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残された英雄達

#クロムキャバリア #ノベル #日乃和 #人喰いキャバリア #ガルヴォルン

菫宮・理緒
【シャナミアさんと】

那琴さんのお見舞いには、シャナミアさんといっしょにいくね。

え?監視の目?
聞かれて困る内容もないから特に困らないっていうか、
なにかしかけてくるなら『自己防衛』させてもらうだけだよね。

……カメラハッキングして、えっちな画像とか流してみようかな。
なんて呟いたら、シャナミアさんに怒られたのでやめておこう。

わたしも終戦には間に合わなくてごめん。
シャナミアさんが林檎なら、那琴さんと栞奈さんを剥いてあ痛ぁ!?

冗談だって。たぶん。

なにしにきたかっていうと、わたしはもちろん2人の様子を見に、だよ。
気になってたからね。付き合い長いし!(強調)

まだ答えはでないと思うけど、少しは落ち着いたかな?

ま、あとは、白羽井小隊のこともあって、かな。
小隊は再編制らしいし、わたしのところにも小隊の子、いるからね。
那琴さんと栞奈さんはどうするのかなー、と思って。

うちにいる子たちは、みんなの意見を聞いて、
それにそった感じにするつもりだよ。
小隊に復帰してもいいし、わたしのところに残ってもいいし、
全然違うことにチャレンジするっていうのもありだしね。
(この時点で、ネルトリンゲンに囲っている小隊の人の意見など、
聞いている感じにしていただけると嬉しいです)

ま、なにをするににしてもしばらくは静養してからだと思うから、
よかったらわたしのところにも遊びにきてくれると嬉しいかな!

空母快適だし、キャバリアもあるし、おいしいものもご馳走するよー♪

あとは、うん。シャナミアさんとも話してたんだけど、
残ってくれる子が多かったら部隊として編成してもいいかなーって思ってるんだ。

って、シャナミアさん『美少女コンビ』は照れるよー(いやんいやん)
え、『なこしー』? わたしたちじゃないの?

ま、まぁなんにしても、元気になったらまた一度会おうよ。
そのときまでは、白羽井のみんなもネルトリンゲンにいると思うしね!


支倉・錫華
【フィラさんと】

フィラさんといっしょに、結城艦長と那琴さんに面会。
監視はうるさそうなのが張り付かないならいいよ。

そんなことにしておいて、

さ、フィラさん、思い残すことなくナンパしちゃっていいんじゃないかな。
あれ、違う? ここまで来たのにやっぱりヘタレちゃうの?

と、わたしは那琴さん(&栞奈さん)とお話かな。

ま、なんだかんだあったけど、まずは生き残ったことに乾杯。
さすがにお茶しかないけどね。

なんのお話、って聞かれてもではあるんだけど、
いろいろ祭り上げられて、『やったこと』と『結果』のギャップに葛藤もあるだろうから、
人生相談とかしてみようかなって思った感じかな。

『偽りの英雄』とか思って、悩んでそうだしね。

あなたたちは安心して胸を張っていいんだからね。
なにに、ってもちろん『生き残ったこと』にだよ。
一般に言う『英雄』なんてのは、所詮権力を持った側の都合の産物。
そんなの個人からしたら見方でどうにでもなるものだしね。

あなたたちは、自分の信念の元に戦って生き残ったんだから、それで十分。
現場からみれば、それだけで英雄だよ。

それにほら、むこうが自分たちの都合を押しつけてきてるわけだから、
なにかあったときにいい交渉材料に出来るよ。
今後の身の振り方とか決めるときとかに、カードになるんじゃないかな。
そのくらいに思っておいていいと思うよ。

それでも、自分の中にしこりが残るようなら、
なんでもいいから、できることをやってみればいいよ。

成功しても失敗しても、それはそれ。納得できればおーるおっけー。
わたしたちは味方と思ってくれていいから、なにかあったときは頼ってもらっていいしね。

っと、向こうもそろそろお話ナンパ終わりかけかな?

フィラさん、どう?
母娘丼ナンパ、成功しそう?
どっちにしても、お持ち帰りは元気になってからにしなね?


シャナミア・サニー
【理緒さんと】
白羽井小隊の那琴さんのお見舞い
栞菜さんにも会えると嬉しいね
監視はつけるならどーぞー?聞かれて困る内容も無いしね
っていうか理緒さんは何をするつもりかーっ!?(尻尾アタック

というわけで
やっほー、元気してる?
まぁ元気とは言い難いか
でも生きてて良かったよ二人とも
終戦の際は会いに来れなかったからさ
改めてお見舞い、来たよ
よしよし、お姉さんが林檎を剥いてあげよう♪(理緒さんを尻尾で叩きつつ

んー?特に何かあるわけじゃ無いよ?
理緒さんの言う通り、付き合い長いしさ
傭兵とか猟兵とかじゃなくてさ
私、シャナミアが
自分の友人である那琴さんと栞奈さんに会いに来たってだけ
えっ、もしかして私嫌われてる?
それはそれでショックなんだけど
まぁそうだとしても今はお姉さんに付き合ってよ
あと、理緒さんが復活して生えてきたからお相手ヨロシク
その間にリンゴ剥いちゃうからさ

はい、剥けたよー定番のウサギにしてみた
お姉さんが手ずから食べさせてあげようか?
いや、そんなに恥ずかしがらなくても

今回の事件が濃密すぎて色々気持ちとか追いついてないでしょ?
私も両親死んだ時そんな感じだったしなあ
ん?キャバリア工房の跡取りだろうって?
あそこは養子
ほんとの親は小さい頃に目の前で殺されてるのさー
1番怖いのは人の悪意って話
あの頃は何の力もなくて
ただ逃げて逃げて生き延びて
それだけで精一杯だったかな
その内、逃げることも生きることも疲れたけど
だからこそ私は生きることを諦めないって決めた
両親の最期の願いでもあったしね

ま、私の話は参考で
でも生きてりゃさ、
進むことも止まることも戻ることも出来る
それはこれから決めれば良いんだよ

理緒さんが保護した白羽井の子らもそんな感じだし

何をすべきかなんて後で考えりゃいいから
とりあえずは元気になってさ
美味しい物でも食べに行こうよ
そういうのもなけりゃやってらんないでしょ

あ、そうそう
そのついでにさ、傭兵とかやってみない?
いや、ついででしょ
生きるついで生きるついで
実は理緒さんとね、さっき言った子たち入れて傭兵団作ろうかって話がね

最新機種も扱える腕も確かな美少女コンビ
売れると思うんだよなー
どう?どう?気にならない?
って、理緒さんのことじゃないから!(再び尻尾)
私の尻尾、ハリセンじゃないんだけど!?
いやまぁ、理緒さんが美少女なのは認める
でも今は『なこしー』のことだから
そう、貴女たち!
ウチで売り出そう?

まぁ返事は今度でいいからさ
考えておいてよ
だってこれまでの人生よりこれからの人生の方が長いんだよ?
そんな生き方だってあるでしょ


フィラ・ヴォルペ
【錫華と】
戦艦・大鳳の艦長、葵・結城と接触
那琴と栞菜は同席しても構わねぇがその他は遠慮してもらおうか
監視はこっちにわかんねーようにやってくれ

面会っていうか尋問っていうか
まぁ聞きたいことがあるだけなんだが
いや、ナンパじゃねーよ
お前(結城の方)も乗るんじゃねぇーよ
もう若いツバメ捕まえてんじゃねーか!
こんなアイスブレークはいらねえんだよ横に置いておけよ
誰がへたれだ今カンケーねえだろ!?

ええいっ、自由人すぎるなお前!(錫華の方)
ほんとに話が進まねえから直球で行くぞ

結城、結局お前は何がしたかったんだ?
いや、もうちょい具体的に聞く
お前は那琴に何をさせたかったんだ? どうなって欲しかったんだ?
テロ行動とかアークレイズ・ディナに乗って欲しいとかそういう意味じゃねえぞ?
那琴の未来をどうしたかったんだ? って話だ

仮にアークレイズ・ディナの影響だったとしても
その底にある願望は変わりゃしねえだろ?
いまいち見えなくて気持ち悪ぃんだよ
ああ、お節介とか思うなよ
単にお前に生き恥かかせたいだけだ
そいつだけは聞かせてもらおうか
気分的にすっきり終わらせたいんでな
それだけ聞けりゃ満足だよ

那琴が助かったのはお前の輸血があったからだろ?
とりあえず生き延びて良かったんじゃねえの?
こっからだろ?
白羽井小隊の反乱は無かったことになってる
つまり、那琴は「実際にはアークレイズ・ディナで大暴れした主犯」なのに
世間には「テロを抑え込んだ小隊の隊長」……つまり英雄ってことだ
そのギャップはあの子にゃ辛いだろ
お前や俺らみたいな『裏』歩いてきたヤツとは違うんだからな
でも裏から手を回せるのも大人の特権だ
側にいると決めたなら守ってやれよ

ナンパじゃねーつってんだろ!
励ましでもねぇよ善意で解釈するな
っていうかなんでそういう展開にしたがるんだよっ!!



 首相官邸占拠事件からひと月分の期間が経過しつつある四月中旬、日乃和は穏やかな春を迎えていた。
 正午の晴天には薄い雲が揺蕩い、暖かな風が冬を越えた木々の芽を眠りから呼び醒まし、日乃和の象徴でもある桜の花弁が息吹くようにして開花する。香龍の至る所で見られる絢爛でありながら慎ましやかな桜花の並木は、日乃和軍中央病院の病室からも眺める事が出来た。
「やっほー、元気してる?」
 個室の扉が数回小突かれた後、溌剌とした女性の声と共に横へと開かれた。声の主はシャナミア・サニー(キャバリア工房の跡取り娘・f05676)だった。広々とした病室は明るい薄桃色の調度で纏められており、全開になった窓が取り込む春風には微かな桜の香りが乗っている。窓際に置かれた大きなリクライニングベッドの上には患者衣姿の東雲那琴が上体を起こした姿勢で横になっていた。
「おん? ってシャナミアさんじゃん」
 その傍らでは尉官用の制服を着込んだ雪月栞菜が丸椅子に座っている。軍服姿のギャルという出立ちは些か不似合いだった。
「これはこれは、ガルヴォルンの皆様……ようこそお越しくださいました」
 壁際に慎ましやかに立つ将官服の葵結城が淑やかに首を垂れた。
「シャナミア様、それにガルヴォルンの……」
「お邪魔しまーす」
「久しぶり」
「よう……って俺は初見だったか?」
 那琴が呟く内にシャナミアの後に続いて菫宮・理緒(バーチャルダイバー・f06437)、支倉・錫華(Gambenero・f29951)、フィラ・ヴォルペ(レプリカントのアームドヒーロー・f33751)が扉を潜る。
「まぁ、元気とは言い難いか」
 さもありなんと言った様子を見てシャナミアは首を横に傾ける。
「ごめんなさい、わたくしは貴女がたを手に掛けようと……」
 那琴が曇った面持ちを俯ける。
「今日はそういうの無しで。湿っぽくしてたら面会時間無くなっちゃうから」
 錫華の声音は表情と等しく無味だった。
「監視は……しない道理が無ぇか」
 フィラの鋭利な眼差しが室内を逡巡する。露骨な監視カメラの類いは見当たらないものの、コンセントや棚の裏には盗聴器が仕込まれているだろうし、極小のカメラだってあるに違いない。
「別にいいんじゃないかな? 聞かれて困る訳でもないし?」
 理緒が敢えて聞こえるであろう声量で言う。もし余計なお節介を焼いてくれるというならばこちらにも考えがある。そう含んだ目線をベッドの一部に擬態するネジ型のカメラへと向けた。
「……ハッキングして、えっちな画像とか流してみようかな?」
「理緒さんは何をするつもりかーっ!?」
「やん! いたい!」
 さらりと言ってのけたとんでもない発想にシャナミアの尻尾の連打が飛ぶ。あまり痛がっているように見えない理緒は両手で頭を押さえて身悶えしていた。そんな様子を遠巻きに眺める結城は薄気味悪くも穏やかな微笑を浮かべる。そして結城にフィラと錫華が冷えた横目を向けていた。
「でもまあ、二人とも生きてて良かったよ。改めてお見舞いってことで、はいこれどうぞ」
「わ、すっごい高そう。見てよナコ」
 シャナミアが果物を満載した籠を差し出すと栞菜が受け取った。
「ナイフある? お姉さんが林檎を剥いてあげよう」
「シャナミアさんが林檎なら、わたしは那琴さんと栞奈さんを剥いてあ痛ぁ!?」
 理緒が全て言い終えるより先にシャナミアの尻尾殴打が命中した。
「冗談だって! たぶん!」
「そうとは聞こえねぇな……」
 訝しげな表情のフィラが両肩を落とす。
「フィラさんも思い残すことなくナンパしちゃっていいんじゃないかな」
「しねーよ!」
 錫華の不意打ちにフィラは反射的に声を張った。
「しないの? ここまで来たのにやっぱりヘタレちゃうの?」
「誰がへたれだ今カンケーねえだろ!?」
「へー、フィラさんってヘタレでナンパなの? 言われてみればそんな見た目だよねー」
 栞菜が棚から取り出したナイフをシャナミアに手渡す。一連の動作を見ていた錫華は、凶器となる物の所持を規制されていない辺りからして監視はさしたる強度では無いと察しを付けた。或いはクーデター勢力を野放しに出来るほど安全保障に自信があるのか。
「お相手をお探しなのですか? 那琴少尉と栞菜准尉は兎も角、申し訳ございませんが私には務まらないかと……」
「お前らも乗るんじゃねーよ! 結城はもう若いツバメ捕まえてんじゃねーか!」
 那琴が「燕?」と首を傾げる。当の結城は語らず双眸を細めるだけだったが、錫華にはその表情の動きが意味有り気に思えた。
「ま、なんだかんだあったけど、まずは生き残ったことは素直に喜んでいいんじゃない? お互いに」
 錫華の言葉に那琴は返す言葉が見付けられなかった。お互いに生き残った――錫華の言う通り、あの戦いでは誰が殺されていたとしてもおかしくはなかったのだから。
「はい、剥けたよー」
「那琴さんが?」
「林檎だよ!」
 理緒が尻尾で殴打される傍らで、シャナミアは兎型にカットした林檎を小皿の上に乗せた。
「お器用ですのね」
「まあ工房で働いてるし? お姉さんが手ずから食べさせてあげようか?」
「い、いえ! 自分で食べられますので……」
 頬を紅潮させて左右の手のひらを出す那琴にシャナミアは「そんなに恥ずかしがらなくても」としたり顔を返す。
「あれから少しは落ち着いた?」
 理緒がさり気なく尋ねると、那琴は愛想笑いを作って「ええ、それなりには」と暈して答えた。
「偽りの英雄とか思って悩んでそうだったけど要らない心配だったかな?」
 錫華の問いに那琴の両肩が微かに跳ねる。
「あなたたちは安心して胸を張っていいんだからね」
「ですがわたくし達は……」
 面持ちを落とす那琴の隣で、栞菜はしきりに自分と錫華の胸を見比べていた。
「別にいいでしょ。こうして生き残ったんだから。一般に言う英雄なんてのは、所詮権力を持った側の都合の産物。そんなの個人からしたら見方でどうにでもなるものだしね」
「及んだ行為が怨念返しに過ぎなかったとしても……ですの?」
「自分の信念で戦ったんだからそれで十分。現場からみればそれだけで英雄だよ」
 風鈴の如き涼やかな声音の語り口に、那琴は黙して聞いている事しか出来なかった。
「それにほら、むこうが自分たちの都合を押しつけてきてるわけだから、なにかあったときにいい交渉材料に出来るよ」
「後藤大佐の命と名誉と引き換えに得た交渉材料ですけれどね」
 那琴が皮肉気味に自嘲する。
「形見だと思ったら? 今後の身の振り方とか決めるときとかに、カードになるかも知れないし。そのくらいに思っておいていいと思うよ」
 あちら側としても交渉に応じる余地を残していない訳でもないのだろう。事実上の軟禁状態とはいえ、こうして無罪放免で病室で寝ていられるのだから。
「それでも自分の中にしこりが残るようなら、なんでもいいから出来る事をやってみればいいよ」
「出来る事……」
「成功しても失敗しても、それはそれ。納得できればおーるおっけー。わたしたちは味方と思ってくれていいから、なにかあったときは頼ってもらっていいしね」
「そうそう、それに今回の事件が濃密すぎて色々気持ちとか追いついてないでしょ?」
 シャナミアは二体目の林檎の兎を小皿に置いた。
「私も前の親死んだ時そんな感じだったし」
「ん? 前の親って?」
 栞菜がカットされたばかりの林檎を齧りながら問う。
「今は養子なの」
 窓から吹き込んだ風がシャナミアの赤髪を靡かせた。
「人の悪意ってのは怖いもんでねぇ、ほんとの親は小さい頃に目の前で殺されてるのさー」
「シャナミア様もですの?」
「私もですのって、那琴さんも?」
 すると那琴は「いえ」と短く応じた。
「幼い頃にお父様とお母様が離婚しておりましたので……」
「ああそういう。ま、似たようなもんかな?」
 シャナミアが浅く頷く。
「あの頃は何の力もなくて、ただ逃げて逃げて生き延びて……それだけで精一杯だったかな」
 哀愁漂うシャナミアの横顔に、那琴は愛宕連山での戦いを想起させられていた。生まれも環境も違えど、生き抜くという面では同じ過酷な状況に落とされていたのだろう。
「その内、逃げることも生きることも疲れたけど、だからこそ私は生きることを諦めないって決めた。両親の最期の願いでもあったしね」
「願いですか……良きご両親だったのですわね」
「ま、私の話は参考程度にね」
 小皿に三羽目の兎が置かれた。
「でも生きてりゃさ、進むことも止まることも戻ることも出来る。それはこれから決めれば良いんだよ」
「よく解るお話しですわ」
 そして生き残った者の義務と責任も。
「理緒さんが保護した白羽井の子らもそんな感じだし」
「わたくしの部隊員がそちらに?」
 那琴は眼を丸くして面持ちを上げた。
「うん、今日はそのお話しもしておきたかったなーって」
 理緒はいつの間にかシャナミアの尻尾の先端を右手で捕まえていた。
「小隊は再編制らしいし、那琴さんと栞奈さんはどうするのかなー、と思って」
 不意の問いに言葉を詰まらせた那琴は白い掛け布団の上へと視線を逃がす。
「……いま、ガルヴォルンにお邪魔している隊員達は何と?」
「考え中が大半、かなー?」
 理緒は頬に人差し指を添わせながら答えた。
「最終的にはみんなの意見を聞いて、それに沿う感じにするつもりだよ。小隊に復帰してもいいし、わたしのところに残ってもいいし、全然違うことにチャレンジするっていうのもありだしね」
 日乃和政府から返還を要求された者に関しては返還せざるを得なかったが――理緒は力無く笑った。
「あたしはナコ次第かなぁ? あたし居なくなったらナコ死んじゃいそうだし」
 栞菜の視線が向かう先もなく病室の天井を漂う。
「もしうちに来るならさ、傭兵とかやってみない?」
 予想の片隅にも無かったシャナミアからの提案に、那琴と栞菜は声を失って眼を丸くした。
「実は理緒さんとね、さっき言った子たち入れて傭兵団作ろうかって話がね」
「残ってくれる子が多かったら部隊として編成してもいいかなーって思ってるんだ」
「最新機種も扱える腕も確かな美少女コンビ……売れると思うんだよなー」
「少女だぁ?」
 殆ど反射的に猜疑全開の声を上げてしまったフィラに、シャナミアは「あ? 私じゃないけど?」と重低音で問い返す。するとフィラは何でもないと言いたげに首を竦めて口を噤んだ。
「どう? どう? 気にならない?」
 迫るシャナミアに那琴は困惑色を浮かべて苦く笑う。
「って、シャナミアさん、美少女コンビは照れるよー」
 その後ろで理緒は悶えるようにして身を捩っている。
「理緒さんのことでもないから!」
 理緒の右手の枷をすり抜けたシャナミアの尻尾が振るわれた。またしても叩かれた理緒は「やん!」と嬉しそうな悲鳴を上げる。
「いやまぁ、理緒さんが美少女なのは認めるけど、でも今は『なこしー』のことだから」
「なこしー?」
 那琴が首を傾げて怪訝に尋ねた。
「そう、貴女たち! ウチで売り出そう?」
 声量を張ったシャナミアに那琴と栞菜が互いに顔を見合わせる。
「え!? わたしたちは!?」
 裏切られたと言わんばかりに驚愕する理緒。気の毒そうな様子の那琴を他所にシャナミアは続ける。
「まぁ返事は今度でいいからさ、考えておいてよ」
「何をするにしても暫くは静養してからだと思うから、よかったらわたしのところにも遊びにきてくれると嬉しいかな!」
「遊びに行っていいの? ネルトリンゲンに?」
 眼を輝かせて尋ねる栞菜に、理緒は屈託のない笑顔で応じた。
「快適だし、キャバリアもあるし、おいしいものもご馳走するよー♪」
「マジ? じゃあナコが退院したらお邪魔しよっかな?」
 能天気に表情を綻ばせる栞菜とは対照的に、那琴は雨雲色の顔で掛け布団の一点に倦んだ眼を落としていた。
「何をすべきかなんて後で考えりゃいいから、とりあえずは元気になってさ、美味しい物でも食べに行こうよ」
 シャナミアは仕方ないと言いたげに眉宇を傾ける。
「そういうのもなけりゃやってらんないでしょ」
「そうかも……知れませんわね……」
 声音は澱んでいたが、それでも重い口を開いたのだからシャナミアの気配りは僅かながらの救いになったのであろう。

「で、だ」
 理緒達を他所にしてフィラは壁に背を預ける。隣には慎ましやかな佇まいで那琴達を眺めている結城がいた。薄桃色のカーテンが風を受けて波のようにうねる。
「結城、お前に聞きたい事がある」
「お答え出来る範囲でよろしければ、どうぞなんなりと」
 フィラの双眸の中で瞳が横に動く。結城の視線は那琴達に向けられたままだ。
「結局お前は何がしたかったんだ?」
「日乃和海軍の将校としての務めを果たしたかったのです」
 まるで訊かれる事を予め知っていた上で用意していたかの如き即答が跳ね返ってきた。
「あ?」
「テロリストの手に渡る前に、或いは破壊される前に、大鳳を香龍より離脱させて特務艦隊に合流させる……それが、私がしたかったことです。我が大鳳は日乃和海軍の戦略上に於いて、喪失は決して許されない極めて重要な艦ですので。残念ながら離脱させる前にアークレイズ・ディナとテロリストによって損害を受けてしまいましたが……」
「いやそういう質問じゃないんだがな」
 裏付けはあるぞと言わんばかりの向けられた粘着質な声音に、錫華が鋭い眼差しを返した。結城が言う所の損害の半分は、錫華とフィラが大鳳のウェルドックへ侵入した際にスヴァスティカ SR.2が船底に開けた破孔を差しているのだろう。曖昧な質問では解釈の異なる答えではぐらかされるだけか。フィラは深く息を吐いて首を横に振る。
「いや、もうちょい具体的に聞く。お前は那琴に何をさせたかったんだ? どうなって欲しかったんだ?」
 質問の意図を掴みかねたのだろうか、結城の唇は薄ら笑いの形から動く気配が無い。フィラは苛立ちに舌を打って言葉を重ねる。
「テロ行動とかアークレイズ・ディナに乗って欲しいとかそういう意味じゃねえぞ? 那琴の未来をどうしたかったんだ? って話だ。仮にオブリビオンマシンの影響下にあったんだったとしても、底にある願望は変わりゃしねえだろ? その願望がいまいち見えなくて気持ち悪ぃんだよ」
 語気を強めるフィラと同様に錫華も半眼で結城を睨め付ける。
「シャナミア様のご両親は、きっとご立派な御方だったのでしょうね」
 結城は那琴達に視線を据えたままで唇を開いた。
「白羽井小隊の皆様は、私にとって我が子のようなものです。我が子が願いを成就する。それが私の願望です。ですので私が望む那琴少尉の未来があるのだとすれば、那琴少尉が望む未来こそが私の望む未来なのです」
 一抹の偽りも曇りも漂わせない穏やかな横顔に、フィラは背筋に走る冷ややかな怖気を覚えた。こいつは純粋過ぎる。遠くを見透しているように見えて、実は目先しか見ていない。その目先にあるのはきっと東雲那琴なのだろう。
 それにしても歳の離れた妹ならまだしも、子供のようなものとはな。結城の年齢は既知の外だが、見た目からして二十代後半から精々三十半ばがいい頃だろうに。もし仮に本当に那琴が娘だったとするならば、結城は15か16で子を産んだ事になるのだが。しかも父親は東雲官房長官なのだから大々的なスキャンダルに発展して政治家の席を失っていなければおかしい――不意に赤子を抱えた錫華を想像してしまい、首を振って払い落とす。何かを察した錫華が訝しみとも侮蔑とも付かない目付きで睨む。
「一応言っておくが、お節介とか思うなよ? 単にお前に生き恥かかせたいだけだ」
 いまの回答が全てだとの意思表示かはいざ知らず、結城は緩慢に瞬きするだけで一言も発しない。
「気分的にすっきり終わらせたいんでな。それだけ聞けりゃ満足だよ」
 壁から離した背中が重く感じた。
「何にせよ那琴が助かったのはお前が血を分けてやったからだろ? とりあえず生き延びて良かったんじゃねえの? こっからだろ?」
 結城に向ける気になれない目線を天井へと伸ばす。
「白羽井小隊の反乱は無かったことになってる。つまり、那琴は実際にはアークレイズ・ディナで大暴れした主犯なのに、世間じゃテロを抑え込んだ小隊の隊長……つまり英雄ってことだ」
 そして後藤宗隆が生贄となった。傍らで黙して聞いていた錫華は那琴に目を流す。シャナミアと理緒に合わせて不慣れな愛想笑いを作る少女の中には、痛みと恨みと後悔の蚯蚓腫れが残されているのだろう。一度刻まれた傷は、癒える事はあっても消える事は無いのだから。
「そのギャップはあの子にゃ辛いだろ。お前や俺らみたいな『裏』歩いてきたヤツとは違うんだからな」
 フィラの声に意識を呼び戻された錫華は、無意識に「裏、ね」と反芻していた。視界の隅で笑う理緒とシャナミアが酷く眩しく感じられた。自分は影。フィラが言う通り、陽光が射す表では生きていけないもの。
「でも裏から手を回せるのも大人の特権だ。側にいると決めたなら守護ってやれよ」
 フィラが放り投げたそれは果たして結城だけに向けられた言葉だったのだろうか。自身も括りの内に入る大人なのだから。何にせよ答えは期待していなかったし、聞くつもりもなかった。那琴の望みが自分の望みだと言うならば、結城の如何は那琴次第か。だがどこまで信じていいものやら。奴とは人間と話している気がまるでしない。嫌いにはなれど好意的になれる相手とは程遠い。
 懐に入れた片手が平べったい樹脂の質感を持つ物体を掴んだ。その物体の縁にあるボタンを押し込みながら引き抜く。何百何千と繰り返した動作で取り出されたのは携帯端末だった。
「ぼちぼち時間か……」
 画面に表示された時計の数字を見て呟く。
「ナンパ終わり?」
 錫華の短い声にフィラは盛大に呼吸をむせた。
「ちが……! ナンパじゃねーつってんだろ!」
 何度も激しく咳き込みながらやっとの思いで抗議する。
「だって随分話し込んでたし、さっきからずっと結城結城って馴れ馴れしく呼んでたし」
「聞いてたなら分かってんだろ! どっからどう見りゃナンパになるんだよ!」
 フィラが抗議の語気を強めても、錫華は澄ました表情を動かさない。
「ナンパ? 誰が? 誰を?」
 盛り上がっているフィラに気付いた理緒が不思議そうな様子で尋ねる。
「フィラさんが結城艦長と那琴さんを親子丼ナンパしたいんだって」
「おいてめぇ!」
 錫華は明後日の方向へと首を向けた。
「アンタさぁ……ここどこだと思ってんの? 病院だよ?」
 シャナミアの眼差しは白く、目元は露骨に引き攣っていた。その横では頬を紅潮させた理緒が身悶えしている。きっと逞しい妄想を繰り広げているに違いない。
「ええー? フィラさん何歳? ギリ犯罪じゃない? てーかナコってば他の猟兵さんからもナンパされてたけど大丈夫なの? これドロドロ三角関係じゃない?」
 栞菜の笑みは意地が悪い。
「ええと、その……あは、ははぁ……」
 どう応じたらいいのか分からなくなった那琴は強張った苦笑いを作って濁す。
「ご所望でしたら謹んでお受け致しますが、那琴少尉をお誘いするのはせめて退院されてからの方がよろしいかと……」
 困り眉を作って首を傾ける結城。
「ええいお前ら……!」
 フィラは圧倒的な苦境に立たされていた。彼我戦力差は男一名に女六名。この病室内に置いて、男を弁護してくれる者はいない。
「どっちにしても、お持ち帰りは元気になってからにしなね?」
 錫華に追撃の意図があったかはいざ知らず、シャナミアの目線を更に白くするという点については抜群の効果を及ぼしたらしい。
「っていうかなんでそういう展開にしたがるんだよっ!」
 病室内なので声を張り上げる訳にもいかない。断固否定の意志を込めて発した抑えたフィラの声音が虚しく響いた。受難は続く。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年04月13日


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挿絵イラスト