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朝日が街角を照らし出し、新しい一日が慌ただしく始まる中。月水・輝命は吹き抜ける風に髪を押さえた。見上げた空には満開の桜。幻朧桜は今日も美しい。桜の木漏れ日に目を細めた輝命は、ふいに歪む空間に振り返った。
「おはようございます、茜姫さん。お迎えありがとうございます」
「おはようございます、輝命様。目的地は同じですもの、ついでですわ」
素っ気なく言ってはいるが、茜姫はグリモアを使わなくても通学できる範囲に住んでいるのに、わざわざ迎えに来てくれるのだ。輝命は嬉しくなって思わずギュッと抱きしめると頭を撫で撫でした。
「な! ですから、突然撫でるのはおやめくださいませと何度言ったら……!」
「だって茜姫さん、可愛いですもの」
「もう! 参りますわよ!」
照れたようにそっぽ向きながらも差し出す茜姫の手を取った輝命は、グリモアの舞台の上に立つとアルダワ魔法学園へと転移するのだった。
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机に揃えられた実験道具一式をじっと見つめた輝命は、試験前の緊張感に深呼吸した。今日は基礎薬学の実技試験。必修科目の一つだから茜姫も隣で神妙な表情で座っている。
「うまくできるか不安ですわ」
「一緒に練習した通りにすればいいのですわ。頑張りましょう」
茜姫を安心させるように微笑んだ輝命は、表情を引き締めると自分の薬研に向き合った。薬師になるという夢のためにはここで挫けてはいられない。こぶしをギュッと握った輝命は、教壇に立ったリオンに目を向けた。
「はーい皆、試験を始めるよー♪ 手元にある品で万能傷薬を作ってね。それじゃ、始め!」
号令と同時に薬研を手にした輝命は、まずは薬草を丹念にすり潰す。実技は座学よりもよほど自信がある。茜姫の方をチラリと見れば、まだ薬研で薬草をすりつぶしている。潰しすぎではと思うが、これは試験。自分自身の力で乗り越えなければならないのだ。
(「頑張ってくださいませ、茜姫さん」)
心の中でエールを送った輝命は、自分の調合に真剣に向き合った。
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実技試験を終えた輝命は、いつものベンチに座ると盛大に突っ伏した。
「お、終わりましたわね……」
「ええ……。激闘、でしたわね」
斜向いの席で突っ伏す茜姫が、力なく答える。我ながら実技試験はうまくいった。だが、問題は昨日の座学試験だ。元々理数系が苦手な輝命は、控えめに言って全く自信がない。突っ伏したまま大きなため息をついた輝命は、茜姫の声に顔を上げた。
「……いかがでしたか、輝命様?」
「実技は、多少の自信はございますが。学科が……」
「わたくしは学科は回答できましたが、実技が……」
顔を見合わせて、同時に大きくため息。桜吹雪が伏せた頭上をを流れていけば、二人は同時に微笑んだ。
笑いあった輝命は、桜を見上げるとぽつりと零した。五鈴鏡として作られ、人としての自我を得て長い年月が経った。決して平坦ではない人生を歩んできたが、こんなに穏やかに話ができたのは今まであっただろうか。
「……こんな他愛ない話が出来ることが、今まで本当になくて。わたくし、本当に楽しいんです」
「わたくしもですわ」
「毎日が発見の連続ですのよ♪ 茜姫さんと過ごす日々が、とっても楽しくて。つい時間を忘れてしまいますわ♪」
「時間を忘れてしまいたくても、お昼休みは有限ですわ」
風呂敷包みをチラリと見る茜姫の視線に、思わず微笑んだ輝命はわっぱの包みを茜姫に手渡した。自分も似たような包みをほどけば、茜姫が水筒からお茶を出してくれる。
「そうですわね。本日はそら豆ご飯と春鰆の西京漬け焼きですわ」
「まあ、素晴らしいですわ!」
早速蓋を開けた茜姫が、キラキラと目を輝かせて頬に手を当てた。ワクワクを頑張って抑える姿はまるで尻尾を振る子犬のようで、微笑ましくなった輝命は手を伸ばすと茜姫の頭をなでた。
「そんなに喜んでいただけるなんて、嬉しいですわ」
「もう、また子供扱いして!」
頬を赤らめる茜姫に、輝命は手にした緑茶を口に含んだ。爽やかな香りが鼻を抜け、心地よい風味を届けてくれる。そっと飲み込めば、おなかが少しあったかくなる。
「今日のお茶もとっても美味しいですわ」
「新茶ですわ。お口に合えば良いのですが。……さあ、いただきましょう」
「「いただきます」」
手を合わせた輝命は、そら豆ご飯に箸をつけた。そら豆のほっくりとした優しい味わいは良い塩梅で、鰆の西京漬け焼きも風味が豊かで。茜姫がグリモアで送迎する代わりに、お弁当は輝命が作る。これは一緒に学校に通い始めた時から続く大事な習慣で。
「輝命様、今日の午後の講義の後、教え合いっ子しませんか?」
「いいですわね。でしたらその後、美味しいみたらし団子を食べに行きましょう?」
「好日堂ですわね」
微笑みあった二人は、鳴る予鈴に慌てて残りのお弁当を掻き込むと午後の授業へと足早に駆けていく。
仲良く教室に入る二人の背中を、アルダワの桜が枝を揺らして見送るのだった。
成功
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