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きらきら。きらきら。
漆黒の天に漆黒の星が輝いている。
同じ漆黒なのにどうして星が輝いているのかどうかが分かるんだろう?
それは、ここは異端の神が存在する異空間だからだ。
漆黒一色のここは闘技場を中心にしたいくつかの集落の形になっている。
『オイでオイで』
『ぼくのなかにくれば』
『きみたちはしアわせでイられるよ』
漆黒の闘技場の異空間。そこに存在する異端の神は、第三層の魂人の集落を呼びこみ、次々と新鮮な魂人たちを取り込んでいく。
異端の神の声――「常に狂えるオブリビオンの声が聞こえる」この場所は、新鮮な魂人たちの心を容易く浸食してしまう。
闘技場のなかでは誰もが剣を持ち、矢を番え、マスケット銃を構えて戦うことになる。
死に至りそうになれば発動する、永劫回帰。
自身の幸福な記憶ひとつを心的外傷に改竄されるも、今までとはまったく違う、誰かの幸せな記憶があてがわれる。
新しくここに迷い込んだうちの一人、魂人の少女は今、鉈で胴を払われ永劫回帰が発動した。
――兄と釣りにいそしんだ、人間だった頃の幸せな記憶は、卑劣な兄からの加害のものへと改竄される。
瞬間、見知らぬ家族の団らんの光景が脳裏に刻み込まれる。
(「ああ、幸せだったな……私の子がいて、夫がいて」)
(「でも、こんな家、あたし、知らない」)
幸せな思い出が、本当にあったことなのか、分からなくなる。
『しアわせなら、どのしアわせでも、イイんじゃなイ?』
●
「言い方は悪いけど、これ、多幸感ある廃人ができちゃうのよね……」
陶酔感、至福感、薬物を摂取したような過度の幸福感を得て、そして自身のものではない記憶が刻まれている。
「自分自身を据えた心的外傷と自分自身のものではない幸せな思い出、持ち続けるのはどちらの方がマシなのかしら? どちらにしろ心は壊れていってしまうのだけれど……」
感情を読ませない、気難しげな表情でポノ・エトランゼ(ウルのリコ・f00385)はそう言った。
「それじゃあ、順々に説明していきましょうか。皆さんは「闇の救済者戦争」で私たちの拠点となった「影の城」のことを覚えているかしら?」
デスギガス災群の中から突如現れ、猟兵たちの頼もしい拠点となった影の城。
「その後のことなんだけど、ダークセイヴァー上層で同様の影の城が発見され始めたのよね」
今回案内するのがそこなの。と、ポノは言う。
この影の城は、第四層の辺境にも存在した異端の神々の巣窟となっている。
この周辺地域は、魂人はおろか闇の種族さえも踏み込めない「禁域」指定だ。
「ここがポイントなのよね。闇の種族は、オブリビオンに憑依し乗っ取る「狂えるオブリビオン」と呼ばれる異端の神々を恐れている。
恐れ、踏み込めないってことは、この間に私たちがこの影の城を攻略し解放したら、安心できる土地にならないかしら?」
ひとときの間とはいえ闇の種族の力が及ばない地域となる。
「オセロみたいに、少しずつこちら側の領域を――魂人たちの保護地域や闇の救済者たちのアジトを増やしていくの」
やってみる価値はあるかも、という声が猟兵から上がる。
「その意気よ! ……とはいえ、私たちが踏み込むにも相応の心の準備は要るんだけど……」
影の城。今回猟兵たちが赴く場所は闘技場となっているが、そこは漆黒一色に塗りつぶされた異空間だ。
「異空間のメインとなる闘技場、そして異空間に呼び込まれた形で闘技場の周囲には集落があるの。
まずは闘技場に囚われている魂人たちを集落に逃がして欲しいのよね……」
牢の中は、各魂人のテリトリーとなっており、廃人となってしまった魂人、「狂えるオブリビオンの声」に抵抗しまだ自身を保っている魂人など様々な者がいる。
理性を失っていたりなど錯乱している魂人は闘技場の中を徘徊している現状だ。
「武装していれば無力化させて、説得の声を届けたり、猟兵の力で癒してあげたり、色んな処置を行うことができると思うの。そこは皆さんの判断に任せるわ」
誘導する魂人を見つけることもできるだろう。
「闘技場内のどこか安全な場所で待機してもらうというのは無理なんだろうか……」
猟兵の言葉に、ポノは横に首を振った。
「それがね、この闘技場を覆っているのが、狂えるオブリビオン化したやつなの」
しあわせのあおいはこ。
闇の種族に配される匣は肉体と魂を乗っ取られた存在となってしまっている。
本来は、魂人たちに限られた幸福を見せる匣――といってもオブリビオンだ。元々がろくな匣ではないだろう。
「これが狂った状態……今まで奪ってきた魂人の幸せな記憶がたくさん詰まっているこの匣が、彼らを改竄し続けている状態なのね……闘技場ごと。だからまずは囚われた彼らの脱出を目指してほしいの」
闘技場から出れば正気に戻りやすくなるかもしれない。戻らないかもしれない。
「狂えるオブリビオンの声は常に聞こえてくるから、皆さんも魂が狂気に支配されてしまう可能性があるわ」
自身の幸せな記憶を揺さぶられるかもしれない。
もしくは幸せでない記憶が顕著となるかもしれない。
「耐えられるなら話は別だけれど、これに対処する方法も何かあった方がいいかもしれないわね。
影の城の主である異端の神を滅ぼせば、ここはしばらく闇の種族の感知しない地域となる。
橋頭堡として強化もできるかもしれない。
あるいは数多く、影の城を攻略できれば、このダークセイヴァーの盤上を後々ひっくり返せるかもしれない。
少しずつ……進んでいきましょう」
では、健闘を祈るわ。
そう言ってポノは猟兵たちを送り出した。
ねこあじ
ねこあじです。
ダークセイヴァー、影の城の攻略シナリオとなります。
戦後シナリオですので、
『⛺ 第1章:冒険』
『👿 第2章:ボス戦』
となっています。
第1章は、魂人たちをオブリビオンの中でもある闘技場から救い出したり、何か心情系として活かせそうなら敢えて狂える声に応じてみるのも良いかと思います。お任せします……!
第2章は、狂えるオブリビオン『しあわせのあおいはこ』との戦い……とか、自身の記憶で引き続きあれやこれやとしても構いません。お任せします……!
敵は狂っているので魂人さんじゃなくても、いろいろOKだと思います。
以下、ボスのUCです。
【POW】パンドラの匣が空く。
着弾点からレベルm半径内を爆破する【幸せの青い星】を放つ。着弾後、範囲内に【幸福を破壊する幻覚】が現れ継続ダメージを与える。
【SPD】内側を覗いたものは。
自身の【内側に溜め込んだ幸福な記憶】を代償に、1〜12体の【絶望の獣】を召喚する。戦闘力は高いが、召喚数に応じた量の代償が必要。
【WIZ】匣の中へおいで。
戦闘中に食べた【魂人の幸福な記憶】の量と質に応じて【自身の内側から狂気が溢れ出し】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
プレイングによってはリプレイ字数が膨らむかと思います。
現状、週末での執筆態勢となっているので、再送や、プレイング募集の開始日など発生するかもしれません。
それでもよろしければ、どうぞよろしくお願いいたします。
(プレイングかからなかったらサポートさんで頑張ります~)
第1章 冒険
『魂縛闘技場からの解放』
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POW : 力任せの強行的手段。牢の破壊、敢えて暴れまくって囮となるなど。
SPD : 迅速さや隠密技巧などを活かす。牢や枷の解錠、脱出ルートの手引など。
WIZ : 知略や魔術などを活かす。過情報の流布等による警備の錯乱、看守に催眠をかけ無力化を図るなど。
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リコ・リスカード
ダークセイヴァーって本当悪趣味な奴らが多いね。
……苦痛に塗れて壊れゆくくらいなら、嘘でも幸せな方が良いのかな。
いや。今は、考えない方が良いな。
理性を失っている魂人をどうにか外に連れ出そう。
理性が戻らない可能性もあるならいっそ……なんて、考えてしまうのは引っ張られてるのかな。
オブリビオンに利用されつづけるのは、きっと望まないはずだ。
とにかく闘技場から遠ざけたいから、アバターを呼び出して移動手段を増やそう。
アバターには大きな黒い虎に変化して貰うよ。皆を乗せて外に出よう。
魂人が暴れた時は【マヒ攻撃】で軽く痺れさせて大人しくさせる。
……ごめんね、こんな方法しか出来なくて。
でも、絶対に外に連れ出すから。
異端の神々と呼ばれる、肉体と理性を持たない不可視の存在の領域。
『影の城』と呼ばれるここはすべてが漆黒に塗りつぶされていた。
夜の色、闇の色、暗闇、暗黒と。様々な光差さぬ色で形容されるダークセイヴァーだが、この城の漆黒はダークセイヴァー世界の夜闇を寄せ付けぬ色のようにも、リコ・リスカード(異星の死神・f39357)には思えた。
闘技場の荒れた観覧席。リコはまるで自身が夜であるかのように闇に紛れ、難なく歩を進めている。物音を立てることなく。
「ふ、ふふ……ふ……」
蕩けたような虚ろな女の笑い声が闘技場内に湧く。
「今日もご主人様のお役にたってみせます」
張りのある男の声が場に渡る。
しかししばらくすると声の主は声色を変えた。まるで役者のように。共通しているのは根底に蔓延っていそうな酩酊感があることだろうか。
幾人かの魂人の透き通った身体は、異空間の漆黒に染まっていた。これが異端の神、影の城の力。
「…………」
心囚われ飼われている彼らへとリコは忍び寄っていく。理性を失った魂人はこの空間の、闇も時間も自分自身の存在すらも認識していない。
――本当に、ダークセイヴァーは悪趣味な奴らが多い。
改めてそう思った。
彼らの目は脅威も怯えも知らぬ無垢なるもの、自信に満ちたもの、夢あるものだ。
(「……苦痛に塗れて壊れゆくくらいなら、嘘でも幸せな方が良いのかな」)
苦しみも、憎しみも、痛みも悲しみもなくなるのならば。
(「いや」)
ふと、目前の者に対し芽生えそうになった思考の秤をリコは消した。
今は考えない方が良いだろうと端的に処理する。
近くにいるのは、大人が二人、子供が一人。
「ねえ、俺の声、聞こえる?」
そう声を掛ける。場内に座り込んでにこにこと笑っている魂人の子は、やはり闇の色に染まっていた。しかしその手には短剣。操られたようにカクリとそれが動いた。
「勝利の美酒を主に捧げる! それが我が誉れ!」
幼く朗々とした声から続き突き上げてくる短剣は目前のリコを狙ったものだ。
咄嗟に発動されるのは元から施している防衛の魔術だ。呪詛返しのように放たれた麻痺の術は、魂人の子供に衝撃を与える。
『アーア、きずつけちゃった』
『しアわせじゃなイ、やなきオくまたひとつ』
防衛から揺蕩い顕現した電子の海の鏡は大きな黒い虎となり、痺れ動けない子供を掬うようにして背に乗せた。
『つぎも、だれかをころすけんになるよ』
狂えるオブリビオンの声がリコの耳を打つ。
アバターである大きな黒い虎はぴしりと尾を払い、無抵抗な女も背に乗せて、闘技場の外を目指して駆け始める。
次いで子供に触発され襲い掛かってくる男を終の顎門で抑え、そのまま魔力を通し相手を痺れさせる。
「……ごめんね、こんな方法しか出来なくて」
無抵抗となり、担いだ魂人の男のなんと軽いことか。
「でも、絶対に外に連れ出すから」
『ここでころしちゃエば?』
『ほめられるよ』
狂えるオブリビオンの声が匣の中で反響するかのように、リコの身を叩く。
理性が戻らない可能性もあるならいっそ……――そう考えてしまうのは、この狂える声に引っ張られているからだろうか。
『たすからなイ』『むだ』断罪するみたいな声。
しかしリコは軽く頭を振った。
「彼らも、オブリビオンに利用されつづけるのは、きっと望まないはずだ」
先の見えない、見通せない未来だ。
――いっそ。
それが適うとしても、本来の魂人の色を見てからでも遅くはない。狂わせてくる声、狂いそうな思考に対し位置づけた矜持。
漆黒に染まったこの空間を通さない、本当の魂の色はその人の内にあるのだから。
大成功
🔵🔵🔵
鐘射寺・大殺
影の城というのは此処か。成程真っ暗ではあるが、
何者かの視線を感じるのう。貴様、見ているな!
…ではさっそく、魂人救出作戦を始めるぞ。皆の者、出会えい!!
【炎の魔王軍】を呼び出し、《悪のカリスマ》で統率。
精神を苛む声には、魔王の《覇気》で抵抗だ。
ミノタウロスやサイクロプスで構成される、屈強な悪魔戦士団を
先発隊として投入。錯乱した魂人を速やかに鎮圧せよ。
ちゃんと手加減するのだぞ!宮廷魔術師団は、鍵のかかった牢を
魔法で解放して回るのだ!衛生兵、衰弱した者の治療にあたれ。
時間があれば影の城の中を調査し、どうやって《拠点構築》するか
考えを巡らすとしよう。いずれデスギガスとやらも
討ち取らねばならぬからのう。
「影の城というのは此処か」
闇よりも間近に在るような、そんな漆黒の世界へと入った鐘射寺・大殺(砕魂の魔王・f36145)は凛とした表情で周囲を見回した。
ここは、異端の神々と呼ばれる、肉体と理性を持たない不可視の存在の領域だ。オブリビオンの肉体と魂を『乗っ取り』、自らの肉体とする存在は一体如何様なものなのか。
「成程……。真っ暗ではあるが、何者かの視線を感じるのう」
禁域指定だけあって、その異常な空気を察知した大殺は魔王家伝来の生きた赤マントをバッ! と翻した。多少大振りに。漆黒の世界でマントの鮮やかな色が広がる。
「――貴様、見ているな!」
大殺の張りがある声が強く周囲に渡った瞬間、
『ずっとみてるよー』
『しアわせなものをみまもりたイ』
『きみもしアわせにそまりなよー』
耳障りな狂った声が大殺の元へと届く。
「いらん! 余計な世話だ!」
『きゅウしょくにさ、ぎゅウにゅウってイらなくなイ?』
『すきなものをたべる、しアわせってそウイウこと』
「確かに吾輩には牛乳など不要なものではあるが、必要としている者もおる。なに与えればよいだけのこと。魔王たるもの配慮は必然であろう」
勉学に励み、部活に励み、恐らくは牛乳を渡しているだろう友人関係も良好と思われる大殺は結構健全だ。
あまり突ける部分もなかったのか、狂える声が『やアねェイまどきの子ってば』みたいな感じでさわさわとした嫌な空気を出しながら遠巻きに大殺へと意識を向けている。
ガギン! とどこか鈍い剣撃音。素人の剣の扱い――大殺が駆けていくと闘技場内には幾人かの魂人たちが戦っている。透き通った肌はこの空間のせいか闇色に染まりつつある。
息を大きく吸えば冷えた空気が肺を満たした。
「――魂人救出作戦を始めるぞ。皆の者、出会えい!!」
大殺の声に呼応し、突然の鯨波が場に起こる。大殺が召喚するは炎の魔王軍。漆黒の空間を震わせ、その身属性の焔が空虚な闇を眩しく照らし上げる。
――ウオオオォォォ!!!
赫きものが迸った。
大音声の響き渡れば木霊となり、空気震わす覇気にあてられた魂人が武器を取り落とす。
「あ、ああアァァあ!?」
「悪魔め! 至急領主様に伝え、追い払ってやる!」
錯乱する魂人は『幸せ』を邪魔され激昂する者、闇の種族の元にいた者の記憶を持つ子供、逃げる者と様々だ。
『にげちゃしアわせ、てにはイんなイ♪』
『たたかエ、そうしたらまたイイゆめくるよ』
狂えるオブリビオンの声が魂人たちを操ろうとしている。ぎり、と一度噛みしめた大殺が魔剣・オメガを掲げた。
「悪魔戦士団! 錯乱した魂人を速やかに鎮圧せよ!」
戦士団はマウントを取るが如く、声を上げ、そして目標となる魂人との彼我の距離を速やかにつめる。
「あ、ちゃんと手加減するのだぞ! そのまま抱え、場外へ離脱せよ」
応の声を聞きながら彼らの様子をしばし注視していた大殺は、次いで背後に待機している宮廷魔術師団へと声を掛けた。
「宮廷魔術師団は、鍵のかかった牢を魔法で解放して回るのだ!」
闘技場横にある地下道へと宮廷魔術師団が入っていく。漆黒の闘技場は軍団の炎に照らされ、つやつやとした黒き輝きを放っていた。
「闘技場、地下、左翼側か」
牢の一つには奴隷船のように詰め込まれた魂人。否、座れるだけマシか、と大殺は思う。
魔法で牢が開かれても彼らは虚ろな瞳でこちらを見たり、見なかったり。
「……衛生兵、衰弱した者の治療にあたれ」
漆黒に染まった身体に回復魔法をかければ、僅かに再び透いたものへと変化し、ほっとしたのか衛生兵たちの指示系統は漲った声となっていた。
「漆黒に塗りつぶされた、影の城」
大殺が見て回る闘技場。外へと赴けばその場外にはいくつかの集落がくっついている。
ふと、デスギガスの様相を思い出した。
「魂人の保護地区として使えるだろうか。闘技場は防衛拠点として使えそうだが……」
どうやって拠点構築をしていくか。大殺は軍をまとめる魔王としての思考を巡らせる。
「いずれデスギガスとやらも討ち取らねばならぬからのう」
歓喜の門によって第三層へと至った者には闇の救済者たちもいる。
デスギガスの首をとるため、大殺は虎視眈々とした様で策を練るのだった。
大成功
🔵🔵🔵
木元・杏
暗い暗い闘技場
この世界の闇は少し怖くて足が遠のいていたけど、ポノから聞いた魂人の声
心に響き離れない女の子の声
救けに行かなきゃ
声を辿り踏み入り一歩、また一歩
歩む毎に己の内にも広がる異質の闇がわかる
でも大丈夫
手に包むのはメカたま・ザ・サード
わたしの片割れが闇より怖いと唸るたまこ(飼い鶏)を模したロボ
ぎゅっと抱くと怯えた泣き顔を思い出す
ん、闇などに負けない
わたしはちゃんとあの泣き顔を守るんだ
ね、そうでしょ?
少女や周囲の魂に語りかけよう
肉親の、家族の記憶はどんな幸せにも改竄にも決して負けない
自分の心の中に在る嬉しさ、悲しみ、苦しみ、全てがあなただけの「幸せ」
手放さないで
我に返る魂を闘技場外へ誘導しよう
夜色よりも濃い漆黒は、闇蔓延る世界を更に深淵へと導いていた。
あらゆるものを漆黒に塗りつぶす影の城。異空間と化す闘技場に入った木元・杏(ほんのり漏れ出る食欲系殺気・f16565)は、一瞬怯みそうになる自身の脚を、心を叱咤し励ました。
(「だって……」)
案内人から聞いた魂人の少女の惨状――それは同じように兄を持つ妹として見過ごすわけにはいかないものだった。否、それだけではなく。
己が歩みが異なるものへと変化する……例えれば杏にとっての両親との大切な思い出、兄との楽しい思い出、弟と過ごした癒し時間……。
――(「でも、こんな家、あたし、知らない」)――記憶を改竄されゆく少女はそう思った。けれどもそれは誰かの大切な記憶。放っておけばこの大切な誰かの記憶へ、少女は幸せに沈んでいくのだろう。
兄を、忘れて。
少女の声は、杏の心に響いて離れない。ふるふると杏は頭を振った。油断すれば迫ってくるような漆黒のなかで、つややかな黒髪と杏の髪飾りが彩をもたらす。
「……救けに行かなきゃ」
ぎゅっと抱いたメカたま・ザ・サード。その子の頭やさらりとしたメイド服の布地を撫でながら、杏は闇のなかを進む。
「お兄ちゃん、どこ……」
『オにイちゃんは、ほら、そこ。たんけんでさせば、でてくるよ』
大きく反響する狂える声とか細い少女の声。狂えるオブリビオンの声は誰にでも聞こえるように届くし、また、
『オにイちゃん、もウながくなイってェ』
『アたらしイ、オにイちゃんさがしにきたの?』
その人だけに届けることもできるらしい。杏の耳を打ち、音が頭や身体へと響き渡るような声だ。呼びかけられた杏はぎくりとした。
「ちがう。わたしの兄は、まつりんは、ひとりだけ」
この闇の中でもきっとおひさまの笑顔で杏の手を引いてくれるような存在。
『だァイじょウぶ! オにイちゃんはイっぱイイるから!』
刹那に異空間が歪み、ぐわっと迫った漆黒が杏の心臓を囃し立てる。
飼い鶏であるたまこ――あの子を模したロボをぎゅっと抱けば、反応したたまこロボが『コケケッ?』と鳴いた。
(「この鳴き声は、今から暴れまわってやるぞという意志を感じる、ちょっとあざといこけけ……」)
この声を聞いた兄は瞬時にたまこの意図を理解して涙目になるのだ。「アンちゃ~ん!」と駆け寄ってくる。
いつも明るく笑っていて、そして実は泣き虫なまつりん。
「ん、闇などに負けない」
ね、たまこ。とメカ雄鶏に声を掛ける。
泣いて笑って『わたしたちの夜』をいつも明けたものに導いてくれるたまこ。……たまこにそんなつもりはないのかもしれないけれど、杏は朝のおひさまに一日分の元気をもらうのだ。毎日、毎日、愛おしい日々。
一歩、一歩。杏は闇の中を進んでいく。
「……わたしはちゃんとあの泣き顔を守るんだ。――ね、そうでしょ?」
ひっくひっくと喉と胸をわななかせ、呼吸もままならない少女を見つけて、杏は優しく声かけた。その子の背をそぅっと触れる。
「…………!」
触れられた掌の温かさにびくりと震える少女。彼女の手足は漆黒に染まりかけていて、杏の胸に痛みが走る。
『アっ、オにイちゃんをウばウやつ!』
『ころしちゃオー』
狂ったオブリビオンの声を受けるも、短剣を手にしたまま少女は動かない。
『コケ?』
たまこがそうっと鳴いて、夜に包まれた少女の意識を声から違う方へと向かわせた。
杏のあたたかな光が夜桜のようにひらり、ひらり。
蛍のようにふわり、ふわり。
魂人の少女や周囲にいた魂人たちに寄り添うように放たれていく。
狂える声は、どうやら彼らだけに届く声で放たれているようで――周囲からは殺意や慈しみといった視線が向けられ混沌としていた。
匣の中にたくさんの感情。なんて歪で狂気的な……。
「肉親の、家族の記憶はどんな幸せにも改竄にも決して負けない」
思い出して。
大切にして。
杏の光が魂人に触れると、身体を染める漆黒が薄まり払われていく。
「……自分の心の中に在る嬉しさ、悲しみ、苦しみ、全てがあなただけの『幸せ』」
「しアわせ……しァ、あ……幸せ……」
瞳からほろり雫が零れて、少女が呟く。
「あたしだけの……あたししか、知らないの」
うん、と杏は頷いた。焦点のあった瞳が向けられていて、お互いを認識し合う。
杏の朝焼けのような金の瞳。
少女はこの世界でみたことのない青空の色。
「手放さないで――」
さあ、漆黒の世界を抜け出そう。
闇の世界へ帰ろう。
外へ、自分の幸せを探しに、取り戻しにいこう。
あたたかな光は魂人の身体を透き通るものへと戻していく。
それは彼らにとっての朝の訪れであるかのように。
大成功
🔵🔵🔵
アミリア・ウィスタリア
なるほど!確かに誰かの新しい幸せを宛がえば、幸せなままでいられますね!
オブリビオンにしてはまだ優しいのではないでしょうか?
だからといって放置しておくわけにはいきませんけれど。
私は武装している方に声を掛けに行きましょう。
武装を解かないということは、それだけ気を張り詰めているということでしょう。
少しでも落ち着かせたいです。
「あなたは戦いたいんですか?それなら止めませんが……でも、ミラにはあなたが心からここにいるのを望んでいるようには見えないのです」
目を合わせ、ゆっくりとお話しましょう。
「一人で外に出るのが不安なら、一緒に外に行きませんか?ミラ、この闘技場の中で迷子になってしまいそうですし、道案内もお願いしたいです!」
と相手の良心に語り掛けるようにして、外に向かって貰いましょう。
「人が多いほうが何かあった時の為に安心ですよ」と言って何人かまとめて連れ出せたら良いのですが……。
温かな誰かの記憶が流れ込んでくるような気がします。
……この世界でも、微かな幸せはあったんですね。
少しだけ、安心しました。
グリモアベースにて、案内人の説明を聞いて「なるほど」とたおやかに頷いたアミリア・ウィスタリア(綻び夜藤・f38380)。しゃらりと風に揺れる藤花の君はこう言った。
――確かに誰かの新しい幸せを宛がえば、幸せなままでいられますね!
継ぎ接ぎの幸せはパッチワークのように美しい彩になるかもしれない。
狂えるオブリビオンはそんな魂の色を見たいのかもしれない。
夜よりも闇よりも近くに在る漆黒に塗られた空間は、灯をあてれば光沢を帯びることだろう。
アミリアが入った影の城――闘技場、模擬海戦のための水路を進む彼女にとってこの空間の漆黒は恐れるものに値しない。
夜に咲き、闇に紛れるアミリアだからこそよく見える好ましい黒だとも思う。だって、ほら、漆黒の気配はこんなにも近い。
「……オブリビオンにしては、まだ優しいのではないでしょうか?」
くすりと虚空を震わせる微笑み。そう、道理というものだ。とても分かりやすい筋。
永劫回帰により、幸福な記憶が心的外傷のものへと改竄される魂人。虐待に辿る道としてはこちらの方がなまやさしい。
「幸せな記憶へとすり替わるのでしょう……? 本当に、優しい――」
魂人に属するからこそアミリアはそう思った。喪った幸せが新しい幸せで補われる。
「喪われた思い出は、ミラたちにとっては、もう関知できないものですから」
自身の記憶が改竄されたものであるかもしれない、それを知り得たのはまだ遠くはない過去のこと。
果たして、今持つ記憶が真実のものなのか、改竄されたものなのか、魂人自身が解くことはきっと難しい。
幸せな記憶を得ることが出来る異空間。
(「だからといって、放置しておくわけにはいきませんけれど」)
折角の機会ではあるけれど、それが麻薬のようだとも感じるのは確か。行く末が廃人でしかないのなら、偽りに満ちたモノになるというのなら、いずれこの世界にも蔓延り滅びゆく。
仲間の猟兵が何かの力を放ったのだろう、軍勢の声らしきものが空間を震わし伝わってくる。
『アア、きにしなイでェー』
『ここはしアわせなばしょ、うエでけっこんしきやってるんだ』
『ほら、きみもオもイだそう』
『しアわせな、けっこんしき、アったでしょウ?』
覇気に一瞬びくりと身体を震わせた魂人たちに狂えるオブリビオンが声を響き渡らせる――瞬間、漆黒の壁が迫った。ぶつりと断ち切るかの如く、空間を遮断されたのがアミリアには分かった。
『りんごん、りんごん♪』
狂えるオブリビオンの声とともに集落の鐘を響かせた、幸せな挙式の光景。漆黒は魂人の手足を染め上げていく。
「……あら……」
空間の色故に透けただけだと思っていたアミリアの髪先もまた例外ではない。染まった箇所を摘まんだアミリアはそのまま自身の髪を柔らかく払った。栓無きことだ。
『さア、ちかイのけんをつきたてて!』
迫る漆黒の気配で魂人の男を囃し立て、衝動を煽る狂える声はまるで彼が人形であるかのように操る。
「これが異端の神の気配なのですね」
異空間であるのなら神の領域。空気さえも操るのだろう。アミリアの周囲は幾重にも漆黒の壁が立つような閉塞感。
寵姫の瞳が捉えたのは今にも剣を繰り出しそうな目前の男。
「あなたは戦いたいんですか?」
アミリアは淑やかに問うた。抱える本の表紙を撫でる。そうして指先を角へと添えて。
三拍の間の思考を男に許したのち、アミリアは続く言の葉を泳がせる。
「それなら止めませんが……でも、ミラにはあなたが……あなたがたが心からここにいるのを望んでいるようには見えないのです」
男と目を合わせて、ゆっくりと。アミリアの天色の瞳に、男の灰の瞳が、どこか呆然とした表情が映り込んだ。
「ここ……ここは?」
我に返ったかのように男が呟いた。
「そうだ、私の子は――」
「一緒にいらしたのですか? ここは各集落ごとに取り込まれているようですから、どこかで迷子になっているかもしれませんね。確認するためにも、一度、外へ出た方が良いかもしれません」
先程の軍の声は闘技場の左翼側から聞こえた。きっと多くの魂人を救っていることだろう。
そのなかに彼の探す子がいればいい、と願った。
「他のかたは――」
狂気的な支配の空気が緩くなり、アミリアが周囲へと目を向ければ「わっ」と武器を放る子供や、やはりおろおろと子供を探す女の姿。
漆黒の空間に次々と個が浮かび上がってくる。少年少女の姿が多い――もしかしたら孤児院のある集落も取り込まれていたのかもしれない。
ね、とアミリアは子供たちに声掛ける。なるべく彼らが漆黒に染まりゆく自身を意識しないように。
「外に出るのが不安なら、一緒に外に行きませんか? ミラ、この闘技場の中で迷子になってしまいそうですし――道案内もお願いしたいです!」
つとめて不安そうに、つとめて明るく。
にこっとした花咲くような笑顔を浮かべて。
先の騒動で刹那に遮断されたからか、アミリアの力も『ここ』に満ちやすいものとなっていた。
「おねエちゃんも迷子になりそうだったの? ア? たしも……だれかとはぐれちゃって……?」
女の子の言葉が途中、一瞬淀んだものとなる。
「ア、たし……ァあたし……」
「……、ええ。迷子にならないよう、皆さん、一緒に行きましょうか。外で、会いたい人にも会えるかもしれません」
そのかたの魂が迷子になっていなければ――。
地下へと向かった猟兵もいる。そこには完全に放置された魂人もいることだろう。
回復の差はここに取り込まれた時期により、顕著なものとなりそうだ。
『アア、イってしまうの?』
『そとはこわイことばかりなのに』
『つらくって』
『かなしくって』
『ころされて……』
『ころして……』
殺して。その声は懇願のものであった。
お願いだから殺して。
息も絶え絶えだった彼女は、誰かにそう請うた。痛いけれど、その誰かに殺されるのならばこれは本望で幸せなことだった。
――心を掠めたそれは、温かな、満足そうな誰かの記憶。
闘技場の外へと出る魂人たちを見送りながら、アミリアはひとり影の城側の敷地へと佇む。
「……この世界でも、微かな幸せはあったんですね」
誰かが迎えた終焉は、幸福に満ちたものであろう――例えそれが新たな生の始まりとなるにしても。
殺してくれてありがとう、と、心から言える世界、ダークセイヴァー。
「『あなた』のその記憶が幸せなもので良かったと、ミラはそう思いますよ」
誰かの
魂には伝わらぬことを承知で、アミリアは口にする。
その声は仄かな安堵に彩られていた。
大成功
🔵🔵🔵
箒星・仄々
つくづく命が蔑ろにされている世界です
出来るだけ多くの方を救い出しましょう
カチリとリートを起動
絃を爪弾きながら歌を口ずさみ牢屋へ
歌と音色とで
狂えるさんの声に対抗し
かつ常に治療することで心を平穏に保ちます
助けに参りました!
近くの集落までお連れいたします
まずは自我を保っていると思える方々を
魔力で鍵を外して解放
廃人っぽい方々へは癒しを試みます
この世界の子守唄っぽい曲ならば
狂気の中でも共感をしてくれるのでは?
もし廃人っぽい方に関する
記憶をお持ちの魂人さんがおられましたら
その記憶を唄って治療
それが無理でも
落ち着いていただけるよう
心を込めて演奏します
皆さんを牢屋から解放しましたら集落へ
道すがら錯乱した魂人さんに遭遇しましたら
同様に治療や静穏化を試みます
難しいようなら
風の魔力で音の振動エネルギーを増幅
脳を揺らして気絶させて
他の方にお願いして運んでいただきます
演奏を続けながら脱出します
はこさんの領域を過ぎましたら
治療が更に可能となるかもしれませんね
…改竄された心的外傷をも
治療できればよいのですが…
『イらっしゃイ、イらっしゃイ』
『アたらしイ、しアわせのきオくのひと』
『オイしそウ』
『みんなで、きみのきオくをきりわけてイくね』
漆黒に塗りつぶされた世界。
影の城、異端の神々の領域である闘技場へと降り立った箒星・仄々(ケットシーのシンフォニア・f07689)は、歓迎する狂える声を聞き目を細めた。
ぱしんぱしんと黒猫の耳を払ったのは、不愉快な音をかき消すためか。
懐中時計を手にして、カチリとボタンを押せば瞬時に展開される蒸気機関式竪琴。
カッツェンリートの絃を爪弾けば「ポロロン♪」と、この漆黒の異空間に似つかわしくない清廉な音。――否、仄々が優しく奏でるのは夜のために作られた曲だ。
紡ぐ歌は穏やかな夜を讃えるもの。
闇に彩られ漆黒に塗られた世界を相殺する時の歌。
仄々のシンフォニック・キュアは狂えるオブリビオンの声をかき消すように、そして自身を癒し護るために。
闇の声は仄々の身の内に入ることを拒否され、音を纏う彼から遠ざかっていく。
左翼側の地下へ入っていく猟兵とユーベルコードの配下たち。
仄々は右翼側へと速足で進んでいく。
地下道へと入ればさらに音が反響し、狂えるオブリビオンの声を相殺していった。
漆黒の星がざあっと天井から退いていき、その挙動はまるで仄々を用心深く観察しているようにも見える。
ポロロンッ……! 爪弾いた絃の強き破魔音。
「――助けに参りました!」
そう告げた仄々が駆け寄った先は、一番近い場所にあった地下牢だ。剣闘士がわりの犯罪者を収容していたであろうそこには魂人の子供たち。
我慢していたらしき子供が、仄々の声に呼応して「うっ」をしゃくりあげ始める。
「ぼく、僕たち……」
「ここ、どこぉ」
「――ああ、大丈夫ですよ。ほら、今は怖い声は聞こえないでしょう?」
怖い声を遠ざけておきますね。そう言って仄々は再びカッツェンリートを一音、二音と爪弾いて。
「怖い声が聞こえてきたら、皆さんで大きな声をあげたり、歌ったりするとよいですよ。そうすればびっくりして、怖い声は逃げていきますから」
そう言って励ましながら仄々は指先に魔力を籠めて、牢の鍵を壊した。
魂人の子供たちを連れて地下道から出れば、錯綜する魔王軍と逃げる魂人。
錯乱しこっちに向かって来た武装の魂人へは、風の魔力で増幅した音をぶつけ、身体を怯ませる――。鐘射寺・大殺の魔王軍の一人が「ぺん!?」と叫んで、気絶し倒れこもうとした魂人を抱える。
それはペンギンの姿をした、見た目は愛らしい悪魔だった。
「あっ、悪魔さん……! この子たちも外の集落まで連れて行っていただけますか?」
「ぺんぺん~」
「ありがとうございます。さ、このぺんぺんさんと一緒にお外まで逃げてくださいね」
「ねこのお兄ちゃんは……?」
背伸びして、そっと子供たちの背中を押した仄々に、子供たちが不安そうに尋ねてくる。
「――私は、奥の人たちを助けにいきます。ご心配をありがとうございます」
優しい子ですね。そう微笑んで言って、仄々は彼らを送り出す。
地下牢の奥。
そこにはこの異空間の漆黒と同じように、漆黒に染まった魂人たちがいた。
幸せそうな笑みを浮かべる者たちは皆、虚ろで、その視線は定まっていない。
すべてを漆黒一色に塗りつぶすこの異空間に存在すれば、その者も例外ではないということだ。
『ほら、しアわせそウ』
『すくオウだなんてよけイなオせわだよー』
『らくエんのしんにゅウしゃでしかなイよね』
狂えるオブリビオンの声は仄々の救助を要らぬものだと言う。
「…………」
仄々は声には反応せず、再び指先に魔力を籠めて牢鍵を壊した。
黒い猫の手が格子を押せば、ギギィと軋みをあげる漆黒の鉄音。
力なくうなだれ座る魂人の手へと、仄々は自身の手を伸ばした。
この世界と同じような艶やかな漆黒でありながら、あたたかな猫の体温を宿す手だ。
「……」
彼らの反応がないことを確かめたのち、その場に座った仄々はカッツェンリートで音楽を奏で始める。
爪弾くその曲はこの世界の子守唄だ。以前、魂人たちの集落に訪れた際に覚えたもの。
子供たちのうろ覚えな歌。
大人たちが覚えていた懐かしき故郷の音楽。
誰にだって故郷がある。
そこは苦しくてつらかった場所だったかもしれない。
そこは穏やかな場所なのに、けれども離れなければいけなかった場所だったかもしれない。
下層で死して、上層の魂人となって。
もう帰ることができない故郷を、この世界の人たちは誰もが持っている。
帰ることができたとしても、住む人は入れ替わっているかもしれない。それは、すでにヨソモノとなってしまった自分との邂逅――。
覚えている限りの子守唄を、仄々は爪弾く。宿る魔力の音で狂える声を遠ざけて。
シンフォニック・キュアを彼らの魂に届くように、響かせるように、心をこめて。
しばらく奏でていると、一人の魂人が身じろいだ。女性だ。
漆黒だった身体は灰色のものとなっていて、その頬には一筋の涙痕。
「だ、大丈夫ですか? 私のことが分かりますか?」
「――」
女の瞳に仄々の若葉のような瞳が映り込み、世界にはないその鮮やかさに何度か瞬きをした。
「……エエ、アなたのことがわかる……」
「何か、ご自身のことを覚えていますか……?」
酷なことかもしれない。それでもと勇気を出して尋ねた仄々の静かな問いかけは、ふるりと首を振るわれることとなった。
「――、お兄さん、何か手伝えることはあるかイ?」
ぎこちなく牢の外から掛けられた声に仄々が振り向けば、そこには透き通った身体を持つ魂人の男がいた。
「あ……あの、お手伝い願えるなら……この人たちを運びだすのを手伝って欲しいのです」
仄々の頼みに男は快諾の意を示した。ほっと安堵した仄々が「ありがとうございます」と礼を言えば、男は首を振る。
「俺こそありがとうだ。お兄さん、あんたの音楽を聞いてたら、目が覚めたようでな」
なんだか長い夢を見ていたみたいだ、と彼は言う。話をしている間に、促せば動ける者も出てきた。
だが、この闘技場を抜けるためには、決して油断などできない。
「私、演奏を続けます。狂える声を追い払うことにつとめますので、その間に、皆さんは脱出を」
仄々がカッツェンリートを抱え、牢の外へと出る。
この地下道を抜けて上へとあがれば、また魔王軍の力を借りることもできるだろう。
――漆黒に覆われた道を優しい曲と歌声で満たして、彼らが生きるための道を作っていく。
「ほら、がんばれ」
「行こう」
朧気ながらも意識の戻ってきた魂人、他の牢にいて治療された魂人、皆が声を掛け合って地下道を進んでいく。
逃げ場のない匣のなか。
路を開いたのは猟兵たち、生きる意志を見せた魂人たち。
開かれた活路は、闘技場の外に向かうだけでなく、未来にも向かっていくことだろう。
……けれども。
心身ともに傷ついた魂人たちの回復にどれほどの時間がかかるだろうか。
(「……改竄された心的外傷をも、治療できればよいのですが……」)
喪われた記憶、改竄された記憶、それらを再び入れかえるように取り戻せる手はあるのだろうか。
――つくづく、命が蔑ろにされている世界だと仄々は思う――。
この身ひとつでも、仲間の息吹とともに。
「……出来るだけ多くの方を救い出しましょう――」
今日だけなく。これからも。
そう誓いながら、魂人を闘技場の外へと仄々は送り出すのだった。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『『しあわせのあおいはこ』』
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POW : パンドラの匣が空く
着弾点からレベルm半径内を爆破する【幸せの青い星】を放つ。着弾後、範囲内に【幸福を破壊する幻覚】が現れ継続ダメージを与える。
SPD : 内側を覗いたものは
自身の【内側に溜め込んだ幸福な記憶】を代償に、1〜12体の【絶望の獣】を召喚する。戦闘力は高いが、召喚数に応じた量の代償が必要。
WIZ : 匣の中へおいで
戦闘中に食べた【魂人の幸福な記憶】の量と質に応じて【自身の内側から狂気が溢れ出し】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
👑11
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猟兵の手で、召喚された魔王軍の手で、影の城である闘技場に囚われた魂人たちが救い出されていく。
闘技場の外もまた漆黒の世界だったが、そこには高く、もう見慣れてしまっている閉ざされた天がある。
悪意の掌で転がされてばかりの解放感ではあろうが、冷たくも広々とした世界の空気に触れて安堵を抱くのはおかしいだろうか?
休息のため崩れ落ちる魂人たち。脱出に伴い心身ともに疲弊している今は、休ませてあげたほうがいいだろう。
闘技場内へと再び戻った猟兵たちの耳に、狂えるオブリビオンの声。
『アア、アア、よけイなことを……』
『そとにはしアわせってなイのに……』
『ここにはしアわせがイっぱイつまってイるのに』
『ひとのこころをふみにじる』
『ここは救済の地、そして絶望の地』
刹那、漆黒の世界に青の光が走り燦めいたかと思えばすぐに黒へと色彩が堕ちていく。
青黒い星が戦場内へと降り注ぎ、幻覚、絶望の獣が顕現していった。
闘技場内は瞬時に狂気的な声、猛り狂う獣の声に満ちて、そうなってからようやく姿を現した狂えるオブリビオン。『しあわせのあおいはこ』は
匣を開いた。
『オイでオイで』
『ぼくのなかにくれば』
『きみたちはしアわせでイられるよ』
――つらかったでしょう?
――くるしかったでしょう?
――まともな道を与えられなかった、君の無駄な時間。
――大ちゃんは幸せそうだからいっぱい喰らうとして。
――ほら、君が想像する未来は大事な人がいない暗い場所。
――あなたの胸には搔き毟るようないっぱいのしあわせを届けて。
――そして君には心を壊す歌を。
『ぐちゃぐちゃにかみくだイて、まっさらにして、しアわせをつめてアげようねェ』
鐘射寺・大殺
では本日のメインイベントだ!
オブリビオンを討伐し、闇の世界の城盗りといこうかのう!
んん?何だアレは。奇妙な箱が浮いておる。ぬっ、光の爆撃か!
青い光を視た直後に目に映り込んだのは、
「鬼畜勇者」なるオブリビオンに征服された
砕魂王国の惨状。その勇者は欲深く、民家にずかずかと入っては
タンスを物色したりツボを割ったりしている。
赤子が泣こうがお構いなしだ。
しかも此奴は下品でとんでもなくスケベ!
連れている仲間は若い女の冒険者ばかり。
こんな奴に負けるなんて!なんたる屈辱…!
幻覚に翻弄され心折れそうになる…しかし土壇場で先代父王の言葉が蘇る!
『悪魔がァ!そんな簡単に負けるわけねーだろォ!』
…我輩は何を勘違いしておったのだ!悪魔は断じて弱き種族ではない。
目をカっと見開いて覚醒、ギター「X-DEATH」を引っ掴み、
激しく掻き鳴らしながら【魔王の雷】発動!
稲妻で不快な幻覚を吹き飛ばし、魔剣オメガを携え《切り込み》をかける。断罪の時間だ!よくも下らん映像を見せおったな!
外に連れ出した魂人たちを炎の魔王軍に任せ、再び影の城へと戻った鐘射寺・大殺は闘技場内を見渡せる観覧席の路を速足で進んでいく。
「いよいよ本日のメインイベントであるな!」
くくっと鋭利な歯を見せて嗤った大殺は「油断なく」といったことを告げる川村クリムゾンの声を払うように赤マントをばっさばさと揺すった。
「まあ吾輩の城盗りを見ておれ。狂えるオブリビオンを討伐し、この城を我らがものとしてやろう」
たんっと勢いある足取りで観覧場にたどり着き、天上に煌めく黒い星、青い星、そして場内に徐々に広がっていく青黒いの異物――あれが異端の神に乗っ取られたオブリビオンだろうか。
「……んん? 何だアレは――奇妙な箱が浮いておるな」
目を細め、僅かに首を傾げる大殺。
配下の一体を呼び戻すか? と大殺が思案した時、狂えるオブリビオン『しあわせのあおいはこ』から新たな青い星が放たれた。
流星の如き速度ではあったが、どこに目を付けておるのだ? と大殺が思うほどにその軌道は逸れたものだ。
ドガッ! と観覧席に着弾した星から、光の残滓が広がったのを視認した次の瞬間。
『どうか! それだけは!!』
と女の悲痛な嘆願が大殺の耳を劈いた。
次いで渡るは赤子の泣き声。
――視界は焔の気配を感じる仄暗い魔界のもの――そこは大殺がよく知る砕魂王国城下街のものとなっていた。
「…………!」
状況確認に、鋭く視線を走らせれば路上には踏み荒らされた観賞用低木、破壊され散乱する樽の残骸。
被害は、とさらに人々の様子を注視してみれば悪魔たちは皆怯えたように物陰へと隠れているではないか。
例外は豊満な身体をもつ美女の悪魔、僧侶らしき服装をした少女。どちらもつまらなそうに壁に寄り掛かっている。
『ねー勇者ぁ! 飽きてきちゃった~』
そう言ったのは僧侶の少女であった。美女の悪魔はちらりと僧侶を見、そして大殺に気付くとぱっと視線を逸らした。
『チッ、意外としけてんなぁ!』
と舌打ちしつつ、荒れ放題の屋内から出てきたのはいかにも勇者という姿のオブリビオン。
(「あいつは
……!」)
大殺の喉がひゅっと鳴る。
(「鬼畜勇者!!」)
同時にこの城下街の惨状にも頷ける状況だ。
鬼畜勇者なるオブリビオンの一味によって魔王城が陥落し、砕魂王国が征服されたのかもしれない。
城からデビルキングワールド最大級の地下放水路への避難指示は出ただろうか? 街に残る悪魔たちの様子はすっかりと怯え切って委縮している。
大殺の留守の間に『恐怖』で掌握されるとは……。
(「防犯活動グループである警邏は一体何をしておったのだ!」)
砕魂王国はデビルキングワールドの首都を支える国のひとつだ。
洋菓子やチョコレートの生産、スポーツフェスも主にテニスなどの球技で盛んであり(なおこちらは大殺の貢献による)、経済、産業、事業も多く抱えている砕魂王国。最近のおすすめご当地お土産は『ソーカセンベイ』である。
とにもかくにも自由都市群の名を掲げるこの王国は、デビルキングワールドにとってなくてはならない国――。
「そこを! 吾輩が留守にしている間に……! なんという悪辣な不届き者よ!!」
勇者はタンスを物色したり、ツボを割ったり、やりたい放題だ。他世界の勇者は常識を備えているのを知っているぶん、この、若い女の冒険者を侍らしている勇者の非常識・破廉恥な言動が大殺は耐えがたかった。
『えーやだ、あの子魔王じゃん?』
商人らしき女が虫眼鏡を振りながら大殺を指差した。
「人の! ステータスを勝手にサーチするのではない!!」
『この坊やがかァ?』
まるでごろつきのような声で言った勇者は、大殺をじろじろと見て、はっと鼻で笑った。
刹那、勇者が動いたかと思えば剣が既に大殺に迫っている。姿勢を崩しながら魔剣オメガで受ければ、先代から継がれた魔剣はいともたやすく弾かれてしまった。
『弱い弱い弱い! こんなんで魔王を名乗るなんて笑っちまうなァ!』
(「……! こんな奴に負けるなんて! なんたる屈辱
……!」)
――そう、砕魂王国は敗した。
その記憶が鮮やかに大殺の脳裏に刻まれていく。
先代が発展に尽くした国を奪われた。
何度となくオブリビオンの悪事に巻き込まれ、そのたびに自浄に奔走した大殺の国。
『こんな田舎の国盗りしてもしょうがねェけど、首魁は一応取っとくかァ』
大殺の首を。
にたにたと笑う鬼畜勇者が剣を振り上げるのを見て、大殺は死ぬ覚悟をする。
首魁であれば当然の末路だ。
そう決意した時、苛烈な誰かの声が大殺を叱った。
――「悪魔がァ! そんな簡単に負けるわけねーだろォ!」
先代魔王。父王の声だった。
良い子すぎる種族であるがゆえに、絶滅の危機を迎えそうになったデビルキングワールド。
「デビルキング法」が制定され、躊躇なく悪事を行うオブリビオンに憧れ、徐々に胆力を備えていった悪魔たち――。
「……我輩は何を勘違いしておったのだ! 悪魔は断じて弱き種族ではない」
カッを目を見開いて、掴んだ殺害ギター『X-DEATH』にピックを走らせる。
搔き鳴らした音は脳を揺さぶるほどの大音量!
放たれる音波と共に拡がるは雷雲。漆黒の世界に雲は龍の如き大雲となり、摩擦で雷気が溜められていく。
「天をも支配する、我輩の権能をとくと目に焼き付けるがいい!」
激しく掻き鳴らすエレキギターパフォーマンス。
魔界の黒い稲妻は勇者を、征服された砕魂王国の光景を劈いて霧散させていく。
しあわせのあおいはこが放つ星は、空を隠すようにして雷雲が覆い、拡がっていくはこを稲妻が貫き留めた。
『勇者』に弾かれてしまった魔剣オメガを再び呼び寄せて、跳躍した大殺は稲妻と共に。
「断罪の時間だ! よくも下らん映像を見せおったな!」
狂えるオブリビオンの青き歪み――湖水の如き場へと魔剣を突き立てた。
どこまでも貫いていけそうな底なしの敵。
だが魔王の雷は相手の移動を妨害する。パンドラの底は確かに在り、そしてそこに沈む狂える悪意へと、大殺の剣は届いたのだった。
成功
🔵🔵🔴
箒星・仄々
何とも悍ましいお方ですね…
如何にもダークセイヴァーらしいです
けれどオブリビオンさんに殺された神が
オブリビオンさんに取り憑いた存在が
異端の神々でした
はこさんも犠牲者なのですね
ご自身がとてもとても辛い思いを経験されたからこそ
幸せに固執した狂気に陥ったのかも知れません
哀れに思います
倒すことで救いとしたいです
海へと導きましょう
リートで勇壮な曲を演奏します
誇りある神々には相応しい曲でしょう
かつてのお心を取り戻されることを願いながら
具現化した五線譜で青い星々を吹き飛ばします
彼方へと吹き飛ぶ様は正に流れ星でしょうか
はこさんの匣の中へと
叩き返しても差し上げましょう
綺麗なお星様ですけれども
撃ち漏らしたお星様から出てきた幻も
吹き飛ばします
蓋へ
吹き飛ばした星をぶつけたり
五線譜を放って
強制的に閉めさせて
星を放てないようにさせることも試みてみます
さあこんな辛い時間はお終いです
海へとお還り下さい
はこさんを吹き飛ばして
高く高く打ち上げます
終幕
演奏を続けて鎮魂とします
狂えるオブリビオンの声は箒星・仄々の聴覚を侵すようにぞわぞわとしている。
ケットシーの身を震わせ漆黒の毛を逆立てて、異端の神の力が降りた『しあわせのあおいはこ』を注視する仄々は「何とも悍ましいお方ですね……」と呟いた。
如何にもダークセイヴァーらしく、如何にも狂気の似合う存在。
きらきらと青い星を放つ異質な匣から、何とも燥いだ楽しげなたくさんの声が漏れているのが不気味だ。
狂っているとはいえ匣もまたオブリビオン――骸の海から甦った時間の集合体。
(「ご自身が……ダークセイヴァー……いいえ、すべての世界においてとても辛い思いや経験が海に流れるからこそ、このはこさんは幸せを集めることに固執したのかもしれませんね」)
思い出は綺麗なものばかりではない。怨恨や死にたくなる悲痛や苦しみ。すべての時間が骸の海へと流れていくのだ。
仲間の猟兵――大殺の攻撃を繋げるように、展開したカッツェンリートを爪弾き始める仄々。
狂気に陥ったしあわせのあおいはこを見て、優しきケットシー・仄々は何を思うか――。
「……哀れに……思います……」
自身のものではない幸せを集め続けて、夢を見せて、他者の魂を逃避させ弱らせていく。
これ以上の魂人をこの影の城――狂気的な匣中へと入れないために倒さねば。
「それが、はこさんの救いともなるでしょう」
カッツェンリートで演奏するは勇壮な曲。巧みな指使いは重奏を紡ぎあげ、誇りある神々に相応しい曲を。
飛び交う青い星は徐々に仄々を囲い始めている――喝采のファンファーレを爪弾けば、仄々の身の内から魔力が膨れ上がり、五線譜となった光が螺旋を描いた。
其れはまるで竜巻のように。一弾指の展開。
青い星が狙う着弾点へと到達する前に星々を弾き、吹き飛ばしていく光の五線譜たち。
星はあらかじめ、空間に座標を設定していたのだろう。着弾点ならぬ座標地に到達できなかった星々は遠く漆黒に呑まれ消失していく。
それは『しあわせのあおいはこ』に囚われた、誰かの幸せな思い出が、骸の海へと還っていく瞬間。
命輝き、消失する、宇宙の星のように。
誰かの時間が終わったあかし。
世界の理へと戻っていくのだ。ダークセイヴァーの異質点。異常値にあった影の城が正常値へと傾いていく。
爪弾く竪琴の音色は、漆黒の闇のなか、光の五線譜を軽やかに躍らせて。
しなった譜は星のひとつを流星の速度に変え、匣の中へと返せば脆くなり始めた底から黒い星が吐き出された。
『くるしい……』
『故郷へ帰りたい』
『どうしてそんなひどいことをするの』
幸福を破壊する幻覚は、蹂躙され思わず吐き出した誰かの記憶たち。
はっとした仄々は操る五線譜で黒い星を掬いあげていった。その光景は奇しくも音符が譜に記されるかのように。
譜へと魔力を流して、新たなる喝采を奏でていけば、虚空へと吹き飛ばされる星の色は変化していた。
(「あれは、永劫回帰されて取り込まれた偽りの記憶でしょうか……」)
本当の時間が骸の海に還りますようにと、仄々はそう願って海へと『彼ら』を送り出す。
幾度となく鎮魂を奏でてきた彼の送り歌。
このしあわせのはこが、この先、魂人の記憶を取り込むことのないように。
青さを取り戻しはじめたはこを光の五線譜で直接攻撃をして――。
しなった譜はあおいはこを高く高く、天へと叩きあげた。しあわせのあおいはこ自身が散々と放った星となるように。
終焉の時へと導くように。
「――さあこんな辛い時間はお終いにしましょう。海へとお還り下さい」
異端の神々に取り憑かれたオブリビオン。
しあわせのあおいはこもまた犠牲となった存在。
たくさん詰めこんだ時間とともに骸の海へと還るための一手。
影の城に響き渡る音楽は、今だ尽きることなく。
成功
🔵🔵🔴
木元・杏
あおいはこ
闇に青の光は馴染む
そう教えてくれたのは、誰だったろう
混濁した記憶に眉を寄せ目を閉じれば、瞼の面に青い星の爆発する光を感じる
…ああ
瞼の奥に、傍に誰も居ない未来が見える
誰も居ないという事は、何も起こらないし何にも絶望しない
それは「完全なる」幸せ
…そんなの、暗い闇と一緒
闇の中でわたしの瞳も青となり、「暗(あん)」となる
でも、いつか聞いた声がまた聞こえる
『闇と暗、どちらにも「音」が隠れてる』
…聞こえる
おかあさんの歌、兄弟の呼ぶ声
おとうさんは…まぁいいや(万年反抗期の娘)
隠れていた音が聞こえればわたしも杏と成る
幸せは、色んな感情があってこそ生まれるもの
貴方が見せてくれた闇のお陰で、わたしは今の幸せを再認識できた
そう、わたしの幸せは無敵
UCで呼び出すメイドさんは、おかあさんの姿、兄の明るさ、弟の優しさを備えたわたしの幸せ
……おとうさんは、まぁいいや(反抗期)
メイドさんと共にあおいはこへと突撃
ぐーぱんで叩き倒そう
しあわせのあおいはこ。
ところどころが黒く淀んではいたけれど、それは漆黒の風景によく馴染んでいて、狂える匣が動けば仄かに青い光は明滅するように。
静かな、静かな夜の青い星みたいに。
突如として顕現した青い星。木元・杏の母譲りの金瞳に刹那映りこんだ星は、彼女の間近で砕け散った。
(「『闇に青の光は馴染む
……』」)
そう教えてくれたのは、誰だったろうか。
ちらちらと青光の残滓が泡沫の如く、闇に溶けていく。
『いつぞや』の逆廻り。
狂えるオブリビオンの声が杏の耳から内側にと通り浸食していく。
『ねえ、「暗」。あのころはしあわせだったでしょう?』
ただただ強さだけを追い求めればよかった時期。周囲のことを気にすることもなく、誰の思惑にも縛られず、自身が築いた善悪で――子供を褒め、子供を害そうとした。
『ちがうよね? ちゃんところしたよね???』
狂えるオブリビオンの声は、ご丁寧にも「あん」の記憶へと介入しようとしている。
「…………」
杏の脳裏に、子供を叩き殺し血に濡れた男の拳が過った。
ちがう、とは否定できない生々しい記憶だ。
『自身』の正義のもと、間違った子供を害して、くだらない情に突き動かされる者たちから去った記憶。
感情を排し、目的に真っ直ぐ向かっていくことは気持ちがいい。面倒な感情の摩擦は不要。
武人が望んだのはそんな未来だった。
(「……ああ……」)
目を瞑る杏の瞼の奥に移るのは、傍に誰も居ない未来だ。
――誰も居ないという事は、何も起こらないし何にも絶望しない。
――それは「完全なる」幸せ。
「あん」
「ねぇ、あん」
「あん!!」
「あん、久しぶり……で良いのかね」
煩わしい波紋も広がらないと思っていた静かな闇中で響くは、あんを呼ぶたくさんの声だった。
明るい彼は本当に、春の陽射し、桜の木元が似合う男で。
何を思って「あん」と名付けたのか、分からないし、それを慮ることはとても癪だった。
混濁する意識のなか、ふと、ここは暗い闇だなとあんは思った。杏の思考だったのかもしれない。
ああ、そうか、目を閉じているからだと、何でもないことを思って瞼を動かすも、そこは変わらず闇の中――少女の金の瞳は、青いものへと変化していたが――視界には期待していたものはなく、そう思ってしまうことすらも煩わしい。故に。やはり何も要らないと思うのだ。
(「『闇と暗、どちらにも「音」が隠れてる』」)
再び、いつか聞いた声。あんに語るその声はただただ優しい。
情に流されることを嫌う。
誰かの干渉から自身の変化を嫌う。
故に自身から手を伸ばすことを躊躇う。純粋なる強さに向けては容易に手を伸ばすのに。
「臆病な愛なのかなぁ」
ねぇ、あん。と父と語っていた母がどこか懐かし気に呟いて、あんの頭を撫でた。
そのまま歌ってくれる母の声はとても優しい。あんは彼女の歌が好きだった。
新しいあんを貰った。杏と書く。
アンちゃん! とあんを呼ぶ兄の声は跳ねるように元気で、杏姉さん、と呼ぶ弟は穏やか。どちらも慕う響きを感じ取る。
「あん」
呼ぶ父の声は、やはりなんだか癪である。冷たく返事をすれば表情が固まるか、おろおろとすることが多い。泣き真似をされることもある。もっと困ればいいと思うのは天邪鬼なあん。
万年反抗期だなぁとか言われればぱんちをお見舞いしたくなる。
ずっと、たくさんの「あん」と呼ぶ声を聞いてきた。
破壊にまみれていたあんは、たくさんのあたたかなものに包まれたあんとなった。
そのことに気付いたあん――杏は、そうっと自身の胸に手をあてた。
「幸せは、色んな感情があってこそ生まれるもの……」
あたたかいね、と、あんに向けて呟いて。
改めてぱちぱちと瞬きをすれば、杏の視界には青の残滓。漆黒に浮かぶはしあわせのあおいはこ。
「はこ……。貴方が見せてくれた闇のお陰で、わたしは今の幸せを再認識できた」
この夜の世界で、青い瞳の少女の心に訪れたのは、やすらぎの
闇。
「そう、わたしの幸せは無敵」
微笑んで展開するユーベルコードはお掃除(物理)の時間。
赤い髪をなびかせる女性は、兄に似た朗らかな笑顔を浮かべたメイドさん。うさみみカチューシャには鈴蘭が揺れていて、ふわり優しい雰囲気。
現れたメイドさんを見て、杏は満足そうにやりきった感じに頷いた。
(「うさみみメイドさん……おかあさんの姿、兄の明るさ、弟の優しさを備えたわたしの幸せ」)
「……おとうさんは、まぁいいや」
わざわざ声に出して呟く少女の姿はちょっとエスい。
今の
あんの幸せを象ったメイドさんと共に。
軽やかな跳躍、しあわせのはこを叩く拳は苛烈な武人の頂きが垣間見えるものだった。
大成功
🔵🔵🔵
リコ・リスカード
まともな道を与えられなかった、無駄な時間、か。
もしかしてそれ俺に言ってる?
あはっ、それがグリムリーパーなんだよ。
――殺したくないと願う方が異常なんだ。
魔術を放とうとして、手を止める。
愛しい誰かの声が聞こえた。
……俺の事を大事にしてくれた人がいたんだっけ?
猫の姿じゃない俺の事を。
明確に思い出せないけど。
幸せだったような、気がする。
……どうしてだろう。
ずっと俺は寂しいって感じてる。
この人の事、思い出せない。『知らない』。
ねえ、俺の名前を呼んでよ。
本当に俺の大切な人なら、俺の名前を呼んでくれたはず。
その記憶が俺にあるはず。
……そっか。
これも魂人の誰かの記憶。俺の記憶じゃない。
ねえ。やるならもっと作り込んでよ。
幸せよりも寂しさが勝って醒めちゃった。
『作り込み』を見せてあげる。
UCで災害級の吹雪を再現しよう。
シャーキィ(終の顎門)も何だか怒ってるみたいだし。
行こう、シャーキィ。
UCの力をそのまま『武器に魔法を纏う』。
氷と風の『属性攻撃』の斬撃で匣を壊しに行く。
噛み斬ってズッタズタにしてあげる。
漆黒の世界の中で『しあわせのあおいはこ』から様々な声が吐き出されていく。
『オイでオイで』
『ぼくのなかにくれば』
『きみたちはしアわせでイられるよ』
『まともな道を与えられなかった、君の無駄な時間』
明らかに対象を絞った狂える声にリコ・リスカードはほんの僅かに首を傾げた。
「もしかしてそれ、俺に言ってる?」
軸の傾いた視界のなかで匣から青い星が吐き出され、虚空の座標へと固定されていく。
攻撃のための挙動、明らかに害しようとする敵のそれに肯定かと判断した。
「あはっ、知らないようだから教えてあげるねェ――それがグリムリーパーなんだよ」
猟兵たちの攻撃の余波を受け、刹那流れていく星たちは匣に再び仕舞われるもの、異なる座標へと到達すれば爆発するものとあり、リコは剣身を確り噛ませた終の顎門で一時の暴風を払う。
誰かの死の運命を知り、時に抗いを視て、当然の運命を逸そうとするものを本来の軸へと戻す。グリムリーパーの死の鎌はすべての存在に等しく届き、例外はゆるされない。すなわちそれはグリムリーパーの常軌でもある。
しかし、
「――殺したくないと願う方が異常なんだ」
リコの呟きは、死神の常軌を逸したものだった。
存在した次元が違えばその願いは異常ではなく正常だっただろう。
だが死神の一閃はそれを踏み越えることをゆるさない。そう、リコはゆるされなかった。
振るった終の顎門が青い星を呑み込む軌道となれば、星は命潰えたかのように消失した。誰かの記憶の時間が骸の海へと還っていったのだろう。
匣に溜まっている星々を還していけば、少しずつ弱体化していくかもしれない。
(「なら……」)
漆黒の世界のなか、吹雪く夜を呼ぼうとしてリコは魔術を織ろうとする。凍てつく夜、星々はより輝くものだから。
『――――』
しかし、啓示のように天から降りて来た声にリコの手は止まった。
すうっとリコの中に容易く浸透した声は彼を呼んでいた。
「そろそろ帰っていらっしゃい!」
やわらかな声は、今は張られていて少し響きが強い。リコが振り向けば家の扉を開けた、彼と同じ色の髪を持つ女性が心配そうにこちらを見ている。
「冷えてきたでしょう? 夜がくるわ」
元々が夜色の満ちた世界なのに。
ちぇっと残念そうな呟きがリコの腹辺りから聞こえ、少年の影が剥離するように彼の元から駆けて行った。
あれは呼び戻す親の声だ。
「……?」
(「……俺の事を大事にしてくれた人がいた、ん、だっけ?」)
黒猫の姿であちこちすれば、優しく声を掛けてくれる人はたくさんいる。にゃあんと声を上げれば、相手はとろけるような表情と声になる。一時の愛情が黒猫に注がれて、まぁまぁ心地よく感じるのだ。
アレに似ている。
まぁまぁ心地よくて、けれど同質に在らずと感じる理由は、あの人は絶対的な信頼を寄せることのできる存在だから。
生意気なことを告げれば叱ってくれる存在。
甘えれば甘えさせてくれる存在。しょうがないわね、と頭を撫ぜる指先や掌の感覚はなんだか融けてしまいそうになる。
天秤が傾いた時のように、リコの感情が振り切れ重さを増した。
(「いつもは、満足するのに
……。……?」)
――知らない感情だな、と薄ら思った。否。
存分に構ってもらえれば、安心して満足するのだ。……恐らくは。
だが、今、リコは底なしともなりそうな心の飢餓を感じた。明らかな矛盾だ。
女性から放たれる覚えのある愛の言葉は、不思議と、自身に風穴があるかのように抜けていく。
絶え間なく湧く寂しさ。
「ねえ」
と声を掛ければ、記憶の中の少年は女性の袖を引いた。
なんとなく、覚えはあるのに、この人のことをリコは思い出せない。
(「……いや、知らない、のか」)
冷静な思考がそう告げる。判別する時はいつもそうだ。
感情、本能、理性、どれかが勝っていればこうも苦しみや餓えを抱くこともなかっただろう。
「ねえ、俺の名前を呼んでよ」
リコが女性に問う。彼女の目線は子供に落とされており、合わない。
(「本当に俺の大切な人なら、俺の名前を呼んでくれたはず」)
理性が現状を否と告げていても、呼ばれたいと思った。呼ばれることを願った。
心からの、大切な声で。
だが無情にもその瞬間は訪れなかった。
重々しく、リコは息を吐いた。この焦燥に抗おうとも思わなかった。
「――ねえ。やるならもっと作り込んでよ。幸せよりも、寂しさが勝って醒めちゃった」
手元で紡いだ電脳魔術が広範に展開されていく。
漆黒ではない、この世界のものではない新たな夜。きんとした冷たい夜は雪花を舞わせ、吹雪かせて。
「ほら、見本。どう? 俺の作り込みは」
リコの言葉に同調するかのように、カキリと歯車の音がして終の顎門が徐々に開いていく。
「……行こう、シャーキィ」
匣に向けて駆ければ、周囲の雪花を集束させ終の顎門は吹雪を纏った。剣身と牙とを抜けていく風は轟と鯨波を起こす。
顎門の一閃は狂える敵を噛み斬らんとするもの。
剣音が硬質な鳴き声にも聴こえるなか、あおいはこを刻んでいくのは氷属性の斬撃。決して癒えない風刃の裂傷。
(「何だか――シャーキィも怒ってるみたいだ」)
気のせいかもしれないけれど。
リコはふと微笑んだ。
願った、心からの大切な声ではないけれど、この斬撃音はとても心地が良い。
成功
🔵🔵🔴
アミリア・ウィスタリア
外には幸せがない、ですか。
いいえ、ありましたよ?
だって、ミラ、彼に愛されてましたもの。
外に幸せがないと言い切ってしまえるあなたの見せる幸せは、どのようなものなのでしょうね。
ミラも魂人。もしかすると記憶を奪われてしまうかもしれません。
そして違う記憶を植え付けられてしまうかも。
違う幸せを。
彼とはまた違った温かな家庭の記憶。
可愛らしい子供。
――この子は弟だったかしら。妹だったかしら。息子だったかしら。娘だったかしら。
……いいえ、知らない子ですね。
それによく考えなくてもミラ、弟妹も子供もいませんね?
一瞬でも騙されかけたミラの事を彼は許してくれるかしら。
『翼の呪剣』に腕を少しだけ切らせ、自分の意識をはっきりさせましょう。
うふふ、ごめんなさいね。
ミラ、あの日々の方が幸せで……あなたの見せてくれる幸せでは満足できそうにないです。
だから。
「記憶を返して」?
ほら。「他の記憶も吐き出して」?
なくなった分はミラが詰めてあげますね。
「今のあなたの幸せの記憶は、あなた自身が壊されるその瞬間の記憶」。
そうでしょう?
『そとにはしアわせってなイのに……』
ここは救済の地、そして絶望の地と告げた狂えるオブリビオン、しあわせのあおいはこの声にアミリア・ウィスタリアの「あら……?」と違和感を含む呟きが続いた。
「外には幸せがない、ですか。いいえ、ありましたよ?」
ねえ? と確認のための声はひらり空を切り出てきた翼の呪剣に向けて。
あなたは覚えているでしょう? 言葉にすらしない、あって当然の同調を求める。
彼女の剣は幾度となく刃に鮮血を纏った。だが他の赤にくすむことなくいつまでも美しき輝きを保つ。
「だって、ミラ、彼に愛されてましたもの」
アミリアが美しく微笑むと、剣はしあわせのあおいはこへと一閃を繰り出す。
柄は虚空でも確りと握られているかのように衝撃にぶれることもなく、剣身は即座に翻った。追って横一文字に払われたあおいはこは、その後退時に自ら排出していた星を吸収する。
「その星に誰かの幸せが在るのでしょうか? ……外に幸せがないと言い切ってしまえるあなたの見せる幸せは、どのようなものなのでしょうね」
微笑を浮かべたままアミリアが刹那脳裏に描いたのは愛された日々のこと。
その時一番の布で仕立ててもらったドレス。
同じ布で作られたレティキュールの刺繍はとても愛らしく、燥いだアミリアへと掛ける彼の声には優しい笑みが含まれていたように思う。
手袋はアミリアの手にしっとりと馴染んだ。エスコートにと、ふと、添うた彼の手の大きさを思い出す。
――そう、幸せ、だった。すぐに彼の声は掻き消え、護身の剣の音がアミリアの耳に届いた。
今は失ってしまった温もり。指先は冷たく、温めてくれる存在もいない。
「――夜がくるわね……」
零れた呟きはアミリアのものではない。いつも暗いこの世界の夜は一層と色が深まる。
昨日見つけた虫の観察をと言って、家の外で遊んでいるあの子を呼び戻さなければと思い、扉を開いた。
「そろそろ帰っていらっしゃい!」
座り込んでいる子供にそう声を掛ければ、残念そうな様子でこちらに向かって駆けてくる。
『そとにはしアわせってなイのにね』
どこからか聞こえる狂える声に、アミリアは再びいいえと心の中で応じた。
今、確かに外に幸せはあって、自身の懐へと飛び込んできた。
(「可愛らしい子……」)
自身に似た髪色。頭を撫でてやれば一瞬気恥ずかしそうな表情になる。
(「――この子は息子だったかしら――弟だったかしら」)
よく知っていたような顔は、どんどんと不明瞭になっていく。ノイズのように垣間見える気がする顔は女の子のようにも思えてきた。
(「娘だったかしら。妹だったかしら」)
記憶を辿ろうとするアミリアであったが、ふいにその熱情がさめる。この記憶とアミリアの剥離は一瞬だった。
「可愛い子……でも、ごめんなさい。ミラ、あなたのことをよく知らなくって」
頭から手を離せば、その子から戸惑うような声が漏れた。
「ミラの家族には、弟妹も子供もいないんですよ」
玲瓏な、冴え冴えとした月のような微笑みを浮かべ、そして呼ぶ。
アミリアと匣の中の幸せな記憶を断ち切るように、アミリアの腕を呪剣の切っ先が滑っていく。
褒めるように柄を握ったアミリアは、そのまま剣を放鳥するかのように軽やかに空へ。
「うふふ、ごめんなさいね。ミラ、あの日々の方が幸せで……あなたの見せてくれる幸せでは満足できそうにないです」
打撃、斬撃と連なる音楽。
自らが進むことで掴む幸せ、過去に馳せ続ける幸せ、まだ見ぬそれを愁色で彩り。
幸せの求め方はこの世には色々とある。
アミリアが抱く幸せは、過去の、何にもかえられない大事なもの。
だから。
と、言葉を続けるアミリアの声は、今、戦場を彩るどの音よりも優位なものとなった。
――「記憶を返して」? ――
ほら、と自我崩壊のメルトは燥ぐ。
――「他の記憶も吐き出して」? ――
ぶるぶるぐらぐらと震えだしたしあわせのあおいはこは、匣の口、斬り開かれた部分、あらゆるところから青い星を排出していく。
自身を内側から破いていく量だ。
『ぐア……アァ……しアわせ……無くなっちゃう――』
『お兄ちゃん!』
と、ある青い星は駆けていき。
『ただいま!』
と、ある青い星はぱちんと弾けて闇の向こうへと還っていく。
あるべき場所へと向かう
星たち。
呻くしあわせのあおいはこに向かって、アミリアはやはり微笑を浮かべている。
哀れな姿となった格下の存在を眺める、慈愛的な表情だ。
かつり、と影の城床に一度だけ響かせた靴音。
他者を威圧するに適したタイミングを自然に捉え、やってのけるアミリアはしあわせのなくなったあおいはこへと更に囁きを投じた。
「なくなった分はミラが詰めてあげますね」
敢えて優しく告げる。
しあわせのなくなったあおいはこは、言葉すら喪ってしまったのだろう。消失にあえぐ声も途切れ途切れだ。
――「今のあなたの幸せの記憶は、あなた自身が壊されるその瞬間の記憶」――
そうでしょう?
さあ。
有無を与えぬ促しと囁き。
しあわせのなくなったあおいはこは、壊れるしあわせの記憶を詰められて。
骸の海へと還った記憶の時間を追うように、こわされるしあわせをしったあおいはこもまた骸の海へと還っていくのであった。
大成功
🔵🔵🔵
ダークセイヴァーの地に、獲得できた城がひとつまた増える。
闇の種族の力が浸透していないこの地で何かできることがあるだろうか。
一寸先の闇に少しずつ、少しずつ、灯を置いていく。
猟兵たち、闇の救済者たち、住人たちが置いていく灯はいつしか道となるだろうか、場となるだろうか。
闇世界の物語のページは、未来に向けて捲られた。