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君と重ねる、日々の祈り

#UDCアース #ノベル #猟兵達の夏休み2023 #朝陽

太宰・寿



花房・英




⚫︎早起きの理由

 ――天気雨みたい。
 聞こえてくる水音の心地よさに、まだ眠りの淵に片足をかけたままの頭がゆるりと溶けそうになる。窓の向こう側の空は、今日も雲一つない晴天だ。まだ夜が明けてほんの少ししか経っていないせいか、まだ夜の名残と世界は青く沈んでいるけれど。
 高く囁くような小鳥の声を邪魔しないように、太宰・寿(パステルペインター・f18704)はそっと窓を開いた。柔らかな風が薄茶色の髪を優しく揺らしておはようの挨拶をしてくれる。その風が辿ってきた先に、真っ直ぐのびた背中がみえた。
 彼の手元に伸びたホースの先から、細かな水がぱたぱたと夏の緑に降っている。表情は見えない。けれど、顔を見なくたってあの子が今どんな顔をしているかを寿は知っている。
 ずいぶん大きくなったな、なんて言葉にしたら怒られてしまうだろうか。まだ可愛いとひっそり心の中では思っていたりするのだけれど。
「英」
 呼びかけた声は大きくない。それでも届いたその言葉に、彼は――花房・英(サイボーグのグールドライバー・f18794)は振り返ってこちらを見た。
「おはよう」
 少し驚いたような顔をしたのはきっと、寿が朝にあまり強くないことを知っているからだろう。何だか悪戯が成功した子供のような気持ちになって、思わずと小さく笑ってしまった。
 それに対して少し呆れたような色を含んだ、柔らかな紫の眼差しが彼女を真っ直ぐに見つめ。
「おはよう、寿」
 寝癖ついてる、と笑った英の声はひどく優しいものだから。
 思わずと髪を手で押さえた寿の口元も、へにゃりと緩く笑ったままだった。



 今年も酷い暑さの日々ばかりの夏。
 折角良い天気だし近場に出かけよう。なんて思ったところで気温が体温を上回るようでは、流石に危険の方が大きい故に断念せざるを得ない。二人揃ってUDC職員として、普段から危険に晒されることがあるのだ。休日にまでわざわざ危険に飛び込む趣味は、お互いに無い。
 とはいえ空は青くて眩しいほど。家に閉じ籠ったままだとか、陽が沈んでからだけのお出かけでだけでは、やはり少々寂しいものがある。涼しさ求めて遠方へ旅に出るのもいいだろうけれど、日々の生活を思えばそればかりという訳にはいくまい。仕事も、植物の世話も、趣味だってそれぞれにあるのだから。
 仕方がないよねと割り切ろうとした、そんな時。
 夕飯を済ませ、二人並んで見ていたテレビに映っていたのが。
「“お家ピクニック”……色んなこと考えるもんだな」
 庭が一番よく見える窓の傍。ギンガムチェックの大きな布をピクニックシート代わりに敷いて二人は座っていた。
 一緒に並ぶは色とりどりの具材が目に楽しいサンドイッチ達に、ふわふわの出来立てオムレツ。それから夏野菜とベーコンのスープ。どれも美味しそうな香りをして、朝一番の空腹を刺激してばかり。
「ね。でもこれならちょっと、お出かけ気分じゃない?」
 まだ普段よりも、うんと時間の早い朝。開けた窓から入ってくる風は緑の香りを含んで、気持ちがいい涼しさだった。窓の外では英が育てた夏の花が鮮やかに、誇らしげに咲き誇っている。もっと陽が高くなればこの場所も暑いのだろうけれど、今は爽やかさばかりが二人を包み込んでいた。
 ここ数日は敷き布はどうしようかだとか。朝ごはんのメニューは和食にするべきか洋食にするべきかだとか。前日の夜に目覚ましを準備して意気込む寿の姿だとか。それを見守る英の頑張れと送るエールだとか。
 そんな小さな積み重ねを経て出来上がった、普段と違う朝の景色。
 なんだか非日常のようでいて、胸の奥が少し踊るような心地がする。
「そうだな。俺一人だったら絶対やらなかったと思うから……今日はありがとう」
「どういたしまして。でも、私も一人じゃやらなかったと思うから。こっちこそありがとう!」
 これからは早起きも頑張ってみようかな。本当に出来るか? 出来るよ、二度寝しちゃうかもだけど。
 なんて冗談を言い合ってから、ぱちりと目を合わせたならふるりと肩が震える。一呼吸分我慢をしてから、二人で同時に吹き出した。
 些細な事を話し合える誰かが隣にいるあたたかさは、何よりも得難いもの。そして、手放し難いもの。
 きっと明日には忘れてしまうような小さな幸せは、世の中に沢山あるのだろう。例えばそう、テレビを見ていた時に英が呟いた花が綺麗に咲いた話だとか。一緒にこうしてそれを眺めている事だとか。
 すぐに消えゆくと、割り切って手放すのはきっと簡単で。忘れてしまってもきっと誰も責めはしない。
 それでも。
 君と一緒にこうして食事を囲む幸福は、何度も重ねていきたいもの。
 君と過ごす日々が、幸福が。
 どうかずっと続いていきますように。
 いただきます。と、両手を合わせる二人の右手。その薬指。
 陽の光を浴びた銀の輪が、密やかな祝福のように輝いていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年09月15日


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