目眩く日々であった。
甘く、蕩けるような日々であった。
「んっ
…………」
アリス・ロックハーツは
夜の国に君臨する闇の種族の一人であった。
「あ、は……❤」
「お姉様……もっと❤」
「ふふ。そんなに焦らないの……❤」
美しく手入れされた花園。華やかな彫刻に彩られた城壁。輝く白亜の宮殿。
それが、アリスの居城である。
「ん、っ、やぁ……ん❤」
居城の奥――アリスの居室の中。ベッドの上で、彼女の眷属たちが絡み合う。
「ああっ! お姉様ぁっ!」
呼吸すらも苦しい濃密な陰の気が満ち満ちた中で、少女の姿をした闇の者たちは粘つく水音をたてながら互いの肉体を貪り合い、混じり合い、そして、達して果てていった。
アリス・ロックハーツの支配域は、ダークセイヴァー世界にしては比較的平穏の保たれた土地であった。
反乱を起こす人間たちもいなければ、他の領地から手を出されることも稀――ひとえに、領主たる
彼女の力によるものだ。
界渡りの経験があるだとか、別の宇宙で大きな戦いを経験しただとか。嘘か誠か空想か現実かも定かではないことを時折口走っていたことを、“ ”はおぼろげながら覚えている。
実際、その戦闘出力や闇の種族としての“格”の高さはダークセイヴァーのオブリビオンたちの中でも上位だっただろう。
一方“ ”はアリスの眷属の一人であった。
――何人もの姉妹がいたのを“ ”は覚えている。勿論、誰よりも深く繋がっていた『あの子』も、自分と同じく姉妹の中の一人だった。
その存在は異端の神の欠片と万能の願望器エリクシル――エンドブレイカー世界からアルダワに流れ着いていたように、ダークセイヴァーにも漂着していたそれをアリス・ロックハーツが手に入れたもの――を混ぜ合わせ
彼女の
異母兄弟姉妹を素材として作り上げたもの達だ。
もっとも、いずれの姉妹たちも自分たちの出自になど興味を持たなかったが。
アリスと彼女の
眷属たちは、ダークセイヴァー世界で――少なくとも、彼女たちの主観では――平穏に生きていた。
世界に君臨せしヴァンパイアの眷属として何不自由なく暮らし、気まぐれに茶会を開き、夜毎に姉妹で交じり合い、恍惚の中に身を浸す。
そんな、退廃的で享楽的な日々を過ごしていた。
その生活の中で“ ”は満たされていた。ただ、幸福に暮らしていた。
「ねえ、“アリス”」
「なあに、“ ”」
赤黒い夜空を仰ぎ見ながら、“ ”は“アリス”に寄り添い身体を預ける。
無論、“アリス”もまた“ ”と同じ、
姉妹の一人である。――しかして、彼女はその中でも“ ”と深く繋がった存在であった。
「わたし思うの。いつまでも、こんな風にずっといっしょに暮せたらいいな、って」
「そうね」
“アリス”は“ ”の髪に触れ、そっと撫ぜてからその頭を抱き寄せた。
「わたしも同じ気持ちよ」
「うれしい」
どちらからともなく、二人は唇を重ね合わせる。互いの鼓動と体温が伝わり合い、ひとつになろうとしているように彼女たちは錯覚した。
“ ”は満たされていた。
幸福であった。
――あの、雨降る夜がくるまでは。
「……はっ、……はっ、はっ……!」
ばしゃん、っ。泥濘の土を散らして、“ ”は走る。
逃げなければ。逃げなければ――逃げなければ! どうして、どうしてこんなことに。わたしが何をしたというのだ!
“ ”の思考は半ば錯乱した状態の中にあった。しかし、死への恐怖が身体を衝き動かす。逃げ延びるために“ ”はひたすら走った。
「待ちなさい!」
だが、死神の足音。走る“ ”を追って、姉妹たちがやってくる。
その手の中に宿るユーベルコード出力の刃。感じられるその力の圧で、彼女たちは自分を本気で始末するつもりなのだと“ ”はどうしようもなく理解させられていた。
姉妹のひとりの手が“ ”の背に触れる。
「い、や……!」
“ ”は咄嗟に振りむき、その手を払った。
「ぎゃ……ッ!!」
瞬間、姉妹は悲鳴をあげながら吹き飛んだ。泥の地面を何度か転がり、瘴気めいた黒い霧を口から吐き出して活動を停止する。
「なに、これ
……!?」
“ ”は、予期せぬ事態に困惑した。
「ああ……ッ!! やっぱり……お姉様が言っていたのは本当だった!!」
その光景を目の当たりにして、姉妹たちが悲鳴をあげる。
「どういうことなの……? わたし、一体……!」
だが、当の本人である“ ”はただ狼狽えるばかりであった。
そのときである。
「目覚めてしまったのよ。あなたは」
「……!」
雨音に交じって聞こえた声に“ ”は振り向いた。
「アリ……、ス」
「“ ”。残念ね。わたしも悲しいわ」
降りしきる雨の中、二人は対峙する。
「戦いなさい、“ ”。……わたしたちは、そうなってしまった」
“アリス”は、その身にユーベルコード出力を纏う。
「どう、して」
「理解して。
わたしたちと
猟兵は、戦う宿命なのよ」
“アリス”はゆっくりと“ ”に歩み寄る。
「あなたたちは下がって。この子は、わたしが殺すわ。……“お姉様”もそれを望んでるはずよ」
「ええ、わかったわ」
そして、姉妹たちを下がらせた。
「立ちなさい、“ ”。でないと、死ぬわ」
「……っ!」
瞬間、翼を広げて“アリス”は“ ”へと迫った! 鋭い蹴り足が“ ”に突き刺さる!
「あぐ……っ」
「抵抗して」
揺らぐ“ ”に追撃が叩き込まれた。臓腑を突き抜けるような衝撃が襲う!
「で、も……」
「目をそらさないで」
“アリス”の攻め手は終わらない。猛攻! 激しい連打が“ ”に更なる痛みを刻む!
「目を閉じないで。力を入れて、抵抗するのよ」
――だが、“アリス”はそうしながらも“ ”に抵抗を促し続けていた。
「あ……」
「死にたくは、ないでしょう?」
囁きかける声に“ ”は閉じかけた目を開く。
「でも」
「やりなさい」
「でも……」
「やりなさい!」
喝破するように“アリス”が叫ぶ。
「う」
“ ”は、声に導かれるように。
「ああ」
痛みを堪えながら、その指先へユーベルコード出力を纏って。
「あああああああああ!!」
まっすぐに、突き出した。
「あぐ、っ」
猟兵の力が“アリス”の胸を貫く。
「ア、リ……ス?」
温もりを残した血液が溢れて、“ ”を赤く染めた。
「よく、できました」
その命の欠片を零しながら“アリス”はくずおれる。“ ”は咄嗟にその身体を受け止めた。
「アリス!」
「泣かないで“ ”……はじめから、このつもりだったの」
“アリス”は微笑みながら“ ”の頬に触れた。
「“
姉妹”のわたしが“
お姉様”に逆らうには、これしか」
「アリス!」
「わたしを、連れて行って」
「……」
僅かな沈黙と、逡巡を経て。
“ ”は、静かに頷いた。
「ありがとう」
瞬間、微笑む“アリス”の肉体が解けて光に変わる。
光は吸い込まれるように“ ”の身体へと融けてゆき――そこに新たなかたちの命を宿した。
かくしてここに“ ”の物語は終わり、二人でひとつとなった猟兵、アリス・セカンドカラーの物語が幕を開ける。
目眩く日々であった。
甘く、蕩けるような日々であった。
今はもう、戻れない。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴