綺麗な真四角、目分量ならぬ目測量だが均一な正方形に見える部屋。
何も無い。
正確には、天井や壁が真っ白で調度品どころか凹凸のない部屋。
部屋『中央』には、“なにかあった”。
「……なぁ、またか?」
「また、だねぇ」
乱獅子・梓の呆れ混じりの声に、灰神楽・綾がのほほんと返答する。
王宮にでも置かれていそうな、幅広く細長いテーブルに所狭しと皿が敷き詰められ、その上には様々なご馳走が盛られている。
これが別の世界で、店内や野外などであれば、場の者たちに言を取ってから喜んで御相伴に与るところである、が。
「デビルキングワールド」 「謎の密室」
この二つの単語がマッチしてしまえば、経験則から嫌な予感しか訪れない。
「空腹時を狙ってくるのは良くないよねー」
「問題はそこじゃねえと思うぞ」
お腹から鳴る音をどうどうと鎮めるようにさすりながら、綾が「まだダメ?」と梓とテーブルを交互に見つめれば、「せめて概要を知ってからにしろ」と視線でマテを告げる梓。
慣れ過ぎていっそこれがマナーかのような、(執筆者にとっては大助かりの)空気の読み方である。
梓の予感通り、程なくしていずこから響く悪魔の声があるのだった。
「ッッ……おい、コレさっきのより辛いじゃねーか!」
「あれ~そうだった? ごめんごめん。
あ、梓まだ水はやめた方がいいと思うよ。さっき飲んだばっかでしょ? 食べれる量が減っちゃうよ」
「なら変な悪戯すンな
……!!」
暫しの立ち往生の後。
現在無駄に豪華な椅子に着席し、遠慮なくご馳走たちを口に運ぶ二人+二匹の姿。
そう、此処は俗に言う、「〇〇しないと出られない部屋」であった。
すでに経験済みたる二人は、指示に従わないと本当に出られない事を知っている。
「『◇△☆kg(※お好きな数字をご想像下さい)食べないと出られない』って、結構漠然としてるよね」
「まったくだ。秤が置いてあるワケでもなし。30皿~とか、経過が具体的で分かりやすいのにしろよな……」
もっぱら美味しい物を食す事が趣味になりつつある二人、すでに中々の枚数の皿を片付けてはいるが。
やはり敵の結界的なものなのか、テーブル上が空いてくるとフワッと優雅に新たな盛り皿が現れる不思議仕様。挙句には――、
「味付け、全部『辛味』とか拷問か!? いくら栄養バランス整った食材使ってたってな、味に工夫がなきゃ飽きるわ結局体壊すわ、よくねー事ばっかなんだよ!」
梓から、調理へのこだわり込みのモノ申しが飛んだり。
材料や調理者への感謝を内蔵する二人(※綾に関しては梓の教育の賜物)、ほとんど好き嫌いなど無いわけだが。
時に食べ物は凶器となる。極端な激辛はないものの、限度を超えればダメージは蓄積する。
相棒たる仔竜、焔と零も喜々として手伝ってくれていたのも、もう一時間前のこと。今はすっかりヒリヒリが止まらなくなった口内を、零がじんわり放つ冷気で癒し休憩中である。
「時間制限がないのはせめてもの救いと思うべきか……いつまで食ってなきゃいけねぇんだと嘆くべきか……ちくしょう、口ン中イテェッ……」
「そうだねー。まだいけるけど、梓のご飯が恋しくなってきたかな。俺の舌肥えさせた責任取ってよ」
「いつも俺が作ってんだから責任取ってるようなもんだろっ
、…………んん?」
「どしたの?」
気を紛らわせるような会話を繰り広げている最中、綾からの言葉にふと、梓の動かしていた手元の箸が止まった。首を傾げる綾。
「◇△☆kg、食えばいいんだよな。つまり、食ってさえいれば『何してもいい』ってことだよな」
「んー、そうなんじゃない?」
適当に返答する綾の視界に、手荷物からゴソゴソ何やら取り出す梓が映る。
振り返ったその表情には、先程までの疲弊色とは異なる不敵な笑みが浮かんでいた。
「味に飽きたんなら、味を変えちまえばいいんじゃね?」
言いながら掲げるのは、出先のおやつ用に常備している三種のクッキー、と、フライパン。
綾も合点がいったようにニッコリ。
「やったー、梓の出張クッキングだー」
「ちゃんと手伝えよ」
香辛料で充満した部屋内に、久しぶりに甘味が香れば、仔竜たちもフンフン鼻を動かし寄って来る。
もはや阿吽の呼吸で、梓がスパイシーサラダをフライパンに放り込んだタイミングにて、焔が底へ向けて調節した炎を吐いた。
細めた視線で褒めてやりながら、焦げぬよう小刻みに手元を動かしそれを綾へとバトンタッチする梓。
「力加減間違えて、宙に放るなよ?」
「任せてよ」
前科がありそうな会話を成してから、梓は抹茶味のクッキーを手に取り、器用に砕いてはそれをフライパンの中に均等にまぶしていく。
「桜味のはスープ系にかな」
「そうだな、プレーンは色んな物に使えそうだし」
この空間内で、一番ハトが豆鉄砲くらった顔をしているのは、当然悪魔さんである。
辛い物ばかり食べさせるという、嫌がらせ=わるいこと、を思いついてはオブリビオンに協力していたわけだが。
唐突に始まった〇分クッキング(※綾がご機嫌に鼻歌中)たる光景に、もはやどう妨害すればいいか分からず。
しかも、相手は何にでも甘味を混ぜているわけではない。
クッキーに使用している小麦粉や砂糖、更には歯ごたえ残した香ばしさまで、どの皿の料理になら合うかキッチリと考え抜かれた上でアレンジ調理する皿を厳選しているのである。
見た目だけでなく、匂いからも一味もふた味も美味しくなったのが伝わってくるではないか。
なにあれ食べたい……!!
部屋を維持するユーベルコードに、いらない力も籠るというもの。
「なぁ……なんか、こう、変な気配しないか」
「するする。なんだろ、ハンカチ噛み締めて唸ってるイメージの」
「きゅっ」
「がぅっ」
繊細な気配察知をおこないながらも、各々手元は一寸も狂うことなく。
超級料理人とベテランアシスタント、そして味見係りマイスターたちは、すっかり置かれている状況を他人事の如くし、充実したアレンジ料理を生み出していた。
「おっし、これで大体完成っと」
「イエーイ、いただきまーす」
改めてしっかりと食材へのご挨拶をしてから。
辛いだけの皿たちに、程よい塩梅の味付け皿が挟まって、食欲が刺激される。
「おいしっ、やっぱり梓の作ったのが一番だなー」
「そりゃなにより。辛さはさておき、イイ食材は使ってんだよなコレ」
などと和んでいる傍の壁に、いつの間にやら出口が現れていたり。
ここでガッツポーズをしたのは、綾でも梓でもなく、悪魔さんであった。
ヨシ! あいつら出てったらあの残った料理もらお!
猟兵をやっつけるオブリビオンの目的などすっかり棚の上。
悪魔さん、純粋ゆえに己が欲望に正直なのである。
しかして――……あ、あれ、全然出ていかない……。
梓たち、勿論出口の存在には気付いていた、が。
「どーする梓、お持ち帰りする?」
「……さすがにタッパーは持って来なかったわ。もったいねぇし、食えるだけ食っとくか」
そ ん な バ カ な 。
悪魔さん愕然である。
彼らは料理人の前に、猟兵なのだ。
敵の陣地に入れられた際には、己が力もいつでも振るえるよう周囲に張っているわけで。
つまり、エネルギー放出→お腹減る→まだまだ入る、となるわけで。
結果、二人と二匹が満足しきった笑顔で脱出した頃には、お皿の上は綺麗さっぱり片づけられていたのだった。
成功
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