居る娘、ルーシーちゃんを見る
彼女を一点を見つめている
きっと僕と同じ様に幸せな家族を見ているのだろう
少しモヤモヤする自分がいる事に気づく
心配そうに見上げる娘を抱き上げて
ルーシーちゃんごめんね
僕は、君の幸せをそのまま嬉しく思えてないんだ
本当はそちらの人生が良いはずなのに
でも幸せな君と僕は今の様になれるだろうか?
本物の父親がいるのに『ゆぇパパ』とは呼べない、呼ばないかとしれない
ルーシーちゃんを可愛く思う、でも
今のルーシーちゃんが居なくなるのが哀しいと思う
娘の幸せを願わないといけないのに
僕は父親失格だろうか
小さく温かいぬくもりが頬からつたわる
彼女の言葉に気持ちに耳を傾ける
ゆっくり瞳を開けて彼女の瞳に合わせ微笑み
ありがとうねぇ
僕も君に逢えたこの未来が嬉しい
僕の娘、ララ
「ね、ゆぇパパ。桃源郷でひらかれるお祭りって、どんなものかしら?」
「そうですねぇ。不思議で綺麗な燈籠や庭園がある、というお話ですが……」
どれくらい不思議で、どれくらい綺麗なのだろう?
ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)も朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)も、互いを見て不思議そうに首を傾げる。そこからぴょんと翻ったのは淡い金糸――ルーシーの長いツインテールだ。
「わからないけれど、とっても気になるわ! 楽しみね、ゆぇパパ!」
「そうですね、ルーシーちゃん」
繋いだ手を揺らして笑う愛娘に、ユェーもにっこり笑って頷いた。並んで歩く二人の足取りは軽く、桃源郷での祭りを楽しみにするその目には咲き誇る桃の花と――。
「おや?」
「? これは、」
霧?
そうこぼした少女の声が、不思議とユェーから遠ざかっていく。
(「あれは……」)
月色の目が映したのは少年と青年の二人だった。
青年が少年を抱き上げ、大きな掌が少年の頭を撫でる。その手付きと少年に向ける眼差しは優しさに溢れ、父親と推測するのに十分なものだった。
二人を傍で見守る女性も、青年が少年に向ける優しさを感じているように見えた。二人を見る女性の目は穏やかに微笑んでいて、憂いや恐れを一切感じられない。
その顔は、ユェーの母親と同じだった。
ならばあの少年は――。
(「僕だ」)
ユェーの目はぴたりとして移ろわない。
見えるものを前に、凍ってしまったかのように変化しない。
月色の目は少年に何か優しく語りかける男へと移った。男が少年に向ける眼差し、紡ぐ言葉の内容とその声音、雰囲気。何もかもが温かい。
少年と女性と、青年。仲睦まじい三人。――家族の姿。
(「これが普通の、幸せな家族の光景……これが、俺が望んだ人生……」)
それは決して叶わない、美しく幸せな世界だった。この頃の年齢に世界が巻き戻ったとしても、今見ているもののような関係になどなり得ないと解っている。
ユェーはふと手に宿る温もりに気付き、隣を見た。一点を見つめるブルーが何を映しているのか、尋ねなくとも、ユェーにはわかっていた。
――ララ
本当の名前を呼ばれた。
どなた、と尋ねる意識が生まれるより前に、ルーシーは自分を呼んだ声の方を向いていた。
(「――あ」
金色と水色の瞳。自分と同じニ色の目を持つ、大人の男の人――ブルーベル家の長。血の繋がった、
(「お父さまだわ」)
金色と水色の瞳は優しく細められていた。愛情を湛えた双眸は、真っ白な布にくるまれた小さな何かを抱く女性を見つめている。
(「お母さま」)
母の唇がふっくらと笑みを形作り、何度も何度も、腕に抱くものの名を呼ぶ。
可愛いララ。私の――私達のララ。
すると、白い布から小さく柔らかな手が覗いた。ふにふにとした指は驚くほど小さい。赤ん坊であるララはまだ喋れず、きっと、目だって見えていないだろう。それでもこの世に産まれたばかりの生命は、両親の愛情にくるまれながら手足を動かし、言葉にならない音をふにゃふにゃ紡いでいる。
その様子に、両親は幸せいっぱいの視線を交え微笑み合う。
その様は肖像画のようだった。幸福に彩られた世界を、ルーシーは何度も願った。あの温もりに囲まれて日々を過ごしていけたなら――。
(「けれど」)
指先に籠められた力は、ほんの僅かだった。
けれどルーシーは何かを感じ、ユェーを見る。月色が、どこか不安そうに見えた。
「……う? ゆぇパパ、どうしたの?」
「……ルーシーちゃん」
今の気持ちは、あの霧と似ている。
見えているのに、形がしっかりと定まらない。
ユェーはルーシーと片方の手を繋いだまま、自分よりもずっと小さく華奢な体を抱き上げた。
「ルーシーちゃんごめんね。僕は、君の幸せをそのまま嬉しく思えてないんだ」
ルーシーも『自身が思う、美しく幸せな空間』を見たのだ。ならば本当はそちらの人生が良い筈で――なのにこの心は、愛娘が見たものを喜べない。
幸せな君と僕は今の様になれるだろうか?
本物の父親がいるのに『ゆぇパパ』とは呼べない、呼ばないかもしれないのに。
「僕は、ルーシーちゃんを可愛く思う。でも、“今のルーシーちゃんが居なくなるのが哀しい”と思っているんです」
娘の幸せを願わないといけないのに。それが親というものだと――自分はそれを得られなかったけれど――そうなのだと、知っている。
「僕は父親失格かもしれません」
眼の前で翳る月色にルーシーの瞳がかすかに震えた。
ああ。ご自身も幸せな家族の幻を見たのだ。
(「なのにルーシーのことを想って下さったのね」)
ユェーの頬に小さな温もりが灯った。下ろされた瞼が月色を隠す。
「ゆぇパパ。確かにブルーベルのお父さまとお母さまの姿を見たわ。とても幸せそうで、本当にそうならって昔は何度も思った」
ユェーの眉尻が下がった。
その極々僅かな変化は、朧・ユェーを知らない者ではきっと気付けない。けれど――小さな掌は真っ白な頬をそうっと撫で、優しい温もりを描く。
「でもね、今は思わない。以前パパが言って下さったでしょう。わたしは幻とは違う過去があってパパと出会ったけれど、その事に、ルーシーのお父さまに感謝してるって」
「…………」
「わたしもそう。パパの所に来れてよかった。ゆぇパパと呼べる今が、最高に幸せなの」
「失格なんて言わないで。パパがパパでなきゃダメなの」
きゅっと可愛く籠められた力はユェーをほっぺ越しに捕まえるようで――ゆっくり開けられた月色の瞳がルーシーのブルーに染まった人に合わされ、微笑んだ。
「ありがとうねぇ。僕も君に逢えたこの未来が嬉しい」
こうであったならと望んだ人生を歩んだ自分では、この未来にはきっと辿り着けない。
「僕の娘、ララ」
「ええ! ゆぇパパ」
出会った時から紡がれ、重ね続け、この未来に辿り着いた唯一の彩。
その幸福と喜びを胸に父は娘を抱きしめて、娘もぎゅうっと、同じものを返す。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
英・陽彩
《二律》
気付けば夕暮れの東屋
実家にあるその場所は二人の特別な場所だった
『陽彩』
と名を呼ばれた
あら。久しぶりでいいのかしら
私と似た容姿の男の子
知っているようで知らない姿
だって私は――私と共に成長したアナタを知らない
小さいときに突然消えてしまった無二の存在
分かるわよ。暫く会ってなくても
私たちは双子なんだから
声は震えなかっただろうか
ねえ。いまどこにいるの…?
触れた手は冷たく
記憶に残るやんちゃで手を引かれ共に駆けてた面影は微笑み困り顔
握り返された強さだけがあの頃と変わらないような気がして
泣くな、と響いた声音に少しだけ目が熱くなる
そう簡単に泣かないわよ
子供じゃないんだから
アナタの顔が見れて嬉しかったわ
私の大切な片割れ
ふふ、今度は現実で触れたいわね
必ず見つけてみせるから
だから――また、ね
睫毛を伏せ紡ぐ名前は響かず
滲み広がる感情をぐっと堪え
指先が攫われ熱が宿る
瞬かせた眼が捕らえた笑顔にゆるり微笑み
「ええ、とてもいとおしい夢だったわ」
朔ちゃん…ありがとう
ううん、何でもないっ
ほら、お祭りを楽しみましょう
月蝕・朔
《二律》
――ボクは、いつかの世界に存在していた
或る人の魂の欠片
どうしてか
欠片がヴァルキュリアに
悪霊としてボクを今に存在させた
猟兵という存在は実に奇跡的な存在
ボクは異世界で散り逝く事を拒んだ死にぞこない
悪霊になってまで後悔を先に立てたかったのか
どんな思いで自分が存在しているのかは分からない
けど…目の前に広がるのはさ
いつかボクが臨みたい世界が広がってる
”その人”は月のように白銀の髪で
また満月のように金の瞳をしてる
中性的な顔だけど
ちょっぴり可愛い女性
その人と向かい合っている
優しく…穏やかに見つめ合ってた
いつか、会いたいんだ…キミに
そんでさ?謝りたいんだ
そして…いま、幸せか
キミの話がしたい
ボクは在りし日に君を傷つけてしまったから…
「大切な人に会うのは難しいな
でも、夢のような世界ってのは
こんなにも容易く叶えてくれる
嬉しいんだか…ちと切ないんだか」
夢は夢でしかない
現実に返るように陽彩ちゃんの手を取る
「いい夢見れた?」
ニッと笑み
その手を引く
なら、次はボクらの楽しい時間だ
行こう
祭りがボクらを待ってるよ♪
――ボクは、いつかの世界に存在していた、或る人の魂の欠片
それが月蝕・朔(宵闇の朔詩・f41002)の中に残る記憶だ。
けれど、どうしてだろう。その欠片がヴァルキュリアとなり、更には悪霊というカテゴリで今に存在させた。
『世界が自然現象として、世界の住民より選んだ“自らの世界に現れたオブリビオンと戦う者達”』。『生命の埒外にあるもの』。それが猟兵だ。更には、世界の加護によって訪れた世界全てにおいて言葉が通じ、外見による違和を与えない。
実に奇跡的な存在だ。
そんな奇跡的存在の一人である朔は、自分の事を『死にぞこない』だと思っている。
(「ボクは異世界で散り逝く事を拒んで……悪霊になってまで、後悔を先に立てたかったのか」)
怨念や執着を抱いて死に、結果、悪霊となったのならば、何かを抱いていた筈で――けれど、“どういった思いで自分がこうして存在しているのか”は分からない。
朔の透き通った藍色の目は、世界を覆った霧の先へと向く。自分の存在に通じる思いはわからなくとも、目の前に広がるものは自分が臨みたい世界だとわかった。
月のような白銀の髪。満月のような金の瞳。
顔は中性的で、ちょっぴり可愛い女性。
気付けば“その人”と向かい合っていた朔は、向けられる満月色の眼差しを向けられるままに受け止めていた。優しく、穏やかな心地の中、白銀の髪がさらさら揺れて綺麗だった。
「あの、さ」
“その人”が頷いた。
続きを促すような仕草に、朔は少しだけ間を置いてから続きをぽつりぽつりと紡いでいく。
「いつか、会いたいんだ……キミに。そんでさ? 謝りたいんだ」
手紙やメール、SNSを使うのではなく、こうして直接会って伝えたい。
それともうひとつ。
朔には、“その人”に会ったらどうしても聞きたい事がある。
「……いま、幸せか。キミの話がしたい。ボクは在りし日に君を傷つけてしまったから……」
そこまで言って朔は言葉を切った。
眼の前にいるのがキミであれば良かったのに。
少しだけ弧を描いた唇は、すぐ元に戻る。被っていたキャップを一度取って、被り直した。
「大切な人に会うのは難しいな。でも、夢のような世界ってのは、こんなにも容易く叶えてくれる。嬉しいんだか……ちと切ないんだか」
けれど。
夢は夢でしかない。
「あら?」
ぱちり。ぱち、ぱち。
英・陽彩(華雫・f40841)の目が数度、瞬きをする。
気付けば東屋にいた。それも実家の東屋に。更に言えば、ここは陽彩にとって――
二人の特別な場所だ。
(「私、いつ、帰ったのかしら」)
吹いた風は静かで柔らかい。さやさやと広がっていく風の音に耳を傾けた時だった。
『陽彩』
陽彩の目が再び瞬く。今度は、ぱちりと一回だけ。
声の方に顔を向けた陽彩はきょとりと目を丸くした。
「あら。久しぶりでいいのかしら」
居たのは、自分と似た容姿の男の子だった。
血の繋がりを感じるその姿を、陽彩は知っている――ようで、知らない。知りようがない。だって、自分と共に成長したアナタはいない。幼い頃に突然消えてしまった無二の存在が、あれから何年も経って、どんな20歳になっているかなんてわからない。
けれど。
「分かるわよ。暫く会ってなくても。私たちは双子なんだから」
東屋の手前に立つ片割れへ向けた声は、ちゃんと、音に出来ていただろうか。震えていなかっただろうか。そんな事を思いながら片割れの前に行く。手を伸ばし、片割れの手を取る。
「ねえ。いまどこにいるの……?」
手が冷たい。思わず手を見てから視線を上げれば、片割れは微笑みながらも困ったような顔をしていた。陽彩の手を引いて共に駆けていた、やんちゃな頃の面影がある顔で。
ぎゅ、と握り返された強さだけが、記憶に残るあの頃と変わらないような気がした。自分を引っ張って駆けていた時も多分、こんな強さで――。
『泣くな』
響いた声音は、あの頃のままとは言えない気もしたけれど。
その声音が、陽彩の目頭を少しだけ熱くさせる。
「そう簡単に泣かないわよ。子供じゃないんだから」
もう20歳よ?
陽彩はくすりと笑ってみせてから、触れたままの冷たい手を軽く揺らす。
「アナタの顔が見れて嬉しかったわ」
私の大切な片割れ。あの日からの後を知らない、大切なアナタ。
この再会は夢だけれど、この気持ちは嘘じゃない。
「ふふ、今度は現実で触れたいわね」
だから――。
「また、ね」
“ ”
睫毛を伏せ紡いだ名前は、響かない。
喉の奥が震えそうになった。陽彩は滲み広がる感情をぐっと堪え――指先が攫われる。その瞬間に宿った熱が、広がっていたものを鮮やかに晴らしていった。
ぱちりと瞬いた目に、ニッと笑う朔が入り込む。
色濃い躑躅や百合の花めいた紫色と、静かに澄んだ藍色が交わった。
「いい夢見れた?」
「ええ、とてもいとおしい夢だったわ」
ゆるりと微笑む陽彩の目は、冷えた手を取っていた指先に熱を与えた手へと注がれる。それを追って繋いだ手を見た朔は、楽しげに笑ったままダンスへ誘うように軽く持ち上げ、もう片方の手を胸元に添えて礼をする。
「なら、次はボクらの楽しい時間だ。行こう。祭りがボクらを待ってるよ♪」
「朔ちゃん……ありがとう」
「ん?」
笑顔で首を傾ぐ朔の手を、今度は陽彩が引っ張った。ぱっと笑って、晴れてゆく霧の先を指し示す。白色の向こうに、清らかな桃色がいくつも見え始めていた。その先に待つ、優雅な中国建築も。
「ううん、何でもないっ。ほら、お祭りを楽しみましょう」
現に咲く燈や花に溢れた祭りが待っている。
だから――夢に酔うのはここまでだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 日常
『薄明逍遥』
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POW : 周囲を散策して過ごす
SPD : 花を愛でながら過ごす
WIZ : 東屋でのんびりと過ごす
|
●薄明に浮かぶ
石造りの道。水路。太鼓橋。楼閣。
桃源郷の中に現れたそこは仙人らが人界の街にある繁華街を再現したものだ。桃源郷に仕込まれた試練を超えた後でなければ、人界にいると錯覚したかもしれないほど見事な造りのそこは仙界の住人と、数多の燈籠で賑わっている。
水路に咲いて浮かぶ、花の燈籠。
楼閣の窓辺を彩る、四角柱形の吊るし燈籠。
ふわりふわりと周囲や空を漂うのは、雲の形をした燈籠だった。
使う場所も形も様々な燈籠は、植物や生命を模ったものも多い。翼ある生命の燈籠はよく空を飛んでいるが、呼べば傍へとやって来てくれる。人の形をしたものは製作者の考え――「暗がりで動いていたら怖い」により、存在しない。
そんな燈籠の材料は全て仙界産で、脆そうな見た目に反して恐ろしく頑丈だ。一度火を抱けば火が直接濡れない限り輝き続け、持ち主の声や意思に応じて光源の強さを和らげもする。
持ち帰りたい時は“燈籠のどこかに名前を記す”だけでいい。
主を得た燈籠は、手足や翼のあるものならば傍をついて来てくれる。選んだ燈籠と共に、祭りをゆるりと巡るのもいいだろう。
「食事がしたい? あちらに行けば屋台が沢山並んでいて、食べる物に困りませんよ!」
「座ってゆっくり食べられるなら、私はここから真っすぐ行って右の突き当りにある楼閣をお勧めします。小籠包が永遠に食べられるくらい美味で……えーと名前何つったかな。確か三日月形の大きな燈籠が楼閣のてっぺんに……」
「あなた、月餅は好き? 兎の燈籠だらけの屋台に行けば、桃の餡を使った美味しい月餅が頂けてよ」
羽衣人、瑞獣、仙人、寵姫などなど。左右片面、または鼻から上の反面など。華麗なお面で今日だけの装いを楽しむ人々が勧めてくれる食は、美味ばかり。楼閣を使った店は、大衆食堂タイプから、しっとり落ち着いた少々お高そうなタイプまで揃っている。
そして、祭りの賑わいから遠ざかったそこ。
薄明の空の下に、心を悟り幻を現す花に満ちた庭園――『花明園』は在る。
椚・一叶
友のトリス(f27131)と
沢山の燈籠を眺めながら、のんびり歩く
どれも凝っていて綺麗だ
折角だから土産にひとつ頂こう
傍について来てくれるの楽でいいな
儂は翼がある燈籠を選ぼうと思う
森っぽい植物の模様が気に入った
椚一叶、と名前を入れたら、宜しくと声かけてみる
トリスは気に入った燈籠、あったか?
ふむ、トリスっぽい
此奴らとは長い付き合いになりそう
少し歩いて、ちゃんと付いてくるか確認する
飛んでいたら呼んでみよう
…不覚にも可愛い奴と思ってしまった
小腹が空いてきた、楼閣で小籠包でも食べようか
早く食べたくなるが
押してスープから飲むのも好き
永遠に食べられるくらい美味と言ったか
儂らは本当に永遠に食べられてしまうかも
鳥栖・エンデ
友人のイチカ君(f14515)と
色とりどり並ぶ灯籠を
眺めながらのんびり歩こうかぁ
花とか植物や生きものを
模ったのが多いみたいだけど…
イチカ君が選んだのは翼ある灯籠か
ボクは如何しようかなぁ、と
見掛けて目に付いたのは犬張子にも似た
丸こいイヌ……ネコ……?の灯籠
まぁ気に入るならどちらでも良いからねぇ
「エンデ」と名前を入れて購入すれば
後ろに着いて歩き出しそうで
こうして旅の供ってのは増えていくんだろうけれど
食べるお店も楽しみだよねぇ
小籠包は味の種類多くてボクも好きだよー
前に五色くらいあるヤツ見つけて
黄色とか赤いのが美味しかったんだよね
此処で噂の逸品もどんなのが食べられるかなぁ
ここに集った仙人らの声。誰かが奏でる弦の音色。風の音。それらが柔らかにとけあう中に温かく馴染むのは、桃源郷という場に再現された街中を彩る数多の燈籠達だ。あらゆる場所に飾られた燈籠ひとつひとつの輝きと色は、そこを訪れたエンデと一叶の双眸も柔らかに彩っている。
「凄いねぇ。こんなに色とりどりなんだ」
「うむ。しかも、どれも凝っていて綺麗だ。折角だから土産にひとつ頂こう」
「そうだねぇ。花とか植物や生きものを模ったのが多いみたいだけど……」
桜、蓮、木蓮、虎、兎、魚――足を止めて周りを見てみただけで、この状態だ。のんびり考えられる、という良さはある。
「イチカ君はどの燈籠にする?」
「儂は……そうだな。翼がある燈籠を選ぼうと思う」
生命を模った燈籠なら、手が空いたまま灯りを連れ歩ける。翼ある燈籠にしたなら、高い所も低い所も照らしてくれるだろう。――うん。楽でいい。
羽休め中のもの。地面をカツカツと音立てて歩くもの。ひらり、滑空したもの。数ある燈籠の中で、一叶の目に空から降りてきた森の彩が映り込む。
内に宿した炎が照らす、森を思わす植物模様。石造りの机の上に降りた鳥燈籠は、一叶の視線へ気付いたかのように一叶を見て、じっとしている。それは一叶が手を伸ばしても変わらず、『椚一叶』と名を書かれる間も同じだった。
(「儂が気に入ったように、お前も儂を気に入ったのか?」)
少し不思議になりながら宜しくと声をかければ、鳥燈籠が頭を軽く擦りつけてきた。宜しくしてくれるらしい。
「トリスは気に入った燈籠、あったか?」
「まだだよ。ボクは如何しようかなぁ」
一叶が選んだ翼ある燈籠も悪くないけれど、鳥系の燈籠と言ってもヒヨコにニワトリ、アヒルにカラスにハヤブサにと色々だ。如何しようかなぁ、とエンデは先程と同じ言葉を頭の中でぼんやり響かせて――。
「あ、」
(「お。決まったのか?」)
反応に気付いた一叶がエンデの視線を追い――おお、と感心したような声をこぼす。
エンデの視線を止めさせたのは、犬張子のような丸みを帯びた燈籠だった。ころりとしたフォルムには、これまたころりんとした三角形のパーツが付いている。足もころころとしていて、『足』より『あんよ』と言うのが相応しそうなその風貌はまさしく――まさしく。ええと。
「これは……イヌ……ネコ……?」
どっちだろう。
きょとりとして首を傾げたエンデはすぐにふにゃりと笑った。
「まぁ気に入るならどちらでも良いからねぇ。おいで」
手招くと、ころころとした獣燈籠が跳ねるようにやって来る。足元まで来た獣燈籠の尾は左右に揺れていて、『エンデ』と名前を書かれた途端に誇らしげに胸を張った様は愛らしい。
「ふむ、トリスっぽい」
「そう?」
「ああ。此奴らとは長い付き合いになりそうだ。……よし、ちょっと歩いてみるか」
「そうだねぇ、やってみよう」
ゆっくり。一歩ずつ刻むように。二人が歩きだすと、どちらの燈籠もすぐに後を追う。鳥燈籠は翼で祭りの空気を抱え、一叶の頭上をくるくる回っていた。
「来い」
「わ、すぐ来たねー」
「……」
「どうしたの?」
「……不覚にも可愛い奴と思ってしまった。トリスのは……何だか熱心だな」
そう。ころころ獣燈籠は、エンデを見上げ前も確認してと忙しそうに歩きながらも、主の傍を歩く事にちょっとばかり熱心に見えて――ああ、こうして旅の供というものは増えていくのだろう――燈籠達を見てふと覚えた予感は、このまま“長い付き合い”になりそうだ。
足元をゆく灯りに目を細めるエンデを見て、一叶も同じように目を細め――す、と自分の腹をさすった。
「ところで小腹が空いてきた、楼閣で小籠包でも食べようか。小籠包というと儂は早く食べたくなるが、押してスープから飲むのも好き」
「小籠包はボクも味の種類多くて好きだよー。前に五色くらいあるヤツ見つけて、黄色とか赤いのが美味しかったんだよね」
五色。ほうほう。目をキラリとさせた一叶にエンデは笑い、楼閣の上に灯る三日月を見上げた。永遠に食べられるくらい美味と噂の店を前に、期待も腹の虫も高鳴っていく。
「此処で噂の逸品もどんなのが食べられるかなぁ」
「七色ぐらいあるかもしれんが……まあ、だとしてもだ。儂らは本当に永遠に食べられてしまうかも」
「ふふ。そうだねぇ」
友人と一緒に楽しむ小籠包。それは退屈なんてものとは当然無縁で――『美味しくて、温かい』。そんな刺激に満ちている。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
フリル・インレアン
ふわぁ、ここが桃源郷なんですね。
綺麗なところです。
さっそくあちらの楼閣に行ってみましょう。
ふえ?私はまず行くべきところがあるって、どういうことですか?アヒルさん。
ふええ、私はまず本物の桃の花を観察して覚えることが先って、あのたくさんの屋台や豪華なお食事は?
あとって、そんなぁせっかく楽しみにしてたのに!!
豪華なお食事が霞のように消えていってしまいます。
軒下で静かに、柔らかに。
石造りの道を、気ままに。
水路の水面で、穏やかに。
フリルの目に留まる燈籠はその場所も形も様々で、桃源郷という地に再現された街の佇まいと相まって、数多の灯りに満ちた光景は少女の心をきらきらと照らすようだった。ふわぁ、と思わずこぼれた声は感動一色。いつものおどおどとした様子は随分と薄れている。
「ここが桃源郷なんですね。綺麗なところです」
ただ何となく視線を巡らせただけで、気持ちが明るく彩られていく。フリルは何度かキョロキョロした後、気になった方へと視線を定めた。
「さっそくあちらの楼閣に行ってみ――」
『グワグワ』
「ふえ?」
突然のアヒルさんストップ。踏み出そうとしていた右足が慌てて地面を叩く。
驚くフリルに対し、アヒルさんは当たり前と言いたげな目つきで両翼を組んでいた。
「私はまず行くべきところがあるって、どういうことですか? アヒルさん」
『グワグーワ、ガァ』
「ふええ」
しゅっしゅっ、しゅぴ。組んでいた翼をといての身振り手振りならぬ『翼振り』をしたアヒルさん曰く、『フリルははまず本物の桃の花を観察して覚えることが先』らしい。そんなこと言われても、と、数秒前まできらきらとしていたフリルの顔はすっかり普段通りになっていた。
「ほ、本物の桃の花って……じゃあアヒルさん、あのたくさんの屋台や豪華なお食事は?」
『ガァ』
アヒルさんが首を振る。どこからどう見ても“ダメ”のサインだった。すっかり決定事項のようで、『本物の桃の花が先、食事はあとで』と――えっ、あとで? まさかの展開に、フリルの目はアヒルさんと屋台の方を何度もオロオロ、行ったり来たりを繰り返す。
「そんなぁせっかく楽しみにしてたのに!!」
『ガアガアッ♪』
「ふええ、ひどいです、アヒルさーん!!」
『グワーグワッグワッ』
さあ、本物の桃の花の観察へ!
アヒルさんの楽しげな声を背景に、フリルは霞のように儚くなりゆく豪華な食事に涙するのだった――。
大成功
🔵🔵🔵
ベゼリアイト・スナティ
ユナカイト(f41410)お兄様と
【兄妹】
・心情
ふふ、お兄様と歩くのはいつぶりかしらお兄様の隣はとっても心地良いの!
・行動
お兄様と募るお話は多々あれど、美しい花屋燈籠を見ながら共に歩くわ。
ねえお兄様、お花は村で…森で沢山みたわ、でもこの花の燈籠はなかなか見なくてよ?
「お兄様、双子のような花の燈籠を持って帰りましょう?」
緑と赤の、だってお兄様、わたくし達のように双子の燈籠なんて、とても素敵なんですもの!
ユナカイト・スナティ
【兄妹】ベゼリアイト(f41218)と参加
心情
妹に寂しい思いをさせただろうから桃源郷で良き思い出をつくって帰りたい
積もる話は帰り着いてからゆっくりすればよかろう
行動
祭りの賑わいを妹と楽しみつつ周囲を散策
「妹よ。どうやら無事にたどり着いたようだ。どこから見て廻ろう?」
妹の返事に分かっていたとも愛い妹よといわんばかりの笑みを浮かべて同意した。
確かにここが桃源郷だと理解するにたる珍しき花の燈篭。
水路に咲き浮かぶ不思議な花の燈篭たちから双子のようにそろいの燈篭を見つけた妹をほめるように「なかなか好いではないか」と応じてそれぞれ名前をいれる。
彼女の笑顔に一瞬で浄化されるようだと心和ませる兄。
静かに暮れゆく空の色に、再現された街並みと数多の光が重なる。その様を双眸に映して歩くベゼリアイトの足取りは、軽やかな笑みと同じくらい明るいものだった。そんな妹の姿にユナカイトは幸せに満ちた微笑を向け――兄の眼差しに気付いたベゼリアイトもまた、明るく輝くような、まばゆい微笑を咲かせた。
(「ふふ、お兄様と歩くのはいつぶりかしら」)
いつぶりなのか。どれだけ、離れ離れだったのか。
それがベゼリアイトの心をちくりと刺す事はない。
目に、唇に、笑みを浮かべ音にして現すその心は『兄の隣を歩いている』という喜びと、兄の隣だからこそ覚える心地良さで満ち満ちていた。『多々』の二文字に収まりきらない積もる話があるものの、まずはと周囲に広がる美しい風景に目を向ける。
そんな妹神の横顔に兄神が注ぐ眼差しは、一層、愛情を帯びるというもので。
(「楽しそうだ」)
どれほどの間、寂しい思いをさせただろう。愛しい妹には、この桃源郷で良き思い出を作ってやりたい。その思い出を土産に、共に帰りたい。
ユナカイトの頭の中は『大切な妹の為に』でいっぱいだ。当然、離れ離れでいた時間以上に積もる話がある――のだが、ユナカイトはそれを急がなかった。
(「帰り着いてからゆっくりすればよかろう」)
もう、離れ離れになる事はない。ユナカイトは安心と幸福を胸に、ベゼリアイトが見ているものと同じものを目に映し、微笑んだ。
「妹よ。どうやら無事にたどり着いたようだ。どこから見て廻ろう?」
燈籠。食事。庭園。この街を彩るそれらはどれも評判のようだが、大切な妹の心彩る思い出となるそれらを適当に選ぶ事はしない。それがユナカイトだった。
兄神の提案にベゼリアイトは微笑みを浮かべたまま考える仕草をして、ふんわり微笑んだ。
「ねえお兄様、お花は村で……森で沢山みたわ」
私達が存在したあの場所で。
自分の言葉に優しく微笑みながら頷いた兄神に、ベゼリアイトは「でも」と笑って、周りを見ながら楽しげに腕を伸ばす。ひらりと空気を撫でた腕は、その先に在ったものを示した。
「この花の燈籠はなかなか見なくてよ?」
紙と木で作られた花の燈籠――この世界に存在する花々を模ったというそれは、水路に咲くようにして浮かんでいた。穏やかな水流に花の燈籠が宿す灯りがとろりと揺らぎながら映る様は、文句なしに美しい。
「お兄様、双子のような花の燈籠を持って帰りましょう?」
ベゼリアイトが何を望むか。妹神の返事にユナカイトが浮かべる笑みは、音がなくとも「分かっていたとも、愛い妹よ」と解るほど。兄神の同意にベゼリアイトは満面の笑みを浮かべ、手を引いて水路へと近寄った。
「色は緑と赤がいいわ、お兄様。そうね……ほら、あの花の燈籠なんてどうかしら! だってお兄様、わたくし達のように双子の燈籠なんて、とても素敵なんですもの!」
「ほう」
確かにここが桃源郷だと理解するにたる、珍しき花の燈篭達。その中からベゼリアイトが指した二つの燈籠は、意思があるかのようにゆっくりと水面を漂い、揃って近付いてきた。
「なかなか好いではないか」
「ふふ。でしょう、お兄様?」
見た目もそっくりの――もしかしたら、全く同じなのではと思うほどに差異のない花の燈籠は、双子のようでもあった。抱く火の橙を紙の面へと柔らかに輝き滲ます二つの花は、ユナカイトとベゼリアイトそれぞれの手でそっと持ち上げられる。
それぞれの名前を書き込めば、その瞬間だけ、花の宿す炎が強く清らかに輝いた。それは主を得た事を喜ぶようで、ベゼリアイトの双眸も嬉しげに輝く。
「まあ! お兄様、今のご覧になりまして?」
「勿論だ」
眼の前で咲いた、一瞬で浄化されるようなその笑顔も。
心和ませる兄神と、共に過ごすひとときを喜ぶ妹神。
二人が浮かべる笑顔は、手にした燈籠と同じ――揃いの、彩。
大成功
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楊・暁
【朱雨】
テイクアウトの月餅お供に
藍夜と並んで手繋ぎ燈籠の群れ眺め
仙人って、こういう世界なんだよなぁ…
不老不死だからか?のんびりしてるっていうか…
時間に縛られてねぇっていうか
…なぁ、藍夜
本当に俺と一緒に仙人になって良いのか…?
色即是空?
藍夜の話をじっと聞き
俺だぞ、と言われたらもう、苦笑するしかなくて
ふふ、そうだった
俺の夫の藍夜だもんな
でも、店はどうすんだ?
ずっと老いなきゃ疑う奴等も出てくるだろ
あ…お互い爺さんになってから仙人になるか?
んー…どっちも藍夜だから好きだけど
それなら…早い内が良い
…仙人になる前に万が一の事でもあったら嫌だし…
お前がいねぇ世界なんて耐えられそうにねぇから
手に力込め肩に凭れ
御簾森・藍夜
【朱雨】
心音の手を取って灯篭の群れへ
夢の世界だ、本当に
時間感覚を持っている方が稀かもな
―心音、色即是空という言葉を知っているか
仏教…般若心境にある言葉だが、“桃源郷”自体は実態として現象する存在なのかも
桃源郷とはよく欲の塊のような表現や扱いがしばしばあるが、俺達人間の知覚で初めて影を持つこれは現実と区別するなら
夢で、仙人も含まれるだろう
良いか否かではなく、俺はお前となら夢だって見るし成る
心音、“俺”だぞ?
心音は年取った俺と今の俺どっちがいい?
なってみなきゃ分からんが、俺は全盛期の今だって構わん
ま、一回年取ってみてから全盛期戻りも悪くはないが
じゃあよく考えよう
握られれば笑って握り返す
出身世界よりも遥か古代の建築様式が形作る街並みに、数多の燈籠が柔らかな光を灯している。薄明の空、出身世界よりも遥か古代の街並み、燈籠――それらが共に織りなす色彩と光のせいか、時間の流れは不思議と緩やかに感じられた。
「夢の世界だ、本当に」
そう呟いた藍夜の視線は動き回る燈籠への知的好奇心も含み、じっ、と注がれている。夢でない事はわかっている。祭りのお供にと買った月餅はちゃんと在るし、心音と繋いだ手の温もりも今が現実だと教えてくれる。けれど――やはり、夢の世界に居る気分だった。
「仙人って、こういう世界なんだよなぁ……不老不死だからか? のんびりしてるっていうか……時間に縛られてねぇっていうか」
「時間感覚を持っている方が稀かもな」
時間。その単語に心音の狐耳が、ほんの少しだけぴくりと揺れた。
「……なぁ、藍夜」
「ん。どうした心音」
「本当に俺と一緒に仙人になって良いのか……?」
見上げる目に浮かぶ不安。恐れ。それは僅かなもので、けれど藍夜の目は心音が抱くものを敏感に察していた。繋いだままの手を軽く握る。
「――心音、色即是空という言葉を知っているか」
「色即是空?」
「仏教……般若心境にある言葉だが」
“桃源郷”自体は実態として現象する存在なのかも。
そう言って、藍夜は心音から周囲へと視線を移した。その視線を心音が追い、二人は同じものを眺める。
「桃源郷とはよく欲の塊のような表現や扱いがしばしばあるが、俺達人間の知覚で初めて影を持つこれは現実と区別するなら
夢で、仙人も含まれるだろう」
そこで言葉はいったん途切れ、合図をしたわけでもなく、二人の視線が再び交わる。心音を見る藍夜の視線は大人なのにどこか無垢で、藍夜を見上げる心音の目は、話を聞いていた時と同様にじっと静かだった。
「良いか否かではなく、俺はお前となら夢だって見るし成る」
理由は至極簡単。
「心音、“俺”だぞ?」
要する言葉も、これで十分。それ以上もそれ以下も要らない。これが全て。心音と共に仙人になると願う理由の全てが、そこに詰まっている。だからこそ、そう言われた瞬間に心音はくしゃりと笑っていた。
「ふふ、そうだった。俺の夫の藍夜だもんな」
二人で過ごすようになってから見てきた藍夜の言動と、今、目の前で改めて見せられたものが告げる藍夜の答えはあまりにもハッキリとしていた。心音の抱いていたものは綺麗に晴れ、笑顔が戻る。それを見た藍夜の表情も静かに和らいだが、「あ、でも」とこぼした心音の片耳が僅かに伏せられたのを見て、きょとりと首を傾げた。
「どうした?」
「店はどうすんだ? ずっと老いなきゃ疑う奴等も出てくるだろ」
美魔女だの美しすぎる何だのかんだの、驚きの若さを形容する言葉は色々あるものの、ある程度年月が経てば流石に誤魔化しきれなくなる。ふむ、と考える藍夜を見上げていた心音も少し考えて――ぴんっ。狐耳が閃くように揺れた。
「あ……お互い爺さんになってから仙人になるか?」
爺さんになった心音。ふむふむ。
藍夜は想像したものを頭の隅にしっかり残しながら、不思議そうに問う。
「心音は年取った俺と今の俺どっちがいい?」
「ん? 爺さんになった藍夜と、今の藍夜か?」
「ああ」
今度は心音の脳内に『藍夜爺さん』がふわふわ浮かんだ。今の藍夜をベースにそのまま――いや、白髪交じりの藍夜爺さんも? 心音の狐尻尾がぱたりぱたりと揺れるのを見ながら、藍夜は小さく笑う。
「なってみなきゃ分からんが、俺は全盛期の今だって構わん。ま、一回年取ってみてから全盛期戻りも悪くはないが」
仙人になればそれくらい容易いだろう。何なら、ユーベルコードで全盛期の姿になれる可能性も抜群にある。
「んー……どっちも藍夜だから好きだけど、それなら……早い内が良い」
心音の答えに藍夜の目が一回、ぱちりと瞬いた。そのまま黙って答えの続きを待つ目に、真剣味を帯びた眼差しが真っ直ぐ向かう。繋いでいた手に、ぎゅっと力が込められた。
「……仙人になる前に万が一の事でもあったら嫌だし……お前がいねぇ世界なんて耐えられそうにねぇから」
とん、と肩に凭れる。頭のすぐ上から、笑う気配がした。
「じゃあよく考えよう」
握った手を優しく握り返す。狐尾がぱたりと揺れた。
繋いだ手の感触と熱。凭れ、凭れられて知覚したもの。
共に此処に居るからこそ得られたものを胸に寄り添う二人の頭上を、光の群れが穏やかに流れていく。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
月蝕・朔
《二律》
「お~、凄い灯籠の数!
見てごらんよ、陽彩ちゃん
蝶に猫に鳥…いろんな灯籠細工が……って、え?動くの?」
眼を見開き生き物系灯籠を見ると
マジで生きてるみたいだ
「あっは、めっちゃ可愛いな!
どの子かお迎えしてみるのもいいかもな?
我らがライブハウスにも何かお土産でも!」
まずは自分のを選ぼう
なんにしようかなぁ…
猫…猫だとウチの子とも仲良くできるかな?
丁度、猫耳お茶目に生やすブラックスライムがいるんだ
猫という単語に反応し
ぽよんっ
いつの間に帽子に隠れてた”ネグロ”が出てきた
猫が仲間になるのか?と猫灯籠を見る
猫の灯は懐っこく足許にじゃれてきて
「猫仲間だぞ~」
問えば、ネグロは嬉しそうに飛び跳ねた
じゃあ、決まり!と笑って猫をそっと抱いた
「陽彩ちゃんはどの子に…?
お!ホントだ。綺麗な子が来てくれたな」
よろしくと紡いで笑いかけた
「次はライブハウスへの土産か?
そうだなぁ…犬にしてみる?
ストレイ”ドックス”にかけてさ♪」
これまた賢くも愛くるしい犬型を見つける
きっといいマスコットになってくれそうだってからりと笑う
英・陽彩
《二律》
「ふふっちゃーんと見てるわよ
目を奪われてしまうような光景だもの
あら、灯籠が動いて――動いてるわ?」
思わず凝視
不可思議なこともあるものねぇ
なんてふわり笑い
「それは名案!
ライブハウスの新たな名物となってくれそうね
許可は取ってないけどたぶん許してくれるわよ」
朔とネグロの様子に和やかな気持ちになるけど
私も自分の燈籠を選ばなくちゃ
さっき朔ちゃんが見つけた蝶々にしようかしら
家紋に使われてる蝶は切っても切り離せない縁あるものだし
探そうと視線を周囲へ向ければふわり視界を横切る灯り
指先をそれにゆっくりと向ければ手元を照らす蝶に双眸緩め
「ね、私の元で翅を休めない?
そして傍らでその綺麗な翅を広げて燈を灯してほしいわ」
問いかければ声音に反応し光源が和らぎ
それが応えてくれたようで
燈籠に自身の名前を書けば朔に呼ばれ振り返り
「いまお迎えできたところよ
ほら、綺麗な蝶でしょう?――あら、可愛らしい猫ちゃん
朔ちゃんともう仲良しなのね」
「ふふっ可愛らしい番犬さんかしら
優しい灯を宿した子たち、これからよろしくね」
「お~、凄い灯籠の数!」
楽しげな声を上げた朔が見つめる先には、紅燈籠の空が広がっていた。
大通りの頭上、左右に並び建つ楼閣同士を繋ぐ紐から吊り下げられたまん丸燈籠の群れは、赤い紙に金で模様を描かれた華麗なものだ。高く作られたその下、各階の手摺には、命を模った燈籠が綺麗に並んでいる。
「見てごらんよ、陽彩ちゃん。蝶に猫に鳥……いろんな灯籠細工が……」
「ふふっ、ちゃーんと見てるわよ。目を奪われてしまうような光景だもの」
桃源郷に再現された街の中、至る所に燈籠が在る。気付かず素通りするには、あまりにも美しく幻想的だ。二人はくすくすと視線を交え、改めて広がる光景へと目を向けて――。
「って、え?」
「あら、灯籠が動いて――」
んん?
「動いてるわ?」
「動くの?」
「みたい? 不可思議なこともあるものねぇ」
朔は目を見開き、陽彩は思わず凝視して。それから顔を見合わせ納得と共に笑ってしまえるのは、此処が仙人らの住まう世界だからだろう。
「あっは、めっちゃ可愛いな! どの子かお迎えしてみるのもいいかもな? 我らがライブハウスにも何かお土産でも!」
「それは名案! ライブハウスの新たな名物となってくれそうね。許可は取ってないけどたぶん許してくれるわよ」
――ライブハウスの主を思い浮かべてみる。
――いつもの爽やかな微笑みで頷いてくれた! うん、大丈夫!
くすっと笑い合った二人の目はきらきら楽しげに周りへ向かう。
朔の視線はまず頭上を見て、それから楼閣を見上げ、そして足元を過ぎる光を眺めてと、緩やかに周りを巡っていった。
(「ライブハウス名物の前にまずは自分のを選ぼうかな? なんにしようかなぁ……」)
見た目だけでなく使われている紙の色も様々な燈籠は、同じ形でも色が違えば火の輝きの見え方も違う。あの子もいいな、いやあっちの子も――。そんな風に考えながら燈籠達を見ていた朔は、一つの燈籠と、ふと“目”が合った。
空いていた椅子の上で寝そべっていた猫燈籠の顔が、こちらを向いている。ぱっちりとしたアイラインを持つ目は紛れもなく絵で、けれどじっと見つめられている気がした。
――猫だとウチの子とも仲良くできるかな?
「ねえきみ」
笑って声をかけると、尻尾の先がぱたりと動いた。聞いてくれるようだ。
「丁度、猫耳お茶目に生やすブラックスライムがいるんだ」
ボクの子にならない? なんて言う前に被っていた帽子から、ぽよんっ! 滑らかに出てきた『ネグロ』の目は、猫が仲間になるのか? と猫燈籠へ一直線。
さてさて猫の灯はどうだろう。朔が見つめていると、猫燈籠は軽快な足取りで朔の足元までやってきて――こつり。頭を当て、木と紙の体を擦り寄せてきた。話せなくとも伝わる『YES』に朔はニカッと笑う。
「ほらネグロ、猫仲間だぞ~」
途端にネグロがぴこんと猫耳を生やして、ぽよぽよぽよよん。嬉しそうに飛び跳ねるたび朔の帽子も一緒に飛び、ちょっと落ちかけたそれを朔はサッと押さえて笑う。
「じゃあ、決まり!」
そっと抱き上げられた猫燈籠は腕の中で大変大人しくしていて、ネグロはまだぽよぽよと――と、朔達の様子に心和ませていた陽彩は人差し指で顎をそっと撫で、考える。
一人と一体と一つが織りなす和み風景はとても良いものだけれど、自分も、自分の燈籠を選ばなくては。周りに在る燈籠はどれも“いいな”と思うものばかり。そこから一つ選ぶなら、どんな燈籠にしよう?
(「さっき朔ちゃんが見つけた蝶々にしようかしら」)
蝶は家紋に使われている為、陽彩にとっては切っても切り離せない縁あるものだ。その蝶の燈籠が在るとしたら――空中を羽ばたいているか、どこかに止まっているか、そのどちらかの筈。
蝶の燈籠を探して周囲をぐるりと、けれど蝶を見逃さないよう、緩やかになぞっていった陽彩の視界に、ふと、ひとつの灯りが入り込む。
流麗な軌跡を描きながらふわりと横切った灯りは、陽彩が探していた命の形をしていた。曲線を作る細い木枠に紙を貼って作られた蝶の燈籠は、その形も、宿す灯りの輝きも繊細で美しい。
宙舞う蝶へゆっくり指先を向けると、白い指先へと蝶が寄ってくる。けれどそこに止まらず、少し上の方でぱたぱたと翅を動かす様は、止まり心地を探っているように見えた。
陽彩は手元を照らす蝶に双眸を緩めた。眼の前に在るものは確かに燈籠で、けれどその動きは形作る命と同じだった。
「ね、私の元で翅を休めない? そして傍らでその綺麗な翅を広げて燈を灯してほしいわ」
穏やかに誘い、願うような。問いかけた陽彩の声音に蝶の燈籠が抱く火の輝きが、ほろりと和らいだ。蝶が応えてくれたようで、通りの隅へと移動した陽彩の後を追いかけてくる。
「……ふふ、ありがとう。じゃあ、あなたに名前を書かなくちゃね」
楼閣の入り口である階段の手摺に止まった蝶へ『英陽彩』と名前を書いた所で、朔の呼ぶ声がした。
「陽彩ちゃんはどの子に……?」
「朔ちゃん、いまお迎えできたところよ。ほら、綺麗な蝶でしょう?」
「お! ホントだ。綺麗な子が来てくれたな」
よろしくと紡いで笑いかけた朔の腕に抱かれていた猫燈籠が、すり、と後頭部を朔の顎に擦り付ける。甘えるような仕草に、陽彩は「――あら、」と笑みをこぼした。
「可愛らしい猫ちゃん。朔ちゃんともう仲良しなのね」
「うん、何か気に入ってもらえたみたいだ。次はライブハウスへの土産か? そうだなぁ……犬にしてみる? ストレイ”ドックス”にかけてさ♪」
どの
燈籠にしようかなと探してみれば、見つけた犬形燈籠は、猫と蝶に続く名燈籠の気配。ぴしっとおすわりを崩さず、行儀の良い犬形燈籠は賢くも愛らしい。
「きっといいマスコットになってくれそうだ♪」
「ふふっ、可愛らしい番犬さんかしら。優しい灯を宿した子たち、これからよろしくね」
改めて笑顔で挨拶をする二人に、猫と蝶と犬、三つの燈籠が宿す灯りをほのかに強める。ほんのいっとき明るさを増したその輝きは、冬空に輝く星のように透き通っていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
朧・ユェー
【月光】
彼女の小さな手を繋ぎ
こっちこっちと誘われる
ここは花明園?
花の香りがして水面に沢山の花
えぇ、とても綺麗な場所ですねぇ
そっと彼女が触れる
大人と小さなの手
それがぎゅっと繋いでいた
恐る恐る自分も桃の花に触れる
小さな女の子の手が大人の手になっている
手を繋いでいた手が一瞬離れる
大人の手が躊躇っているのだろうか
大人になった女の子の手が再び握って何処かへと連れ出す
嗚呼、あぁ、今の様に
今の変わらない
彼女の言葉に耳を傾ける
嬉しい言葉、勇気をもらえる言葉
きっとこれから沢山の困難があるだろう
それでも僕は…
ありがとうね、ルーシーちゃん
僕もどんな事があってもこの手は離さない
でも僕が迷子になったら今日の様に手を引いてくれるかい?
ふふっありがとうねぇ
えぇ、そうですね
芝生の上にハンカチを置いて
どうぞ、お嬢様
なぁんてと笑いながら隣に座り暫く寄り添って
ルーシー・ブルーベル
【月光】
ゆぇパパ、こっちこっち!
繋いだ手をくいと引いて花明園へと向かうわ
良い香りの花が浮かんで
遠くの灯りが水面に映って
わあ……とてもキレイね、パパ
手を伸ばしてやわらかな桃色の花に触れる
さあ、お花さん
どうかわたしの心を明かして、見せて
花の上に現れたのは繋いだ手
大きな男の人の手と小さな女のコの手
……ふふ!
顔は見えないけれど、
誰と誰の手かなんて解ってる
パパがお花に触れて現れたもの
大人の女の人の手が
大きな男の人の手を掴んで、引いて
さっきのゆぇパパとルーシーみたい
……いいえ、そうか
これは二人のこれからの姿
嬉しさが裡に湧きあがる
だって、どんなに変わっても変わらないことを
パパが望んでくれた、という事だから
パパ、わたしね
多分今後も、さっきみたいに「昔、ああだったら」と考えることはたくさん有ると思うの
けれど、その度に
こうしてゆぇパパと手を繋ぐ今を選ぶわ
絶対に、何度でも
パパの所に帰ってくる
ええ、いいよ
パパが迷子になったら
ちゃんとわたしが迎えにいくわ
あちらの芝生に座らない?
もう少し二人で
ふふ……、ありがとう
少しずつ夜の青へと向かう空に柔らかな光がいくつも舞い、光と影の境を鮮やかにしていく街並みにも数多の輝きが寄り添っては動き回る。
広がる光景は御伽噺のようで、ルーシーはあちこちに目を向けては無邪気に目を輝かせていた。
けれどお目当てのものは、此処ではない他の場所にある。
ルーシーはいくつもの燈籠に照らされながら、小さな手でしっかりとユェーを引っ張っていた。二人の足音が燈籠溢れる街並みへと軽やかにとけていく。
「ゆぇパパ、こっちこっち!」
「ルーシーちゃん、どこへ連れて行ってくれるんですか?」
「ふふっ。すぐにわかるわ、パパ!」
可愛らしくいざなわれた先に在ったのは、立派な塀に囲まれた場所だった。入り口も立派な作りで、見上げれば流麗な文字が彫られた看板が掛けられている。
「ここは……『花明園』?」
看板の文字を音でなぞり、ほんの少し目を丸くしたユェーがルーシーを見下ろせば、父を目的地まで案内出来た嬉しさと誇らしさで満面笑顔の少女と目が合った。ルーシーからぽかぽか溢れる空気に、ユェーの顔にふんわりと笑顔が生まれる。
「ありがとうねぇ、ルーシーちゃん」
「えへへ、どうしたしまして」
くすりと笑いあった二人の足が、揃って門の下を通っていく。
緑に囲まれた道を行く時からふわりと漂っていた花の香は、緑色がふいに開けた瞬間、存在感を鮮やかにした。
「わあ……とてもキレイね、パパ」
「えぇ、とても綺麗な場所ですねぇ」
薄明の空。その下に佇む中国様式の東屋と、太鼓橋と、道。紅と黒を用いたそれらは、庭園内へ贅沢に配された緑や桃の木の彩と見事な調和を創り出していた。池に咲く花々も同じで、話に聞いた通りの姿をした花が持つ清らかな色は、燈籠とはまた違った形で灯りを灯すよう。
ふくらとやや丸みを帯びた花びらが、細く伸びる花びらを包む桃色の花。
心の中を悟り、花の上に幻を現すもの――グリモアベースで聞いたその花へ、ルーシーの手が伸ばされる。優美な桃色は薄明の下でも柔らかなままで、指先でそっと触れたそこにほわりと光が滲む。それが、緩やかに花全体へと広がり始めた。
「さあ、お花さん。どうかわたしの心を明かして、見せて」
ユェーも静かに見守る中、花全体に満ちた淡い光が花の上へと集まりながら形を変えていく。
現れたのは、ぎゅっと繋がれた大きな手と小さな手だった。大きな手は大人の男の、小さな手は少女のものとわかる。
繋がれたままの手以外、何も見えない。手を繋ぐ誰かと誰かの顔が現れる気配は、ない。
けれどルーシーには全て解っていた。
「……ふふ!」
現れた幻にふくふくと幸せを湛えた笑顔を咲かす娘の様に、ユェーは少し迷うような表情をしてから恐る恐る花に触れてみた。
指先から伝った熱が光に変わったように、花びらに現れた光の滲みが緩やかに広がって――ルーシーの時と同じように、花の上に幻を開花させる。
現れたのは、ルーシーが咲かせた幻の続きのようだった。
小さな、少女の手が大人へと変わっている。その手が大きな男の手を掴んで、引いて――繋いでいた手が一瞬離れた。男の手が躊躇っているのだろうか。すぐに繋がれなかった手は、けれど子供から大人へと変わった手が再び握る。今度は、ぎゅっと。
再び繋がれた手はそのまま離れず、大人になった少女が男をどこかへと連れ出していく。繋がれた手以外は、顔も見えない。それは先程の幻と同じで、そして続きのように思えるそれは――、
(「さっきのゆぇパパとルーシーみたい。……いいえ、そうか」)
(「嗚呼、あぁ、」)
ユェーの中に何かが広がっていく。押さえきれない想いが満ちていく。
今のように――今の、変わらない絆を願ったもの。
花が悟った自分の心から、ユェーは目が離せない。かすかに震える月色の目は、花の上に咲き続ける二人の手を、ほんのり熱を帯びた眼に映し続けていた。
「パパ」
ルーシーの小さな手がユェーの大きな手に触れ、そうっと握りしめた。
大好きな父の心に在ったもの――二人のこれからを願う姿が、裡に嬉しさを湧き上がらせていく。だってこれは、“どんなに変わっても変わらない”事を、他の誰でもない、彼が望んでくれた証だ。
「パパ、わたしね。多分今後も、さっきみたいに『昔、ああだったら』と考えることはたくさん有ると思うの。けれど、その度にこうしてゆぇパパと手を繋ぐ今を選ぶわ」
きゅ、と小さな手が大きな手を包もうとする。今はまだ子供で、花が咲かせた幻のような大人の手ではないから、包み込む事は出来ないけれど――。
「絶対に、何度でも、パパの所に帰ってくる」
今も。
これからも。
その言葉に耳を傾けていたユェーの顔が、ふわりとほどけるような柔さで綻んだ。
「ありがとうね、ルーシーちゃん」
この子が紡いだ嬉しい言葉が、勇気をもらえる言葉が、裡に灯る。常闇の世界だけでなく、きっとこれから様々な地で沢山の困難とまみえるだろう。それでも僕は――。
「ルーシーちゃん。僕もどんな事があってもこの手は離さない」
可愛くて優しい子。弱さも強さも持った、大切な娘の手を。決して。
ふいにユェーの唇からくすりと笑みがこぼれた。
「でも僕が迷子になったら今日の様に手を引いてくれるかい?」
今度はルーシーがくすりと笑う番だった。楽しそうに笑って、自分を優しく見つめる月色を温かく受け止める。
「ええ、いいよ。パパが迷子になったら、ちゃんとわたしが迎えにいくわ」
「ふふっありがとうねぇ」
「ね、パパ。あちらの芝生に座らない?」
「えぇ、そうですね」
花のすぐ傍でこうして過ごすのもいいけれど、柔らかな緑の上に腰を下ろして二人一緒に庭園を眺めながら寛ぐ事だって、“これから”に繋がる親子のひとときになる。
けれど芝生に座るなら、こうしたらもっと素敵だろう。
ユェーは懐から出したハンカチを芝生へふわりと置く。指先まで揃えた手を向けて、ルーシーには上品な微笑みをひとつ。
「どうぞ、お嬢様。――なぁんて」
「ふふ……、ありがとう」
淡く静かな薄明の空へ、夜の気配が広がっていく。庭園の姿は刻一刻と彩を変えて――けれど目の前に在るものは時が経てども変わらず、消える事はない。
寄り添う親子の絆もまた、同じ。
どれだけの日々が巡ろうとも。どれだけ深い闇に遭おうとも。繋いだ温もりは、互いを導く燈火となって在り続ける。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵