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夏の夜に夢の歌を響かせて

#UDCアース #ノベル #猟兵達の夏休み2023

シェフィーネス・ダイアクロイト



ガイ・アンカー



アトラム・ヴァントルス




 夏の祭りと言われれば縁日や花火大会を思い浮かべるところだけれど、本日――この日だけは夏の祭りは? と問われればミュージックフェスだと誰もが答えるだろう。夏の空を貫くような爆音と歌声、そしてそれに負けないほどの歓声、昼前から始まったサマーミュージックフェスの会場は夕方を過ぎてなお熱狂に包まれていた。
 さて、そんな広大な会場の裏側――出演者たちの控室となる建物の一室で、眉根を寄せながら溜息をついたのはアトラム・ヴァントルス(贖罪の咎人・f26377)である。
「……困りましたね、ガイ」
 アトラムはこのフェスに招待されたバンド、『ロールボア』のキーボードだ。
「だな、どうしたもんか」
 それに答えたのは同じくロールボアのドラムを担当するガイ・アンカー(Weigh Anchor!・f26515)で、こちらもお手上げだとでもいうように頭を掻いた。
 二人が困っているのには勿論理由がある、このバンドの要でもあるリーダー兼ボーカルがどうやら現地入りできなさそうなのだ。
「まさか台風がピンポイントでリーダーの出発時間に被るとは……」
 本来なら三人で前日入りするところだが、どうしても外せない仕事でリーダーだけが当日入りする予定を組んでいたのが裏目に出てしまったというところだろうか。
「予報じゃ綺麗にそれるはずだったからな」
 なのに早朝のニュースを付けてみれば、天候は大荒れで飛行機は飛ばないし新幹線も止まるありさま。フェス会場がある地域が快晴なのが逆に皮肉めいている、とアトラムが本日何度目かの溜息を零す。
「私達が準備の為に早めに行動していたのが幸いというべきか……」
 しかし肝心要のボーカルがいない、というのはどうしようもない。自分達の出番まではあと四時間もなく、欠場も視野に入れなければいけないとアトラムがガイを見遣った。
「それなんだがな、先生ドクター
 先生、と呼ばれたアトラムが軽く小首を傾げれば、ガイが手にしていたスマホを見て笑う。
「当てがないわけでもない」
「当て?」
 そんな当て、この男にあっただろうか? と、アトラムが軽く小首を傾げる。
「ああ、今日の出演者の一人なんだがな」
 そう言ってガイがスマホの画面に指を滑らせ、アトラムに示したのは一人の男の画像。
「シェフィーネスって知ってるか?」
「ええ、ガイとリーダーが興味を持ってるのは知っています」
 勿論それだけではない、彼の歌声も音楽も知っているくらいにはアトラムも興味がある。それが? と視線だけで問い掛けながらアトラムがミネラルウォーターのペットボトルに手を伸ばす。
「こいつと組んで、一夜限りのドリームユニット……ってのはどうだ?」
「……本気ですか?」
 蓋を開けようとした動きを止め、アトラムがガイに向かって目を細めた。
「悪くない案だと思うぜ。あちらさんはソロユニットだからな、ステージに穴をあけるよりずっと面白い事になると思うんだよな」
 ニィ、と笑ったガイに、確かに穴をあけるよりはマシかとアトラムも思案顔だ。
「ダメで元々、頼んでみようぜ」
「仕方ないですね、任せます」
 そうと決まれば、とガイがスタッフに話を通しに向かい、とんとん拍子にシェフィーネス・ダイアクロイト(孤高のアイオライト・f26369)までドリームユニットを組まないか、という話が持ち掛けられたのである。
「何? ……一夜限りのドリームユニット?」
 話を持ち掛けられたシェフィーネスからすれば寝耳に水、頼みに訪れたガイとアトラムに向かって訝し気に瞳を瞬く。
「は、貴様らと組む……だと? 笑えない冗談だ」
 他バンドの事情など、自分には関係ない。それに何より、『estエスト』はシェフィーネス一人で完結するバンドであり音楽。他人とのセッションなど想定外だ。
「おっと、手厳しい。俺には最高のアイデアなんだがな」
「あいにく冗談を言えるような状況でもないのですよ、こちらは」
 切羽詰まっているのはわかるが、とシェフィーネスが眉根を寄せる。
「それはそちらの都合だろう」
「ああそうだ、俺達の都合だ。けどな」
 そう言って、ガイがステージがある方へと視線を向け、今もなお盛り上がりをみせる会場の声を聞く。
「……悪いが、ステージの前には俺らに負けねえくらい楽しみに待ってる奴らがいる。お前にも聞こえてるだろ?」
 その声の中には、ロールボアを待ち望む声も多くあるのだろう。シェフィーネスとて、彼らのバンドの音楽もその腕前も知っている。このフェスでそれが披露されないのは勿体ないとも。
 少しばかり表情を変えたシェフィーネスを煽る様に、アトラムがふっと目を細める。
「こんな状況じゃないとできない組み合わせな事は間違いないですね。いつもと違うモノをファンに与えるのは悪くないでしょう。それとも、いつもソロの貴方が二人を相手するのは荷が重いですか? ハニー?」
「……誰がハニーだ」
 眉根をつり上げ、シェフィーネスがアトラムを睨み付けた。
「ほおー、さすが俺達の先生ドクター。嫌いじゃないぜ、そーいうの。で? この熱烈な『お誘い』にお前さんは如何する?」
 ここで尻尾巻いて逃げるような真似はしないよなあ? という表情でガイがシェフィーネスに笑う。
「はぁ……貸しにしておいてやる」
「はは! いいねえ、シェフィーネス! goodboy! ……っと、その前に感謝しねえとな」
 賢い犬を褒めるような言い方、けれど嫌味のないそれにシェフィーネスが苦虫を嚙み潰したような顔をして、礼はいらないとでもいうような仕草で手を振った。
「よもや貴様らと交わる日が来るとはな」
「そう邪険にするなよ、手を貸してくれる礼だ! お前の世界を、一人じゃ見れねえ景色まで俺達が広げてやろう。一夜じゃ足りねえくらい、楽しい夜にしようぜ。なあ、ハニー?」
「だから、ハニー呼びはやめろ」
 早まったかもしれないなとシェフィーネスが思ったのも束の間、三人で組むと決めてからの話は早かった。即席ではあるがバンド名を決め、どの曲を演奏するかも次々と決めていく。
 まんまと乗せられたような気がしないでもないがソロとは違った刺激を受けたのもまた事実で、シェフィーネスは複雑な心境ながらも自身の曲とロールボアの曲とをリハーサルで完璧に歌い上げてみせた。
「さすがシェフィーネスだな、うちの曲でも遜色なしだ」
「ええ、自信があるだけのことはありますね」
「当たり前だ、舐めて貰っては困る」
 やるからには完璧に、それがシェフィーネスの美学だ。そして、それはアトラムとガイにとっても同じこと。シェフィーネスの歌声に勝るとも劣らない演奏でリハーサルを終えたのであった。

 フェスの会場はすっかり暗くなり、ステージを照らすライトが今か今かと演者を待っている。そこへ、今回の出演者変更のアナウンスが入った。
『ご来場の皆さまにお知らせいたします、出演者に変更があります。ロールボア、estに代わりまして――』
 そんな第一声に、会場から悲鳴のような声が上がる。
「ロールボア、今日出ないの!?」
「シェフィーネスも!? 嘘でしょ!」
 あちこちから上がる声が大きくなる寸前、アナウンスが続けられる。
『Jolly×Azurが登壇します』
 聞いた事もないバンド名に、困惑したような声が上がる。そして、それを察していたように続くアナウンスの声は。
『メンバーは、ベース&ヴォーカル、NESS』
「えっ、ネスって、シェフィーネス?」
 ざわり、とした観客の声。
『ドラム、Guy。キーボード、Atraとなります』
 観客達の歓声が上がる、それは間違いなくestのシェフィーネスとロールボアのガイとアトラムだったからだ。
 黄色い悲鳴に、メンバーを呼ぶ声、それらが最高潮に達した瞬間に舞台にスモークが焚かれ、一瞬その姿を隠す。そして、そのスモークが晴れた瞬間に姿を現したのは――。
「待たせたなあ! 準備はできてるか、お前ら!」
 ガイの第一声、そしてドラムを高らかに鳴らす音に客席から大きな歓声が上がる。
「今宵だけの特別な一夜……しっかりその身に刻んで下さいね、ハニー」
 どちらのファンへもそう呼び掛けると共に、アトラムがキーボードを掻き鳴らす。
「これは今宵限りの宴」
 唇の前に人差し指を立て、シェフィーネスが凛とした、それでいて何処までも響くような声で囁きかける。その仕草と声ひとつで、観客達は息を呑むように口を閉じた。
「船に乗る準備は出来ているか? 荒波に飲まれる覚悟はあるか?」
 シェフィーネスの問い掛けに、観客達が再び声を上げる。
「さあさあ、青の海賊のお出ましだぜ。音の大海原へ抜錨だ! 歌えや騒げ、この幸運を存分に楽しめ!」
 歓声はまるで大海原のうねりの様に、会場を包んでいく。
「お前らの機嫌も魂も! 乗り遅れねぇようにこの錨が引き揚げて連れていってやるよ。Honey.」
 ダン! とバスドラムの音が、言葉通り錨を引き上げるかのように一発、大きく響いて。続いたスネアドラムの音に合わせるように、アトラムが指先を滑らせるキーボードの音が波音の様に流れ込む。
「精々、置いて行かれぬように励む事だ──GOOD LUCK.」
 幸運を、と囁いたシェフィーネスの唇から、大海原へと出航するような歌声が零れ出る。それらは全てが全て、奇跡的な調和で音楽を紡ぎ、会場全体が荒波へと繰り出す海賊船になったかのよう。
 互いが互いの力量を信じ、時に指針を示す様にドラムが鳴り響き、遅れる事無く足りぬ音を補うようにキーボードが絡みつく。その上で、そんなものじゃないだろうとベースの低音が荒波を突っ切る様に走って、歌声が海賊船を導いていく。
 あっという間に一曲目が終わり、息をつく暇もなく二曲目が始まる。激しく、テンポも速い曲が次々と夜の海を往くのを観客達は振り落とされぬようにと声を上げ、全身で楽しんでいた。
 そして、最後の曲が終わる頃には汗だくになった三人がそれぞれ視線を合わすこともなく、ただ音楽でのみわかり合うように、最後のフレーズを――最後の音を寸分狂う事無く掻き鳴らした。
 一瞬の無音、それから沸き上がる歓声と鳴り止まない拍手。無言のまま、三人がステージの中央に寄って、拳を突き合わせる。
「な? 一夜じゃ足りねえと奮えただろ」
 ガイが唇の端を大きく持ち上げ、シェフィーネスとアトラムへ笑う。
「悪くはありませんでした。お疲れ様です、ガイ……シェフィーネス」
 確かな手応えにアトラムが突き合わせたままの拳をガイに、シェフィーネスへとぶつけ。
「……悪くはなかった」
 素っ気ない声と表情でシェフィーネスが拳をぶつけ返すのを、ガイが受け止め。
「……ははっ。やっぱおもしれー奴」
 そう、最上級の褒め言葉のように言った瞬間に、会場の夜空に花火が打ち上がる。それはこの夜を締め括るような盛大な花火で、夏の夜の終わりを告げるような美しさであった。
 この一夜限りのセッションは、後に伝説とまで謳われるようになるのを彼らはまだ知らない――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年09月25日


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