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魔穿鐵剣外伝 ~一念不屈いちねんふくつ

#サムライエンパイア #ノベル

鷲生・嵯泉




「鋭春殿、少し良いだろうか」
「ん? ――おお。久しいな、嵯泉さぜん殿」
 永海の里。寒さ未だ厳しい折だが、しかし永海の鍛冶場は年がら年中熱気に満ちている。それは四六時中絶えずに妖刀を鍛造つくる彼らの情熱の温度であるのかも知れないと、鷲生・嵯泉わしゅう・さぜん(烈志・f05845)は思う。
 振り向いた男は、銀の瞳で嵯泉を見据え、名を呼んだ。頭に手拭い、その下にはざんばらの銀糸が詰まっている。鋼の瞳と鋼の髪、おそらくは、磨き抜かれたてつに愛されて生まれた男。
 かれこそ永海・鋭春ながみ・えいしゅん。サムライエンパイア広き中、知る者ぞ知る妖刀派『永海』一派の鍛刀総代にして、『十代永海』の号を持つ男だ。
「今日は如何した? 腰のものはないようだが」
 目敏くも既に目を走らせていたか。嵯泉の腰に刀がないのを彼は既に視て取っていたようだ。それもそのはず、嵯泉はここに来る前に、補修工房に刀を預けてきている。
 そこで刀身を検めた補修工房総代、永海・靱鉢じんぱちが発した――『よくぞここまで、折れずに使い抜かれたものです』という言葉と、惜しむような、いささか寂しげな表情を見たとき、嵯泉は改めて、差し迫った刃生じんせいの終わりを感じたのだ。


 預けた刃の名は、秋水。嵯泉が元服の際、師より受け継いだ刀。
 おそらく長船派、乱刃みだればの剛健たる刀身。
 薩摩拵えに近い総黒拵え、下げ緒のみ紅紐。際立つ紅が美しい。
 柄は竜甲組の諸撮巻、吸い付くようにがっしりと手に収まる、徹底して実戦に拘った刀だ。


 かねてより、信頼できる筋の砥師とぎしに、度々砥ぎに出していた。その折から、そう遠からず刀としての寿命が訪れるだろう、と忠告はされていた。しかし、この工房総代が顔に出すほど、その命の終わりが近いものとは思わなかった。
『……そこまで、よくないのか』
『残念ながら。もう、皮金かわがねが、力に釣り合わぬほど薄くなってございます。それに一点、歪みが出始めている部分も。このまま使えば、この歪みはいつか致命的なものへと転じましょう」
 最も確実に永らえさせる方法は、今すぐ桐箱に収めることだと靱鉢は言った。
 しかし、桐箱に入った刀で敵は斬れぬ。唇を引き結んだ嵯泉に、苦しげに靱鉢が続ける。
「……釈迦に説法でしょうが、刀とは軟らかくしなやかな心鉄しんがねを固くよく斬れる皮金で包んで鍛え上げるもの。両者が均衡ばらんすせねば、折れず曲がらずよく斬れる、とは行かぬのです。薄くなった皮金は強度が落ち、いずれ刀としては振るえなくなることでしょう。――これがそこらの浪人が持つ刃だったならばあらず、嵯泉様の剛力を以てしては、尚のことでございます。この靱鉢、お預かりは致しますが……この刀を再び盤石に戻すとは、お約束出来かねまする』

 悔しそうに言った彼の声が、今も耳に残っている。

「……既に靱鉢殿の元に預けてきて、今、駄目元の相談をしようというところだ。鋭春殿、刀を永らえさせる方法はないものか?」
「永らえさせる? ……ああ、嵯泉殿のあの刀か。銘は確か、秋水」
 さらりと応えた鋭春の言葉に、嵯泉は僅か目を瞠った。
 八刀・八束の乱、さらには刃熊童子の乱を経て、大乱に二度巻き込まれたこの里を訪れた猟兵達は、累計で一〇〇人に届こうかというほどである。その中の一人である嵯泉の、この里生まれでもない刀の銘を覚えているというのだから、並々ならぬ事である。
「御存知か」
「職業柄な。一度見た刀の銘は忘れぬ。美しい刃紋をしていたな。確かに――使い込まれたよい刀だと思っていたが、そこまで深刻な状況だったか。嵯泉殿の剛力で揮い、砥ぎ直しを重ねれば、宜なるかなという所でもあるが」
「……分かってはいる。認めなくてはならぬのかも知れぬという事は。新しい刀を用立てる事も考えたが――しかし、やはり手に馴染むのだ。元服の折より共にあったもの故」
 かれこれ二〇年近く。嵯泉の人生の半分以上を、その手の内に座して共に駆け抜けた刃だ。代わりを用立てるとて、おいそれと行くわけがない。
「可能な限り、今のままで使い続けたい。あの刀に、貴殿の技術わざで、今暫くの命を吹き込んではもらえまいか」
「ふむ――」
 鋭春は暫く考えた後、「確約は出来ないが」と前置きをした。
「妖刀地金の技法に、『ふくめ』というものがある。既存の金属に、妖刀地金としての性質を持たせるというものだ。……しかし使い込むことにより研ぎ減った刃に、何も考えず単にこのわざを施そうとも、問題の根本は解決しない。例えば、嵯泉殿向きの地金――『斬魔鉄』を含めたとして、心鉄と皮金が同様に固くなったとしても、皮金が減っているという事実は変わらぬ訳だ。やがては心鉄が顔を出し、刀の命は終わるだろう。――しかし、腹案がある」
 十代永海、永海・鋭春。そのわざは、十代の名を継いで未だ、留まる所を知らぬ。
 ハガネの瞳が、突きつけられた難題を燃料に燃えていた。
「補修工房へ往こう、嵯泉殿。秋水の声を聞いてみたい」
 猟兵でもないこの男が、これほどまでに頼もしく見えるとは。促すように歩き出す鋭春に、ああ、と頷いて嵯泉もまた歩き出すのだった。


 消耗は激しけれど、かれ・・はまだ戦いたがっていた。
 ここまで共に来た隻眼の男を、今更一人置いていけるかと。
 老いたこの身とて、居場所は常に一つ。桐箱の中で腐るなど真っ平御免。
 朽ちるのならば、その手の中が佳いのだと。
 或いは主と同じ武人のように、決して曲がらぬ芯のある刃の声を、鋭春は聞いたという。



◆永海・鋭春改作 
 滲み斬魔含にじみざんまぶくめ 一念不屈いちねんふくつ『秋水』◆

 その刃は秋水という。
 師より鷲生・嵯泉に授けられ、長きに渡り共に戦場を駆け抜けてきた。
 嵯泉の分身とも言える刀である。

 寸法、重さ、バランス、美観、細部全てに至るまでが今までの秋水と全く同一であったが、嵯泉は手に取った瞬間に悟るだろう。
 ――この刃は、今までと一段違う位階レベルにある、と。
 鋭春曰く、その技法は『滲み斬魔含』というのだという。心鉄と皮金の硬度をグラデーションさせるように斬魔含を施すという、狂気の如き精密技術が施され、今まで心鉄だった部分の一部が、かつての皮金の硬度を凌駕するほどに固く均一に鍛え上げられた。無論、皮金自体の強度――硬度、靱性――も斬魔含により飛躍的に向上している。いわば心鉄の一部を皮金に造り替え、全体的な強度を向上し、バランスを整え、硬軟を均一化し――その涯てに、歪みをも取り去ったのである。これで今しばらくは、砥ぎ減らそうとも戦えよう。
 銘は秋水としたまま、鋭春は祈りを込めて魂添たまぞえをつけた。字して、『一念不屈』。
 それは己の信念を決して曲げる事なく歩いていく嵯泉の腰にある刃として、お前もまた主と共に、折れず曲がらず、その信念のごとくあれと祈ってつけられた一節である。

 ――まだ戦える。征こう。
 この三六の世界の果てまでも。
 願わくば、この身折れるまで共に。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年02月19日


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