闇の救済者戦争③~ファンタム・リムの影牢
●魂人の墓場
闇の世界の片隅、薄暗い森の奥。
其処に並んでいるのは名前すら刻まれていない墓標。
無造作に建てられた墓の下に葬られたのは、戦いに敗れて重傷を負った魂人達だ。彼、または彼女は闇の種族の手によって葬送されたのだが、勿論それは親切心や慈悲などからではない。
永劫回帰の力によって死ねない魂人を生き埋めにしているだけだ。
死んでも尚、生き返る。されど其処は深く狭い土の中。彼らを永遠の苦痛に閉じ込めれば闇は更に深まり、終わらない悲劇の連鎖が続いてゆく。
それだけではなく、この墓場の敷地内には獣が彷徨いていた。
生き埋めにされた魂人の苦痛に惹かれた怪物。その名は――『運命を喰らう獣』。
●執着に終止符を
彼の獣は人の血を啜り、肉を喰らう。
特に繰り返す死によって苦痛を重ねた魂人の肉を好み、執拗に狙うとされている。
「獣に狙われたひとは、まるで影の牢獄に閉じ込められたような苦痛を味わっているのかもしれません」
ミカゲ・フユ(かげろう・f09424)は運命を喰らう獣について語り、墓地の魂人が置かれている状況を説明していた。生きたまま、或いは死んでから蘇ることを約束されている魂人は地の下で苦しんでいる。
しかし、件の獣が墓地にいることが問題だ。
たとえ魂人を墓の下から救出できたとしても、獣が訪れてしまえば美味しい餌にされてしまいかねない。また、獣を放っておけば墓を掘り返して魂人を喰らうだろう。
そのため、先に運命を喰らう獣を斃すことが救出への近道だ。
「獣は強い想いや苦しみを抱えた者を感じ取って、その肉を執拗に狙います。こちらの思いや苦しみが利用されるのは辛いですが……敵の習性も利用しかえしてしまいましょう」
己の中に苦しみや強い思いを持つ者であれば敵を引き付けることができる。敵は苦痛の記憶とその時の感情を増幅させる分身を呼び出したり、大切な相手が死に逝く姿の幻影をみせてくる。それに加えて――。
「獣はひとつ、皆さんに要求をしてきます」
――『オマエ達はどうして、こんな世界で生きていたいのか。理由を答えろ』と。
それは言葉ではなく、そう言っているように感じる視線による問いかけの要求だ。
しかし、答えれば過去を思い出す力を、答えなければ幸福な思い出を。獣にとって理解不能な答えを言えば、正常な思考力と理性が奪われてしまう。
実に厄介だが、先んじてこの獣を排除していけば、無辜の魂人を永遠の苦痛から解放してやれる。
「運命を喰らう獣は強敵です。だからどうか、皆さんもお気をつけて……!」
そして、ミカゲは転送陣をひらく。
何もかもを奪う獣に運命まで喰らい尽くされないように。
猟兵達が本来の運命と、それぞれが望む未来を勝ち取ってくることを深く願いながら――。
犬塚ひなこ
こちらは『闇の救済者戦争』のシナリオです。
魂人の墓場を彷徨く獣を倒し、悲劇の連鎖を断ち切りましょう!
●プレイングボーナス
『運命を喰らう獣の習性を利用して戦う』
敵は強い想いを持つ肉を餌として、一度匂いを覚えた獲物をどこまでも追う怪物。知性はそれなりにあり、『何度も死を繰り返され増幅された苦痛や執着』を特に好むため、魂人が狙われやすくなっています。
苦痛や執着を抱いている方であれば、他の種族の方でも引きつけることができます。敵の習性を利用して戦いながら、討ち倒してください。
生き埋めにされている魂人の救出はラストシーンで纏めて行います。
救出行動をリプレイの途中に挟むことができないため、プレイングは敵との戦闘や心情を中心にしてくださると幸いです。どうぞよろしくお願い致します。
第1章 ボス戦
『運命を喰らう獣』
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POW : 影牢
【闇の中】から【漆黒の自分の分身】を召喚する。[漆黒の自分の分身]に触れた対象は、過去の【苦痛の記憶とその時の感情】をレベル倍に増幅される。
SPD : 奪い喰らい尽くす
対象にひとつ要求する。対象が要求を否定しなければ【過去を思い出す力を】、否定したら【幸福な思い出を】、理解不能なら【正常な思考力と理性】を奪う。
WIZ : ファンタム・リム
対象に【大切な相手が死に逝く姿】の幻影を纏わせる。対象を見て【恐怖や哀しみ等、マイナスの感情】を感じた者は、克服するまでユーベルコード使用不可。
イラスト:ナフソール
👑11
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サク・ベルンカステル
罪なき魂人を生き埋めにし苦痛を喰らう獣か、、、強き負の想いを喰らうというのであれば我が復讐の念を嗅ぎ付けるだろう
自身に起こった過去の惨劇を思いだし復讐の誓いを新たに固め己を囮とし獣を誘き出す
『オマエ達はどうして、こんな世界で生きていたいのか。理由を答えろ』だと?
決まっている。貴様らのような他者の命を踏みにじる化物どもを一匹残らず断ち切る為だ!
闇の中より現れた自身の分身に過去の苦痛を増幅されようとも、上位存在への復讐という誓いを糧に生き抜いてきたサクの心を折りはしない
かつてない復讐の意思を込めて自身の分身と運命を喰らう獣目掛けてUC黒剣解放と技能切断を使用する
●黒剣と誓い
罪なき魂人達が生き埋めにされた墓地。
それだけでも残酷だというのに、この領域には苦痛を好み、喰らう獣が彷徨っている。
「強き負の想いを喰らうというのであれば――」
我が復讐の念を嗅ぎ付けるだろう。
揺るぎない思いを抱いた、サク・ベルンカステル(幾本もの刃を背負いし者・f40103)は運命を喰らう獣を自ら引き付け、囮になることを決めていた。
そして、サクは自身に起こった過去の惨劇を胸裏に巡らせていく。
これは復讐の誓いでもあった。
その対象は異端の神。サクの故郷を滅ぼし、家族や将来を誓いあった幼馴染を殺害した挙げ句、自身を半魔半人に変えた存在だ。
これまでに戦ってきた記憶や、嘗てのことを思うサクは、新たに思いを固めた。
それによって、運命を喰らう獣は誘き出される。
――オマエ達はどうして、こんな世界で生きていたいのか。
「理由を答えろ、だと?」
サクは獣から向けられた視線に込められた意思を感じ取った。
獣がどういった思惑をもってそのように問いかけているのかは分からないが、返答することはできる。サクは地を踏みしめ、黒剣・漆黒ノ魂滅の力を解放していった。
「決まっている」
もはやこの意志は語るまでもないことだが、改めて己の決意を確かめるにも良い機会だ。
断ち斬る覚悟を強く抱いたサクは、言葉と共に一気に踏み出す。
「貴様らのような他者の命を踏みにじる化物どもを一匹残らず断ち切る為だ!」
闇の中より現れたのは影を纏う分身だ。
それによって過去の苦痛をどれだけ増幅されようともサクが挫けることなど絶対にない。上位存在への復讐という誓いを糧に、これまで生き抜いてきたのだから。
獣は此方の心を折ろうとしているのかもしれないが、そのような狙いなど無意味に近い。
「――何であろうと叩き斬る」
サクはかつてない復讐の意思を込め、運命を喰らう獣に目掛けて刃を振り下ろした。黒剣の力が迸り、鋭い一閃が獣を斬り裂く。
そして、戦いは此処からも激しく巡る。この戦場に蔓延る悪意を全て討ち貫くまで。
大成功
🔵🔵🔵
セシリー・アリッサム
わたしは死にたくない
それがパパとママの望みだから
ううん、それだけじゃない……
嘘と本当、最後まで村のみんなを信じていたあの人や
みんなを守るために戦った人たち
愛に狂わされた竜のマドンナ
本当は優しく抱きしめてあげたかった
でも、悪意がそれを許さなかった
色んな――本当に色んな思いと出来事が重なって
みんな、皆必死で生きていたのよ
ね、パパ……わたしもとっても怖かった
幼かったあの日、パパが守ってくれたからわたしはここにいる
だけど、今度はきっと……
苦痛や執着を抱いて死んだ剣狼の魂をここに呼ぶ
今度はきっと負けない、わたしも一緒に戦うもの!
覚悟して自信を鼓舞
全力高速多重詠唱の
蒼い炎で焼き焦がす!
●生命の意志
生きている理由について問う獣の眼差し。
受け止めた意思はとても鋭く、何故か切実に求められているようにも思えた。
「わたしは死にたくない」
その答えを紡いだセシリー・アリッサム(焼き焦がすもの・f19071)は狼耳を鋭く立てている。獣の獰猛な唸り声が聞こえる中、セシリーは更に言葉を向けていく。
「それがパパとママの望みだから。ううん、それだけじゃない……」
嘘と本当。
最後まで村のみんなを信じていたあの人や、みんなを守るために戦った人たち。
そして、愛に狂わされた竜のマドンナ。
それぞれの感情を抱きながら、精一杯に生きた人々。たとえ間違った道を選んでしまっていても、自分にとっての正解を求めた者たち。
本当はみんなを優しく抱きしめてあげたかった。
けれども、悪意がそれを許さなかった。
セシリーは自分が進んできた道と過去をそっと振り返り、掌を強く握り締める。きっと、この魂人の墓場に無理矢理に埋葬された人たちも懸命に生きようとしているはずだ。
「色んな――本当に色んな思いと出来事が重なっているの。みんな、皆、必死で生きていたのよ」
運命を喰らう獣にセシリーが答えたことによって、過去を思い出す力が奪われてゆく。
これまでに思い返していた記憶が薄れ、セシリーの心に痛みのような響きが走っていった。だが、セシリーの裡にはまだ大切な記憶が残っている。
「ね、パパ……わたしもとっても怖かった」
幼かったあの日。
パパが必死に、懸命に守ってくれたからこそ、セシリーはここにいる。
――だけど、今度はきっと。
セシリーは抗いがたい忘却に対抗しながら、苦痛や執着すらも強く抱く。そして、彼女が喚んだのは死んだ剣狼の魂。そう、亡き父たる白狼騎士だ。
「今度はきっと負けない、わたしも一緒に戦うもの!」
傍に現れた騎士と共に覚悟を決めた。
負けない、と自分を鼓舞したセシリーは烈火斬影の力を巡らせていく。誇り高き人狼の騎士は白き鎧を纏い、愛する娘の声に応えていった。
この蒼い炎で焼き焦がし、葬ってみせる。セシリーの思いは強く、焔に映り込んだ。
それでも生きたいと願ったひと。
彼や彼女たちが再び、自分だけの運命を取り戻せるように願って――。
大成功
🔵🔵🔵
シュタルク・ゴットフリート
強い想い、或いは苦しみの記憶か。
故郷の大地を、屍人帝国の手により沈められたあの日。
戦えど力及ばず、祖国を、其処に生きる人々を守れなかった無念。
其を晴らす為にこそ、俺は雲海から還ってきた――その念もて、獣を惹きつけられるだろうか。
敵が現れれば、ラケーテンの【推力移動】を以て肉薄し格闘戦を挑む。
影を嗾け俺の苦痛や感情を増幅されようとも構わん、その無念、その後悔故に俺は今、此処に在る。
其は、俺の膝を折る役には立たん。寧ろ俺の魂をより熱く燃やすものと知れ!
その魂の熱を以てラケーテンの出力を上昇しUCを発動、獣へ渾身の突撃を叩き込んでみせよう。
●未来に進む力
強い想い、或いは苦しみの記憶。
運命を喰らう獣が好むのは、人が懸命に生きてきた証そのものだ。そういったものを喰い荒らし、弄ぶのならば許しておくわけにはいかない。
「それならば――」
シュタルク・ゴットフリート(不滅なる鋼鉄の咆哮・f33990)は胸裏に或る記憶を巡らせた。
それは故郷の大地のこと。
屍人帝国の手により国が大陸ごと雲海に沈められた、あの日。
帝国の軍勢に負けぬようシュタルクは戦った。されど、運命は非情だった。戦えども力及ばず、祖国を、そして――其処に生きる人々を守れなかった。その無念は一度目の死を迎えた今も消えていない。
あのとき、もっと自分に力があれば。
悔いても戻れない過去を思いながら、シュタルクはこれまで進んできた。
「其を晴らす為にこそ、俺は雲海から還ってきた」
この念があれば、運命を喰らう獣を惹きつけられるはず。シュタルクは自らを餌にするが如く、魂人の墓場で身構えた。その予想通り、獣は唸り声をあげながら近付いてくる。
「来たか」
此処に埋められている魂人から注意を逸らせたのならば僥倖。
シュタルクは即座に反応し、鎧の背部に装着した天使核噴進機構を起動させた。シュトゥルム・ラケーテンの名を冠するロケットエンジンは轟音を立て、獣を穿つ為の推力となっていく。
そのまま敵に肉薄したシュタルクが挑むのは格闘戦。
運命を喰らう獣は唸り声をあげ、闇の中から漆黒の影を生み出した。
シュタルクはその影を鋭く見据える。触れた対象の感情を増幅する力を持つ影は、容赦なく襲ってきた。
「その影を嗾けて、俺の苦痛や感情を増幅されようとも構わん」
この無念、その後悔がある故。
己の中にある感情の由来を確かめ、シュタルクは強く宣言する。
「――俺は今、此処に在る」
その拳で、その鎧で、そして己そのもので。
激突ダメージを獣に与えていくシュタルクは決して攻撃の手を止めない。獣も影を齎してきたが、感情が揺さぶられるほどに力が巡った。
「其は、俺の膝を折る役には立たん。寧ろ俺の魂をより熱く燃やすものと知れ!」
魂の熱を以て、シュタルクはラケーテンの出力を上昇させる。
次の瞬間、獣へ渾身の突撃が叩き込まれた。
どのような形であっても、生きることは前に進むこと。
強い思いを抱き続けるシュタルクは、更なる全力を揮っていった。
大成功
🔵🔵🔵
メアリー・ベスレム
◎
「どうして」?
そんなの決まってるわ、この世界が……いいえ
獣と虐げられたダークセイヴァー
アリスとして弄ばれた
不思議の国
そして猟兵として渡り歩いたあらゆる世界
どの世界も、メアリにとって苦痛や恥辱で満ちていたからこそよ
あは、理解できないって顔ね?
正常な思考力? 理性?
そんなのハナからナンセンス!
【バーサーク】【野生の勘】本能のままに切り掛かる!
ああ、だけれどまともに戦える筈もない
すぐ追い込まれ、苦痛を美味しく頂かれ
魂人たちの仲間入り……
そう思わせて【騙し討ち】!
【雌伏の時】はもうお終い!
メアリにとっての苦痛や恥辱で満ちているからこそ
その先にある復讐はなにより甘美なんだもの!
●甘美なる復讐
生きる意味。
運命を喰らう獣から投げかけられたのは個の意志を問うものだ。
「――『どうして』?」
メアリー・ベスレム(WONDERLAND L/REAPER・f24749)は双眸を細め、静かに笑った。
普通の者ならば問いかけに戸惑ったかもしれない。世の中には死を恐れるがゆえに生を選ばざるを得ない者もいる。しかし、メアリーはそうではなかった。
「そんなの決まっているわ、この世界が……いいえ、」
答えを紡ごうとしたメアリーは運命を喰らう獣を見つめたまま、僅かに頭を振る。
獣と虐げられたダークセイヴァー。
アリスとして弄ばれた不思議の国アリスラビリンス。
先ずメアリーの胸裏に浮かんだのは、ふたつの世界のこと。
そして、猟兵として渡り歩いたあらゆる世界。
もしも答える者がメアリーでなければ、其処で希望や光を見たから、と語っただろう。獣としてもそういった言葉や意志を受け、それらを喰らおうという魂胆だ。
されど、メアリーは違う。
「どの世界にも、メアリにとっての苦痛や恥辱が巡っていたからよ」
『……!』
その答えを聞いた獣は短く唸った。
されど、メアリーにとってそんなことは予想済み。
「あは、理解できないって顔ね?」
答えたことによって獣の力が巡り、正常な思考力と理性が奪われる――はずだった。だが、メアリーにはそのような攻撃は無意味に近い。
「何を奪おうとしたのかしら。そんなのハナからナンセンス!」
メアリーが歩いてきたのは普通とは真逆の世界。
狂乱は喜びで、悲しみは進むための標。綺麗事は汚さに塗れたもので、恥辱こそが力をくれるもの。
そう、それは傍から見れば狂気にも似た力。
それでもメアリーにとっては当たり前のもの。狂化した野生の勘を発揮した少女は、その本能のままに運命を喰らう獣へと切り掛かる。
「ああ、だけれどまともに戦える筈もないわ。きっと……」
すぐ追い込まれて、苦痛を美味しく頂かれて、土の下に埋められている魂人たちの仲間入り。
ぞくりとするような想像を巡らせたメアリーだったが――。
刹那、その口元が笑みを形作る。
「そう思うでしょう? でもね、雌伏の時はもうお終い!」
襲い来る獣の牙が突き刺さりそうになり、メアリーは即座に身を引く。だが、獣の牙が肌を掠めたのか、赤い血が宙に散ったが、この瞬間もまた少女にとっての至福。
何故なら――。
「苦痛や恥辱で満ちているからこそ、その先にある復讐はなにより甘美なんだもの!」
大成功
🔵🔵🔵
セリカ・ハーミッシュ
「こんな世界で生きていたいのか。理由を答えろ」
上手く伝わるかわからないけれど、『未来があるから』かな
過去にも沢山の楽しい事や大変な事があったけれど、
それでもこれからの未来がどうなるかわからない
だからこそ楽しい気持ちもあるし、
頑張りたいと思う気持ちもある
それを奪おうとするなら容赦はしないよ
過去を思い出す力を奪われてでも
魂人達の未来までは奪わせはしない
運命を喰らう獣達が集まってきた所を
氷刃乱舞で動きを封じてから一掃するよ
「奪い喰らうだけのあなた達には決して負けないし、何も奪わせないよ!」
●果てなき空に続く未来
闇に覆われた空。
希望は僅かばかりで、大きな絶望が巡る世界――ダークセイヴァー。
苦痛の輪廻を繰り返す魂人が囚われた場所で、問いかけられたのは奇妙な質問だ。
――こんな世界で生きていたいのか。理由を答えろ。
セリカ・ハーミッシュ(氷月の双舞・f38988)は、運命を喰らう獣から向けられた質問について考える。
「上手く伝わるかわからないけれど、」
答えなくとも何かを奪われるのならば、きっと嘘偽りなく答えた方がいい。真っ直ぐに獣を見据えたセリカは、自分の胸の内に浮かんだ思いを言葉にした。
「それは――『未来があるから』かな」
終焉を終焉させる者として戦ってきた過去から学んだのは、今まさに宣言したことだ。
『…………』
運命を喰らう獣は無言のまま、セリカを睨みつけている。一触即発の空気が流れる中、身構え続けるセリカは獣への返答を紡いでいった。
「過去にも沢山の楽しい事や大変な事があったよ。けれど、それでも」
これからの未来がどうなるかわからない。
過去は不変だが、これから起こっていくことは別だ。自分の行動や決断次第で変えられるかもしれないのが未来。だからこそ楽しい気持ちもあり、頑張りたいと思う気持ちも生まれる。
セリカは正直な思いを声にした直後、一気に攻勢に入った。
「それを奪おうとするなら容赦はしないよ」
過去を思い出す力が奪われているが、セリカは元より未来を見つめている。たとえこの思いが奪われきってしまったとしても、魂人達の未来までは奪わせはしない。
運命を喰らう獣に狙いを定め、セリカは氷の魔剣を振り上げた。
――氷刃乱舞。
鋭く疾い氷の刃を解き放ったセリカは、敵に溶けない凍結の状態異常を与えていく。少しでも動きを封じられれば後は猛攻を加えていくだけ。あの獣を倒せば奪われたものも戻ってくる。
攻撃を仕掛けていくセリカは強い意志を抱いていた。
「奪い喰らうだけのあなた達には決して負けないし、何も奪わせないよ!」
決意と誓いを宿した言葉と共に更なる氷刃が舞う。
この気持を向けたのは、運命を喰らう獣だけではない。この世界を玩具のように扱う闇の種族にも向けて――セリカの思いは高らかに、戦場に響き渡った。
大成功
🔵🔵🔵
ロリータ・コンプレックス
どうしてこん世界で生きていたいか?
こんな世界では生きたくないからあなた達みたいなのを駆除するのよ!
友達を、家族を、両親を!奪ったあなた達は許さない!
こんな世界を終わらせて私たちの世界にする!その為にここにいるのよ!
大切な人が死に逝くところなんて、今まで数えきれないほど夢でまで見続けてきた。幻影と分かってるものに怯んだりしない。今の友を失うのは勿論怖いけれど、そうさせない為に戦っているのよ。負けはしない!
UC発動!
主よ、我ら生きとし生けるものに希望を!そしてその障害を取り除き給え!
歌声と魔法の光弾で応戦。この地で生きる資格が無いのはお前達の方だとわからせてやる!
●人の望みの喜びよ
――どうして。
このような世界で、生きていたいのか。
そう問いかける眼差しを向けてきたのは、運命を喰らう獣。敵から注がれている視線を受け止め、ロリータ・コンプレックス(死天使は冥府で詠う・f03383)は一歩前に踏み出した。
「何故って?」
そんなことは考えなくとも、真っ直ぐに宣言できるものだ。
周囲に漂う雰囲気は暗く冷たい。気圧されそうな敵意を感じたが、ロリータは怯みなどしなかった。運命を喰らう獣の姿を瞳に映したロリータは、自分の裡にある思いと意志を強く語っていく。
「こんな世界では生きたくないから、あなた達みたいなのを駆除するのよ!」
友達を、家族を、両親を。
かけがえのない時間を、大切な日々を。そして、倖いを。
「全部を奪ったあなた達は許さない!」
絶対に、と言葉にしたロリータは闇の世界を支配する者達を思った。
命ある者を尊ばず、所有物として扱う者達がいる。玩具に飽きたら捨てるような所業を行う者もいた。誰もが抱いていいはずの生きる希望を奪われ、その命がいとも簡単に潰える。
「こんな世界を終わらせて私たちの世界にする! その為にここにいるのよ!」
その言葉には揺るぎない思いが宿っていた。
しかし、次の瞬間。
獣が一声鳴いたかと思うと、ロリータの周囲に大切な相手が死に逝く姿の幻影が生まれていった。
「……!」
一瞬だけ目を見開いたロリータだったが、すぐに首を横に振る。
大切な人が死に逝く場面。それは今まで数えきれないほどに体験し、夢にまで見続けた光景だ。元より幻影と分かってるものに怯えたりなどするはずがない。
勿論、今の友を失うのは怖い。けれど――。
「そうさせない為に戦っているのよ。負けはしない!」
ロリータは強く宣言する。
そして、其処からユーベルコードを発動していった。
「主よ、我ら生きとし生けるものに希望を! そしてその障害を取り除き給え!」
――Jesus bleibet meine Freude Meines Herzens Trost und Saft.
ロリータは歌声と魔法の光弾で応戦することを決めた。讃美歌はやがて合唱となり、精霊達の力を宿した声が戦場を包み込むように響く。
「この地で生きる資格が無いのはお前達の方だとわからせてやる!」
凛と言い放ったロリータの意志は更なる詩となり、戦いを終幕へと導いていった。
大成功
🔵🔵🔵
雨絡・環
◎
苦痛と執着
ねえ、ならばわたくしはあなた方にとって美味しそうに映りますか
わたくしを誅殺せず見逃して下さったあの御方
あの御方に再びお会いできる日を
輪廻を越えて待ち侘びる余り悪霊にまで堕ちた女を
あの日負った矢傷は今も癒える事無く背に在り、痛み続けるのです
ねえ、わたくしの想いを
あなた方は証明して下さる?
問いの答えなど分かり切ったこと
生も死も違いなく
あの方へお会いする為の工程に過ぎぬ
だから生きているだけ
……あとは、そう
一緒が楽しいなんて仰る変わった方が居られるので、かしら
さ、わたくしから何を奪いますか
『勝虫』
牙爪が届く寸前まで引きつけ移動
獣達を糸で捕らえ、切り裂きましょう
あなたの肉は美味しくなさそうね
●仮令、此の身が果てようと
彼の獣は苦痛と執着を好んで喰らう。
それならば、きっと。
雨絡・環(からからからり・f28317)は墓所に現れた獣を見つめ、ねえ、と呼び掛けた。
「わたくしは、あなた方にとって美味しそうに映りますか」
環の問いかけに対して、運命を喰らう獣は唸り声を返しただけ。されど、その視線が此方に向いていることこそが環の求めていた答えだ。
環が裡に思い浮かべているのは、自分を誅殺せずに見逃して下さった――あの御方のこと。
あの日からずっと、今も。環はあの御方に再び逢える日を願っている。
それは確かな執着と呼べるだろう。何故ならば環は、輪廻を越えて待ち侘びる余りに、こうして悪霊にまで堕ちた女なのだから。
「あの日負った矢傷は今も癒える事無く背に在り、痛み続けるのです」
運命を喰らう獣との距離を詰めながら、環は双眸を細めた。
環がそうしたのは獣のためではなく、あの御方を改めて強く思い出したゆえ。
「――ねえ、」
そして、環は再び呼びかける。
「わたくしの想いを、あなた方は証明して下さる?」
『…………』
獣から返ってきたのは先程と同じ、鋭い唸り声のみ。しかし、相手の返答など必要なものではない。それに先程から獣が問いかけてきている事柄への答えも、分かり切ったことだ。
「ただ、生きているだけ」
生も死も違いなく、あの御方とお会いする為の工程に過ぎない。
ゆえに此処にいるだけなのだとして、環は運命を喰らう獣を瞳に映した。その表情は薄く笑っているようだが、何処か冷たい死の匂いを感じさせる。
「……あとは、そう。一緒が楽しいなんて仰る変わった方が居られるので、かしら」
序のようであるが、それもまた環が此処に立つ理由のひとつ。
獣は返答を得られたと感じたのか、環から過去を思い出す力を奪っていく。だが、環は零れ落ちていくものに興味を抱いていない。何故ならあの御方の記憶だけは最後まで残ると考えているからだ。
「さ、わたくしから何を奪いますか」
牙爪が届く寸前まで敵を引きつけた環は、姿を隠す雨霞を纏う。繰り出した絲で獣を捕らえた環はその勢いで、相手の身を切り裂いてゆく。
「あなたの肉は美味しくなさそうね」
そして――触れるものを切断する蜘蛛の絲は容赦なく、運命を喰らう獣を貫いた。
執着は未だ深く、彼女の裡を満たしている。
大成功
🔵🔵🔵
クィンティ・ラプラード
同胞の苦痛や悲しみを
これ以上長引かせたくないの
この世界に生きるひとは
たくさんの悲しみと苦痛を抱えているでしょう
だからわたしは、わたしに出来ることで力になりたい
掲げた天球儀は宙へ浮いて
聖なる光が加護を与える
大丈夫よ。わたしが護る
生き埋めにされた魂人まで、
その加護が届くように
真の姿で聖者の力はより強まる
眞白の翼で羽ばたいて
かつてオラトリオだった時のように
わたしは自由に動ける
魂人に危険が迫れば
翼で包むように防御
どうして?
問いを感じ、わたしは星の輝く空を見上げる
わたしは探しているの
まだ見たことのない奇跡と
この世界で輝く美しい景色を。
きっと悲しいばかりの運命ではないはずだから
逃げてばかりでは前に進めない
●星光
同胞の苦痛や悲しみを、これ以上長引かせたくない。
魂人達が葬られている墓所に立ち、クィンティ・ラプラード(キタルファ・f39354)は周囲を見渡した。暗く陰鬱とした雰囲気が満ちる中、獣の唸り声が響いている。
その名は運命を喰らう獣。
人の肉を好むだけではなく、永劫の執着を巡らせる存在でもある。
そのような存在にもう誰の運命も喰らわせたくない。クィンティは前へと踏み出し、獣を見つめた。
「この世界に生きるひとは、たくさんの悲しみと苦痛を抱えているでしょう」
だから、と続けたクィンティは偽りなき言葉を紡いでいく。
「わたしは、わたしに出来ることで力になりたい」
そのために生きている。
何度、死を迎えたとしても。幾つもの記憶を失っていくのだとしても、生き続ける。
それは魂人の宿命でもあるがクィンティにとっては存在理由でもあった。掲げた天球儀は宙へ浮いていき、其処から溢れた聖なる光が加護を与えていく。
「大丈夫よ。わたしが護る」
クィンティは強い誓いを抱き、誓いを立てた。
その思いは彼女の正義そのものだ。生き埋めにされた魂人まで、その加護が届くように願ったクィンティは光を広げてゆく。
真の姿となったことでクィンティが宿す聖者の力はより強まっていた。
背に現れた眞白の翼で羽ばたけば、かつてオラトリオだったときのように空に舞える。
(――わたしは自由に動ける)
もしも魂人にまで危険が迫ったとしても、この翼で包み込んで護る。確かな決意を固めたクィンティは守護に回るべく、翼をはためかせた。
その際、運命を喰らう獣の鋭い視線がクィンティを貫く。
「どうして?」
その眼差しから感じたことは、何故に生きていたいのか、という質問だ。クィンティは感じたままの思いを告げるべく、そっと天上を振り仰いだ。
薄っすらとではあるが、其処には星の輝きが見える。
「わたしは探しているの」
あの星のように。ちいさくとも確かに在るものを。
それは――まだ見たことのない奇跡と、この世界で輝く美しい景色。
「きっと悲しいばかりの運命ではないはずだから」
逃げてばかりでは前に進めない。
未だ見ぬ先へ歩いていくために生きているのだと示し、クィンティは更に翼を羽ばたかせた。
護ると誓った命を救い、進むための道を拓いてゆくために。
大成功
🔵🔵🔵
橙樹・千織
◎
生き埋めなど
恐ろしく趣味の悪い…
すぐにでも、という思いを抑え
もう少しだけ、どうかそれまで少しでも苦痛が増さぬようにと祈り
集まる影を見やる
それを狙い集うお前達も大概ね
罰当たりにも程がある
破魔と浄化、オーラを纏い態勢を整える
こんな世界
お前にはそう見えても私には違う
“前”の記憶を持ち、獣たる本性を秘めたことで
異端とされ、避けられた過去はある
けれど
その要因を知ってもなお、変わらず過ごしてくれる友と家族がいる
それが私がここで生きたいと思う理由
瞳閉じ、友と家族を想う
彼らが受け入れてくれた過去を想う
想っていた
問いに返したその後に
過去の記憶は朧気になってゆく
思い出そうにもすぐに霞がかる
…こういうこと、なのね
過去を思い出す力…返しなさい
それが無ければ、過去を思い返すことができなければ
私は私ではなくなってしまう
返せ
そして
此処でその命、散らして逝け
攻撃は勘と動きで見切り受流す
鎧を砕くがごとく薙ぎ払い
傷口を急所を突き斬捨てる
これまで数多の者から奪い、喰らってきた報い
記憶も想いもお前達などに奪わせはしない
●命を散らせ
森の奥には静かな地獄が広がっている。
そのように語っても過言ではない場所。それこそが、此の墓地だ。ずらりと立ち並ぶ墓標には名が刻まれておらず、盛られた土の下からはくぐもった声が聞こえていた。
永劫の回帰を繰り返す定めの魂人は、呼吸すらままならぬ状態で死を迎え、地の底で再び生を得る。
その苦痛はどれほどのものか。想像するだけでも胸が痛んだ。
「生き埋めなど、恐ろしく趣味の悪い……」
魂人の墓場に訪れた橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)は、深く憤っていた。
墓標の下に埋められている魂人達は今も苦しんでいる。すぐにでも助けたいが、それでは運命を喰らう獣に喰らわれて死を迎えるだけだ。逸る思いを抑えた千織は身構える。
「もう少しだけ、どうかそれまで――」
少しでも苦痛が増さぬようにと祈り、千織は墓地の奥を見据えた。
其処には運命を喰らう獣の姿がある。その影を見遣り、千織は敵意をあらわにした。
「それを狙い集うお前も大概ね」
罰当たりにも程があると語った千織は破魔の力を巡らせ、浄化とオーラを纏っていく。そのまま戦闘態勢を整えた千織は、運命を喰らう獣から向けられる視線を受け止めた。
――『オマエ達はどうして、こんな世界で生きていたいのか』
そのように語り、問いかける眼差しは鋭いものだった。
「こんな世界……」
ちいさく呟いた千織は頭を振ってみせ、先ず質問が無粋で無意味だと示す。千織がそのようにした理由は世界への蔑みが感じ取れたからだ。
「お前にはそう見えても私には違う」
強く言い切った千織の視線にもまた、獣に対する敵意が宿っていた。
問いかけてきてはいるが、運命を喰らう獣は累を及ぼしてくるだけだ。答える義理はないと判断しても問題ないだろう。千織が先程のように答えたことで、獣は低い唸り声をあげた。
確かに世界は優しくはない。
千織には以前の記憶がある。“前”の記憶を持ち、獣たる本性を秘めたことで異端とされた。
人々から避けられた過去だってあった。
けれど、と口にした千織は今を思う。過ぎ去った時間ではなく、自分が生きている現在。
その要因を知ってもなお、変わらず過ごしてくれる友と家族がいる。皆の存在が千織を支え、こうして戦いに赴く強さをくれているのだろう。
「私がここで生きたいと思う理由は、その人達のため」
千織は瞳を閉じ、友と家族を想った。
そして、彼らが受け入れてくれた過去を想う。否、想っていた。
想えなくなった、と表した方が正しいかもしれない。
はっとした千織は自分の中から何かが零れ落ちたことを感じていた。問いに返したその後から、何かが奪われていったのだ。それによって過去の記憶は朧気になり、思い出そうとしても何も浮かばない。
記憶が浮かびそうになっても、すぐに霞がかったように薄れていくのみ。
「……こういうこと、なのね」
運命を喰らう獣に奪われたのは過去を思い出す力だ。
言葉にできない衝撃を受け、思わずふらついた千織。その声は無意識に震えていた。
「返しなさい」
得物を構えた千織は鋭く言い放つ。
それが無ければ、過去を思い返すことができなければ。自分が自分ではなくなってしまうから。
「――返せ」
そして、此処でその命を散らして逝け。
明確な殺意を形にした千織は運命を喰らう獣へ襲いかかっていく。敵の攻撃は勘と動きで見切り受け流していき、身を翻す。其処から鎧を砕くが如く勢いで薙ぎ払い、獣を斬り裂いた。
其処に出来た傷口を狙った千織は急所を読み、一気に敵を穿つ。獣の唸り声は未だ止まないが、千織は怯むことなく身構え直した。
「これまで数多の者から奪い、喰らってきた報いを受けろ」
敵へと向ける言葉には容赦がない。冷ややかな言葉を告げた千織は更なる攻勢に入った。
――剣舞・蝋梅香。
敵を麻痺させる魔力を込め、千織は駆けゆく勢いのままに斬り込む。獣の習性や巡る魔力の質、攻撃の癖や回避の仕方などを深く胸に刻みながら、千織は猛攻を繰り出し続けた。
「記憶も想いも、お前達などに奪わせはしない」
その言葉と一閃に込めた思いはとても強いものだ。
そして、千織の闘いは続いていく。奪われたものを全て取り返すまで――。
大成功
🔵🔵🔵
シキ・ジルモント
◎
ヴァシリッサ(f09894)と
敵の召喚する分身に触れた瞬間その場に膝を突く
…利用された記憶は子供の頃のもの
貧民街で共に暮らした仲間に裏切られ、領主への贄として差し出された時の記憶
捕らえられる際に受けた傷の痛みも、贄とされる恐怖と裏切られた絶望も、今でもはっきりと覚えている
増幅された苦痛の記憶が敵を引き付け、魂人は守れるかもしれない
しかしその先、反撃も防御も考えられない
「どうして裏切った」と、過去に引きずられるまま呟いて…
…ヴァシリッサの声が届き、自身を守る炎に気付く
苦痛の記憶も感情も消えてはいない
それでもどうにか立ち上がり銃口を敵へと向ける
何があっても必ず生きて帰ると、他ならぬヴァシリッサと約束している
この約束だけは違える訳にはいかない
ユーベルコードで真の姿を解放
強化される身体能力を用いて反撃を
防護を得られる炎の中から射撃で怯ませ飛び掛かる
押さえ込んで分身を召喚する余裕を奪い、零距離からの射撃で畳み掛けたい
こんな醜態を晒しても共に戦ってくれている彼女の信頼は
絶対に裏切れないと、強く思う
ヴァシリッサ・フロレスク
◎
シキ(f09104)と
運命を喰らうだ?
HA!卦体なケダモノだねェ?
シキ…ッ!?
な、裏切る、て…?
突然苦痛に苛まれるシキの姿に狼狽え、此方も影に触れ
観せられるのは幼き頃
火刑に処された両親
共に囚われた牢で
この腕の中で力尽き逝った弟と
愛する者を眼の前で喪った記憶
途方も無い喪失と自分の無力さへの絶望
そしてまた、正に眼の前でその絶望が繰り返されようと
然し
全てを喪い
その痛みを知るからこそ
今が
得難いものだと知るからこそ
アタシの焔は火勢を増して
気の良い店の仲間
互いに高めあう同志
そして、貴方
巡り逢えた掛け替えの無いこの
今を
絶対に!もう!奪わせやするもンかよッッ!!
負傷も厭わず獣とシキとの間へ【切り込み】UC発動
構えるのは
「お守りに」と
貴方が選んでくれた、手袋
同じく焔使いの愛しき友から譲受けた【破魔】の焔が敵の攻撃を無力化する
この
焔は
アタシ
たちの
焔だ
この
耀きを
アタシは絶対に裏切らない
手前ェら如きが消せるものか
反撃は
きっと立ち直ると信じている
貴方に託して
●約束した明日へ
「運命を喰らう、だ?」
魂人の墓地に訪れたヴァシリッサ・フロレスク(
浄火の血胤(自称)・f09894)は、黒き体躯の獣を強く見据えた。敵は鋭く唸り、害意を向けてきている。
「HA! 卦体なケダモノだねェ?」
「まったくだ」
シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)もヴァシリッサに同意し、鋭く構える。
あの獣を打ち倒せば、この地に生き埋めにされている魂人達を解放できるだろう。絶対に救うと心に決め、シキとヴァシリッサは戦意を抱いた。
だが、次の瞬間。
運命を喰らう獣が分身を召喚していき、シキ達へと嗾けてきた。攻撃動作に気付いたシキは咄嗟に身を翻して回避に移る。しかし、その影は触れただけでも悪い効果を齎す存在だ
「――!」
「シキ……ッ!?」
触れた瞬間、その場に膝を突いたシキ。彼を呼んだヴァシリッサの声が戦場に響く。
大丈夫だと返したかったが、今の彼の中には過去の苦痛の記憶が巡っていた。心を支配していくかのような負の感情はシキを包み込みはじめ、痛みを与えていく。
その記憶は子供の頃のもの。
貧民街で暮らしていたシキには仲間がいた。共に過ごし、苦楽を分かちあっていた。
辛い生活ではあったが、これからも支え合って生きていくのだと信じていた。しかし、仲間だと思っていたのはシキだけだったようだ。或いは他者ではなく、自分だけを優先する道を選んだのだろうか。
その感情の揺らぎや、裏切った仲間がどう思っていたかの真意は知れない。
結果、シキは領主への贄として差し出された。
そのときの記憶と、感じた痛みが現在のシキを苦しめている。
心の軋みだけではなく、捕らえられる際に受けた傷の痛み。そして、贄とされる恐怖と重なっている裏切られた絶望。それらは今でもはっきりと覚えており、シキを痛めつける。
増幅された苦痛の記憶が敵を引き付けるならば、魂人のことは守れるだろう。
しかし、問題はその先にある。此処から反撃を繰り出すことも、防御に移ることも今のシキには考えられない。苦しみのままに胸元を押さえ、過去への疑問が繰り返されるばかりだ。
「裏切り、者……どうして――」
シキから零れ落ちた言の葉は、壮絶な痛みを感じさせるものだった。
「な、裏切る、て……?」
ヴァシリッサはシキがこれ以上の攻撃に晒されないように庇っていたが、あるときに一瞬の隙が生まれた。突然、苦痛に苛まれ続けるシキの姿に狼狽えてしまったのだ。
勢いよく迫る影に触れてしまったヴァシリッサにもまた、苦痛の記憶が巡っていく。
視えたのは幼き頃のこと。
ヴァシリッサの裡に蘇っている光景は、両親が火刑に処されていく場面。二人に手を伸ばしても何も出来なかった。空気から伝わってくる熱は痛々しいものだった。
ただ、燃やされていく様を見ていることしか叶わなかった記憶だ。
「……!」
次に、共に囚われた牢の場面が思い浮かぶ。ヴァシリッサの腕の中で力尽き、逝った弟。その亡骸が冷たくなっていく感覚が今も残っている。それはもう二度と思い出したくないものだ。
心に鋭い茨や棘が巻き付いているかの如く、あの記憶はヴァシリッサを苦しめる。
愛する者を眼の前で喪った記憶。
それらはヴァシリッサに途方も無い喪失と、無力さを感じさせる絶望の証だ。
「やめ、ろ……」
影の影響は深く、正に眼の前でその絶望が繰り返されている。きっとヴァシリッサが戦うことを諦めるまで、ずっと――ともすれば永遠に。
シキも苦しみに耐え、動けないままでいるようだ。
ヴァシリッサは心の苦痛に負けないように思いを強く抱いた。確かにこれは自分にとっての塞がらない傷なのだろう。然し、ヴァシリッサは或る思いを胸裏に浮かべる。
全てを喪い、その痛みを知った。
だからこそ感じたこともある。今という時は、得難いものだ、と――。
そのことを知っているからこそ、また立ち上がることができる。
「焔よ――ッ!」
ヴァシリッサが紡ぎ出す焔は火勢を増していき、飛びかかってくる獣の影を貫いた。
その際に思い出すのは様々なこと。
気の良い店の仲間の笑顔。
互いに高めあう同志の存在。
そして――貴方。
「……シキ」
その名を呼んだヴァシリッサは震える拳を握り締めた。
苦しく辛い過去を越え、これまでに巡り逢えた掛け替えの無いこの
今を。
「絶対に! もう! 奪わせやするもンかよッッ!!」
高らかに、強く叫んだヴァシリッサは地を蹴る。負傷することも厭わず、ヴァシリッサは獣とシキとの間へ切り込んでいき、ユーベルコードを発動した。
謳采の力と共に構えるのは「お守りに」と彼が選んでくれた、手袋。
同じく。焔使いの愛しき友から譲り受けた破魔の焔が迸っていく。敵の攻撃を無力化することで本来の意志を取り戻したヴァシリッサは、運命を喰らう獣に力を向けた。
喰らわれるものなど、ひとつもない。
ヴァシリッサの声はシキの耳にも届き、抗う力へと変わっていった。シキは自身を守る炎に気が付き、冷静さを取り戻す。顔を上げれば、其処には果敢に戦う彼女の姿があった。
勇猛果敢な姿は美しく、巡る炎は希望の灯火。
自分にも、そして彼女の心にも、きっと。苦痛の記憶も感情も、決して消えてはいない。
それでもどうにか立ち上がり、生きていくしかないのだろう。
過去を忘れることもできるが、シキ達はこれまでの全てを抱いたまま進んできた。あの記憶すらも自分を形作るもののひとつだと信じたからだ。
シキはこれまで震えていた腕を押さえ、構え直した銃口を敵へと向ける。
「何があっても生きて帰る。約束したからな」
他ならぬヴァシリッサと交わした言葉を思い、シキは銃爪を引いた。
そう、この約束だけは――違える訳にはいかない。
敵を銃弾で穿つと同時に、シキは真の姿に変身した。誓いは彼にとっての揺るがぬ正義であり、解放された力が戦場に巡る。
強化された身体能力を用いていくシキが、あの獣の影に触れることはもうないだろう。
運命を喰らう獣も異変に気付いているらしく、唸り声の質が変わった。
ヴァシリッサはシキが苦痛を振り払ったことを知り、双眸を細める。きっと立ち直ると信じていたゆえ、もう心配など要らない。
そして、ヴァシリッサは思いを声に変えていく。
「この
焔は、アタシ
たちの
焔だ」
抱いた
耀きを。
此処から続く
想いを。
「アタシは絶対に裏切らない」
手前ェら如きが消せるものか。そう言葉にしたヴァシリッサは不可視の炎を燃え上がらせた。
次の一手をシキに託すべく、彼女は真っ直ぐな眼差しを向ける。
シキはヴァシリッサからの視線を受け止め、更なる攻勢に入っていく。防護を得られる炎の中から繰り出す射撃は激しく、敵を怯ませた。
一瞬の隙を突き、飛び掛かったシキは獣を抑え込みにかかる。
分身を召喚する余裕を奪いながら、彼が撃ち込むのは零距離から放つ銃弾。苦しむ姿、即ち醜態を晒しても共に戦ってくれているヴァシリッサ。
「――必ず」
その信頼は絶対に裏切れないと強く思いながら、シキは全力を巡らせていった。
ヴァシリッサもシキと共に力を揮い、戦いの終わりを目指していく。
過去を抱きながらも心の闇を払う。
その力と想いの源は、互いの存在が与えてくれるものだと信じながら――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
塔・ルーチェ
◎/WIZ/イフ(f38268)と
まただ
あの獣がやってくる
なんて酷いことをするんだろう
強い想いならば
ここにある
極上の餌になりうるでしょ?
さあ、おいで
ここで決着を付けようか
どうして生きていたいのか?
そんなの決まってる
ボクの初恋が
愛しい人『イフ』がいるから
愛することを許してくれた
愛してくれている
こんな幸せを手放す程ばかじゃない
イフがいなければボクは生きていけない
それくらい愛してる、愛してるんだ
ちからを使ったのはボクの愚かさ
イフを失う恐怖に耐えきれなかったから
でもそれは呪いの始まりだった
呪いなんて吹き飛ばそう
もうくよくよ悩むのはやめる
イフは今ここにいて、ボクの隣で生きてる
これ以上何を望むことがあるだろう
苦しかった
けど、イフはそれ以上に痛かったよね
ごめんね、何も出来なくて
だからこそ、
お前『獣』だけは許さない
赤い糸でイフとボクを繋ぐ
死がふたりを分つとも
この愛は永遠に―――
これから先はずっと一緒だよ
生も死も分かち合おう
もう二度とイフを傷付けないで
その為ならボクの命も惜しくはないから
塔・イフ
◎/SPD/ルーチェ(f38269)と
獣のにおいだわ
わたしたちを追いかけていた獣と同じにおい
こんな…なんてむごいことを
強い想い…ならば、あるいは、この戀も、この祈りも。
『あれ』の狙いになるのかしら?
さあ、鬼さんこちら、手の鳴る方へ
どうして生きていたいのか?
それはもちろん、ルーチェがいるから
わたしの光が、そばにいて、わたしを愛してくれるから
それいがい、なにもいらないの
さかさまに言うなら、彼女がいなければ、とっくに生きることをあきらめていたわ
過去を思い出す力を奪われても、ルーチェはいま、ここにいる
それは、わたしのしあわせ
だからこそ、わたしは、あなたもわたしも、許せない
死という影牢にとじこめたあなた、弱かったわたし
何度も、ルーチェに苦しませたあなたとわたしを!
さあ、ここで終わりにしましょう
わたしを食べたい?
いいわ、わたしのからだ《そんなもの》なんていくらでもあげる
ルーチェの繋ぐ赤い糸が、わたしを守ってくれる
だから、もう二度と――
あなたを守るために、手に入れた力
切り裂く鋭い蹴りで、敵を切り裂くわ
●幻痛の影牢
――まただ。また、来る。
何度逃げても、幾度ねぐらを変えても、あの獣がやってくる。
そうして今、運命を喰らう獣は魂人の墓場を食い荒らそうとしているという。
「なんて酷いことをするんだろう」
塔・ルーチェ(泡沫セレナーデ・f38269)は掌を強く握り、この状況を確かめる。
彼女の隣に立つ塔・イフ(ひかりあれ・f38268)も胸を痛めながら、この戦場を彷徨う獣を思った。
「獣のにおいだわ」
自分達を執拗に追い回し、数え切れないほどの死を巡らせてきた獣と同じにおいがする。
墓場を作ったのは闇の種族だが、この場所を放っておけばあの獣が魂人達を餌としてしまう。そうして魂人が殺されて、また永劫の回帰が巡るのだろう。
ただ食い殺され続け、再び生を得てもすぐに死ぬだけの永遠。そんなものを誰が望むだろうか。
「こんな……なんてむごいことを」
「……イフ」
「えぇ、わかっているわ」
ルーチェが名を呼んでくれたことで、イフはしかと頷きを返す。
運命に翻弄される日々はもう終わり。
此処で決着を付けることを決め、ルーチェとイフは視線を交わしあった。
「ボク達の手で――」
「終幕の時を刻みましょう」
二人の思いは強く、その眼差しは黒き獣へと向けられる。
何よりも先ずは魂人が喰らわれぬように獣を此方に引き付けることから。言葉よりも何よりも、自分達の存在自体が獣への最高の餌になる。
これまで何度も執着されていた二人であるからこそ、確信できることだ。
「強い想い……」
「それなら、ここにあるよ」
「そうね。確かにここに。あるいは、この戀も、この祈りも。『あれ』の狙いになるのかしら?」
「きっと――ううん、絶対に」
イフとルーチェは互いへ捧げる想いを示す。
この思いは戀であり、愛であると同時に執着とも呼べるもの。言葉の意味よりも大事なのは二人が相手を想い合う心があるということ。
「これなら極上の餌になりうるでしょ?」
「もちろん」
ルーチェが問いかけたことでイフがこくりと頷く。
そのとき、運命を喰らう獣が二人の気配を察知した。狙い通りだと感じた少女達は敢えて身を晒す。これまでならば逃げることを優先していたが、今は違う。
「さあ、鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
「おいで、ここで決着を付けようか」
二人と獣の視線が真正面から交錯した。刹那、運命を喰らう獣の眼差しが二人を貫く。
――『オマエ達はどうして、こんな世界で生きていたいのか』
その眼光から伝わってきたのは疑問を孕んだ問いかけだ。
イフはぎゅっと掌を握り締め、先ずはその答えを紡ごうと決めた。
どうして、何故。
生と死を繰り返す魂人にとって、それは容易に答えが出せないことかもしれない。生きたいから蘇るのではなく、そのような残酷な運命を背負っているからだ。
だが、イフとルーチェの裡には確固たる理由と意味があった。
「そんなの決まってる」
「それはもちろん、ルーチェがいるから」
「ボクの初恋が――愛しい人、『イフ』がいるから」
ルーチェの声に続き、イフがそっと語る。ルーチェも更に言葉を続けていき、互いを想い合う心を示す。運命を喰らう獣は低い唸り声をあげながらも、じっと聞いていた。
その証拠に音をしかと拾うために、耳をそばだてている。イフは相手からの執着と鋭い視線を感じながら、そうっと話し始める。
「わたしの光が、そばにいて、わたしを愛してくれるから」
それいがい、なにもいらない。
わかりやすく、さかさまに言うとすれば――。
「彼女がいなければ、とっくに生きることをあきらめていたわ」
「イフ……」
ボクもだよ、と答えたルーチェも思いの丈を獣へと、そしてイフにも向けていった。
愛することを許してくれた。
そうして、同じように愛してくれている。
「この幸せを手放す程、ボクはばかじゃないよ。イフがいなければボクは生きていけない」
それくらいに――。
強く、確かめるような言葉を紡いだルーチェは返した眼差しを答えの結びとした。それによって過去を思い出す力が奪われていったが、ルーチェもイフも忘れぬように唇を噛み締めた。
ちからを使ったのは自分の愚かさの証かもしれない。
だけど、イフを失う恐怖に耐えきれなかった。それが呪いの始まりだったと分かっていても、あのときはそうする以外の選択肢はなかった。
それでも今、二人で生きていられるのならば――。
イフも揺るぎない想いを声にしていく。
「あなたが何を奪っても関係ない。ルーチェはいま、ここにいる。わたしのそばにいてくれるもの」
それが、しあわせ。
ルーチェの手を握ったイフは、運命を喰らう獣を見据えた。
獣はそれが答えだと判断したらしく、地面を爪で掻く。おそらく、次も喰らい殺す、とでも宣言しているのだろう。殺気を感じた二人は身構える。
その瞬間、ルーチェの小指とイフの小指に赤い糸が結ばれた。
――死がふたりを分かつまで。
否、死すら二人を分かつことないと語るような堅い絆の証だ。これによって二人は死を与える痛みを受けたとしても、同時に倒れない限りは死なない。
イフは赤い糸の元であるルーチェを守るように一歩を踏み出し、両手を広げた。
「しあわせだからこそ、わたしは……あなたもわたしも、許せない」
死という影牢にとじこめた、あなた。
運命を受け入れられずに逃げた、弱かったわたし。
そして、もうひとつ。
「何度も、何度も。ルーチェを苦しませた、あなたとわたしを!」
イフは強く地を蹴り、獣への攻勢に入った。
対する獣は激しく唸りながら牙を剥き、イフを食い千切ろうとしてくる。
「ボクだって……!」
その後ろ姿を見つめるルーチェには大切な相手――即ち、イフが何度も無惨に死に逝く姿の幻影が見せられている。そんな呪いなど吹き飛ばそうと決め、ルーチェは力を巡らせた。
「もうくよくよ悩むのはやめるよ。イフは今ここにいて、ボクの隣で生きてる。それだけは間違いない!」
あれは幻影だ。
本当のイフは果敢に立ち向かい、獣を穿つために戦っている。何処までも伸びゆく赤い糸が揺らめく度、目の前のイフは生きていると教えてくれているのだから。
二人で、生きる。これ以上、何を望むことがあるだろうか。
「苦しかったよ。けど、イフはそれ以上に痛かったよね。ごめんね、何も出来なくて」
ルーチェもまた、これまでのことに心を痛めていた。
もしも此処で逃げれば、永遠に同じことを繰り返す未来が待っているだけ。それゆえに少女達は最大の苦しみを覚悟していた。
これほどに辛い運命を齎した元凶を、完全に滅ぼすために。
「だからこそ、お前――『獣』だけは許さない」
強い言葉と共に赤い糸が揺らめいた。
イフへと捧ぐ想いを伝え、決して死の運命に巻き込むことないように。ルーチェからの想いを感じ取っているイフも地を蹴りあげ、迫り来る牙と爪から身を逸らす。
「さあ、ここで終わりにしましょう」
強く宣言したイフは、自分の中から思い出が零れ落ちていく感覚を抱いていた。しかし、そんなことになど怯まない。奪われたのならば取り返すだけ。
この糸が繋がっている限りはルーチェを忘れることなどない。
それに、運命の赤い糸が切れることなんて絶対にない。これは絶対だと信じていた。
「わたしを食べたい?」
イフが問いかけると、運命を喰らう獣が強く吠える。
鼓膜を震わせるほどの声だったが、今のイフに恐怖など一欠片もなかった。
「いいわ、わたしの
からだなんていくらでもあげる」
ルーチェの繋ぐ赤い糸が、わたしを守ってくれる。
わたしもルーチェのことを守り続ける。
――だから、もう二度と。
これはあなたを守るために、手に入れた力だから。イフは鋭い蹴りで以て、その毛並みを切り裂いた。血が散り、獣の爪がイフの身体を裂き返す。
それでもイフは決して怖気付くことなく、運命に立ち向かい続けた。
この愛は永遠に。
ルーチェは赤い糸で繋がった絆を強く想う。
「もしもまた、死がふたりを分つとも。これから先はずっと一緒だよ」
生も死も分かち合おう。
悲しみも、苦痛も、それから喜びと倖いも。
今のルーチェの思いは死の運命を閉ざすことだけに注がれている。獣に向ける意志は何処までも強く、鋭く巡っていた。
「もう二度とイフを傷付けないで」
「もう絶対にルーチェを喰らわせない!」
その為なら。
ボクの。
わたしの。
命も惜しくはないから。
愛している、愛しているの。
愛してる、愛してるんだ。
この強い想いだけは、あなたにも――誰にも喰らわせない。
それほどまでに強い二人の思いと言葉が重なったことで、絆の力が迸る。
三日月型の衝撃波が夜の狭間ごと獣を切り裂き、二人の行く先を示すように迸った。陽の光などないこの世界では、月光こそが導きの標となる。
次の瞬間、運命を喰らう獣の身体が大きく傾いだ。
「イフ!」
「ルーチェ!」
互いに名を呼びあった二人。
その想いはひとつになり、そして――赤い糸が美しく宙に閃き、三日月の軌跡が一直線に疾走った。
獣が断末魔をあげ、その場に伏す。
未だ僅かに息があるようだが、獣が起き上がってくることは二度とないだろう。
「イフ、大丈夫?」
「平気よ……ルーチェも、平気?」
互いのもとへ駆け寄った二人は無事を確かめあい、そっと寄り添った。二人とも心身に痛みを覚えていたが、どちらもこの戦いで死ぬことはなかった。
それは絆の糸の力でもあり、それから――運命を乗り越えた証だ。
抱き締めあった二人は身体を離し、代わりに手を繋ぐ。ルーチェとイフは倒れたままの獣を見つめながら、その生命が終わっていく様を見守ることを決めた。
執着のあまりに宿縁ともなった繋がりは今、永遠に断ち切られる。
しかし、ひとつだけ疑問もあった。
何故、どうして生きていたいのか。獣がその理由を問うた意味が知りたかった。ただ喰らい殺すことを目的とする獣であるならば、そのようなことを聞く必要はないはずだ。
だが、やっとわかった気がした。
「あなたは……」
「そっか、そうなんだね」
イフとルーチェは同じことに思い至った。獣もまた、苦しんでいたのだと分かったからだ。
動けない獣に歩み寄ったイフは静かに口をひらく。
「あなたは生きたいのではなく、終わらせたかったのね。永劫に続く、負の連鎖……自分の運命を」
この獣はオブリビオンだ。
たとえ死を迎えても骸の海に還り、その存在はまた現世に滲み出る。形は違っても、魂人と似た運命を与えられていると称してもいいだろう。
それゆえにもしかすれば、獣は骸の海に還る巡りから解放されたかったのかもしれない。
イフとルーチェを狙い続けたかの理由もわかった。
肉を喰らうという本来の習性は強く、抗えないものだったのだろう。だが、それ以外に――運命を喰らう獣は二人の少女の裡に、運命を打ち破る強さを見出していたのかもしれない。
幾度、何度、死を繰り返そうとも。
二人が、その愛を忘れないのならば。
いつか自分を打ち破り、負の連鎖を止めてくれるのではないか、と。
それは身勝手なものに過ぎない。自分が助かるために少女達に執着していたのだから。それゆえに許すことはできないが、運命の岐路は此処にある。
「……おやすみなさい」
「もう、還ってきちゃダメだよ」
同情も憐憫も抱かないが、イフとルーチェは黒き獣にそれだけを告げた。
やがて静かに息絶えた獣はただの亡骸となる。骸の海に還されることもなく、二度と起き上がってくることもなくなった獣の様子は、どうしてか満足気だった。
そうして、運命が喰らわれる未来は永劫に潰えることとなった。
「ボクらは成し遂げたんだね」
「そうよ、ルーチェ。わたしたちはもう、逃げ続けなくてもいいの」
「うん、イフ! これまでも、これからも、ずっといっしょだよ」
そっと腕を伸ばして優しく抱き合い、見つめあう二人の瞳にはお互いの姿しか映っていない。
他の誰でもない、あなた。
愛しくて戀しい相手のぬくもりを感じながら、イフとルーチェはただひとつの倖いを確かめあった。
●運命を紡ぐ少女
黒き獣が倒れた後、魂人の救出が行われた。
猟兵達は名もなき墓標の下を掘り起こし、彼らを助けていく。
苦痛に塗れ、生に絶望しか抱けていなかった者達は、助け出された瞬間に安堵を抱いた。その表情には希望が見えていた。きっとそれこそが生への思いの根源だろう。
厳しく暗い世界で生き続けることは苦しい。それでも、死んでよかったなどとは思えない。
救出後、魂人達は猟兵に心からの礼を告げてくれた。
闇の世界にも小さな希望があるのだと知った者達は勇気を覚えたようだ。そうして、猟兵は魂人達を比較的安全な村へ送り届けたことで、この戦場の出来事は収束を迎えた。
終わりは始まり。
ひとつ終幕は、次の巡りの開幕でもある。
これからも苦しい出来事が起こるかもしれない。心が引き裂かれるような悲しみに見舞われることや、抗い難い困難に突き当たることもあるはずだ。
それでも、幸せなことだって同じくらいに生まれて、心を満たしてくれる。
そのことを識っている少女達は、きっとこれからも――。
運命を越えて、生きていく。
大成功
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最終結果:成功
完成日:2023年05月13日
宿敵
『運命を喰らう獣』
を撃破!
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