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導蝶

#クロムキャバリア #ノベル #GW-4700031 #Hanon-60.Probe

メルメッテ・アインクラング



キリジ・グッドウィン




 四月の初頭、クロムキャバリアの某国は本格的な春季を迎えていた。されども四季が如何ほどに巡ろうと、戦火の移ろいは変わらない。猟兵の役割もまた然り。
 晴天の空に宵闇が気配を匂わせる夕暮れ時、灰色に荒んだ市街を黒鉄のキャバリアが駆け抜ける。荒々しく隆起する装甲が縁取る機体形状は、太い四肢と併せて獣の如き獰猛性を宿していた。脚部に備わるロケットブースターが点火する度に推力が解き放たれ、機体を低い弧の軌道で跳躍させる。後に残した熱波がアスファルトに積もった塵を吹き散らした。
「……そいつ、脚の見た目によらず速さはそれなりなんだな」
 黒鉄のキャバリアことエルザのコクピットに神経接続されたキリジ・グッドウィン(what it is like・f31149)が、サブウィンドウ上に表示された映像に横目を流してそう呟く。映像は後部センサーカメラが捉えたものだ。キリジの言うそいつとは、エルザを追走するタンク型のアンダーフレームを採用したキャバリアを指していた。紺色の装甲に覆われた全体の輪郭はエルザに負けず劣らず無骨だが、つぶらなモノアイセンサーが妙に可愛げのある黒い視線を投げかけてくる。
「キリジ様にお見せした頃は二脚でございましたね」
 Hanon-60.Probeに搭乗するメルメッテ・アインクラング(Erstelltes Herz・f29929)が微かに表情を綻ばせた。その様子は僚機同士で構築した戦術データリンクを介してキリジの元にも映像情報として伝わっている。もし出力されるメルメッテの姿勢に違和感を覚えたのだとすれば、きっと自動二輪に跨るような着座方式によるものだろう。
「最近、改修を致しまして。現在は浮遊型なのです」
「フロート脚部にしちゃ随分とゴツいな」
 浮遊型と言われて改めてよく凝視してみれば履帯らしきものは見当たらないし、僅かに地表から浮いている。タンク型アンダーフレームには機動力を重視したホバータンクと呼ばれる分類が存在するが、この場合はタンクフロートとでも呼ぶべきだろうか。
「へー、景気良いじゃねぇか。ラーメンも月二になったとか?」
「ふふっ、いいえ。ですが一層強力になりましたので、ラーメン代も機体の維持費も、頑張って稼ぎませんと!」
 メルメッテは頼もしく張り切って見せる裏で密やかに不安を抱いていた。抱えている後ろめたさが滲んでしまっていないだろうか……香龍の一件できっと彼は色々な事に勘付いている筈。今だって自分の振る舞いが白々しいと思われているのかも知れない。
 やや間を置いてキリジが「そりゃ頑張らねぇとな」と素っ気なく返した矢先、正面方向の大通り上に複数機のギムレウスが出現した。既に全砲門をエルザとHanon-60.Probeに向けている辺り、待ち伏せしていたのだろう。
「わざわざ待っててくれるたァ、有難すぎて涙が出るぜ!」
「援護致します!」
 メルメッテは思考を振り払うようにして声を張る。初手を撃ったのはHanon-60.Probeだった。両腕部に保持する電磁連射双銃が黄金の破線をギムレウスへと伸ばす。瞬間的な集中掃射に怯んだ様子をキリジは見逃さなかった。
「……にしても」
 メルメっちの機体はHanon-60で間違いねェよな? 重粒子収束飛刀の投擲挙動イメージを機体に流す傍ら、疑念の自問が胸中で浮かんだ。やはり香龍で見たあの機体では無い。ある筈が無い。だがあの時見た蝶は――投げ付けたビームダガーがギムレウスの頭部に突き刺さった手応えが意識を眼前へと引き戻した。脚に膂力を込めればエルザがアンダーフレームのバーニアノズルを焚く。
「潰れちまいなァッ!」
 エルザは細かな銃弾を装甲厚で弾きながらギムレウスの巨躯に飛びかかった。紫電を纏う右腕のランブルビーストを降下と共に振り下ろすと、電流の残光が砂漠色の装甲を抉った。着地するや否や間を置かずに左のマニピュレーターを握り込み、下方から無防備な胸部を突き上げる。落雷の如き光が弾けて重量級の機体が弾き飛ばされ、ビルへとめり込み動きを止めた。
「温すぎるぜ!」
 牙を剥いて不敵に嗤うキリジはエルザを次なる獲物へと向かわせようとした。
「がッ!?」
 瞬間、世界が真っ黒に塗りつぶされた。違う。視覚が消失したのだ。視覚だけでは無い。触覚、嗅覚、聴覚……外界を認識するための知覚機能が全て消えてしまった。
「キリジ様!?」
 機体の発光部位から色彩を喪失し、膝を付くエルザを見たメルメッテが反射的に声を飛ばす。無論敵がその好機を逃す筈もない。重砲の照準をエルザに向けたギムレウスを阻止するべく、Hanon-60.Probeは脚部を構成するクラヴィーアのハッチを開放する。
「ツヴァイヘンディヒ! マルチロック!」
 展開したハッチから覗く左右五門の砲塔が光線を伸ばす。光線は緩やかな山なりの曲線を描き、メルメッテが視線で照準を合わせた対象に向かって降り注ぐ。ホーミングレーザーに焼かれたギムレウス達は堪らずに怯んだ様子を見せた。
「キリジ様! 一旦後退を!」
 電磁連射双銃の連射も重ねてギムレウス達を更に押し込む。だが敵側もせめて一機は討ち取ろうと必死の形相で機関銃の応射を見舞う。
「このポンコツが……!」
 壊れたモニターの如く明滅する視界の中でキリジは辛うじて感覚を復旧させつつあった。ギムレウスから浴びせられた銃弾が装甲に命中する度に軽い金属音と衝撃がコクピットに伝わる。そして半ば気合いでエルザを立ち上がらせた時に見たのは、こちらを睨むギムレウスの主砲だった。
「……流石にこいつはタダじゃ済まねェよなァ」
 妙に達観した所感が浮かぶ。
「ロックオン、ハッチオープン!」
 メルメッテの思考が瞬時に巡った。あの攻撃だけは絶対に阻止しなければならない。クラヴィーアのウェポンベイが開いてランチャーユニットが迫り上がる。
「撃たせて頂きます!」
 少女の裂帛と共にランチャーユニット内に犇めく超小型誘導弾が一斉放出された。それらは白いガスの尾を引きながら、エルザに主砲を向けるギムレウスの元へと殺到し、接触する直前で信管を作動させて爆裂した。幾つもの火球が花開く度に生じる衝撃波がギムレウスを仰け反らせる。そして火燐は空色の蝶へと変じてギムレウスの装甲の各所に張り付くと、機体は電流を流したかのように痙攣し始めた。
「そいつは……!」
 白磁の騎士の――蝶を間近で見たキリジが息を詰める。メルメッテは無意識の内に目元と口元を苦く歪めていた。しかし手段を選んでいられる状況ではない。いつかそうしたように、空色の蝶を真紅の炎へと転じさせるとギムレウスの数だけ火柱が昇る。殆どの敵機はそれが最後の一撃となった。
「ご無事ですか!?」
 切迫した様子で尋ねるメルメッテ。そこに身を案じる以外の他意は無い。
「大丈夫だ」
 キリジは自身の訝しみを悟られまいと努めて平静に呼吸を整える。だが辛うじてまだ機能を残していた機体が火達磨になりながらもHanon-60.Probeに特攻を仕掛けた。
「手前ェの相手は俺、だろうがッ!」
 半ば当て付けのようにして咆哮を叩き付ける。エルザが推進噴射の光を爆ぜさせて突撃し、紫電を纏う鉄拳をギムレウスの横腹に打ち据えた。スロォビング・クラックの直撃を受けたギムレウスは雷轟の衝撃音と共に跳ね飛ばされ、今度こそ焼却を待つだけの鉄塊と化した。

「……あの蝶を出したって事は、あん時戦場にいた機体はメルメっちと関係あんのか?」
 戦闘終了後の沈黙を割ったのはキリジだった。声音は低く抑えられている。意識してそうしたものではないのだろう。ただ気になった事を何となくの体で聞いてみただけなのだから。
「はい、キリジ様。ご推察の通り、私はその関係者――パイロットです」
 モニター越しの問いにメルメッテは抑揚を感じさせない声音で淡々と答える。
「キリジ様が仰った機体こそが、私の『主様』……サイキックキャバリア、ラウシュターゼ・アインクラング様でございます」
 既にその主様からは第三極東都市の者には素性を明かしても構わないとの許しは降りている。そうでなくとも想音色の蝶を見せてしまった以上は最早隠し立て出来まい。胸中に秘匿していた後ろめたさが重さとなって腹の底に伸し掛かる。騙していた事になるのだろうか? 違う気がする。ならこの罪悪感はどこから来ているのか? 結論が見出だせない感情が喉につかえているようだ。いつの間にか右手を鳩尾に押し付けていた。
「主様って、人間じゃねぇのか?」
 てっきり酔狂な金持ちか何かだと思っていたのだが……キリジは頭の中で思い浮かべていた主様とやらの像が途端に分からなくなった。
「っていうかキャバリアが主ってのはな……」
 使う側と使われる側の逆転か――もしQ-57が本来の設計想定通りに運用されていたのだとすれば、メルメッテと同じ様な立ち位置に収まっていたのだろうか。キャバリアの一部と成り果てて……歪んだ表情が舌を打たせる。
「それとメルメっちとは関係な……」
「キリジ様……」
 メルメッテはその表情を確かに見た。やはり良い気はしないのだろう。情報秘匿の必要性があったとは言え、白々しいと思われても致し方ない振る舞いだった事に違いはない。忸怩たる思いで謝意を述べようとするも、先んじて声を遮られてしまった。
「あ、いや」
 キリジは取り繕う言葉が見付けられない。向ける先、表す手段が解らないこの感情の名前も見付けられない。自身を見返す淡い瞳孔に向ける宛を見失った視線が横に逸れる。メルメッテは喉元まで出かかっていた謝意の言葉を飲み込んで面持ちを俯ける。それから両者の視線が交わる事は遂に無く、重く硬い沈黙だけがいつまでも滞留する。
 エルザが歩き出し、Hanon-60.Probeが遠慮がちに続いた頃、夕暮れはもう既に違う色に染まっていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年04月08日


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