ラム肉解体ショー、こだわりの一品
腹を空かせた子供にパンを与える。渇いた大人に対しては葡萄酒を注いでやる。神の如き振舞い、神の子の如き振舞いに、人々は感心していた。求められれば求められるほど、与えて与えて、そうして、貰った。自分は腹いっぱい、幸福に満ちたとしても、尚、欲しくてたまらなくなる。最早中毒だ、ジャンキーだ、オマエは猟兵としてもヒロインとしても、珍妙なくらいには『一般的』だったのだ。
リズミカルに叩かれたラム肉、マトンは並んでいない。
飴細工と謂うにはひどく綺麗で、何よりも、生々しいほどにリアルだったのだ。今時珍しいナチュラルを惜しみなく使用したのだと店主は笑う。その表情はまったく人らしいもので、寧ろ、世界観に似合わなくて気持ちが悪い程度だ。サイバーザナドゥでの出来事が脳裡にこびり憑いて仕方が無かったのだ。まあ、つまり、何もかもは己の気の所為であって、別に、全ての存在が悪意の塊と謂うワケではないのだと、オマエは安堵の藁に抱かれてみた。ええと、それじゃあ、一応。あらぬ疑いを、誤解を生んでいるかもしれない。故に、本当に一応だが。お店の中を確認しても大丈夫でしょうか。ちょっと口調が硬くなってしまったがそれも罪悪感を覚えているがこそ。ぼそりと、店主が何事かを呟いた気はしたが、きっとオマエの気の所為なのだろう。ぶくぶくと、ふくれた身体の愛嬌に、オマエはクスッとした。
結論として、先程までのオマエを、オマエは全力で殴りたくなった。この世界の住民は悪質で、ついでに嘘がお上手だと謂う事だ。そして、そもそも、依頼されていたお店の主は『オブリビオン』だと聞かせれてはいなかったか。ごくりと、咽喉を鳴らして、店主が持っているものを改める。美味しそうなワニの腕ですわね……。皮肉だ。嫌悪を籠めての一言だ。誰がそれを『ワニの腕』などと認識出来ると謂うのか。それは瑞々しく、したたる、フレッシュ・ミートなのではないか。悪趣味ですわね、ですが、そのお料理もわたくしが来たからにはお終いです。下腹部に力を――女神様の――蓄える。そのまま一気に意志の光を解放し醜いボディへと吶喊する。だが、嗚々、オマエは何度目かの失態を犯した。如何して脂肪分だと思い込んでいたのだ。如何して脆弱、柔らかな腸だと想像していたのだ。アレは悪趣味でも、腐っていても、猟兵と『戦う事が出来る』過去の存在、ぶくぶくと、ふくふくと、髭面眼鏡なぽっちゃりが抱き留めてくる。な、何をするんですの、離れなさい、放して……! 手遅れだ。マグナ・マーテルが如くに、根を張られたかの如くに、微動だにしない。俎板の上の鯉はピチピチと跳ねる事も赦されず、只、奥深くへと攫われていった。
四肢を拘束されるまで秒とも掛からなかった。厨房とも、拷問室とも考えられる空間、その端っこに、基督めいて磔とされた。し……死にたくないですの。なんでもします。なんでもしますから、お願いですから、殺さないでください。其処は逆ではないのかスーパー・ヒロイン、命よりも尊厳の方が重いとは考えないのか。わたくし、善意で猟兵しているんじゃないのですわ。この依頼も自分の為に受けたんですの、ですから、舐めたり啜ったり、なんでもしますから――ペラペラとよく喋るハンバーグではないか。無口な店主の方がよっぽど格好よく、恰幅よく見える。しゃららと、捲られたヴェールの先にはたくさんのお客様。誰も彼もが下半分を晒して、ぶら提げており、莫迦みたいな腸詰め食べ放題をオマエに突き出している。……ええ、自分から謂ったんですもの、それくらい、覚悟の上ですわ。おい、今回の商品も勘違いしてやがるぜ。はしたないね、恥ずかしいね、少しは場所を考えたら如何なんだい。腸詰め食べ放題なんて名前にしてるのがダメなんじゃねぇのか、シェフよお。たかだか「人間ひとつ分」の腸詰めじゃあないか……。全身から汗、何だ、お客は、彼等は何を謂っている。腸詰めとはソーセージの事では、※※の事ではないのか。気付かないフリも限界だ、オマエは、オマエが気付いてしまった事に絶望する他ない。強烈な吐き気にやられて今日のごはんをぶち撒けた。おうおう、商品に絶食させないとは、わかってるね。この店を選んで正解だったよ。他の店じゃあ女体盛りのクソやらゲロやらは出ねぇからな。い、いや……殺さないで……わたくし、わたし……美味しくなんか……! 口枷はない。食材の悲鳴こそが最高のスパイスなのだとこの場の全員が理解しているのだ。せ、せめて、一思いに……一思いに、やってくれますの……。ぶよぶよ、クスクスクス、ゲラゲラゲラゲラ……。誰がそんな勿体ない事をする? 誰が、オマエみたいな上等な猿を、一撃で絞めるのか!
生きた状態で人間を解体する。他の世界で在れば凄まじく困難な事だが、此処は金さえ有れば何でも『可能』なサイバーザナドゥ。勿論、その調理法は完璧に存在している。店主が持つユーベルコードの効果かもしれないが、兎も角、最初に包丁が入ったのは爪だった。其処は味もしないし、食感を楽しむ為の部位では? これだから素人は! この、食材が発狂するギリギリを責めるのが愉快なのではないか。ボロボロと、次々に、されどゆっくりと二十枚目がケースに落ちていく――あ、あぁ……ッ! 爪が終わったら指だ、指が終わったら手首足首、スライス、スライス、それでも尚、出血多量で息絶える事はない……! 肩付近にまで到達したら、腿を味わって後は、さて、前の方へと移るとしようか。……うそ。嘘よ。なんで、わたくし、まだ意識があるんですの? まだ正気を保っているんですの? ぐるりと、円を描くように乳房が削げた。う……うっ……。泣く事しか出来ない、呻く事しか出来ない。……デザートに梨でもやったら如何だ、店主さんよ。お客様からのオーダーだ。梨、つまりは、穴を広げてずぶりと、抉り出す用の道具を挿れる事――そういや今回の商品って子持ちになった事あったか? まあ、どっちでも良いけどな! ごろりと、塊が皿の上で遊ばれていた。あれは……わたくしの……大切な……。へこりと空虚な聖紋、ぼたぼたと、堕胎めいての脱力となった……。
もっちゃもっちゃと咀嚼音が響く中、オマエは、ポッカリとした其処からスパゲッティの地獄を視る破目になった。無理矢理引っ張られた腸がお代官様からの悪戯みたく、ぐるぐる、フォークを彷彿とされる機械に巻かれていく。それも、おぞましいほどに遅延と、だ。痙攣し、意識が朦朧とする度に脳味噌がハッキリとする。そうして再びミートソースとのご対面だ。ところで、さっきこぼれたのは肝臓か、肺臓か、心臓ではなかったか……心臓? じゃあ、どうしてオマエの胸はどくどくと脈打っているのか。そりゃ人工のやつに決まってんだろ、ここの店主はそーゆーとこにも顔が広いって事さ。伽藍洞のオマエにようやくの暗転が訪れる。こんなにも、幸せな、安らかな死は在り得ないだろう。女神様がオマエの帰りを、還りを心待ちにしている――せめて、最期くらいは、認められたかった……。
……音が聞こえる。
……知らないようでいて、知っている音だ。
……ボコボコ、ぶくぶく、ふくふくふく。
……目覚めたかね、目が覚めたようだ。
……居心地は如何かな。
店主は――肉屋はショートケーキが大好物らしい。大好物の上に乗っているイチゴを文字通りに『とっておく』のが趣味らしい。それは、解体してきた、提供してきた商品に対しても『同じ』なのだ。オマエの目の前に『あった』のはオマエの『肉体』だ。それも、悉くが、臓物の欠片までもが完璧な『わたくし』。では、今、此処で考えている、思っている『わたくし』は……? 新たなボディに容れる? 奴隷にする? そんな勿体ない事をする奴は莫迦だ。あの客どもなら『そう』するかもしれんが、私は違う。そう、新鮮な痛み、新鮮な恐怖を、何度も何度も、その脳味噌に、刻み付けてあげる事こそが食材の為ではないかね! 触られた感覚、実際、奴はわたくしの身体に触れている……。わたくしは今、もしや、脳味噌だけと、そういう事なのですか……? これが私の理想郷、肉屋としての、シェフとしての、至福の時間なのだよ。古代の文献に興味深いものが載っていてね。なんでも、反芻と謂うそうだよ。あ、そうそう。ひとつだけ手を加えたのがね、啓蒙を濃縮した特殊な溶液に浸したのさ。これで、もっと『痛くなる』と思う。思う存分泣いてくれ給えよ、いや、啼いてくれ給えよ、スーパーヒロイン……。
イリスフィーナ・シェフィールドは死んだ。
死んでいるようなものだ。
成功
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