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🐈いたずらにゃんこと星の雫🐈

作者：西宮チヒロ

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🐈人々のものは我々のもの　我々のものは我々のものにゃーん
「泥棒！　ドロボ――！！！」
「ウチの採れたての魚がっ！！」
「ああっ！　こっちも新鮮な野菜がやられた！」
「そっちに行ったよ！　誰か捕まえとくれ！！！」

　それは、とある港町の市場での一騒動。
　そして犯人たる大量の野良猫たちは、むふんと得意気な顔で獲物を咥え、縦横無尽に路を駆け抜け姿を消してゆく。

🐈猫追跡作戦なのにゃーん
「この中で猫と追いかけっこしたい人――！」
　集まった猟兵たちを見渡すと、海藤・ミモザ（millefiori・f34789）はそう言って片手を上げた。つられて手を上げた人数を数えて、満足気に頷く。
「今回は急を要する依頼だからね、手短に説明するよ！」

　要約：港町の市場から色んなものをかっぱらっていった猫たちを捕まえること！

「――です！」
　シンプル　イズ　ベスト。
　簡潔な説明を終え、得意気な笑顔を見せたミモザが言葉を添える。
「猫にも寄るけど、食べたら危ないものとかあるじゃない？
　それを知ってる賢い子もいれば、知らずに持ってっちゃった子もいるみたいなんだ。
　そういう意味でも、猫たちが食べる前に、迅速に捕まえて貰えると嬉しい」
　物陰に隠れて追手から逃れようとしている子もいれば、捕まるようなヘマはしないと自信たっぷりに路を駆けている子もいるという。
　猫を危ない目に遭わせなければ手段は問わないので協力をお願いしたい、とミモザが頭を下げた。

「そうそう。現地には“星の雫”が採れる洞窟もあるんだって。終わったら遊びに行くのも良いかも！」
　海辺の傍にある、壁一面が鉱石――フローライトで埋め尽くされている洞窟。
　別名蛍石とも言われるその石が、洞窟内の暗闇に僅かに差し込む陽を浴びて神秘的に煌めく。
　それはまるで、夜に灯る星のひかり。故に“星の雫”と呼ばれていると言う。
「落ちてる石なら持ち帰って良いって。色も色んな種類があるみたいだよ」
　主な色は、黄、緑、青、紫、ピンク、赤、灰、そして透明。
　濃淡も様々で、中には複数の色がグラデーションになっているものもあるらしい。
　いずれも、鉱石として在るものだから無骨にも見えるが、洗ったり研磨したりすれば美しい宝石になるだろう。
　足許にある膝丈程の海水もまた、陽を受けて澄んだ青を灯す涼やかな場所。
　夏の陽射しの中の猫探しを終えたら、ひんやりとした洞窟での鉱石探しに赴くのもまた一興。秋を迎える前に、今年の夏の想い出を作りに行ってはどうだろう。

「じゃあ、早速出発するにゃーん！」
　そう意気揚々と拳を掲げ、声を弾ませたミモザの手許で、グリモアの蝶がひらりと舞いながら燦めいた。

第1章 冒険 『白昼の逃走劇』

POW   :    自慢の足で、物で、とにかく追いかける！ SPD   :    街並みの構造を利用し、標的を追い込む！ WIZ   :    住人に被害が出ないように呼びかけたり、避難指示を出す！ 👑7 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

🐈作戦１：軽やかに、躍るような追跡を
　アックス＆ウィザーズの海に抱かれた、ちいさな島。
　澄んだ夏空と透き通るほどの青い海に寄り添うように在る、その可愛らしい街が今、ちょっとしたハプニングに見舞われていた。
　白壁にとりどりの青屋根を冠した美しい家々の隙間を塗って、白い石畳の路を駆け抜けていく野良猫の群れ。その姿を見つけた土御門・泰花（風待月に芽吹いた菫は夜長月に咲く・f10833）は、ひとつ瞠目して頬に手を添えた。
「あらあら……これはまた、元気な猫さんたちですこと♪」
「おーおー……町の人を上手いこと避けてんな。こいつは中々のやり手だ」
　そう独り言ちたのは、フラリ・ガランドー（不思議な大道芸人さん・f41163）。互いが同僚だということは一目瞭然。ふたり頷き合うと、揃って猫たちの消えて行った方角へと一足飛びに駆け出した。
　先ほど見かけたのは、三毛、白、キジトラ。それぞれ魚、トマト、厚切りの肉を咥えていたところを見るに、どうやら別々の場所から失敬してきたらしい。
「魚はともかくとして、肉と野菜はマズいんだったか？」
「ええ、一部は禁忌の食材もありましょう。知らずに食して身体を害しては、気の毒です」
「なら、益々見過ごせないな！　――っと、1匹は屋根に行った！」
「1匹でも多く保護しましょう。私は下の路を参ります！」
　フラリが白を発見したと同時、三毛とキジトラの姿を見かけた泰花が、そう告げて走る速度を上げた。着物姿を物ともせず疾走していくその後ろ姿に口端を上げると、フラリもひょいと壁面を踏み場にして軽々と屋根へと登り、白を追う。

　まるでボールが跳ねるかのように、白猫が青い屋根を軽やかに伝ってゆく。
「ほほ～、猫ちゃんも慣れたもんだな……！　――いいね！　あたしも、走るのには自信あるぜ！」
（こういう器用な奴を見ると、にーちゃんのこと思い出すな～）
　がさつで面倒くさがりな本当の姿を隠し、物腰柔らかな吟遊詩人を演じる兄。脳裏に過ぎったその懐かしい姿に、くすりと笑みが洩れる。
　たん、と海色に染まる屋根を蹴り上げ宙に躍り出た白猫に一瞬驚くも、くるりと回転しながら決めた華麗なる着地に続き、フラリもまた身を躍らせて白い石畳へと降り立った。
「む、見失ったか……」
「ガランドーさん！　あちらです！」
　言って出てきたのは、先ほど別れたはずの泰花だった。
「あれ？　先に行ってるもんだとばかり」
「三毛さんとキジトラさん、私を撒こうとこのあたりをぐるぐる回られていて……」
　けれど、泰花の自慢は他でもない軽業と早業だ。猫等と同じような身軽さと速さを駆使する彼女を撒くのは、そう容易なことではない。
「海辺のほうに向かっているようですね」
「何で分かるんだ？」
「あちこちで街の方の声が聞こえますし……そうだ。ガランドーさんに、ひとつ便利な技を伝授しておきますね」
　それは、泰花の得意とするユーベルコード『紫花薫香』、その神髄。
　対象の位置により、対象に働く力が一義的に“定まる”空間領域――“力場”の“方向性”を感じることで、対象の動きを予測するのだ。
「なるほど……よし！　次、猫ちゃんを見つけたら試してみるぜ」
「はい。それが感じられれば、捕獲することはそう難しくありません」
「だな！　――あ、もしかして……」
「ええ、この先です！」
　断定しうるのは、泰花の裡を走った直感。娘はそれを信じ、フラリもまた娘を信じて海辺へと続く坂道を駆け下りていく。
　このまま海へ抜ける――そう思わせて、キジトラが急に直角に左折した。未だ咥えて話さない厚切り肉が、ぶらん、と大きく横に振れる。
　続けて三毛と白も角を曲がり、
「まぁ！？　あんな隙間に……お待ちなさーい！」
「追っかけるぞ！」
　人ひとり通れるほどしかない壁穴を潜っていった3匹を追いかけ、フラリは減速せずそのままスライディングですり抜けた。泰花もひらり舞うように上から壁を乗り越え、後に続く。
　壁の向こう側は、今は使われていない空き家の庭だった。
　猫たちの隠れ家だろうか。潮の香りに陽のぬくもりが溶けて、心地良い風が吹き抜け――その先にへたりきった猫たちがいた。
「にゃう……」「みゃぁ……」「なーぉ……」
「あらあら……ふふ、体力勝負は私たちの勝ちですね」
「今まで町の人にも追いかけられていたんだ。無理もねえぜ」
　観念したとばかりに、戦利品を手放しごろりと横になった猫たち。
　その愛らしい様子に、ふたりもまた笑み声を響かせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

🐈作戦２：巧みなる交渉術と好待遇
　タ――ン！
「ぅにゃ～～～～ん」
　かなりのぽっちゃり体型の割に、高く塀から華麗にジャンプしたサバシロ猫が、弧を描きながらアオイ・フジミヤ（青碧海の欠片・f04633）の視界を過ぎっていった。
「……ねえシャル、ここは天国なのかな？」
「ふふ、ここは猫好きのあーちゃんには天国かもね？」
　びちびちと威勢良く跳ねている魚を咥えたまま、勢いよく路地裏を疾走していく野良猫。その愛らしい後ろ姿に見とれているアオイに、清川・シャル（歩ク理不尽バーサーカー・f01440）もつい笑みが毀れる。
　ぼうっとしていないで追わなくて良いのかって？　――大丈夫！
　なにせ、その後に続いて幾匹もの猫たちが列を成して走っていっているのだから。
「よおし、猫ちゃんを捕まえよう！　外は危険がいっぱいだから、早く捕獲してあげないと。猫語で話しかければ早いかな？」
「シャルは猫語ができるの？　すごいね！　じゃあ、猫さん連れてくるのはシャルに任せるね」
　頼りにしてる！　と笑顔を見せるアオイに、シャルも大きく頷いて、
「よし、任されたよ！」
　ふたりタッグを組んで――作戦開始！

　白壁と青い屋根の美しい南国の街並みを、金と藍の髪を靡かせながらふたりの娘が駆けてゆく。
「あっ。あーちゃん、この公園どうかな？」
「うん、丁度良いね」
「じゃあ、あーちゃんはここで待ってて！　私、連れてくる！」
「はーい！」
　猫たちが駆けて行った方へと向かって向きを変えて奔り出したシャルを見送ると、アオイも早速準備に取りかかる。
　夏の陽が燦めいて風光明媚な街だけれど、今の時期、木陰はすこしでも多い方が野良猫たちにとっても良いはず。
　それを裏付けるように、追っている間も、彼らは極力日陰を渡り歩いていた。この白磁のように美しい石畳も、燦々と注がれる陽を浴びて見るからに熱そうだ。
「さてと……こんな感じかな？」
　持ってきた荷物のなかにあったのは、大小様々な大きさの紙袋。それを公園のあちらこちらに口を開けて横置きすれば、たちまち簡易日陰の完成だ。
「あとはシャルと猫さんを待つだけ……！」

『――つまりは、ここよりももっと快適な場所があると？　そういうことだにゃ？』
『ですです！　すっごく楽しくて、しかも美味しい食べ物もあるよ』
　野良猫たちを驚かせないよう、ひっそりこっそり近づいて、『こんにちは、猫ちゃん』と丁寧な挨拶をしたシャルは、路地脇に屯っていた猫たちに“こいつ心得てるな”と思わせることに成功していた。
　第一印象が良ければ、話も早い。シャルの話に惹かれた猫たちが、ぽっちゃりサバシロへと切実に訴える。
『ボス！　美味しい食べ物、気になるにゃ！』
『みんなも行きたがってるにゃん！』
　傍から見ると、いや聞くと、ただ猫たちがにゃーにゃー言っているだけの言葉が、シャルの耳許に意味を伴って伝わってくる。
　この熱量なら、あと一押し。
『友達のあーちゃんが、皆のために色々用意してくれてるんだ。一緒に行かない？』
『～～～～……そこまで歓待の準備が整っているのにゃら、行くのも吝かではないにゃ』
『『『『『ボス――！！！！！』』』』』

　そうしてアオイの待つ公園へと案内すると、紙袋を見かけた猫たちが一斉に、そして反射的にその中へと飛び込んだ。
　仕方がない。口の開いた袋があれば突っ込んでいってしまう――それが猫の性というもの。
　ずざざざざ――っと袋を被ったまま数十センチ前へスライディングする仔、早速袋の中でベストポジションを見つけて丸まる仔、思い思いに満喫している様子に、シャルとアオイが見合って笑う。
『すずしくて暗くて落ち着くでしょ？　さぁ、これもどうぞ』
　シャルの通訳を介して言葉を伝えたアオイの手にあるのは、ねこまっしぐらなスティック型おやつ。
　怖がらせないよう、そっとちいさく優しく語りかけながら、開封したスティックを差し出せば、
「みゃ？　――にゃ！！！　んなぅあぅ～～」
　ぺろりと味見、のちにカッと目を燦めかせて一心不乱に舐め始めた仔たち。
　シャルとアオイで手分けしておやつをあげ終えるころには、野良猫たちは袋のなかでごろんとへそ天で寛ぐ余裕っぷり。
「今ね！　――天使さんたち、手伝って貰える？」
「お、おお……迫力あるね……！　間近で見るの初めてで圧倒されちゃう！」
　アオイの召喚した助っ人・ムキムキマッチョ天使たちにひそりと驚きながらも、シャルはアオイとともにうとうとし始めた猫たちをそっと抱いて、マッチョ天使の掌のうえへと乗せてゆく。
「シャル、ありがとうね」
「あーちゃんもだよ！　ありがとう！」
　漸く一息吐いたふたりの元に、からりと爽やかな風がひとつ吹き抜けた。
　すぴすぴと眠る猫たちの寝顔に、自然と口許を緩ませて。起こさぬようにゆっくりと帰路へつく。

　――いたずらっ子さんたち。おいしいものをいっぱい食べて、元気でね。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

🐈作戦３：ネコ科のお友達
「猫さん、なんですよね……」
　右から左へ、しゅたたたたっと長ネギを横に咥えて駆け抜けていく野良猫たちを視線で追いながら、夜鳥・藍（宙の瞳・f32891）がふむ、と思案する。
　猫を捕まえれば良い。至極簡単でシンプルな目的だけれど、だからこそ、どうすることが最善かを考えるべきだろう。
　猫――ネコ科――ならば。
「虎王招来！」
　言うと共に、藍の正面に一匹の白虎が現れた。水色の宝珠を持つ、どこか実家の弟を思わせる白虎のつやつやの美しい毛並みを撫でながら、藍が微笑む。
「白虎さんに来ていただいたのは他でもありません。猫さんの捕獲を手伝っていただきたいのです」
　同じ猫科なのできっとうまくいくのではないでしょうか、と真剣な眼差しを向ける藍に、承知した、と言うように白虎も首を縦に振ったそのとき、
「にゃ――――ん！」
「にゃお～～～～！！」
「あっ、猫さんです！　――では、よろしくお願いしますね。一緒に追いかけましょう」
　言い切ると同時、藍と白虎は同時に地を蹴った。足の速さから、自然と白虎が先をゆく。
　でも、それでいい。挟撃するのが狙いなのだから。
（私は身軽な動きなんてできませんが、挟み撃ちできたら、あとは威力を抑えた咆吼で動きを止めれば……）
　考えながらも、確りと猫の後ろ姿を見逃さずに後を追う。兄弟なのだろうか。小松菜らしき緑の野菜を咥えたキジトラとキジシロの2匹が、阿吽の呼吸で街中の入り組んだ路地を疾走し――白い塀に空いた穴へとするりと身を潜らせてた。
　人ひとりくらいの大きさの穴だ。白虎の身体では通り抜けられる大きさではない。けれど、潜れなければ飛び越えれば良いのだ。
「白虎さん……！」
　藍の声に応えるようにひとつ鳴くと、白虎は軽やかに跳躍してひょいと塀を跳び越えた。藍も後に続いて穴をすり抜ければ、そこには白虎を前にたじろいでいる野良猫２匹の姿があった。
　白虎の視線に気づき、藍がこくりと頷く。
　途端、白虎の口が大きく開き、咆吼――かなりソフトな――が空気を震わせた。
　威力はほぼない。けれど、目の前で自分たちよりも何倍も大きな“お友達”が、その大きな口を開けたのだ。それだけで驚くには十分すぎるだろう。
　まるでバネのように飛び跳ねると、わたわた慌てながら逃げようとして――待ち構えていた藍の腕のなかにすっぽりと収まった。
「なぅ～～！」
「みゃーぉ！」
「猫さんたち、ごめんなさいね。でも、街の人が困ってますし……なにより」
　脱兎の如く逃げだそうとしたときに落とした小松菜を拾って鞄に収めると、藍が代わりに取り出したのは猫用おやつ。
「猫さん達が食べてはいけないものもあるんです。その代わり、これをあげますから」
　わかってくださいますか？
　そう窺うように覗き込んだ藍の頬を、いたずら２匹がぺろりと舐めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

🐈作戦４：心地良いおひるねタイム
　――追いかけっこは、地の利を制したものが勝つ。
　それを知るからこそ、リンカ・ディアベルスター（星神伝説を知る開拓者・f41254）は、まずは街のあらゆる路を調べることにした。
　浮遊魔法で街の上空へと浮かぶと、『知恵』の星神アステリオーンの力を全方位に放ち、作戦の条件に合った場所を探し出す。
　幾つもの青を織り成し、見惚れるほどのグラデーションを描く海。その直中に浮かぶ、白壁と青い屋根が印象的な街並みは、空から見てもまた美しい。
「お、丁度良さそうな場所があるね。ルートは……なるほど」
　どこか愉しげに瞳を細めると、リンカはふわりと下降して地上へと戻った。途端、目の前を魚を咥えた三毛猫がたたたたたっと走り抜けていく。
「へえ～猫が居ると聞いて来たが、確かに居るね。探すまでもない。――さて、追いかけっこしようか！」
　駆け出しながら、指先に集めた『狩猟』の力をエネルギー弾のように猫へと放つ。見た目は派手かもしれないが、空砲のようなものだ。当たってもまったく痛みはしないそれを、リンカは狙った場所へと連弾する。
「ぅな～～ん！」
　魚を咥えているまま、ちょっとくぐもった声で一声鳴きながら必死に駆けてゆく三毛猫。その身体に当てないよう気をつけながら、『狩猟』の力で追い立てる。
「んなぁん」
「そっちにも居たか。じゃあ一緒に……！」
　ミニトマトの入った袋ごと咥えている茶トラ、細身の大根を咥えたサビ、ロース肉を咥えて意気揚々と走っていたブチ猫。
　１匹を追いかけているだけで次々と遭遇する野良猫たちを片っ端から誘導して、辿り着いたのは選び抜いたベストスポット。
　――猫の縄張りに最適なその場所で、既に集まっていた野良猫たちは追われていたのもすっかり忘れて、ごろりと横になったり、毛繕いをしたりと呑気に過ごしていた。
「よしよし、一箇所に集まったね……それ～！」
「みゃ！？」
「なぅ？？」
「にゃ～……ん」
　あまりの居心地の良さに、野良猫ともあろう者がすっかり油断してしまっていた。その隙を突いて放たれた眠りの結界術に、たちまち猫たちはぽてりぽてりと横たわり、すぴすぴと可愛らしい寝息を立て始める。
「さてと、完了。まあ、逃げた先が縄張りに最適な場所なら住みつくよね？」
　ふふ、と笑みを零しながら猫たちを拾ってまわるリンカの、ご機嫌な鼻唄が響いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

🐈作戦５：優しきヒーローたちの真心
　宝石を鏤めたかのような燦めきを抱く、オーシャンブルーの海。
　その中に在る、白壁と青屋根の美しい街のあちこちから聞こえる騒ぎ声を前に、陽向・理玖（夏疾風・f22773）と泉宮・瑠碧（月白・f04280）は一瞬、場に飲まれた。
「猫たち……お腹が空いていたのでしょうか……」
　今まさにトウモロコシを咥えてダッシュしていったキジ三毛を目で追いながら瑠碧が呟けば、
「ま、要は猫探しだろ？　意外と得意だぞ。師匠ともしたし、依頼でもしたことあるし」
　と理玖がからりと笑う。
　状況はとかく混沌を極めていて、野良猫の数も多い。ならば、とふたりはちょっとした作戦会議を開いて、“食べると危ないものを持って行った猫を優先する”ことに決めた。
「猫は、えぇと……何食えねぇんだっけ？」
「そうですね。ネギ類は駄目ですし、生だとエビやイカに……他にも色々あります」
「そっか……あ、瑠碧」
「はい？」
　名を呼ばれ、きょとんと青染む双眸を瞬かせた瑠碧に、理玖もふわりと口端を上げる。
「甘くないクッキーとか、何か猫食えそうな奴持ってる？」
「クッキーというよりは、猫のカリカリみたいのなら。おからや米粉に煮干しパウダーの物ですが……」
「手製のカリカリ？　すげぇ」
「あげ過ぎは駄目ですよ？」
「ああ、分かった」
　作戦ＯＫ。準備も万端。――いざ、開始！

「……さっきまで結構いたんだけどな」
　猫が隠れるであろう場所――路地裏から始まり、木々の周りまでチェックしたふたりが、次いで向かったのは草むらだった。猫目線になるよう腰を低くして探しながら、理玖が顔を上げる。
「居た？」
「今、樹や草花にも訊いてみていて……あっ」
「みゃう」
　瑠碧の零した声と、高い仔猫の鳴き声が重なった。咄嗟にそのちいさなキジトラを抱き上げ腕に抱える向かいで、ぽろりと口許から落ちた葡萄の房を理玖が拾う。
「さすが瑠碧。ははっ、お前も結構デカい戦利品持ってきたな。……ちなみに葡萄これは？」
「駄目ですね。代わりにこれをどうぞ。それよりもお身体に良いですよ」
　そう言って鼻先にお手製のカリカリを近づければ、可愛らしい口がぱくりと食み、かりこりと美味しそうな音を響かせる。
　そんな、無我夢中でおやつを堪能する仔の姿を見ていたのだろう。
「にゃ――……ん」
　頭上から響いたか細い声にふたりが視線を上げれば、すこし高い位置の枝の影から、似たような模様のもう１匹がちらっと顔を覗かせた。
「んー……高いとこ昇って降りられなくなった、ってパターンか……」
「……猫って、登るのは得意でも、降りるのは苦手ですよね」
「だよな」
　調子に乗ってピンチに陥るのもまた、どうしてか愛らしい。短く笑いを漏らすと、ふたりは再び樹を仰ぎ見た。
「ジャンプすれば届くだろうけど、あの枝の先まで俺が行くと折れそうだな……」
「なら念のため、落ちたら受け止めるよう、風の精霊にも力を貸して貰いますね」
「おっ、ありがとう瑠碧。じゃあ、よっと！」
　跳躍と同時、虹色に煌めく龍のオーラを纏うと、理玖は軽々と仔猫のいる枝に飛び乗った。周囲に瑠碧の喚んだ精霊の気配を感じて、ひとつ息を吐く。
「ぅみゃ――！！」
　突然現れた人間にびくりとひとつ跳ねた仔は、それでも咥えた葡萄を落とさなかった。どうやら、兄弟ふたりで勝ち取った戦利品らしい。
「驚かせたか？　ごめんな。でも、それよりこっちの方が旨いぞ」
「理玖……だ、大丈夫ですか……？」
「ああ、大丈夫。――ほら、仲間も美味しそうにしてただろ？　こいこい」
　掌にお手製カリカリを乗せたまま、腕をゆっくりと差し出せば、匂いにつられてとてとてと近づいてくる仔。くんくんと匂いを嗅いでぱくりと食んだところを、そっと抱きしめて捕獲成功！
　再びひょいと枝から飛び降りた理玖が見せた笑顔に、瑠碧もひそりと安堵の息を零した。ありがとう、とそっと声をかけ、樹肌を優しく撫でる。
　ふたりの腕のなかには、１匹ずつの兄弟猫。
「凄い勢いで食ってる。さすが瑠碧のカリカリ」
　旨いか？　と窺いながら、理玖が眦を緩めて優しく背を撫でる隣で、
「ふふ、お口に合ったようで良かったです」
　瑠碧も微笑みながら、一心不乱に食べる仔の柔らかな毛に柔く触れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

🐈作戦６：翼を広げて
　青に煌めく大海を渡ってきた風が、埠頭に着いたばかりの子供たちの頬を撫でた。からりとした涼のなかに染む海の香に気づいて、ベル・プリンシパル（いつか空へ届いて・f33954）が眸を細める。
「んー！　潮風が気持ちいい！　港町の雰囲気、好きだなぁ」
「本当に風が気持ちいい。こんな綺麗な海は見たことがありません」
「俺も！　それに、雲海ならいくらでも見てきたけど、水のある海って珍しくて……っと、ごめんごめん。観光気分はここまでだね」
　水を透いたような空の青と、ターコイズブルーからマリンブルーへと移り変わる海の青。夏の陽を受けて燦めき躍る水面はどこまでも澄んでいて、いつまでも眺めていられそうだけれど、今日一番の目的は他にあるからと、ベルはぐっと浮き足立つ気持ちを我慢する。
「いえ。お仕事が落ち着いたら、ふたりでゆっくり見て周りたいですね。……そのためにはまず、お仕事です」
　猟兵に目覚めたばかりの自分を気遣って、せっかくベルが誘い出してくれたのだ。困ってる人々のために力になりたい。そう、強く過ぎった想いに、ベルの声が重なる。
「じゃあ、困ってる人を助けに行こっか、ルイラン！」
「はい、助けに行きましょう！」
　そう力強く頷いた睿藍は、ふたり初めて出逢ったときのように、ベルが差し出した右手にそっと掌を重ねた。

「えっ？　毒のあるお魚を？」
「まだ毒の処理はしてないんですよね？」
「そうなんだよ。なのに、ぱっと物陰から飛び出してきたと思ったら、あっという間に黒猫に持って行かれて……」
「そんな……猫さんがそれを食べちゃったら、死んでしまいます……！」
「ルイラン、急いで探しに行こう！」
「――はい！」
　頼んだよ！　と縋るように叫ぶ魚屋の店主――がっしりとした体つきを見るに、猟師なのだろう――に見送られて飛び出すと、
「ベルさん、私は空から探します！」
「分かった。見つけたら俺が追いかけて行き止まりに誘い込むよ！」
　ベルへと頷きを返しながら、睿藍はたちまち白い石畳を蹴った。背負ったハングライダーの翼が広がり、瞬く間に空へと舞い上がる。
　あまり高い場所からでは、ちいさな猫を探すには却って不便だ。だから睿藍は青い波のように連なる屋根の上を飛行していき、ベルは白壁の美しい街並みの路地を巡ってゆく。
　探し人ならぬ探し猫の色は、黒。白い石畳だからこそ目立つその色を、睿藍は見過ごさなかった。
「っ！　いました！　今、教会の角を左に曲がって……あっ、その先はちょうど突き当たりです！」
「ありがとう！　先に行ってて！」
　確かこの先にショートカットできる路地があったはず。
　街の人への聞き込み時に得た情報を思い出しながら、ベルも腰翼を羽ばたかせて加速する。
「分かりました！」
　ぐん、と一気に速度を上げて先回りすると、睿藍はハングライダーを閉じると同時にティンクルスターを召喚した。まるで流星群のように燦めく星の群れとともに降下した娘は、軽やかに着地したその勢いのままに黒猫を追った。幾つもの星を喚び、猫の行く先々を次々に封じていく。
　そうして路地の果てへと追い込んだところで、後ろから駆けてきたベルが一足飛びに距離を詰めた。
「みゃ！？」
「それっ！」
「ぅに゛ゃ――――！！」
「わーっ！　あいたたたた暴れないで引っ掻かないで！　代わりに別のお魚あげるからー！」
　白い腰翼をぱたぱたとさせながら、腕のなかで暴れる仔を必死に宥めようとするベル。睿藍も急ぎ駆けつけると、少年に抱かれた黒猫の額をそっと撫でた。
「大丈夫、恐がらないで。私たちはただ、貴方とお友達になりたいだけなの」

　――あの夏の始めに、私たちが出逢ったように。

　そうだよ、と言って、ベルも笑みを零す。
　あの日、娘の警戒心を解いたのと同じその誠実な眼差しに、暴れていた黒猫からもやんわりと力が抜けて。
　ぺろぺろと指を舐め始めた愛らしい姿に、ふたり同時に笑み声が零れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

🐈作戦７：空制するビーストマスター
「いやあ、元気だねえ」
　捕まえたばかりの野良猫三兄弟から戦利品を回収すると、ヴィクトル・サリヴァン（星見の術士・f06661）は穏やかな声音でそう笑った。
　大きな手の指先で器用に戦利品の麻袋を開ければ、中にある果物には囓られた跡はなかった。ホッと息を吐き、ふと視界に入った腕の傷にくすりと瞳を細める。
　体格からしてまだ成猫したばかりの３匹は暴れに暴れたが、ヴィクトルもその程度で怒るほどの器ではない。寧ろ、元気なことは良いことだ。
「さてと。次は――………」
　島に訪れて真っ先に目についた仔らを捕まえてみたけれど、対象の総数が分からない以上、数で攻略したほうが良さそうだ。それに、野良猫たちが毒になるものを食べないよう急ぐ必要もある。
「空から探してみるかな」
　そう決めると、ヴィクトルは軽やかにひとつ指を鳴らして、空飛ぶシャチの群れを喚んだ。彼らなら、反響音などで見えづらい場所に隠れている仔も分かるかもしれない。
　１匹の背にひらりと乗ると、ヴィクトルはシャチたちと共に宙へと舞い上がった。分散するよう群れを展開させ、広範囲を一気に探る。
「キュイ！」
「いた？　んー……あの狭い場所の先……？」
　白壁に青い屋根の連なる美しい街並みの一角、白い石畳を駆けてゆくグレーの猫が路地へと入って行くのが見えた。
　けれど、今から降りて地上から追っても逃げられてしまうだろう。
　――ならば。
「空から一息に捕まえちゃおうか」
「キュゥゥイ！」
　自身の乗った１匹だけを連れ、静かに降下。低空飛行で接近しながら、ターゲットの姿を上から捉えると――ぱさり。
「みゃう！！！」
　ヴィクトルの落とした網が、見事灰猫を捕獲！
『な、なんだにゃ！？　絡みつくにゃー！』
『ごめんね。その咥えてる人参、キミが食べるとお腹壊しちゃうんだ。だから俺に預けてくれないかな？』
　がじがじがじがじ！　ヴィクトルのシャチ肌に噛みついて後ろ足でケリケリする猫に苦笑しながら問いかければ、疑うような眼差しが返ってくる。
『……それは本当にゃ？』
『ほ、本当本当。ほら、俺のこの目を見て。嘘言ってないって保証するよ』
『……悪い奴じゃなさそうにゃから、信用してやるにゃ』
　そう言って人参をぽとりと落とした灰猫に、ありがとう、とヴィクトルも顔をほころばせた。
　噛まれても気にしなーい。それもまた、ビーストマスターの心得のひとつ。
　そうしてゆっくり丁寧に網を解くと、たんっ！　と腕を足場代わりに大きくジャンプし、野良猫は路地の影へと走り去っていった。
　入れ替わりに、自分の周囲にできた影に気づいて顔を上げる。
「みんな、お待たせ！　じゃあ次行こうか？　あ、力加減は十分気をつけてね？　みんな大きいから何かあったら大変だし」
「キューイ！」
「ありがとう。――行くよ！」
　再びひょいと空シャチの背に乗ったヴィクトルは、掛け声に呼応するシャチの群れを連れて、どこまでも空の青を泳いでゆく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

🐈作戦８：天と地の連携フォーメーション
「鍵尻尾の茶トラの仔はなぁ、うちの店先でよく昼寝しとんじゃあ。可愛くてなぁ」
「悪戯が過ぎるのは見過ごせないけどねぇ。私らも変なもの食べたりしないか心配なんだよ」
　――だからどうか、頼んだよ。
　そう魚屋の夫婦に頼まれたなら、断る理由なんてひとつもない。
　草守・珂奈芽（意志に映す未来・f24296）とシェキザ・シップスキャット（セントエルモの灯は踊る・f26310）は、見合って笑って、大きく頷いて。
「任せてほしいのさ！」
「しっかり捕まえてやらぁな！！」
　強く光る瞳で、どこまでもよく通る声で応えると、ふたり同時に飛び出した。

　青い屋根を頂く白壁の家々が並ぶ白い石畳を抜けると、街の人々が集う広場へと出た。
「よーし。探し猫するなら、たくさん味方が欲しいしね。――おいで、精霊さんたち！」
「お、ならオレも、ゴーストたちに力借りて探してもらうぜ！！」
　そうして喚ぶのは、珂奈芽にとって、シェキザにとって、大切な自慢の仲間たち。きらりと陽の反射に紛れて顕れた精霊と、ぼうと浮かび上がった幽霊へ、ふたりは目的を説明する。
「じゃあ、あたしは隙間や人混みを縫って探すよ！　精霊さんたちも、街のことをどんどん教えてほしいのさ！」
「オレぁ空からメインで探すとすっかね！！　ゴーストたち、ちーっと人を怖がらせっかもしれねぇかんな！！」
「分かった！　あたしは精霊さん達の道案内も頼りつつ、かな？　シェキザくんは？」
「オレは空から市場周辺の地形や道を覚えとく！！」
　小柄な妖精の体躯を活かして、狭い場所や死角を。
　飛翔できる能力を活かして、上空からの広範囲を。
　――そうして得た情報は、共有も忘れずに！
　トントン拍子に作戦を纏めると、ふたりは再び駆け出した。精霊たちの光を追って、珂奈芽が街中を軽いフットワークで抜けてゆく。
（地元のヒーローさ思い出すなあ、この感じ……！）
　こういうのも、助けの要る困りごと。事件に大小なんてありはしない。すこしでも困っている人がいれば手を差し出すのがヒーローだし、それが珂奈芽の目指す未来の姿。
「珂奈芽！！　すぐ近くに集団がいるぜ！！　左、右、右の順に曲がれば最短だ！！」
「了解だよ！」
　更に加速する珂奈芽を先導すべく、ゴーストたちと共に急降下したシェキザが娘の前へと出た。青白く燦めく翅を羽ばたかせながら、未だ見えぬ、けれど確かにこの先にいる野良猫軍団を目指す。
（オレぁヒーローでもなんでもねぇ、荒海を往く無法者だけどよゥ）
「海の厄除け“船乗り猫”なら、海辺の街の厄も祓ってやらァ！！」
　併走するゴーストたちが、猫たちの居場所を示すかのように揺れる。それに続いてシェキザと珂奈芽が最後の右折した先、
「みゃ！」
「にゃー！」
　見つかった！　と言わんばかりに驚いた野良猫たちが、壁に空いたちいさな穴へとすり抜けようとする。と、それを防ぐように先回りしたのは妖精たち。退路を断つように飛び回る仲間の姿に、珂奈芽は自慢気に口角を上げる。
「助け合いと連携はヒーローの基本なんさ！」
　すかさず駆け寄る珂奈芽から逃れんと散り散りになり始めた仔らを、今度はシェキザのゴーストたちが忽ち取り囲んだ。
「オレも同じ猫キャットだ、ここは負けらんねぇってもんだ！！」
　最後まで油断はしまい。その心意気を映した金の双眸が、珂奈芽に捕まっていく猫たちの姿を確りと捉えていた。
「なぉ～～う！」
「み゛ゃ――！！」
「ほーら落ち着くのさ。お遊びはおしまい！」
「わははは！！　こりゃ元気な猫たちだィ！！」
　それぞれが咥えていた戦利品を回収したからか、余計にじたばた暴れまくる猫たち。
　肩に頭にとよじ登られて身動きが取りづらそうな珂奈芽の姿に、シェキザも澄んだ笑い声を青空に響かせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

🐈作戦９：まさに飛んで火にいる夏の猫
　宝石のように燦めく海の青。どこまでも澄み渡った空の青。
　その直中にある、青い屋根と白壁の可愛らしくて美しい街並み。
　そして、大好きなおねえちゃん。
「もっふもふもふ♪　もっふもふもふ♪　もふもふあーんどお姉ちゃんー♪」
　そんな謎ソングをご機嫌で歌いながら、菫宮・奏莉（血まみれもふりすと ときどき勇者・f32133）が涼月・カティア（仮初のハーフムーン・f05628）の腕にぎゅっと抱きつけば、カティアもまたほわりと蕩けそうな笑顔を返した。
（にゃんこ追いかけっこ捕獲依頼と見せかけて、奏莉さんと奏莉さんと奏莉さんとにゃんこに癒される依頼ですねわかりました）
　ならば、カティアがすべきことはひとつ。
　――一番近い特等席で堪能する！
「お姉ちゃん？　なにか違いましたですか？　猫さんとの鬼ごっこでーとなのですよね？」
「何も間違ってませんよ？　熱中症にだけ気をつけましょうねー」
「はーい！」
　ぱっちりと瞳を開き、ちいさな掌を掲げる。可愛い。可愛すぎる。その姿でもう満点スタンディングオベーションものだ。
「あ、そう言えば、どうやって捕まえましょう？」
「それならだいじょぶです！　もふりすとたるわたしに任せてくださいなのですよ！」
「ありがとうございます。じゃあ私は、捕まえるときの補助をしますね」
　言って取り出したのはマタタビ。王道とはいえ、効果があるからこそ王道なのだ。これは置いておくべきだろう。
「さすがですお姉ちゃん！　じゃあ、わたしもいくのです――じゃじゃーん！　『もふりすとのびっくり箱』～♪」
　瞬間、ぽん！　と空中に現れぽとりと落ちたのは、大きなスイカがすっぽり入りそうなほどの箱。「これがあればばっちりです！」とうきうきしながら奏莉が開ければ、
「あ、七輪とお魚ですね！」
「なるほど。これでお魚を焼いて、匂いでおびき出すんですね」
「早速やってみるのです！」

　誰もいない空き地を見つけると、カティアの手を引いて奏莉が嬉しそうに駆けだした。
「ここならお魚焼いてもよさそうですね」
「じゃあ、このあたりに七輪置きますね」
　重いだろうからと代わりに持っていた七輪を地面に置くと、奏莉が早速火をおこし始める。ちいさな手にちいさな耐熱グローブをはめている姿も愛らしい。
「鯵アジ、鰹カツオ、鮪マグロ……さすが奏莉さんのユーベルコード。猫の好きそうなお魚揃いですね」
「ふふ、この魚を美味しく焼いて、猫さんをぐぐっと惹きつけちゃうのですよ」
　そう言うと奏莉は、七輪の前にしゃがみ込んで手際良く焼き始めた。ちいさな身体で頑張って菜箸を扱うその後ろ姿を観察――もとい見守っていたカティアが、
（うっ……！　一生懸命なとこ可愛い……ちょっと悶えそう……）
　なんて過ぎった煩悩を理性で抑えていれば、ふわりと鼻をくすぐる美味しそうな匂い。
「にゃーん」
「みゃ～お」
「なぉ――ん」
「猫さんたち、どうぞどうぞ召し上がってください！　たっぷりあるのですよ！」
「わ、すごい集まってきましたね……！」
　元々、お腹が空いていたから市場から商品をかっぱらっていったのだろう。ならば、そんな野良猫たちが魚の匂いに釣られないはずがない。
　リーダー格らしい大柄の１匹が、その体格からは想像もできないほどの軽やかな跳躍で奏莉の許へとくると、差し出された焼き立ての魚をはふはふ言いながら食べ始めた。それが合図となり、わらわらと集まってきた猫たちも一斉に魚へと飛びかかる。
「美味しいですか？　なら良かったのです」
「本当可愛い……」
　思わずカティアが洩らした言葉は、勿論猫と奏莉のこと。嬉しそうに猫たちを眺める姿が、また愛らしい。
　そうして見入っていれば、いつの間にか満腹になった猫たちがごろりと横になり始めた。ぺろぺろと毛繕いを始め、すっかり寛いでいる。
　――今このときが、狙っていた瞬間。
「今のうちにげっとしちゃうのですよ！」
「そうですね！」
　見合って頷いたふたりは、手早く猫たちを運ぶ。手近な範囲を請け負う奏莉の許へ、すこし離れた場所にいる仔たちを連れてきたカティアが猫を下ろしたのは、奏莉のうえ。
「お姉ちゃん、捕まえたらいっしょに……あ、あれ？」
　猫は液体です、と誰かが言ったように、でろんと伸びた猫が次から次へと娘のうえに置かれていき、
「わたしももふもふされる側ですか！？」
「ふふ、一緒にもふもふしましょうね」
　慌てふためく姿もまた可愛い奏莉へと、カティアが柔く瞳を細めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

🐈作戦１０：白黒コンビで連携！
　青い屋根と白壁の美しい街並みの中、獲れたてと思われる生魚を咥えて塀の上を走り抜けていった茶トラと遭遇し、ユウ・リバーサイド（壊れた器・f19432）が一瞬固まった。
　――えっと……るーるるー？　みゃーお、がぉー？　……こ、来ねぇ……。
　脳裏を過ったのは、過去の己の声。――そう。未だ完全とは言えないまでも、昔を想起できるほどのある程度の記憶を取り戻していたユウは、だからこそ胸中に染み痕を残していく得も言われぬ苦さを強引にねじ伏せる。
　声真似では無理なことは明白。ならばどうすれば良いのか。
（後悔も絶望も後回しだ。……思い出せ、俺。にゃんこ達の安全のために……！）
　逡巡から脱する答えを見いだせずにいたそのとき、ユウの視界を相応に大きな何かが横切った。
「……！」
　紛うことなく、それは猫だった。５Ｋｇ、いやそれ以上はありそうなハチワレが、バケットを咥えて猛スピードで駆け抜けていったのだ。
「デカいのにめっちゃ速ぇ！」
　そして間髪を容れずその後に続く、各々戦利品を咥えた１０匹ほどの猫軍団。どうやら先に行ったハチワレが親分らしい。
「おいおい……さすがにやり過ぎだよにゃんこたち」
　そう独り言ちながら反射的に駆け出したユウは、懐から鬼灯の葉脈標本の入った小瓶を取り出した。それを器用に片手で開けると、標本に秘められた化術の力を開放する。
　おいで、と囁くように喚んだ過去の残滓は、バイブラックのシェットランド・シープドッグ――シェルティの仔犬。まだ小柄ながら元気いっぱい飛び出すと、ぽすんとユウの腕に収まった。ちいさな尾を嬉しそういぱたぱたとさせている姿が愛らしい。
「……うまく向こう側から路地に追い込んでくれ」
「キャン！」
　そっと下した途端、仔犬はハチワレの逃げて行った方へと駆け出した。
　速いと言っても、相手は猫にしては相応の大きさがあるし、シェルティと同じ白黒のボディはこの白い石畳の上ではかなり目立つ。
　視線の先で、その身体からは想像もできないほどの機敏な動きで野良猫がきゅきゅっと直角に右折した。続くシェルティが１本手前の角を曲がったことに気づくと、ユウ自身は猫の後を追うべく同じルートを右折する。
　恐らく相棒仔犬は、平行して走る別の道から先回りするつもりだろう。ならばとユウも、残る力を振り絞って更に加速した。
「いた……！」
「ワン！」
　対面から駆けてくるシェルティとユウが、同時に叫んだ。ふたりに挟まれる形となったハチワレとその子分たちは、身を低くして警戒の色を強める。
　いずれも動かぬこと、数秒。ゆっくりと静かに腰を下ろしたユウが、ポケットに手を入れ――おやつゼリーの入ったチューブを取り出した。そっと封を切ってすこしだけ中身を出して、ハチワレへと差し出す。
「さ、こいつとバゲットを交換だ」
「な゛――……」
「大丈夫、お前達を傷つけたりしない」
「な゛ぅ～～～～……」
　匂いは届いているのだろう。うずうずとした様子はあるものの、まだイカ耳で警戒の声を――器用にもバゲットを咥えたまま――響かせている。
（焦るな、信じて待つんだ）
　記憶の中の誰かをなぞるように、自分に言い聞かせる。大丈夫、この方法で正解なのだと、朧気な姿が今にも揺らぎそうな心を支えてくれる。
　ちいさなシェルティが対面で見守るなか、ユウは決してその場から動かなかった。不用意に距離を詰めれば、それこそ逃げられてしまう。じっと様子を窺いながら、唯々相手が心開くときを根気よく待つ。

　――そうして数分後。

　ぼとっと、バゲットが地面に落ちた。

「にゃ～～ん」
　猫にとってはよっぽど魅惑的な香りなのか、根負けしたハチワレがのっしのっしとユウの許へと近づき、差し出されたチューブの先をぺろりと舐めた。
　途端、目がカッと見開かれ、忽ちぺろぺろぺろぺろとがっつき始める。尻尾を嬉しそうに揺らしながら、「なぁう」としきりに鳴いているハチワレの額をそっと撫でた。
　無意識に毀れた、安堵の息。ユウも張りつめていた気の緩むまま、柔く細めた眸で周囲を見渡した。
「見てる子たちもおいで。おやつはまだあるよ」
「みゃー！」
「ぅにゃぁぁぁ」
「なぁん」

　白黒を纏った、ひとりと数匹。
　彼らののんびりおやつタイムは、もうしばらく続いてゆく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

🐈作戦１１：寄り添う心
　港町の市場からすこし離れた住宅街の一角。
　ほかの家と同じく、白壁に青い屋根の――ビルというには低層過ぎるし、四角い積み木のような可愛らしさのある――建物から出てきた３人は、ふわりと路地を抜けていった海風にひとつ息を吐いた。
「さすがイロハ。保護猫活動されてる方々に逢えたのは収穫だったわね」
「ああ。僕なんてそんな団体があることすら知らなかったからな」
「いえいえ。日常的に困っているようでしたから、あったりするかもと思ったくらいで……」
　エリシャ・パルティエル（暁の星・f03249）と尾花・ニイヅキ（新月の標・f31104）の賛辞にはにかみながら返すと、冬原・イロハ（戦場のお掃除ねこ・f10327）がふたりの持っていた紙を改めて見る。
　今さっき団体から譲り受けてきたそれは、野良猫の活動範囲が記された街の地図だった。主要な路と要所、それに猫の集会場所まで、おおよそこの街の野良猫のことであればあらかた詰まった虎の巻とも言えるものだ。
「さっき聞いたお話ですと、確かこのあたりでしたよね？　今の時間帯に、野良猫さんたちがよく見かけられるのって」
「ああ。だが、結構入り組んだ路地だと言っていたな」
「これは虱潰しに探すしかなさそうね……」
　３人で地図を覗き込みながら、こくりと頷き合う。
　エリシャとて、なにも無理やり連れて行こうという気はない。猫たちはあの自由気ままなところが良いのであって、それを最大限に謳歌している彼らだからこそ、野良猫としての品格もあるだろう。けれど、飼い猫は飼い猫で、それもまた彼らにとっての良い選択肢のひとつなのだ。幸せになる道をひとつでも多く用意いてあげたいと、心から思う。
「それにしても、猫が魚を盗むのは聞いたことはあるけれど野菜も？　健康志向の猫なんだな……？」
「逞しい猫さんたちみたいですね。……ですが、食べちゃダメなものも確かにありますものね。絶対見つけませんと」
　聞いている分には感心して和んでしまいそうだけれど、このままではいつか、彼らの命の終わりを早めてしまいかねない。こののんびりとした街らしく長生きできる、彼らの野良猫道を手助けしたいのはイロハも同じ。
「ええ。港町の人も困ってるし、ここは一肌脱がなきゃね！　猫ちゃん追跡作戦決行よ！」
「ふふ、ふたりの気合も十分だな！　――じゃあ、危険なものを食べる前に、早く捕まえに行こう！」
　やる気に眸を煌めかせた仲間たちの姿に、ニイヅキも柔く眦を緩めた。

　狙いを定めた場所はほど近くにあった。道中を含め、白い石畳の続く路はなかなかに入り組んでおり、なるほどこれは猫たちの格好の遊び場だと納得する。
「えっと……多分このあたりですね」
「そうか、なら――あっ！」
「早速のお出ましね！　さぁ、あなたたちはどれがお好みかしら？」
　地図を眺めていた視線を前へと向けたイロハの隣で、ニイヅキが早速野良猫軍団を発見！　エリシャが意気揚々と両手に持参のおもちゃを構えた。
「流石エリシャ、準備が良いな！　やっぱりおもちゃは重要なんだね」
「ふふ。これはボールなんだけど、鳥や虫の鳴き声がするの。こっちはリアルな魚ぬいぐるみ！　そして電動で動くねずみロボ！　これで猫ちゃんのハートを鷲掴みよ！」
「ねずみロボなんてものもあるんだ。面白い！」
　そう目を瞠るニイヅキの隣で、
「はわ～、こういうのもあるんですねぇ」
　興味津々、早速イロハが手でちょんちょんとおもちゃをつついた。こういうときは猫の狩猟本能を刺激するのが良いだろうと狙って用意したものだったけれど、ケットシーの興味もばっちりひけたようだ。――そして、
「みゃう！」
「なーぅ！」
「にゃー」
　もちろん野良猫たちも例に漏れず、じっと警戒しながらもエリシャの許へと近寄ってくんくん匂いを嗅いで――がぶっ。まずは１匹、魚のおもちゃに齧りついた。と同時に、咥えていた蕪がぽてん、と石畳に落ちる。
「やったわ！　じゃあこっちは……ころころころー！」
「にゃう～～！」
「みゃん！」
　ボールを転がしねずみロボのスイッチを入れて走らせると、残りの仔らもそれまで必死で確保しようとしていた戦利品のことなどすっかり忘れて、それらを追いかけぱたぱたと走り回る。
「そっちの群れはエリシャに任せておけば良さそうだな。あとは……あれ？　さっきまでそこにいた仔たちは？」
「ニイヅキさん、こっちです」
　きょとんと瞬いたところで名を呼ばれて振り向くと、呼び主のイロハは子供なら通れそうなほど細い路地の入口にいた。なるほど、猫の気持ちを考えて見つけたのだろう。警戒させないのも大事なことだ。そう得心しながらニイヅキも倣って腰をかがめて先を覗けば、そこには見失っていた猫たちの姿。
「な～～ぉ」
「みゃ――」
　こちらはどうやら果物好きの様子。葡萄の房はしっかりと咥えたまま警戒している仔らに、試しに「にゃ～ん、にゃっ」とイロハが鳴き声を真似て、続けてニイヅキも「にゃー」と鳴いてみる。
「イロハとニイヅキの鳴き真似、可愛い」
「私はケットシーですが、ちゃんとそれっぽく鳴けるかしら？？」
「それを言ったら僕の方が、イロハほど上手くできていないとは思うが……」
「大丈夫。ふたりともちゃんと猫らしかったわよ？　――ほら」
　エリシャに促されて再び猫へと視線を戻すと、イカ耳で唸っていた猫からすっかり警戒の色が消えていた。まんまるおめめを煌めかせて、落とした葡萄なんてそっちのけで、イロハとニイヅキのほうをじっと見つめる。
「私はカリカリを持ってきたんです！　猫さん、それを食べると危ないですよ？　こっちのカリカリはいかがでしょう？」
「にゃー！」
　イロハが優しく語りかけながら、そっと石畳へと置いた数粒。恐る恐るその匂いを嗅いでから、ぴくりと耳を立てて一心不乱に食べ始める。
「ふふ、お口にあったようですね。良かったです」
「私も、保護用の籠の中におやつは持ってきてたけれど……その前に」
　期待にきらりと眸を煌めかせて取り出したのは、ねこじゃらし。先ほど、近くに生えていたのを１本頂戴してきたのだ。
「あら、良いもの見つけたわね」
「だろう？　僕、ねこじゃらしで本当に猫がじゃれてくれるのか凄く気になってたんだ……！」
「天然のねこじゃらしは、猫ちゃん好きだと思うわ」
　エリシャのお墨つきも貰っていざ！　ふりふり、ふりふりと誘うように振ってから、近づいてきたところで逃げるように引いて。捕まえられそうになったところでひょいと左右に振ってちいさな手を躱してみれば、何匹もの猫たちがつられてとびかかったり、そのままころんと仰向けになったり。
　気づけば３人は、すっかり野良猫たちに囲まれていた。
「ニイヅキ、こういうのもあるわよ」
「これは羽か……！　こっちは鈴に……あ、ねずみまでついてる。色んなねこじゃらしがあるんだな」
「かわいいですねぇ」
　すっかり懐いた仔らに皆ゆるゆると頬を緩ませながら、彼らに見せるように、ニイヅキが大きな藤の籠の蓋を開けた。抱き上げて入れる方法もあるけれど、無理強いはしたくない。
　そんな娘の気持ちが通じたのか、真っ白な１匹が軽やかにジャンプして中へと入った。もともと猫は狭いところ好き。ここは極上の寝床になるはず。
「……ふふ、可愛い。じゃあ、おやつもあげよう」
　それは、どんな猫をも魅了するという例の品。スティックの封を切ってちょろりと出してみれば、匂いに誘われ早速ぺろぺろと味わい始める。
「こっちの仔たちは、お腹いっぱいになったみたい。寝ちゃったわ」
　大切そうに猫たちを抱いたエリシャが籠の前でしゃがみ、１匹ずつ丁寧に寝かせて、用意したおもちゃをその傍らに置いてゆく。
「これは、あなたたちの新しい家族へのプレゼントよ」
　あとはあたらしいお家を見つけなきゃね、と微笑むエリシャにイロハも頷き、跡形もなくなくなっていたカリカリに気づいて眸を細めた。
　そうして、もう粗方お昼寝タイムい入った中で、まだ辛うじて起きていたサバシロの仔へと彼らの言葉で語りかける。
『これからみなさんを、保護猫活動の団体さんの処へとご案内しますね。もし良ければ、あとでお友達にも教えてあげてください』
『分かったにゃ。そこが本当に居心地良い場所か、この俺様が見極めてやるにゃ！』
『はい！』
　むふん、とドヤ顔で言い切ってから、身体を丸めてごろごろ言い始めた仔へと向けるのは、今日一番の笑顔。
　夏の陽の下、ほっと吐いた息を爽やかな海風がさらっていく。
「次の場所でも、幸せに暮らせると良いな」
「ええ。――この仔たちと、この街の人たちなら、きっと大丈夫よ！」

　だってここは、こんなにも優しい風に包まれた街なのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

第2章 日常 『星の雫の降る夜に』

POW   :    星を見上げる SPD   :    零れる星を追う WIZ   :    掌に掬う 👑5 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　夏の陽の暑さから逃れるように、抱いていたハチワレがユウ・リバーサイド（壊れた器・f19432）の腕のなかでもぞもぞと動き、そのジャケットの裡へと潜り込んだ。俯いて覗き見れば、どこか得意気な顔でむふんとした猫口で笑う。
「もうすぐで着くはずだけど……あ、ここか……？」
　街の人々が教えてくれた通り、砂浜沿いに歩いた先の崖下にぽっかりとあいた穴があった。入口の天井の高さは２ｍほど。どうやら中に行くにつれて次第に高くなっていくようだ。ちらりと覗き込むと、思いのほか拓けた空間が広がっていた。
　ざり、と砂の混じった音を鳴らしながらそっと中へと立ち入れば、忽ちひんやりとした涼が出迎える。
「聞いてはいたけど、結構涼しいな。――ほら、お前も出てきたらどうだ？」
「みゃあ」
　ジャケットの端からひょっこりと頭を出したハチワレに、ユウの口端もつい緩む。涼しくて気持ち良いのか、じたばたと裡から出たがったので好きなようにさせると、胸元をよじ登りながら――ジャケットに可愛らしい爪痕がついたのはひとまず置いておいて――器用に肩へと至り腰を下ろした。
「危なくないか？」
「みー！」
「そうか。じゃあ、落ちないようにな」
　言って、ユウはゆっくりと歩き出す。

　自然が生み出した無秩序な洞窟内を、高い天井の隙間から差し込む陽を浴びた蛍石が柔らかに照らす。
「ふわぁ……綺麗だなぁ」
　ある場所は壁一面、ある場所は大小のそれがとりどりの色を帯びて幻想的に燦めく様に、唯々見入ってしまう。
（海莉がいたら、色々と教えてくれたかな）
　確か、アルダワ魔法学園では宝石魔術も齧ったと言っていた。そんな会話を思い出しながら、ふと視線の先にあった一粒の鉱石を、ユウは身を屈めて拾い上げた。
「にゃう？」
「そうだな……黒……？　いや、灰色か」
　ほかの光に翳してみれば、色がほんのりと薄まり、淡く灯る。
　それはまるで、銀の星。――そう、あの人のような。
「……俺の中にも、確かに残ってたんだな」
　言って、ユウはそっとハチワレの額に触れた。ゆっくりと撫でると、じんわりと喉を鳴らす声が聞こえ始める。
　漸く色々なことを思い出したときは既に、故郷での関係はすべて終わっていた。その事実があまりにも大きくて、後悔と懺悔だけを残して、ほかは何もかも消えてしまったのだと思ったこともあった。
　――けれど、
「確かに俺の中に残ってたよ。……銀の魔法が」
「みー？」
「ああ、銀の魔法。お前とこうして、気持ち通じてるもんな」
　言葉というよりも、心が通じている。この仔が何を想っているのかが、裡に広がり染みてゆく。
　今なら、はっきりと分かる。
　終わりは決して、喪失ではない。
　自覚のあったものも、知らず生まれたものも。生きてゆくなかで積み重なったものは――ひとつひとつの大切なものは、自身の裡に確かに残っている。
　――そう、今でさえも。こうして自分を、助けてくれた。
「お前、うちに来るか？」
「みゃー？」
　寒くなってきたのだろう。再びちいさな手足を一生懸命動かしながら、肩からジャケットの中へと戻って不思議そうに瞬いたハチワレへと、ユウが微笑みを零す。
「食費は……まぁ、お前1匹増えても変わんないしさ。義妹もリンデンも、いい奴だよ」
　彼らが優しく寄り添ってくれたように。
　ユウもまた腕の中のぬくもりを柔く抱きしめると、にゃあ、と愛らしく応えながら、ハチワレも嬉しそうに瞳を細めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　知恵の力を繰りながらも、リンカ・ディアベルスター（星神伝説を知る開拓者・f41254）は周囲を仰ぎ見ながら感嘆の息を吐いた。
「綺麗な壁だね、美しい……」
　天蓋から微かに差し込む陽が揺れるたび、視界一面に広がるフローライトが彩を変えながら燦めきを放つ。そうして零れた光が、足許のあちらこちらにある水たまりに零れ、反射し、時折吹き抜ける風に揺らめき躍る。
（星の雫……あるといいな）
　色は様々あるらしいが、どうしてもと望むそれは今はない。
　こうして眺めていても、色の濃淡や輝き方によって、どれもがふたつとない彩を放っているのだ。ならば、知恵を司る星神の導きのままに巡り歩り、目を奪われ心惹かれたものが己の石。光が繋ぐ、石との縁えにし。
　緩やかな坂を下りて更に奥へと進むと、一際大きな空間に出た。
「ここは……！」
　まるで海を思わせる、一面の青。
　陽を浴びて淡く白み裡から柔らかく灯る様は、煌めく漣のようでいて、けれどそれよりも一層色が深い。繊細に移り変わる青は足許に広がる池にも映り込み、波紋が生まれるたびにほろほろと青が零れて消えてゆく。
「そうか。地面の一部にもフローライトが……これなんて、この上なく美しい――……あれ？」
　リンカはそう零すと、見惚れていた青の鉱石を手にしたまま、少し先にあった輝きを屈んで拾い上げた。
「へえ、透明な石もあるんだね……あっ！」
　凹凸のない一面に映り込んだ自分の姿に、リンカは大きく目を瞠った。纏まらない思考のまま、紫の双眸を幾度も瞬く。
「……コブラの尻尾が戻っている……！」
　死宝の邪神の呪いによって全身から瘴気が漏れ出したがために、久しく失っていたままだったコブラの尾。邪神を討ち果たしても戻ることのなかったそれが、今確かに在りし日の姿となって鉱石に映し出されている。
　そっと視線を移せば、ゆらゆらと揺れる懐かしい尾。
「やった……！　これで完全に死宝の邪神から開放されたんだ！」
　ビハインドになってしまってはいるが、いつ訪れるかも分からない終わりを待ちわびる必要はもうなくなった。唯それだけで心は羽根のように軽くなり、胸とともに身体さえ弾んでしまいそう。
「……ふふ、久しぶりにはしゃいでしまったね」
　けれど、それも仕方のないこと。
　そう心中で思い返しながら、青と透明、ふたつの石を確りと握りしめて、リンカは柔らかに口許を緩ませた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「蛍石かぁ……！　ね、ね。お互いのイメージの色探そうよ！」
「うん！　似合う色を探そう」
　声を弾ませながら誘うように手を伸ばした清川・シャル（歩ク理不尽バーサーカー・f01440）に、アオイ・フジミヤ（青碧海の欠片・f04633）も笑顔で頷きふたり駆け出した。
　まるで入口として作られたかのように、断崖の壁面にぽっかりと空いた扉ほどの大きさの穴。ちょっとした探検家の気分でそっと中へと入れば、忽ち広がるひかりの海が、視界だけじゃなく胸までも一杯にするものだから、まだ入口だというのに立ち止まってしまう。
「うわあ……すっごい綺麗……幻想的だね！」
「本当……きらきら光って、星の雫って呼ばれるのも分かる気がする」
　夜の星よりも眩く、けれど鮮烈ではなく柔らかに灯る。誰かに見つけて欲しいと強く願っているのに、それは巡り逢う唯ひとりにだけで良いのだと云うかのように。
「……好きなんだよね、鉱石って。これが自然に出来てるんだもん、凄いよね」
「きっと、気が遠くなるくらいの時間をかけて綺麗になったんだろうね」
　いつか見つけてくれる、誰かを待ちわびながら。

「あーちゃんのイメージって、赤なんだよね。ハイビスカスの赤！」
「ハイビスカス？」
「そう、凄く似合うと思っていて！」
「ふふ、嬉しい」
　だってそれは、心から愛する色だから。故郷の夏空を描く青に、なによりも似合う赤。
「あーちゃんは？　私って、何色っぽい？」
「うーん……シャルはやっぱり、赤かな？」
　そう言うと、くすぐったそうに笑ったシャル。その姿に重なるのは、心を埋め尽くすほどの血海だろうと撥ね除けて真っ直ぐに歩いてゆく、小柄なのに大きな少女の背と、決して消えることのない強い炎。
　貴女には、そんな赤がとてもよく似合う。
「よし、赤を探しに行こう！」
　青い眸を輝かせながら、シャルがぐっと拳を掲げた。
　目指す場所は分からない。それでも、ふたりは不思議と確信もしていた。天満星のようにどこまでも鏤められたひかりの海のなかから、待ちわびた唯一を探し出せるのだと。
「うーん、この赤ではないなぁ……これでもない……はぁ、色合いって難しいね？」
「本当だね……あっ、……と、これも違うな……」
　これなんてどう？　こっちは？
　眉間に皺を寄せて、うんうん唸って。そうして目に留まった赤を手に取っては見せ合って、互いに求める彩を探す。
　妥協なんてしたくないし、するつもりも更々ない。気持ちを込めた石だもの。妥協してしまったら、相手への心さえ偽ってしまうように思えて。
「――あっ！」
「！　あった！？」
「うん！　これ！　これだよ！！　出会えた～！」
「やったねシャル！」
「あーちゃんは？」
「ふふ、私も！」
　ふたり辿り着いたそこは、薄く鏡のように海水を湛えた拓けた場所だった。天蓋に至るまで敷き詰められたフローライトは、壁面のそこここから零れる陽を受けほんのりと灯り、その青がまた水面に映り光を纏う。
　アオイの探す赤があったのは、その光のなか。
　じっと目を凝らした先にあった、小指の爪ほどのちいさなひかり。海の青さえも染めるほどに、強く輝く赤。――すべてを払う、鮮烈な猩々緋Scarlet。
「良かったらこの石、お揃いでアクセサリーにしない？」
「いいね。石は魔法を纏わせられるから。んー……ネックレスか、指輪……って所……」
「ピアスとか？」
「いいね！　いつも存在を感じられるみたいな所がいい」
　あーちゃんは私の大切な人だから。
　はにかみながらも、そう芯の通った声で言うシャルに、アオイもまた笑みを一層深くする。

　きっと、想いが通じてお互いを護ってくれる。
　そんな、きらきらひかるとっておきの星雫を、貴女に。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　港町に漸く平穏が戻ってきた。
　穏やかに打ち寄せる白波と、その遥か先まで続く紺碧の海を眺めながら、土御門・泰花（風待月に芽吹いた菫は夜長月に咲く・f10833）は満足気にひとつ頷く。
「さて、猫さんも無事に保護できましたか。何とも良い運動でした♪」
　全く狩衣を着崩すことなく、汗一滴すら零さぬまま、そう爽やかに微笑んだ泰花はぽん、と軽やかに両の手を打つ。
「では、揚羽蝶さんに友人を呼んできていただきましょうか」
　言いながら放ったのは、白揚羽の式神。仄かに青いひかりの粒子を零しながらふわりと飛んでいった蝶を見送った泰花は、暫くして姿を見せた明月院・琳琅（羽衣人の戦巫女・f41225）へと楚々と手を振った。
「琳琅さーん！」
「此度は誘いに感謝する。――ふむ……海か。久しく訪れていなかったが、偶には良き物だな」
「そうでしょう？　ですが、今日はそれだけではありませんよ？」
「ほう？　他にもか？」
　涼やかな青い双眸が、僅かな興味を滲ませながら泰花へと向く。
　けれど、この先に続く言葉が何よりも琳琅の心を惹くものだということを、泰花もまた知っていた。喜んではくれるだろうけれど、どんな反応を見せてくれるだろう。そんな期待に密やかに胸を弾ませながら、柔く微笑む。
「はい。この先に洞窟があるのですが、そこで鉱石拾いをするのはいかがでしょう？」
「鉱石か」
　返る言葉は短く淡々としてはいるが、その瞳にきらりと光が走ったのを泰花は見過ごさなかった。喜んでくれたようだと安堵しながら、言葉を継ぐ。
「壁一面に蛍石の広がる、それは美しい場所だそうですよ。落ちている石は拾って持ち帰っても良いのだそうです」
「そ、そうか……」
　好きな石を土産にできる。
　その魅惑的な言葉に、琳琅の心は今にも走って行きたいほどに浮き足立った。

　波打ち際を歩きながら――気持ちは急いているけれど、悟られまいと装って――洞窟の入口を潜った琳琅は、視界いっぱいに煌めく鉱石のひかりに息を飲んだ。
「これほどとは……泰花、先を行こう」
「はい」
　躍る心地のままに視線を巡らせ、その多彩な色合いに感嘆の息を零す。
　そうして気づけば、湖の畔を思わせる場所へと辿り着いていた。天蓋には幾つかの隙間があるらしく、細く柔らかな光条が水面へと降り注ぎ、裡から光を放っているかのように海の青を燦めかせている。
「蛍石も、海の潮の中にに光り輝くとまた洞窟の壁の中にあるものとは違った趣を見せるのですね……宝石箱の中に居るような心地です」
　元より鉱石を磨いたものが宝石になるのだから、比喩ではなくまさしく率直な表現ではあるけれど、そうと気づいていない泰花は眩く幻想的な景色に瞳を細めて――傍らで、いつもよりも心なし活発さを滲ませた琳琅に笑みを重ねる。
「これも良いが……否、あちらの方が……。磨いた石は、ネックレスにしようか、指輪にしようか……」
　常日頃から志を抱いている仇討ちのことすらすっかり忘れている様子に、泰花もまた興味津々問い掛ける。
「琳琅さん、何か良いお品ありましたか？」
「ああ」
　そう言って瞳を燦めかせた琳琅が、弾む心を隠しきれんばかりに声を弾ませ、両手を差し出した。
　掌にころりと乗ったのは、ビー玉ほどの大きさの、淡い黄と桜色の石。
「あら、そのふたつをお土産に？　まぁ素敵♡」
「泰花はどちらが良いと思うか？」
「……え？　うーん……では、こちらを」
　どちらも甲乙つけがたいほど流麗ではあるけれど、すこし逡巡した末に泰花は淡い黄のほうを指さした。
　それは、夜に優しく灯る月のひかり。春の彩を思わせる桜色も素敵だが、月光を思わせるその石は研磨すれば美しい珠となるだろうし、纏うひかりはどこか涼なる音を響かせてくれそうにも見えた。
「ふふ、そうか。こちらか……感謝する」
「いえいえ、お役に立てたのなら何よりです。なら、折角ですし私も……ああ、これなど綺麗ですね！」
　見つけたのは、濃淡の紫が描くバイカラーが美しい蛍石。
　こうして陽に透かして眺めるだけでも心惹かれて見入ってしまうそのひかりに、泰花の口許にもふわりと花が咲いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

「おお！　すっごく綺麗な場所だな！」
　そう思わず洩した独り言ちが洞窟のなかに反響して、フラリ・ガランドー（不思議な大道芸人さん・f41163）は浮かべていた笑みを一層深くした。
　薄い青や紫、赤などのひかりに照らされ仄かに灯る、岩肌に包まれた空間。
　陰影が分かる程度に溢れている光の源を追って無意識に仰ぎ見れば、視界一面に広がる眩いフローライトがあった。天蓋の隙間から差し込む陽が揺らめくたび、白みを帯びた石肌は燦めきながら七色に移り変わり、フラリの瞳を釘付けにする。
　夏の陽射しの下、あれだけ走って火照っていた身体も、今はもうすっかり熱が消えていた。洞窟内を流れる、涼を孕んだ緩やかな風。隙間のない洞窟なら却って寒さを感じるかもしれないそれも、そこかしこに細く柔らかな陽の落ちるここであれば適温で心地良い。
　初めて訪れた“洞窟”という場所。
　それだけでも胸が弾むというのに、これほどの景色を目の当たりにしては、落ち着くほうが無理というものだろう。フラリは興味の示すままに、右へ、左へと壁面を眺め見て、“星の雫”と称されるその意味を実感する。
「――あっ。そういえば、落ちてる石は持って行っていいんだっけ？」
　すっかり忘れていた言葉を思い出して、フラリがぴたりと足を止めた。
「じゃあ、あたしの髪色と同じやつ……ピンクのとかあるかな～？」
　ついつい壮大に広がる壁面のフローライトばかりを見てしまっていたが、今度は足許でちいさな瞬きを零す愛らしいひかりへと視線を落とす。
　岩肌の露出した地面のあちらこちらにある水たまりに反射して燦めく、ささやかながらも多彩な色。そのひとつひとつの中に目当ての彩いろを探し求めて――漸くみつけた一粒に、フラリは大きく目を瞠った。
「あった……！　これだ！　これがいい！」
　掌にちょうど収まるほどの鉱石を、改めてじっくりと眺め見る。この大きさならば、大抵のアクセサリーの素材にできるだろう。指輪、イヤリングにブローチ、小さめにカットしてブレスレットに嵌めるのも良いかもしれない。
「そうだ、ネックレスにしよう！　あ、それとにーちゃんの分も……！」
　今どこにいるのか。そもそも生きているのかすら分からないけれど、いつだって記憶に蘇るのは、誕生日に披露した手品をとても喜んでくれたあの姿だから。
（いつか会えたら、プレゼントするか！）
　また、喜んでくれたらいい。――その光景を思い描きながら、フラリはからりと大きく笑った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「ああ……本当にたくさんの色がありますね」
　緑、青、赤や黄、そして白みを帯びた灰。
　洞窟の頭上から差し込む陽に映し出されたフローライトの壁面が優しく灯り、四季の彩を鏤めたような柔らかなひかり満ちるその景色に、夜鳥・藍（宙の瞳・f32891）はひそりと息を飲んだ。
　人々はこの色に、なにを感じ、なにを見つけるのだろうか。
　その答えはきっと、私が藍晶石に宇宙や銀河を見出したように、人の数だけ存在しているのだろう。――それは勿論、足許で遊ぶキジトラとキジシロも同じ。
「あなたたちは、緑色がお好きなのかしら？」

　――猫さん達も一緒にいらっしゃいますか？

　そう尋ねた藍の後をとてとて軽快な足取りでついてきた２匹は、海水の水たまりに映る、新緑を思わせる光を追って戯れていた。彼らがその色彩の先に見つけたものに興味を抱きながら、みゃあみゃあと忙しなく動く仔等に藍もちいさく笑みを零す。
「私は……葡萄かな？」
　濃淡相俟って色は様々あるけれど、緑のほかに目につくのは紫だった。
　その２色が連なりひとつの鉱石となっているものもあるから、似ているかというとそうでもないが、緑と紫の組み合わせならば真っ先に葡萄が思い浮かぶ。研磨してまあるい宝石にしてみたら、より一層似ていそうだ。
「ふふ。でも今日は、あなたたちのための石を拾っていきましょうか」
　誰かとの出逢いのように、今日巡り逢えた色彩にじわりと裡に歓びを滲ませながら、藍は石とじゃれ合うように遊んでいた仔猫たちの前にしゃがみ込んだ。
　先ほどから気になっていた、２粒の石。
　彼らの眸の色にも似た、淡い緑をそっと、拾い上げる。
「にゃー」
「なーん」
　己の仕草に惹かれるように視線を移したキジトラとキジシロと目が合った藍は、そっと彼らを抱き上げて顔を覗き込んだ。頭を少し傾げて、不思議そうに見つめてくる様も愛らしくて、指先で優しく撫でる。
「よろしければですが、街に戻ったらこれらを使って、おふたりの首輪を作って貰いましょうか」
　気に入って貰えたら良いのですが。
　そう笑み綻んだ藍の腕のなかで、ちいさなぬくもりが「みゃあ」とふたつの声を響かせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「やー、大変な目にあったけど……」
「猫さんが無事で本当に良かった――あら？　猫さん、どうしたんですか？」
　帰るねぐらでもあるのかと一旦下ろした黒猫は、けれど銀・睿藍（ルイラン・f40614）とベル・プリンシパル（いつか空へ届いて・f33954）の周りをぐるりと１周してから、足許にすりすりと身体をすり寄せた。そのままふたりを仰ぎ見て可愛らしい声で鳴くものだから、たまらず睿藍が抱き上げる。
「ふふ、私達すっかりお友達になれたみたいですね。……そうだ、ねぇベルさん。この子も一緒に連れて行けませんか？」
「うん、もちろん一緒に連れて行こう！」
　断る理由なんてひとつもないし、なにより娘と猫が仲良くしている姿を見ているだけで、疲れなんてどこかへ吹き飛んでいってしまう。ベルも大きく頷くと、まずは海へと駆け出した。

　美しい街を擁するその海原は、どこまでも澄んだ青を湛えていた。砂浜は白く柔らかく、試しに靴を脱ぎ素足で触れれば、さらさらとした肌触りが心地良い。
　打ち寄せる波は白い泡を生み、浜辺との境界線を緩やかに描く。そうしてその先には緑を帯びた淡い青から、グラデーションを描きながら紺碧へと移り変わる壮大な景色がどこまでも広がっている。
「やっぱり海の青は綺麗ですね。波の音が癒やされます」
「そうだね。んー……！　海風もさらっとしてて気持ちいい」
　言いながらベルがぐっと伸びをすると、足許の黒猫も真似てぐぐっと背を伸ばした。その姿にほっこりしたり、寄せては返す波と戯れてみたり。
　そうしてしばらく海辺の散歩を満喫したあとは、いよいよお目当ての洞窟だ。
　住人たちの言うとおりの場所にあった入口を見つけ、意気込みながら入ってみれば、忽ち淡いひかりの海がふたりと１匹を出迎えた。
「はぁぁ……凄いね！　あ、そうだ。足許に気をつけてねー」
「はい……！　猫さんは、このまま腕の中にいてくださいね」
「にゃう！」
　元気良く応えた黒猫の、その愛らしい仕草も見えるほどの光たち。ごつごつとした岩肌が顕になった地面を気をつけながらも、つい視線はフローライトが彩る壁面へと行ってしまう。
「石がこんなにも虹色に輝くなんて……」
「うん。話に聞いてた通りで、まるで――」
　――宇宙の中に飛び出したみたいです。
　――星空の中に浮かんでるみたいだねっ！
　重なる想いと声に、思わず見合ってきょとりと瞬いて。ふふ、と零した声が笑み声となってまた重なり響き合う。
「とっても素敵な光景……ルイランと一緒に見れて、良かった」
「私こそ……こんな綺麗な星空へ連れ出してくれて、本当に嬉しいです」
　自分独りでは、決してしることのなかった夢のような風景。彼とならまた色々な景色に出逢えそうで、これからも共にいたいと心から思う。
　そう柔く微笑む睿藍へと、すっとベルの腕が伸びた。
　指の先には、蛍石。もう片手に乗せた他の石も交えて、ひとつずつ艶やかな黒髪にあててゆく。
「ベルさん……？」
「あ、どの色が一番似合うかな……なんて」
「そんな……どの子も私には勿体無い素敵な宝石……」
「どれも似合ってるよ！　でも、もう少し探してみようかな」
（ふふ。持って帰ったら、内緒で髪留めに加工してもらおっと）
　そのためには、とっておきの彩を探さないと――そう心中でぐっと決意を固めたベルの後ろ姿にちいさく笑うと、睿藍もまた近くで石を探し始めた。
　これからも自由に空を駆けるであろうベル。そんな彼を守る、素敵なペンダントを渡したいから。
　そうして互いの想いを映す石と巡り逢い、洞窟のなかに歓喜の声が響くのは――もう少しだけ先のお話。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　暗いはずの洞窟に広がる無数のひかりに、草守・珂奈芽（意志に映す未来・f24296）とシェキザ・シップスキャット（セントエルモの灯は踊る・f26310）は思わず声を上げた。
　黄、緑、紫に青。ざっと視線を巡らせただけでもそれだけの彩が、天井の隙間から零れる陽を受けて淡く燦めいている。
「ほんとに蛍石だらけ！　すごくない？　ここにある石達、みーんなあたしの仲間なんだよ！」
　蛍石の骨を持つクリスタリアン宝石人の珂奈芽が、そう言ってぐっと両の手を広げて満面に笑んだ。店先で並べられているそれとはまた違った自然の輝きに、つい声も心もはしゃいでしまう。
「はー……これ全部そーなのか、面白ぇな！！」
　船乗り猫たるシェキザだからこそ、洞窟というだけで胸が高鳴ってしかたがない。
　湿り気を帯びた空気に混じって浪漫の香りも感じるところに、視界一面が燦めく鉱石だと言われれば、胸が疼かない海賊などいないだろう。
「うん。それに、蛍石って水に溶けやすいのに、こんなたくさん輝いてるなんてすごいのさ。きっと特別な子達なんかな？」
　壁面を埋め尽くしているそれならば水に触れることはなさそうだが、足許にはところどころ海水の水たまりもある。その近くに無造作に転がっている石たちまで淡く万彩を放っているのだから、不思議なものだ。アックス＆ウィザーズこの世界ならではの魔法が働いているのかもしれない。
　少しずつ奥へと進むたびに、様々な彩で目を愉しませてくれる蛍石たち。
　良く見れば、そのひとつずつが違った色を帯びていて、同じ色がひとつとないように思えてくる。
「蛍石といやァ、真っ先に出んのァやっぱ緑とかそういうイメージだが、こんなたくさんの色があんだなァ！！」
「そうそう。蛍石はやっぱ緑が有名だけど、けっこーカラフルなんさ！　赤は特に珍しいし……」
「うわすっげ、赤とかもあんのかァ……！！」
「あっほら、あそこのはバイカラーかも」
「ばいからあ……？　はーなァるほど、色が混じってんのか！！」
「そ。いろんな色が混ざっちゃうぐらい、色鮮やかってわけだあね」
　笑み声とともに弾む会話。
　それだけシェキザが夢中になってくれているのが自分のことのように嬉しくて、珂奈芽も一層笑みを深め――そうして思いつくのは、とびっきりの妙案！
「そうだ！　持って帰っていいのなら、こーゆー珍しいのとかどう？　ほら、宝石みたいだし」
　言って掲げてみせたのは、白から紫を経て青へと移るグラデーションの美しい一粒。
　誰が見たって特別だと分かるそれを天蓋から差し込む陽に翳せば、眩いひかりに口許が緩む。
「今回の戦利品っちゅーことでさっ」
「戦利品かァ！！　そんなら、いっとう珍しいやつにしてぇなァ……」
　前のめりの勢いで眸を燦めかせたシェキザが、言葉を続けながら思案して――きらりと猫目を光らせる。
「なァ珂奈芽よ、せっかくこんなワクワクするとこにいんだ！！　どうだい、ここァひとつ競争しねぇか？」
　そんな心躍る提案には、乗るっきゃない！
「宝探しで競争？　いーじゃんやったるのさ！」
「よっしゃ！！　どっちがより珍しいの見つけられっか勝負だィ！！」
「ほかならまだしも、蛍石のことなら負けないんだからね！」
　ふたり見合って、にやりと笑って。
　――とびきりのレースが今、勢いよく始まった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　助けたキジトラ兄弟には「またね」と手を振って、踵を返して海辺へと向かう。
　思いのほか湿気を孕まない風は頬を撫でるだけでも涼を運び、夏の陽の熱を和らげてくれる。
「さてと。確か洞窟は海沿いにあるんだったよな？」
「はい。多分、あの岬の下ではないでしょうか」
　そう泉宮・瑠碧（月白・f04280）が指さした方を見れば、海へと突き出した崖があった。なるほどと頷いた陽向・理玖（夏疾風・f22773）が、後ろから聞こえた声にぴたりと足を止める。
「みー」
「にゃー」
「ん？　お前たち付いてくるのか？」
　ちいさな脚でちたちたと走ってきた仔等を迎えるようにしゃがむと、そのままぽすんと理玖の掌に収まった。もう１匹の仔も瑠碧の足許でみゃあみゃあとおねだりするように鳴いている。
「んー……」
「水、あるんですが……」
　どうしよう、と困惑気味の視線を交すも、キジトラ兄弟はそんなことはお構いなし。じゃれるようにすりすりと顔を寄せる仔等に観念して、ふたりは１匹ずつそっと腕に抱いた。
「水のあるとこ抱き上げたり、肩とか頭とかに乗せれば行ける？　か？」
「そうですね。念の為、水の精霊達にも、落ちたら水をクッションにして浮かばせて貰うよう頼んでおきます」
「お、それなら安心だ。――お前等、良かったな？」
「くれぐれも、やんちゃは控えてくださいね？」
　そう顔を覗きこむ理玖と瑠碧に、みゃあ！　と元気の良い声が返った。

　ご機嫌になれる定位置――理玖の肩と、瑠碧の腕の中――を見つけた２匹は、洞窟へと入るときも意外にも大人しかった。
　興味津々、ライム色の眸を見開きながら不思議そうに壁面を眺める仔等と同じく、ふたりもまた溢れる光と彩にしばし言葉を忘れて見入ってしまう。
「おー……すげぇな。陽の差し込む具合で、明るさに強弱があるように見えるってか」
「光が入るからか、洞窟の中でも煌きがありますね」
　天蓋の隙間から差し込む幾重もの陽が、壁面を埋め、足許に鏤められたフローライトへと届き、鉱石は裡からほんのりと灯る。その淡くも優しいひかりを足許に点在する水たまりが鏡のように映し、洞窟内いっぱいに光彩が溢れ出している。
「確かにこれは、蛍みたいというか星の光みたいというか……綺麗だな。水面の青との対比も、またいい感じだし」
「はい。光が点在していて、“星の雫”の名前も納得です。水面の揺らぎも綺麗ですし」
「みゃ」「にー」
「おっと。あの光が気になるか？　でも、あんま覗き込んで落ちるなよ？」
「岩肌も露出していますし、落ちたら危ないですからね」
　言い聞かせるように額を撫でれば、ごろごろと喉を鳴らしながら幸せそうに眸を細める兄弟。その可愛い姿につい頬を緩ませて見合うと、ふたりはまた光の海を歩き出す。
　ひんやりとした大気が流れ、時折、どこかから水琴窟のような涼やかな音が響く。そのたびに仔猫の耳がぴくぴくと動く様がまた、愛らしい。
　そうして様々な石を眺めていた理玖が、「とろこで」と瑠碧を見る。
「鉱石ってのは、宝石と違うのか？」
「そのままだと石の一部なので、精製して綺麗にするというか……？」
「宝石の卵？　的な？」
「そうですね。――こんな感じです」
　ちょうど足許にあった緑のひかりを拾い上げ、掌に乗せて理玖へと見せる。手を加える前の鋭角的なそのフォルムに、理玖もなるほどと合点がいったようだ。
　そうなれば、興味が湧くのは石拾い。「さっきは猫で今度は石か」なんて笑いながら、ちょっとした宝探しに興じてみる。
　お目当ては勿論、互いに似合う一番星。
「瑠碧の瞳みたいな綺麗な青い石とか……お？　これはどうよ」
　見つけた彩は、柔らかに灯る深い青を抱いた石。
「私も……青とか……あ。この石、青の濃淡があります」
　この辺りは私で、この辺りは理玖の瞳の色――と花笑みを見せれば、「ほんとだ、似てるな」と、不意に吐息が触れるほどに理玖の顔が近づいて。
　秘めやかに跳ねる心と、染まる頬には、誰よりも自分が一番気づいたから。
「ね、猫さんたちはどうですか？」
　恥ずかしさを誤魔化すように青を翳すと、みゃあと嬉しそうなふたつの声に、ふたりと２匹の笑顔が重なった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　頭上から薄く差し込む陽のレースを通り抜けるたび、天井までの壁面を彩る一面のフローライトがちかちかと色味を変えながら清かに瞬く。
「これが星の雫……うん、凄い景色」
「なるほど……これは星と称されるのも頷けるね」
　誘って貰えたからこそ出逢えた光だ、と感謝を添えて眦を緩めたウェズリー・ギムレット（亡国の老騎士・f35015）に、ヴィクトル・サリヴァン（星見の術士・f06661）も笑顔を返す。
　久方ぶりの友人の話に耳を傾ければ、どうやら猫には逃げられたらしい。「猫は元気だからねー。自由な方がいいだろうしね」とからり笑ったヴィクトルは、以前から変わらず海のように大らかだ。
「折角来たし、ウェズリーさんも何か拾っていく？」
「そうだね、そうしようか。……とはいえ、これだけ色があると悩んでしまうね」
　ざっと視線を巡らせただけでも、淡く灯るひかりは数多の色を抱いている。まるで宙の大地に降り立ち、夜空という草原に鏤められた天満星を前に“お好きなものをどうぞ”と言われているようで、ある意味贅沢な悩みでもあるね、と老騎士は苦笑を滲ませる。
「ヴィクトル君は、どうされるのかな？」
「俺も、気に入ったのを探してみようかな」
　陽に近い天蓋にあるフローライトのほうが、一層ひかりを浴びて燦めいて見える。けれどそれは、決して手の届かぬ星のように、天蓋そこに在るからこその輝きでもある。
「だからこう、転がってて手に届く石の方が、いつも一緒に居られる……なんてねー」
　ここから旅立ち異なる場所へと行けば、また別の煌めきを見せてくれる。それもまた、愉しみのひとつ。
「ああ、それには同感だ。――ならば、私はこれにしようか」
　言いながらウェズリーが腰を屈めて拾い上げた指先には、花緑青の一欠片があった。ヴィクトルにも見えるように毀れ落ちる陽に翳してみれば、一層透いた青緑が燦めきを放つ。
「この色が好きでね。……亡き友の眸も、こんな感じの明るい緑だったんだ」
「良いね。街ではアクセサリーに加工もできるみたいだけど」
「では、カフスボタンか……ああ、ネックレスでも良いかもしれないね」
　“いつも一緒に居るのなら”――そうヴィクトルの言葉を借りて微笑するものだから、ヴィクトルの口許もまたゆるりと弧を描いた。どちらの装飾にしたとしてもきっと、彼ならば紳士的に素敵な輝きで石の魅力を引き出すのだろう。
「じゃあ、俺はこれにしようかな」
　どこか濃く潮の香りを感じて歩を進めた先、水際で一際強く灯るそれを掴み上げて、そっと掌を開いてみる。
　漆黒の双眸に映るのは、心癒やす穏やかなマリンブルー。
「ふふ。これなら、海の底とかも結構綺麗に輝いてくれそうな気も？」
「“結構”だなんて、ヴィクトル君は謙虚だね。私が見るに、極上の煌めきを見せてくれそうだよ？」
　――他でもない、君自身が選んだものなんだから。
　そっと背を押すような声音にヴィクトルも頷き、石を柔く握りしめる。
　ささやかながらも、そうして紡がれたひとつの出逢い。
　それはきっと、いつだって心を灯す光となる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　――俺とちょっと冒険に行かないか。
　そう手を伸ばして何処かへ誘ってくれるだけでも胸が高鳴るのに、行き先が洞窟となればテンションも最高潮！　御簾森・藍夜（雨の濫觴・f35359）から差し出されて繋いだ手を逆に引っ張るほどの勢いで、楊・暁（うたかたの花・f36185）は急ぎ早に海岸を歩いてゆく。
「あった！　ここだろ？　藍夜」
「ああ、そうみたいだな。――入るぞ。足許気をつけてな」
「うん！」
　入口は、高身長の藍夜がどうにか屈まずに入れるほどの高さだったが、ひとたび入れば忽ち拓けた空間が現れた。風はあるとはいえ、夏の陽射しを浴びてきた肌に、ひんやりと触れる空気が心地良い。
　そのまま先を進めば、うねりながらも奥へと続く路の先もまた、高い天井が続いていた。どこかから洩れてきているらしき柔らかな陽があちらこちらに薄い光条を落とし、それを浴びた壁面いっぱいに広がるフローライトが万彩に燦めいている。
「っ……！　すげぇ、藍夜すげぇぞ！！」
「本当だな。聞いてはいたが、これほどとは……」
　仰ぎ見ながら大興奮で尻尾をぱたぱたと動かしている様がなんとも愛らしくて、見事な光景に驚きながらも藍夜の口許はついつい緩む。最愛の人は、その後ろ姿さえも最高に可愛いから困ってしまう。
　手を繋いだまま奥へと進み、様々な鉱石を拾っては陽に翳す。そうしてふたりが選んだのは、青から紫紺へと移る夜の彩と、朝焼けの彩。
　互いの眸に良く似たそれを見せ合って、笑みを交して。満足気にひとつ息を吐いた藍夜は平らな岩場に腰を下ろすと、なんとなく手が伸びた懐から煙草を取り出し、慣れた手つきで火をつけた。静寂に満ちた洞に燻る紫煙と桃の香に、暁の耳と尾がぴくりと揺れる。
「あっ、煙草……！」
　出逢ったころは何度か吸ってくれていたのに、付き合い始めてからは暁の健康を気遣って殆ど口にすることのなかった煙草。
　その気持ちは心から嬉しいのだけれど、これまで藍夜がくれた優しさのひとつがその桃の香を孕んだジャケットだったから、少しだけ淋しさもあった。だから強請って、漸く最近また吸ってくれるようになったのが密かに嬉しい。
　煙草に気をつけながら、それでも遠慮なくその大きな胸に飛び込むと、ご機嫌に藍夜を仰ぎ見る。
「――や、そんなに見るな……」
「なんでだ？　吸ってるところも格好良いぞ？」
「……なんか、ちょっと恥ずかしい……」
「ふふ、変なの」
　くすくすと笑って、抱きしめた腕に力を籠めた。鼻腔を擽る特別な桃香を――藍夜の香りに顔を埋め、じんわりと染みる幸せに浸る。
「猫を捕まえ損ねたが、可愛い狐が拾えた。俺は実に幸運な男だ、なぁ心音」
「うん、俺も。……お前と出逢えて、すげぇ幸せだ」
　“吉祥の黒狐”と謳われるも、未だその気配すらもない。だのに、それでも藍夜は己を幸いだと言ってくれる。何よりも、誰よりも幸福を運んでくれたのだと。その言葉が暁の裡にも、この上ない多幸感を呼び、互いの眦も頬も自ずと緩む。
　手の裡の石はそのままに、どちらからともなく指を絡めて掌を重ねた。絶対にこの熱を、存在を、手放しはしないと誓うように。
「……心音。俺は心音が好き」
「俺も、藍夜のこと誰よりも好きだぞ」
「大好き。愛してる」
　幾度だって紡ぎたくて、毎日のように囁いている愛の言葉は、どれほどに伝えようとも満足なんてできやしない。伝えられるうちに伝えないと駄目なのだと、飢かつえるままに顔を寄せてその黎明に染む眸を覗き込む。
「心音、これで何作ろうか。指輪……は、もう指が足りんな」
「何にしよ……んっ」
　石を包んだままの掌に力を籠めた反射で、ぴくりと動いた狐耳へと唇で触れながら、吐息混じりの声を零す。
「んー……ピアスか、イヤリングか。それともネックレス？　もっと違うものの方が良いか？」
　蕩けるほどの微笑みを見せながら、煙草を持つ指先で顎から首筋へと触れれば、返ってくるのは頬を染め恥じらいながら「もう！」と言いたげな視線。
　こうして、この世界一可愛い最愛のひとをひとつずつ自分色に染め上げている優越感は、最早快楽にも等しい。
「何処にいても俺の心音だと、一目で分かるようにしないとな」
「ばか……どれだけ盛るんだよ」
「良いじゃないか独占欲。けど、俺も心音のにしてくれるんだろう？」
「――当たり前だ」
　幾ら愛を注いでも足りないのは、暁もまた同じ。
　だから、この石で作るならこれがいい。
「ネックレスにしよう？　藍夜」
　藍夜の背に回していた片腕を解いてゆっくりと首へと回すと、どこか悪戯めいた眸で愛らしく微笑んだ。
　最愛の伴侶に伝えるなら、それだけで十分。
　故に藍夜も、言葉の代わりに軽く含んだ煙をふうわりと甘やかに暁へと掛けてから、
「……蛍石は、月石の相性が良いらしい」
　そう、ささやかな照れ臭さを笑みとともに誤魔化せば、
「ふふ。じゃあ、それも組み合わせて作るか」
　暁も破顔しながら、ご機嫌に尻尾をゆらりと揺らした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　夏めく陽が傾き始めたころ、娘３人は保護猫団体の皆へと手を振りながら社屋を後にした。手伝ってくれた礼にと新鮮な魚貝や野菜を使った昼食もいただいて、お腹も心も満たされたエリシャ・パルティエル（暁の星・f03249）がちいさく息を吐く。
「サバシロ猫ちゃんにも気に入ってもらえたかしら」
「それなら、さっき凄く満足されてましたよ」
　猫の通訳係たる冬原・イロハ（戦場のお掃除ねこ・f10327）が言えば、エリシャも安堵の色を浮かべる。
「なら良かったわ。猫ちゃんたちにとって、これからの暮らしが良いものになるといいわね」
「ああ。手伝ったのは少しだったが、食事も寝床もしっかりしていたし大丈夫だろう。――あ、そうだ」
　エリシャへと頷きながら、ふと思い出した尾花・ニイヅキ（新月の標・f31104）が、
「ねえイロハ。さっきサバシロ猫とどんな感じで話してたんだ？　ちょっとドヤっとした印象を受けてな」
「ああ、あのときですか？　保護猫団体さんの処へ連れて行くので、良ければお友達にも教えてください、って伝えたら……ふふ、サバシロさん、一人称が“俺様”な仔で」

　――分かったにゃ。そこが本当に居心地良い場所か、この俺様が見極めてやるにゃ！

「……と」
　なるほど確かにドヤッと顔で言いそうな台詞だ。けれど、なによりもその口調を真似たイロハが可愛らしくて、ニイヅキの眦も思わず緩む。
「通訳とはいえ、イロハの口から“俺様”なんて……ふふ、サバシロもイロハも可愛い」
「可愛いって、サバシロちゃん！」
　ニイヅキの言葉を受けて、エリシャが腕の中の仔へと語りかければ、「みゃー！」と返る元気な声。

　――『この近くに星空みたいな洞窟があるのを知ってますか？？　知っていて案内してくれそうなら、一緒に遊びに行けたらな良いなと思いまして』
　――『知ってるにゃ！　あの辺も俺様たちの縄張りだからみゃ！　案内してやる、ついてくるにゃ！』

　寝起きのご飯も済ませて落ち着いたところで尋ねたところ、自ら案内を申し出てくれたサバシロ猫。もし知らずとも、涼める場所があるからとお誘いしようと思っていたイロハは、やっぱりドヤ顔な様子に、つい笑みが毀れてしまう。
　そうしてエリシャに抱えられ、念のためのちいさな籠はニイヅキが持ち、３人と１匹は海を眺めながら浜辺を歩いている。
「一緒に洞窟に涼みに行けるなんて最高ね。あっ、そうだサバシロちゃん。良ければ、過去の武勇伝とか聞かせてもらえないかしら？」
「みゃ？」
『エリシャさんが、サバシロさんの武勇伝を聞かせて欲しいんだそうです。私も是非お聞きしたく！』
『俺様の武勇伝が聞きたいとは、おみゃーら見所あるにゃ！　この間は、浅瀬にいたこーんにゃにでっかい魚を捕まえたのにゃ！　それから――』
　戦利品を奪おうと襲いかかってきた海鳥との死闘、波に攫われそうになった仲間の救出、街の住人の失せ物探し。通訳のイロハを通じてサバシロから聞く話はどれも活気があって、人々と共存しながら逞しく生きてきた猫たちの鮮やかな日常風景が容易に浮かぶ。
「……そうか、それならもしかして、洞窟内のお勧めスポットとかも知ってたりするのかな？　勿論、ただで案内しろだなんて言わない。おやつはまだあるぞ」
「みゃぁう！　にゃー！」
「『知ってるぞ！　だからおやつよこすにゃ！』って」
「気に入ってもらえたようで良かった。じゃあ、よろしく頼む」
「ふふ、おやつつきだなんて遠足みたいね。――あっ、入口はあれじゃないかしら？」
　エリシャの声に誘われ駆け寄り、ひょっこり覗いて見てみれば、暗がりの奥に天井から差し込んだ陽の周囲が眩く光っている様が見えた。
「わあっ……！」
　そう感嘆の声を零したイロハは、けれど夜を思わせるその気配に自ずと声音も密やかになって、ウフフとちいさく笑みを零す。
　まるで、深夜に抜け出した探検隊が見つけた秘密の場所のよう。
　遠目から見ても幻想的なその光景は、皆の心を惹くには十分すぎるほど。誰からともなく中へと入ると、連れ立って光のほうへと進んでゆく。
「これが星の雫！　フローライト、だっけ」
「ええ、本当に綺麗……！　蛍石って言われるのも納得ね。まるで夜空の星みたい」
　あ、だから星の雫なのね、と得心するエリシャに、イロハも頷きながら再び天蓋を仰ぐ。
「星空よりも明るいのではないかしら？」
　遠く手の届かないひかりではなく、もっと間近で見ているような、仄かだけれど確りとした瞬き。
　その淡きが、万彩を纏って至るところに溢れている。
「ね、落ちてるのは持って帰っていいって言ってたわよね」
「そう聞いてはいるが……こんなに綺麗な石、持って帰っていいの？」
「確かに、自由に持って帰っていいか心配になるほど綺麗な石よね」
『落ちてるのは潮が満ちると消えちまうから、寧ろ持ってったほうがいいにゃー！』
「え？」
　にゃんにゃんと長めに鳴いたサバシロの声に、イロハが反応した。話を深く聞くと、蛍石は元々水に弱く、ここにある石はある程度の耐性は持っているものの、それでもずっと海水に浸かっていると溶けてしまうという。
「……なので、気に入ったのがあれば拾った方が良いそうです」
「なるほどな」
「それなら、遠慮なく拾っていきましょ！」

　意気揚々と視線を巡らせながら、とりどりの色に誘われるように洞窟を先へと進んでゆく。路はうねってはいるけれど、高い天蓋から細く注ぐ陽は絶えることなく、どこまでも神秘的な景色が広がっている。
　暫くすると、話に聞いていた大きな水たまり――膝丈程度の深さの池のある広場へと出た。頭上の壁は一面フローライトで覆われ、陽に灯るその光を反射した水面は虹色の燦めきで溢れている。
「凄い……！　水の揺らめきと鉱石の輝きが神秘的で……プラネタリウムみたいだ」
「ここなら今まで以上に綺麗な石がたくさんありそうですね」
「本当ね。――あっ、せっかくだし、何かお揃いのもの作ってみない？」
　妙案にきらりと瞳を煌めかせたエリシャに、
「素敵ですね！」
「それは良いな！　拾える範囲の石の大きさだと、どんなものができそうだ？」
「そうね……スマホにつけるストラップとか？　あたし、前の猫ちゃん依頼でバッグチャーム作った時に彫金も教えてもらったから、チャームも作れるわ」
　帰ってから一緒に作ってみる？　と問われれば、断る理由なんてひとつもなくて。眸を輝かせたニイヅキとイロハが、揃って声を弾ませる。
「すごい！　エリシャ、そんなことも出来るのか……！　僕にも作り方教えて欲しいな」
「エリシャさん、私にも帰ったら作り方を教えてください～」
「勿論！　さあ、じゃあお気に入りの星の雫を見つけなきゃ」
「ああ、そうだな！」
「なんだか四葉のクローバー探しみたいでですね」
　そう考えただけで、胸の裡に際限なく溢れてくる期待感。
　まさにここは彩の海だ。これだけのフローライトがあれば、きっと気に入りのひとつが見つかるはず。
　そうと決まれば、あとは気になった色がありそうな場所をじっくりと探すだけ。
「しかし本当に色々な色があるんだな……。ふたりは何色を探す？」
　岩場の影や水面の底にあるものまで、屈みながら理想のひかりを探していたニイヅキが、ひとつ息を吐きながら上体を起こして尋ねた。どれも綺麗な色なのだが、それ故に絞るのが難しい。
「そうね……星みたいな金色っぽいのがあれば……」
「エリシャは金色か。それじゃあ、僕は青色を探してみてもいい？」
「あっ、私たちの瞳の石色ですね。では、私は紫色を」
「なぁ～～う！」
　そう一声鳴いたサバシロが、エリシャの腕から飛び出して軽やかに地面に降りた。
「あら、サバシロちゃんも探してくれる？」
「にゃーんにゃー！」
「ふふ。じゃあ、あなたにも家族が出来た時用に、首輪につける素敵な石を探しておくわね」
「『報酬はそれでいいにゃー！』だそうです。なら、頑張って探さないとですね♪」
「よーし、頑張って探してお揃いストラップを作るぞ！」
　俄然やる気を出した三人娘。
　サバシロと共に猫の目を駆使して探すイロハに、エリシャとニイヅキも協力して――漸く見つけた理想の彩を陽に翳せば、双眸に映るのは一等透いた唯一の燦めき。
「……ふふ。どうやらこの仔もこの色が気に入ったようだね。満足して寝ちゃってる」
　一仕事終えてニイヅキの持つ籠の中で丸まり、娘たちが見つけたサバシロのまんまる碧眼と同じ色の石を抱きながら、心地良く寝息を立てるサバシロ猫。
　その愛らしさに笑みを零すと、達成感も相俟って、イロハとエリシャもゆるりと口許を綻ばせた。

　美しく涼やかな星の海で巡り逢えた、特別な綺羅星。
　素敵な想い出が増えたこの夏を――星の雫の燦めきとともに、胸に刻む。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

最終結果：成功 完成日:2023年09月17日