――アックス&ウィザーズ。
かつては森、今は大半が焦土と化した場所に忽然と現れる人影が4つ。その全てが12~13歳前後の子供達だ。
全員が同じ顔で同じ背格好。だが明らかに人間とは違う背中の黒翼が、彼らが異形である証を物語る。
彼らが顕現したのは何かの魔術か奇跡だろうか?
……ある意味は正解と言えるだろう。
しかし、彼らは一度完全な死を迎えている。
つまり彼らが蘇ったのは、骸の海から零れ落ちた『過去の残滓』……オブリビオン化の影響だ。
他の猟兵達はもしかすると、他の強力なオブリビオンに使役される彼らと交戦したことがあるかもしれない。
そのユーベルコードはどれも彼らの『生き永らえたい』『死にたくない』という悲痛な心願の叫びから顕現しているようにも推察できる。
だがこの4人のオブリビオンは幸運にも周囲に彼等以外の存在はおらず、ただそこに産み落とされた。
そして4人はほぼ同時に意識を取り戻した。
「う、ううん……みんな、起きて?」
リーダーらしき少年(仮称Aとする)が他の3人の肩を揺り動かす。
するとB・C・D(と仮称する)がゆっくり体を起こす。
「あれ? 生きてる? ……僕達……死んだんじゃなかったのかな……?」
Bが頭を振って意識が途絶える前の記憶を辿る。
Cも同様に記憶を呼び起こすと、確信的に告げた。
「確かに死んだはず……だよ? ……これ、上級の奴らやお父様が言ってたオブビリオン化……かな?」
「それじゃ……あの猟兵の女の子に僕達、やっぱり殺されたんだね……つまり……『また』殺されるの……?」
Dの不安の声に他の三人の顔色がみるみるうちに青くなってゆく。
「やだ……怖い……! やだよ……もう死ぬのは嫌だよぉ……!」
震えるBにリーダーのAがその肩を抱き寄せる。
「だ、大丈夫だよ! 周りに人はいないし、今は森の中へ隠れよう……!」
CもDも無言で首肯すると、周囲を警戒しながら今も健在な森の奥へ進んでゆく。
その過程で、森には自分たち4人しかいない事を徐々に思い知ってゆく。
「誰も、いないね……?」
「研究所も抉り取られたみたいにポッカリと消えちゃってたね……」
BとDが研究所の周囲を探索して戻ってきた。
Cは戻ってきた2人へ問い質した。
「あの子は……いた……?」
これにBが首を横に振った。
「あいつは……カシムって呼ばれてた奴は、いなかったよ」
「僕等は名前がないけど、不思議と個人個人の識別が出来てるからね……カシムがいれば、すぐわかるはず」
Aが腕組みして焚火の炎を見詰めている。
ここでDは急に目尻に涙を讃えて声をかすれさせた。
「……よかった……あの子……カシムは、殺されなかったのかな?」
「まだ僕等みたいに復活してないだけなんじゃ?」
Bの推察をAがすかさず否定する。
「いや、あいつは『廃棄物』の中でもなんだか変な奴だったから、すぐ認識できる。あいつは……生きてるよ」
「僕も同感。意外と近くにいたりして……ね?」
Cの楽観的願望な発言に、他の三人が思わず笑みをこぼした。
さて、現状確認はこのくらいにして、今はこれから生き永らえるにはどうするべきかを考えなくては。
幸い、半焼したとはいえ森は健在。探せば食せる植物や動物がいるはずだ。
近くに小川もあるので水の確保も容易だ(念のため煮沸消毒はするべきだろう)。
あとはここへ足を踏み入れる『外敵』に警戒しながら、サバイバル生活を送らねばならない。
しかしサバイバル生活に必要な道具や知識が、蘇ったばかりの彼らに都合良くあるはずもなく……。
「見て! あんなところに何かの道具と書籍があったよ!」
「狩りやサバイバル生活に使えそうなものばかりだ!」
「この書籍も文字は読めないけど……サバイバルの知識になりそうな絵図が書かれてるよ!」
「旅人がうっかり……置き忘れたとか?」
……サバイバル道具一式、本当に都合良くあった。
本は異世界の言語で書かれているらしく、さっぱり読めなかったが精巧な絵図(※写真)のおかげで彼らは日に日にサバイバル生活を充実させていった。
道具も使いこなあしてゆき、日を追うごとに改良や自作も出来るようになった。
そして、早くもちょうど一ヵ月目のある日の事。
「皆ー! 猪が獲れたよ!」
サバイバル生活当初、怯えて夜が来るたびに泣き腫らしていたDは今やすっかり逞しくなった。
この日は自分の身体よりも大きな猪を仕留め、誇らしげに引きずって陣地まで戻ってきたのだ。
「凄い! 今日はご馳走だね!」
Bが石を研磨して作った包丁を持ってDを出迎える。
リーダーのAは最近焼き上げた土器を切り株のテーブルの上に並べ始めながら笑顔で提案する。
「それじゃ、これからパーティしよう!」
「なんのためのパーティ?」
Cが薪を石鉈で割りながら問うと、何故か猪を狩ったDが口を挟んでくる。
「ええとね……皆で今日も生き延びられた記念のパーティ!」
Dの笑顔につられて、AもBもCも、満面の笑みを浮かべた。
「うん! それいいね! 美味しいご飯も食べれるんだから、今日は記念日だ!」
「ちょうど猪の新しい食べ方を試したかったんだ! ほら、この間見つけた、捨てられてた小瓶の山の中に香辛料っぽいのがあってね! 猪肉に振りかけて焼いたり煮込んだりしたら、臭みが消えて食べやすくなるかも?」
「骨は新しい道具の素材にするから、きれいに洗っておいてほしいな。頭蓋骨は兜になりそうだし!」
その日は4人ともワイワイガヤガヤと賑やかに猪肉料理を囲んで楽しく飲み食いをし、満腹になったらお互いの寝床へ戻ってスヤスヤと眠りについていった。
その数日後、Aは他の三人へ重大な事実を打ち明けた。
「この森に……侵入者がいる」
「「ええ
……!?」」
戸惑う3人に、Aは今朝見つけた侵入者の痕跡を提示した。
それは、太陽の日差しを受けて銀色に輝く一本の糸だった。
「それは……なに?」
Bの疑問にAが即答した。
「頭髪だ……しかも、多分、女の……」
「ひっ……! もしかして、猟兵……?」
Cの声が裏返る。
Dも急に周囲を見渡してソワソワと狼狽える。
「ど、動物の毛じゃないの?」
「それは違う。こんなに長い毛の動物は、この森にはいない。それに……この毛、すごく魔力を感じない?」
Aのいう通り、その銀の毛には僅かだが強力な魔力が宿っていた。
4人は一気に平穏な生活を脅かされてしまう。
もともと『弱い』存在だった彼らが掴んだ平和は、見えもしない脅威によって終焉する。
その日から彼らは武装し、日替わりで森を警備し始めた。
「……きっと僕らは何時か猟兵達に殺される……」
Aが手製の槍を抱えて周囲を見渡す。
「それなら今は……」
Bが見えない敵に怯える。
「今という時間を大切にしよう。きっと僕らは逃げられない……から」
Cは不安を呼吸と共に吐き出す。
「強いオブビリオンに見つかったらきっと利用されるし…ね」
Dは自分たちの弱さを肯定せざるを得ない現実に絶望する。
だとしても。
「でも……それまでは」
「「僕等は……精一杯生きるんだ
……!!」」
そして今日も、見えない恐怖と隣り合わせで暮らしてゆく。
彼らの精神は徐々に蝕まれてゆき、狂気に呑まれてしまうだろう。
……それがただの勘違いだった、としても。
「バカヤローが……髪の毛を拾われるとか凡ミスかましてんじゃねーよ……!」
光学迷彩を纏った2人組のうち、彼らと顔付がそっくりな少年が銀髪少女の鼻の両穴に二本指を第二関節まで突っ込んで怒りを露わにしていた。
一方、鼻に指を突っ込まれた銀髪少女は、被虐による快感からか白目を剥いて身悶えしていた。
「おぅふ♥ ごめんなさいご主人サマ♥」
カシム・ディーン(小さな竜眼・f12217)と相棒のメルシーは、あの4人の生活を定期的に視察していた。
彼らが不自由しないように食料品や生活雑貨、そしてサバイバル生活に必要な品々を、それとなく森の中に点在させて、陰ながら彼らをサポートし続けていたのだ。
しかし、自分の相棒が要らぬ恐怖を招いてしまったことにカシムは激昂していた。
「……別にあいつらを殺すのはいつだって出来る……だがあまりにも不憫すぎるだろ。だから戦える術を覚えてもらわなきゃ、僕も戦い甲斐がねーからな? それを台無しにしやがっててめーは……!」
「で、でも、メルシーのおかげで警戒心が芽生えたよ? 一概に悪い結果じゃないよ? それに……ねぇご主人サマ……本当にあの子達を殺すの?」
メルシーの見透かすような質問に、カシムはメルシーの鼻の穴から指を引き抜き、汚れた指先をメルシーの着るワンピースに擦り付けながら答えた。
「……今そんな気分じゃねーよ。彼奴らが一般人をぶっ殺すなら容赦しねーが……今は殺す理由はねー。つか、あんな雑魚共、このカシムさんが手を下す必要はねーよ、はん……!」
カシムが踵を返して森を出てゆく。
メルシーはなんだかニヤニヤしながらその背中についていった。
「うん、そうだね☆ ご主人サマはご主人サマの思うままにすればいいんだぞ☆ メルシーはそれを助けるだけだしね☆」
「うるせー。そこの狩った猪を気付かれそうな場所に置いたら本当に帰るぞ?」
カシムが仕留めた猪を移動させ、スタスタと足早に移動する。
メルシーは後ろを振り返り、カシムに問いかけた。
「ねえご主人サマ? あの子達って、もしかしたらご主人サマを守って、その代わりに……」
「はっ……知らねーよ……。僕は覚えてもいねーしな?」
メルシーの見解は間違いだ。
カシムはこの地に戻ってきたら、全てが終わっていたのだから。
あの時に出会った少女……あれは、一体誰だったのだろうか……?
「また、あいつが此処に来なけりゃいーがな?」
カシムは独り言ちると、上空に待機させてる飛空戦艦『竜眼号』に乗り込み、世界の境を飛び越えたのだった。
成功
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