誰かを。
彼女以外の誰かを信じたことなど、これまでの人生で私は一度だってない。
私自身さえも、私は。
●
「あなたは、今日付けで軍属ではなくなりました」
そんなことを言われたので、ロシータは飲んでいたティーカップを落とした。頭にあったのは困惑だけだった――今、彼女は何と言った? この年下の友人は、自分の上司は、茨の女は、鋼のアルベス少将殿は、北部プラント防衛基地の司令官は、つまりヴァネッサ・アルベスというキャバリア乗りは――一体何と言ったのだ? ロシータの困惑を表すかのように、絨毯を紅茶が染め上げていく。応接室の中には、沈黙と柑橘の匂いだけが満ちている。
砕け散ったカップを拾う者は、どこにもいなかった。
「……どうして、急に」
結局、先に口を開いたのは、ロシータだった。ロシータは唇を引き攣らせて、ソファに足を揃えて座ったまま、表情を変えない女を見ていた。
「あなたは二ヶ月前に右腕を失ってから、碌に戦功を立てていない。そうでしょう?」
滅茶苦茶な言い分だと思った。誰がそんなことを。
「義手の訓練をしていたのは君も知ってるだろ! 前線に出てないんだから戦功も何もないじゃないか! 丁度二ヶ月訓練する許可もあった! まだその期限は残ってるだろう!?」
「では質問しますが――仮想訓練のスコアは元通りになりましたか?」
「……なっ、ては……いないが――」
「わかりますか。『元に戻っていない』ことが重要なのです」
淡々とした女の声に、ロシータはよろめきながら、顔を覆い――そうして、わかった、と小さく呟いた。
叫びたい気持ちも、罵倒もあった。だがその相手は彼女ではない。
目の前の女は、ヴァネッサ・アルベスは――若干十六歳で前線指揮を任されて以来、もう数年プラントの防衛を続けている、『天才指揮官』アルベス子爵は。
「君が決めたんじゃ……ないんだろうことは……わかってるよ。君は、私をそんな風には扱わないと知っているし、そんな君だから私は、君を信じてきたんだ」
「……」
――『そう定められた』、王国貴族の傀儡であることを、自分は知っていたからだ。
「私も人気になったものだね。そんなに『平民のエースパイロット』が気に入らなかったのか?」
そう考えると、殺されなかっただけマシなのかもしれない。女は何も言わなかった。
生まれた時からそうあれと決められていた女の――友人になったのは、いつだったっけ。コーヒーメーカーを前にして、ぼーっと立っている彼女へ、何してるんですか少将、なんて声をかけたのは……。
「……爵位、期待してたんだがなぁ。これでも活躍してただろう?」
「……私見ですが。この国の爵位に意味はありませんよ。重要なのはそこにある力です」
その言葉に驚いて、ロシータはヴァネッサの顔をまじまじと見た。力。力――か。それは正しいのかもしれない。
力があれば。
力があれば――手に入れられたか。
私が得られなかったすべてを。
「ロシータ」
少女が、優雅な仕草で立ち上がった。短く切られた金色の髪が揺れる。鋭い緑色の目が、ロシータを見ていた。
「私は、どうでもよかったんです」
「何?」
「どれだってよかった。だからあの日、どれでもいいのに種類が多いなと思って眺めていたんです。人は皆、選ぶために種類を欲しがるのだと知ったのは、あなたに会ってからです。人は選ぶものです。好きなものを」
例の、コーヒーのことだろうか。
「まあ……人は好みがあるから」
「はい」
「……それで?」
「私からはそれだけです。それだけを、覚えていてください」
「……。もしかして餞別の言葉? 私への気遣いだったりする?」
「そうです」
「言っちゃ悪いけど君向いてないよ」
ロシータは少し面白くなって、僅かに微笑んだ。なんだか泣きそうだった。この友人と、もう会うことはないのだろう。
「それじゃあ、ヴァネッサ。また会えたらいいね」
「そんな日は来ません」
「普通に傷つくな……嘘でもいいからまたねって言って欲しかったよ……」
「嘘は無意味でしょう。だから私はこう言います、ロシータ」
さようなら。
「さようなら、家名のない、ただのロシータ。あなたの命に、幸あらんことを」
何か――妙な感じだなと思った。だがロシータは追求せず、そのまま軍から去った。とは言えまともな職も家もなかったので、前線のプラントからも王都からも少し遠い場所にある都市の地下闘技場で、キャバリア乗りとして戦うことで食い扶持を稼ぐことにした。
――彼女と入れ違いに、新型キャバリアが基地へと運び込まれたのも。
それから一週間経ったこの日、試験のために動かした途端、それが暴走し始めたのも。
そのせいで配備されたキャバリアのすべてがオブリビオンマシンへと変貌し、基地が崩壊寸前であることも。
当の新型キャバリアが、パイロットの命を燃料にすることも。
本来は、それに自分が乗せられるはずだったことも。
ヴァネッサがそれを阻止した咎で、代わりのパイロットに選ばれたことも。
友人があの日無意味だと言いながら、嘘をついてロシータを救ったことも。
彼女は知らない。
だから今日も、地下闘技場で見世物の予定を入れている。
だから、彼女は。
●
「ま……要するに、だ」
そう区切ったのは、ダッフルコートにマフラーという出で立ちのアンサーヒューマン――イェフ・デルクスだった。
「元々新型キャバリアの導入が決まってたンだな、この基地は。そんで、このヴァネッサ・アルベスって女が、友人の代わりに新型キャバリアのパイロットになって死ぬことになりましたと。纏めりゃそういう話なんだが」
その新型が、オブリビオンマシンだったんだなァ。男の言葉には、真剣味こそあったが、そこに浮かんだ感情は、どこか空虚だった。
「で、えーと。二人とも人間。アルベスの方はだいぶ……あーそう、『人間らしい』って教育はされてねェらしくて感情表現が希薄だがね。外見は、アルベスは金髪に緑の目、二十四歳。ロシータは黒髪に赤い目、二十八歳だな。二人とも髪の毛は短い。キャバリアは借りられるから欲しかったら言ってくれ……共有事項はこれくらいか? 初めてだから難しいな……。まー、あれだ」
死なせたくなかったんだろォな、と男は言う。
「たとえ代わりに自分が死んでも」
男の表情は動かない。淡々としている。
「だから嘘をついた。ロシータはそれを知らない。教えたとこで、余程じゃねェと多分信じやしねェだろな――この女は『アルベスを信じている』。アルベスは、こいつを追い出す時、『嘘は無意味だ』と言った。こういう手合いは――経験則だが、『それを信じる』。説得して連れてくのはちと骨が折れるかもな。まー、基地の情報さえ貰えりゃ戦えるわけだし、適当に言い包めた方が楽かもしれねェ」
何よりアルベスを救えるかわかンねェし。
救えて残り何年生きられンだって話もある。
「ま、よくあるこった」
感動はない。
最後に愛も友情も勝たない。
何の確証も存在しない。
「そのくせ、止めねェと国が一つ滅ぶのも、やっぱりよくあるこったな」
どこまで行ってもよくある話。
「それでも良けりゃあ――そんな『よくある話』に、終止符を打っちゃあくれねェか?」
気が向いたらでいいからよ。
己もキャバリアのパイロットであり、グリモア猟兵である男は、乾いた笑いを零してそう締めくくったのだった。
桐谷羊治
なんだか薄ら暗いグリモア猟兵にてこんにちは、桐谷羊治です。大変お久しぶりです。
SFロボものを書きたい欲が抑えられませんでした。
そんな十四本目のシナリオです。何卒よろしくお願いします。
なお、ロボものは好きですが、すべてにおいて詳しくはないです。ご了承ください。
一章は地下闘技場でロシータを説得、というより、ロシータから基地の構造や人員配置、配置されているキャバリアの情報(新型を除く)を集めていただければ大丈夫です。
通信網が失われているため、ロシータは本当にヴァネッサの状況を知りません(基地の崩壊は現在進行形です)。試合中以外は売店で食事をしたり、観客席で他の選手の戦いを見たりしているようです。
彼女の右手は現在義手となっています。説得できれば今乗っている闘技場用キャバリアでついてきてくれます。怨みは持っています。ただそれは無論ヴァネッサに対するものではありません。上手く聞き出せば教えてくれるでしょう。また、それについてはロシータの地雷なので、何を選んでも闘技場でキャバリア戦闘コースです。お気を付けください。
二章は集団戦です。ボスに狂わされたオブリビオンマシンです。モブパイロットが乗っていますが全員救出可能です。
三章はボス戦です。パイロットはOPの通りNPC:ヴァネッサ・アルベスです。救出はお任せします。初期状態では救出不可寄りというか、死にます。ヴァネッサの説得は極めて困難です。既に意識が殆どない上、真向から他人に本音を話すことはないためです。それはロシータ相手でも同様です。ロシータがいないことによるデメリットはありません。
なお、このクロムキャバリアという世界において、すべての国の主戦力はキャバリアです。また、殲禍炎剣により広域通信網が失われて久しく、更に高速飛翔体はすべて砲撃されるため、この世界で空を飛ぶことはできません。
心情があれば書きます。なくても大丈夫です。バトルはいつもの通りです。
若輩MSではございますが、誠心誠意執筆させていただきたく存じます。
よかったらよろしくお願いします。
第1章 日常
『鋼鉄闘技場』
|
POW : 自慢のキャバリアを駆り、優勝を狙う
SPD : 賭け試合のチケットを買う
WIZ : 売店の飲み物や軽食片手に試合を観戦する
|
オウカ・ユメジ
アドリブ共闘何でもOK
(観客席、断りなくロシータの傍に現れて)
やあこんにちは、義手の君。……あれ、こんばんは?まあ、いいや。どっちでも。
ねえ、闘技場って初めて来たけど、結構うるさいところだね。
キャバリアは格好良くて素敵だけど、もうあんまり来たくないなあ。人が多いし、荒っぽいし。
…あ、そうそう。君に用があって来たんだ。もちろん。用がなかったら話しかけたりしてないよ。
僕、これから君が前にいた基地に行くことにしたんだ。そう、君を追い出したところ。
だからさ。ちょっと、基地について教えてよ。
基地の構造とか、配置されているキャバリアのこととか…ほら、新しいメモ帳も持ってきたんだ。可愛いの。
(情報を聞く理由を問われたら)
…うーん。気が向いたから、助けてあげようと思って?
詳しく知りたいなら、僕以外の、君を訪ねてくる人に聞いてよ。
だって、本当のこと言っても君は信じないし。僕は疑われるのも、怒られるのも嫌いなんだ。
いつまでも知らず、気づかずに、友達のことだけ信じて生きるのも、それはそれで素敵だよ。きっとね。
『――さーァ! ――ました、――ここで大番狂わせなるか!? ――、対峙しますは――!!』
マイクを手に、大声で叫ぶ司会の言葉など、相変わらず殆ど頭に入って来ない。ロシータは背を丸め、義手の親指で額を擦り、リングに現れる巨大なキャバリアの体躯をぼんやりと眺めていた。自分の出番は、いつ頃だったろうか。覚えていない――が、今日もロシータの出番はある。通信網を失ったこの世界の、腐った貴族連中に支配されたこの国でさえ、自分の顔は有名だった。家名のないロシータ、隻腕のエースパイロット。
家名。
くそったれ。女は、口の中で罵倒を転がした。どうでもいい、どうでもいいさ。
どうにもならない……。
ロシータはキャバリアの戦闘を眺め続ける。どいつもこいつも――へたくそばかりだ。
キャバリアを争わせるために大きく地下をくりぬいた闘技場は、無意味に広くてうんざりするばかりだった。尤も、そのおかげで、ロシータが観客席に座っていても文句を言わないのだが。それに、パイロットでない自分になど、誰も興味はないのだ。それを彼女は知っていて、だからこそ今日もここに座っていた。
ああ、なんてつまらない戦闘だろう。私が――乗り込んで滅茶苦茶にしてやったら、どれだけ気分がいいかな……。そんな破壊的なことを考えて、ロシータは左手の指を震わせる。
その隣に――朗らかに笑う、だが明らかに『笑ってなどいない』男……否、少年が現れたのは、その直後のことだった。
●
照明が陰になったせいだろう。傍に立ったオウカ・ユメジの姿に、目的の人――闘技場の入り口に『チャンピオン』として貼ってあった写真と顔が同じだったので、間違いなくこの人がそうだろう――はすぐ気付いて顔を上げた。少し釣り気味の、アーモンド形をした赤い目は、ルビーというよりはガーネットの色をしている。
そう言えば、この人の名前は何だったろうか。他人の名前を覚える気があまりないので、もうすっかり忘れてしまった。
「やあこんにちは、義手の君。……あれ、こんばんは? まあ、いいや。どっちでも」
「……義手の君って、何」
「え? 君の右手が義手だから」
「……」
女性は、訝しげに、オウカを見ていた。何かを言いたいのかな、とは思ったけれど、特にそれを待つこともなく、少年は、すとん、と彼女の傍に座る。ひどく硬い椅子だった。観客に優しくないなあ、なんて彼は思った。
「ねえ、闘技場って初めて来たけど、結構うるさいところだね」
キャバリアが殴り合い、鋼鉄がぶつかりあってリング諸共破壊される轟音は、耳を塞ぐに十分値した。だからと言って特に表情を変えることもなく、オウカは笑顔のまま続ける。
「キャバリアは格好良くて素敵だけど、もうあんまり来たくないなあ。人が多いし、荒っぽいし」
「……ああ、わかった。君、人形なのか」
道理で、と、ずっと険しい顔をしていた女性が、表情を緩めて、それからまた、睨むようにキャバリア同士の戦闘を見た。
「荒っぽく見えるのはあいつらの操縦技術が稚拙だからだ」
「そうなの?」
「そう。それで、君はどうして私に声をかけた?」
「……あ、そうそう」
キャバリアの戦闘に気を取られて本題から逸れていた。女性は、オウカを見ない。
「君に用があって来たんだ。もちろん。用がなかったら話しかけたりしてないよ」
「そうだろうね」
どうやら、この女性はオウカに興味がまったくないらしい。こちらへ顔を向ける素振りも一切なく、真っ直ぐにキャバリア同士の戦闘を見つめている。別段こちらを注目してもらう必要もなかったので、青年は気にしなかった。
「僕、これから君が前にいた基地に行くことにしたんだ」
「基地?」
「そう、君を追い出したところ」
「よく知ってるな。……いや、もう一週間も経ったし、だいぶん有名になってるか……」
流石にもう新聞へ載ったのかな、と女が小さく独り言ちる。それは確認してなかった、とオウカは思った。口には出さなかった――特に意味もなかったからだった。
「だからさ。ちょっと、基地について教えてよ。基地の構造とか、配置されているキャバリアのこととか……ほら、新しいメモ帳も持ってきたんだ。可愛いの」
にこにこと笑って、自慢のメモ帳を取り出すと、女性が再び顔をあげ、今度は呆れた顔でオウカを見、それから赤い瞳を瞬かせた。なんとなく、星に似ているとオウカは思った。星は赤い方が、温度が低いのだったろうか。
「機密だぞ……辞めさせられたからって大っぴらに言えるか。バレたら軍に殺される」
「その軍から追い出されたのに?」
「ああ。大体、なんでそんな情報が必要なんだ?」
「……うーん」
女性の問いに、オウカは首を傾げて考える。理由。
「気が向いたから、助けてあげようと思って?」
「……助ける? どういうことだ?」
「詳しく知りたいなら、僕以外の、君を訪ねてくる人に聞いてよ」
少なくとも、オウカは女性に説明する気がなかった。何故なら――
「だって、本当のこと言っても君は信じないし」
青年は淡々としている。
「僕は疑われるのも、怒られるのも嫌いなんだ」
嫌悪を口にしているが、だからと言って笑顔を崩すわけでもない。オウカはただ、穏やかに笑っている。女性が、背を伸ばした。わあ、怖い顔だ。やっぱり、言いたくないな。嫌なことになるとわかっているのに、わざわざ教える必要なんてないよね。
「信じない? どうしてそう思う?」
「君は、友達のことを信じてるでしょう?」
友達のことだけを。
オウカの言葉に、女性が剣呑に目を細めた。
「誰のことを言ってる?」
「僕じゃない猟兵に聞いて。言ったでしょう、怒られるのは嫌いなんだ。いつまでも知らず、気づかずに、友達のことだけ信じて生きるのも、それはそれで素敵だよ。きっとね」
女性は、暫く黙っていた。その沈黙に、やはり、嫌だなあ、とオウカは思っていた。が、情報を聞かずに去るわけにもいかない。メモ帳を手に、少し待つ。そうして十数秒の沈黙の後、女性は、疲れた声音で呟いた。
「……まあ、私だって怒られるのは嫌いだ。慣れてるからもう今更だけどな」
そうか。ヴァネッサは死ぬのか。
怒気はなく、諦観を孕んだ言葉だった。その結論に至った理由がわからずに、オウカは首を傾げる。
「どうして?」
「猟兵が出てきて、基地の情報を聞いている。それだけでも厄介事が起きているんだろうが――私に『友達を信じて生きるのも素敵だ』と言った。私が信じるものはただ一つだ」
ヴァネッサ・アルベス。
「あいつは嘘を無意味だと言って、あの日『さようなら』と言ったんだ」
じゃあ、あいつは死ぬんだろう。
「それが私の信心だよ、人形」
「……ふーん」
なるほど、とオウカは思った。この人はきっと、自分の中で辻褄を合わせるのがとっても上手い人なんだ。
だってこの人は、その女性が『自分を追い出した』ことについては何も言及していない。
「一緒に来る?」
「行かない」
「そっか」
「それより基地の情報だろう。……悪いが、ちょっとご足労願うよ。ここじゃ誰が聞いてるかわからないからな。主催者に言って、部屋を用意してもらう」
「わかった」
そうして、立ち上がった女性の背を追い、オウカは観客席を後にした。リングの上は既に勝敗が決まりそうで、賭けをしているらしい観客の絶叫が青年の耳を完全に塞ぎ始める。
だから彼は、その、細身だが筋肉質な背が――熱狂に紛れて何かを呟いたのには、少しも気づかなかった。
苦戦
🔵🔴🔴
ノエル・カンナビス
依頼内容はオブリビオンマシンの制止と理解しました。
ロシータさんを探し、又聞きであることを言明の上――「依頼人によれば」――、現状を全部話して情報提供を求めます。
ただし個々の思惑などは一切合切無視します。無関係ですので。
信じるも信じないもご自由にどうぞ。
情報がなければ基地ごと粉砕するまでです。
あれば関係者の生存確率が上がるかも知れない、それだけの話。
金銭的報酬を求められれば相場で払いますが、その際には誤情報は許されない旨を警告します。
また、闘技場云々の話が出ても無視します。
私と戦いたいなら現任務終了後に依頼をするか、実弾をもって襲撃すれば済むことです。
会話の結果がどうであれ、一人で立ち去ります。
ヴァネッサが死ぬのか。そうか。ロシータはその予想を――確信を――噛み締めながら、猟兵と別れて闘技場の中をうろついていた。だからと言って助けに行くつもりはなかったが。助ける。意味のない言葉、意味のない行為だ。
『それが私にできるなら』、『彼女はそうしろと命令している』。
ロシータはそう信じている、というより、常にそうだった。だからロシータは行かない。
猟兵なら助けられるのだろうか。それも聞く気がない。助けられたとして、彼女は自分と既に決別した。
彼女はあの日、さようなら、と言ったのだ。
それなら――自分は。
賭けの券売所で自分を探す猟兵を見つけたのは、そんな折のことだった。
●
グリモア猟兵から話を聞いたノエル・カンナビスは、その内容を極めて正しく理解した。即ち。
(――依頼内容はオブリビオンマシンの制止と理解しました)
ロシータなるパイロットや、アルベスなるパイロットの救出は、説明された依頼内容の中に含まれていなかった。依頼は国が亡ぶから終止符を打て、だ。つまり、彼女らの問題は、自分が解決すべき事項ではないのだ。ノエルはそう理解したし、事実として正しかった。
もし彼女らが死んでも、国が滅びなければ、この世界にとっては正解であるのだ。
あるいは、どのような世界にとっても。
(まずはロシータさんを探し、又聞きであることを言明の上――『依頼人によれば』――、現状を全部話して情報提供を求めます)
頭の中で道筋を組み立てながら、闘技場に辿り着いたノエルは、己のキャバリアを地上に待機させて中へと入った。何かあったとしても、この程度の距離であれば、リモート・レプリカントによって操縦することは造作もない。
さて、とノエルは周囲を見回し――チャンピオンと書かれた貼り紙と写真に目を止めた。なるほど、確かに元エースパイロットならば、地下闘技場のチャンピオン程度簡単になれるだろう。写真があるのは助かります、とノエルはその顔を覚えて立ち去る。では彼女が今はどこにいるか、だが。見回す限り、少なくとも近くにはいないようだった。
(……どなたかに呼び出していただきますか)
幸い、近くには賭けのための有人券売所があった。
「すみません」
「はーい」
ノエルの声に返事をしたのは、少々派手な装いをした若い女性だった。
「ここで賭けますか? 観客席からでも賭けられますけど」
「いえ、賭けをしたいのではありません。あのチャンピオンの方――ロシータさんを探しているのです。当方は猟兵です、呼び出していただくことは可能ですか?」
「猟兵さんですか? 呼び出し――は、えーと、少々お待ちくださいね。……うーん、場内アナウンスで聞こえるかな……」
後半は独り言だろう、小さな声で呟いて、女性が何か機械を弄り始める――だが、それを遮る声があった。
「呼ばなくても大丈夫だよ」
「――あ、ロシータさん。猟兵さん、この方です」
現れたのは、黒髪を短く切った、赤い目の女性だった。説明された外見とも、あのチャンピオンの写真とも一致している。それでも確認として、ノエルは女に問いかけた。
「あなたがロシータさんですか?」
「ああ。聞きたい内容は大体わかってる」
「それなら話は早いです」
「丁度部屋を用意してもらったところだ、そっちで話すよ」
「わかりました」
これならデータとして纏めた方がよかったかな、でも機密は機密だしなあ、などとぼやく女性と一緒に別室へ移動しながら、ノエルはロシータを観察する。自分の前に出会った猟兵はよほど上手く説明したのだろう、落ち着いている。これならスムーズに済みそうですね、とノエルはロシータに促され、共に小さな控室へと入った。
「それで、基地の情報だったっけな」
「はい。現在、あなたが放逐された基地は、導入した新型キャバリアがオブリビオンマシンだったことにより、配備済みのキャバリアのすべてが狂わされ、壊滅寸前となっています。ただ、これらの情報は『依頼人によれば』とつく、伝聞の情報となりますことをご承知おきください」
現状を話せば、ロシータは左手で顔を覆った。
「あー……想像してたよりひどい。そりゃヴァネッサも死ぬわけだ……」
「ヴァネッサさんが死ぬことを知っているのですか?」
「知ってるというか……予想つくよ」
「では、そのヴァネッサさんが、あなたを逃がした咎で、オブリビオンマシンのパイロットとして搭乗していることも、既にご存知でしたか?」
「……逃がした咎?」
「はい。ヴァネッサ・アルベスさんは、ロシータさん、本来オブリビオンマシンに乗るはずだったあなたを逃がした咎で、代わりに搭乗させられたのです。このオブリビオンマシンはパイロットの命を燃料にするものと聞いています」
「……有り得ない。彼女は、」
「伝聞です。私は当事者ではなく、ただ依頼として引き受けただけです」
現状は、又聞きであることを言明した上で、包み隠さず正確に伝える。
(ただし個々の思惑などは一切合切無視します)
無関係ですので――と、ノエルの言葉で狼狽えるロシータを前に、少女は新緑のような瞳を些かも揺らがせることなく続ける。
「信じるも信じないもご自由にどうぞ」
「……わかった」
頷いたロシータに、少し驚く。信じないと聞いていたが。
否。
「わかった――君は伝聞と言っていたな。『そういう』冤罪か。如何にもあいつらがやりそうな手だ……」
――信じているわけではない。依頼人によれば、という形式だったために、情報が正しくなかったのだと思い込んだだけであった。『アルベスを信じている』とはこういうことか、とノエルは得心する。
(構いませんか。情報さえいただけるのであれば)
「それでは、基地の情報を教えていただけますか? 情報がなければ基地ごと粉砕するまでです。あれば関係者の生存確率が上がるかも知れない、それだけの話」
生存確率か、とロシータが皮肉気に呟いた。
「別に粉砕してくれていいがね」
「いいのですか」
「ヴァネッサが死ぬならあの場所に興味はないよ。とは言え、流石にここまで来てもらって手ぶらで向かってもらうのは気が引ける。ちゃんと教えるから安心してくれ」
実はこれでもちゃんと士官でね、と笑った女の情報は、確かに詳細だった。
「オブリビオンマシンが暴れてるなら、これが今どれだけ正しいものかわからないけど」
「いえ、十分です」
「……ふふ、この情報を周囲の国に売ったら、幾らになるんだろうな」
壁に凭れて笑う女に、ノエルは瞬きをする。
「……金銭的報酬を求めるのであれば相場で払いますが」
その際には誤情報は許されません。
そう警告すれば、「ああそうじゃない、そうじゃないよ」とロシータは否定を口にした。
「君たち猟兵が解決した後の話だ。ヴァネッサが死んだらいよいよ私もこの国に居る意味がなくなるからさ。どこかに売って逃げてやろうかな、なんて思っただけ」
「そうですか」
「……ところで、君、キャバリア乗りかい?」
「それがどうしましたか?」
「ちょっとそこのリングで戦ってみないか? 猟兵がどれくらい強いか興味があってさ」
「……」
興味本位で誘われることもあるのか、と思いつつ「いいえ」とノエルは拒否する。怒りによるなら無視して立ち去ってもよかったが、そうでない以上、一応礼儀としてである。自分と戦いたいなら、現任務終了後に依頼をするか、実弾をもって襲撃すれば済むことだ。
「それでは」
「ああ――さよなら」
そうして、ひらひらと手を振るロシータを背に、ノエルは闘技場を後にしたのだった。
成功
🔵🔵🔴
ワタツミ・ラジアータ
食事と商機の匂いがしましたわ。
屋台で買った串焼きを食べている鉄串ごと
猟兵と言うよりジャンク屋として来ている
本題は忘れていないが
対ロシータ
そこの君、良い義手ですけれど体に合っていらっしゃいますか?
良ければご用立て致しますわ。
情報収集:
既に色々知っているのを承知
私としては国がどうなろうとどうでもいいのですが、お仕事ですので。
で、そこに君の友人もいると。
鉄串ごと焼肉を食べる
救える可能性があれば救うのが《心》を持つ生き物の在り方なのでしょう?
私の食事の邪魔をしたいのならご自由に。
決闘に誘われたら乗る。自身のチケットを買う
私が勝てば基地《食事処》について教えてくださいね?
案内でも歓迎いたしますわ。
さよなら、と猟兵に告げ、その姿が消えるのを見届けたロシータは、ずるずると床に座り込んだ。特に意味はない。悲しみもなかった。考えていたことはただ、これからどうしようかな、ということだった。
ヴァネッサは罪人として扱われるのだろうか?
否――それならそう報道されているだろう。天才指揮官も嫉妬でエースパイロットを追い出すようなくだらない人間だったのだとして記者に伝え、ロシータを引き戻すだろう。それをしなかったのは、ヴァネッサを美しく殺したいと考えたからであるはずだ。
「……しまった、『私』についてはどう伝えられているのか聞けばよかった……」
命を燃やしてキャバリアを駆る偶像の女の裏側で、醜くも逃げ出した女として描かれたのだろうか? 己の命惜しさに?
それは業腹であるような気もした。自分はそんな人間ではないと叫ぶべきではないかとも思った。だが、一瞬のうちに、そんな感情は消え失せてしまった。
よろめきながらロシータは立ち上がり、それから、なんでもない顔をして、部屋を出た。
当て所はなく、ただ人混みを選んで歩いた。売店が立ち並ぶ一角は特に人が多くて、都合がよかった。――何の都合が。よくわからないな、とロシータは思った。
「そこの君――」
声をかけられて、振り向く。レプリカントと思しき、見知らぬ、おそらくパイロット――猟兵だろう。ああ、本当に、基地の情報全部、どこかに貼り出しておこうかな。ロシータは売店の串焼きを手にした彼女に笑顔を向けた。
胸の中は、凪いでいた。
●
「食事と商機の匂いがしましたわ」
――とは、ワタツミ・ラジアータに曰くである。
彼女にとってそれは現在進行形で崩壊しつつあるプラント防衛基地のことだった。破壊があればそこにはジャンク品が出る。それは売ってもよいし、ワタツミが食してもよい。故に彼女はこの仕事について『食事と商機の匂いがする』との所感を抱いたのだった。
そういうわけであるから、彼女は今回、猟兵というよりジャンク屋として来ている部分が大きい――無論、本題は忘れていないが。
その本題を片付けるためにも訪れた闘技場、その売店は、中々の品揃えだった。焼き、煮込み、揚げ、その他色々。賑わっているようですわね、と思いつつ、ワタツミはその中から一店舗を選び、商品を購入する。買ったのは鉄串に刺さった肉と野菜の串焼きだった。一番上に刺さった肉を口に入れ、咀嚼する。味付けは塩と胡椒だけだが、それが逆に香ばしさを引き立てており美味である。更に、ガキン、と音を立てて、次に刺さっていた野菜を串ごと噛み砕く。鉄串の方は安物ですわね、と頭の中で感想を述べながら口の中のものを嚥下したワタツミを、売店の主が信じられないという目で見ていたが、彼女は無視した。
売店から眺める群衆は、意外と衣服の仕立てもよく、品がないわけでもなかった。富裕層が中心なのかもしれませんわ、などと観察しながら、ワタツミはその中に、目当ての人物を見つける。
黒髪に赤い目、右手は義手。
ロシータと呼ばれる女だった。
「――そこの君、良い義手ですけれど体に合っていらっしゃいますか?」
ふらりとワタツミの前をただ歩き去ろうとしたロシータに声をかける。女は立ち止まり、振り向いた。その顔はどこか呆れたような笑顔である。だがそれは演技と呼ぶにはあまりに拙く、本心と見るにはあまりに巧くできていた。本人も自分の感情が理解できていない、と言ったところだろうか。ワタツミはそこまで考え、しかし言葉にはしなかった。代わりに、提案を続ける。
「良ければご用立て致しますわ」
自分の言葉に、ううん、とロシータが首を捻った。
「それは嬉しいが、まさか無料じゃないだろう。私は給料をもらっていなくてね、払える金がない」
ほら財布も持ってない、と己のポケットをひっくり返して示す女に、今度はワタツミが首を傾げる番だった。
「軍に在籍してらした頃の貯蓄などはありませんの?」
「ないよ。そもそも私は口座を作ることができない身分なんだ。私物を持つことも許されていなかった。今は流石に多少持ってるが、全部差し入れだね」
「生活はどのように?」
「支給品と無料の食堂で事足りてたからなあ……今も売店の食事は自由だし、部屋もある」
『ただ平民だから』という理由でそこまでの制限をされるものだろうか。僅かに目を細め、ワタツミは疑問を口にする。
「それは平民だから、でしょうか?」
ロシータが纏う雰囲気が、びり、と殺気混じりのものになる――が、雲散霧消した。そのまま決闘を持ちかけられるかと思ったのだが、存外理性的らしい。
「……私だから、だな」
「そうですか」
一旦会話はそこで止まった。売店の主が「悪いけど話なら別のとこでやってくれ」と言い出したからだった。荒事になりそうな気配を察したのかもしれない。賢い店主ですわね、と思いつつ、ロシータと二人、売店が並ぶフロアの外、人があまりいない場所へと離れる。
「それで、君も猟兵だろう? もう部屋を押さえたままにしてあるから、そっちで話さないか? 義手のことはそういうわけだから、放っておいてくれ」
「あら。見るくらいなら無償で見て差し上げますが」
「……」
「君の腕――『元に戻っていない』のでしょう?」
「――ッ!」
女がわかりやすく身を震わせ、視線が右手へと動いた。
「……そこまで聞いてるのか? 猟兵ってのは意外と不気味なんだな」
「失礼な方ですわね。まあそれは後で清算していただくとして……。それで、いかが?」
「……、無料なら……」
恥ずかしさが勝っている様子で、ロシータが右手を差し出した。
「左手も出してください」
言えば、大人しく左手も出してくる。成程、とワタツミは納得する。本来の右手のデータがないので正確にどう、とは言えないが、おそらくこれは、重さが合っていない。義手表面の傷から見るに、指の長さも本来の腕とは僅かにずれているだろう。それなのに一見以前と変わらぬように見えるから、精密な動作に支障が出ているのだ。
ワタツミはロシータの手を離し、残っていた串焼きを、また鉄串ごと食んだ。女がぎょっとした顔をしたが、構わず咀嚼する。冷えても美味ですわね、この串焼き。
「それに慣れるより、替えた方がよろしいかと」
「……そうすれば元に戻る?」
「可能性はありますわね。少なくとも今よりはましにはなるでしょう」
初めて、女の表情が、心から明るく晴れたものになった。
「そ――そうなのか! それは……少し嬉しい情報だな……」
「……その腕を振るう場所が、残っていればいいですわね」
「……別に、場所はここでいいさ」
「ここで? 本当に?」
ワタツミは串焼きを噛み砕き、飲み込む。
「君の言動から、既に色々知っているのは承知しています。既に他の猟兵から多少なりとも事情を教えられたのでしょう」
「ああ……」
「私としては、国がどうなろうとどうでもいいのですが、お仕事ですので。で、そこに君の友人もいると」
言葉を区切り、肉を食むワタツミの口の中で、ガリ、バキ、と鉄串が音を立てる。最後の一かけらまで口へと放り込んでから、ワタツミは言う。
「救える可能性があれば救うのが《心》を持つ生き物の在り方なのでしょう?」
「――ないよ」
先程までよりずっと強い語気で、ロシータが断じる。
――骨の髄から、そう信じているとわかる口調だった。
「ないんだ。彼女は私にそう命じなかった。だから私に彼女を救える可能性はない」
「自身の友人を随分と信じているようですわね。ですが――」
ワタツミは、義手を指して、言う。
「君の友人は、君の手のことを教えてはくれなかったのではないですか?」
元に戻る可能性のある、君の手のことを。
ロシータが――凍り付いた。
「君の友人は、君が信じているほど、完璧なのですか?」
「き――君にッ!」
女の声が裏返る。激昂に、女の左手が震えている。
「君に言われッ、な、なくともッ! 彼女が完璧でないことくらいわかっている!」
「では何故、君は平静を欠いているのですか」
「――ッ! わッ、私――私は――」
「私の食事の邪魔をしたいのならご自由に。決闘も受けて立ちます」
「――、う、い、いや――邪魔なん、て……決闘も……」
私の腕が元に戻ると言ったのは、君が初めてなんだ。
「可能性ですわ」
「それでも!」
絞り出すように吐露するロシータの右手の動きは、左手に比べて若干鈍い。これは一度、神経の接続も見直した方がよさそうですわね、とワタツミは思った。
「だから、君と――戦うつもりは――」
「私は構いませんわ。勿論賭け試合でも。私は私のチケットを買いますから」
「……」
「私が勝てば基地《食事処》について教えてくださいね? 案内でも歓迎いたしますわ」
「……そんなことしなくたって、教えるよ。それと、選手はチケットを買えない」
「あら、そうなのですか」
残念、儲けられると思ったのですが。
「……私の右手が、前より動かないからと言って」
「違いますわ。純然たる、実力として、私の方が強いと言っているのです」
「――きっ、み、なあ!」
「言われるのが嫌なら、友人を救って右手も治して、真正面から私に挑めばいいでしょう」
オブリビオンマシンから基地を奪還した英雄なら――
「――お給料くらい出してもらえるようになるのではないですか?」
あるいは、君の友人を連れて逃げたって構いません。
「腐ってもエースパイロットなのでしょう?」
ロシータが、半笑いで頬を引き攣らせた。
「夢みたいな話だ」
だから、ワタツミは、こう応えたのだ。
「ですが、全部本当に出来る話ですわ」
君の《心》一つで。
その言葉を聞いたロシータの顔は――些か形容し難い。
基地の情報は恙なく引き渡された。ロシータ自身については「今は考えられない」と返事があったので、ワタツミは再び「ご自由に」とだけ告げて、基地へと向かったのだった。
大成功
🔵🔵🔵
カシム・ディーン
UC常時発動中
「メルシーはご主人サマに付き従うメイドさんだぞ☆」(メイド姿
おめーのようなメイドとか地獄すぎるな!
説得とかぶっちゃけ面倒くせーから僕は唯事実しか言わねーよ
つっても大体の話は聞いてるっぽいな
ぶっちゃけ乗り手を殺すキャバリアに乗る予定だったロシータは突如解雇されて上司のヴァネッサが乗る事になった
中々の不運だな?
いや…絵面から見ればまるでヴァネッサがロシータを逃がして身代わりになったように見えるな?
どう思う?
そうするような女かどうかは結局僕には分からねーですね
唯まぁ…頭は良さそうな女だな?
少なくとも…「どうすれば友達に自分を信じさせることができるか」は知ってそうだな?
僕からはこれだけだ
右手を見ている。
右手を見ている。
右手を。
陽の光のない地下闘技場の片隅は――鋼の色をした腕の影を、ひどく濃く床へと落としていた。
黒々としたそれに、飲み込まれそうな気分がする。
元に戻るなら? 元に。『元に戻るために足掻く』のではなく、『力を得るために足掻く』ことが再びできるなら――私は。
仮定の話をしよう。
『ヴァネッサが、私の腕が治らないと見込んでいたから助けろと命じなかった』のなら?
私が以前のように戦えたのなら。彼女はどう命じただろう?
わからない。どうしたらいい? どうしたら。そもそも、この腕をどうにかする金銭など自分は持っていない。それにこの腕は、一応、国の技師の中では最高と称される部類の人間によるものだ。これ以上の腕をどう探せばいいというのか。恥を忍んで猟兵に乞うか。いやそれを恥と思うことこそが恥ではないか。一生涯をかけてもいいはずのものだろう、この腕は、自分にとって。なりふり構わず頭を地につけて、希うべきものではないのか。
――重要なのはそこにある力です。
力。力! 私にもヴァネッサにもないもの。許されていないもの。
「……私はどうしたらいいんだ、ヴァネッサ……」
君が私に何を求めたのか、私には、本当に……わからないんだよ。
途方に暮れて――呟く。女はただ、右手を見ていた。
その姿を見つけた一組の男女に、肩を叩かれるまで。
●
メイド服姿の銀髪美少女が、闘技場の通路を少年と共に歩いていた。猟兵の特性のためにそう目立っていないものの、それでもその整った目鼻立ちは、人々の目を引いていた。
そんな視線も何のそのといった風情で、いつものように自分の横を歩く少女に、少年――カシム・ディーンは何も言わなかった。
いや、色々言いたいことはあった。
何そのメイド服?とか。
なんでこんな場所に来るって言うのにメイド服チョイスしたの?とか。
一周回って猟兵でよかった……とか。
というか既に訊いた。何そのチョイス?と。返ってきた答えはこうだった。
「メルシーはご主人サマに付き従うメイドさんだぞ☆」
「おめーのようなメイドとか地獄すぎるな!」
カシムがそう叫んでしまったのも、無理からぬことであったと思って欲しい。いやだってそう。こいつに家事炊事を任せるのは自殺行為だと思います。まあ要するに身分を誤魔化す手段としてね、メイド服を選んだんだろうとはわかる。わかるけど。目を引かなくなるわけじゃねーんだよな。もっと普通の服持ってるよなお前? そんなことをつらつらと考え、彼は内心でため息を吐くのであった。
加えて言えば。
(あーもう、どうせ事件のことわかってんでしょーし定位置に居てくれねーですかね!?)
現在、ロシータが見つからないことに対する憤懣であるとかもそこに入ってきている。
先程からこのメイド服の少女――メルシーと歩く羽目になっているのもすべてロシータが見つからないことによるのだ。呼び出しもかけてみてもらったが、来てくれなかったのだ。単純に放送が聞こえない場所にいるんだと思いますよ、とは券売所にいた女性の言である。別に闘技場の全部に放送が聞こえるようにしているわけではないのですみません、と心の底から申し訳なさそうに言われてしまっては、それじゃあ頑張って探してみますとしか返事ができなかった。出来ることがないのであればそれ以上頼む意味もない。
というわけで、ロシータをカシムが見つけたのは、そうして暫く歩いてからのことだったのである。なお、この道中、元気すぎるメルシーに振り回されていたのは言うまでもない。どうしてこのポンコツ、こんなにはしゃげるんでしょーね?
「あー、もしもし、ロシータ?」
女はぼーっと右手を見ているばかりで、声をかけても返事がない。この調子で呼び出しを無視したのだろうか、と若干怒りを抱きつつ周囲を見回したが、どうもスピーカーが元から設置されていないようだったので、こちらは本当に聞こえなかっただけらしい。いや、自分の声も本当に聞こえてないのだろうが。
「ロシータちゃーん!」
メルシーが少し大きめの声で呼んだがやはり返事がない。
「あのー、もしもーし」
仕方なく近付き、肩を叩くと、漸くロシータは顔を上げてこちらを見た。わー酷い顔。何言われたのやら、などと思いつつ、「ロシータで合ってるよな?」と確認すると、「あ、ああ」と女が頷いた。
「もしかして、私は声をかけられていたか?」
「僕とこいつで二回」
「呼んだよ!」
ポーズを決めたメルシーに、ロシータは面食らってぱちぱちと目を瞬かせていた。
「す……すまない、少し考え事をしていて……」
「見りゃわかる」
「ええと……それで……」
「考えてる通り猟兵で合ってる」
ロシータが自分とメルシーの双方に視線を彷徨わせて、何か言葉を形にしようとするのを遮って、カシムは口を開く。
「説得とかぶっちゃけ面倒くせーから僕は唯事実しか言わねーよ」
事実、と女が、声に出さずその単語を口の中で転がすのを見る。考えることがあるのかもしれないが、今のところ彼にそんな事情は関係ない。
「つっても大体の話は聞いてるっぽいな」
「……ああ……」
「じゃあ簡単に言うが。ぶっちゃけ乗り手を殺すキャバリアに乗る予定だったロシータ――お前は突如解雇されて上司のヴァネッサが乗る事になった」
ロシータは何も言わず、カシムの言葉を聞いている。何を考えているのか、それはカシムの与り知らぬところであったし、探ろうとも思わなかった。だから少年は言葉を続ける。
「中々の不運だな?」
女はやはり、黙っている。
「いや……絵面から見ればまるでヴァネッサがロシータを逃がして身代わりになったように見えるな?」
どう思う? 問えば、ロシータは少し目を閉じた。数瞬そのまま何か考える様子を見せてから、女はゆっくりと目を開き、「どう、と言われても」とカシムの問いに答える。
「……感傷的に見るなら、そうかもしれない、と思うよ」
だが、そういう人ではないと思う。
言い方に引っかかって、カシムは更に問う。
「と、思う?」
「ああ、『と、思う』。君は、『私がどう思う』かを訊いたんじゃないのか?」
「まぁな」
「それならば、彼女は、そういう人間ではないと私は思っている……と、いうか」
「なんだ?」
何かを言いかけた女は、二度ほど唇を震わせて、それから、「いや」と首を振った。
「話を聞きたい。君はヴァネッサがそういうことをする人間だと思っているのか?」
カシムはロシータの質問に、肩を竦める。
「そうするような女かどうかは結局僕には分からねーですね」
「なんだそれは」
「そりゃそうだろ。僕はそいつに会ったこともない。仕事で話聞いただけの他人だ。直接、しかも親しく会ってたのはお前じゃねーか」
お前の方が詳しくないとおかしいだろ、と言外に告げれば、ロシータが、困ったような顔をした。カシムはそれを放って、続ける。
「唯まぁ……頭は良さそうな女だな?」
ヴァネッサ・アルベス。
ロシータが信じる女。
友人を救って、自分が犠牲になることをよしとし、それを成し遂げた女。
まず――この女に自分を信じさせ、友人となった女。
「少なくとも……『どうすれば友達に自分を信じさせることができるか』は知ってそうだな?」
他人に己を信じさせることの困難さは――説得が面倒くさいことと根を同じにしている。
「僕からはこれだけだ」
納得しようがしまいが、これが事実で、カシムから見たすべてだ。
「そういうわけなんで、基地の情報をさっさとくれると助かるんですけどね。お前が納得しようがしまいが、基地は事実として現在進行形で崩壊してるわけなんで」
「……」
ロシータが、再び目を閉じ、息を細く吐いた後、また目を開いた。
「言いたいことは幾つかあるが――それはお互い面倒なことになりそうだ」
「まぁ、そうかもな」
「情報は渡すよ。……もう資料として纏めて印刷しておこうかな。基地を今のまま使うことはないだろ……」
もしヴァネッサが助かるなら。
「……救う気はあるんだな?」
この発言は、少し意外だった。
「……私は、救う気がないわけじゃないんだよ」
ただ、私には救えないと言っているだけなんだ。
「そして、彼女が私のために、わざわざ嘘を吐いて、自分の命を投げ出したということを、信じないと言っているんだ。嘘は無意味だと言った女が、嘘を吐いて、私を救ったことを」
私は、まだ信じない。
私はそれに値する人間じゃない。
「それに、今の私は足手纏いだ」
まあ、猟兵に比べれば、パイロットの殆どは足手纏いかもしれないがね。
皮肉げに笑う女が、右腕をさすった。
「……まぁいいんじゃねーですか。そう思うならそれで」
「ああ、そうしてくれ」
怒りもせず、泣きもせず、ただ笑って、ロシータはカシムに情報を渡した。地図を描く時女は右手でペンを握っていたのに――「さよなら」と告げた女は、左手を振っていた。
「ねーご主人サマ、ロシータちゃん、なんで右手なくなったんだろうね?」
「さぁな」
何がどうあれ、もらうべきものはもらった。ならばもう用はない。
首を傾げるメルシーの言葉に適当な返事をしながら、カシムはもらった地図や配備状況の紙束を仕舞い込んだのだった。
成功
🔵🔵🔴
ドルデンザ・ガラリエグス
【海鍵】
話すミモザさんの横でただ黙し、視線向けられれば当たり障りのない微笑みを
話の最後に口を開き、
お嬢さん、貴女は素直では無い方だ。とても興味がある癖に、私は信じない!と頑なな幼い自分になって全てに言い聞かせ、都合の良い妄想をしていたいだけなのでしょう?いやぁ…貴女は実に人間らしい人だ
何とも微笑ましいこと
幼いまま夢を見ていたいだなんて
ならばこんな所にわざとらしくおらず、とっとと揺り籠へ帰ればいい
…と、ここまで煽れば殴り合いも出来るでしょうか?
力でものを決めるのは単純ですから
【戦術】
主に近接戦闘をメインに担当し、ミモザさんと同乗
武器はビームサーベルとビームライフル、頭部バルカンとシールド
持ち前の戦闘知識で操縦しながらキャバリアの癖や動きを学び即戦闘に活かす
基本的にヒット&アウェイでまずは相手の体勢を崩すべく脚を狙って攻撃し部位破壊を試み、相手が体勢を崩していれば遠距離攻撃、崩してないなら近距離攻撃を
接近戦はグラップルなどの格闘の合間に足払いか、不意打ちのサーベルで切断、2回攻撃の解体
海藤・ミモザ
【海鍵】
ロシータ(以下R)さん探し基地の情報収集
他の猟兵も聞きに来たんじゃない?
私達も基地の対処に行くんだ
…その右手、ヴァネッサさんのせい?
意図的に焚き付けキャバリア戦に持ってく
もどかしいんだよね…本当は気になるくせに
命令がないと動かないとか…だからごめんね。引き摺り出すよ
あなたの気持ちごと
恨んでないのなら何で助けに行かないの?
救える自信がない?救えるって誰かに言って欲しい?
あなたの強さってそんなもの?
このまま彼女を見捨てる…
それがあなたの“好きで選んだ選択”?
“嘘は無意味”…
彼女が本当に覚えていて欲しかった言葉は他にあるんじゃない?
思い出してと願う
キャバリアは初
故に2人乗り打診
私達はUCは使わない。どう?
技術と経験で劣る分、彼の眼になりフォロー
まずは先制攻撃―行こう、ドルデンザさん!
敵の攻撃は気配感知で見切り
無理ならサーベルで武器受けして受け流しかなぎ払い、武器落としor
盾受けでジャストガードし、カウンターでのシールドバッシュで吹き飛ばし敵の体勢を崩す
優勢ならバルカンでの自動射撃で追撃
右手のことを思い出す。
くそったれな――あの日のことを。
これが戦争の中で負った傷なら、おそらくロシータはすべてを飲み込めた。それはただ、自分の技術の研鑽が足りなかったことの証左に過ぎないからだ。どこにも責はないと、誰も悪くないと、もっと清々しい気分でいられただろう。悔しさはあったかもしれない。だが、それだけだったはずなのだ。敵もよくやったよなと言って。言って――あのくそったれどもに処刑されたって――きっと、ロシータは、すべてを諦めた。それなのに――
(胸がむかつく)
耐えられない。
闘技場の喧騒が、キャバリアのオーバーフレームからコックピットまで到達している。急なエキシビションマッチ。猟兵と、元エースパイロットの対決。対決? ロシータはコックピットの中で吐き捨てた。違うだろ――違う。
ここの観客は、自分が散々に負けることを望んでいる。
貪欲な蛙のように、目を爛々と光らせて。
(……『もどかしいんだよね……本当は気になるくせに』……)
猟兵の――名前は何と言っただろうか。確か――ミモザ? カイドウ・ミモザ――だったか。ミモザ・カイドウと呼ぶべきなのだろうか。ロシータは猟兵の名前に詳しくなかった。彼女に、先程言われた言葉を思い出す。
(『命令がないと動かないとか……だからごめんね。引き摺り出すよ』……)
あなたの気持ちごと。
気持ち? 気持ちだと?
「なあ――」
コックピットの中で、誰にも見せない鋼鉄の裏側で――ロシータは吐き捨てる。
「――気持ちなんて、この世で最も、力がなければ存在を許されないものだよ」
お前らがどこで生まれてどう生きてるのか知らないが――
「……それくらい、わかってそうな顔をしてるのにな……」
目の前には、闘技場保有のキャバリアが立っている。あのミモザという女と、ドルデンザという男が、二人で乗っているはずだ。特にあの男が纏う影からは、ロシータと同じ腐臭がする。それなのになぜ、力を伴わぬ気持ちだなんてものを主張するのだろう。横にいる女があまりにも理想の体現のように美しいから? それならば、一生相容れることはあるまい。
「憎悪さえ、もう燃え尽きたんだ。ヴァネッサが死ぬからなんなんだ? それを教えて私にどうして欲しいんだ? 私は彼女を助けなくちゃいけないのか? それは私の義務なのか? 静かに、彼女の安らかな『死』を祈りたい私を――どうして許してくれない?」
答えてくれよ、猟兵。鋼の中に沈んだ、女の赤い瞳は昏い。
「私の気持ち? ハッ、ハハハハッ!」
開始のゴングが鳴り響く。同時に、コックピットの薄暗がりへ潜んだ女の顔から、一切の表情が抜け落ちる。目の前の敵しか見えなくなる。ああ、サーベルで襲い掛かって来る。
「――私にそんなものがあるとしたら、勝利への渇望くらいさ」
そうして、慣れ親しんだ推進機による衝撃が、ロシータの全身を襲った。
●
「ん――君たち、猟兵じゃないか?」
海藤ミモザと連れ立ち、闘技場へと辿り着いたドルデンザ・ガラリエグスを迎えたのは、当のロシータ本人であった。地下へと向かうエレベーター、その出口となるホールの片隅に立って、何の表情もなく行き交う人々を眺めていた女は、エレベーターを降りたドルデンザたちを見つけるなり、取って付けたような笑顔を浮かべて自分たちに猟兵かと問うた。
「よくわかったね」
「わかるさ。ここじゃ見たことがない顔だもの」
「観客の顔全員覚えてるの?」
「まあ常連は流石にね。新規で来た観客の可能性もあったけど、今回は猟兵の可能性の方が高いだろうし――猟兵に間違えられて気を悪くするようなやつはそうそういない。間違っていたら適当言っとけばいいかなと思って」
「それって結局当てずっぽうって言うんじゃない?」
「しまったな、ばれたか――」
――エレベーターホールの片隅で、ミモザとロシータは朗らかに会話をしている。だが、それを見るドルデンザには、ロシータの裏側に蟠る腐った匂いがはっきりと感じられていた――彼が這い上がったサイバーザナドゥで散々慣れ親しんだ、ダストエリアの匂いだった。『踏み躙られた人間』の匂い。腐敗した権力の匂い。阿る笑みだ、とドルデンザは思った。怒り、憎しみ、どろりと歪んで――そのまま冷え凝り固まった、諦めと媚びが、ロシータという女からは強く漂っていた。ただ……それでも何か、一本、芯があるようにも見える。
それがあるからこそ、この女はまだ、おそらく、『キャバリアに乗っている』。
その芯が、美しいものかどうかはわからないが。
「それで、君たちも?」
「うん。他の猟兵も聞きに来たんじゃない? 私達も基地の対処に行くんだ」
「だろうね。そう言うと思って用意しておいたよ」
ロシータは何らかの小型端末をミモザへと放った。
「本当は紙にしようかなと思ったんだが、実際書いてみたら大分疲れてね。これならデータにしようってことで、主催者に頼んで用意してもらったんだよ。ここを……こう。弄れば」
「わ。地図が出てきた」
「便利だろ? キャバリアに搭載するシステムの流用なんだけど。私が知ってる限りの全部を書いてあるから」
「こんなの作って大丈夫なの?」
「大丈夫だろ。大丈夫じゃなかったら逃げるさ――右手が前みたいに動かなくても、キャバリアさえあれば逃げ切ることくらいならできる。これでも元エースパイロットでね」
肩を竦める女に、今まで笑顔だったミモザが、真剣な顔をする。
「……その右手、ヴァネッサさんのせい?」
「え?」
ロシータは驚いた顔で、おそらく無意識だろう、生身の左手で、鋼の右手に触れた。意図的に焚き付け、キャバリア戦まで持って行く――事前にドルデンザとミモザの間で相談し、決めていたことだ。
「この仕事を始める時に、依頼してくれた猟兵から聞いたんだけど……右手がなくなって、リハビリしても前みたいにキャバリアを動かせなくなったから、追い出されたんだよね?」
「そうだね。まあでも……これについては事故だよ」
「その事故は、ヴァネッサさんのせいで起きたの?」
「まさか! 全然違う」
「じゃあ、どうして?」
ロシータは、困った表情を作った。それから呆れたような声音で「これについては説明をするとちょっとまずい気がするんだよなあ……」と言いながら首を傾げる。
「猟兵に訊かれたんだからいいのか? 判断しかねるとこだ」
「勿論、秘密にするよ」
ミモザの言葉に、女が数瞬――おそらく本気で――迷う素振りを見せた。それから両手を挙げると、「わかった。でも私の首が物理的に飛びそうになったら、その時は貴族連中に説明してくれよ」と話を続けた。
「二ヶ月前、王都で式典があったんだ。その時、ヴァネッサと私が一緒に呼ばれてね」
「前線基地の指揮官とエースパイロットを一緒に呼んだの?」
「まあ、そう。色々あるんだよ。あんまり聞かないでくれ。それで、あー……お偉いさんを守る一団に入れられたんだよね。ヴァネッサはその時一緒じゃなくて……私は、他の護衛と一緒で――」
ロシータの頬が、一瞬だけ――ひどく引き攣ったのがドルデンザにはわかった。
そしておそらく、ミモザにも。
「狙撃されそうになったお偉いさんを……私が庇ったんだ。それで右腕が吹っ飛んで……」
「――違うよね。あなたが庇ったんじゃない」
「だとしても、それが『事実』だ」
音もなく――場の空気が冷えて澱んだ。
「私は侯爵閣下を庇った。右手を失ったが、その功績で、この国で一番腕のいい技師からの義手を賜った。戦場に出ず、その腕に慣れる期間さえいただいた。それが『事実』なんだ」
「その人があなたを盾にしたんじゃないの?」
「だとしても、それは名誉だよ」
「嘘つき――そんなに悔しいって表情をしてるのに」
「……なあ、綺麗なお嬢さん」
卑屈な笑み――ダストエリアの人間が浮かべるそれだ、とドルデンザは思う。この女が、『平民』などという優しい扱いをされていないというのは、それだけで容易にわかった。
権力の奴隷。犬。人にもなれない屑――わからないのは、それがどうして、パイロットとして認められていたかだ。単に、この女が死ぬ気で這い上がっただけなのかもしれないが。
「私のことはどうだっていいだろう? 問題はヴァネッサで、基地にいる他の連中で、今後のこの国の安否だ。北部にあるあのプラントがオブリビオンマシンのせいで基地ごと崩壊したら、この国の民は飢える。取り合いとは訳が違うことくらい私にもわかる、じゃあ私一人の過去がなんだ? この国が平穏無事に明日を迎えられることが大切なんじゃないのか?」
「……」
「わかったら、さっさと行ってくれないか。全部書いてあるんだから。それともバスの乗り換え時刻まで書いてやらないと駄目か?」
――怒っているわけではない。少なくとも、ドルデンザの目から見て、ロシータという女の中に怒りは見えない。ただ、卑しさから攻撃的になっているだけだ。こういった、醜さに身を浸した者は、ミモザのように美しいひとを前にすると、自分のように打ち震えるか、己の卑賤さを自覚して身を守ろうとする。そして女は、後者に違わぬようだった。とは言え、これ以上ミモザに感情をぶつけさせておくのは本意ではない。ドルデンザはミモザの言葉が途切れたのを見て、己が口を開こうとする。
――が、それよりも、再びミモザが言葉を発する方が早かった。
「……。もどかしいんだよね……本当は気になるくせに」
「気になる? 何が?」
「ヴァネッサさんのこと」
「気にならないな。というか――君たち猟兵は皆言うが、どうして私がヴァネッサを救いに行きたいと思っていなければならないんだ? もし彼女が死ぬことを知っていたとしても、ヴァネッサは私に命令できた。お前を外に出すから、後で救いに来いと。それをしなかったのは彼女で、私は彼女の思惑通りに軍を出ただけだ」
「それだよ。ヴァネッサさんは、あなたに命令できた。……なのに、しなかったの。それがどういう意味か、あなたは本当にわからない?」
「わからない。そう命令しない理由が存在しないのだから」
ミモザが、我慢できないといったように首を振り、真っ直ぐに女を見据える。
「そういうところがもどかしいって言ってるの。命令がないと動かないとか……」
覚悟を込めた視線が、ロシータを見ている。
「だからごめんね。引き摺り出すよ」
あなたの気持ちごと――その言葉を聞いた瞬間、だろう。すとん――と、女の瞳を濁らせていた、一切の卑屈さも媚びも消え失せ、ひどく――削ぎ落された、渇きが、無表情の中に滲むのがわかった。
「私の――気持ち?」
「そう。あなたはヴァネッサさんを恨んでいるの?」
「そんなわけがない」
「恨んでないのなら何で助けに行かないの? 救える自信がない? 救えるって誰かに言って欲しい? あなたの強さってそんなもの?」
「……強さ?」
「そう。あなたは、エースって言われるくらい強かったんでしょう?」
「……強かったんだろうね。ああ、強かったよ」
「じゃあ、自分なら救えるって思わないの?」
「後先を考えないお嬢さんだな、君は」
女の声音は、既に感情を見せていない。
「はっきり言ってしまおうか? 君たちの、私たちの断片から築き上げた希望的観測や、夢や愛に満ちた想像を、私は信じていないと言っているんだよ」
何しろ、彼女が私を動かしたいなら、望み通りにしたいなら――命令を一つ告げればいいだけだったのだから。
冷徹ささえ纏った視線が、ミモザだけでなく、ドルデンザまでをも貫いた。
「私は絶対に信じないよ。ヴァネッサが、『私に命令しなかった』ことなど」
その台詞の違和感に、ドルデンザは僅か、眉根を寄せる。信じない――『命令しなかったこと』を? だが、その違和感が形になることはなかった。ロシータが話を続けたからだ。
「大体、駒が勝手に動いたら、ヴァネッサの描いた盤面がめちゃくちゃになる可能性だってあるだろう。そんな結果、私には到底受け入れられない」
「でも、ヴァネッサさんは死んでしまう」
「そうなのかもね」
「このまま彼女を見捨てる……それがあなたの“好きで選んだ選択”?」
「好き?」
「そう。ヴァネッサさんは、最後に会った時、何て言ったの?」
「さようならと。嘘でもいいからと、再会の言葉を乞うた私に、『嘘は無意味』だからと」
「“嘘は無意味”……彼女が本当に覚えていて欲しかった言葉は他にあるんじゃない?」
「彼女との会話を忘れたことはないよ」
「じゃあ、思い出せるよ。何か、普段のヴァネッサさんらしくないことはなかった?」
「あったよ。でも、だから何だって?」
女が淡々と言う。
「気持ち、と君は言ったな。私の気持ち? そんなものはね――」
エレベーターホールの、天井から届く強い照明が、女の顔に影を落としている。
「――この国において一番無価値で、無意味で、無力なんだよ」
●
「一番無価値で、無意味で、無力なんだよ」
あまりにも鋭いその言葉に、ミモザは思わず息を呑んだ。
「泣いて、怒って、憎んで……足掻いて。それで何か変わったことなんか一度だってない」
ロシータは一歩も動かない。それどころか、指先さえ、髪の先さえ微動だにしない。
「毎日の、ささやかな、そうだな、串焼き一本分程度の幸せを。漁って、口に入れて、頭を下げて、矜持を捨てて、命を乞うた……そうして私は気付いたんだよ」
私に真に必要だったのは、生ではなかったのだと。
「ヴァネッサも似たようなものだ。だから私たちは友人だったんだ」
なあ――。昏く囁く女の顔がどのような表情を浮かべているのか、何故かわからない。
「そもそもの話なんだが――どうして、『見捨てちゃいけない』んだ?」
死なせてやったって。
いいだろ。
「友達だったから? ヴァネッサが嘘を吐いてまで、私を救おうとしたから? そうだ、君たちが正しいのかもしれないね。確かにひどく賢い女だったし、そう命令さえすれば、私が外で大人しく生き延びることだってわかっていたのかもしれない。私が、彼女の命令に背くことなく、敬虔に彼女のことを信じて、適当に生活するだろうとヴァネッサは真実わかっていたのかもしれないね。確かに、それらに関しては、君たちが正しいのかもしれないよ」
でもね。
「彼女の友人は、私だ。誰より彼女を見ていたのは私だ。彼女が――」
女の声音は、静かだ。
「もう死んでしまいたいと心底願っていたと知っているのも――他ならぬ私なんだよ」
だからこそ私は彼女を信じていた。
「そんな私に、嘘を吐いて、遠ざけて、生きろとヴァネッサが言ったのなら――私がそれを最後の命令として遂行することの何が罪なんだ。気持ち、心? そんなもの、」
そんなものは。不意に、ロシータの声が震えた。泣き出すのを堪えている声――だった。少なくとも、ミモザには……そう見えた。
「そんなものは、無意味だと――そこの男ならわかるんじゃないのか?」
女の赤い目が、横のドルデンザへと投げられたのがわかった。それを追って、ミモザも彼を見上げる。
「私ですか?」
基本的に口を挟まない、と言っていたドルデンザも、流石に名指しで問いを投げられては反応を返さざるを得なかったのだろう、柔らかい微笑みを浮かべたまま返事をする。
「そうだ――君からは、私と同じ匂いがするように思うが?」
「ええ、そうですね……そうなのかもしれません」
しかし、私は這い上がりましたよ。ロシータの赤と対極にあるドルデンザの緑色が、柔く細められる。
「生憎、あなたは滑り落ちたようですが」
「似合いの場所さ」
「本当にそう思っているとは思えませんね」
太い喉の奥で挑発するように、横の男が低く笑った。この場にいる誰よりも背の高い――床よりも天井の方がずっと近い――ドルデンザが、上から見下ろすような形で、ロシータへと幼い子供に向けるような目を向ける。
「そうですね……貴女に倣って、私もはっきりとお答えしましょう。お嬢さん、貴女は素直では無い方だ。とても興味がある癖に、私は信じない!と頑なな幼い自分になって全てに言い聞かせ、都合の良い妄想をしていたいだけなのでしょう? いやぁ……貴女は実に人間らしい人だ」
私が貴女と同じであることも。
この場所が自分に似合いであることも。
「自分の心が『無意味である』ということも――結局は全て、貴女の妄想に過ぎないというのに。貴女はただ、自分を傷つけたくないだけだ。そうでしょう?」
「……」
影の中で、女が一つ瞬きをした。怜悧な赤色が、探るように男を見ている。
「わからないと言っていれば、考えなくていい。友人を信じていると言えば聞こえがいい。友人の望みを叶えたいなんて反吐が出るほど感動的です。全てにおいて誰かに依存した言動をしていれば、それはとても楽でしょうね」
何とも微笑ましいこと。ロシータは侮蔑を含むドルデンザの言葉を聞いても、黙って視線を動かさない。瞬きさえせずに、じっとしている。大丈夫かな、とミモザは少し思った。
「幼いまま夢を見ていたいだなんて。ならばこんな所にわざとらしくおらず、とっとと揺り籠へ帰ればいい」
優しい声音の罵倒にも、ロシータはやはり動かない。気持ち――ロシータの気持ち。彼女が無意味だと切り捨てた、心なるもの。
ミモザは、ロシータに、自分自身の気持ちに対して素直になって欲しかった。
ヴァネッサが『人は好きなものを選ぶ』と言った意味に、気付いて欲しかった。
好きなように、『好き』を『選んで』欲しいと……思ったのだ。
――ミモザは、停滞が嫌いだ。熱量のない人生は嫌だ。今のロシータは停滞しきって、何の熱もなかった。それを――どうにか打破したかったのだ。
怒らせてでも。キャバリアで戦闘することになったとしても。
それは、火種になるはずだったから。
だって――予知では。友人と紅茶を飲むような日々を過ごせる人だったのだから。
「……ああ、なるほど」
だが、当のロシータは、凍り付いたままの澱んだ瞳で、ぽんと手を打った。
「私を怒らせようとしたのか。自分が言われたら腹立たしいことかな、それは? 悪いが、私はそんな罵倒、物心ついた時にはもう嫌と言うほど聞かされていてね。今更何も感じないよ。まあただ、一つ訂正するとしたら、私の揺り籠は、戦場の炎だよ。死ねというのと同義だね。でも、ふふ、それは望んでいないんだろ? それとも、そうした方がいいという言葉だったのかな……」
(……どうしましょうか)
ロシータから視線を外さないまま、潜めた声で、ドルデンザがミモザに問う。
(基地の情報自体は手に入れていますから、仕事に支障はありませんが……)
確かに、最低限の目的は果たしている。でも、ロシータは。
ロシータを、本当に諦めていいのだろうか?
そうすることを、ミモザは――自分で許せるのだろうか。
(ここまで煽れば殴り合いも出来るかと踏んだのですが……あれは本当に怒っていません)
罵倒に慣れているのも本当でしょう、とドルデンザが言った。
「おーい、何話してるんだ? もういいだろ? 私に……」
この土の下でさ。
「――ヴァネッサの死の安らかなることを、祈らせてくれよ」
「……そ、」
「そ?」
「そんなの……」
死んでいるのと同じではないのか。停滞の、冷めた体の、行き着くところ。
冬の海より寒々しい、死そのものとどこが違うというのか。
どう言葉を紡ぐべきか――と考えるミモザたちに横たわった沈黙を引き裂いたのは、三者のうちの誰の声でもなかった。
「ああ! やっと見つけた!」
「お……オーナー!? 何しに」
ロシータがおそらく初めて、心の底から驚いた顔をした。息を切らしてやって来たのは、身なりのいい、壮年の男である。
「何しにって、さっきからちょくちょく猟兵が来てただろう? エキシビションマッチ開催だよ! いやはや、準備に手間がかかってね!」
「はっ!? エキシビションマッチって、えっ!? いや猟兵だって仕事があって来てるだけでですね――」
「それはわかってるよ、部屋やら記録メディアやら用意してやったんだからね。でも――」
「私は参加できます」
――諦めない。
この人に、火をつけてみせる。
「いや君たちは早く行けよ!? 現在進行形で崩壊が進んでるって聞いてるぞ!?」
「わかってる、でも!」
あなたが、ヴァネッサの言葉を本当の意味で思い出してくれることを。
あなたの命に、再び火がつくことを。
あなたが埋葬したあなた自身の魂に――私はもう一度、温度を持たせたい。
ミモザという花に、人が与えた言葉の中には、『友情』があるのだ。
「……もしかして、猟兵に負けるのが怖いのですか? 確かに、負けたら何の言い訳もできませんからね。力でものを決めるのは単純ですから」
ドルデンザが、追い打ちのように、そう告げた。
「――誰が、」
……嗚呼、火だ。
「誰が、誰に、負けるって?」
火が――点いた。ロシータの目の色が変わる。赤々と燃え盛って、煮えた怒りの炎。血潮の色。
そうやって――『自分自身』のために怒ることができるのなら、まだその先はある。
ミモザは嬉しくなってきたのを胸の中に押し込めて、ドルデンザの話に乗る。
「私達はキャバリアに乗るのは初めてだし、二人で乗る。ユーベルコードも使わない。それでも勝てる自信がないの?」
「お前ら……ッ!」
「いいですね! 美男美女の二人乗り猟兵と、元エースパイロットの激突! 大丈夫です、賭けにはしません! ああロシータ! いいぞ、盛り上がる! 何の用で猟兵さんがお前を訪ねてきているのかは聞かない、わたしの面倒になるからな! だが素晴らしい仕事をしてくれた! ああ本当に凄いことだ、わたしの闘技場で猟兵が戦うなんて……そうだ、録画の準備もしておかないとな! それじゃあいつものキャバリアに搭乗よろしく頼むぞ! あっ猟兵さんにはすぐ整備済みキャバリアを案内させますので!」
それでは!と嵐のようにオーナーは去り、後には「あの人……本気か……」と頭を抱えるロシータに、ミモザとドルデンザが残された。
「はー……。まあいい、仕方ないさ。一応聞くが、猟兵、名前は」
「海藤ミモザ」
「ドルデンザ・ガラリエグス」
訊かれたままにそれぞれ名乗ると、「カイドウ・ミモザとドルデンザ・ガラリエグスか。覚えたよ」とロシータが顔を歪めた。
「絶対に叩きのめしてやるからな」
「貴女こそ、その右腕のせいだなどとみっともない言い訳はしないでくださいね」
ドルデンザの言葉にロシータが無言で中指を立て、怒りの形相のまま去って行った。「この世界でも侮蔑のサインは中指なんですね」なんてドルデンザは感心したような素振りで顎を撫でていた。
「……言い過ぎじゃなかった?」
「ああいう手合いにはあれくらいで十分ですよ」
殆ど入れ違いに、慌てたような様子で駆けてきた案内のスタッフに連れられて、ミモザはドルデンザと共に用意されたキャバリアへ乗る。八百長防止で、と言われたキャバリアからは短距離通信機能さえ奪われている。それなのに、観衆の熱狂だけは痺れるほどに伝わって来るのだから不思議だ。
「殆ど知らない技術だというのに、拙くとも動かせるのは何とも言えない心地ですね」
コックピットの椅子に座り、操縦桿を握って動作確認をしていたドルデンザが、面白がるような、困惑したような笑みを小さく浮かべて、キャバリアの手をゆっくりと開閉した。
「汎用的な人型のキャバリアだからか、もう少し慣れれば、普段と同じ程度には近距離格闘もこなせるかもしれません。動かし方さえわかるなら、戦闘知識自体はどこの世界でも然程変わりませんしね」
とは言え、と男が続ける。
「相手は元とつけどもエースですから。注意は十分した方がよいでしょう」
「それなら、技術と経験で劣る分、私がドルデンザさんの眼になるよ」
安全のため簡易ベルトで体をコックピットに固定しつつ、ミモザは、ドルデンザから以前もらった翡翠眼鏡をかけ、彼の背後からメインカメラと思しきモニタの映像を見る。そんな自分の姿を振り返るように見て、男が微笑みの形に隻眼を細めた。
「とても心強いです」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
そんな会話と共に格納庫から通路を運ばれて、リングへは己の操縦で上がる。ロシータの機体は、真っ黒で、軽量型なのか、ひどく細身のシルエットをした人型だった。武器は見る限り、両腕につけられたガントレットと、それを邪魔しないよう内蔵された射出用チェーンだけのようだった。いや、チェーンは足にもあるようだ。
「電磁パルス発生型の装備みたい。あんまり有効範囲は広くないかな? 近くで起動したら麻痺させられるかも。それと射出できるチェーンが両手両脚に搭載されてるね」
「中々厄介そうな装備ですね。接近戦は避けた方がよさそうですが……外観も含めて考えると機動力も相応に高そうですから、先ずは相手の体勢を崩すべく、ヒット&アウェイで脚を狙っていきましょうか」
部位破壊ができれば重畳、とドルデンザがサーベルを取り出して握る。
『――シータはいつものように立って――対するは猟兵の――賭けはナシ! しかしルールはいつも通り! 動かなくなった方が敗北です! 我が社提供のキャバリアの性能を――』
「ああ……なるほど。見世物という理由もあるのでしょうが、この闘技場自体が製品の紹介を兼ねているのですね」
「ロシータさんを採用した理由はあるのかな?」
「勿論あると思いますよ――」
キャバリアのオーバーフレームを貫くゴングが、コックピットに響く。ドルデンザが言葉を止めて、サーベルを手に、先制攻撃を仕掛けるべく体勢を取る。
「――行こう、ドルデンザさん!」
脚を狙い、推進機を使って肉薄する。一撃目は、同じく推進機を使ったロシータの機体が凄まじい加速と共に、闘技場の地面で足を滑らせ、躍るような回避を見せた。黒い巨体が、そのまま前のめりに沈み込む。――やはり、腕を使うか。
「右斜め下からガントレット!」
機体の僅かな傾きから攻撃の気配を感知し、ミモザは鋭く指示を飛ばす。それに反応してドルデンザがキャバリアを操縦して回避する。同時に重心が不安定となったロシータの機体目掛けて足払いを放つが、相手も予測していたのか、軽々と地面を蹴って跳ねたキャバリアに避けられてしまう。そう言えば、ロシータはユーベルコードを使うのだろうか。使うのだとしたら、装備が変わる可能性もある――ミモザの思考を中断するように、ロシータが再び加速し、ミモザたちの機体の目前で跳ね、踵落としの要領で足を振り下ろす。速い!
「肩の防御! 破壊されるかも!」
無防備に出された足に、サーベルで斬り撥ねることも考えたが、それより防御を優先して叫ぶ。重量がない機体に見えるので、そこまでダメージはないかもしれないとは考えた――が、防御した腕部の、盾も含んだ装甲が、軽微ながらも破損したというメッセージがコックピットに表示されたのを見る限り、その判断は正しかったらしい。防がれたロシータの機体が一瞬だけ静止する、その隙を逃さず、「カウンターでシールドバッシュして!」とミモザは叫ぶ。反射のようにドルデンザが盾のついた腕装甲をグッと引き、勢いよく突き出す。形容し難い金属の破壊音が響いて、ロシータの機体の足関節が大きく開く。可動域を超えたのがわかる――いける、優勢だ。
「バルカンを――!」
盾で弾いた分だけ遠くなった距離を活用するため、頭部バルカンの使用を選ぶ。ライフルを使わなかったのは、自動射撃の方が速いと判断したからだ。だが、それを読んでいたかのようにロシータの機体が腕のチェーンを射出し、その体を地面まで引き寄せた。バルカンが空を切る、ロシータがチェーンを収納して体勢を整えようとする。それを受け、ドルデンザが即座に距離を詰めて、ミモザが何を言うより先に、足へとサーベルを振り下ろす。
――ロシータの機体、その、破損した足が、伸びた。
いや、正確には、伸びたように見えた。ロシータは回避行動を取らなかった。サーベルを持つミモザたちのキャバリアの腕をひしぐように、その黒い両脚を絡めて――サーベルが、コックピットすぐ傍のオーバーフレームを貫いた。一歩間違えれば即死とすぐわかる位置にミモザは青褪めるが、ロシータは止まらない。ドルデンザが反応するより、ミモザが見切るより瞬きの分だけ早く脚部からチェーンを射出し、地面に突き刺すとその力のままに、腕を挟んだ脚を腰から強く捻じる。
勢いに任せて――こちらのキャバリアの腕が――もがれるように折れて落ちた。
「く――!」
「来るよドルデンザさん! サーベルの投擲!」
アラートが鳴り響く中、バルカンを撃ちながら咄嗟に距離を取る。投げられたサーベルはバルカンに破壊され、爆発音と共に煙を上げた。その黒煙を切り裂いて、ロシータが迫る。
ミモザがライフルを、と口にするのと殆ど同じタイミングで、ドルデンザがライフルを構える。彼の戦闘知識と、ミモザの予測が重なったようだ。じゃあドルデンザさんはどう動くのが『馴染む』だろう、武器はシールドとライフル、ロシータの機体との距離はまだある、動けなくなったら負け――ロシータの機体は脚部の破損で速度がそれほど出ていない。踏み込みも浅かった。オーバーフレームの背についていた推進機は先程のサーベルによって破壊されており、脚部の踏み込みのみで迫っている状態である。翡翠眼鏡で見る限り、その重心移動の精密性も明らかに落ちており、先程までより大きな性能の低下が見られる。その状態で近距離武器しかないのなら――
(遠距離から!)
「両手両脚――落とそう! この距離ならできる!」
「わかりました!」
ミモザの予測の通り、動きの支障など一切なく、ドルデンザのライフルが、ロシータの脚を撃ち抜いて潰す。右脚、体勢を崩したところで左脚、それから足掻くように突き出された左腕――
(――『足掻くように』?)
そんなことを、この相手がするだろうか? 思考のノイズ、反応するのに一瞬だけ遅れるに十分な。ドルデンザも同じことを思ったようで、息を呑むのがわかった。しかし次の手が読めない、距離は空き過ぎている、ロシータには既に移動手段など残っていない。推進機は壊れ、脚はない。武器は腕の射出チェーンとガントレットのみ。考えが纏まるより先に左腕が撃ち抜かれて飛び、流れるように右腕へとライフルの照準が合う。おそらくドルデンザにとっては反射に近かったのだろう、そして、『キャバリア操縦に不慣れであるが故に、動作の中断も難しかった』――のだとミモザは考える。
ロシータの機体のガントレットが起動して、チェーンがこちらへと射出された。ライフルの弾が右腕を吹き飛ばす、ライフルを投げ捨て、シールドで腕を弾こうとして――それより速く、チェーンが、キャバリアの肩に突き刺さった。関節に金属が突き刺さった腕の動きが鈍くなる――これではシールドが。
シールドが間に合わない。
なのに、チェーンを引き抜くための腕がない。
そうして飛んできた腕の電磁パルスが――ミモザとドルデンザのキャバリアの動きを完全に止めた。
静寂。
『――ひ――』
試合前の前口上と同じ声が、しゃっくりのような声を上げた。モニタまで全て破壊されたので、外がどうなっているのかまったくわからない。
『引き分け――だぁ――!!』
暗闇を劈く、観客の絶叫。
「……あちらのお嬢さん、最後の一撃でユーベルコードなどを使用していましたか?」
「う、ううん、使ってない……」
キャバリアが動かなくなったため、運搬のためにスタッフが集まって来たようで、喧騒と共に人が近づくのがわかる。彼らの案内に従ってキャバリアから降り、巨大な闘技場の地面に立つ。ひどく集中して揺れるキャバリアに乗っていたせいか、地面に違和感がある。これが、昔咲いていた街で時折聞いた、『陸に酔う』という現象なのだろうか。
「……これでわかっただろう」
先にキャバリアを降りていたらしいロシータが、横倒しになったキャバリアに腰かけて、詰まら無さそうにミモザたちを見ていた。
「『ユーベルコードを使わない、キャバリアパイロットでさえない君たちと引き分ける程度』にしか、今の私は戦えないんだよ」
「……腕があれば勝てたと?」
「さあ。随分戦場に立っていないし、腕があっても引き分けたかもね」
スタッフに促され、ロシータが立ち上がる。
「まあでも――久々に多少面白かったかな。そこは心から感謝しておくよ」
「面白かった? 戦いが?」
驚いて声を上げると、ロシータが不機嫌そうな顔をした。
「何? 悪い?」
「――ああ。貴女――わかりました」
ドルデンザが、得心したように頷いた。
「すみません、お話の方向を間違えていたようですね。貴女には、こう言いましょう――」
本気を出して戦える場が待っていますよ。
「――勿論、死ぬ可能性も、大いにあります」
その言葉に、ロシータの左手の指がぴくりと震える。赤い瞳の奥で、ごう、と感情の炎が燃えて――すぐに消えた。
理由は、おそらく簡単だった。
「……ヴァネッサに怒られるから、私はいいよ」
それくらいは流石に想像つくしさ。そう言い、手を振って、ロシータは振り向きもせずに去ってしまった。
「相手の『絶対』を信じていたのは、存外ヴァネッサさんの方だったのかもしれませんね」
「え?」
呟いたドルデンザを見上げると、男は優しい微笑みでこちらを見てくれる。
「あのお嬢さんが、『絶対に自分の言うことを信じる』ということを、ですよ」
「それは……ロシータさんが、誰の言うことも信じなくて、自分のことだけを信じてくれるって……信じてた、ってこと?」
「そうです。あのお嬢さんの妄信を、元々ヴァネッサさんは織り込んでいたのでしょうね。でなければ――」
あの方は今頃、後を全部オーナーとやらに任せてとっくに基地へ行っていましたよ。
「それは、」
友達を助けるために?と続けようとしたミモザに、ドルデンザが首を横に振り、「さあ」とだけ答えた。
「真実はわかりません。ただわかることは――」
「わかることは?」
客席はまだ熱狂に湧いている。耳鳴りがするほどの歓声。
「……彼女は、あれでいて……それでも『ヴァネッサさんのために』生きようとしているということでしょうか。私達を追って来るも来ないも――最早それを彼女が無視できるかどうかのみの一点に集約します。自らの背信を、裏切りの罪を、受け入れられるかどうか」
少なくとも、一度は火をつけました。だから。ドルデンザが言う。
「私達に出来るのは、先で待つことだけです」
「……待ってたら、来ると思う?」
「どうでしょう。ただ……」
キャバリアから離れ、『先』たる基地へ向かうべく、男と共に歩き出す。
「彼女が己の炎に焼かれることを是と出来たなら――来ることができるでしょう」
きっと。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ジニア・ドグダラ
情報を得ると言えども、方法は多数あり。
ですが今回はロシータさん、彼女に接触し友好的に行動して貰える方が、よさそうでしょうか。
だからこそ、グリモアの未来を考えなくては。
出血や苦痛の緩和目的で注射器を自己注射。並びに鎖とローブを握りしめ、呪縛に備える。
ユーベルコードは全員の人格と対談。
ヴァネッサの最後の言葉。家名のない、何かしらの柵が関連する?或いは力に関連する物?
いや選択する事自体無意味と捉えた彼女に、好きな物を選択する事を知ったのは『あなたに会ってから』
まさか、友情や愛情が芽生えた?彼女はこの結末を知っていた?
疑問は多数。だからこそ、遠慮なく私の中の〈《[私]》〉に問う。
考察した情報で以て、彼女に接触。
真実触れているならば、彼女をあそこに連れ出すのはヴァネッサの意思に反する可能性がある。
しかも情報はあくまで私の想像。かつ押し付けられた意思は、迷惑かもしれない。
それでも、です。
選択するのはロシータ、彼女です。
あと真実を放置し、親しき存在が亡くされるのを見過ごすのは、非常に気に食わないので。
レッグ・ワート
逃がし手の狙いに添った上に小康以上を維持?
いい奴だな。そんじゃ仕事だ。
状態確認は通しで。そこいらで情報持ちの新旧機体やら立回りの評判やら聞きつつ本人探しと行こう。見かけたら挨拶自己紹介してから、情報収集もそうだが依頼もあるって話しつつ、とりま聞いてみるか。紅茶・コーヒー・ミルクetcどの党だ。いや地理経路やら配備機体や構造構成的な情報は知れるもんならだが、現地入り前にキャバリアよく使える奴にきいておきたくてさ。生体手ぶらも何だろ。
他は現地指揮官や指揮下はどの程度乗るのかとか、どんな風にそちらさんが動き動かされてきたかとかももう一声。あとメンテとか対策は十分だと思うが、義手絡みで生体側から出来る事でまだそうなネタがあれば伝えとく。ぶっちゃけ俺とドローンの内外2視点で操縦見てたいんだが軽く畳んでもちょっと狭そうなんだよなあ……。
相手は先に済ませてるみたいだが、情報持ちは置き台詞に返事してないんだろ。向こうばっかり覚悟決まってるのは生体的にズルくない?後怖くない?てなわけで現地案内の依頼だぜ。
玖篠・迅
……基地の事を聞いて、すぐに向かったほうがいいんだろうけど
このままにはしたくないって思うんだ
朱鳥たちにもロシータさんを探してもらうな
…その間、ちょっとだけ受付の人とかに普段のロシータさんの様子をどんなんか聞いといてみる
ロシータさんに会えたら、ヴァネッサさんがどんな人かって事とロシータさんの事を聞かせてほしいって頼んでみる
今回の事は、二人の事をちゃんと知っておかなきゃだめだっておもったから
ロシータさんが知るヴァネッサさんがどんな人かとか、ロシータさんが爵位にこだわる理由とか、なんでヴァネッサさんをずっと…右腕がそうなっても信じられるのかを知りたい
…どうしても聞いておきたいのは
ヴァネッサさんはロシータさんを選んで、なにものでもないロシータさんに幸せがあるようにって願ったように俺は思えたけど、ロシータさんはそれでいいのかなって
まだ会えるかもしれない。できることはあると思うけど、これでいいのかなって。後悔することはないのかなって。
死んでしまえ。
「ハ、アハハハハハ!」
死んでしまえ。
「そうだね、友達だ! ヴァネッサと私は友達だよ! 『友達だった』さ!」
死んでしまえ。
「真実を放置するなと君は言ったな。だがね――猟兵。ジニア・ドグダラと言ったっけ?」
死んでしまえ死んでしまえ死んでしまえ。
「ヴァネッサが嘘を吐いたというのなら――」
死ね。
「――『私を助けるために、自分を犠牲にして、嘘を吐いた』ことを私が認めたなら――」
頼むから、死んでくれ。
「――私はそれを彼女の『裏切り』と認識するけれど、私は本当にそうしていいのか?」
ヴァネッサよ。
私の信心のために、死んでくれ。
「それは君たちの本意か?」
そして赦してくれ。
『私を救おうとした君』という存在を認めないことで――君の願いを叶えたい私を。
どうか。
どうか。
どうか!
茨の女よ、どうか――君の死を以てして。
その棘の痛みだけをよすがに生き続けようとする私を、どうか。
「わかるか? だから、私は、『信じない』と言っているんだ。ずっと。真実を理解することがいつでも正しいわけじゃない、理解していても目を背けなければ『生きていけない』ことだって、ある」
どうか。
「この私の話を聞いてなお、私に真実を突き付けたいのか、ジニア・ドグダラ」
永遠に――罰して。
●
ジニア・ドグダラは、観客席に一人座って、ロシータと他の猟兵との試合を眺めていた。無論、茫漠と観戦していたわけではない。考えていたのだ――彼女とどう接触するか。
(情報を得ると言えども、方法は多数あり。……ですが今回はロシータさんに接触し友好的に行動して貰える方が、よさそうでしょうか)
だからこそ、グリモアの未来を考えなくては。
あのグリモア猟兵は何と言っていたか。国が亡びる。よくある話。最後に愛も友情も勝たない……。ロシータのキャバリアが踊るように脚を伸ばした。鋼鉄の腕が折れる轟音。観客の狂ったような熱が更に高まる。ジニアはその光景を見ながら、すっと立ち上がり、観客席を後にする。何ということはない――周囲から聞こえた、「やっぱり貴族殺しは伊達じゃないなぁ!」という侮蔑とも賞賛とも取れぬ無神経な感想が、些か不愉快だったからだ。あまり五月蠅いと思考が乱れる――それに。
(止血剤を使うにも適していませんからね)
観客席とは打って変わって、闘技場の観客用通路は閑散としていた。皆、急に開催されたエキシビションマッチを見ているらしい。確かに見応えはあった、観客があれほど騒がしくなければもう少し見ていてもよかったと思う程度には。
ジニアは通路を少し歩いて、監視カメラのない場所まで行くと、止血剤を取り出す。場所などどこでもよかったが、一応注射器であるので、スタッフなどに誤解されて見咎められる可能性を考えた結果である。
誰もいない通路の片隅で、己に薬剤を投与する。針を抜き、注射器の始末をしてから、鎖とローブを握り締める。ユーベルコードの代償たる呪縛に備えてのことだ。直後、襲い来るのは、発動させたユーベルコードによる眩暈がするほどの頭痛と――それから、聞き慣れた『女たち』の声。
〈さて、それでは始めましょうか〉
《すべて騙し切ってみましょう》
[敵対存在を殲滅しましょう]
悪辣で、卑劣で、鬼畜外道な、姦しい三人の女〈私〉たち。
〈――とは言え、今回殲滅されるのは敵というより、この国なのでしょう?〉
《そうですね、このままだと滅ぶそうです》
[国が滅亡するところなど、見たことがありませんね。……考えましたが、このまま放っておいて、見物していてもよいのでは?]
(……やめてください)
秘術・人格分離〈ワタシハワタシデワタシジャナイノダカラ〉で呼び出した女たちは相も変わらずの調子である。ジニアは鎮痛作用を以てしても耐え難い頭痛に眉根を寄せ、通路の壁に凭れる。
(それを止めてくれというのが今回の依頼なんです)
〈依頼?〉
《ふふ。確かに、依頼ですね。依頼だから来たのでしたね》
嗤う女たちに、ジニアは頭痛ではなく腹立たしさから顔を顰める。
(……何が可笑しいのですか)
《わざわざこの仕事を選んだ理由は、自分でもわかっているでしょう?》
〈国を救ってくれとグリモア猟兵の依頼があったから? 大層な理由ですね〉
[オトモダチが死ぬのを無視するロシータさんが不愉快だからというのが――]
本当の理由でしょう。
頭の中で密やかに囁いた『自分自身』たちの声に、ジニアは目を細めた。
(……もしそうだったとして、私のやるべきことは変わりますか?)
〈いいえ、変わりません〉
[ああ、第一人格様が怒っていますよ]
《もっと素直に考えたらいいものを》
(……いいから、この件について考えてください)
苛立ちを隠しきれずに――尤も、この三人に感情を隠すことなど本来出来ることではないが。彼女らは確かに、自分の中にいるのだ――ジニアは言って、静かに目を閉じると、思考の海へ深く沈む。
(……ヴァネッサの最後の言葉が気になります)
《家名のない、でしたか?》
〈そう。『家名のない、ただのロシータ。あなたの命に、幸あらんことを』。――こうです〉
[平民だから、ではないでしょうね]
(何故ですか?)
[簡単です。ロシータの載った、あのチャンピオン戦の貼り紙を見ましたか?]
(ええ――)
〈対戦相手は、『家名がありました』〉
《元々名字がないというのがおかしいのです。この世界はUDCアースと同じくらいか、それ以上には文明が発達している》
[しかもプラントが生産する資源を分配しているのでしょう?]
〈まあ、戸籍制度はあると考えて然るべきでしょうね〉
(それは確定ではないでしょう。そこまで国としてきちんと機能しているのかどうか。勿論可能性として高いのは間違いないと思いますが……)
そもそも、家名――『姓』というのは、一意にその人間を表さなければならない場合に、必要に応じてつけられるものであって、ロシータがただ『ロシータ』と呼ばれるだけで彼女を指すのならば家名はなくとも問題はないだろう。それがどういう意味を持つかまではわからないが。
(私が気になるのは、わざわざヴァネッサが『家名のないただのロシータ』と最後に発言したことです。……ヴァネッサが用意した、何かしらの策が関連する?)
〈それはどうでしょう?〉
《単に事実として家名がないからそう告げただけにも思えますが》
[あるいは、『ヴァネッサはロシータの家名を知っている』のかもしれません]
(家名を……?)
[つまり『彼女の親』ですよ]
なるほど、と思いながらその先を咀嚼するより先に、他の女たちが言葉を紡ぐ。
〈成程。ヴァネッサはロシータの友人で、上官です。事情くらい知っているでしょう〉
《であれば、『ただのロシータ』を指して、『自由になれ』と言いたかった?》
[もしそうなら、少しも伝わっていないようですが]
囁くように三人の女がヴァネッサを嗤う。その底意地の悪い様子にジニアは益々眉間の皺を深くして、ゆっくりと息を吐いた。ため息だった。
(では、視点を変えて。……或いは力に関連する物?)
三人の女に問うてから、いや、とジニアは自身の疑問を否定した。
(選択すること自体無意味と捉えた彼女に、好きな物を選択する事を知ったのは『あなたに会ってから』。まさか、友情や愛情が芽生えた? 彼女はこの結末を知っていた?)
[さあ。ただ、グリモア猟兵の予知を聞く限り、そうなのでは?]
〈しかしあのヴァネッサの言葉は、おそらくコーヒーの話ではありませんが〉
《ああ、だからこそ、では? ヴァネッサは、『好きなもの』を選んだのでしょう》
〈『もの』――そうですね、『もの』〉
[どこまでもヴァネッサは、『もの』としてしか見ていないのでは?]
だからロシータの感情を無視できる。女が、ヴァネッサの行為を嗤っている。
〈その点で言えば、ヴァネッサの感情は、友情や愛情ではないのかもしれませんね〉
《ええ、そんな『お綺麗』なものではないのかも》
(……ですが、ロシータは、彼女を友人と呼んでいました)
と、そんなジニアの思考を、第三者の声が裂く。
「――おーい、君、猟兵だろう?」
目を開くと、凪いだ湖面のように感情の見えない顔をした女が、すぐ傍に立っていた。
黒い髪に、赤い瞳。
「……ロシータ、さん」
《そう言えば試合が終わったと言っていましたね》
「そう。具合が悪いなら救護室を案内できるけど」
「大丈夫です。……ユーベルコードの副作用なので」
「なんだ、何か使ってるのか? 何をする気かは知らないが、ほら」
何かの端末を差し出されたので、受け取る。
「これのここを――」「ロシータ」
端末の説明をしようとするロシータを、ジニアは真っ直ぐに遮る。
「……なんだ?」
「あなたは、ヴァネッサを、友人だと思っていますか」
「……思っているが。それが何?」
「ヴァネッサが――あなたを、友情ゆえに逃がしたのだとしたら、あなたはどうしますか」
ロシータが、うんざりと言った顔で天を仰ぐ。
「またそれか。君たちは余程、『うつくしいはなし』が好きだな?」
「そうなのかもしれませんね」
「まあ、どうもしないよ。放置かな」
「……」
ヴァネッサが、友情によって、あるいはそれに準ずる何がしかの感情によってロシータを基地から放逐したのなら……それが真実で、自分がそれに触れているのならば、彼女を基地へ連れて行くのは、ヴァネッサの意思に反する可能性がある。その事実に、ジニアは当然、気付いている。
(しかも情報はあくまで私の想像)
かつ押し付けられた意思は、迷惑かもしれない。そう思うだけの理性はある。頭の中で他者を嘲弄する女たちのように、その醜悪な奔放さを振り翳せる人間ではない。
(それでも、です)
「……彼女が」
「うん?」
「ヴァネッサが――あなたに、最後、何と言ったのか。私は知っています」
「へえ?」
(選択するのはロシータ、彼女です)
自分より高い位置にある女の顔を見ながら、ジニアは続ける。
「家名のない、ただの――ッ!」
ロシータの纏う雰囲気が変わった。そう思った瞬間のことだった。胸倉を掴まれ、壁に背を叩きつけられる。
「……猟兵というのは、覗きの才能でもあるのか?」
咳き込むジニアに、女の低い声が落ちる――しまった、足が、爪先しか付いていない。
「本当に彼女の言葉を知っているとはな。チッ、他の猟兵も知ってたのか」
だから一々あんなことを言って来たんだな、とロシータが吐き捨てる。
「ああ、とんだ茶番じゃないか。折角、久々に少しいい気分だったっていうのに」
「ヴァネッサ、は……っぐ!」
「黙れ。何の関係もないお前が『したり顔』であの女のことを話すな」
〈銃でも使いますか?〉
《いえ、体格差があるので、下手に出すと最悪取られます》
[少し話をしただけで激昂するとは、怒りっぽい人ですね]
(うるさい……ですよ!)
頭の中で暢気とも思える声音の『ジニアたち』が会話をしている。だが、ここまで怒るということは、おそらく本当に、ヴァネッサの『ただのロシータ』という言葉には、それ以上の意味があったのだ。
「――ヴァネッサは、全部知っているんでしょう」
ロシータの腕の力が強くなる。
「あなたのことを! その上で、何者でもない『ただのロシータ』に、『幸あらんことを』と言ったんでしょう!」
「だったらどうした」
「あなたは――これから、ヴァネッサの死の上で幸福になれるんですか!」
「なれると思うか?」
「それなら――ッ」
「いいから一度黙れ。ちっとも冷静になれやしないだろ。お前の首を折ってもいいんだぞ、こっちは」
「ひ、とごろしに、っぐ、なる気ですか!」
「馬鹿なことを言うやつだな。私はとっくに人殺しだよ」
ああそうだ、とロシータが笑う。
「エキシビションマッチの二戦目でもオーナーに提案してみようか――私はキャバリアでの人殺しが一番得意だったんだ」
「それ、が、あなたの選択ですかっ」
「そうだよ」
これが。女は笑っている。
「これが――私の選んだ、『コーヒー』さ」
「――ッ、」
この人は、すべてを理解している。話が通じないのは、信じないと強固に言い続けられるのは、『理解していて躱している』からだ。意図的に、猟兵と話を嚙み合わせる気がない。
ジニアの想像は間違いなく真実で、ロシータはそれを『知っていた』のだ。
なんだそれは。
「わかって、る癖、に……ッ」
わかっていて、どうして――今から、友人が死ぬと分かっていて、放っていられるのだ。
「気に――食わない――!」
「そう? でも仕方ないだろう? ヴァネッサがそう望み、私はその望みを受け容れることを選んだんだから」
「それは、自分で選んだとは言いません!」
怒りが渦巻く、煮えたぎる。
まだ助かるのに。
まだ、ヴァネッサ〈彼女の友人〉は助かる可能性があるのに!
「あなたは――誰かが選んだものを、好きでもないのに、飲んでるだけでしょう! 真実を放置し、親しき存在が亡くされるのを見過ごすのは、非常に――気に食わない……ッ!」
「……知った風な口をきくな」
胸倉を掴み上げる力が更に強くなって、首が一層締まる。
「私が本当に選んだら。私が『好きなもの』を選んだら。誰も幸せにならない」
もうこのまま折ってもいいか、と、ロシータがジニアの首に右手を伸ばす。駄目だ、隙を見て撃つしかない。ジニアは銃を手にしようとして――
「――それはまずいって」
「いっ、つ! なんだお前!?」
聞き覚えのある声と共に、ロシータの腕がジニアから引き剥がされていた。
「いや流石に、殺人事件が起きそうになってたら問答無用で止めるしかないんだよ。俺も」
生体死ぬと困るから。
そう言って現れたのは、レッグ・ワート――以前にも別の依頼で共に行動したことのあるウォーマシンの猟兵であった。
●
「ロシータについてですが、生憎出生は知りませんね。家名がないので、どこかの国からの『流れ者』か何かかと思っていましたが。恐縮ですが、わたしの商いには必要のない情報なので調べておりません――はい、そうです。『調べておりません』。わたしの手元には彼女に関する事実はないのです。それが『事実』です。どうかそれ以上のご質問は控えていただけますと幸いです」
そう答えてくれたのは、オーナーだった。彼は静かに、そしてどこかすべてに飽いたように見える表情で、「わたしは単なる商売人として一生を過ごしたいのです」と微笑んだ。
「ただ、『ロシータとアルベス子爵の間に何があったか』――こちらはお答えできますよ」
言葉が続く。
「彼女が子爵のご両親を、アルベス子爵ご自身の命令で殺害したのです。罪人として」
有名な事件です。オーナーはそう言って、緩やかに足を組んだ。
●
エキシビションマッチの映像が、エレベーターホールの天井付近に取り付けられたディスプレイから流れている。殆どの客は足を止め、それを眺めていた。
口々に、「ロシータが死んだら面白いのにな」だとか、「あの茨の女と組んでた鮮血の英雄が死ぬはずないだろ」だとか――「四肢がなくなってもあの女は戦うのかね。いや、戦えるのかね? もう軍属でないんだろう? オーナーに金を積んだら試してみてはくれないものだろうか」だとか。
それを偶々見かけた玖篠迅をして、思わず眉根を寄せるようなことを言いながら。
この人たちに、ロシータさんについて何か質問したくない。
そう思わせる発言がひどく目立って――迅は嘲笑と好奇が煮詰まったその場所から離れるために足を速めた。
彼らは知っているのだろうか。ロシータを失った北部プラントが、今壊滅の危機に瀕していることを。知っていても、あんなことを言えるのだろうか。
エキシビションマッチを映すディスプレイ、そのスピーカーが引き分けだと叫んで、人々が沸いた。この後、戦いを終えたロシータはどこへ行くだろう。控室だろうか、それとも、どこかであの罵倒にも似た言葉の雨をやり過ごすのだろうか。
迅は少し開けた場所――つまり先程のような人々があまりいない場所――につくと、朱鳥を召喚する。ロシータを探してもらうためだ。
「頼むなー」
赤い鳥たちが天井付近を飛んで行く。遠くから、余興の一つと捉えたらしい人々の歓声が聞こえてくる。今日はいい日だ、最高だ。口を揃えて、皆そんなことを言っている。彼らが自分の置かれている状況を知った時、軍を離れたロシータさんが責められませんように。迅はそう祈らざるを得なかった。
(……基地の事を聞いて、すぐに向かった方がいいんだろうけど)
もし彼女が疲れ切って休んでいたとしたら、邪魔してしまう形になってしまうから、本当に申し訳ないと思うけれど――でも。
(このままにはしたくないって思うんだ)
朱鳥でロシータを探しながら、迅は闘技場で働く人たちを探すために自分も歩き始める。ロシータを雇っている人たちなら、きっと観客たちよりも彼女のことを知っているだろうし――あそこまでひどいことは言わないだろう。少なくとも、先程やっていたエキシビションマッチの司会をしていた人は、人の悪意を煽るような物言いではなかった。観客が熱狂したのは、迅が見ている限り、彼ら自身の悪意が肥大化して飲み込まれたためだ。群衆となって増幅された悪意のうねりが彼らを焼いた。それだけだった。
闘技場の関係者――まずは受付を探そう。人を避けてここまで来てしまったが、幸いこの闘技場はすり鉢状であるようだ。外周を歩けばどこかには行き着くだろうし、もし駄目でも地図くらいどこかに設置してあるだろう。できれば、ロシータが見つかるまでに、ちょっとだけ普段の様子がどんなものか聞いておきたかったのだ。
ヴァネッサから離れて、軍から出て……どう生きているのか。そんな姿を。
歩きながら、迅は同時に、ロシータが見つかった後どんな質問をしようかと整理する。
(……どうしても聞いておきたいのは。ヴァネッサさんはロシータさんを選んで、なにものでもないロシータさんに幸せがあるようにって願ったように俺は思えたけど、ロシータさんはそれでいいのかなって)
彼女がここへ辿り着くことになった、始まりの日。予知で告げられた話。
あそこにあったのは、『ヴァネッサの選択』だけだ。
ロシータは彼女の選択を受け取り、それを実行した。
そして、このまま事態だけを解決するならば、彼女らはもう二度と会えなくなる。
だが、『解決する前に』……つまり『今』ならば、まだ。
(まだ会えるかもしれない。できることはあると思うけど、これでいいのかなって)
ロシータが会いたくないなら、その意思を尊重すべきだとは思う。けれど。
(後悔することはないのかなって)
二度と会えなくても、ロシータは悔いなく生きていけるのだろうか。
いや――きっと、『後悔しない』と答えるだろう。
でも、それは本音なのだろうか。
本当に、心の底から――彼女は後悔しないのだろうか……。
「――おや、猟兵さんではないですか?」
考えながら歩く迅が声をかけられたのは、そんな折のことだった。振り向くと、仕立てのよいスーツを着た壮年の男性が、驚いたような顔で迅を見ていた。
「ああ――大丈夫です。お客様でない……というかこの国の人でないのはすぐわかります」
ロシータのことを見る目が違いますからね、と男性は自嘲するような声音で言った。
「すみません、自己紹介がまだでした。わたしは……オーナーです。この闘技場の」
オーナーだと自らを紹介した男は、一瞬だけ迷う素振りをしたものの、しかし結局、己の名を口にしなかった。迅は名前を知りたかったが、差し出された名刺を受け取っても彼の名はなかったので、名前を隠しておきたいのだ、と察して訊くのをやめた。
「猟兵さんもロシータをお探しですか? 申し訳ございませんが、エキシビションマッチが終わってからまたどこかへフラフラと出て行ってしまって……よろしければ、監視カメラで探しましょうか?」
できればエキシビションマッチにも出場してくださると嬉しいのですが、と笑顔で誘う男にやんわり断りを入れ、朱鳥で探しているから大丈夫だという旨も伝える。男は残念そうに肩を落としつつ、「では、どのような用件で?」と首を傾げた。
「ええと……闘技場の人、例えば受付の人とかから見た、普段のロシータさんの様子がどんなんか聞きたくて……」
「わたしがお答えしましょうか?」
「えっ?」
「軍を追い出されて路頭に迷う寸前だった彼女を拾って以来、殆ど毎日顔を合わせていますからね。この闘技場で彼女について一番詳しいのはわたしだと思いますよ」
「じゃ、じゃあ、是非」
「はは、素直な方ですね。ではわたしの応接室に行きましょう」
案内します、という男の背を追って、迅は奥まった場所に設けられた部屋に足を踏み入れた。革張りの一人掛けソファに座るよう勧められたので、言葉に甘える。
「さて……」
同じようなソファにオーナーが座り、体重をその背に預ける。
「前提としてお伺いしたいのですが、この国はもうすぐ滅びますか?」
唐突な質問にぎょっとして、だがそこに何の裏もないことを感じ取った迅は、僅かな逡巡の後に「放っておいたら」と答えた。
「そうですか。わたし個人としては、放っておいていただいても構わないのですがね」
オーナーに表情はなかった。
「ど――どうして……」
「わたしは、エースパイロットであるロシータのファンなんですよ。だから助けた」
ついでに言えば、アルベス子爵にささやかな借りがあったので。
「理由としてはそれだけです。そして、それを覆すほど、わたしはこの国を愛していない。と、失礼しました。こんな話、どうでもいいですね。さて、普段のロシータでしたか……」
男は貼り付けたような愛想笑いを浮かべると、背凭れから体を起こし、少し前のめりに迅を見た。
「普通ですよ。彼女は財産が持てませんが、この闘技場内では自由に飲食ができるよう取り計らっておりますし、寝室も用意していますから。衣食住を適度に満たして、家畜のように生きているだけです」
「……そんな言い方するほど、ロシータさんを嫌いじゃないのに、なんで」
「見透かしたような言葉ですね。恐縮ですが、率直に言って不快です。そういう聞き方は、ロシータも怒る性質なので気を付けてください」
「ご、ごめんなさい」
オーナーの剣幕に迅が謝ると、男がはっとした顔で目を逸らした。
「いえ、お気になさらず。こちらも客商売の場以外で話をするのがどうにも苦手で……言葉が強くなりました、すみません。客の前だとあのように話すのが一番よいものですから」
どう話しましょうかね。少し男が考え込んで、「あれは……彼女は」と切り出した。
「多分、ずっと死にたがっているんだと思います。いや……違うな。戦っていたい……いや……そう、誰より強いことを証明していたいのかと。強迫観念に近いですね、おそらく」
「誰より強いことを?」
「そうです。いや……違うかもしれません。すみません、わたしはキャバリアパイロットではないものですから。彼女の機微を上手く掴めません。ただ、彼女はキャバリアに乗って、『勝利』を得たいんですよ。そして、負けたら――死にたい。そう思っているのでしょう。それしか残っていないのです、きっと。だから死ぬまでは戦い続けるでしょうね。あるいは、死ぬために」
「じゃあ、ヴァネッサさんは……それを止めたくて?」
「アルベス子爵ですか? あれはそんな殊勝な女ではないですよ。無論、哀れな人ではありますが」
「オーナーさんは、二人に詳しいんですか?」
男が目を細め、「まあ多少は」と答えた。それからまた少し考え込む素振りを見せてから、「二人についてお話しましょうか?」と言った。朱鳥はまだロシータを見つけていない。迅は頷く。
そうして、男の口から、滑るように言葉が積み上がっていった。不明な出生、ロシータがヴァネッサの両親を殺したこと。え、と迅は小さく声を漏らした。だが、男は続ける。
「――北部のプラントしか、この国は所有していません。あのプラントが、この国の生命線ということです。あれがなくなれば、この国は滅びます。それはご承知ですね」
「は、はい」
「ところで、アルベス子爵が『子爵』になったのは何故だと思います? 騎士や準男爵のような一代貴族でもないのですよ、彼女は」
「え……? せ、戦功を立てたから……?」
ロシータは戦功を立てることで、爵位をもらえると期待していた。
「それは正しくもありますが、少し間違ってもいます。彼女は、北部プラントを売り渡そうとした両親を、己が手で断罪して取り戻した功で子爵になったのです。というより、両親の咎と彼女の功を勘定した結果ですね」
「本当に……ヴァネッサさんのお父さんとお母さんは……プラントを売り渡そうと……?」
「いいえ?」
あっけらかんと男は答えた。
「母親はさておき、父親はそういう類ではなかったので違うでしょう。馬鹿な男でしたよ、己の妻が自分の娘を政敵に売り渡したことにも長く気付かなかった阿呆でした。そのくせ、地位だけは世襲で高かった。お人好しでね、国を良くしたいだなんて意気込んで。あの事件がなくても、あれは何らかの難癖で殺されたでしょうねえ」
どんな――どんな、感情でいればいいのだろう。滔々と男は続ける。
「その事件以来、アルベス子爵は敵対する者全ての血を絞り尽くす茨の女と呼ばれています。いやあ……あれはまったく、ロシータという英雄に最低の汚点を残した最悪の事件でした」
男が、ははは、と乾いた笑いを漏らした。そこにどんな気持ちがあって、そう説明したのだろう。ロシータたちのこともそうだ。迅にはわからない。ロシータがヴァネッサの両親を殺した。それはいつのこと? 友達になってから? だから? だから――
ガンガンガン!と扉が叩かれる。
「――オーナーッ!! まずいです! ロシータが猟兵相手に乱闘騒ぎを!」
すみません猟兵さん、と絶叫じみた謝罪と共に男が飛び出し、応接室の扉が開け放たれたままになる。朱鳥から、レグと、以前同じ事件で一緒になったことのあるジニア・ドグダラが、ロシータと一緒にいると報せが入ったのは、その直後のことだった。
●
「あの――あのくそったれ侯爵が――」
ロシータが泣き叫ぶ。
「わ――私の母に――手を出さなければ――!」
ただの、平民の軍人だったんだ。
「母は、コクピットで私を産んで死なずに済んだはずだった!」
父親の知れぬ子を産んだと罵られることも。
爆弾を括りつけられて、死体を敵兵の前に放り投げられることも。
「貴族も王も全員死んでしまえ! そう思ってる! 滅んで欲しいさ、こんな国!」
整った顔をくしゃくしゃにして、女は叫ぶ。
「でもこの国の民に罪はないんだ」
ないんだよ。私の母にも。ないはずだったんだ。
「それだけで――私は戦えたんだ、この国を守ろうって……思えたんだよ……」
●
――逃がし手の狙いに添った上に小康以上を維持?
(いい奴だな)
闘技場にやってきたレグは間違いなくそう思っていたし、そんじゃ仕事だ、と普段通りに行動を始めていた。状態確認〈スキャニング〉を通しで発動させながら、ディスプレイに釘付けになった客たちのせいで暇になっていたらしい売店の店主や、エキシビションマッチにそもそもあまり興味がなさそうな――食事に夢中になっていたり、そもそも他に贔屓の選手がいたりするような――客を見つけては情報収集をしていく。なお、状態確認で見る限り、客も店主もいたって健康であった。結構なことである。
「ロシータ? あれは天才だろなぁ」とは店主の言であった。元々この闘技場はオーナーが所属するキャバリア開発会社が運営しているらしく、新型のお披露目会場という意味合いもあったという。ただ、この国におけるキャバリアの主な顧客は軍である。金持ちの私設軍や貴族の私兵としてのキャバリアもなくはないが、数は少ない。しかも、軍は性能がいいものを作れば作るほど買ってくれる、なんて景気のいいことを言ってくれるわけではない。まず――店主や客からの情報を総合するに――この国はかなり崖っぷちにあるようだった。国の大きさにプラントの保有数が見合っていない。これはあんたが猟兵だから話すんだが、と、客の一人が億劫そうに教えてくれたことによると、この闘技場には他国のバイヤーもかなり入り込んでおり、開発会社も普通に他国へと技術やキャバリアを売り捌いているとのことであった。詰みでは?とレグは思った。というか国主導で開発してるんじゃないのか。そんな質問に、売店の店主は爆笑した。そんな国力もうないよ、と。この国の未来はあまり明るくなさそうだった。それはさておき、ロシータが何故天才だと思うかと聞けば、まあ見りゃあわかるんだが、と店主はディスプレイを指さした。丁度、勢いよく突き刺さったチェーンの慣性で、腕が相手の元まで飛び――ロシータと猟兵が引き分けるところだった。
「あれ新型なんだよな。ロシータは今日まで、見たことも聞いたこともなかったはずだ」
キャバリアは規格統一されている。『だから』ロシータは『どんなキャバリアでも操縦することができる』。「そんなことあるか?」と聞けば、「包丁を使うようなもんなんじゃねえの」と適当な答えが返ってきた。包丁だって種類が幾らもあるだろうに、と言えば、「けどそれの全てを覚えたら類型は全部使えるよな?」とのことであった。どうもロシータという女は、キャバリアに対する対応力と戦場における決断力が異様に高いらしい。更に、新型と言えばまあ偶に開発部が何を考えて作ったのか全く分からないような機体が出る。そういう場合、パイロットが乗りこなせないとなって、売れ行きが悪くなる。だがロシータは尋常ではない域で操縦できる。ピーキーなそれが、なんだか安定して動かせる機体に見える。その結果、ロシータが軍を放逐され、オーナーが拾って選手にして以来、騙されて――と言うと聞こえが悪いが――買う層が確実に増え、利益が上がっているらしい。というわけで、ロシータはこの闘技場で生活することを許されている……。
そんな情報を得て、なるほどな、と需要と供給に納得しながら。
レグは店主や客と別れ、エキシビションマッチを終えたロシータを探すために歩き始めた――のが、暫く前のことだった。
果たしてロシータは見つかった。見つかったのだが。
ジニア・ドグダラの首をへし折ろうとしていた。
何があったのかは知らない。レグは少々低い天井に頭を擦らないようにしながら「見かけたら挨拶自己紹介してから、情報収集もそうだが依頼もあるって話しつつ、とりま色々聞いてみるか」なんて考えていただけだった。紅茶・コーヒー・ミルクetcどの党だ、とか質問して、多少気を許してくれたら本題に入り、「いや地理経路やら配備機体や構造構成的な情報は知れるもんならだが、現地入り前にキャバリアよく使える奴にきいておきたくてさ」などと前置いてから、なんで飲み物?と訊かれたら「生体手ぶらも何だろ」と――
そんな段取りは、殺されかけているジニアを前にして一旦全て後回しにされた。今やるべきことは、ロシータとジニアを引き離し、両方の生命を存続させることである。ロシータも首を折ろうとしているが、よく見ればジニアも銃を抜こうとしているようだ。ジニアの方は命を奪うことを考えていないだろうが、可能なら双方無傷の方が当然いい。レグは即座に、ロシータに出来るだけ気付かれないように――尤も、興奮状態のため、ロシータはレグには一切気付く様子はなかったが――近付くと、女の両腕を掴んでジニアから引き剥がした。
「それはまずいって」
「いっ、つ! なんだお前!?」
ロシータが、振り仰いでレグを見る。その目にあるのは、おそらく驚愕だろう。
「いや流石に、殺人事件が起きそうになってたら問答無用で止めるしかないんだよ。俺も」
生体死ぬと困るから。
両腕を掴み、地面に足がつかないよう――二足歩行の生体が力を入れる場合、足腰が地面に対してどれくらい力を込められるかが重要である場合が多いからだ――吊り上げて、レグは首を押さえるジニアからロシータを離す。女はかなり暴れており、これ手放したらまた襲うな、と容易にわかる様子だった。冷静になるまでは捕まえとくか、とレグは判断する。
「すみません、レグさん――助かりました」
「別に仕事だからいいんだが……それにしたってなんでこんなことに?」
何回か依頼で一緒になった際は、他人を無闇に激昂させるタイプではなかったように見えたが。いや、ヒーローズアースの時はどうだっけかな。結構荒れさせてたかもしれん。まあ生体何が切欠で爆発するかわからんし、とレグは結論付け、ジニアの言葉を待つ。ジニアは数瞬迷った素振りを見せ、それから口を開いた。
「……ただ……親しい存在が亡くなるのを見過ごすのは……非常に気に入らないと」
伝えました。
レグは幾つか考えた言葉があったが、どれもこの場にいる生体二人のどちらをも激昂させるであろうという予測がついたので、彼女らの平穏のために「なるほど」とだけ言って、他には何も言わなかった。彼の最優先はそこにない。ただ、この二人は余程相性が悪いのではないかとは思った。
「それで――ロシータ、だっけ?」
「……白々しい。全部知ってるくせに」
だいぶ冷静になったようなので、レグはロシータを地面にゆっくりと下ろす。飲み物の提示――否。『全部知ってるくせに』という言葉からは、飲み物の切り口で話を始めると、予知の話におそらく飛ぶ。そしてヴァネッサの話になって再度激昂する可能性が非常に高い。
どうすっかな、とレグは幾らか考え、それから、とりあえずこの場所の責任者呼ぶか、と決めた。責任者がいる場であれば暴発の危険性がだいぶ下がるだろうと考えたのだ。レグはロシータを後ろ手に拘束し直し、だから怖いんだよなあ、と頭の中で思った。
(相手は先に済ませてるみたいだが、情報持ち〈こいつ〉は置き台詞に返事してないんだろ。向こうばっかり覚悟決まってるのは生体的にズルくない? 実際それで爆発してるんだろ、これ)
生体同士の対話は大事だ。こういったすれ違いでとんでもないことになる。割り切れないことを割り切ろうとしたり誤魔化そうとしたりするから、歪んで破綻することが多いのだ。
「今からここの責任者のとこ行くけど、大丈夫か?」
問うが、ロシータは沈黙している。ヤバい、舌噛むか? いやそんな素振りはない。だが進退窮まった生体は何をするかわからない。何で気を逸らす――腕か?
状態確認で見ると、神経接続が上手くいっていないのがよくわかる。手を抜かれたというより、技術限界っぽい感じだ、とレグは思った。
(バイヤー経由で他の、技術が発達した国へ案内。いや情報が少なくて怖いな)
この国に対して恨みがあるならその提案にも食いつくかもしれないが、そうでなかった時があまりにも怖い。というかこの女はどこまで知っているんだろうか。
「……お前の……」
ぽつり、とロシータが口を開いた。声音からするに、おそらくレグではなくジニアへ向けられている。
「お前の友人は死んだんだな?」
駄目だ、ちょっと轡とかで黙らせた方がいいなこれ? レグは即断し、口を押さえようとして――間に合わなかった。
「……そうだとしたら?」
ジニアが返事をしてしまった。あーまずいまずい。駄目だ。急いでロシータの口を塞ぎ、「悪いジニア、俺は先にこいつをここの責任者のとこ連れてくから。基地行っとく感じで」とレグは廊下を歩き出そうとして――ロシータが足のスナップで、脱いだ靴をジニアにぶち当てた。少女――という年齢ではなかったように思うが――が呻く。
「うっそだろお前?」
このエースパイロット、ちょっと血の気が多すぎるな。小脇に抱えようとすると、レグの腕を利用して自分の頸椎をへし折ろうとしたので、急いで抱え直す。が、何度やってもレグ自身を利用して死のうとする――こいつ、もしかして俺の仕様を推察してんのか。『それ』をレグが出来るだけ回避しようとすることを。どんな拘束しようとしてもこれ自殺しようとすんのか? なんつー身体能力だよ。ワイヤー、いやこいつ絶対首括るだろ……。
しかもいつの間にか集まった野次馬が、「おい猟兵さんとロシータがなんか喧嘩してんぞ」「ロシータも流石にキャバリアなしで猟兵と喧嘩は無理だろ」「運営さーん、これ賭けになんないの?」などと言い始める。
「――そうやって私に当たり散らしても、現実は変わらないでしょう」
「ジニア、刺激するな」
「いいえ――レグさん。私は――『それをする力があるのに』、『そうしない』この人が――どうしても許せないんです。選べるんです。彼女はまだ!」
生きた友人を取り戻す道を。
「ヴァネッサさんはあなたに生きろと言ったのでしょう。それに従うことを、『あなたは選んでいない』!」
怒りに燃えるジニアの言葉が、闘技場の一角に響く。それと入れ替わるような形で、オーナーと思しき身なりのいい男が真っ青になって駆け付け、次いで迅までやってきた。頭上を見れば、朱鳥が飛んでいる。気付いていれば念話で来るよう頼めてたんだが、と思いつつ、オーナーと――やはり――呼ばれた男が、「ロシータ、やめるんだ!」と女を怒鳴った。その言葉に女が体の力を抜いたので、レグは拘束に力を込め直し――オーナーに「離してやってくれませんか」と言われて「離したらこいつ暴れない?」と問う。
「暴れ……ないとは言い切れませんが……。ロシータ、やるならキャバリアで戦えばいいだろ。エキシビションマッチの枠なら用意してやる」
「えーと、あんたオーナー?」
「はい」
「どっか部屋用意してくんない?」
聞こえてくる野次馬の言葉はレグが考えるまでもなく相当にヤバい。迅だけでなく、先程までロシータに対して怒り狂っていたジニアでさえ不愉快そうな顔をしている。
「もうこれ収集つかん。一回こいつ含めた全員でそこ行くよ」
――そういうわけで、開けっ放しだった応接室に、ロシータ及びレグたち猟兵三人、オーナーというメンツで揃うことになったのだった。
「覗き見趣味どもが」
開口一番吐き捨てたのは、上等な椅子に縛り付けられたロシータだった。案の定解放したらジニアに飛びかかろうとしたので、再度捕まえて括りつけたのである。今度は自殺しようとしなかったので、本気ではなかったのだろうが。
「さっさと基地に行って救国の英雄にでもなんでもなればいいだけのくせに、一々人の都合に首を突っ込みやがって。全部知ってるくせになんで私の感情や選択が必要なんだ? 私が死ねば満足か? ヴァネッサと一緒に心中してやろうか?」
「ロシータ!」
「オーナー、あんたには感謝してますけど、私は今日、猟兵ってのがとことん嫌いになったんです。こいつらの理想ってのは、やるべきだと説くことは、全部が全部都合のいい奇跡や夢想ばっかりじゃないですか」
「ロシータ、やめろ。失礼だろう」
「あんただってヴァネッサに言われて私を拾ったんだろ。わかってないと思ったのか?」
ロシータの言葉に、オーナーが凍り付く。
「しかもあんたの会社は周辺の国にキャバリアを売ってる。ここに来てわかったよ、私がぶち壊してぶち殺してきたキャバリアと同じ『癖』のキャバリアが時々あったからね」
「……ろ、」
「でもそれを責めやしないさ――私は非力で無能な、隻腕のパイロットだ」
ここを追い出されたら行く当てなんてない。
「それをあんたもわかってるから拾ったんだろう? お優しいひとだ」
それで。
「ここまでお膳立てされてて――私に『生きる』以外の選択肢があるか?」
「それでお前が納得してるなら別にいいんだよ俺は」
「じゃあデータだけ持ってさっさと行けばいいだろ」
「本当に納得してんの?って話なんだよな。納得してないと事故るからさ、生体」
「納得なんか、この国では殆どついて来ないよ」
「それがヤバいよなぁって話」
まあヤバいよ、とロシータが少し笑った。よし、このまま落ち着いてくれれば話ができるかもしれない。ロシータの正面にはレグとオーナー、左手には迅、右手にはジニアがいる。迅が何か言いたげにしているのは、オーナーから何か聞いているのだろう。ジニアはかなりまずい顔色をしているが、ユーベルコードの副作用らしく、治療を丁重にお断りされた。
というか話がちょっと込み入ってきたな、とレグは思った。ロシータはヴァネッサを信じているという話だったが、断片的に聞く限り、彼女は割とすべて織り込み済みでヴァネッサの命令を忠実に遂行しているだけであるように見える。そこに何か問題があるか。メンタルの問題が大きいなとレグは考える。逆に言えばそれ以外あまり問題がないような。
「玖篠、何か聞きたいことある?」
「え? えっと、そうな……」
迅が困ったように考え込む素振りをして、それから、「ロシータさんが知るヴァネッサさんがどんな人か教えて欲しい。それから、……できれば、ロシータさんが爵位に拘る理由とか」と口を開いた。
「それと……なんでヴァネッサさんをずっと……右腕がそうなっても信じられるのかを……知りたいな」
ロシータが、面倒くさそうに口を開いた。
「私が知るヴァネッサは、コーヒーより紅茶が好きなくせに何故かコーヒーメーカーの前でぼーっと立ってることがあるやつで、兵士の葬式で一度も泣いたことがなく、嘘を吐かず、あとなんだったかな……あー、冷徹と思われてるが、単に感情の起伏が少ないだけで、新聞の風刺漫画、しかも自分のことを描いたやつ読んで薄っすら笑ってたような人間だったよ」
「あの風刺とは名ばかりの、教養が一切感じられない卑俗な漫画で!?」
オーナーがぎょっとした顔をした。
「そう、あれで」
「アルベス子爵は……あれで笑えるのか……」
「娯楽に触れて来なさ過ぎたんじゃないですかね。まあそれは置いておいて……爵位? 爵位ね……特に理由はなかった、というか多分、ヴァネッサの言葉を考えると、私は爵位ではなくて力が欲しかったんだよ」
「力?」
迅が問う。
「そう、力。家名も欲しかったけどね。力があれば他人を踏み躙っても許されるから」
「それは……正しくない、と思うけどな……」
「力に踏み躙られた私がここにいるのに? 言っておくが、右腕はヴァネッサなんて関係ない。式典で暗殺されかけた時に私を盾にした侯爵のせいだよ。戦場で失ったんだったら諦めがついたのにね」
そうだな、とロシータが首を傾ける。
「私はあいつを殺したかったんだろうね。ずっと。そしてそれ以上に、私自身を世間に認めてもらいたかった」
「エースパイロットって呼ばれてたんだろ?」
「出自不明の平民がセンセーショナルに白星ばっかの連戦連勝してればそりゃ目立つよ。でもそれだけだ。世間における私は――『私じゃない』。本当の私を知っていたのは……」
ヴァネッサだけだった。疲れ果てたような声で、ロシータが言う。
「だから私は、彼女を信じている。信じていなければならない。彼女が暴いてくれた、『本当の私』のために」
「そういや、そちらさんは作戦中どんな風に動かされてきたんだ?」
「どんな風に?」
「待遇とか、隊での扱いとか。現地指揮官とか指揮下のメンツはどの程度乗るのかとかも気になるな」
「うーん……それがね、正直私が強すぎて、隊に組み込まれたり隊を率いたりはなかったんだよ。出撃して右とか左とか正面とか言われて、目につく敵を全部撃破したら勝ってる、という感じだね……扱いにくかったと思うよ。実際、異動でヴァネッサが来るまでは、あまり上官と折り合いがよくなかった。協調性はあまりないんだよ、私は。君が他に知りたい情報は、作ったデータに書いてるよ。でも正直オブリビオンマシンに支配されるんだろ? 軍隊として行動できないんじゃないか?」
「どうなんだろうな? まあいいや、ありがとよ」
落ち着いてきている。いい傾向だ。うんうん、とレグは内心で頷きつつ、手を挙げて質問の終わりを示す。――と、ずっと何か迷っていた顔の迅が、覚悟を決めたように再び口を開いた。
「あの」
「なんだ?」
「ヴァネッサさんのご両親を殺したのは――いつ?」
「……オーナー。話したのか」
「……いいじゃないか、有名な事件だ」
「あんたのことは二度と信用しない。はあ……友達になってから……二年後? くらいか。流石に両親を殺した相手に話しかけるほど度胸のある人間じゃないよ……」
それは――また話が変わって来るのでは。レグはロシータの心情というものを、経験則と知識から組み立てていく。『本当の私』とやらを暴いた――ロシータに言わせると『暴いてくれた』ヴァネッサ。その両親を殺したロシータは、彼女に何を抱く?
「ど――」ジニアが、ひどく驚いた様子で、唇を震わせる。「どうして、そんなことに」
「ヴァネッサの父親がしくじったんだよ。あれを主導したのは……どこだ? あれって伯爵でしたっけ、オーナー」
「知らん。わたしは何も知らん」
「はあ? ここまで話しておいて何言ってるんですか? 一蓮托生ですよ。あんたはいつかどこかの貴族に襲われます。猟兵相手だからって口滑らせるからです、迂闊ですね。早めに亡命した方がいいと思いますよ」
オーナーが唸り、そして完全に沈黙した。
「まあ色々ややこしいんで省くとして、とにかくヴァネッサの父親がしくじって、冤罪で処刑することになったんだよ。母親は巻き込み事故というか……口封じというか……。それでヴァネッサが指揮を執ることになって、私が殺した。彼女は仕方ないことだったと言ってくれて……でも、私は知っていた。彼女が、己の父親を、決して嫌っていなかったと」
だから――話は最初に戻るんだよ。
「私を生かすために、ヴァネッサが、私を逃がしたことを――私は決して信じない」
必要があれば、彼女は好いていた父親も殺せるんだ。
「どうして私だけ特別なんだ? そんなわけがないだろ。まして私が殺したんだ、彼女の親をだ。理屈で考えて有り得ない。だから、『彼女は、嘘を吐いていない』。私は上層部の判断通り追い出され、ヴァネッサも何かしらの判断の末に殺されることになった。それで終わりだ、それでいいだろう?」
それが一番円満だろう。へら、と笑ったロシータに、ジニアが立ち上がる。
「円満だと思い込みたいだけでしょう!」
「いいじゃないか、思い込み。病は気から、だ」
ジニアを止めるべきか?とレグは一瞬考える。だが確かに――『ロシータの言葉には明らかに隠された部分がある』。というより、出てきていない情報だ。
「ヴァネッサさんが――『本当のあなた』を暴いたのは、いつなんですか」
ロシータの表情が、引き攣った。それでも、声は荒げなかった。
「……出会って……暫くして……半年も経ってなかったんじゃないか?」
「そうですか――では、私の推測はきっと正しいでしょう」
「は――何を」
「ヴァネッサさんは、『家名のない、ただのロシータ』の命に幸あらんことを願ったんです。友達の、ただの、『あなた』に」
あなたの素性も。
自分の両親の死も。
何もかも無視した――度外視した、その先にあるあなたの命に。
「幸いを祈ったんですよ。友達だったから。『嘘を吐いた』んですよ。あなたを救うために」
その事実から目を背けるなら、それは全てを裏切る行為ではありませんか。
「――、ハ」
ロシータが、震えた。
「ハ、アハハハハハ!」
爆発のような哄笑。
「そうだね、友達だ! ヴァネッサと私は友達だよ! 『友達だった』さ!」
下から睨め上げるような笑みを浮かべて、引きつけのような笑い声と共に、女が言う。
「真実を放置するなと君は言ったな。だがね――猟兵。ジニア・ドグダラと言ったっけ? ヴァネッサが嘘を吐いたというのなら――」
君の言う通り、私こそが裏切っているというのなら。
「――『私を助けるために、自分を犠牲にして、嘘を吐いた』ことを私が認めたなら――」
それは。ロシータの顔は昏い。
「――私はそれを彼女の『裏切り』と認識するけれど、私は本当にそうしていいのか? それは君たちの本意か?」
どうして――私たちを、お互いが望んだ通りの姿で放っておいてくれない? ロシータは言外にそう告げているのだと、レグの経験が答えを出した。
それはそうだ――『ヴァネッサは、ロシータに嘘が暴かれることを望んでいない』。
本当に、この女はヴァネッサに対して忠実であるだけなのだ。
……実のところ、レグは既に、もうこいつはこのままでいいんじゃないのか?と若干思い始めている。
「わかるか? だから、私は、『信じない』と言っているんだ。ずっと。真実を理解することがいつでも正しいわけじゃない、理解していても目を背けなければ『生きていけない』ことだって、ある」
納得はしていないのかもしれない。しかし死ぬことはない。
「この私の話を聞いてなお、私に真実を突き付けたいのか、ジニア・ドグダラ」
それとも全部を――真実の全部を知らないと気が済まないのか。
「それなら洗い浚い言ってやるがね――私の父親は、私の右腕を奪ったあのくそったれ侯爵閣下だよ。私は最初まったく知らなかった。でもヴァネッサが勝手に調べたんだ」
編成し直す時に素性がわからなくて困ったから。ただそれだけで。
「ばかなやつなんだ。そんなことをするから、自分で両親を殺す羽目になった。それはそうだろう、幾ら匿名のサンプルとして持って行って調べてもらったって言ったって――そんなの――ばれるに決まってる。だって――あいつ――母の素行全部洗いだして、接触したやつも全部さらって、それで私の父親見つけ出してるんだぞ。そんなの目立つだろ。あいつばかなんだよ、ばかなんだ。自分の風刺漫画で笑うような、ばかなやつなんだよ。私を殺したいやつの、あのクソ野郎の、くそったれ、――なんでだ!」
ロシータが突如声を荒げ、息ができなくなったかのように喘ぐ。
「なんで、私を――私のせいで皆死ぬんだ!! 私だって知らなかった、知らずにいたら何も起きなかったはずなんだ! 私は――ただ、平民の女パイロットが――勝手に孕んで、コクピットで産んで――死んだ――戸籍も与えられない、ただの『ロシータ』でいられたのに」
しゃくりあげ、女の赤い目から、涙が落ちていく。
絶え絶えに、ロシータは、侯爵への恨み言を吐き連ねる。
だが、最後に、「でも」と呟いた。
「でもこの国の民に罪はないんだ」
ないんだよ。私の母にも。ないはずだったんだ。
「それだけで――私は戦えたんだ、この国を守ろうって……思えたんだよ……」
嗚咽が響く部屋で、レグはふと考える。何故――『産まれたばかりの赤ん坊』が殺されなかったのだろうか。彼女の口ぶりでは、赤子の誕生を祝ってくれるような状況ではなかったように思える。
「あのさ、あんた――ユーベルコード使える? 生まれた時から?」
「……君は自分の人工知能を作ったやつに感謝した方がいい」
「そりゃどうも。どんなの?」
「言いたくないから言わない。正直、君たちには関係のない類だ」
「了解。関係なさそうならいい」
実際は教えてもらえた方が助かるのだが、本人が関係ないと思うのなら今の状況で無理に聞き出すのは危険が伴う。
「ジニア・ドグダラ……」
ロシータが弱々しい声で、先程己が殺しかけた猟兵の名を呼んだ。
「お前は私が選んでいないと言ったな。でも、私は本当に、選んだんだよ」
彼女を救わないことを。
彼女を信じ続けることを。
彼女の死を以て――彼女のために、生き続けることを。
「共に生きるだけが友情だろうか? 私はそう思わないんだ。私も彼女も、とっくに、生きていたくなかった。疲れてたんだよ」
女が俯いた。
「棘も取っていない薔薇を抱き締めたら……血が出るものだろう。私はその血を受け容れるつもりなんだ。棘がついたままの薔薇を愛しているから」
これが本当に、私の選んだコーヒーなんだよ。
「私は、やっぱり、彼女を裏切れない」
きっと、死ぬまで。
ロシータは結局――少なくとも、レグたちが闘技場を出るまで――猟兵と共闘するつもりはなく、ただ彼らを見送ったのだった。
成功
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第2章 集団戦
『ナイトゴースト』
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POW : パラライズバレット
命中した【RSキャバリアライフル】の【特殊弾】が【エネルギー伝達阻害装置】に変形し、対象に突き刺さって抜けなくなる。
SPD : ゴーストミラー
【両肩のシールド】で受け止めたユーベルコードをコピーし、レベル秒後まで、両肩のシールドから何度でも発動できる。
WIZ : 装甲破砕杭
対象の攻撃を軽減する【電磁装甲モード】に変身しつつ、【手持ち式パイルバンカー】で攻撃する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
👑11
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※トミーウォーカーからのお知らせ
ここからはトミーウォーカーの「相原きさ」が代筆します。完成までハイペースで執筆しますので、どうぞご参加をお願いします!
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シルヴィ・フォーアンサー(サポート)
アンサーヒューマンのクロムキャバリア×ガンスリンガー、15歳の少女です。
口調:子供(少女)っぽい(自分の名前、呼び捨て、だね、だよ、だよね、なのかな? )
怒った時は普段に輪をかけて無口(自分の名前、呼び捨て、言い捨て)です。
基本的にローテンション、戦闘とキャバリアに関わらない事は苦手。
人間嫌いというか怖がってあまり関わりたがりません。
モフモフ(大小問わず毛に覆われた生き物)が大好きです。
ユーベルコードは指定した物をどれでも使用し、多少の怪我は厭わず積極的に行動します。他の猟兵に迷惑をかける行為はしません。また、例え依頼の成功のためでも、公序良俗に反する行動はしません。
一通り、ロシータとヴァネッサ関連のあれこれがひと段落したところで、突如警告音が、競技場内に響き渡る。
恐らく、ボスであるオブリビオンが行動を起こしたのだろう。
「とにかく、あれを止めればいいんでしょ?」
シルヴィ・フォーアンサー(自由を求めた脱走者・f41427)は、自前のキャバリアに乗り込み、暴れまくるナイトゴーストの前に飛び出した。シルヴィを見て、ナイトゴーストはばら撒いていたライフルの手を止める。
「……嫌な感じ。でも、動かないとわからないか」
ならばとシルヴィは、レインボー・バレットで一気に敵を押し込める……はずだった。
「シールド、か」
シルヴィの虹色に放つ弾丸を、ナイトゴーストは受け止め、そして。
「くっ!!」
同じように放ってきた。しかし、敵はその全てを模したわけではない。
「多少食らってでも!!」
地に足をつけて、その速度を加速させていった。流石にそこまではコピーすることはできなかったらしく、そこで、勝敗が決まった。
目の前で、何体ものナイトゴーストが爆ぜていく。
「まずは……このエリアを制圧と」
その場所にいるナイトゴーストを始末したシルヴィは、他の地区で暴れているナイトゴーストを倒すべく、この場を後にしたのであった。
成功
🔵🔵🔴
水心子・真峰(サポート)
水心子真峰、推参
さて、真剣勝負といこうか
太刀のヤドリガミだ
本体は佩いているが抜刀することはない
戦うときは錬成カミヤドリの一振りか
脇差静柄(抜かない/鞘が超硬質)や茶室刀を使うぞ
正面きっての勝負が好みだが、試合ではないからな
乱舞させた複製刀で撹乱、目や足を斬り付け隙ができたところを死角から貫く、束にしたものを周囲で高速回転させ近付いてきた者から殴りつける
相手の頭上や後ろに密かに回り込ませた複製刀で奇襲、残像で目眩まし背後から斬る、なんて手を使う
まあ最後は大体直接斬るがな
それと外来語が苦手だ
氏名や猟兵用語以外は大体平仮名表記になってしまうらしい
なうでやんぐな最近の文化も勉強中だ
「水心子真峰、推参。さて、真剣勝負といこうか」
とはいっても、相手は巨大なキャバリア、水心子・真峰(ヤドリガミの剣豪・f05970)は、真正面から対峙することはなく。
「正面きっての勝負が好みだが、試合ではないからな」
そう、下手したら生死にかかわるのだ。その辺はちゃんと心得ている。だからこそ、先ほどの戦いもこっそり見ていたし、どう立ち回ればいいのかも理解していた。
相手が敵の攻撃をコピーして戦うのならば、それを見せなければいい。
「いくぞっ!!」
装甲ではなく、その弱そうな関節部を狙って、自分が錬成した、自分の本体である太刀をそっくりそのまま複製した刀を縦横無尽に飛ばして攻撃していく。そう、ナイトゴーストの死角から。
「!!」
気づいても、もう遅い。
既に関節を斬られて、バランスの崩れたナイトゴーストは、そのままぶっ倒れる形で爆ぜていく。
「……それにしても、きゃばりあというものは、大きくて困るな」
思わず、真峰はそう呟きながら、次々に背後や死角から、ナイトゴーストらを鮮やかに始末していくのであった。
成功
🔵🔵🔴
月杜・屠(サポート)
大人びていて飄々としたタイプのくの一
臨機応変な柔軟さが信条ね
仕方ないわね、といいつつの面倒見のよさ有り
他の猟兵のフォローなども進んで行うわ
無益な殺生は好まず不要な争いは避ける傾向だけど、人の生き死は割り切っていて非情な態度を取ることが多いわ
・身体能力の高さを生かした身軽さや体捌きを重視した戦闘スタイル
・忍者刀や無手での接近戦と遠距離からの忍術やくないでのヒットアンドアウェイ
・スキル多用
・くの一ならではの撹乱やトリッキーな戦術
スキルとUCは使い時には使用をためらないタイプよ
NGなし、基本お任せとアドリブは大歓迎
リリアリス・キュライト(サポート)
ミレナリィドールのマジックナイト×聖者、11歳の女です。
普段の口調は「女性的(ワタシ、アナタ、デス、マス、デショウ、デスカ?)」、狭いところでは「無口(ワタシ、アナタ、デス、マス、デショウ、デスカ?)」です。
ユーベルコードは指定した物をどれでも使用し、多少の怪我は厭わず積極的に行動します。他の猟兵に迷惑をかける行為はしません。また、例え依頼の成功のためでも、公序良俗に反する行動はしません。
あとはおまかせ。よろしくおねがいします!
闘技場で鳴り響く警告音は、一向に止まる気配がない。
その異変に気付いて、闘技場の観客たちも逃げ始めていた。
「こっちはまだ、大丈夫そうね」
まだ、ナイトゴーストの姿が見えないのを見て、月杜・屠(滅殺くノ一・f01931)は、観客を避難させることに専念することにした。
「避難する先はこっちよ! 大丈夫、まだここには何も来て……」
安心させるように屠が呼びかけた、そのとき。
壁をぶち破って、ナイトゴーストが姿を現した。
「凡て夢幻の如く――!!」
客達の避難をさせつつ、屠自身は、壁になるようにその間に入り、すかさず
闇葬瘴破を放った。咄嗟に放ったので、腐蝕の威力はあまりないだろうが、相手は機械のオブリビオン。触れた対象を崩壊させ伝播させる暗黒の瘴気であれば、効果はあるはずだ。
「さあ、今のうちに!!」
あらかた客が逃げるのを見て、屠はほっとした表情を浮かべるものの。
「きゃああああ!!」
「だ、誰かっ誰か助けてくれっ!!」
ナイトゴーストの放ったパイルバンカーが、客の傍にあった壁に直撃。その破片が客を襲ったのだ。
「くっ……このままでは……」
屠が行きたくとも、目の前の敵はまだ健在。怪我した者を癒すすべもない……はずだった。
「コチラはワタシに任せてクダサイ」
そこに現れたのは、可愛らしい人形のような少女、リリアリス・キュライト(ミレナリィドールのマジックナイト・f18862)だ。
「大丈夫デス。その傷はなかったコトにシマスカラ」
リリアリスが使うのは、生まれながらの光。リリアリスの放つ聖なる光が怪我人の傷をみるみると癒していく。
「これで大丈夫デス。でも、無理しないでクダサイネ」
「あ、ありがとうございます……」
怪我人は、傍にいた客らに手助けされながら、その場を逃げていく。
「……ありがとう、助かったわ」
何度目かの闇葬瘴破を放ちながら、屠がリリアリスに声をかけた。
「イイエ。コレもマタ、ワタシの役目でもアリマスカラ」
そういって、リリアリスは、戦って傷ついている屠にも、その癒しの力を行使するのであった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
網野・艶之進(サポート)
「正直、戦いたくはないでござるが……」
◆口調
・一人称は拙者、二人称はおぬし、語尾はござる
・古風なサムライ口調
◆性質・特技
・勤勉にして率直、純粋にして直情
・どこでも寝られる
◆行動傾向
・規律と道徳を重んじ、他人を思いやる行動をとります(秩序/善)
・學徒兵として帝都防衛の技術を磨くべく、異世界を渡り武芸修行をしています
・自らの生命力を刃に換えて邪心を斬りおとす
御刀魂の遣い手で、艶之進としては敵の魂が浄化されることを強く望み、ためらうことなく技を用います
・慈悲深すぎるゆえ、敵を殺めることに葛藤を抱いています……が、「すでに死んでいるもの」や「元より生きていないもの」は容赦なく斬り捨てます
「正直、戦いたくはないでござるが……」
網野・艶之進(斬心・f35120)は、ひとつため息をこぼしながら、この地にやってきていた。
できれば、家でゆっくりと寝ていたかった。
しかし、オブリビオンが暴れまくっているというのなら、行かねばならない。
それが、猟兵の務めというもの。
「……確か、中には操られた者がいるとか……?」
今まで対峙してきたナイトゴーストからは、操られたパイロットは、無事に救出されている。
なれば、艶之進がやることはひとつ。
「夢を練るがごとく、念ずることは無く……zzz……」
あ、寝ちゃだめですよ!! なんとか起きたが、危ない危ない。
とにかく、艶之進は、
網野御刀魂流活法《アミノミトコンリュウカッポウ・レムネム》でもって、桜の花吹雪と共に、中にいるパイロットを眠らせた。
「ここからも出さなきゃならないというのも、大変でござるよ」
えっさほいさと、パイロット達を引き釣り出しながら、ナイトゴーストらを無力化していくのであった。
成功
🔵🔵🔴
アス・ブリューゲルト(サポート)
「手が足りないなら、力を貸すぞ……」
いつもクールに、事件に参加する流れになります。
戦いや判定では、POWメインで、状況に応じてSPD等クリアしやすい能力を使用します。
「隙を見せるとは……そこだ!」
UCも状況によって、使いやすいものを使います。
主に銃撃UCやヴァリアブル~をメインに使います。剣術は相手が幽霊っぽい相手に使います。
相手が巨大な敵またはキャバリアの場合は、こちらもキャバリアに騎乗して戦います。
戦いにも慣れてきて、同じ猟兵には親しみを覚え始めました。
息を合わせて攻撃したり、庇うようなこともします。
特に女性は家族の事もあり、守ろうとする意欲が高いです。
※アドリブ・絡み大歓迎、18禁NG。
「中のパイロットを殺さずに……か」
アス・ブリューゲルト(蒼銀の騎士・f13168)は、そう呟きながらも、愛機である白と青のキャバリア、アクアブループラチナⅡを繰る。
牽制のブルーブラスターで、ナイトゴーストを翻弄させながら、自身は一撃も喰らわずに、華麗なバーニアの軌跡を描いて見せていた。
「……そこだっ!!」
狙うは、胴体から下。その隙を狙って、クレセントスラッシュで切り裂き、その間にコクピットを掴んで引きはがす。
敵の機体は大破してしまったが、パイロットは無事だ。
……掴んで引き離す勢いで、パイロットは吐いてたりしていたが、それ以外は大丈夫そうである。
「すまない。もう少し上手くやれればよかったのだが……」
と、言っている間にも、また数体のナイトゴーストが姿を現した。
「全く、何体いるんだ
……!!」
咄嗟に敵の攻撃を避けつつも、先ほどと同じように、アスは敵を切り裂き、コクピットを引きはがしていくのであった。
成功
🔵🔵🔴
第3章 ボス戦
『人喰い天使『アクラシエル』』
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POW : 大型貫徹杭『ロンゴミニアド』
自身の【燃料となる人間】を代償に、【空間を歪めるほどの威力】を籠めた一撃を放つ。自分にとって燃料となる人間を失う代償が大きい程、威力は上昇する。
SPD : オブリビオンパルスエンジン『セファーラジエル』
【燃料となる人間を絶えず消費する】事で【周辺地域を汚染する天使の如き形態】に変身し、スピードと反応速度が爆発的に増大する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
WIZ : 大型光学斬撃兵装『アスカロン』
【燃料となる人間】のチャージ時間に応じ、無限に攻撃対象数が増加する【大出力のレーザーブレード】を放つ。
👑11
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全てのナイトゴーストが無力化された。
それは、そのコクピット内でも手に取るようにわかっていた。
次は自分が出る番だ。
既に、自分は接続完了している。
慣れた手つきで、操縦桿を動かす。
「……いくぞ」
どこへ行くというのだろう? ここにある唯一のプラントの方へか。
それとも……。
ただ一つ、分かることは……ここにロシータがいないということ。
思わず、笑みがこぼれる。
「……ろ、しーた……」
朦朧とした意識だけが、そこにあった。
ヴァネッサ・アルベスの姿が……。
シルヴィ・フォーアンサー
『』内はAIの発言。
……取り敢えず機体撃破すれば良いよね
『そうだな、細かいことは気にしなくてもよいだろう』
(1章飛ばしのサポート参加で絡んでないし)
というわけでパラライズ・ミサイルで機能麻痺させてその間にシルエット・ミラージュ。
続けてアブソリュート・キャノンを叩き込んで汚染反応ごと凍らせて無力化させるよ。
いち早く人喰い天使『アクラシエル』の元にたどり着いたのは、シルヴィだった。
白い機体からは、赤い翼のようなバーニアからの炎が見えていた。それが、天使と呼ばれる所以なのだろうと察せられる。
「……取り敢えず、機体撃破すれば良いよね」
そうシルヴィが告げると。
『そうだな、細かいことは気にしなくてもよいだろう』
男性型サポートAIユニット『ヨルムンガンド』、略してヨルがシルヴィの声に応えた。
恐らく、こちらが動けば、アクラシエルは中にいるパイロットを守るように動くはずだ。
――と、そのときだった。
「アアアアアアアアアッ!!!」
アクラシエルから女性の、いや、パイロットのヴァネッサの叫びが聞こえた。
「えっ!? 何!?」
その間に、アクラシエルは先ほどまでの赤い翼をより大きく広げ、そのエナジーをも周りに振りまき始めた。
そう、オブリビオンパルスエンジン『セファーラジエル』だ。
「早いっ!!」
咄嗟にそれに気づき、シルヴィの機体は、何とか難を逃れたが、その振りまいたエナジーは、地面を黒く染め上げる。まるで汚染するが如く。
「駄目だ、止めないとっ!!」
両手に持っていたRSガトリングキャノンを放つが、高速に乗ったアクラシエルを捉えることは難しい。どちらかというと、牽制にしかなっていない。
「……ビリビリってするよ」
ならばと、両肩のミサイルポッドから、連装型多弾頭ミサイルが発射される。そのミサイルはビリビリと電撃を帯び、高速であるアクラシエルをしっかりと追尾。そして。
「ガアアアアアア!!!」
その爆撃と同時に高圧電流を撒き散らす。その電撃は内部まで走ったようだ。
キュウウウンという音と共に、アクラシエルはその動きを一時的に止めたのだった。
大成功
🔵🔵🔵
シェリー・クサナギ(サポート)
「美しくない世界なんて、生きるに値しないわ」
◆口調
・一人称はワタシ、二人称はアナタ
・女性的な口調
◆性質・特技
・血液の形状を自在に操作する能力を保有する
・可愛いものには目がない
◆行動傾向
・暴力と砂嵐が支配する狂気の世界において、美しいものと可愛いものこそが人の心を救うと信じ、それらを護るために戦ってきた歴戦の奪還者です。社会通念や秩序に囚われることなく、独自の価値観を重んじます(混沌/中庸)
・彼にとって『美しさ』は外見だけでなく、義侠心や献身的な姿勢、逞しく生きようとする精神の高貴さも含まれます。これを持つものは敵であっても尊重します(が、世界を脅かす存在は『美しくない』ので結局戦います)
「あなた達のこと、見せてもらったわ」
高台からアクラシエルらを見下ろすのは、シェリー・クサナギ(荒野に咲く一輪の花・f35117)だ。その手に持つアールデコ調の装飾が施されている自動小銃、ヴァーチュアのセーフティを外しながら、シェリーは続ける。
「そうね、アレはちょっとしたすれ違い……残念な事象だわ」
高台から勢いよく滑り落ちるように、シェリーは動きを止めたアクラシエルへと迫る。
「互いにそれは理解しているようだけど、このままにして置く訳にはいかないわよね」
ヴァーチュアを構えながら、シェリーの口は動いたまま。
「だって、物語のラストは、ハッピーエンドがつきものでしょ? そうでなきゃ、美しくないわ。だから!」
狙い澄まして、シェリーは放つ。
「ノックもせずに失礼。さっそくお邪魔するわヨ~♥」
血弾注入。シェリーの放つナノマシン溶出性銃弾が、アクラシエルを襲う。普通の弾丸だったら、届かない銃弾だろうが、これは猟兵の放つユーベルコード。
特殊な力を帯びたそれは、アクラシエルの関節部から潜入し、更に内部へと入り込んでいく。
「アアアアアアアッ!!」
異物が入ったからか、それとも、シェリーの操作に抵抗しているのか。
苦しむヴァネッサの声が、再び、この場に響いた。
成功
🔵🔵🔴
櫟・陽里(サポート)
『操縦が上手いは最高の誉め言葉!』
乗り物が活躍できる場と
レースとサーキットが得意分野
どんな乗り物も乗りこなしてみせる
走りこそが俺の武器!
乗り物と操縦者の総合力で戦う
サイバーアイで路面、相手の動きなど幅広い情報収集
集中力・傭兵の経験・判断速度で攻め所を見極める
シールド展開バイクで体当たり吹き飛ばし
走り回って撹乱・誘導
仲間を運ぶ足になるのも好き
バイクは機動力のある盾にもなる
壊れたらほら、直すついでに新パーツ試せるし!
明るく話しやすい先輩タイプ
補助仕事もドンと来い
乗り物が無い戦場では手数が少ない
普通の拳銃射撃や誘導、挑発など小技を利かせるしかなくテヘペロしてる
過去は過去に還すべき、その辺割と無慈悲
「ああ、いつもの癖で、ライに乗ってきちまった。キャバリアに乗る絶好のチャンスだったのに」
櫟・陽里(スターライダー ヒカリ・f05640)は、こりゃうっかりと言わんばかりに、そう告げる。
「けどまあ、ココはかなり温まってるみたいだな!!」
そう陽里が言いながら、愛用の一輪バイクであるライに乗りながら、敵のアクラシエルへと迫る。
「ガアアアアアアア!!」
先ほどまで動きを止めていたアクラシエルが動き出した。陽里のバイクを見つけて、それ目掛けて、右腕を振り上げる。大型貫徹杭『ロンゴミニアド』。周囲の景色がゆがむほどに、その徹杭……いや、パイルバンカーというべきか。その先端を赤くさせてかと思うと一気に陽里のバイクへとぶち当てに来た。
「うわっ、あっぶねえ
……!!」
見事なバイク捌きでそれを華麗に避けると、今度はこちらからと言わんばかりに。
「そっちがその気ながら、華麗なターン、魅せてやるぜ!」
ドギャギャギャギャアアアア!!!
激しい音を響かせながら、乗っていた一輪バイクでもって、華麗なドーナツターンを見せながら、そのままアクラシエルへとぶつかっていく。
「アガアアアアアアア!!!」
かなりそれは効いたらしく、ヴァネッサの苦しそうな声が響いたのだった。
成功
🔵🔵🔴
アトシュ・スカーレット(サポート)
性格
悪ガキから少し成長したが、やっぱり戦うのは好き
大人に見られるように見た目的にも精神的にも背伸びしている
目の前で助けられる人がいるなら積極的に救おうとする
口調は「〜だな。」など男性的
戦闘
【呪詛(腐敗)】と「棘」を組み合わせ、万物を強引に腐敗させる方法をついに編み出した
前衛も後衛もやれる万能型だが、前衛の方が好き
複数の武器を同時に操ることも可能
高速戦闘も力任せの戦闘も状況に応じて使い分ける
(装備していれば)キャバリアにも対応可
光や聖属性は使えません
非戦闘
聞き耳などを駆使した情報収集を中心とする
化術で動物に化けて偵察することも
「助けられるっていうのなら、助けないとな」
長い黒髪を揺らしながら、アトシュ・スカーレット(神擬の人擬・f00811)は、暴れるアクラシエルを見据える。その手には、絶えず腐敗の呪詛をあふれさせる魔剣、Tyrfingが握られている。
「ウガアアアアアア!!」
近寄るなと言わんばかりに、アクラシエルは、大型光学斬撃兵装『アスカロン』を、左手の大出力のレーザーブレードを縦横無尽に振り回してきた。
「けど、そんな攻撃じゃ、オレは止められねぇぜ」
にっと笑みを浮かべながら、アトシュは告げる。
「改竄の権限をもって我が命ず、崩れ去れ」
創世改竄術・万物融解式だ。呪いの棘を放ち、腐敗しやすい状態に……いや、敵であるアクラシエルの機体をさび付かせていったのだ。
「ググガガガアアアアア!!」
先ほどの動きはどこへやら。関節がさび付いて、アクラシエルは思うように動けなくなっている様子。
「だから、言っただろ? オレは止められないってね」
そういってアトシュは、再び、呪いの棘を放ったのだった。
成功
🔵🔵🔴
ノエル・カンナビス
つまるところ――
自分の生き様は自分で決めるしかありません。
なれば万民は、好きなように生きれば宜しい。
そして結果は自身に還る。それだけのこと。
本依頼は、久々に心地の良いものでした。
関わる人の誰も、その意を踏み躙らなずに済む。
無論、標的は別です。
依頼主の要望ですので壊れて貰いますよ、オブリビオンマシン。
どんな汚染か知りませんが、対NBC機能(環境耐性/毒耐性/火炎耐性)くらいは揃っています。
しかもオーラ防御(と称する、咄嗟の一撃/衝撃波/吹き飛ばし)付きです。
そちらが倒れるまでくらいは充分に保つでしょう。
そして、どんなに素早かろうが先回りは可能です(索敵/見切り/操縦)。
それが技術というものです。
猟兵達がここまで、何度もアクラシエルの機体へと攻撃を重ねてくれた。
お陰で、オブリビオンマシンはかなり悲鳴を上げているように見えた。
そういえば……と、ノエルは思う。
あのとき、ロシータと一戦交えて居たら、どうなっていたのだろうと。
彼女の……気持ちを理解できただろうか?
いや、今は……。
「つまるところ――」
あのとき乗らなかったクロムキャバリア、エイストラにノエルは騎乗している。
「自分の生き様は自分で決めるしかありません。なれば万民は、好きなように生きれば宜しい。そして結果は自身に還る。それだけのこと」
独り言のように、ノエルはその言葉をその場に響かせる。
「本依頼は、久々に心地の良いものでした。関わる人の誰も、その意を踏み躙らなずに済む。無論、標的は別です」
ノエルの目には、アクラシエル……いや、その中で苦しむヴァネッサの姿を捉えていた。
「依頼主の要望ですので壊れて貰いますよ、オブリビオンマシン」
「グガアアアアアア!!」
アクラシエルは、最後にその所以たる天使の翼を見せた。地面も敵も全て汚染させる、その禍々しい姿を。天使とは遠く及ばない、その悪魔のような姿を。
加速したアクラシエルに、ノエルは。
「ラグのお時間です」
すっと身を引いたかと思うと、まるで呼吸をずらした王宮ホールのダンスをするが如く。
くるりくるりと、華麗なステップで躱して見せる。
「ギギ……ガアアアアア!!」
敵が放ってくる汚染物質は、自らに備わった装甲やオーラ防御でもって、しっかりとガード済み。
相手の機体が壊れるのも時間の問題。だが、その前に中にいるパイロットが倒れてしまったら、元も子もない。
と、猛スピードで動き回っていたツケがいよいよ、ここに来た。
――がきんっ!!
右足の関節部が破損し、がくりとアクラシエルの機体が沈み込んだのを見て、ノエルは先回りした。
その手にはキャバリアの腕部に内蔵された仕込み刀を、BX-Aビームブレイドを使って、コクピット部分を切断、アクラシエルから、引きずり出していく。
「それが技術というものです」
と、同時にアクラシエルが爆発、大破していった。
手の中にあるコクピットを丁寧に開き、中を確認する。
ぐったりとかなり衰弱しているが、ヴァネッサは生きていた。
「さて、報告……の前に医務室でしょうか?」
全ては猟兵達が願ったこと。
そして、それを成した。
ここで死ぬ運命だったヴァネッサが生きている。そして、それを知っているロシータがいる。
それだけでいいのだ。
こうして、全ての事件を解決した猟兵達は、ゆっくりとその場を後にしたのだった。
大成功
🔵🔵🔵