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都内、某ホテルの最上階は貸し切られ、煌びやかな社交場と化している。
大企業の重鎮や実業家が揃うパーティ会場では、今宵も駆け引きが行われていた。
「――いかがですかな?」
パーティ会場の中心において、一人の男が別の男へ囁きかける。
「御社にとっても悪い話ではないでしょう。ぜひとも我が社の発展にご尽力願いたく……」
そう囁く男は実業家で、痩せぎすな顔に笑みを張り付けている。実業家の男の笑みを受けた男は丸く肥えた顔を困ったようにあちこちへ向けるが、見えるのは実業家が連れてきたSPたちの無表情ばかりだ。
ギョロリとした、やけに左右の離れた瞳を持つSPたちは微動だにせず男を囲んでいる。
実業家から持ち掛けられたのは、投資の話だった。この男も大企業の社長であり、動かせる金は多い。
だが、実業家の言う話には何かきな臭いものが感じられてならない……どうしたものかと頭を悩ませていると、男に呼びかける声があった。
「お父様」
見れば、そこには麗しき美女の姿がある。
「……ほう」
呟いて、実業家の男は彼女をじっくりと眺めだした。
あと少しで下着が覗けそうなほどきわどいスリットからは白い素足が延びている。デコルテや肩、背中を露出するドレスは身体の稜線を美しく際立たせる。黒一色にも見えるドレスはシャンデリアの証明を浴びると青紫を帯び、彼らに鴉を連想させた。
「お父様、お客様がお呼びよ」
「うむ? ……うーむ、そうか」
自身を『お父様』と呼ぶ彼女について、社長である男は心当たりがない。
しかし、何にせよこの場から逃れられるのであればと、男は彼女の言葉に従うことにした。
「では、私はこれで失礼いたしますぞ」
そそくさと男が立ち去るのを見送って、彼女は実業家の男に向き直る。
薄く化粧を施した美貌はどこか冷たく、そんなところも実業家の好みだ。
「お話の途中だったのにごめんなさい。お父様へのご用事、私が聞いても良いかしら?」
「勿論だとも」
目を細めて笑う実業家がSPに合図をすると、SPたちは二人のために道を空ける。
「君は美しい。ゆっくり話を聞きたいものだね」
告げる実業家の瞳を見て、美女――に扮した榊・霊爾は思う。
(うまく化けているようだが、瞬膜は隠せなかったようだね)
目の前にいる実業家は、本人に成り代わったUDC。
ヒトより爬虫類に近い顔の、あるいは指先に鱗を残したままのSPと比べればマシな擬態だが、霊爾の目にはバレバレだ。
――実業家本人は邪神教団に拉致されている。霊爾の目的は、邪神教団の情報を暴くことだ。
「さあ、こちらへ。君に似合いのカクテルをご馳走しよう」
UDCの言葉に微笑んで、霊爾は歩みを進めた。
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霊爾が艶めかしくカクテルグラスのふちをなぞると、
実業家は指先を熱心に見つめた。
「綺麗な指輪だ。よく似合っている」
実業家が霊爾の手を取る。指輪をはめた指に指が絡まりかけるが、霊爾はそっと身を引いて、やんわりと実業家を拒絶した。
「汚れるから触らないで」
「これは手痛い」
悪罵を受けても実業家は平然と肩をすくめる。実業家に触れられた手甲を払いながら、霊爾はこれからのことを頭の中で組み立てる。
パーティ会場の片隅にあるバースペースへ移動したことで気を良くしたのか、実業家は自ら邪神教団の機密を口にした。
(そろそろ頃合いだね)
黙っているだけでいくらでも情報が手に入る状況は愉快だったが、どうやら実業家は本格的に霊爾を口説くことにしたらしい。体に触れようとする実業家を払いのけるのにも飽きて、霊爾はドレスの深いスリットの内側に手を伸ばす。
「うん――?」
それに何を期待したのか、実業家が霊爾に顔を寄せる。
――その顔面を、刃が走った。
「ッ!」
霊爾が放った鵥が実業家の背後の壁に突き刺さる。
「お前……!」
SPたちが一気に霊爾に視線を向ける。
怒りに燃える瞳孔が縦に裂け、SPの姿が変容する――大トカゲに変貌した彼らに悲鳴が上がるパーティ会場で、霊爾は深く身を屈めて彼らの初撃を避ける。
「随分とせっかちじゃないか」
背後でバーカウンターが粉砕される音が響く中、五指の間に挟んだ鵥を一息に投擲。
「っぎ――!」
表皮を穿たれたSPどもはたたらを踏み、霊爾はその隙に手甲に触れてから両腕を左右に伸ばす。
「これでどうだ?」
霊爾が呟くと、手甲――鵙から展開された不可視のワイヤーがSPらの全身に絡みつく。
「っひぃぃ……!」
「女! この私を諮ったか!」
実業家も本性を現し、SPら以上の巨体を誇るトカゲと化している。
「ガアッ!!」
言語ごと人間性をかなぐり捨てた実業家、もといUDCが霊爾に飛びかかる。
「遅いよ」
しかし霊爾は冷静だ。
床に手をついて身を低めると、UDCの攻撃は空振りに終わる。狙いが外れてバランスを崩すUDCは、アップにまとめられた霊爾の髪の一本にすら触れられない。
「な
……!?」
UDCが驚愕の声を漏らす。
「ふッ」
手に力を込めれば、鵙から伸びる不可視の糸は張りつめてSPたちをより追い込む。
ギュウと絞られるようにSPたちの体が歪む――やがて肉体は限界を迎え、一瞬にしてSPたちの体は寸断された。
「――!」
断末魔を上げることすらできず、SPたちはバラバラに。
「邪魔者は失せた」
SPたちを見送ることもなく霊爾はUDCに肉薄、淀んだ姿を見上げ、冷貌に笑みを乗せる。
「最後は君の番だ」
「っこの――」
黒ずんだ爪で霊爾の首を狙うUDC。
対する霊爾は中指の鵙をUDCに向ける。金属爪がギラリと輝いた直後、二者の爪は正面から衝突する。
ギン、と鈍い音が響いて、両者の体がすれ違う。
UDCの首が吹っ飛び、霊爾のドレスの裾は優美になびいた。
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「これで戦いは終わりだね」
UDCの討滅を終えたパーティ会場は、少しずつ元の賑わいを取り戻し始めている。
パーティ会場に多数いた目撃者はみな、UDC職員によって記憶は抹消される。彼らは戦いについて忘却して、また日常へと戻ることだろう。
「さて……」
破壊されたバーカウンターもほどなくして元通りに。
無事だったカクテルグラスを引き寄せると、中の液体がかすかに揺れた。
「あと少しだけ、このパーティを楽しむとしようかな」
霊爾は妖艶に微笑み、グラスに口をつけた。
成功
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