雨夜に昇る月導のひかりを
篠突く雨が降っている。
打ち付けるような視界白むほどの豪雨に肌痛める者など、此処には誰もいなかったけれど。
転がる骸は全て、ここの住民と思しき存在。
そこは幾つもの絶叫が反響した、道。吹き上がる恐怖と共に、迸る悲鳴や怒号。
聞きつけたエミリヤが急行した頃には、噎せ返るような血の臭い満ちた中、滴る血潮の水溜まりを大輪の如く咲かせていた。
「……――、」
『
対象を発見。これより殲滅へ移行』
はっきり言って、あんまりな光景に一瞬エミリヤが息を呑むのも仕方のないこと。
ここは戦場でも何でもない、ただの“街”。本来死ぬ必要のない人々が骸となる様は凄惨の一言では片付け難き悍ましさ。
突如響いた声に咄嗟にエミリヤが振り返れば、視界が白く煙る雨の中そこに居たのは鏡写しの様に自分とよく似た少女が一人。
酷く機械的な口調は意味不明だが、一目見た瞬間にエミリヤはその少女が自身の遺伝子を使い“造られた”と全てを察してしまう。
恐らくでも何でもなく、今は無き研究所の生き残り達が威信をかけ“エミリヤ・ユイク抹殺計画”でも練ってこの少女を造ったのだろう。
恐ろしき彼の研究所が未だ現役で稼働していた頃、“そういう者”をエミリヤは散々見た。
思考を上書きされ、元々の性質の中でも利用しやすい点のみを引っ張り出し稼働させる――……それは到底“人”として許される行いでもなんでもない。
そう、偽エミリヤ――否、クローンと激しく剣戟交わしながらエミリヤは並列に考え続けていた。
「一体どうやって造った……?研究所は疾うに私が徹底的に潰したのに……!」
そう口にしたエミリヤが手を止めたのは、コンマ一秒ほど。
飛び掛かり勝者鳴く刃揮う偽エミリヤの剣戟を捌く手を止めないまま――……ふと、気付いたのだ。
サイバーザナドゥというこの世界は、秩序の皮をかぶった無秩序なだ。
エミリヤを造った研究所さえ、この国の一部層の住民には消費する娯楽だ。そしてその娯楽の続きが見たいと……そんな下らぬ願いを叶えることが者は……?
非人道的な行いを許し、場所の提供が出来るほどの財力がある者――……それは、
「……っ、メガコーボッッ!!やはり
奴らはあの場で根こそぎ狩るべきだった!」
『――エミリヤ・ユイク、回避。次は速度を上昇させます』
揮われる刃の更なる強襲を察知したエミリヤが即座に身を翻せば、偽エミリヤが即座に対応し、更に苛烈な攻防が火花を散らす!
「甘い。その程度で私と戦おうと言うのか?――笑止!!」
『……ぐっ!』
常に蒼煌眼を輝かせながら、言葉無くとも瞬間並列思考でエミリヤは考え続けていた。
恐らく、打倒した研究所の生き残り共は、エミリヤの力を体感したからこそ細胞をベースにエミリヤに反逆されたことに危機感を持ったのか、逆にその性質を利用しようと至ったのだろう。
だから――生き残った研究者共がクローンNo.f■■■■■ 個体名:ホロウ・―――――。以下ホロウを造ったのだ。ナンバーも名前も、擦り切れ掛けのラベルがちらりと見えたから。
しかし、
「よりにもよって、私の遺伝子を弄ぶとは、な――!」
『……私が貴女を殺す。オブリビオンマシンを喰らい、悪を敷く――!これ以上、貴女に邪魔はさせない!!』
瞬間並列思考でフェイントを織り交ぜながら駆け、叫んだ偽エミリヤ――……否、ホロウの側面に回り込むと、思い切り脇腹蹴り飛ばし姿勢崩させる。
相手が息を呑もうが何だ、追撃するように斬り込めば激しい火花が散り、エミリヤがホロウを圧倒する。
力で圧倒すると同時に、小傷刻みながらも戦っていたエミリヤは気付く。もしも逆の立場なら、今私はどうする?と。
『っ、私は!!』
「その程度がなんだ
……!!!」
“意思を燃やし抗う”ことなど疾うに予測済み。
いくらクローンにエミリヤ譲りの強い意志があろうと、オリジナルであるエミリヤが負けるはずもない!
『はぁぁぁぁぁあああ!!』
「――そんな炎程度、斬れる」
エミリヤに躊躇いなど存在しない。
迷いなく向かってくるホロウの纏う黒き悪意の炎を断つと、優雅に向けた剣の切っ先を閃かせながら地を蹴って――……ふと、エミリヤは思う。
「(ホロウも、被害者?)」
目の前のそっくりな存在。それは往生際の悪い生き残りの研究員共が持てる情報と道具、
術を寄せ集め、望んでもいないのに“造られ”、“改造された”エミリヤによく似た存在――ホロウ。
纏う漆黒のボディスーツは雨という視界の悪い中、常人であればホロウの存在を視認させなかったことだろうが、エミリヤは違う。
それこそ、ホロウの扱う刃は化け物級と言って差支えは無いだろうが、如何せんただ何もない空間で争っているわけではない分、“戦闘経験”が物を言った。
「――どんな敵であっても、私の湧き出る無限の焔の意志を消すことはできない。そんなにやわじゃないんだ……舐めるなよ!」
『お前はっ!!お前は私が斬り捨てる!!!私の意思は――!』
世界白むほどの豪雨が、なんだ。
打ち付けるような雨粒であろうと、所詮は雨粒。
振り切り斬り飛ばし、払いのける。この世に恐れるものなどそう在りはしまい。
エミリヤ・ユイクという意志の怪物にとって、全ては些事だ。
「(あぁ……何故悪は消えないのか)」
その“全て”から唯一、いくら殺そうと芽生え続ける“悪”を除いて。
“悪”とは――……・殺しても殺しても殺しても芽生え、一か所圧し折ればまた一か所新たに生まれてくる、忌まわしき存在――悪!!
「……例え、悪しき者共が終わらなかったとしても」
『っ、く』
それこそ、エミリヤの遺伝子を使い勝手に作られた存在だとしても……剣を交わす内、エミリヤの“こころ”に芽生えたのは僅かばかりの情けが芽生え始めていた。
『私はっ!お前なんかに負けない――!』
「……どんな敵であっても、私の湧き出る無限の焔の意志を消すことはできない。そんなにやわじゃないんだよ。舐めるなよ、貴様らその程度の武装で私を止められるとでも思っているのか?」
ホロウの言葉にフーッと深く息を抜いたエミリヤが吼えるホロウを見る。
「……
悪は、倒しても倒しても湧いてくる。いくら悲しみ嘆きながらも無駄だとわかりつつも決して消えず、私から逃れた者により苦しむ人々が今日も現れる」
エミリヤ自身、自信が万能でないことを十分に理解している。
それでも尚最善を求め思考し、試作し続けながらサイバーザナドゥの理不尽に抗い続けているのだ。
「ならばこそ、私はせめてもの懺悔として目に入った悪を滅しよう」
『関係などない……私が貴様を滅し、成り替わる。“エミリヤ・ユイク”に私が成る――!』
「はっきり言うがあなたでは無理だ。何故なら悪に苦しむ人々に明日と希望を与えることなど、出来はしないしする気も無いだろう?」
次元切る刃捌く手は苛烈に。しかしエミリヤ自身の心も瞳も、凪いでいた。
畏れるべきは“力”の使い方。暴走させぬように、しかしその一歩手前の綱渡りだが最高値を維持して揮う。それでも、更にその上を行くものは世界中にいるとしても。
『……なんだあれは』
遠く隠れ潜みエミリヤの敗北を見届けんとしていた残党は口々にエミリヤの名を呼び震えていた。
以前の苛烈さ、幼さも越えた先に、エミリヤが達していたから。
「例え私の体がどうなろうと、“私”は滅びない。因果律を越え――
悪を滅す。そう、お前らが私を大きく変えたんだ」
『――、』
その
UCは世界を越える。
「焔奏せよ、全ては
悪を滅殺するために。滅びの運命に焔奏を奏でよう――!」
UC―
終焉の救世恒星―!
エミリヤ・ユイクが箒星の如く全て平らげれば――……残ったのは、生きるべき者のみ。
倒れ伏したホロウの手から落ちた刃を納刀し、淡々とした言葉で残党斬り捨てたエミリヤはホロウを抱え昏き瞳で空を仰いだ。
雨は止み、静かに閉じ裏へ消える背を月が見送った。
以下、参考程度にお役立て下さい。
クローン名提案:ホロウ・リュヌ
ホロウ:英語でHollow
リュヌ:仏語でlune
名称イメージ:具体性はなく、指示に従うだけが全てだったクローンは、煌々と煌めく月夜に新たな世界に出逢う。
設定の提案:救い出してくれた母 エミリヤは、何も知らず訳の分からぬ憎悪に苛まれていた私を救ってくれた。“いのち”を救うことを、慈しむことの仕方はまだ分からなくとも、母の“いつか分かる”を信じ、今宵もホロウは黒を纏い、月夜を翔ける。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴