「わぁ……!」
たからは新しく誂えてもらったお洋服に身を包み、ジャックと共にマリネロの街に来ていた。
というのも、たから自身がエルグランデに遊びに行きたいと言っていたので、燦斗が連れてきたのだが……司令官補佐たる燦斗には大量の仕事が残されていたため、彼が連れてくることは叶わず。
そこで「暇でしょ?」という理由からジャックに頼んだところ、最初は彼に眉根を寄せられたが、たからがまだ6歳という事実を聞いて快く引き受けてくれた。
マリネロの街はとても大賑わい。
街の北部にある海水浴場で海開きも行われており、自然と街の方で買い物に出向いてから向かう人も多かった。
そのため、たからははぐれないようにとジャックを視線で追いかけ、小さな足で彼に追いつこうとしていた。
「あっ……!」
ところが、人が多すぎるというのも難点だ。
たからはジャックに追いつこうと必死に走ったが、足元の小石に気づかず転んでしまう。
音でジャックもたからが転んだことに気づいたみたいだが、人の波が多くて彼女へ辿り着けない。
これはまずい。迷子になってしまう。
精神が6歳なたからにとっては、ただただ恐怖でしか無い。
けれど、そんな彼女に手を差し伸べる人物が1人。
「大丈夫?」
琥珀色の髪の毛に、隈の酷い四白眼。
気だるそうな顔をしているヴィオット・シュトルツァーがたからの身体を支えて起こしてくれた。
彼は買い物に来ていたようだが、転んでしまった彼女を見て「怠惰なんか知らねぇ!」の勢いで助けてくれたのだ。
「大丈夫か、嬢ちゃん」
「あう、あう……」
「怪我は……してないな。大丈夫そうだ」
ジャックが合流し、たからの身体に怪我をしていないかどうかを見てもらう。
と言っても外見は骨なので、怪我も何もないのだが。
ホッとした様子のジャック。これで怪我でもしていれば、よその子を怪我をさせてしまったという罪悪感がのしかかってしまうので、怪我がなくて本当に良かったと安堵する。
しかしそんな彼に厳しいツッコミを入れたのが、ヴィオットだった。
「ジャック、ちゃんと手ぇ繋いでやれや。幼い女の子やぞ、ちゃんと守ったれや!」
「うるせぇ! 俺と嬢ちゃんの背丈じゃ亜脱臼起こす可能性あるだろうが! そこらへん慎重になっとるわ!」
「はあぁ~? お嬢さん転ばしといてどの口が慎重や言うてんのや、俺を見習え!」
「黙れロリコン!!」
「お前もやろがい!」
――はっきり言おう。これはロリコン共の言い争いである。
既に2人共燦斗から「たからが6歳」という情報を聞いているため、このように言い争いが起きる。
その言い争いはもちろん街の人達にも目につくし、なんなら近くでヒソヒソ声も聞こえてきている。
なお近くでソフトクリームをペロペロと舐めているコンラートやルナール。止める気もなければ、笑ってその光景を眺めていた。
だがたからは『自分のせいで2人が喧嘩している』という状況を耐えきれず、思わず2人に突撃した。
喧嘩はダメだということぐらいは、6歳の子でもよくわかっている。
「け、け、喧嘩は、喧嘩はだめーー!」
「うおっ」
「おあっ」
これには流石にジャックとヴィオットも止まらざるを得なかった。だって、女の子のお願いだから。
そんな2人の様子にコンラートとルナールは大爆笑。予測可能回避不可能な出来事なので、余計にツボに入ってしまったようだ。
「えっと、転んだのは、たからのせい。だから、ジャックさんと、ヴィオットさんは、喧嘩しちゃ、ダメ!」
「くっ……! 仕方ない、喧嘩は終わりだヴィオット!」
「しゃーないな! 女の子にこう言われちゃ喧嘩止めるしかなさそうや!」
「だな!!」
ガシッと強い握手を交わしたジャックとヴィオット。
女の子に弱く、言われてしまっては成すすべがないのはどちらも同じ……ということだろう。
なおこの光景を見ていたコンラートとルナールのコメントは以下の通りである。
「ルナールさん、アレどう思います?」
「素直に気色悪ぃなって思った。彼等はなんなんだ?」
「ジャックは知らんけど、ヴィオくんは純粋にゆりかごから中学生まで見守るタイプなんで……」
「おい独身。1番駄目なやつだろ。おい」
……そんなツッコミを入れても、ヴィオットの耳に届くことはなく……。
●
とてとてと小さな歩幅で歩くたからと、両隣を守護するジャックとヴィオット。
そしてその後ろからさも「無関係です」を装うコンラートとルナール。
その光景は傍から見るととてもシュールだ。特に後ろの2人は、無関係を装うのは無理があるんじゃないだろうか? と言えるほど。
しかし、そろそろお昼が近い。
そこでたからは近くの小さなレストランに入ろうとジャックとヴィオットを促し、後ろにいた2人にも声をかけた。
「おや、嬉しいね。では食事代は私が払おうか」
「いよっ、太っ腹~。たからちゃん何食べるー?」
「えっと、えっと……」
コンラートに促され、外に立てかけられたメニュー表を眺めるたから。
海の町というだけあって海鮮系のメニューが多く、何を食べようかとページを何度もめくっては戻してを繰り返す。
その間にもジャックはアイスコーヒー、ヴィオットはアイスクリーム、コンラートはパンケーキと順繰りに決めていた。
「じゃ、じゃあ、たからはこれ!」
「クリームソーダか。では注文しようか」
「うん!」
席に座って、注文した品を受け取り大人4人に囲まれる幼子のたから。
その光景は見る者によっては家族の光景に見えるかもしれないが、誰一人として血は繋がっていない。
けれど、ほんの少しだけ。ほんの少しだけ、たからは自分の世界での子供達の事を思い出していた。
自分の世界での子供達は親と一緒に海に行って遊んだり、一緒に泳いだり。そういったことはたからは経験がしたことがないが、いろんなことがあるという。
「ん? キミのご両親は……」
「ずっと、ずっと昔に死んじゃった。……たから、もうずっと昔に本当は死んじゃってるから、おいつけなくて」
「え"」
喉から死ぬほど嫌そうな声を出したジャック。
彼はどうやらオカルト関連が大嫌いなようで、でも女の子だから……と現在好きと嫌いを天秤にかけられている状態である。
しかしこれまで彼女に接しておいて、今更それはないだろうとツッコミを入れられたのでなんとか正常を保つことは出来ているようだ。
「……でも、それってつまり……」
「うん。ずーっと子どもだから、ずーっとひとりで、遊べないの」
「そっか……」
ここまで聞いたコンラートとヴィオットは、それならこの街の海水浴場に行こうかと提案を上げる。
永遠に子供のままなたからに、せめてもの思い出をプレゼントすることが自分達の出来る役割だろうと。
それを聞いて張り切り始めたのが、やっぱりジャックとヴィオット。
即座に甘味を食べ終えたあと、揃って水着を購入に走っていく。その速度、たからもコンラートもルナールも驚くほどに。
「あはは、まあそらそうなるよなぁ~」
「だろうな。……ああ、たから殿。浮き輪とかは必要かな?」
「浮き輪は……欲しい!」
「ん、了承した。では我々の水着は彼等に任せて、こちらで遊具を準備しようか、コンラートくん」
「あいあいさ~」
水着と道具を揃えて、海へ走り出す5人。
エルグランデの良き夏の思い出が、また1つここに生まれたのだった。
成功
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