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獣機関銃要塞~魂は霧の向こうへ消えて

#獣人戦線 #ノベル #戦線ロマンシリーズ

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毒島・雅樂




 生命っていうのは儚いものだ。
 だから自分はいつも秉燭夜遊と決めこんでいる。

 ……ケドよ、置いてきぼりは無シだろゥ?


●目覚め

 むせ返るような臭いが鼻に着き、毒島・雅樂は目が覚ました。
 身体を起こそう力を入れれば、右足に電流のような痛みが走る。
 見れば太ももに包帯が厚く巻かれていた。
「目が覚めましたか?」
 側にいた鹿の衛生兵が気が付き、呼びかける。
「いやはや、恐るべき回復力だ。足を撃ち抜かれて骨も削れたのに血は止まり回復の兆しを見せています……まるで昔話に聞くはじまりの猟兵のようですよ」
「半分は正解さねェ」
 身を起こし、雅樂が口角を吊り上げた。
 それで思い出した、自分がここへ来る途中で狙撃を受けたことを。
 相手は見えなかった。おそらくは姿隠しのユーベルコードだろう。
 虹彩異色の瞳が思案に沈む中、新たな来訪者が現れた。
「ご無事でなりより」
「|アンタ《ユー》が大将サンかい?」
 声をかけた虎の士官に気が付き問えば、くたびれた姿の虎は首を振る。
「アラシロだ、正確には間借りの身分だ……ここの主はあそこにいる」
 アラシロが顎を向ければ、そこには重機関銃の傍にたたずむ一人のネズミが居た。

「ここは元々、崖の中腹にある洞窟を使ったトーチカでね……吸うかい?」
 眼鏡に出っ歯の特徴的なネズミが煙草の箱を差し出す。
「あァ、悪イな?」
「湿気た銘柄だが、我慢してくれ。男所帯だしな」
 煙草を受け取った女の前で男が苦笑し、話を続けた。
「此処から切り立った崖の間に通る道が見渡せる。車一台は通れる程度な上に霧が立ち込めてて空からは攻撃は来ない。おかげでこっちはゾルダートを的に出来ていたが、先月から狙撃手が配置されて、それからはにらめっこが続いている」
 そこへアラシロが入り込み、雅樂の咥えた煙草に火を灯した。
「なので援軍と補給を兼ねて私達が来たのだが、この様だ。狙撃手はやり手のオブリビオン、こっちのスナイパーはもう土の下。私は遺族に手紙を書かねばならん」
「ソウか……そンな時に悪い知らせなンダが」
 明らかに遇するべき人物と認識され、むず痒い思いをしつつ竜神は口を開いた。
「もウすぐ、ここを攻メ落としに団体さんが来るさネェ」
 それが毒島・雅樂がここに来た目的だった。

「規模は?」
「完全充足の歩兵一個中隊。コレだけで分カると伝えラレた」
 アラシロの問いに雅樂はグリモアで伝えられた言葉を述べる。
「面倒だな……その規模なら砲は確実にある。榴弾一発でこっちはオダブツだ」
 ネズミが苦虫を噛み潰す。
「|対戦車砲《バズーカ》もあると考えると絶望的だな」
 虎の将校が溜息をついた。
「……逃げルのはナシかい?」
「無い」
 竜神の問いにアラシロは断言した。
「此処を抜かれたら、今交戦中の部隊の後方を取られる。足の速いウマの部隊一つで戦線は崩壊だ」
「レジスタンスも大変さね」
「それが軍隊ってもんさ、命令は遂行せねばならない。お偉いさんも苦境は分かってる、なので少尉殿は少しでも生き残らせようと俺より頭を捻ってる」
 少尉の言葉に雅樂は少しだけ皮肉を返し、機関銃手が窘める。
 三人が空を仰いで煙草の煙を吐いた。
「とは言え、陣地を作っている暇はない。その間に撃たれて終わりだ」
「だが、ここは切り立った崖に挟まれた道。隠れるところなんて殆どない上に兵力差は三倍以上、どうする?」
 虎が状況を、ネズミが戦場を再確認する。
「なら……」
 そこで竜神が口を開く。
「妾が人肌脱ごうじゃナイか」


●紫煙戦線

 霧の立ち込める崖の狭間。
 土の踏み固められた道に集団の気配がした。
 だが行進のような整った響きではなく、かすかに聞こえる足音。そして衣が擦れる音、息遣い。
 短機関銃を持ったゾルダート達を先頭に進むのは歩兵一個小隊。
 おそらくは偵察と先鋒を担う役目だろう。
 切り立った崖に張り付くように遮蔽物を探し、少しずつ前進してくる。
「――よォ」
 呼びかけるように女の声がした。
 兵士達の視点が注がれた先には紫煙を纏った毒島・雅樂が居た。
「誰だ!?」
 サブマシンガンを持った一人が問いかけた。
 彼の失敗はその場で引鉄を引かなかったことだった。
 もう此処は戦場なのだ。
 故に兵士達の視界は暗転し、そして肺は何かに掴まれた様に動かなくなった。

 |紫龍ノ嘆息《ソシテダレモイナクナッタ》

 戦場全体を駆け巡る紫煙の龍。
 煙は敵意有る物の視界を奪い、呼吸を奪い、生命を断ち切る。
「禁煙中だッたかねェ?」
「姐さん危ない!」
 ユーベルコードを振るい軽口を叩く竜神を熊の軍曹が引っ張った。
 甲高い空気を裂く音が聞こえたと共に戦場が爆発に包まれたのはその直後だった。
「相手の手段はこれで無効化した! 総員、突撃!」
 声は戦場の後方から響いた。
「……味方ごとユーベルコードで吹き飛ばしたッテのか?」
 犬歯をむき出しに嗤う雅樂。
 その視界には|砲撃の支援《ユーベルコード》により状態異常を感じなくなったゾルダートの本隊。
「これが戦争というものですよ、姐さん」
 なだめるように熊が答える。
 その性格と強さから、それなりの敬意を猟兵は受けていた。
「そういう物です。ですので猟兵殿も我々にかまわず全力で……総員戦闘配置!」
 虎の指揮官が銃を構えたと同時に崖の両側に身を隠した味方が現れて。
「全員、一人も死ぬなよ――撃て!」
 アラシロの号令一下、兵士達のライフルとトーチカからの重機関銃が火を吹いた。


●獣機関銃要塞

 ――戦争とは現実の縮図だ。

 化かし合いと探り合いが横行し、弱いところを徹底的に叩く。
 違うのはそのための行動が暴力という直接的な手段であるという事と失われるのが宝石に等しい命という物が安く売られ、すり潰されるという事のみ。
 だがアラシロはそれを是としなかった。
 だから雅樂の提案に乗ったのだ。
「いいねェ」
 人が発せない人外のイントネーションで竜神が煙を吐く。
「貴女のお陰で敵の大砲を引っ張り出せた、感謝する猟兵殿」
 くたびれた虎の士官が全てを引き受けんとばかりに応えれば、彼のライフルから弾倉が跳ね跳ぶ。
「礼は終わッてからにシロ」
 油断するなとばかりに雅樂が忠告した。
 自身は脚を撃たれて十全に力が発揮できない今、不本意だが彼らの火力が必要なのだ。
「ご命令とあれば」
 軽口を叩きつつアラシロは弾倉を装填し、斉射を続けた。

 オブリビオンは地獄の中に居た。
 猟兵のユーベルコードを吹き飛ばしたと思えば、正面からの斉射を受けているのだ。
 しかも崖の両側から射線が交差する領域に。
 逃げ出そうにも背後には機関銃弾が降り注ぎ、頼みの砲兵も蜂の巣に変わった。
 ならば正面へと飛びこむしかない。
 だが戦場を再び覆う紫の煙龍がそれを阻害した。
 崖に一つだけあるトーチカと重機関銃。
 そして獣の兵士と竜が手を取った時、そこは要塞と変わる。

 そう――獣機関銃要塞へと。

 だが一発の銃声がその要塞を陥落へと追い込み始めた……。

●約束は果たされることなく

 最初に倒れたのは一部隊を引きつれていた伍長だった。
 次に撃たれたのはアラシロ――レジスタンス部隊の総指揮官であった。
「少尉殿!?」
「オイ!!」
 熊と雅樂の声が重なった。
「狙撃だ……軍曹、指揮権を移譲する。弾着からヤツの位置を……割り……出せるな?」
「はい、可能です、少尉殿」
 軍曹の返答に対するそれ以上の言葉は返ってこない。
 熊の軍曹は敬礼にて上官の死を悼んだ後、既に倒れている兵士が担いでいた無線機を掴み、叫ぶ。
「ネズミ! ポイントD-14。一斉射!」
 熊の叫びに呼応し、重機関銃の雨が視えない一点に降り注ぐ。
「残りは援護だ……行くぞ!」
 同じように軍曹もサブマシンガンをフルオートで撃ち込み、兵士達もそれに続く。
「貴女はこちらに」
「どういうコトだ!?」
 一方で鹿の衛生兵は竜神を庇うように僅かに張り出した岩陰へと押し込んだ。
「どうもこうもありません」
 問いに応えるように鹿は笑った。
「貴女は最後のカードです。私達がユーベル―コードを引っぺがし、あの狙撃手が姿を現した時に一発を叩き込む」
 渡されたのは一丁の回転式拳銃。
「では、頼みますよ美しい猟兵殿」
「コラ、待テ!?」
 駆けだした鹿を追いかけようにも脚の傷が動きを止める。
 その間に獣達は倒れていく、オブリビオン相手なら当然の結果だ。

 一人、二人と次々に……最後に鹿、そして熊。

 獣が倒れる中、重機関銃だけが吼える。
 だが、それも終わりが来た。
 姿を消していたはずの狙撃手が姿隠しのユーベルコードを解いて身を晒し引鉄を絞れば、戦車砲で撃たれたかのようにトーチカが吹き飛んだ。

 獣は全て死に、残るは竜神と狙撃手のみ。


●そして誰もいなくなった

 狙撃手が構える。
 姿を消す事は無い。
 そのひと手間あれば紫煙で動きを止められるのが分かっているから。
 それに相手の脚は潰した。
 後はトーチカを吹き飛ばした一撃を先手で放ち、倒すのみ。
 指に力を込め、応えるようにオブリビオンの弾丸が唸りを上げて空を切り裂く。
「なあ」
 虹彩異色の瞳が冷たく輝く。
「動物は好きカい?」
 毒島・雅樂の周りを走り回る数多の白猫と黒犬。
 犬猫たちは霧となって弾丸を絡めとると狙撃手のユーベルコードを封じた。

 |鉛龍ノ君寵《シロトクロ》

 相殺のユーベルコード。
 失敗することは無かった。
 重機関銃を持ったネズミが魂をくべて、自らのオブリビオンの技を見せてくれたのだから。
 雅樂がリボルバーを構える。
 外すことは無い。
 男達の魂がその弾丸にはくべられていたのだから。

 銃声が一つ、鳴り響く。
 それは終わりの鐘であった。

「……馬ッ鹿野郎」
 空を仰ぎ、ただ一人、残った女は呟くと踵を返し歩を進める。
 まだ痛みはあるが歩けないほどではない。
 むしろ忘れたくは無かった。
 この痛みを忘れたら、死んでいった彼らを忘れてしまいそうだから。


 風が吹き、霧が晴れる。
 そこには誰もいなかった。
 敵も、味方も、猟兵も……。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年06月18日


挿絵イラスト