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この空の為に

#ブルーアルカディア #ノベル #猟兵達の夏休み2023

山吹・慧





 そこは、切り立った崖の先端だった。
 まるで2時間ドラマのクライマックスにでも出てきそうな見事な崖だ。
 とはいえそこには、追い詰められた犯人の姿も、事件を追う刑事の姿もない。
 あるのは探偵……いや、年若い騎士が一人立っているのみである。
 黒き瞳に映るのは、彼方まで広がる青と白の世界。
 山吹・慧(人間の玄武拳士・f35371)はその双眸を穏やかに細めると、躊躇なく大地を蹴って崖下へと身を躍らせた。

 強風が黒い髪を、黒いマフラーを激しく靡かせる。
 崖下には何もない。
 打ち寄せる荒波も、凪いだ水面もありはしなかった。
 あるのは空であり、ブルーアルカディアの雄大なる雲海であった。

 広げた腕に大気を掴めば、腹の底から湧き上がる高揚感。
 日の光を浴びた髪は次第に赤みを帯び、瞳も琥珀色へと染まってゆく。
 纏う衣もまた真白へと転じ、その背には淡く光を帯びた……一対の翼が現れていた。

 まるで天使のような、純白の羽で大空を抱く。
 真の姿を晒したその身は、自由落下という物理法則をも捻じ曲げて、力強く舞い上がった。
 その先に広がるのは、どこまでも続く冒険の空!!

「……フフフ、成程これは悪くない」

 慧の口元に、誰に向けるでもなく笑みが零れた。
 偶には羽でも伸ばして来いと、そう言ったのは騎士団の誰であったか。
 半ば強引に取らされた休暇であったのだけれども、思っていた以上に楽しんでいる自分がいる。
 文字通りに伸ばした羽の先に感じるのは、ブルーアルカディアという一つの『世界』であった。

 雲を縫い、風に乗り、羽ばたき一つで天高く翔け昇る。
 時に疾風の如く駆け抜けて、時に木の葉の様にゆらゆらと舞う。
 縛るものなど何もない、ただ心の赴くままに、自由気ままな空の旅へ。

 慧は猟兵だ。これまでも多くの戦場を渡り、幾つもの空を駆けてきた。
 しかし他のどの空よりも、この世界の空を心地よく感じている。
 真の姿を晒せば猶の事、己の中の何かが解き放たれる、そんな気がした。
 このままどこまでも、どこまでも飛んでゆけそうで。
 ……フフ、フフフフフ、フフフフフフフ!

 ――ゴンッ!!
「痛いっ!」

 何かにぶつかった。強い衝撃に呻き声が出る。
 痛む頭を押さえながらも振り向けば、小さな浮島がそこにあった。


「……やれやれ、夢中になり過ぎるのも考えものか」

 猟兵の体はそれなりに頑丈である、大岩にちょっとやそっとぶつけたところで、大した怪我にもなりはしない。
 それでも痛いものはやっぱり痛いのだ。ちょっとだけ涙目になりながら、空の小島へと腰を下ろす。
 誰もいない、草木に覆われた小さな島。
 そこから見下ろす空の景色は、降り注ぐ日の光を浴びて輝いていた。

 綺麗だと思う。美しいと思う。
 そしてどこか懐かしくも感じるのだ。
 この世界を知ってから、まだ2年も経っていないというのに。

 慧はこの世界の住人ではない。生まれも育ちもシルバーレインだ。
 銀の雨降る大地に生まれ、銀誓館学園の能力者として戦いに身を投じてきた。
 今もまた大切な人の力となるべく、欧州人狼騎士団に所属している。
 この世界へ来たのは猟兵として覚醒してから、世界を渡る力を得てから後の事であった。
 そうだ、それまではこんな空の世界があるなんて、全く思いもしていなかったのに。

 頬を撫でる柔らかな風に、そっと目を閉じる。
 瞼の裏に感じるのは、温かな日の光。
 渡り鳥だろうか、遠くに鳥の鳴く声がした。
 深く息を吸い込めば、かすかに甘い香りがする。
 改めて足元に目を向ければ、小さな花が凛と咲いていた。

 焼け落ちた木の枝、崩れた岩肌、戦いの痕跡もまたそこかしこに見える。
 アルカディア争奪戦では、ここも戦場になっていたのだろうか。
 あの時は慧もまた仲間と共に戦った。勝利を収め、カタストロフを防いだのは猟兵側だ。
 しかしまだ、この世界のオブリビオン・フォーミュラを倒したという訳ではない。
 眼下に広がる雲海の下には、今も屍人帝国があり、多くのオブリビオン達が命あるものへの襲撃の機会を狙っている。
 それは慧にとっても、決して見過ごせるものではなかった。
 自分のあるべき世界はここではないけれど、それでも。

「……この空の為に戦おう」

 両の翼を空へと広げる。
 胸に刻んだ決意と共に、慧は再び大空へと飛び立った。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年08月07日


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