冥狼と焔狼の決闘
「さて……と、こうして戦うのは初めてだな……」
「そうだな……ようやく、ここまで来れた」
サイバーザナドゥ某所に建設された訓練用のフィールドにて、2人の少女が対峙している。
年齢や容姿は姉妹かと思うほどには似ているが、彼女らの関係性はもう少し複雑だ。ある意味では血の繋がりよりも深く、そして強い因縁がある。
1人目の名はミオ。ミヤビクロン・シフウミヤという多重人格者の中に生まれた最強の人格。
精神面・肉体面ともに完成された百戦錬磨の強化人間にして、闇に墜ちた天地を駆ける
響皇冥狼。
2人目の名はエミリヤ・ユイク。ミヤビクロンともう1人の実験体の遺伝子を複合して造られた数多の
子供のうち、唯一の完全成功体。
元は人間でありながら意志の力で我が身を機械化した、最強の末娘たる
響煌焔狼。
今宵二人が戦う理由は、言うなればアイデンティティの証明である。
エミリヤは本気で「母」であるミオを倒そうとしているし、ミオも本気で受けて立つつもりでいる。
何故ならそうしなければ負けてしまうから、そして何より相手に失礼だから。
「よくここまで上がってきた。いいだろう、私も全力で相手をしよう……。さぁ、始めようか」
「ああ、準備はできている……最初から本気でいくぞ」
ミオの右目が星の如き黄金に、エミリヤの左目が海の如き蒼に輝く。
金五芒星と
蒼六芒星。瞬間同時並列思考を可能とするデバイスを初手から起動すると言うことは、本気という言葉に嘘はないということだ。
「さぁいくぞ、我が母、ミオよ! 貴女を超えて私は真なる焔狼となってみせる!」
「来るがいい、全てを灼き尽くし、喰らい尽くす
焔狼となった我が娘、エミリヤ・ユイクよ!」
開戦の咆哮と同時に、エミリヤは心臓の核融合炉「迦具土」を最大稼働。漆黒の愛刀「
黒狼牙爪」に青紫の炎を纏わせて斬りかかる。
対するミオは人工神経「ESPバイオニューロン改」と「
ナイトシューティングスター」を起動。瞬発力、攻撃速度、反応速度を大幅に増強し、人間の域を超えた超加速と超速機動で対抗する。
「喰らい尽くす!」
「駆け抜ける!」
自分達以外の全てがスローモーションになった世界で、二人は一秒間に何十という攻防を繰り広げる。
両者ともに神速かつ膨大な思考の中から最適の解答を選びだし、相手の行動を予測するという機能は共通だ。
だが後継機にあたるエミリヤの蒼六芒星の方が、ミオの金五芒星より僅かに性能は上だ。相手の予測をさらに予測することで、焔狼は冥狼の一手先を行く。
「時を喰らえ、
零天使!」
黒狼牙爪に装着されたユニットが周囲の時間質量を吸い込み、ミオの活動を限りなく停滞させる。
この機を逃す事なくエミリヤは全力で斬り込んだ。迦具土のブーストで威力と速度を爆発的に向上させた一太刀は、予測上では決して回避も防御も不可能なはず――。
「無駄だ……私の蒼き歯車が回り続けてる限り、今の私に触れることは叶わない」
その不可能という常識を覆すのが、ミオのユーベルコード【蒼き瞳】だ。
いつの間にか彼女の左目は蒼く染まっており、瞳の中では歯車が回っている。数十秒先のあらゆる事象の未来を見通すこの能力によって、金五芒星では越えられない蒼六芒星の予測をさらに上回る。
「それでこそだ……母よ!」
エミリヤとてこの程度でミオを仕留められると本気で思ったわけではない。
渾身の一撃を凌がれた後は攻守逆転、今度は焔狼が冥狼の反撃を受ける番だ。
ミオの武装は「
星煌輝剣」その刀身は無数の光の粒子によって構成されており、電撃を纏うことでさらに強化されている。
「分かるだろう、我が娘。この剣の前で防御は無意味だ」
「知っているとも……喰らわなければいいだけの事だ!」
金属細胞を硬化して物理攻撃を無効化する「
トランスフェイズメタルセル」も、魔力や非物理攻撃を遮断するマント「
夜空幻奏」も、貫通力を高めた光の刃は防げない。
となればエミリヤに取れる選択肢は回避しかない。「グラビティ・コア《GC》」の重力場を反転させた斥力反射で攻撃を逸らし、ギリギリのところで窮地を脱する。
(やはり、強い)
純粋な戦闘技術ではミオのほうがエミリヤより上だ。蒼六芒星の性能差の優位も【蒼の瞳】により絶対的ではなくなった。
一瞬の読み違いや反応の遅れが即座に敗北に繋がる。"挑戦"するのは自分の方なのだという自覚を改めて認識したうえで、全身全霊を戦闘に集中させる。
(ここまで強くなっていたとは)
一方でミオもエミリヤの実力には少なからず驚いていた。
零天使の時間吸収機能でこちらの行動速度が低下しているのもあるが、蒼の瞳の未来予測をもってしても決定打を与えられないのは、装備や肉体のスペックよりも精神面のスペック――意志の強さによるところが大きい。
どんな状況でも決して揺るがない覚悟と気合いと根性こそが、エミリヤが"怪物"と呼ばれる所以だ。彼女の心は絶対に折れない。だからこそ、こちらも最後の瞬間まで全力で相手をする必要がある。
防御を貫く最強の刃と、ニューロンが発火する速度で思考・戦闘するスピード。未来予知に等しい予測技術。
互いにこれらの要素を備えた二人の戦いは、どちらがより疾く攻撃を仕掛け、かつ、回避できるかに焦点が絞られてくる。現状のままでは戦闘技術の差で、おそらくミオに軍配が上がるが――。
「……"時"は満ちた。決着をつけよう」
覚悟を決めた声音でエミリヤがそう呟くと、ミオも「来るか」と身構える。
彼女に残された最後の切り札。それは零天使が吸収した時間を放出することによる、一時的な超加速。
同時に迦具土のリミッターを解除すれば、限られた時間ではあるが攻撃力とスピードは爆発的に向上する。体にかかる負担もかなり高いが、ミオの予測を超えるためにはこれしかない。
「そうでなければ、私は母を……最強の人格のミオを超えられない。故に私は私の意志を持ち母を越える!」
「良い覚悟だ。来い!」
超高速のさらに上をいく超高速の斬撃。流石のミオもこれはもう五感で反応できる粋を超えている。
思考演算とユーベルコードによる純粋な予測だけで攻撃が来るタイミングを読みきらなければならない。
もちろん防御は無意味だ。【真なる覚醒】へと至り、己の限界を突破したエミリヤの黒狼牙爪は「
ゼロナイトスーツ」の防御力でも耐えられない。必然的に勝算は「斬られるよりも先に斬る」しかなくなる。
正直、仕掛けた側のエミリヤにしても、これがかなりギリギリ、いや皮一枚の戦いになるだろうと思っていた。
ここまで絶大な力を手にしてなお、ミオは対応してくるだろうという確信がある。そして零天使に蓄積された時間質量がなくなれば、今度こそ自分に勝ち目はなくなるだろう。
「それでも、私は母を超えたい!」
私の全身全霊をかけてでも。
私の
コアが悲鳴を鳴らしても。
金属細胞が嘆きを鳴らしても。
「母……いや、ミオよ。私という意志の怪物を超えれるものなら超えてみせろ! 怪物の貴女の遺伝子を受け継ぐ私もまた怪物!」
どこまでも想いを貫く硬い意志の証明、それこそがエミリヤの【真なる覚醒】。
ユーベルコードすらも超越した覚悟と気合いは、森羅万象を斬り伏せる究極の一太刀へと昇華される。
それは母を超えるというただ一念のために研ぎ澄まされた、この時、この瞬間にのみ到達できた境地。
「ならば……私も怪物の母として全てを賭けよう!」
蒼き歯車が廻転する。バイオニューロンが火花を散らす。黄金の五芒星が閃光を放つ。
エミリヤの全力に対応するにはミオも全力を振り絞らなければならない。勝利を譲るつもりなど微塵もなく、己が最強の人格たる誇りをもって剣を振るう。
練磨された戦闘技術と万象を見通す思考。その精髄が生み出すのもまた、異なる頂へと至った究極の一太刀。
「今の私は冥狼を超えた全てを灼き尽くし、喰らい尽くす
焔狼!」
「ならば私は焔狼を超えて全てを斬り尽くし、最強の頂に立つ
冥狼だ!」
まばたきする暇もないコンマ数秒以下の交錯。刹那に散った火花が戦いの決着を報せる。
二人の少女は背中を向け合いながら最初に立っていた位置に戻っていた。微かな吐息の他には何も聞こえない、ひりつくような静寂が場を支配し――。
「……届かなかった、か」
倒れたのは、エミリヤだった。
文字通り皮一枚ほどの技量の差。エミリヤの遺伝子元であり最強の人格たるミオに、勝利の軍配は上がった。
「また、いつでも相手になろう。我が娘、エミリヤ・ユイクよ」
首筋にかかった刃の痕を指先でなそりながら、ミオは光剣を消失させる。
その意志と覚悟が不屈である限り、エミリヤはまだまだ強くなれるだろう。
自分もまた、娘にやすやすと追いつかれぬよう、これからも精進を重ねなければならない。
――母と娘、初めての「親子喧嘩(?)」とも言える決闘は、こうして幕を閉じた。
実力伯仲かつ同系機との戦いは、経験という意味でも両者に多くのものを与えたことだろう。
これを糧として彼女達はそれぞれの道を歩み続ける。片や
焔狼として、片や
冥狼として――。
成功
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