退屈がふたりを分かつまで
「
新婚旅行に行こうぜエリシャァ~~~~!」
……と、ジン・エラーが唐突に言い出したのが、きっかけだったように思える。
しかし振り返ってみると、ジンがそんなことを言い出したのは、千桜・エリシャが「新婚旅行に行きたいですわ!」と駄々をこねたからだった……ような、気もする。
いや、だが待ってほしい。エリシャ的には大変に遺憾の意を表明したいところだった。
たしかに……たしかにそんなようなことは言った。ジンがだいぶうんざりしていたような気もするし、ちょっとだけ……ちょ~っとだけ、大人げないねだり方も……まあ、したんじゃないかな? うん、多分。ほんのちょっとね。少し。いくらかは。
……いささかね! いささか! ちょっぴりとだけ人より多めにね!
で、だ。それはさておいて。
「だからって、こんな新婚旅行は希望してませんわ~~~!?」
KA-BOOM!! 背後で大爆発! 瓦礫と粉塵が間欠泉のように舞い上がった。エリシャは泡を食って走る!
「お前が新婚旅行したいっったンだろォ~~~!? ウェアヒヒャラヘヘヘ!!!」
ジンの狂笑がいつも以上にうるさい! なお、ジンも
全力疾走している。KA-BOOM!! さっきより近くで大爆発! ふたりはさらにスピードを上げた!
●
話を少々戻そう。
「新婚旅行ですって!?」
ジンに唐突に切り出された当初、エリシャは目を輝かせた。それは間違いない。
なんせ、あの
甲斐性なしが自分のリクエストを呑んでくれたのである。エリシャ的には大変に嬉しかった。
しかし今になって考えてみると、新婚旅行と言いながら行き先を一切明かしてくれなかったし、なんでか開幕グリモア猟兵を頼ろうとしていたし、偶然
声をかけたどこぞのチビ賢者は、ジンにこしょこしょ耳打ちされて「え? マジ? 正気?」みたいな面でこっちを三回ぐらい見ていた気がする。
思えば、そこで違和感を覚えるべきだった。どこぞのチビが「本当にいいのか」的なことをしつこく確認してきた時点で、一度ぐらいはジンを問い質すべきだったのだ。
(「いや問い質してもまともな回答返ってくるわけないですわね」)
エリシャは自分の考えを棄却した。聞いたことに素直に答えるような男ならこんな滅茶苦茶な状況には放り込まれていないし、自分を巻き込んでいないだろうし……あとまあ、そんな
平凡で安心する男なら、そもそも結婚などしていない。
ようは、エリシャも
素っ頓狂で奇矯な女だったということである。
●
とまあそういった経緯を経て、ふたりがやってきているのはアポカリプスヘル。
の、さらに未開地。いまだオブリビオンが跋扈する危険地帯のひとつであり、見るものといったら瓦礫と荒野と、レイダーが築き上げた下品で猥雑な都市の残骸ぐらいしかないところ……の、さらにレイダー同士が武力抗争しまくる危険度マックスな街だった。
転移して"秒"で武力抗争に巻き込まれたふたりは、クロムキャバリアの最前線でもここまでやかましくはないだろうという、スターリングラードめいた砲音と罵声と阿鼻叫喚の中を逃げ回っていた。
「ちょっと! こんなところで新婚旅行なんて、本当に出来ますの!?」
必死な形相で走りながら、エリシャは並走するジンにぎゃあぎゃあと喚き立てる。
「あぁ!? 何言ってンだ聞こえねェ~~~!! ウヒャホヘハヒヘヘハ!!」
「それはあなたの笑い声がやかましいからではなくて!?」
ツッコミもいつもより雑である。
「で・す・か・ら! 新婚旅行! 出来るのかって聞いてるんですの!!!」
「あァ~~~!?」
「あるんですわよね!? 意図っていうか、プランとか!?」
「聞こえねェ~~~
!!!!!」
「あなたの声がやかましいですわ~~~!!!」
ドカーン! ズドーン! とそこらじゅうに砲弾が炸裂するなか、互いに声を張り上げるふたり。その声がレイダーどもの注意を惹きつけて、だんだん攻撃がふたりに集中していることには気付いていない。
「わ! ざ! わ! ざ!! こんなところに! 連れてきたんですから!! なにか考えが!! あるんですわよね
!!??」
「ア? あるわけないだろ」
「急に落ち着かないでくださいまし!?」
いきなりジンがスンッてなるもんだから、エリシャは思わずつんのめってしまった。
「っと、危ねェぞエリシャ。はしゃぎすぎだ」
転びかけたエリシャをサッと抱きとめるジン。エリシャは抱きかかえられる形で彼の顔を見上げた。この男、やっぱり顔はいい……! いやまあ中身も(別の意味で)いい性格してるが。
「あっ……」
トゥンク……エリシャの胸が高鳴る。こうして彼女は、何度目かもわからないときめきを……。
KA-BOOM! DOOM! KRA-TOOOM!!
「……出来るわけないですわぁ!?」
周りがうるせえ! さっきから攻撃がすんげえ激しさを増してるし!
「っていうか! あなた今なんで言いましたの!? 無計画とおっしゃいました!?」
「だァから声張り上げすぎだぜエリシャ。せっかくのきれいな声が台無しじゃねェか」
「やだ、そんな……ってだから!!」
ときめいたりツッコミを入れたり忙しい。砲撃はどんどん炸裂してる。
「ノープランでここに連れてきましたの!? どうするんですのこれから!」
「ンなもん……」
ジンは丁寧にエリシャをその場に下ろして立たせてやり、ニヤリと笑った。
「オレらがいちいち、後先考えて行動するコトなンざあったかァ?」
エリシャはきょとんとした。
「……そんなことは……まあちょっとだけはあるかもですけれど?」
などと不満そうな口ぶりだが、表情は鏡写しのようなニヤリとした笑み。妖艶な美女の浮かべた嫣然さと、悪童のようなひねくれた無邪気さとが同居している。
悪女のそれだ。
「考えてみれば、レイダー相手にあちこち逃げ回るのもおかしな話ですわね」
砲撃は止んでいた。敵が攻撃をやめてくれたわけではない……チン、という小さな納刀音がその証拠。エリシャは神速の気合を放ち、飛来する砲弾をすべて一閃で切り払っていたのだ。遅れて空中に花火のような満開の爆炎が咲き誇り、爆風が髪をなびかせる。
追撃はない。今の一刀だけで、敵は自分たちが何を相手にしているのかに気付き、半ば恐慌状態に近い全力の警戒態勢に入っていた。
眠れる獅子も目覚めて尻尾を股の間に挟むだろう、恐るべき
悪女と聖者に手を出してしまったのだと。
まあもっとも、運悪く
大暴れの行き先に選ばれてしまったのは、彼らには何ら落ち度はないのだが。
「ヒャハッ! おっかねェなエリシャァ~~~!!」
言いつつ、ジンは愉しげな笑みを深めていた。さっきまで威張り散らしていたレイダーどもが、父親に叱られる子供のように怯え竦んでいるのが気配だけでわかる。それもなかなかに心地いいが、彼を笑ませる一番の理由は、やはり、目の前にあった。
「だがやっぱ、お前は
物騒な顔が一番
綺麗だぜ」
「悪い
旦那ですわね」
エリシャはふふんと鼻にかけて微笑んだ。愛する男に褒められて図に乗らない女はいないというものだが、彼女は自分が美しいことと、世界で一番魅力的であることを当然のように自覚していたので、うぬぼれと呼ぶのはいささか違う。大枚はたいて購入した芸術品を、金持ちが愛でて満足気に頷くようなものだ。
さっきまであれほど狂い咲くように降り続けていた砲撃は、嘘のように止んでいる。東西の両勢力……もしかすると漁夫の利を狙っていた別の連中もいるかもしれない……は、たったふたりの
闖入者の出方を息をひそめて伺っていた。
たとえるならそれは、気まぐれに街を襲った恐るべきドラゴンに、どうかこのまま気付かず去ってくれと祈る心地に似ている。ただしあいにく、
暴龍はとっくに奴らの居場所も気付いているのだが。
「ココは退屈しなさそうだぜェ、エリシャァ! イッチバン
楽しそうトコに飛ばさせたからなァ~~~!! ウヒャヒハフヘホハ!」
ジンは背を反らして大笑いした。レイダーはきっと、タマを縮ませて震え上がったことだろう。
「最初からこうなるのもわかっていましたのね? まったくもう」
エリシャは頬を膨らませ、ぷんぷんと怒るが、文句は言わない。恋する生娘めいてキラキラと瞳を光らせ、胸は高鳴っていた。もっともその瞳の光の名は殺気と言うのだが、そこはいまさらだ。
「存分に遊ぼうぜ。せっかくの
悪党退治だからよォ~~~!!」
「出だしからこんな有様では、この先どうなるかわかったことではありませんこと」
ふたりは背中合わせに東西を睨んだ。一帯の空気がピンと張り詰め、連中が思い思いの武器を構えたのを肌で感じる――突き刺さる殺気、そして縋るような不安と恐怖。心地よいと思った。
再び、砲音と銃声と罵声が轟いた。耳障りだが、今度は気にならない。どうせ長続きしないのだし、これから蹂躙する連中が自分に向ける無力なたわ言ほど、聞いていて嬉しいものはない。甘やかな愛の囁きなんて
くそくらえだ。自分たちはやっぱり、これが一番性に合う。
「
阿鼻叫喚、好きだろ? エリシャ」
睦み合う恋人に囁くような声で、
悪党が言った。
「これが
ロマンチックかは甚だ疑問ですけれども」
狂える女は鼻で笑った。しようのない
男性、と恋人の悪癖に呆れる女の声だった。
今度の声はよく届いた。光が輝き剣が奔るたび、やかましい雑音の源は絶えていく。次いで生じるのは悲鳴――それもまたすぐに消える。ふたりが舞い踊るさまは、スケートリンクで戯れる恋人たちのよう。
あるいは、嵐の夜に列をなす
亡霊の軍勢か。はたまた、昏い森の奥深くでさざめくように笑いながら歌い踊る
妖精の
祝宴か。おそらくはそのすべてだろう。
「オレの女だと飽きねえなァ~~~?」
「あら、それは私の台詞でしてよ?」
血飛沫と桜の花弁が狂い咲く
舞台の上で、ふたりはすれ違うたびに顔を寄せ合い、熱っぽい吐息混じりに
性悪の
戯言を囁きあう。エリシャはジンを、ジンはエリシャだけを瞳に映していた。世界すべてが
聖者/悪女を美しく彩っていた。
ああ、世界よ。お前はいかにも美しい。なぜなら
お前は私たちのためにある。
傲慢で不遜で気ままで、しかし誰もそれを謗れないし阻めない。
武力だとかの話ではない。世界の誰にも、ジン/エリシャのこころは縛れない――半身たる愛するひとの他には。
「もしも退屈してしまったら、私たちはどうなるのかしら?」
エリシャはふと呟いた。ジンはきょとんとし、そして嗤った。
「させねェよ。お前は一生
退屈と無縁だぜ」
神さえ目を覆いそうなほどに、ジンの
意思は眩しい。
「だからお前も、オレを退屈させンなよ? エリシャ」
「誰に言っているのかしら?
あなたが愛した女ですわよ?」
静かな真っ平らになれば、次の街へ。傍迷惑で出たとこ勝負の
乱痴気騒ぎは幕を開けた。
連れ添うふたりの足取りは軽く、騒がしい。いかにも似合いの
比翼連理。
退屈がふたりを分かつまで――それはきっと、蒼い薔薇の花言葉だ。
成功
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