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宴席で配偶者の話で盛り上がる景雅を前に、義紘は頑なに口を閉ざす。
賢好は言葉少なに慕情を語り、孝透も口を開く。
「
千聖は人を良く見ている――」
孝透は、妻へ向けるべき愛の言葉を持っていた。
だが、それ以上に深い愛もまた、知っていたのだ。
梓奥武・
孝透が九つの時分、
外邨家との不可侵が解かれた。
梓奥武家・馬舘家・内県家の『魔滅三家』とは不可侵であった。孝透の母である深雪の神隠しは内県家の騒動の余波によるものだとする考えも多く、外邨・
義紘は護衛として梓奥武の家の敷居をまたいだ。
八も年上の義紘を見た時から、孝透は他の誰にも抱いたことのない想いを抱いていた。
ずっと見ていたい、目を合わせたいのに逸らしたくて、視線と言葉の交わりだけでは物足りない……そんな思いが恋慕だと気付いたのは、初めて義紘と出会ってから数年後のこと。
孝透の元服の折に打ち明けられた想いの何もかもを義紘は受け入れた。
視線と、言葉と、それ以上の交わり。
秘められたそれらは何よりも甘く、幸せな時間はしばし続いた。
「……」
思い起こすだけで喜びが花開く記憶は、妻との思い出ではなくとも、義紘の胸を確かに灯す。
――だが、義紘が誰かにそれを語ることはない。
この関係を公にすべきではないと分かっていた。たまたま知ってしまった双子の妹以外の誰にも気取られることはないまま孝透は二十を過ぎ、出会った頃のあどけない少年は冷静沈着な武人へと育っていた。
義紘は家の決まりに従って妻を持たなかった。縁談こそ舞い込んだものの、のほほんとした笑みを浮かべてのらくらとかわす。
「甥に継がせますのでー」
そう言っては甥――妹の一人息子の名を挙げる義紘だったが、孝透はそうではなかった。
孝透自身に家を継ぐつもりはなかった。義紘との関係を保ちたかったのもあるし、歳の離れた異母弟は優秀だった。梓奥武家の当主を継ぐ者は、彼が良いと思っていた――だが、周囲はそうではない。
ある時持ち込まれた縁談で、相手方が指定した男の条件は『深雪が産んだ男』。
三人
姉弟を見渡すまでもなく、当てはまるのは孝透ただ一人。加えて梓奥武の当主、孝透の父は縁談に乗り気で、義紘に内実調査を頼んだのだ。
かくして始まった調査の結果は、梓奥武家には都合が良く、義紘にとっては最悪の結果だった。
財力に問題はない。梓奥武家が望んでいた属性なしの霊力持ちで、あえて欠点を挙げるなら忍びを下に見ることのみ。
それも婚姻には問題のないものだから、張本人である孝透を捨て置いたまま千聖との結婚は決まってしまったのだ。
孝透が気付いた時には、既に取り返しはつかない状況……慌てた孝透は恋人である義紘に弁明しようとするのに、義紘はにこりと笑うばかり。
「おめでとうございますー」
祝福を受けた孝透は思い知る。
(この人が知らないなんて、どうして思ってしまったのか)
婚儀を遮るものは何もなく、孝透は千聖を伴って梓奥武家の当主に収まった。
孝透の中には、妻に迎えた千聖への愛は芽生えた。
義紘を下に見るような物言いは静かに窘めて、千聖は物の見方を変えた。芯こそ強いが我儘ではなく、普段は物静かな様子の千聖の様子は、孝透には好ましいものだった。
淑やかに微笑む千聖が微かに顔を傾けると、黒髪には濃い紫が差し込む。見事な艶を持つ髪の美しさに目を瞠れば千聖の笑みは深まり、その笑顔に愛しさを感じることもあった。
義紘は時おり孝透の家を訪ねた。
恋人としての関係は、義紘が祝を告げた時に終わっていた。義紘への恋慕に気付くにも数年かかるほど鈍い孝透は、心の底に義紘への想いが残っていることにも気付けずにいた。
訪ねた義紘と話し込んで夜遅くなり、孝透や千聖が泊まるよう促したことは何度もあったが、義紘は頑なに固辞した。
やがて千聖は孝透の子を身ごもった。
孝透の強すぎる霊力を受けた千聖が膨らみ始めた腹を抱えて臥せった時には、他の三人の協力を仰ぎながら、霊力吸収のお守りを作った――夫からの愛を十分に受け取っていた千聖だが、それでも疑問は去来する。
(何で私、挟まってしまったのでしょう)
孝透が義紘を見る時、視線には恋慕の情が伺えた。
千聖の焦茶の瞳は絶えず孝透を追い、思考を読み取ろうとし続けた。
そうして見つめていたからこそ、孝透と義紘が想い合っていることは分かっていた――そこに入り込んだ己の無粋さも、理解していた。
縁談を勧めた親と家の都合を疎ましく思ったこともある。
とはいえ、孝透と千聖の間にある想いも偽りではない。複雑な想いを抱えこそすれ、孝透と千聖は穏やかな夫婦生活を営んでいた。
●
義紘は生涯独身を貫いた。
酒盛りの場で、配偶者の惚気に話が及ぼうとも義紘には語る言葉などなかった――そんな義紘を見かねた馬舘・景雅は「結婚せんのか」と縁談を勧めることもあったが、義紘は「いやー」と笑みを崩さないままだった。
――女系優先の外邨家において、男女の双子で生まれた男児を殺す家訓があったことは、死後に明かされたこと。
義紘は本来、神隠しでやってきた羽衣人が命がけの加護を施さなければ命はなかった。
「そうだったのか……」
命を失い、四悪霊のひとつとなってからそれを知った孝透は――他の二名もだが――ガクリと肩を落とした。
「それは……その、何だ……」
何を言ったものかとモゴモゴする景雅に、義紘は生前と変わらぬのほほんとした笑みを向ける。
「構いませんよー? 縁談を勧められると分かっていても飲みはやめませんでしたしー」
本来、魂に鬼を封じる役目を担うはずだった義紘は、外邨家に生まれた理由の全てを妹に取られていた。当主は妹婿の義弟でも構わないのだから、外邨家にがいる意義はなかった。
元服時に魂に鬼を封じなかったからこそ、髪と瞳は銀灰色を保った。
長年『不可侵』だった影響は強く、透孝に出会った十七の頃には全て終わっていてどうしようもない。仮に義紘が六十まで生きていれば、鬼化症候群によって鬼に堕ちていたことだろう。
(そして、鬼になったら。三人に討たれるのが最後の望みなのです)
気付かずに討たれる可能性も残っていたが、そうなる前にオブリビオンが彼らの命を終わらせた。
だとしても、最後の望みの一切が消えたわけではない。
その想い――四人で戦いたいとの願いが、そして孝透の中に残っていた恋慕が影響をなし、馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)は今の姿を得た。
もしも孝透が真の姿を明かすことがあれば、それは『雪消鬼』と呼ばれる姿。
白を纏い、白き髪を広げ、白き弓矢を携える、氷の角を持つ姿を取る原因こそが、恋慕を含む想念なのだ。
――義紘の真の姿の一つ『風絶鬼』は、纏う装束こそ紺色だが、髪は銀色がかり、頭には雪消鬼と同じく二本一対の角を生やしている。
風絶鬼と対になる姿を得る理由は、一つきり。
(愛する男が鬼に堕ちるのならば、自らも鬼になってみせましょう)
一番愛した女は千聖だとしても。
(一番愛した人は、あなたなのですから)
成功
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